ちちんぷいぷい (テレビ番組)
テンプレート:複数の問題 テンプレート:基礎情報 テレビ番組 『ちちんぷいぷい』は、毎日放送(MBSテレビ)で1999年(平成11年)10月11日から平日午後に生放送されている情報番組。2009年度(平成21年度)は、TBSほか一部TBS系列局でも一部曜日・時間帯に部分ネットしていた(詳細後述)。通称は『ぷいぷい』。ステレオ放送、ハイビジョン制作を実施している。
目次
概要
料理、旅行、中継など、既に確立された構成に、芸能人数名がレギュラー出演してのスタジオトークを交えて進行。総合司会流に紹介したその日のニュースや社会問題、デパート情報など、毎日の生活に欠かせない情報を視聴者に提供している。基本として全編生放送だが、特別番組や派生番組(コーナーの総集編など)によっては、事前に収録した内容を放送することもある。
番組開始から2014年1月31日(金曜日)までは、毎日放送本社2階(大阪市北区茶屋町、通称「M館」)の「ギャラクシースタジオ」を主に使用。同スタジオの一角で前座番組『っちゅ〜ねん!』(公開生放送)や『バンバンバン』(中継を繋ぐスタジオパート)を放送してから、引き続いて本番組に入った時期もある。なお、同年2月3日(月曜日)からは、「M館」の北隣に完成した新館(通称「B館」)のテレビAスタジオで制作している。
放送は当初からステレオ放送。2003年12月1日の地上デジタル放送スタート以前のハイビジョン試験放送時において数回のハイビジョン制作が行われ、12月より正式にハイビジョンで収録されている。
生放送の場合には、放送中に視聴者からメールで質問や答えを募集している。出演者やスタッフが判らない疑問の解答や、企画のアイデア、番組の感想、リクエストや番組主催のイベントへの応募もメールで募集する。視聴者へのプレゼントコーナーについては、長らくハガキでの応募に限っていたが、現在は専用の電話回線で放送中に応募を受付。当選者には、当日の放送後にスタッフが電話で当選の旨を連絡する際に、総合司会が伝えたキーワード(主にオープニングから直近のコーナーまでの話題・出演者の発言から指定)をスタッフに告げることが求められている。
なお、情報番組にありがちな台本や進行表はほとんど使われておらず、大まかなタイムテーブルが設定されているだけであるということが番組内で紹介されている[1]。
番組開始までの経緯
MBSテレビでは、NETテレビ(現在のテレビ朝日)・東京12チャンネル(現在のテレビ東京)との関係が深かった1970年代の前半に、東京12チャンネルとの共同制作で平日の午後に主婦向けのワイドショー番組『ファミリースタジオ230 → 奥さん!2時です』を生放送(MBSは月 - 水曜分を制作)。1975年4月1日に現在のJNNへ加盟してからも、『スタジオ2時』や『ワイドYOU』といったワイドショー・情報番組の制作を続けてきた。しかし、1990年代に入ってから、平日午後の番組の視聴率が低迷。この状況を打破すべく、MBSラジオ平日午後の生ワイド番組『すみからすみまで角淳一です』で絶大な人気を得ていた角淳一(当時は毎日放送アナウンサーで、本番組の出演期間中に同局専属パーソナリティへ転身 → 現在はフリーアナウンサー)を司会に据えることを前提に、「3時間の生放送による情報番組を編成する」という構想が浮上した。
「ちちんぷいぷい」という番組名を考えたのは、角自身である。角は、1996年に脳梗塞を患ったばかりで、主婦層向けの情報番組を担当することに不安を感じていた。そこで、「『ちちんぷいぷい』というおまじないをかけないとやっていられない」という意味を込めて、「ちちんぷいぷい」と命名。「このタイトル以外では新番組(の総合司会)を受けない」と言明した[2]。
角が後年『笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ』(ニッポン放送)にゲストで出演した際の述懐によれば、「本番組を始める前に、スタッフたちの力量や相性を試したい」という理由から、日曜日の午後に『愛さんさん歌謡祭』(タイトルは、美空ひばりの「愛燦燦」にちなむ)という4時間の特別番組を放送。そこで確信を得たことが、本番組のスタートにつながったという。ちなみに、『愛さんさん歌謡祭』の視聴率は11%だった(ビデオリサーチ・関西地区調べ)。
沿革
「祝日は休みたい」という角の希望から、角の総合司会時代は原則として祝日・年末年始は放送しなかった。しかし、角降板後の2011年10月以降は特別番組等の放送がある場合を除き、祝日も原則的には放送されるようになった。2000年から2007年まで元日に特別番組『ぷい正月』を放送したように、祝日や週末に「特別版 / 増刊号」と称して通常の放送時とは異なる内容で放送する。毎年春には、毎日放送が『センバツ』(春の甲子園)を中継するため、春休みという形で2週間(3月下旬 - 4月頭まで)程度放送を休止。しかし、2003年の第75回記念大会から準決勝と決勝の試合しか生中継しなくなったため、準々決勝までの開催日も通常通り本番組を放送するようになった。この名残りもあってか、角がこの時期に何日か休暇を取ることがあった。
1999年 - 2005年
夕方の17時台に編成していた『おかえりワイド』の後継として、1999年10月11日、番組放送開始[3]。番組放送開始から2002年3月までは和室のセット(現在は撤去)をしつらえ、出演者達は番組後半にそこに座り番組を進行していた。最初期の特徴はラジオの感覚で視聴者からの便りを紹介したり、長時間の生中継などが挙げられる。1999年11月10日には、北澤咲弥花(出演当時は毎日放送アナウンサー)によるリポートで、大阪湾に沈もうとする夕陽を生駒山上遊園地から延々と中継。スタジオで一部始終を見届けた角と桂ざこばは、エンディング「昨夜の◯◯さん」の話で号泣した。
2000年には、角が正月休みから顎へヒゲを伸ばし続けたまま、年始から2ヶ月近くにわたって出演。しかし、偶然にも同じ時期に久米宏が口ヒゲを蓄えながら『ニュースステーション』(当時久米がメインキャスターを務めていたテレビ朝日系列・全国ネット番組、関西地区ではABCテレビで放送)に登場したこともあって、番組関係者や視聴者からの評判は総じて芳しくなかった。その結果、2月22日の放送中に、MBSテレビで当時放送されていた深夜番組『たかじんONE MAN』のレギュラー出演者(やしきたかじん、北野誠、仲田幸司)が同番組のサプライズ企画でスタジオへ乱入。たかじんが拡声器片手に「角淳一を拉致する!」と絶叫した後、北野とマイク仲田が角をストレッチャーにくくり付けて別室へ連れ去ると、あらかじめ待機していた理髪店の女性に角のヒゲを剃らせた[4]。なお、同月30日からは、陣内智則の出演による「クイズ私鉄沿線」が放送を開始。これを機に、陣内によるクイズコーナーが、形を変えながら8年間続いた。
2001年、番組の方向性の試行錯誤が始まる。4月から15時台のフリートークなどを縮小し、17時台後半に放送していたニュースコーナーをオープニングに繰り上げた。7月2日、ニュースコーナーの中で角が気になったニュースに☆印を打ち、その事柄についてわかりやすく解説する「角の☆印」(すみのほしじるし)というコーナーを始めたところ、これが大当たりする。進行表を使わずにPJ(プロジェクター)を使って生放送を進めていくというスタイルが定着した[5]。10月からはエンディングで芸能ニュースコーナー「夕刊☆印」が開始。2002年1月には注目の新人タレントを紹介する「今日のダレ?」が開始。
2002年4月に中継コーナーが金曜だけの放送に縮小したのを機に「☆印」を基軸とした番組の体裁が固まった。また、『ジャスト』の放送時間縮小と、『JNNニュースの森』のスタート時間が17:50になったことに伴い、放送開始を14:55からのフライングスタートに変更。5月のゴールデンウィーク後、再び15:00からのスタートに戻すため、番組内のテレビショッピングコーナーだった「ぷいぷいまる得ショッピング」を単独番組『はっぴーまる得マーケット』として独立させる。
2004年3月22日の高知競馬のハルウララ中継を近畿の地上波テレビで独占放送。ハルウララがゴールした時に高視聴率を記録した。この時期に放送1000回を突破。2004年から2008年まで毎年8月に開催した毎日放送主催のオーサカキングでは関連させた企画を実施。8月、西靖がアテネオリンピックを取材パス(許可証)なしで取材。この年から西はリポーターと角の代理司会を兼ねるようになる。
2005年5月10日、角が本番途中で番組を降板。同日、社内の健康診断で不整脈が見つかり、「いっぺんだけ!」コーナー終了後すぐさま大阪府内の病院に約1週間検査入院した。「いっぺんだけ!」コーナー終了後のCM明け以降から突如角に代わり西靖が進行を担当。 1週間後の5月17日、「いっぺんだけ!」コーナーより突然「リハビリを兼ねて」との理由で復帰を果たした。この時、「こんないいコーナーに私も出たい」という理由で西も参加。同年のオーサカキング開催期間中の放送では、当時の前枠番組『っちゅ〜ねん!』に出演していたロザンと、新人アナウンサー・松本麻衣子(現在は火曜アシスタント)が連日会場からの中継リポートを担当した。
2006年 - 2008年 【3時間50分放送】
2006年3月、放送1500回目の日に放送時間の拡大が明らかに。上泉雄一司会の『っちゅ〜ねん!』(2005年4月から1年間、同局で放送していた番組)を統合し、2006年4月10日からは14:00放送開始の約4時間の番組となり、体力に不安のある角を西・上泉・石田英司らが進行を分担してサポートする体制に。『っちゅ〜ねん!』からロザンやピーコらが『ちちんぷいぷい』に出演することになり、出演者が増加。お天気キャスターの今出東二のような4時間通しでは出演しない出演者も増えた。しかし、6月に角が胆石摘出を行う為に手術入院することとなり、それと同時に番組のテコ入れが続き、出演者や企画の見直しを繰り返していく。
2006年10月、角の出演を月・火・水曜日のみとし、木・金曜日は出演しないことになった。木曜日の進行を西が、金曜日の進行を上泉が担当。2007年4月からは上泉がぷいぷいを離れ西が金曜の司会をし、VTRコーナーを増やす等のリニューアルを実施。
2001年の初登場から、5年に渡って不定期レギュラーとして出演していた、鈴木ヒロミツが亡くなった2007年3月14日の放送では、冒頭で速報として伝えた後、ニュースのコーナーで、より詳しく伝えた。
2007年4月から1年間、「気付きメール」として専用のメールアドレスを用意し、視聴者から放送で気付いたことを募集し、番組最後に「気付きメール」を紹介。
2007年7月19日の放送で、17時15分頃に機器が故障(正確には、テロップなどの作成場所から、スタジオへ素材を送る回線が何らかの事由により切断されてしまったことによる。)、テロップとプロジェクターに表示される内容が表示できなくなった(この間、プロジェクターには、番組のロゴが表示されていた。また故障数分後には、「故障中」というマジック書きの紙が、プロジェクターに貼りつけられた)。故障している間は、プロジェクターに映し出される素材の発注原稿の写し(台本の代わりとして使用しているもの)を西がカメラに映しながら進行しVTRに入った。その後、切断されていた回線が復旧した。
2007年10月1日、14・15時台のタイムテーブルを大幅にリニューアルした他、出産と育児休暇の為に降板していた武川智美と古川圭子、松井愛がアシスタントに復帰。
2008年2月6日、大阪府知事選挙に当選した橋下徹の朝の表情を山中真が密着するコーナー「けさの橋下知事」がスタート。4月24日に迎えた放送2000回目に当時大阪府知事の橋下が大阪府庁から中継で生出演。
2008年10月6日、TBS制作『2時っチャオ!』14時台(第1部)のネットを開始。放送時間は14:55 - 17:50に短縮、2年6ヶ月ぶりに約3時間の放送となった。3時間リニューアルのキャッチコピーは「3時間がちょうどええわ〜」(なお、TBSの14時台の情報番組をネットするのは、『ジャスト』以来3年6か月ぶり)。リニューアルを機に、番組冒頭の(出演者紹介で流れる)BGMが角担当日は2006年4月7日まで使用していた音楽に戻り[6]、キッチンぷいぷいは3時間時代の「16時半ころ、エプロン姿の角淳一、きょうの晩ごはん何?」が復活(4時間時代のとき料理コーナーは15時頃で、角は休憩していた)。
2009年 【10周年・系列局へネット】
TBSの改編で『2時っチャオ!』が2009年3月で終了し、後継の『ひるおび!』をエンディングの14:55までネットし、本番組の放送時間は変わらず。MBSは月 - 木曜の『ひるおび!』第2部を7月3日で14時台のネットを中止[7]、14時台はドラマ再放送枠『MBSドラマの光』となる。金曜14時台はMBSがぷいぷい中継コーナーの派生となる『ひるおび!バンバンバン』→『バンバンバン』を制作。同年3月27日、MBS制作による『バンバンバン』開幕特番[8]を12局ネットで放送。『バンバンバン』で中継に出演する板東英二が一旦ぷいぷいを離れることになった。
一方、放送開始10周年の節目の年に関西以外でも放映されることになる。2009年4月3日から毎週金曜日のみ、キー局・TBSを始めJNN系列局数局にネットされることになった。定例記者会見で、TBSにネットする理由を「TBSの方から『現状の関西テイストのままでいいので放送させてほしい』と要請があった」と説明しており[9]、ネット時の番組内容も関西ローカルの時とほぼ同じだった。また、自主制作の情報番組や他局の番組を放送している局への配慮から15:00、15:52および16:52に飛び乗り・飛び降り点が設けられている[10]。
他地域ネット初日となった4月3日、14:55から関西ローカルの「もうすぐぷいぷい」というミニコーナーがスタート[11]。15:00:00ちょうどに同時ネットがスタート、司会の西靖がネット局の説明をして、金曜レギュラーのトミーズ健の新規ネット局での知名度を図る街頭インタビューを放送した。
翌週4月6日からは山陰放送でも平日帯で(月曜から金曜までの)15時台のみネットされることになり、ネット初日には丸山聡美(山陰放送アナウンサー)がギャラクシースタジオに生出演し、丸山が司会を務める山陰放送テレビの情報番組『土曜日の生たまご』の番組内容を紹介した後、鳥取県米子市にある山陰放送本社のお天気カメラの映像や、島根県松江市にある松江城の桜の映像を生中継した。また、6月22日の「学校に行こッ!」のコーナーでは、山陰放送とのコラボレーション企画として、リポーターのたむらけんじが鳥取市の城北高等学校相撲部に体験入部する様子が放送された。この企画は6月27日に山陰放送の『土曜日の生たまご』でも放送された。
関東地区の4月の平均視聴率が2.3%[12] と低迷。2009年5月22日の放送は1.4%を記録した。また、広島地区でも低迷しており、2009年5月1日の放送は0.9%を記録した(視聴率はビデオリサーチ調べ)。TBS・MRO・RCCは2009年7月17日をもってネットを打ち切り。結果的には関東において半年で打ち切られた『なるトモ!』(読売テレビ)と同様のケースとなってしまった。BSS、IBC、RBC(7月31日以降)はネットを継続。BSSは9月28日から全曜日で14:55開始へ変更、RBCは10月1日から木曜・金曜に放送曜日が増えた。なお、ネット局自体が特別番組などで番組を休止することもある。
放送開始10周年に当たって、秋から年末にかけて関西ローカルで特別番組を放送した。2009年10月11日(日曜日)には、12:54から4時間の特別番組『ちちんぷいぷい音楽祭』を生放送。ユニバーサル・スタジオ・ジャパンや大阪城野外音楽堂などと中継で繋いで放送。翌12日(月曜日)には、10周年記念特別番組の第2弾として、13:55から4時間『ちちんぷいぷい10周年 角の東京物語~ちょっと新世界へ~』を放送。角が東京に滞在している模様はメールで逐一伝えた。
2009年10月13日から同月30日までは、「もうすぐぷいぷい」を「今出さんのお天気コーナー」と「3時の扉」(新設コーナー)の2本立てで構成。「3時の扉」からCMなしで、15:00に本放送へ直結していた(プレゼントコーナーは15時台に移動)。しかし、「3時の扉」は10月30日の放送で終了。11月2日以降は、「もうすぐぷいぷい」で天気予報だけを伝えた後に、スポットCMをはさんで本放送を始めている。
2009年11月7日(土曜日)の15:24 - 17:00には10周年記念特別番組第3弾『ちちんぷいぷい おかげさまで10周年 角の芸能物語』(過去に放送した角と著名人のロングインタビュー集)、同年12月12日(土曜日)の13:54 - 16:00にはスペシャル番組『ちちんぷいぷい歌って笑って忘年会2009~!』が、それぞれ関西ローカルで放送された。
「遠慮せんと…」を番組のテーマに掲げた2010年には、1月20日に番組初のCDとして、2008年10月から2009年9月までの「おいしいうた」全12曲と、同企画へ参加したアーティスト(おいしいうたファミリー[13])による新曲「明日の空」の13曲を収録したコンピレーション・アルバム「すごくおいしいうた」を発売(後述)。3月1日には、総合司会の角・西と、番組内で『すごくおいしいうた』の宣伝隊長に任じられていたU.K.が断髪。生放送中に、3人揃って丸坊主になった。本来は「『すごくおいしいうた』は同月末日までに(累計売上枚数が)3万枚へ達しない」と公言した角への罰ゲームだったが、同曲のキャンペーンに協力した西とU.K.も、「角さんだけに丸坊主をさせるのは忍びない」との理由で自ら断髪に応じた。(詳しい経緯については、U.K. (タレント) の説明を参照。)角・西は、当日の本番終了後に、丸坊主姿のまま番組初の公開勉強会『ちちんぷいぷい手づくり勉強会 ちかくでトーク』(大丸心斎橋劇場)に出演。当日の放送にも出演した池上彰と、一般公募から選ばれた150名の視聴者を前に、大阪の魅力などを語った。[14]
2010年2月9日からは、本番組でTwitterのアカウントを取得[15]。
全曜日で15時台のネットを続けてきた山陰放送が、3月19日を最後に放送を終了した。同月26日には、IBC岩手放送(金曜のみネット)と琉球放送(木曜・金曜のみネット)でも一斉に打ち切り。このため、同年4月期の改編からは、関西ローカルの放送に戻る。
2009年には、10周年記念番組本の出版を計画していた[16]が、実現していない。ただし2010年に10月には、本番組で放送された「西靖の60日間世界一周」に関するムックとして、『西靖の60日間世界一周 旅の軌跡』がぴあから関西地区限定で発売されている。
2010年 【再び関西ローカル、世界一周】
2010年『Nスタ』(夕方の全国ニュース)開始に伴い終了時間が繰り上がり、全曜日の放送時間を5分短縮。金曜日の放送では、『バンバンバン』(2010年3月26日放送終了)の生中継企画を引き継ぐ格好で、1年ぶりに生中継コーナーが復活。また、「おいしいうたファミリー」や当番組と縁の深いアーティストによる番組プロデュースの有料音楽イベント「ちちんぷいぷい音楽祭」を、年に1回大阪で開催するようになった。[17]
2010年6月、西が毎日放送の開局60周年企画として「60日間世界一周」をすることが明かされる。6月28日に出発し、西回りで8月25日まで24カ国に滞在。滞在期間中には、インターネット経由で毎回中継を実施したほか、8月7日(土曜日)の13:54 - 15:30に緊急特別番組「西靖の60日間世界一周 まだまだ旅の途中SP」を放送した。また、当時西が務めていた木・金曜日の総合司会を、河田直也(木曜)と山中真(金曜)が8週間代理で担当。このことを周知するために、「7月、ちちんぷいぷいが変わる!!」と銘打ち、二人の代役司会をアピールする宣伝を番組内で流した。
8月9日から11日までは角が60周年特別番組(後述)の取材により欠席、9日から順にたむらけんじ、宇治原史規、大吉洋平が進行役を担当した。西が帰国した8月25日は1時間繰り上げ拡大して放送。26日から9月2日までは1時間繰り上げ拡大して、開局60周年記念特番「ちちんぷいぷい夏祭り 近畿から世界だよSP」として放送。角が大阪府以外の近畿1府4県の「最先端」を取材した。また、26日から9月3日までは、番組の後半で「60日間世界一周」の総集編を放送している。
7月から夏休み明けの9月2日までは、毎日放送60周年記念ソングの「ハッピーアワー」(作詞・作曲・歌:トータス松本)をBGMに、佐藤弘道に依頼して出来た体操を出演者と小学生で披露するイベント「セイバンプレゼンツ ハッピーアワーたいそう」を毎日放送本社1階で実施。ラジオ体操の要領で参加者にスタンプカードを配ったほか、通常放送ではオープニング、特別番組では15時過ぎにその模様を中継した。イベントの進行は、「体操のお兄さん・くっすん」という名義でU.K.が担当。また、過去にMBSテレビ・ラジオの番組で司会・ナレーションなどを担当した小池清(アップダウンクイズ)、斎藤努(ヤングおー!おー!)、下條アトム(世界ウルルン滞在記)、窪田等(情熱大陸)、桂三枝(現・六代目桂文枝)(ヤングおー!おー!)、笑福亭鶴光(MBSヤングタウン)、浜村淳(ありがとう浜村淳です)が体操中のナレーターを務めた。
9月15日からは、水曜日の放送でも西が総合司会を担当。これまで水曜日の総合司会を務めてきた角は、自身の夏休みが明けた9月22日から、同曜日のみ「1パネリスト」の立場で全編に出演している。また、9月27日から、スタジオモニター(PJ)のサイズを16:9へと変更。10月28日(木曜日)の19:00 - 20:54には、関西ローカルで特別番組『ちちんぷいぷい 池上彰さんに聞く世界のハテナ? 西靖の60日間世界一周』を放送した。[18]この特別番組は、関西以外のTBS系列局でも放送され、12月31日(金曜日)に山陽放送、2011年1月2日(日曜日)に静岡放送・山陰放送、1月3日(月曜日)に長崎放送、1月4日(火曜日)に北陸放送で放送された。
2011年 【総合司会交代、続々と世界へ】
2011年2月11日(金曜日)には、MBSラジオが毎年実施している「毎日カルチャースペシャル ラジオウォーク」(第30回)へ角が7年ぶりに参加、「西の☆印」の一部でラジオウォークの会場からテレビ・ラジオのサイマル生放送を実施。角のほかにも、当番組レギュラーの八木早希(当時MBSアナウンサー)が「ラジオウォーク」の総合司会、当番組ナレーター(元レギュラー)の南かおりがサイマル生放送の進行役、U.K.が当番組のリポーターとしてそれぞれ出演した。
2011年4月7日(木曜日)の19:00 - 20:54には、関西ローカルで特別番組『ちちんぷいぷい特別編 池上彰さんに聞く世界のハテナ?II』を放送。同年度の4月改編を機に、全てのレギュラー番組からの降板を表明していた池上は、この特別番組で当番組をいったん卒業した。しかし、同年10月には「ぷいぷい顧問団」に復帰。11月10日(木曜日)の19:00 - 20:54には、関西ローカルで『ちちんぷいぷい特別編 池上彰さんに聞く世界のハテナ?IⅢ』が放送された。
2011年夏には、「元気があれば、何でもできる」をテーマに、数々の特別企画を実施。7月25日(月曜日)からは、前年の西に続いて、河田が当番組の企画「河田直也の60日間ほぼ世界一周 昔の人は偉かったザ・ワールド」で世界一周の旅に出発した(同年9月23日に帰阪)。また、同日から8月31日まで実施の「ハッピーアワーたいそう2011」では、前年度も進行を担当したくっすんに加えて、同年度MBS新人アナウンサーの福本晋悟(東海ラジオからの中途採用)と福島暢啓(龍谷大学からの新卒採用)が「体操のお兄さん」として日替わりでレギュラー出演。小池清、角淳一、たむらけんじ、太平サブロー、未知やすえ、桂こごろう、桜 稲垣早希、AKB48(大島優子、峯岸みなみ、宮澤佐江の3人)が体操中のナレーターを務めた。「大阪マラソンへの道」では、いずれもフルマラソン初挑戦の山中真(MBSアナウンサー)、西、女と男(和田美枝、市川義一)、宇治原史規(ロザン)が、千葉真子(陸上競技指導者、元長距離走・マラソン日本代表選手)による指導の下に第1回大阪マラソン(同年10月30日開催)へ出場。全員完走を果たしている。
角は、2011年9月30日(金曜日)の放送を最後に、当番組の司会およびレギュラーを卒業。同年10月以降の放送では、角が担当してきた月・火曜日の総合司会も西が務めるとともに、スタジオセットやエンディングテーマ[19]などが一新された。また、一部レギュラーの出演曜日を変更。これまで不定期で出演してきたスポーツ関係者(大畑大介・佐藤弘道・小椋久美子・廣田遥)、ゲスト出演の経験がある前田典子、かつてVTRコーナーにのみ出演していた月亭八光を新たにレギュラーコメンテーターへ起用したほか、新人アナウンサーの福島を「月曜生中継」(新設)のレギュラーリポーターに抜擢した。さらに、これを機に、番組完全プロデュース曲第2弾の「未来の花束」(後述)をエンディングテーマに採用。同曲のCD発売初日(2011年11月2日)には、河田が『THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS』(FM802)に生出演。『ちちんぷいぷい』と放送時間が重なる17:14 - 17:28には、MBSテレビ・FM802の開局以来初めて、両番組の間でサイマル放送を実施した。
2012年 【放送回数が3000回を突破】
「思い切って、○○」(○○には出演者自身の目標や希望が入る)をテーマに、1月10日(火曜日)からレギュラー放送を開始。1月27日(金曜日)の放送では、水曜レギュラーの大平サブローが当番組のエンディングに出演。芸能生活36周年記念企画「36のむちゃぶり」の一環としてやしきたかじんから出されていた「(前日6:00からの)36時間で(在阪テレビ・ラジオ各局で生放送中の)36番組に出演」という課題を無事に達成した[20]。なお、2月6日(月曜日)の放送では、VTRながら角がレギュラー卒業後初めて当番組に登場している(詳細は#タイアップ商品を参照)
他方、日本プロ野球の春季キャンプ解禁日に当たる2月1日(水曜日)には、阪神タイガースを中心にスポーツ関連の取材を担当する(放送上の)部署として「ちちんぷいぷい運動部」を新設(後述)。当番組へ過去に2回だけ登場していた井上雅雄(毎日放送のスポーツアナウンサー)が、「運動部キャプテン」という肩書で随時出演するようになった。また同月からは、フルマラソン未経験の大吉をリーダーに据えた「チーム大吉」による京都マラソン(2012年3月11日に30年振り復活開催)への挑戦企画「京都マラソンへの道」を実施(放送は火曜日)。前年の「大阪マラソンへの道」に続いて、和田・市川が「チーム大吉」に参加したほか、「運動部」メンバーの千葉がコーチを務めている(結果は全員完走)。
また、3月5日(月曜日)から3月30日(金曜日)まで、MBSアナウンサーによる番組史上3度目の世界一周企画として「吉竹史が行く!春の世界一周桜物語〜咲いたらさんが通る〜」を連日放送。当時金曜日のアシスタントを務めていた吉竹が、女性アナウンサーとしては初めて、世界を一周しながら羽織・袴姿で行く先々の桜事情を生中継やVTRで報告していた。なお吉竹は、2012年4月から平日朝の生放送番組『プリ♥プリ』(MBSテレビ)で全曜日のアシスタントに起用される関係で、同月30日(金曜日)の放送でスタジオへ戻るとともに当番組を卒業した。
4月28日には、「前略、旅先にて」(前年9月末まで約11年にわたって放送された佐川満男出演の紀行ロケコーナー)や「ハッピーアワーたいそう」(2010・2011年)でナレーターを務めた小池が80歳で逝去。当番組では、逝去から最初の放送日に当たる5月1日(火曜日)のニュースコーナーで、「前略、旅先にて」最終回(2011年9月28日放送分)などの映像とともに小池の訃報を伝えた。かつてMBSを代表するアナウンサーであった小池にとって、当番組は生前最後のレギュラー番組になった。
7月2日(月曜日)には、レギュラー放送での通算放送回数が3000回に到達。同月4日には、放送3000回記念企画の第1弾として、男性アーティスト(カサリンチュ、キマグレン、Rake、押尾コータロー)のコラボレーションユニット「PuiPui HOME TOWNS」による番組完全プロデュース第3弾シングルCD「この街に生まれて/いつまでも変わらない」を発売した(後述)[21]。
8月27日(月曜日)から8月31日(金曜日)までは、「3000回感謝ウィーク『やっぱり地元ってええなぁ』」として放送。レギュラーコーナーの『MBSニュース』「きょうの☆印」「キッチンぷいぷい」を休止する代わりに、日替わりのテーマ(27日「先っちょ」・28日「クイズ」・29日「スポーツ」・30日「お宝」・31日「お祭り」)を設けたうえで、数々の特別企画を放送した(詳細は「ちちんぷいぷいの特別番組一覧#3000回感謝ウィーク「やっぱり地元ってええなぁ」を参照)。なお、8月29日(水曜日)の放送には、角が番組卒業以来約11ヶ月振りに、スペシャルゲストとしてスタジオ生出演。また、事前収録による西との対談企画で、野村克也が当番組に初めて登場した。
9月12日(水曜日)には、金本知憲(阪神タイガース外野手)の現役引退記者会見が当番組の放送時間と重なったことから、当初の放送予定を急遽変更。スタジオから元コーチの遠山が見守る下で、日本の地上波テレビ局では唯一、記者会見(代表質問への応答)を生中継で放送できた。
なお、10月からは、2011年に続いて火曜日に「大阪マラソンへの道」を放送。山中・大吉にフルマラソン初経験の前田阿希子(金曜アシスタント)を加えたMBSアナウンサーが、千葉による指導の下に第2回大阪マラソン(11月25日開催)へ挑んだところ、全員完走を果たした。
2013年【放送15年目に突入】
「これも何かの縁ですから…」をテーマに、1月8日(火曜日)からレギュラー放送を開始。前年までオープニング開始前だった「今出さんのお天気」(14:56:45 - 14:58)コーナーを15:25頃に移動(日によって開始時刻が多少ずれることもある)。前枠の『MBSドラマの光』(TBSテレビ制作連続ドラマおよび自社制作・深夜バラエティ番組の再放送枠)からステブレレスで14:55に本編のオープニングへ入るようになった。またエンディングでは、このテーマにちなんで、西が今後「縁」を持ちたい著名人・作品・商品・サービスを1分前後で紹介する「西の一分〆(にしのいっぷんじめ)」というコーナーを開始。4月22日(月曜日)からは、味覚糖とのコラボレーションによる西・河田・山中のプロデュース商品として、「ぷいぷい飴」2種類を関西地方・期間限定で販売した(後述)。
8月5日(月曜日)から8月9日(金曜日)までは、「ちちんぷいぷい 夏休みスペシャルウィーク」として、『夏休み!石田英司のHOTジャーナル』(『MBSドラマの光』枠の13:55-14:55で生放送)と『ちちんぷいぷい夏休み 未来にご縁スペッシャル!!!』(レギュラー枠での特別番組)の2本立てで放送。総合司会の西は、この企画の一環である「つながれ!ご縁ザ・ワールド~万国おどろキッズ紀行~」で、7月5日(金曜日)から1ヶ月にわたって世界各地の「おどろキッズ」(大人が驚くような才能や特技を持つ子どもたち)を取材した。
10月11日(金曜日)からは、放送15年目に突入。11月には、関西地区の平日15 - 17時台の番組における月間平均視聴率(ビデオリサーチ調べ)で、44ヶ月連続の1位を記録した[22]。
なお、10月27日開催の第3回大阪マラソンには、当番組から山中に加えて新人アナウンサー・豊崎由里絵が出場した(いずれも完走)。また、当番組では初めて、視聴者から同マラソンへの参加者を募集。オーディションで8名の男女が選ばれている。
2014年【放送時間の再延長・ダブル司会体制へ】
「のびのび」という年間テーマを掲げながら、1月6日(月曜日)からレギュラー放送を開始。同月8日(水曜日)には、同月3日に64歳で逝去したやしきたかじんへの追悼企画を、オープニングから1時間に渡って放送した。この放送では、2000年にたかじんが当番組のスタジオへ乱入したサプライズ企画(前述)のダイジェストVTRも流した[4]。同月23日(木曜日)のオープニング直後には、田中将大(兵庫県伊丹市出身の東北楽天ゴールデンイーグルス投手)によるニューヨーク・ヤンキースとの契約合意発表記者会見(楽天Koboスタジアム宮城)の生中継を、会見の途中まで挿入した。
4月7日(月曜日)からは、本編開始前の『MBSドラマの光』枠(13:55 - 14:55)枠を統合したうえで、放送枠を月 - 金曜日の13:55 - 17:50に拡大。レギュラーでの放送時間が当番組史上最長の3時間55分になる。この改編に先駆けて、1月14日(火曜日)から3月28日(金曜日)までは、放送枠拡大のPRを兼ねて『ちちんぷいぷい 昔の人は偉かった 奮闘篇』(毎週木曜日に河田・くっすんが担当するロケコーナー「昔の人は偉かった」の再編集版)を『MBSドラマの光』枠で連日放送していた。
4月7日以降は、関西テレビ出身のフリーアナウンサー・山本浩之が、メインパーソナリティ陣に加入。月 - 木曜日では西・山本[22]、金曜日は西・河田のダブル司会体制に移行したほか、(出演日の変更を含めた)レギュラー出演者の大幅な入れ替えに踏み切った。また、毎日放送報道局のスタッフを制作陣に加えたうえで、14時台に「きょうの☆印」第1パート・「山中真のきょうも生中継」・「石田ジャーナル」を放送[23]。さらに、2014年のプロ野球シーズン中に放送する阪神タイガースの情報コーナー「ぷいぷい with Tigers」には、『月刊カワスポ』(河田がMCを務める月1回・日曜午後のスポーツ情報番組)との連動企画「阪神全144試合完全制覇 おっかけタイガース!」を随時組み込む。
ちなみに、西はリニューアルの初日から、月 - 金曜日の18時台に放送中の『VOiCE』(『アンカー』の第2部と放送時間が重なる関西ローカルのワイドニュース番組)にもメインキャスターとして出演[24]。その関係で、西は報道局主体のパート(14時台・16時台の「NEWS CHECK!!」・エンディング間際の報道スタジオからの生中継)、山本・河田は制作局主体のパート(15時台以降)の進行を担当する。なお放送上は、15時台の前半を境に、山本・河田が西からスタジオ進行を引き継ぐ。
なお、このリニューアルを機に、天気予報のコーナーでは毎日放送本社「M館」前からの生中継が復活。リニューアル初日から同月18日(金曜日)までは、山本・河田が天気予報で今出のパートナーを務めるとともに、「3時のどなた?」(芸能人・著名人からのVTRメッセージコーナー)と「ぷいぷい with Tigers」を「ちゃやまちプラザ Live Space」(同月4日からM館の「ギャラクシースタジオ」直下に開設したイベントスペース)から放送していた。同月21日(月曜日)からは、オープニングタイトルの直後に「きょうの☆印」第1パートの冒頭で紹介する項目(第1項目)の映像を流す一方で、番組開始から長年続けられてきたオープニングでのレギュラー出演者紹介を字幕での表示に簡略化。「ちゃやまちプラザ Live Space」からの生中継については、スペシャルゲストによるミニイベント・ライブパフォーマンスと連動した企画として、「ぷいぷい ぷらっとステージ」というタイトルで不定期に放送するようになった。
放送時間の変遷
期間 | 放送時間 | 放送分数 |
---|---|---|
1999年10月11日 - 2000年3月 | 15:00 - 18:00 | 3時間 |
2000年4月 - 2002年3月 | 15:00 - 17:54 | 2時間54分 |
2002年4月 - 2002年5月2日 | 14:55 - 17:50(第1期) | 2時間55分(第1期) |
2002年5月7日 - 2006年4月7日 | 15:00 - 17:50(第1期) | 2時間50分(第1期) |
2006年4月10日 - 2008年10月3日 | 14:00 - 17:50 | 3時間50分 |
2008年10月6日 - 2009年3月31日 | 14:55 - 17:50(第2期) | 2時間55分(第2期) |
2009年4月3日 - 2010年3月26日 | 15:00 - 17:50(第2期)[11] | 2時間50分(第2期) |
2010年3月29日 - 2013年3月29日 | 14:55 - 17:45 | 2時間50分(第3期) |
2013年4月1日 - 2014年3月28日[25] | 14:55 - 17:50(第3期) | 2時間55分(第3期) |
2014年4月7日 - | 13:55 - 17:50 | 3時間55分 |
当初は15:00にスタートし、18:00終了であったが、2010年3月29日より14:55に開始、『JNNニュースの森(現:『Nスタ』)』の全国パート開始時間繰り上げに伴って、17:50に終了となっている。
2006年4月10日からは、スタートが1時間繰り上がり、14:00 - 17:50までの3時間50分に拡大された。在阪放送局で4時間近くも情報番組を帯で放送するのは本番組が初めてであり、当時は「今後、どこまでこの編成が受け入れられるか?」が注目された。
2009年9月28日から2010年3月26日までは、関西地区での後座番組『VOICE』の開始時間が17:50に繰り上がったため、エンディング後の2分のCMを廃止。「血液型ぷいぷい占い」からステブレレスで『VOICE』に接続していた。この時期の『ぷいぷい』では、エンディング直前(17:45 - 17:49頃)に『VOICE』の予告コーナーを挿入。当番組アシスタント経験者の松川浩子(月 - 水曜、2014年4月から月曜アシスタントとして当番組に復帰)や高井美紀(木・金曜)が、VOICEのサブキャスターとして、報道フロアから中継で登場していた[26]。
2010年3月29日から、『Nスタ』の開始や『VOICE』の放送時間の変更により、再びステーションブレイクが設けられたが、同年10月29日までは2分間のCMではなく1分間のCMであった。
なお、2009年4月3日から2010年3月26日までは、本編の前に『もうすぐぷいぷい』とのタイトルで14:55 - 15:00に天気予報を放送。同番組の解消で番組表上の本編開始時間が14:55になった2010年3月29日以降も、本編の前に天気予報を放送する構成を、2012年12月27日まで維持していた。
2014年4月7日の放送枠拡大・西の『VOiCE』(『VOICE』から改称)メインキャスター就任を機に、「VOiCE in ぷいぷい」というタイトルで、報道フロア(16時台後半)と報道スタジオ(17:45頃)からの中継が復活。16時台の後半には、西が報道フロアから出演するとともに、「NEWS CHECK!!」としてニュース数項目を放送(『VOiCE』の女性キャスターがナレーションを担当)。また、当日の『VOiCE』で放送予定の特集の概要を紹介するとともに、「CATCH THE VOICE」(視聴者からメッセージを募集する企画)のテーマを告知する。また、17:45頃には、西が報道スタジオから登場。最新のニュースや、「CATCH THE VOICE」へ寄せられたメッセージの一部を伝える。その一方で、当番組の前枠番組『ひるおび!』(TBSテレビ制作の全国ネット番組)の終了直後には、ステブレレスで当番組の告知枠を設定。西と山本(河田)が、当番組のスタジオから、15秒間にわたって当日の主な放送予定を紹介するようになった。
特別番組の対応
- 阪神戦中継などを毎日放送が制作し、18:15から放送する場合、『VOICE』が繰り上げられ、17:00 - 17:45に放送される。そのため、当番組は17:00で終了する。
- 本番組の放送日にMBSテレビから全国ネットでの生中継で選抜高校野球大会の準決勝2試合・決勝戦(毎年4月上旬)や全国高等学校ラグビーフットボール大会の決勝戦(毎年1月7日)を放送する場合には、試合や閉会式の進行に応じて当番組の放送開始時間を遅らせる。
- 選抜高校野球大会については、1回戦からの全試合を中継していた2002年まで、期間中に当番組を休止することが多かった。ただし2003年以降は、準決勝・決勝戦のみ中継するため、当番組の休止期間は大幅に短縮されている。また、決勝戦の放送でも、閉会式の途中で中継を飛び降りるようになった。そのため、飛び降りを実施した後に、『もうすぐぷいぷい』の放送枠をスポットCMに差し替え。同番組で放送されている天気予報を、当番組の本編で放送する。
- 2008年には、全国高等学校ラグビーフットボール大会の決勝戦が月曜日の放送と重なった。そのため当番組では、前年末(2007年11月26日)の生放送中に、角自身から番組休止の旨を説明。そのため、2008年には、1月8日(火曜日)から放送を開始した。さらに、成人の日(1月14日、月曜日)に祝日対応で当番組の放送を休止した関係で、同年の月曜日は1月21日からの放送になった。
- TBSが地上波テレビにおけるプロ野球ドラフト会議の中継権を確保した2009年以降は、同会議が平日の17:00から開催される場合に、当番組の放送内容・放送枠を変更している。2009年には、当番組の放送中に中継映像の一部を挿入。2010年以降は、全国向け中継の全編ネット受けを実施する関係で、当番組の放送枠を14:54 - 16:53に短縮している。
重大なニュース(2000年:北海道・有珠山の噴火、2001年:アメリカ同時多発テロ事件、2003年:イラク戦争、2005年:JR福知山線脱線事故、2011年:東日本大震災など)に関する報道特別番組や、日本の選手・チームが出場する世界規模のスポーツイベント(オリンピック、サッカーワールドカップ、ワールドベースボールクラシック、TBSが日本国内でのテレビ放送権を保有する世界陸上など)に関する生中継・特別番組の編成を優先する関係で、当番組の放送を休止・短縮することもある。以下に該当する事例を示す(JNN排他協定も参照)。
- 2001年6月8日、同日午前中に大阪教育大学附属池田小学校事件が発生したことを受けて、オープニングを割愛。角が自らこのニュースを伝える形で番組を始めた(☆印は翌月に始まっている)。後半は報道特別番組のため打ち切り。
- 2001年9月12日、アメリカ同時多発テロ事件報道に伴い、放送休止。
- 2005年4月25日、JR福知山線脱線事故関連のJNN報道特別番組を13:00から組まれ、放送休止(なお、一部区間はMBS発)。
- 2006年6月5日、村上ファンドの村上世彰代表が証券取引法違反容疑で逮捕される見通しとなったことから、当日は多数コーナーが休止になる等、村上ファンド報道一色の番組内容だった。番組冒頭から石田英司のニュース解説で村上ファンド問題を15時15分頃まで伝え、17時30分頃に逮捕の一報を報じた。この日の「キッチンぷいぷい」は休止。「今出さんのお天気とプレゼント」は15時58分頃に、VTRコーナー「千鳥の駅前の嫁」は16時50分ごろに時間変更。角はこの当時にしては珍しく休憩をとらずに出演した。
- 2006年9月6日の放送は秋篠宮妃紀子男児出産についての特番を放送のため、16:50ごろで打ち切り。JNNイブニング・ニュース特集(実質、本来関西地区では放送されないイブニング・ファイブ)が放送された。ちなみに番組冒頭の天気予報で大雨が近づいているという予報でなるみが「こんな日は3時間で終わって早よ帰ったほうがええね」と言ったがそれが本当になった。
- 2007年8月27日 - 8月31日は、世界陸上大阪大会のハイライトが、16:00 - 17:30に放送されるため、放送時間が14:00 - 15:55に変更された(ぷいぷいニュースはMBSニュースとして分割され15:55 - 16:00に放送)。これにより、出演者の若干の変更があった。
- 2007年9月12日、当時の首相・安倍晋三の辞意表明に関連する特番が13:58から放送、『ぷいぷい』は14:54開始。14時台のコーナーは休止、他のコーナーも時間変更。石田は一部を除き通し出演。
- 2009年3月24日、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)決勝「日本×韓国」戦中継が115分延長して『愛の劇場・大好き!五つ子』・『ひるドラ・おちゃべり』の放送時間が繰り下がったため、『ぷいぷい』は16:00でいったん中断。17:00から放送を再開した。
- 2009年9月16日は、「鳩山由紀夫新内閣発表」に関する『総力報道!THE NEWS拡大版』放送のため、放送時間を1時間繰り上げ13:53 - 16:53の放送となった(BSSは放送休止)。
- 2011年8月29日(月曜日)から9月2日(金曜日)までの5日間は、レギュラー放送の時間帯の後半で世界陸上韓国テグ関連番組を編成。その関係で、レギュラー放送より放送枠を1時間繰り上げた(8月30日・31日は13:54 - 16:00で放送、9月1日・2日は13:54 - 15:00で放送)。8月29日も13:54 - 16:00で放送する予定だったが、前枠で放送されていた「JNN報道特別番組」(第15回民主党代表選挙の生中継)を急遽延長したため、当番組の放送枠を14:54 - 16:00に短縮している。なお、角と石田は夏季休暇で出演せず、角がレギュラーで担当する月・火曜の総合司会も西が務めた。[28]
- 2011年11月15日(火曜日)には、15:50 - 18:10に2014 FIFAワールドカップ・アジア3次予選グループC最終戦・北朝鮮対日本戦中継(TBSテレビ制作、平壌・金日成競技場)のネット受けを実施。さらに、『Nスタ』を2部構成(15:00 - 15:50、18:30 - 19:00)、『VOICE』を特別編成による短縮版(18:10 - 18:30)でそれぞれ放送したため、当番組を全編休止した。
- 2013年8月12日(月曜日)から8月16日(金曜日)までの5日間は、14:00 - 17:25に「世界陸上競技選手権大会・モスクワ大会」デイセッション(モスクワの現地時間で午前中~夕方に開催する種目)中継の同時ネット(JNN基幹局スポンサーネット)を実施するため、当番組を全編にわたって休止。ただし、17:25 - 17:50には、当番組ののスタジオからMBSの自社制作による生放送番組『夏休み!カワスポ夕刊』(『月刊カワスポ』の前身である『カワスポ』からのスピンオフ番組)を編成している。
- 2014年2月のソチオリンピック期間中には、19日(水曜日)に当番組の放送枠でスノーボード・男女パラレル大回転予選中継(14:00 - 16:30)、『Nスタ』(1部16:30 - 17:00、2部17:00 - 17:25)、『VOICE』(17:25 - 18:00)を編成したため、当番組を全編にわたって休止。20日(木曜日)には、『Nスタ』(16:20 - 16:45)、ノルディック複合団体中継(16:45 - 21:30)をTBSからの同時ネットで放送するため、当番組の放送枠を13:55 - 16:20に繰り上げた(いずれも『昔の人は偉かった 奮闘篇』を休止)。
- 毎日放送本社「B館」が本格的に運用を開始する2014年4月4日(金曜日)には、当番組がベースの特別番組『茶屋町 春の4まつり!』を、13:55 - 17:50に放送。この番組から、事実上当番組の放送枠を再度拡大した。
- 2014年6月12日開幕の2014 FIFAワールドカップハイライトが6月9日(月曜日)から7月14日(月曜日)まで『Nスタ』内で放送される関係で『Nスタ』の放送開始が10分繰り上がるため、この間は17:40終了となった。
東日本大震災関連の対応
- 2011年3月11日(金曜日)の当番組本番直前(14:46)に東日本大震災が発生したため、当番組の放送枠を全編「JNN報道特別番組」に差し替えた。同月14日(月曜日)にも、当番組の前後に全国ネットで放送されるTBSテレビ制作の『ひるおび!』『Nスタ』において、放送枠を「JNN報道特別番組」扱いで拡大したため全編休止。当番組を再開した15日(火曜日)と翌16日には、放送枠を15:55 - 16:53に短縮したうえで、「関西で知りたいこと、できること」「メディアからの伝え方、メディアとの接し方」に主眼を置く構成で放送した。17日(木曜日)・18日(金曜日)には、同様の構成を続けながら、放送枠を14:55 - 16:53の2時間に拡大。週明けの22日(火曜日)からは、放送時間・放送枠を通常の編成に戻している。
- 2011年4月11日(月曜日)には、 東日本大震災の発生から1ヶ月目に当たることから、『Nスタ』の放送枠を「JNN報道特別番組」扱いで拡大。その影響で、当番組の放送枠を14:55 - 15:55に短縮した。
- 東日本大震災の発生から3年目に当たる2013年以降は、発生日(3月11日)が当番組の放送日と重なる場合に、当番組の放送枠の一部で震災に関するJNN報道特別番組の同時ネットを実施。当番組では、放送枠を短縮する一方で、震災関連の企画を中心に放送する。
- 2013年3月11日(月曜日)には、2部構成によるJNN報道特別番組『大震災2年 復興と現実』を同時ネットで放送(第1部・14:00 - 16:00[29]、第2部・18:15 - 19:55)。その関係で『Nスタ』(全国ニュースパート)と『VOICE』の放送枠を通常編成から45分ずつ繰り上げたため、当番組を16:00 - 17:00の1時間枠で放送した。当日の放送では、オープニング映像やレギュラーコーナーを割愛。番組のテーマも、「関西の子ども達による被災地の復興支援」「福島県内の被災地から大阪府内へ避難してきた家族のジレンマ」「西が(前日に)見てきた陸前高田の復旧と復興」に絞っている。
- 2014年3月11日(火曜日)には、JNN報道特別番組『震災3年・復興と未来~“これから”のために~』を、同時ネットで14:00 - 15:20に放送[30]。当番組では放送枠を15:20 - 17:50に編成するとともに、岩手県一関市での放射能除染作業に関する西の取材報告や、「リアル世界くん」でドイツを取材中の山中による脱原発関連の中継レポートなどを放送した。
2014年4月以降のタイムテーブル
表記されている時刻はあくまでも目安で、コーナーの放送順を入れ替える場合や、一部のコーナーを休止する場合もある。
斜体で表示したコーナーは、毎日放送報道局が制作に関与。 各コーナーの詳細は、企画一覧を参照。
月曜 | 火曜 | 水曜 | 木曜 | 金曜 | |
---|---|---|---|---|---|
13:55.00 | オープニング、きょうの☆印 (山中真のきょうも生中継・今出さんのお天気・ヘッドラインニュースを内包、月 - 木曜日には山本が第1項目までパネラーとして出演) | ||||
14:55 | ぷいぷい with Tigers(プロ野球シーズンのみ[31]、火曜日は月曜日に阪神の公式戦があった場合にのみ放送、月 - 木曜日には山本・金曜日には河田がこの時間から再登場) | ||||
15:05 | どなた?(当初は「3時のどなた?」として放送、17:40頃に放送する場合あり) | ||||
15:10 | このあとの『ちちんぷいぷい』(西は当コーナーまでスタジオに出演) | ||||
15:15 | きょうの☆印[32](プレゼントコーナーを内包、不定期で「ぷいぷい ふらっとステージ」を挿入) | ||||
15:35 | 石田ジャーナル(2014年5月中旬までは15時前後に放送[33]) | ||||
15:55 | リアル世界くん | リアル世界くん /水曜のびのび生中継(不定期) |
リアル世界くん /美術館に行こう! /とびだせ!えほん (いずれも不定期) |
リアル世界くん(隔週) /金曜ピカピカ生中継(隔週) | |
16:25 | きょうの☆印(生中継または事前収録による山中の取材リポートを不定期で放送) | 山中真のきょうも生中継(隔週) /金曜ピカピカ生中継(隔週) | |||
16:35 | NEWS CHECK!!、「CATCH THE VOICE」の告知(西が報道フロアから出演、16:50前後に放送する場合あり) | ||||
16:40 | キッチンぷいぷい(16時台の前半に放送する場合あり) | ||||
16:50 | いつかはなりたい小料理屋の女将 | 女子力の花園 | コレカラコレクション | はるか世界へ! | 歌碑ものがたり |
17:05 | 学校に行こッ! | 初めて知りました 最高の相方 | 若旦那21 | 昔の人は偉かった | 密着まるまる1日 |
17:20 | 道案内しよっ! | ||||
17:35 | 昨夜のシンデレラ(2014年4月までは16時台の前半に放送) | ||||
17:40 | 最新ニュース、『VOiCE』の予告、「CATCH THE VOICE」へのメッセージ紹介(西が報道スタジオから出演) | ||||
17:46.15 | ぷいぷい占い |
月曜 | 火曜 | 水曜 | 木曜 | 金曜 | |
---|---|---|---|---|---|
14:55.00 | オープニング、リアル気温くん(不定期) | ||||
15:00 | 今朝の食卓(プロ野球シーズン中の月曜に「今岡さんの阪神解説」を放送する場合あり)、西の☆印 | ||||
15:25 | 今出さんのお天気、MBSニュース、プレゼントコーナー | ||||
15:40 | 西の☆印 | ||||
15:50 | リアル世界くん | 大阪マラソン完走への道 | 石田NEWS | 先っちょ☆印 | |
16:15 | 昨夜のシンデレラ | ||||
16:25 | 石田英司のニュース解説(放送上の通称は「石田NEWS」) | 美術館に行こう!(不定期) /とびだせ!えほん(不定期) |
キッチンぷいぷい | ||
16:40 | キッチンぷいぷい(撮っておき!食べものがたり) | サキドリ大吉トレンディ | |||
17時台 | お初にございます | 初めて知りました『匠』 | 水曜生中継 | 昔の人は偉かった | 密着まるまる1日 |
学校に行こッ! | 道案内しよッ! | 若旦那21 /初めていきました(不定期) | |||
17:41 | エンディング(MBSおすすめ番組、エンタメ、西の一分〆) | ||||
17:46.15 | ぷいぷい占い |
表記されている時刻はあくまでも目安で、放送内容により、一部コーナーの放送順入れ替えや休止となる場合がある。コーナーは2011年9月時点を基準。各コーナーの詳細は、企画一覧を参照の事。
月曜 | 火曜 | 水曜 | 木曜 | 金曜 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
14:56.45 | 今出さんのお天気(コールドオープン) | |||||
15:00 | オープニング、 リアル気温くん | |||||
15:10 | 今日のラインナップ[34]、 角の☆印/きょうの☆印 | |||||
15:25 | MBSニュース、プレゼントコーナー | |||||
15:40 | 角の☆印 | 大阪マラソン完走への道 | きょうの☆印 | |||
15:55 | 昨夜のシンデレラ | |||||
16:00 | 石田英司のニュース解説 | ひとの噂も75日 | ||||
16:20 | 今日の晩ごはんは!?、キッチンぷいぷい | |||||
16:35 | 60日間ほぼ世界一周
(~9月23日) |
60日間ほぼ世界一周(~23日)
/美術館に行こう!(不定期) |
60日間ほぼ世界一周
(~23日) | |||
17時台 | こんなん初めて食べました | そんなん初めて知りました!! | 前略、旅先にて(月1回) | 昔の人は偉かった | 千年千鳥 | 大吉京平への道
(不定期) |
学校に行こッ! | 道案内しよッ! | どんなん?初めて行きました | 吉竹良品 | |||
水曜企画(月1以外) | ||||||
17:35 | 今日のダレ?[35]、ゲストの歌紹介 | |||||
17:42.30 | ぷいぷい占い |
出演者
現在のレギュラー・準レギュラー出演者
役割・名称は2011年10月以降の公式サイト内「出演者紹介」を参照。「 」内は番組内での愛称・肩書。
メインパーソナリティ(2014年4月7日以降の総合司会)
記者会見や緊急ニュースなどの取材も担当する関係で、放送日や時間帯によっては、取材先からの生中継やインタビューVTRで出演することがある。
- 西靖(月 - 金曜日総合司会兼ニュースキャスター)
- MBSアナウンサー
- 番組開始直後(1999年11月頃)、「(その当時の)火曜日の男性出演者が角しかいない」というハイヒールの指摘により、アシスタントとして出演。2004年頃から角の代理司会と「☆印」の代理進行を担当。帯企画で「どないなん?」を担当し、同時に取材の機会が多くなる。2006年10月以降は木曜日の、2007年4月からは木曜・金曜の、2010年9月からは水曜・木曜・金曜の総合司会を担当。2011年の「河田直也の60日間ほぼ世界一周 昔の人は偉かったザ・ワールド」(後述)の際には、河田の担当コーナーで代役を務めた。
- 「どないなん?」など数多くの企画を担当。当初は角の代打的なポジションにあったが、独身で一人でする趣味が多い事がネタにされ、西の独自色の強いコーナー企画に繋がる(本紹介の「本屋さん」は西の読書好きが転じた企画)。
- 2010年には「西靖の60日間世界一周」、2013年には「つながれ!ご縁ザ・ワールド~万国おどろキッズ紀行~」で世界一周を経験した。
- 角の卒業に伴い、2011年10月からは全曜日の総合司会を担当。また、第1回大阪マラソンを3時間42分38秒で完走した。
- 普段番組出演時の服装はスーツ・ネクタイスタイルだが、2012年以降の夏季シーズンは半袖ポロシャツスタイルとなる(いわゆるクールビズ)。
- 全曜日をダブル司会体制で進行する2014年4月改編からは、『VOiCE』のメインキャスターを兼務する関係で、オープニングから15:30頃まで当番組のスタジオに出演。改編前に続いて、主に「きょうの☆印」第1パート(14時台)の進行を担当する。16時台の後半には毎日放送報道フロア、エンディング間際の17:45頃には報道スタジオから、それぞれ『VOiCE』のメインキャスターとして登場(前述)。祝日や特別編成などで当番組を全編にわたって休止する場合には、『VOiCE』にのみ出演する。
- 山本浩之(月 - 木曜日総合司会・隔週金曜日中継リポーター)
- 2013年3月31日まで関西テレビアナウンサー。同局アナウンサー時代の2006年4月から、フリーアナウンサー転身後の同年9月27日まで、当番組および『VOiCE』と放送時間が重なる関西ローカルワイドニュース番組『FNNスーパーニュースアンカー(アンカー)』でアンカーマン(メインキャスター)を務めた。その一方で、同局のアナウンサー時代から、「ヤマヒロ」という愛称でも知られている。
- 当番組には、「(西の)お兄さん」というキャラクターで、2014年4月7日からレギュラー出演。放送上は、オープニングから「きょうの☆印」第1項目までパネラーとして出演した後に、15時台前半のスタジオパートを西と共同で進行。西が報道フロアへ移動した後は、「きょうの☆印」(15時台の第2パート以降)や「キッチンぷいぷい」の進行を担当する。
- 当番組へ出演する前から、隔週金曜日の午後を他局のレギュラー番組の収録に充てているため、収録のない週の金曜日には「金曜ピカピカ生中継」という中継コーナーでリポーターを担当。夜には、MBSラジオの生ワイド番組『ヤマヒロのぴかいちラジオ』でパーソナリティを務める。
- 河田直也(金曜日総合司会・木曜日コーナー担当)
- MBSアナウンサー。『昔の人は偉かった』シリーズ担当、「“ぷいぷい運動部”副キャプテン」、中継・世界班メンバー。
- 基本として木曜日のVTRコーナーや、「水曜生中継」(2011年10月開始、2014年5月以降は「水曜のびのび生中継」)のリポーターも担当。過去には、木曜日の放送でニュースキャスターを務めたり、不定期で「金曜生中継」へリポーターで出演したりしたこともある。
- カナダへの留学経験で培われた語学力や、 イ・ビョンホンに似た風貌を買われて、外国人俳優・アーティストへのインタビュアーをたびたび務めている。その一方で、担当コーナーが短命に終わりやすく、他の出演者から進行や(ロケ中にたびたび吐露する)腹痛などを弄られるシーンも多い。
- 2011年7月11日、前年の西に続いて「河田直也の60日間ほぼ世界一周 昔の人は偉かったザ・ワールド」の旅に出ることを発表。同月25日から9月23日まで、西回りの航路をたどった前年の「西靖の60日間世界一周」とは逆に、ほぼ東回りの航路で世界を一周した。ただし、西の場合と同様に、渡航先からも随時中継などで当番組へ出演している。
- 2012年4月からは、ロンドンオリンピック(同年7~8月に開催予定)の日本代表に選ばれた関西出身・在住のアスリートを取材する企画「ロンドンへの道」(火曜日を中心に放送)のインタビュアーも担当。その関係で、「“ぷいぷい運動部”副キャプテン」との肩書も付くようになった。さらに、同オリンピックの期間中には、「花の応援マン」という肩書で現地の周辺取材リポーターを務めている。ソチオリンピックが開かれる2014年2月にも、「花の応援マン」として開催地のソチに派遣された。
- 2014年4月からは、『昔の人は偉かった』への出演を続ける一方で、金曜日には西と共に総合司会として出演。山本と同様のパターンで、主に「ぷいぷい with Tigers」「きょうの☆印」(第2パート以降)「キッチンぷいぷい」の進行を担当するほか、水曜日には不定期で「水曜のびのび生中継」のリポーターも務める。
「ぷいぷいパーソナリティーズ」
- 石田英司
- 毎日放送スペシャリスト制作局CP、ニュース解説、「ニュースのおっちゃん」。
- 番組開始当初は「元社会部デスク」として出演。その後は、報道局社会部デスク→テレビ制作局制作一部専任部長を経て現職。番組開始当初から自らが進行する企画を受け持つ。それ以外は、「☆印」のコメンテーターとして、オープニングから16時台の後半(「キッチンぷいぷい」の直前)まで出演。16時台には、「石田NEWS」という冠コーナーで、進行とニュース解説を兼務する。
- 2007年には、4月19日から頚椎間板ヘルニア手術で入院(後述、5月7日の放送から復帰)。2012年8月にも、「肺に水が貯まる」(本人談)という症状で入院したため、一時出演を見合わせていた(9月3日の放送から復帰)。
- 2013年4月から1年間は、金曜日に16時台の後半まで当番組へ出演した後に、『嘉門達夫のどんなんやねん!』(金曜日の16・17時台にMBSラジオで放送されていた生ワイド番組)の17時台前半でニュース解説を担当。さらに、同年10月から半年間は、同番組の後に放送される『VOICE』金曜日のニュースコメンテーターも兼務していた。
- 2014年4月以降は、レギュラーで出演する番組を再び当番組に絞るとともに、オープニングから16時台の「NEWS CHECK!!」まで出演。「きょうの☆印」全パートでコメンテーター、「石田NEWS」の後継コーナーである14時台の「石田ジャーナル」で進行と解説を担当する。
- 今出東二
- 日本気象協会関西支社出身のお天気キャスター、「マデットおじさん」。
- 番組開始当初から天気予報を担当。角の呼ぶ「今出東二さん」が「マデットおじさん」と聞こえる、というメールが送られてきたことから、「マデットおじさん」の愛称が付くようになった。
- 夕方の報道番組(『VOiCE』、1999年10月から2000年9月までは『MBSナウ』)の天気予報も兼務。番組初期は料理コーナーの試食まで出演していたが、「☆印」が始まった頃から3時台のみの出演が多くなる。2006年8月7日以降、番組開始直後にお天気コーナーを行うようになり、出演がこの時のみとなった。2007年10月1日のリニューアルで、お天気コーナーが3時台に移動、引き続いて料理コーナーの試食に参加。しかし、2008年1月8日から天気予報が再々度オープニングに移動したことを機に、原則として天気予報だけの出演に戻っている。
- 今出の休暇中には、かつて今出が勤務していた日本気象協会関西支社所属の女性気象予報士が出演する。過去には、鈴木晶子(2007年8月24日・2007年6月)、小原由美子(2007年6月)、吉村真希(時期不詳)、小川真季(2011年9月)などが今出の代役を務めた。
以下はいずれもMBSアナウンサーで、担当コーナー以外にも「☆印」・特別企画・生中継などに随時出演。メインパーソナリティの代理も担う。
- 山中真
- 「政治部キャップ」、「“明るい経済部”部長兼記者」、世界班メンバー、大阪マラソン「チーム山中」リーダー。
- 「金曜生中継」および「リアル世界くん」リポーター。当番組で政治関係の取材を担当する場合には「ちちんぷいぷい政治部キャップ」、経済関係の取材を担当する場合には「“明るい経済部”部長兼記者」という肩書を使い分けている。
- 過去の担当コーナーに、「どないなん?」「こりゃええ和」など。また、「金曜生中継」で『山中ゴエモン』と呼ばれることがある(詳しくは当人の項を参照)。
- 2008年1月に始まった「今日の?印」を機に毎日出演。2月、橋下徹大阪府知事へのインタビューを毎朝続ける「けさの橋下さん」がスタート。関西のマスコミに政治部という部署がないこともあり「ちちんぷいぷい政治部」が誕生(あくまで番組内の部署)、キャップに就任。これを足がかりに国政取材も行い、国会議事堂や政党本部からの生中継、国会議員への密着取材を敢行する。2009年4月から知事インタビューは月曜を中心に放送、金曜日は1年間、板東英二と共に『バンバンバン』で生中継を担当。2010年4月から再び、金曜生中継のリポーターを務めている。
- 2010年のFIFAワールドカップ・南アフリカ大会のグループリーグ・日本対デンマーク戦で現地取材。2014年のFIFAワールドカップ・ブラジル大会にも、「忍者ハットトリックくん」という忍者風の周辺取材リポーターとして派遣されている。
- 2011年1月第2週から3月21日まで、毎日放送の海外研修制度でインドに滞在。滞在中にも、「リアル世界くん」内の中継・VTR取材企画「山中真 春までインドで暮らします」を通じて、当番組へ随時出演していた。
- 前述の「大阪マラソンへの道」では、番組内の同マラソン参加者で組織する「チーム山中」のリーダーとして健脚を披露。毎日放送の番組からの参加者では最も速いタイム(3時間32分5秒)で、同マラソンを完走した。2012年の第2回大会でも、3時間5分32秒で完走。2013年の第3回大会では、「3時間以内での完走」を目標に掲げたものの、ゴールタイムは3時間2分18秒にとどまった。
- 2014年4月からは、冠コーナー「山中真のきょうも生中継」のリポーターを担当。日本列島の各地から「今」を伝えるべく、可能な限り毎日、生中継に出演する。その一方で、中継を放送しない日には、“先っちょ”(最先端)の研究・製品・サービスに関する事前収録の取材企画「山中☆印」でスタジオに登場することもある。
- 大吉洋平
- 「国際部キャップ」、「京都支局長」、世界班メンバー、京都マラソン「チーム大吉」リーダー。
- 「リアル世界くん」リポーター。当番組で担当する企画によっては、「ちちんぷいぷい国際部キャップ」や、「ちちんぷいぷい京都支局長」という肩書で出演する。2014年4月改編からは、事実上「リアル世界くん」に専念。帰国中には、「石田ジャーナル」などでナレーターを担当する。
- 入社3年目の2010年8月11日の放送では、『60日間世界一周』の企画で海外渡航中だった西の代役ながら、当番組史上最年少(24歳)でメインパーソナリティを務める。過去の担当コーナーに、「どないなん?」「大吉洋平の大吉商店」など。2012年3月30日(金曜日)の放送では、当日限りで当番組を卒業した吉竹の代役として、アシスタントを担当した。
- 海外への留学・渡航経験が豊富で、英語が堪能なこともあって、海外取材が多い。2010年のバンクーバーオリンピックおよびFIFAワールドカップ・南アフリカ大会(グループリーグ・日本対オランダ戦、決勝トーナメント・日本対パラグアイ戦)で取材リポーターとして派遣される。また、本名の大吉(おおよし)が「だいきち」と読まれやすいことから、縁起ものの企画でよく進行役に起用される。[36]
- 2011年には、当番組の企画を兼ねて京都市内へ転居。引越先は、放送上「ちちんぷいぷい京都支局」と呼ばれている。また、同年夏からの企画「ただいま修行中 大吉京平への道」では、アナウンサーとしての職務のかたわら、京都市内の名店への住み込み修行を経験してきた。
- 2012年からは、当番組の企画でフルマラソンに挑戦。京都マラソンでは、初挑戦ながら4時間44分3秒で完走した。さらに、第2回大阪マラソンでも4時間2分42秒で完走を果たしている。
曜日別レギュラー出演者(2014年5月時点)
○:15時台前半からエンディングで出演(他の出演者の都合で全編出演または16時台から出演もあり)
●:「ぷいぷい ぷらっとステージ」を放送する場合に中継リポーター・進行役を兼務(放送後に再びスタジオから出演)
#:オープニングから15時台の前半まで出演
▲:16時台以降に放送するVTRロケコーナーからエンディングまで出演(コーナーリポーターも兼務)
◎:出演時点でMBSアナウンサー
■:出演時点でMBSの野球解説者
☆:2014年4月から新加入(不定期出演からレギュラーへの昇格を含む)
★:2014年4月からレギュラーに復帰
月曜 | 火曜 | 水曜 | 木曜 | 金曜 |
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総合司会 | ||||
(オープニングから15時台の前半まで進行を担当) | ||||
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(15時台の「きょうの☆印」からエンディングまで単独で進行を担当) | ||||
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スタジオアシスタント | ||||
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レギュラーコメンテーターズ(曜日レギュラー) | ||||
コーナー出演 | ||||
「山中真のきょうも生中継」 「山中☆印」リポーター | ||||
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「阪神全144試合完全制覇 おっかけタイガース!」解説者・リポーター | ||||
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「リアル世界くん」リポーター兼進行役(隔週ペースで交互に担当、上記のレギュラーコメンテーターズから1名が起用される場合あり) | ||||
「キッチンぷいぷい」料理人 | ||||
「晴れたらいいね」(16時台後半のVTRロケコーナー枠)リポーター兼進行役 | ||||
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ニュースキャスター(『VOiCE』の女性メインキャスターとして、14時台「きょうの☆印」内のニュース・「NEWS CHECK!!」を担当)[74] | ||||
上記以外のコーナーのリポーター・進行役 | ||||
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木曜日の放送では代々、松竹芸能所属のタレントがレギュラーで出演している。 スタジオアシスタントは、「きょうの☆印」「どなた?」でVTRナレーターを務めるほか、 「ぷいぷい with Tigers」でスタジオに登場する解説者は 「石田ジャーナル」では、総合司会・山中・福島・アシスタント以外のレギュラーアナウンサーや |
不定期パネラー
- 寿美花代 - 番組開始当初から長年にわたって、木曜を中心(水曜・金曜出演も、時たまあり。)に出演。
- 服部克久
- 藤田弓子
- 須藤元気
- 香西かおり
- 芝田山親方
- きたろう - 桂ざこばと桂南光が休暇や別の仕事の時にピンチヒッターとして出演。
- 桂南天 - 「桂こごろう」と名乗っていた2010年10月から、毎週木曜日のロケ企画「昔の人は偉かった」のナレーターを担当。ただし、師匠である南光が休暇や別の仕事で出演できない場合には、木曜日の全編にピンチヒッターとして出演する。初3時間出演の際、同じ南光のピンチヒッターでもあるきたろうと共演している。
- 月亭八方 - 2008年10月からの半年間は隔週で金曜日[83]、以降は2011年9月28日まで隔週で水曜日に出演していた。
- 西村知美 - 2008年4月の改編でいったん降板したが、2011年10月から復帰。
- 蟹瀬誠一 - 2012年秋頃から出演。「ぷいぷい顧問」に準ずる役割で、主に木曜日のオープニングから17時前まで出演。
- 山本博(アーチェリー選手)
- トミーズ雅[84]
- 中尾彬 - 毎週土曜日に『知っとこ!』(MBSテレビ制作の全国ネット生放送番組)へ出演する関係で、金曜日の放送や関連イベントに出演。病気療養などで一時降板していたが、2011年12月から復帰した。なお、中尾自身は2012年2月22日には裏番組『情報ライブ ミヤネ屋』(ytv)に出演した事があった。
- ダニエル・カール - 2012年10月から水曜に出演。
- 柳本晶一 - 大阪市出身で、バレーボール全日本女子元監督。
- 三浦大輔 - 奈良県出身。横浜DeNAベイスターズの現役投手であるため、毎年のシーズンオフ(11月中旬~12月上旬)に1日だけ、毎日放送の複数のテレビ・ラジオ番組と掛け持ちで出演。
- 西川貴教 - 滋賀県出身で、金曜日に登場。2012年4月から、月1回のペースで出演していた。2014年4月からは、自身が取り仕切る「イナズマロックフェス」のPRを兼ねた不定期出演に移行。
- 安田美沙子 - 京都府出身。2012年5月から木曜に出演。
- 大宮エリー - 小学生時代に一時、大阪市阿倍野区に住んでいた縁で出演を開始。
- つるの剛士 - 小学生時代には大阪府高槻市に在住。ウルトラパン大作戦(後述)でも、ウルトラマンダイナとしてVTRで出演していた。現在は金曜に出演。
- 有野晋哉 - 2014年4月から木曜に出演。
- 秋山豊寛 - TBS記者時代に日本初の宇宙飛行士となった。15時台から不定期出演。
2007年4月の出演者入れ替えで、金曜に出演していた未知やすえが水曜に移動、通しでの女性出演者が進行アシスタントの八木のみであったため、週替わりで西村知美や北斗晶、生田智子などらが出演していた。2008年4月に、ハイヒール・リンゴが火曜から金曜に移籍し、この制度は自然消滅・廃止となった。また、角の司会の月・火・水よりも西が司会する木・金曜日に東京を拠点とするタレント(主に渡辺正行、ラサール石井、中尾彬など)が、準レギュラーや隔週レギュラーとして出演する事が多くなった。
この他にも、アーティストゲストとして、加山雄三、服部隆之、MALTA、平原綾香、ET-KING(主にイトキンとTENN)などが定期的に出演。毎日放送がオーサカキングを開催していた時期には、服部隆之やMALTAが、当番組の音楽企画を指揮していた。2013年4月1日から『Nスタ』のメインキャスターを務める竹内明(TBS記者)も、同年3月28日に、同番組のPRを兼ねて当番組へ出演している。
ぷいぷい顧問団
原則として、オープニングから「NEWS CHECK!!」までスタジオに出演。2014年4月からは、「顧問」のうち1名が、(当番組へ出演しない日を含めて)日替わりで『VOICE』のコメンテーターを務めている。
2013年8月時点(公式サイトより[85])
◎:MBS東京支社スタジオからの生中継で、「☆印」の一部にのみ出演する場合あり。
◇:全編にわたって出演。
◆:オープニングから『キッチンぷいぷい』、または17時台前半のコーナー(月曜日「お初にごさいます」火曜日「こんなん初めて知りました 匠」水曜日「水曜生中継」または「どんなん?初めて行きました」木曜日「昔の人は偉かった」金曜日「サキドリ!大吉トレンディ」「密着まるまる一日」)直前まで出演。
△:以前は全編にわたって出演していたが、現在は『キッチンぷいぷい』または17時台前半のコーナー直前まで出演。
- 与良正男(毎日新聞論説副委員長) ◎◆ - 特別番組にも出演することがある。
- 池上彰 (ジャーナリスト、元NHK報道記者)- 2011年4月に全てのレギュラー番組を降板。当番組も一時卒業したが、10月から再び「顧問」に復帰。一時降板前はレギュラー放送にも登場していたが、降板・復帰後は特別番組にのみ、進行役を兼ねて出演している。
- 小川和久(軍事アナリスト)◎◆ - 木曜日を中心に出演。近年は登場の機会が少ない。
- 宮本勝浩(関西大学大学院教授)◆- 水曜日を中心に出演。
- 玉木正之(スポーツライター)△-「顧問」でただ1人、全ての曜日に出演した経験を持つ。
- 小宮一慶(経営コンサルタント、明治大学大学院客員教授)◆- 月曜日を中心に出演
- 岩井奉信(日本大学法学部教授) ◎◆ - スタジオ出演時には、趣味の鉄道に関する話を披露することもある。
- 名越康文(精神科医)△- 水・木・金曜日を中心に出演
- 寺脇研 (京都造形芸術大学教授)◆- 水曜日を中心に出演。
- 涌井雅之 (東京都市大学教授)◆- 木・金曜日を中心に出演。2011年9月までは、板東英二(元レギュラー)と共演することが多かった。[86]
- 中野雅至(元厚生労働省官僚、兵庫県立大学大学院准教授)◆- 2009年11月頃から、金曜日を中心に出演。
- 小村十樹子(トキコクリニック総院長)
- 廣田孝子(京都光華大学教授)
- 森直也(弁護士)◆- 「顧問」になる以前にも、不定期で他の「顧問」に代わって出演していた。
- 佐伯チズ(美肌師)◇- 2010年から木・金曜日を中心に出演。2011年10月から水曜日、2012年4月から火曜日に、2014年4月からは再び水曜日(15時台から、隔週)にそれぞれ準レギュラー格で登場している。
- 有馬晴海(政治評論家)◎◆- 2010年頃から出演。
- 後藤謙次(政治ジャーナリスト、元『総力報道!THE NEWS』アンカー)◎◆ - 同番組終了後の2010年夏頃から出演。月曜日を中心に出演。
顧問の参加パターンは、全編にわたって出演するパターン、「☆印」以降に出演するパターン、スタジオへ出演しない代わりに(東京支社からの生中継などを通じて)特定の話題へコメントを寄せるパターンなど多岐に及ぶ。いずれのパターンでも、以上の顧問のうち、少なくとも1名が出演。「☆印」の話題によっては、「ぷいぷい主治医」という肩書で服部益治(兵庫医科大学病院小児科医師)、「顧問」に準ずる役割で網本弘幸(弁護士)・足立基浩(和歌山大学経済学部教授)などがパート単位で出演することもある。
かつては、「☆印」で芸能関係の事件・訴訟を取り上げた際に、TBSテレビの芸能統括デスク(宇津木員夫→稲垣吉昭)からの電話リポートを放送。大相撲をめぐる問題を取り上げた時期には、他局で大相撲中継の実況やダイジェスト番組に携わっていたベテランのフリーアナウンサー(杉山邦博や山崎正)が出演したり、「☆印」にコメントを寄せたりしていた。
ちちんぷいぷい運動部
「政治部」「国際部(世界班)」「京都支局」「明るい経済部」に続く放送上の番組内部署として、2012年2月1日に発足。当番組でレギュラーコメンテーターを務めたり、レギュラーに準ずる扱いで出演したりしている以下のスポーツ関係者が、現役時代の種目に関する話題を「★印」で扱う際にスタジオ解説やVTR取材を実施する[87]。レギュラー出演者がスポーツに挑戦する企画でコーチを務めたり、スポーツに関する番組主催のイベントにパネラーとして出演したりすることもある。
- 部長:松本麻衣子(2012年5月から所属、MBSラジオ『MBSタイガースライブ → MBSベースボールライブ』のベンチリポーターを兼務)
- キャプテン:井上雅雄 - 2012年4月からは主に水曜日の放送へ出演。同時期に水曜日のレギュラーへ加わった遠山奨志(MBS野球解説者、元阪神タイガース投手・コーチ)とのコンビで、「ぷいぷい運動部」を担当。
- 副キャプテン:河田直也(元スポーツアナウンサー、2012年4月から所属) - 主にオリンピック関連の取材・報告を担当
- 野球:遠山奨志(2012年)→今岡誠(2013年、いずれも水曜日)
- サッカー:本並健治(なでしこリーグ・スペランツァFC大阪高槻監督、元・ガンバ大阪ゴールキーパー、不定期出演)[88]
- ラグビー:大畑大介(月曜日)
- バドミントン:小椋久美子(月曜日) - 水曜日へのレギュラー出演を開始した2012年4月4日の放送で全曜日制覇
- トランポリン:廣田遥(木曜日)
- テニス:沢松奈生子(火曜日、2012年3月から所属)
- マラソン:千葉真子 (2011年8月から陸上競技・マラソン関連特集を実施する際に不定期で出演)[89]
ちなみに、「運動部」が発足する前の2011年には、阪神関連の話題で平田勝男(当時・毎日放送野球解説者)が不定期で出演。同年から阪神ファンであることを放送で名乗り始めた西の「師匠」として、阪神の戦い振りをスタジオで解説したり、西による同球団のキャンプ・公式戦取材に同行したりしていた。
今岡を水曜日のレギュラーに起用した2013年からは、プロ野球シーズン中の同曜日に「☆印」で阪神タイガースの戦い振りを紹介する場合に、「ぷい虎 withタイガース」というタイトルを付けていた。
2014年4月からは、「ぷいぷい with Tigers」へ改めるとともに、プロ野球シーズン中の16時台前半に放送。これを機に、『VOiCE』からスポーツ関連のレギュラーコーナーが消滅した。その一方で、同年開催の2014 FIFAワールドカップ期間中には、遠藤彰弘(サッカー指導者、元・横浜マリノスおよびヴィッセル神戸MF)が(サッカー日本代表・ガンバ大阪MFである遠藤保仁の)「お兄ちゃん」としてスタジオで随時解説を担当している。
「☆印」でフィギュアスケートの話題になった際は渡部絵美が東京のスタジオから生出演してコメントを寄せる。
休暇時の対応
角は3季の休みのほかに、「3連休だから、もう1日休んで4連休に」という考え方で、休むことがしばしばある。角が休暇時は、かつて、その日のスタジオアシスタントなどがパーソナリティを担当したが、2004年頃からは角の片腕的存在の、西がパーソナリティを代替的に担当した。
2006年4月のリニューアル以降は、角が休暇の場合、14時台(VTRコーナーまで)を上泉、15時台(料理の後のニュース)以降を西の両アナウンサーが、それぞれメインパーソナリティを担当するというのが基本であるが、上泉・西のいずれかが不在の場合はどちらかが4時間メインパーソナリティを担当する。上泉のみが不在の場合、VTRコーナーまでを西が担当するなど臨機応変に担当していた。
2012年4月から9月までの放送では、オープニングに「昨夜の西靖」(総合司会の西が放送の前日に経験・発見したことをトークと画像で披露するコーナー)を組み込んでいた関係で、西の代役で総合司会を務める人物も「昨夜の○○」(○○にはその人物の苗字が入る)を担当していた。
過去に代役でメインパーソナリティを担当した人
●:代演の際に「昨夜の○○」を披露
- 浜村淳
- 河田直也● - 2010年の『西靖の60日間世界一周』期間中には、当時西が担当していた木曜日のメインパーソナリティを、8週にわたって担当。西が夏期休暇を取った2011年7月には金曜日、2012年10月には15日(月)・17(水)~19日(金)、西が「リアル世界くん」の取材でブータンへ赴いた2012年4月には16日(月曜日)と18日(水曜日)~20日(金曜日)で、いずれも代役を務めた。2013年に西が「つながれ!ご縁ザ・ワールド~万国おどろキッズ紀行~」(以下「万国おどろキッズ紀行」と略記)で海外取材に出ている期間中は、月・木曜日でメインパーソナリティ代理を担当。
- 山中真 - 河田と同じ理由で、2010年に金曜日、2011年に木曜日、2013年の「万国おどろキッズ紀行」期間中には水・金曜日で代役を担当。
- 八木早希 - 2009年1月23日に、インフルエンザへの罹患で出勤停止措置を執られた西に代わって、女性初のメインパーソナリティを担当。本来はニュースキャスターである千葉猛が、当時八木が担当していたアシスタントの代理を務めた。
- たむらけんじ - 2010年の『西靖の60日間世界一周』期間中に、8月9日(月曜日)の放送で代役を担当。
- 宇治原史規(ロザン)● - 2010年8月10日、2012年4月17日、10月16日(いずれも火曜日)で代役を担当。2013年の「万国おどろキッズ紀行」期間中にも、火曜日の全編にわたってメインパーソナリティ代理を務める。過去には、「今日の!」や「☆印」限定で進行役の代理を務めたこともある。
- 大吉洋平 - 2010年の『西靖の60日間世界一周』期間中に、8月11日(水曜日)の放送で代役を担当。番組史上最年少(24歳)でのメインパーソナリティ抜擢であった。
角の病気入院
2006年6月12日、角は15時30分頃のニュースコーナーから出演し、角が「胆石を患っていて、薬を飲んで治療しています。現在は、お粥だけの食事で、病気ダイエット中です。今は立って仕事をするのがつらい」と自ら告白した。また、番組のコーナー内で、6月29日に手術をするということも明かした。角が出演しても、「☆印」など通常は角が進行を務めるコーナーの進行は、暫くの間は西が担当することになった(月曜は14時台のメインを務める上泉が引き続き担当)。
2006年7月10日の放送で、胆石の手術が成功した事を、角自ら病床で撮影したVTRで報告した。それと同時に前立腺肥大の手術をするため、もうしばらく療養する事も報告した。そして、7月14日に角が退院した事が7月17日の「増刊号」内のテロップで報告された。その後、7月20日の放送から復帰した。その日の放送で前立腺肥大の手術は7月7日に行った事も明かしていた。 これ以後は、角は週に2日以上必ず休むようになった。
石田の入院
2007年には、石田が頸椎椎間板ヘルニアの手術による入院で当番組に出られなくなったため、当時の「ぷいぷい顧問団」メンバー(八代など)が日替わりで石田のポジションに就いていた。ちなみに、2012年8月に拡張型心筋症による入院で当番組を休んだ際には、夏休みおよび「3000回スペシャルウィーク」と重なったこともあって代役を置かなかった。
過去のレギュラー・準レギュラー出演者
★:『っちゅ〜ねん!』にのみレギュラー出演→同番組の終了を機に『ちちんぷいぷい』へ合流
- 総合司会
- 角淳一[90]
- 番組開始から2004年6月まではMBSアナウンサー。以降は、2011年9月30日まで同局専属パーソナリティとして出演。
- 後述通り、2006年に入院のため一時休養。復帰後は基本として、木・金曜に出演しなかった。2010年9月以降の水曜日には、総合司会を西に任せる代わりに、パネラー扱いで出演。特に2006・7年はイレギュラーに番組で放送予定のゲストインタビューの収録や、他番組のロケ、健康診断や体力のバランスを考えて、途中から参加する日や出演しない日が多かった。また、放送時間が4時間だった時期には、キッチンぷいぷいを休憩に充てるため、出演しなかった。
- 2011年8月15日の放送中に、総合司会およびレギュラーとしての出演を、9月いっぱいで終えることを発表[91]。9月30日の放送が最後の出演になった。ちなみに、出演最終週の放送では、西に任せていた水 - 金曜の総合司会も特別に担当している。
- 当番組では、角のレギュラー出演終了後も、角のキャラクターを随所で活用している。
- 卒業後の2011年10月から一新されたスタジオセットには、角をかたどったオブジェや「角だぬき」(2008年にオーサカキングとの連動企画によって数量限定で製作・販売された信楽焼製の白いミニチュア全身像)が随所に飾られている。
- 2012年1月には、当番組と山崎製パンのコラボレーション企画「ちちんぷいぷい コラボパン」第2弾(西・山中・河田・大吉がパンのプロデュースを担当)と連動したキャンペーン「ウルトラパン大作戦」(後述)に、ウルトラパンの父として登場。2月6日の放送では、ウルトラの父を模したコスチュームで、オリジナルのギャグを交えながらVTRを通じて4人に激励のメッセージを送った。ちなみに、角がレギュラー出演終了後に当番組へ登場したのは、このVTRが初めてである。
- 2012年8月29日(水曜日)には、「3000回感謝ウィーク『やっぱり地元ってええなぁ』」のスペシャルゲストとして、卒業以来約11ヶ月振りに当番組のスタジオに出演した。
- 2014年には、山本浩之のレギュラー出演開始記念特別番組『ピカピカの一年生〜ようこそ!ちちんぷいぷいへ〜』(4月6日・日曜日に放送)のロケに登場。ロケを収録していた3月19日(水曜日)には、同月に朝日新聞出版から刊行したばかりの自著「私は、角淳一です」のPRを兼ねて、「プリマ旦那の若旦那21」の放送中にサプライズゲストで出演した。
- 2006年4月のリニューアル(第1次4時間放送化)を機に降板
- 2006年4月から2013年4月まで
- 『っちゅ~ねん!』の放送枠を統合した関係で、同番組のレギュラー出演者の一部が当番組に合流。出演者が一時的に急増したこともあって、出演者を流動的に入れ替えるようになった。いったん降板してから、準レギュラーとして出演を再開する場合もある。この時期以降に降板する出演者の大半は、放送上特に降板の告知をしないまま、番組から姿を消している。ただし、番組開始から9年間レギュラーを務めた板東英二が2009年3月でいったん降板した際には、最終出演日(同月26日)に9年間の活躍を振り返るVTRの放送や花束贈呈などがあった。
- 飯星景子★
- 中澤裕子 ★- 2006年10月の改編で降板。
- 西川史子 ★- 同上。
- 森脇健児 ★- 同上。
- オール巨人 ★- 同上。
- 笑福亭銀瓶 ★- コーナー担当の交代後に降板。
- 鈴木ヒロミツ - 後述参照。
- メッセンジャーあいはら★ - 2007年9月、担当コーナーの終了を機に降板。
- 南海キャンディーズ - 2008年4月、担当コーナーの終了を機に降板。
- 柴田理恵 - 同上。
- 三田寛子 - 同上。
- 新山千春 - 同上。
- 向井亜紀 - 同上。
- 渡辺正行 - 同上。
- 岸本尚実 - 2008年8月、産休に入るため降板。[92]
- 土肥ポン太 - 2008年9月、担当コーナーの終了を機に降板。
- 桂都丸 - 同上。
- NON STYLE - 同上。
- 円広志 - 2008年9月の改編で降板。[93]
- 梅田淳★ - 月1レギュラー。2008年9月、担当コーナーの終了を機に降板。
- 川畑泰史 - 2008年9月、担当コーナーの終了を機に降板。
- 浅越ゴエ - 2009年3月、担当コーナーの終了を機に降板。[94]
- 奥山佳恵 - 2009年9月の改編で降板。[95]
- 関根麻里 - 同上。[96]
- 武田美保 - 同上。
- 八代英輝 - 同上。当番組には、「ぷいぷい顧問団」に近いポジションで出演していた。[97]
- 南かおり - 2009年12月、担当コーナーの終了を機に降板。ただし、「検索ランキング」(木曜日)のオープニングナレーションは、降板後も放送されていた。2012年3月には「酒井藍の密着24時」のナレーションを担当。
- なすなかにし(いまぶーむ) - 2010年9月、担当コーナーの終了を機に降板。
- 掛布雅之 - 降板時期不明。
- AHNMIKA★ - 降板時期不明。
- 宮川俊二★ - 降板時期不明。
- ラサール石井 - 降板時期不明。ただし、降板後もゲストとして不定期で出演することがある。
- 板東英二 - 番組開始当初から2009年3月まで、9年半にわたって木曜日・金曜日(初期のぷいぷい放送当時、金曜のMBSラジオレギュラーがあった時期があり、番組の後半に出演もあった。)にレギュラー出演。いったん降板した同年4月から1年間は、金曜日の前枠番組『バンバンバン』でパーソナリティを務めた。同番組が終了した2010年4月からは、金曜日の放送でレギュラーに復帰。しかし、2011年9月16日の放送で当番組を卒業した。
- 佐川満男 - 2000年7月5日から、約11年にわたって「前略、旅先にて」に出演。2011年9月28日のコーナー終了を機に卒業。主にVTRのみの出演で、卒業時の年齢は71歳であった。
- 千鳥 - 17時台のVTRコーナーを中心に、隔週金曜日に出演。2012年3月、担当コーナーの終了を機に降板した。同年4月からは、平日朝の生放送番組『プリ♥プリ』の木曜日にレギュラーで出演。
- 前田典子[98]
- 小椋久美子[99] - 2012年9月で降板した後も、「☆印」でバドミントン関連の話題を扱う場合に、コメントを寄せることがある。
- 2014年4月のリニューアル(第2次4時間放送化)を機に降板
過去の顧問団
- 浅井信雄(国際政治学者、元野村総合研究所コンサルタント) - 主に月曜
- 内田忠男(国際ジャーナリスト、名古屋外国語大学教授) - 水曜
- 中島正純(元大阪府警捜査二課刑事、当番組からの降板後に衆議院議員を1期歴任)[101]
- 諸星裕(桜美林大学大学院教授)
- 藤巻健史(参議院議員、元トレーダー)[102]
- 大谷晃一(帝塚山学院大学名誉教授、元・同学学長)- 番組開始当初から2007年頃まで、水曜日を中心に出演していた。当時共演していたなるみと「年の差トーク」を展開していたが、2014年5月25日に90歳で逝去。当番組では、翌26日(月曜日)放送の「きょうの☆印」14時台のニュースで訃報を伝えた。
過去のレギュラーアナウンサー
○:降板後もスタジオアシスタントとしての出演経験あり
●:降板後もコーナーゲストとして不定期に出演(担当番組のPRなど)
△:降板後も不定期で一部コーナーのナレーションを担当
- 高井美紀 - 放送開始から火曜アシスタントを担当し、2000年9月末をもって産休のため降板。その後、『VOiCE』サブキャスターとして報道フロアからの中継で出演していたことがある。
- 岩城潤子 - 放送開始から金曜アシスタントを担当し、人事異動に伴い2000年9月末をもって降板。
- 石田敦子 - 放送開始から中継リポーターを担当。2002年3月末で降板。ただし、人事異動でアナウンス室を離れた後にも、石田英司が進行する報道系のドキュメント企画で数回ナレーターを務めている。
- 北澤咲弥花 - 中継リポーター。2000年3月の番組降板と同時期に退社。
- 大八木友之△ - 中継リポーターや一部企画のナレーターを務めた後に、『VOICE』のフィールドキャスター → メインキャスターへ転身。メインキャスターへの在任中に、アナウンス室から報道局へ異動した。アナウンサー時代の先輩・西による『VOICE』メインキャスター兼務を機に、同番組を離れて、「石田ジャーナル」のオープニングナレーターとして当番組に復帰。
- 2006年4月以降
- 小野陶子 - アナウンサー企画担当や火曜アシスタントとして出演。2006年10月4日に降板後、同月末日をもってMBSを退社。
- 武川智美 - 産休をはさんで、金曜→月曜アシスタントとして出演。家族の看病を目的に再度休暇に入ったため、2008年4月に降板。
- 上泉雄一 ●- 番組開始以降、『っちゅ~ねん!』の司会を担当した2003年度と2007年度を除いて、2008年9月まで断続的にレギュラー出演。2008年度のアノンシスト賞グランダ・プレミオ(大賞)を受賞するなど、山登り中継のリポーターとして知られた。2006年4月から1年間、金曜の総合司会を担当。2008年4月に復帰してから、同年9月まで金曜中継に隔週で出演していた。2009年4月以降は、MBSラジオで平日の帯番組『上泉雄一のええなぁ!』を担当している関係で、同局のスペシャルウィークの直前や期間中に不定期で登場している。
- 野村啓司 ●△- 出演時点でアナウンサー室から離れていたが、最年長リポーターとして金曜中継などを担当。担当期間中に定年を迎えた。現在はフリーアナウンサーとして、月 - 木曜日の16・17時台に生放送の『ノムラでノムラだ♪』(MBSラジオ)でメインパーソナリティを担当。
- 鈴木健太△ - 2009年10月から2010年3月まで、「どないなん?」の木・金曜日や、不定期で「★印」のリポートを担当。2014年4月から、宇都宮がリポーターを務める「いつかはなりたい小料理屋の女将」のナレーターとして当番組に復帰。
- 斎藤裕美○- アナウンサー企画担当として出演。担当コーナーの終了により2009年12月に降板。降板後も、2011年7月5日(火曜日)の放送に、アシスタント代理として久々に出演した。2013年7月の人事異動で、アナウンサーからラジオ営業部員へ転身。
- 八木早希 - 上泉とともに『っちゅ~ねん!』の司会を務めていた2003年頃から断続的に出演。スタジオアシスタント、得意の韓国語・英語を生かした海外取材のリポーター、メインパーソナリティの代理などを務めた。2011年3月1日(火曜日)放送の「リアル世界くん 世界の学校」でのスタジオ出演を最後に当番組を卒業。同月末でMBSを退社した後に、フリーアナウンサーへ転身した。転身後も、当番組内で放送のインフォマーシャルに登場したことがある。
- 加藤康裕 △- 2009年4月から月・火・木曜のニュースキャスターを担当。西村がキャスター陣に加わった2010年10月から2011年9月までは、火・水曜のニュースコーナーに出演していた。現在は、『ノムラでノムラだ♪』火・木曜日のニュースキャスターとアナウンスセンター長を兼務。
- 吉竹史 - 2009年4月から金曜日のコーナー「集合写真撮ろっ!」に隔週で出演したことを皮切りに、2010年10月から金曜日のアシスタントを担当。2012年3月30日に「リアル世界くん 吉竹史が行く!春の世界一周桜物語〜咲いたらさんが通る〜」のスタジオ出演を最後に、宇都宮が司会を務める『プリプリ』のアシスタントに転じた。ただし、同番組への出演中にも、告知や特別企画などで不定期出演。同番組終了後の2013年5月1日放送分から、「水曜生中継」のリポーター(月1回担当)として当番組へ復帰した。2013年6月には「リアル世界くん」の取材でポーランドに赴いたが、同年12月4日放送分の「水曜生中継」への出演を最後に、2014年1月31日付で毎日放送を退社した。退社を機に、フリーアナウンサーへ転身。
- 松井愛 △- 番組開始当初から2014年3月まで、産休などをはさんで、長らく水曜アシスタントなどを担当。2013年度ナイターオフ期間の金曜夜間にMBSラジオで放送していた生ワイド番組『松井愛のすこ〜し愛して★ → 松井愛のすこ〜し愛して♥』が、2014年4月から同曜日の16・17時台に移動したことを機に降板。ただし、当番組の水曜日では、降板後も引き続き「プリマ旦那の若旦那21」のナレーターを務めている。
以下のアナウンサーは、2009年度のナイターオフ期間にパーソナリティを務めた『MBSたびぐみ とっておき旅ラジオ』(MBSラジオ)と連動した企画で、2010年1 - 3月に金曜日の『週末ウォーカー』へ出演したスポーツアナウンサー。
- 馬野雅行● - 「週末は電車に乗ろう」担当で、隔週金曜日に出演。自他共に認める鉄道ファンで、以前から鉄道関係の話題を扱う際に、不定期で取材・中継を担当していた。レギュラー出演を終了した後も、鉄道関係の企画に登場したり、コメントを寄せたりしている。
- 金山泉 - 「金山泉のお寺探訪 拝みます」担当で、月1回金曜日に出演。2009年2月に中京テレビから中途採用扱いで移籍したため、当番組がMBSテレビでの初レギュラーになった。
過去のキッチンぷいぷい料理人
- 駒井友未子
- アイリーン・ヤン
- 富田常夫(通称「ムッシュ」)
- 小木曽茂春 - なるみには「おぎおぎ」と呼ばれていた。
- 丹羽永実(通称「エミちゃん先生」)
- 中村正明
- 李通發 - (2008年12月22日放送まで、故人)
- 馬渕誠 - (2008年9月30日放送まで)
- 大田忠道 - (2011年9月26日放送まで)
- 笠井博之 - (2012年3月22日放送まで)
- 名店の料理人(2011年10月 - 2012年3月の隔週金曜)
- 吉田修久(2011年10月14日放送)
- 松本喜宏(2011年10月28日放送)
- 今村規宏(2011年11月11日放送)
- 清水俊宏(2011年11月25日放送)
- 高山龍浩(2011年12月9日放送)
- 金田太志(2012年1月20日放送)
- 卜部吉恵(2012年2月3日放送)
- 道野正(2012年2月17日放送)
- 櫻井寿行(2012年3月2日放送)
- 李南河(2012年3月16日放送)
- 奥村直樹(2012年3月30日放送)
- このうち、松本喜宏(イタリアン)と卜部吉恵(和食)が2012年4月より隔週レギュラー昇格
番組使用曲
オープニングテーマとCM前に流れる音楽(ジングル)の作曲は花*花のこじまいづみで、携帯電話の着メロにも採用されている。エンディングテーマは約10年間花*花の楽曲を使用してきたが、2010年からは番組が企画した、数組のアーティストによるオリジナル楽曲を使用している。
オープニングテーマ
- 「ぷいぷい行進曲」
エンディングテーマ
◎の楽曲は番組内で数回挿入されるスポンサー切り替え映像のBGMにも使用
- 「ずっと一緒に…」(唄・花*花、開始 - 2009年12月25日、2010年11月22日)
- 「明日の空」◎(唄・おいしいうたファミリー[13]、2010年1月5日 - 11月19日、2010年11月24日 - 2011年9月29日)
- 「未来の花束」◎(唄・ぷいぷい軽音部、2011年10月3日 - 2012年6月18日)
- 「この街に生まれて」◎(唄・PuiPui HOME TOWNS、2012年6月20日 - 2014年3月28日)
CM前後のジングル
- 曲名不明(放送中はぷいぷいさんが横向きでラッパを吹くアニメをワイプ映像で画面の右下に挿入)
放送開始から同じ曲が使われているが、2003年9月16日(阪神タイガースが18年ぶりのリーグ優勝を決めた日の翌日)の放送では、CMに入る時に普段のジングルではなく「阪神タイガースの歌」 (六甲おろし)が流れた。浜村淳が角の代理司会を務めた際には、自身が出演している同局のラジオ番組『ありがとう浜村淳です』のオープニング曲を使用して、出演者の紹介を行ったり、CM前には『ありがとう』で使用されている「ありがとう」のコーラスの後に、通常は浜村による「浜村淳です」とアナウンスされる部分を、ぷいぷいさんのラッパ音「ぷいぷい」と置き換えたものを使用し、CM明けにも『ありがとう』で使用されている「ありがとう毎日放送です」というジングルも使用した。2011年11月2日と2012年7月4日には、同日発売された番組発のCDの宣伝活動の一環として『THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS』(FM802)に河田が生出演し、サイマル放送が実施された際、両番組のジングルをリミックスしたオリジナルのジングルが使用された。
番組完全プロデュースの楽曲・アルバム
当番組では2010年から、番組に縁の深いアーティストの参加・協力の下に、年に1曲のペースで番組完全プロデュースの楽曲を発表。番組のエンディングで放送するほか、エピックレコードジャパンから全国に向けて、CDシングル・アルバムを発売している。
また、シングル・アルバムの発売前後には、くっすんや当番組のレギュラーアナウンサーなどが関西地方を中心にキャンペーンを展開。第2弾「未来の花束」までのキャンペーンでは、オリコンチャート初登場10位以内を目標に設定したうえで、目標に到達しなかった場合には主なキャンペーン隊員が「罰ゲーム」を受ける趣向になっていた(詳細は未来の花束#キャンペーンやくっすん#『ちちんぷいぷい』での活動を参照)。
「すごくおいしいうた」
2010年1月20日に発売された当番組初のコンピレーションアルバムで、ジャケットには角の写真を使用。収録曲で唯一の書き下ろし曲である「明日の空」には、ji ma ma、植村花菜、かりゆし58、しおり、城南海、まきちゃんぐ、中孝介、PENGIN(以上歌唱順、PENGUINは作詞も担当)が、「おいしいうたファミリー」という名義で参加していた。
なお、アルバムの発売に当たっては、U.K.(くっすん)が、本名の「楠雄二朗」名義で宣伝部長に就任。角、八木、河田、前田とともに、宣伝ユニット「ジャム淳一 ブラザーズ&シスターズ」を結成した。上記のメンバー以外にも、西と吉竹が人生後初の握手会を実施するなど、発売当初は関西・沖縄地方で精力的なキャンペーンを展開した。1月20日付のオリコン・デイリーチャートで7位に初登場。関西地区のチャートで連日1位を記録したほか[103]、同月26日発表のウィークリーチャートで初登場14位(全国累計8,352枚)に入った[104]。おいしいうたファミリーは、NHKの音楽番組『MUSIC JAPAN』(同年3月28日放送分)にも登場[105]。全国ネットの番組で初めて、「明日の空」を披露した。
「未来の花束」
2011年11月2日にCDシングルとして発売された楽曲で、村山辰浩(カサリンチュ)が作詞、末光篤が作曲をそれぞれ担当。カサリンチュのほかに、中孝介、Dew、前川真悟(かりゆし58)、PENGIN、和紗、しおり、ひいらぎ、まきちゃんぐが「ぷいぷい軽音部」という名義で参加していた。また、当番組のエンディングテーマに採用された当初は、視聴者からの提供による近畿各地の幼稚園・小学校の運動会の映像とともに放送された。
同曲のキャンペーンでは、西、山中、河田、くっすん、福島が「未来の花束キャンペーン隊」の隊員として活動。同曲のCD発売初日には、当番組と放送時間が重なる『THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS』(FM802)に河田が初めて出演した。なお、同曲は11月16日付のオリコンウィークリーチャートで、初登場14位(全国累計7,061枚)を記録している。
「この街に生まれて/いつまでも変わらない」
本番組の放送回数が3000回に到達したことを記念して、2012年7月4日にCDシングルとして発売。「やっぱり地元が一番!」というテーマを前面に打ち出す一方で、女性アーティストが参加せず、ラップを多用するなど過去のプロデュース曲とは一線を画している。
2012年5月にオリックス劇場で「ぷいぷい音楽祭2012」を開催した直後に、西からの依頼で、地元(出身地・居住地)を中心に活動するカサリンチュ、キマグレン、Rake、押尾コータロー(いずれも同音楽祭に参加)がコラボレーションユニット「PuiPui HOME TOWNS(ぷいぷい・ホーム・タウンズ)」を結成。カサリンチュが「この街に生まれて」、キマグレンが「いつまでも変わらない」の作詞・作曲・プロデュースをそれぞれ手掛けた。ちなみに、「この街に生まれて」では、西が曲の途中でナレーションとラップの一節を披露。CDのジャケットには、上記のアーティストに加えて、(帯に隠れる格好で)西・河田・くっすんの姿も映っている。
また、過去の楽曲でキャンペーンに携わったくっすん、大吉、福島に、当番組のレギュラーではない今別府直之(吉本新喜劇)を加えた4名で「この街宣伝隊」を結成した。オリコンチャート初登場の順位予想については、4名への「罰ゲーム」を設けずに、視聴者からハガキ限定で14パターン(1位、2位、・・・、13位、14位以下)の予想を募集。実際の順位に応じて、的中者から抽選でダイソン社のエアマルチプライアー(羽根なし扇風機)を進呈することになった(対象者は順位によって1~10名の間で変動)。
同曲のCD発売初日は水曜日だったため、当番組では河田が担当する「水曜生中継」の特別編として、前年に続いて『THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS』とのサイマル放送を実施。翌日(7月5日)の当番組では、阪急西宮ガーデンズからのミニライブを生中継で放送した[106]。さらに、シングルの発売直前には、当番組で初めて放送地域外の施設(神奈川県川崎市のラ チッタデッラ川崎)でもミニライブを開催。関西地方の開催分を含めたミニライブでは、通算で6,000人を超える観衆を集めていた。
なお、オリコンチャート初登場の順位は25位(全国累計3,472枚)であったが、近畿地方のチャートでは8位を記録。前述の予想的中者から1名に、エアマルチプライアーが進呈された[107]。
番組キャラクター:ぷいぷいさん一家
デザインは、愛・地球博の「モリゾー・キッコロ」、中部国際空港のオリジナルキャラクター「セントレアフレンズ」などを手掛けた、大阪のオリジナル雑貨ユニット「アランジアロンゾ」の作品に作風が似ているが、実は違う(アランジアロンゾの冊子、アロンゾペーパーで本人が主張)としている。その理由について専門誌の取材に対し、あくまで「ぷいぷいさんが描いているという設定」だからだと語っている[108]。所謂「ぷいぷいさん一家」(『せやねん!』の「せやねんちゃん・ちゃうやろちゃん」、『あさやん!(終了)』の「あさやん・あさにゃん」、『あん!(終了)』の「あんちゃん・まんまんちゃん」と、毎日放送のローカル情報番組のキャラクター)には「MBS/PUIPUI」のコピーライト表記が入っている。
このぷいぷいさん一家、関西一円では絶大な知名度を誇っており、人気も高い。毎日放送本社1階にある売店では、ストラップ、メモ帳、ステッカーなど、数多くのグッズが販売されている。また、当番組の放送中に実施する視聴者向けのプレゼント企画には、季節に応じたグッズ一式が必ず添えられている。
番組セットには、手作りのぷいぷいさん一家のぬいぐるみが置いてあり、季節やイベント(クリスマスやバレンタインなど)によって着る物や持っている物が変わる。なお、一家の性別は不詳であり、出演者紹介のテロップでは、男性パネラーに「ひーさん」、女性パネラーに「わんわん」がいるが、特に「ひーさん=男」「わんわん=女」という訳ではない。
当番組に出演したり、当番組の取材に応じた芸能人・アスリートには、ぷいぷいさん一家のぬいぐるみやグッズを渡すことが慣例になっている。陣内智則と結婚した藤原紀香が、加古川市役所に二人で婚姻届を提出する際に、ぷいぷいさん一家のクリアファイルの中に婚姻届をはさんで届け出た。番組関係者や番組出演者には事前にその事実は伝えられておらず、中継画面に映し出されて出演者みんなが感動する一幕もあった。世界規模のスポーツ競技大会(世界陸上・オリンピックなど)に日本代表として出場するアスリートを取材した映像を放送する場合には、大会中の使用を前提に、インタビュアーが取材の最後に「ぷいぷいタオル」を進呈するシーンが流れることも多い。
公式プロフィール等は「ちちんぷいぷい公式ホームページ」(外部リンク参照)へ。
- ぷいぷいさん
- 赤と黒の横縞模様の服を着ている。帽子は脱げない理由があるらしい。なお、「キッチンぷいぷい」ではコック帽を被っており、帽子の上にさらに帽子を被る状態になる。肌身離さず持っているラッパは、たまに野球のバット代わりに使われる。短期間ながら、らいよんチャンデビュー前は、MBS全体のイメージキャラクターも務めた事もある。また、初期のものと現行のものとでは若干相違がある。
- わんわん
- 「ぷいぷいさん」の飼い犬。板東英二が、「じろう」と勘違いしていたことが番組中で発覚(2007年6月28日放送分より)。
- ひーさん
- ふとんのシーツのような姿をしており、動作が緩慢。
- くもくもとりさん
- 2006年4月10日放送分から登場した第4のキャラクター。オレンジ色のボディーを持つ、雲と鳥の混成体。せやねんちゃん・ちゃうねんちゃんとは「飛び仲間」らしい。オープニングのCGアニメではぷいぷいさん専用のグライダーとしても使われる。
ちなみに、角が本番組のタイトルを「ちちんぷいぷい」に決めた直接のきっかけは、毎日放送本社の西隣にある梅田ロフトでたまたま「アロンジアロンゾ」のキャラクター展覧会を見たことによる。「アロンジアロンゾ」という言葉に興味を引かれた角は、当時担当していた『すみからすみまで角淳一です』の放送中に、「アロンジアロンゾ」の意味を知っているリスナーからの情報を電話で募集。その募集に応じた梅田ロフトの元・従業員から、アロンジアロンゾが「ちちんぷいぷい」を意味するかのような情報を得たことを機に、「ちちんぷいぷい」と命名した。ただし、この情報自体は、元・従業員の勘違いであったことが後に判明している(本来の意味は「さあ行こう、アロンゾ」)[109]。
競走馬企画
『ぷい正月2002 〜これでいいのだ〜』の番組内で、2002年が午年ということもあり競走馬の企画がスタート。角の知り合いでマヤノトップガンの馬主でもあった田所祐(田所病院院長)と本谷兼三(神戸市のホテル「ホテルピエナ神戸」代表取締役)の計らいで、田所氏の持ち馬のうちの1頭に「チチンプイプイ」と、本谷氏の持ち馬のうちの1頭に「コレデイイノダ」と名付けてもらい、番組でこの2頭の「追っかけ」をすることになった。
- チチンプイプイ
- 2000年3月16日生まれ。牝。鹿毛。栗東・梅内忍厩舎。父:マヤノトップガン、母:マヤノジョウオ(母の父:ハビトニー)。馬主:田所祐→田所英子。生産牧場:佐々木節哉。通算24戦3勝。2006年1月18日付けでJRAの登録を抹消され、繁殖入りをした。
- 2004年、競馬月刊誌「サラブレ」で毎年行われている「年度代表珍名馬」の読者投票で、459票中98票を得て2003年度の年度代表珍名馬に選ばれた。番組が放送された関西地区からの支持が圧倒的だったとされる。番組の中で表彰式が行われた。もっとも、「年度代表珍名馬」の主宰である競馬ライターの梶原もじゃは「チチンプイプイ」を最初に紹介した際、その名前がまさか番組名だとは思わず、おまじないの方だと思っていたが、関西の競馬ファンからの投書で初めて番組名であることに気づいた。
- コレデイイノダ
- 2000年4月8日生まれ。牡。鹿毛。栗東・藤沢則雄厩舎。父:バブルガムフェロー、母:ウェディングダイヤ(母父ブライアンズタイム)。馬主:本谷兼三。生産牧場:吉田又治。通算66戦6勝、2着10回。2010年1月20日付けでJRAの登録を抹消された。
- 2003年3月8日、チチンプイプイより先に勝ち上がり(鞍上・武豊。その模様は早速翌日の番組内で放送)、同年4月27日に2勝目(鞍上・武豊)を挙げた後オープン特別レースにも出走したが、その後脚部不安により長期休養を強いられ、2004年8月に1年3ヶ月ぶりにレースに復帰した。2005年8月14日には1年4ヶ月ぶりとなる3勝目(3歳上500万下)を挙げ(鞍上・川島信二)、2006年4月9日には番組が4時間に拡大することへの前祝いでもなかろうが、横山典弘を鞍上にして、赤穂特別(1000万下)をハナ差で制した。その後、2007年1月20日の河原町特別(1000万下)を安藤勝己を鞍上にして、クビ差で制した。2007年3月18日中京競馬場でのトリトンステークス(1600万下)では、鞍上に竹之下智昭を迎え、出走16頭中15番人気ながら、1着馬にクビ差の2着に入り、三連単で65万7,510円の配当という万馬券の立役者となった。これで目が覚めたのかたまたまなのか、続く中山競馬場での船橋市制70周年記念(1600万下)では10番人気で2着、阪神競馬場での淀屋橋ステークス(1600万下)では4番人気で3着と好走を続けていた。翌走京都競馬場での洛陽ステークス(1600万下)では勝ち馬とクビ差の2着に入着。更に、翌走中京競馬場での飛騨ステークス(1600万下)では勝ち馬とクビ差の2着に入着と更なる好走を続けていた。
- 内にササる癖があり、また「最内枠がダメ」など好走するための条件が結構ある。脚部不安の影響もあってかほとんどダートのレースを使われていたが、2008年12月14日の六甲アイランドステークス(1600万下)で芝での初勝利をあげた。
ちちんぷいぷい物産展
2004年から毎年4月中旬に開催されている物産展。2008年までは、阪急百貨店とMBSのタイアップ企画として、同百貨店のうめだ本店(大阪市北区)の大催物場で実施されていた。「キッチンぷいぷい」に出演中の料理人と番組スタッフ(2007年にはそれに番組出演者も加わった。)が企画・開発した「ぷいぷい弁当」が目玉商品で、初日数分で売り切れる。この他、番組で紹介した拘りの一品料理(『いっぺんだけ!』で角淳一らが食べた料理や、野村啓司が中継先で試食した絶品料理)や全国各地からの惣菜・菓子・生活用品などを販売する。2007年には八木早希・松川浩子・松本麻衣子の女子アナウンサー3人の企画による「ぷいぷいケーキ」が発売された。
2005年から阪急百貨店うめだ本店7階に「ちちんぷいぷい情報ステーション」を開設した。「ぷいぷい物産 いっぺんぜひ!」等で紹介された品物を展示・販売している(品物によって展示だけで販売されないものもある)。2009年10月中旬には、「ちちんぷいぷい」の番組開始10周年を記念して、「阪神のちちんぷいぷい秋のうまいもん物産展」が阪神百貨店梅田店(阪急百貨店の近隣にある店舗で、同じエイチ・ツー・オー リテイリング傘下)8階催場で初めて開催された。[110]
他局とのコラボレーション企画
2005年9月9日、司会の角淳一が関西テレビ『痛快!エブリデイ』に生出演。この週は『エブリデイ』が放送3000回を迎えた記念すべき1週間であり、金曜の企画「こんとい亭」のゲストとして角が関西テレビの番組に初めて出演した。角がゲストということで、CM前のジングルも本番組で使われている物と同じ音楽を使用、さらに、『ぷいぷい』のCM前カットに『痛快!エブリデイ』と書かれたのがCM前カットとして使われた。そして、同日の本番組に『エブリデイ』の司会を務める落語家の桂南光が生出演。角が『エブリデイ』に出演した時の模様が『ぷいぷい』で紹介された。この日は本番組と『エブリデイ』の"コラボレーション"が実現した日でもあった。
南光は2006年4月から、本番組へのレギュラー出演を開始(2009年3月まで水曜日)。角は、『エブリディ』への出演後、『ムハハnoたかじん』(関西テレビ、2009年3月放送終了)や『なるトモ!』(読売テレビ、2009年3月放送終了)や各種イベントにも登場した。その際には、出演者・参加者の言動や演出が、『ぷいぷい』をかなり意識したものになっていた。
タイアップ商品
「ちちんぷいぷい 角の☆印弁当」
本番組とセブン-イレブンの共同開発により、2009年5月27日から関西地区のセブン-イレブンで2週間限定で発売されたすき焼き弁当。「地産地消」をテーマに、近畿2府4県で生産された食材のみでおかずを構成したため、「関西を元気にするコンビニ弁当」というキャッチフレーズが付けられた。2週間の売り上げは約50万食(発売終了後に当番組で発表)。発売期間中には、角が登場する弁当のスポットCMが、MBSテレビ限定で放送されていた。
「ちちんぷいぷい コラボパン」
当番組では、山崎製パンとのコラボレーションで、2010年と2012年にオリジナルの菓子パンや総菜パンを開発。期間限定のプロデュース商品として、近畿・中国・四国のスーパー・コンビニで発売している。
2010年(角パン・西パン)
2010年6月15日から8月30日まで発売。淡路島・神戸で収穫されたいちじくから作られたオリジナルのいちじくジャムを使用した角プロデュースの「レーズンコロネ いちじくジャム&れん乳ホイップ」「ランチパック いちじくジャム&れん乳ホイップ」(以下「角パン」と略記)、出身地である岡山県のご当地グルメ・デミカツ丼をパンにした西プロデュースの「デミカツパン」(以下「西パン」と略記)の3種。宣伝隊長としてU.K.が「パンだパンいちろう」として宣伝活動を、近畿地方や徳島県などのスーパー・コンビニなど各地で行い、その模様は発売後、毎日番組内で静止画で紹介された。また当時参院選が行われる時期だった事にかけて、「パン院選」という、3種のパンのうち、売上がトップになるのはどのパンかを視聴者が予想する企画も行われ、「デミカツパン」が1位となった。8月には460万個を超える大ヒット商品となり、山崎製パンの社員が2010年7月31日に毎日放送に訪れ、角にヒット御礼の特製ケーキを贈呈した。この模様は2010年8月2日の番組内で放送された。最終的な売上個数は、「角パン」の総計で約500万個、「西パン」で約173万個であった。
2012年(ウルトラパン大作戦)
レギュラーアナウンサーの西・河田・山中・大吉が2011年9月中旬からプロデュースに携わった以下のパンを、2012年1月23日(月曜日)から3月31日(土曜日)まで関西地方限定で発売。「ウルトラパン大作戦」と称するキャンペーンを通じて、4種類のパン合計で「角パン」の累計売上個数を更新することを目指していた。
- 西:「愛の新婚朝ごはん 目玉焼き風&ソーセージパン」(以下「西パン」と略記)
- 山中:「つぶあん&ヨーグルト風味ホイップパン」(以下「山中パン」と略記)
- 河田:「ランチパック トマトジャム&トマト風味ホイップ」(以下「河田パン」と略記)
- 大吉:「味噌だれ風味の豆腐ハンバーグパン」(以下「大吉パン」と略記)
「ウルトラパン大作戦」は、ウルトラシリーズを制作した円谷プロダクション公認のキャンペーンで、名前には「ウルトラ級(500万個)の売上を記録した角パンを超えたい」という上記4人の願望を込めていた。
折しも、2012年にウルトラシリーズが開始45周年を迎えることから、当番組では同シリーズにちなんだポスターをキャンペーン用に製作した。ウルトラマン風の西・河田・山中・大吉がそれぞれ清水の舞台から飛び降りる構図のポスターで、ウルトラ隊員風の衣装に身を包みながら販売店でのキャンペーンや取材を担当する「ウルトラパン宣伝隊員」のくっすん・市川義一・酒井藍(吉本新喜劇)に加えて、既に当番組のレギュラーを退いていた角も「ウルトラパンの父」として描かれている。
また当番組では、前述の「パン院選」に続いて、ハガキ限定の視聴者参加企画「ハガキで4連パン」を発売1週目(1月23日~27日)に実施。競馬の三連単予想にちなんで、発売1週間(23日~30日)のパンの売上個数の多い順に1位から4位まで予想させる企画で、31日(火曜日)の放送中に以下の結果を発表した。この結果は5番人気の予想と一致していたため、的中者から抽選で5名にルンバ (掃除機)のハイエンド・モデルを進呈している。
- 1位:西パン(83万990個)
- 2位:山中パン(67万1,375個)
- 3位:大吉パン(63万1,628個)
- 4位:河田パン(54万2,210個)※発表後に始まった「2012年ヤマザキ春のパンまつり」対象商品
なお、「ハガキで4連パン」に想定を上回る数の応募(約6万通)があったことから、当番組では同企画の続編として「今週の○○パン」(番組で毎週指定する1つのパンについて、上記4つのパンの中での売上の順位を1週間単位で予想させる企画)を実施。2月10日(金曜日)には、上記のパンを販売していない東京都内の円谷プロ本社において、「ウルトラパン宣伝隊員」の酒井が同社のスタッフ(特殊技術の彫刻家として知られる品田冬樹など)にパンを差し入れた模様のVTRも放送した。
4種のパン合計での累計売上個数は、発売1週間時点で約267万個で、前回の「角パン・西パン」(約199万個)から大幅に増加[111]。発売3週間目には、「西パン」単独での累計売上個数が100万個を超えたのをはじめ、売上総数が約350万個に達した[112]。さらに、2012年2月第3週の時点で、売上総数が500万個を突破。発売開始から1ヶ月足らずで、「角パン」の売上記録を更新するに至った[113]。
2月6日の放送には、角が「ウルトラパンの父」としてVTRで登場。「西パン」に200万個、「山中パン」「河田パン」「大吉パン」に各100万個の売上目標を課したうえで、目標を達成できたアナウンサーには「ウルトラパン」(ウルトラマン風の着ぐるみをまとったキャラクター)として販売店への「達成御礼行脚」に出向くことを求めた。その結果、4種のパンの最終売上総数は578万5,682個に達した。以下では、4月3日放送分で発表された種類別の内訳を記す。
- 西パン:186万8,234個(目標未達で「ウルトラパン」への変身ならず)
- 山中パン:150万9,204個(最初に目標を達成→「ウルトラパンエース」へ変身)
- 大吉パン:123万2,646個(2番目に目標を達成→「ウルトラパンタロウ」へ変身)
- 河田パン:117万5,598個(3番目に目標を達成→「ウルトラパンセブン」へ変身)
ちなみに、「ウルトラパン」に変身した山中・大吉・河田は、円谷プロ制作の特撮映画『ウルトラマンサーガ』の大阪舞台挨拶(3月24日)にも登場。パンの販売期間末期には、同作品の公開直前と重なったこともあって、同作品の出演者(DAIGOなど)がVTRを通じて当番組にエールを送っていた。
「ぷいぷい飴」
当番組とUHA味覚糖のコラボレーションによる袋入りの飴で、2013年4月22日から近畿地方および徳島県内で期間・個数限定発売。「ぷいぷい飴」は1袋210円で、西・河田・山中のプロデュースによる以下の飴を詰めている。さらに、「ぷいぷい飴」にオリジナルの巾着袋を付けた数量限定の「巾着袋入りセット」を、1袋368円(いずれも希望小売価格)で発売している。
- 西(西あめ):「日頃の感謝を込めてありが糖 岡山マスカット黒糖あめ」
- 河田(河田あめ):「うれしい春におめで糖 満開桜ミルクあめ」
- 山中(山中あめ):「もうちょっ糖頑張りたいあなたへ 元気わくわくサイダーあめ」
当番組では、「ぷいぷい飴」の発売を機に、今別府と市川によるキャンペーンユニットとして「あめちゃんご縁つなぎ隊」を結成。外出中に飴を持ち歩く女性(主に中高年)1,000人を対象に、手持ちの飴1個を「ぷいぷい飴」から好きな1種類の飴と交換したうえで、選んだ飴の名前にちなんだテーマ(ありがとう・おめでとう・もうちょっと)でエピソードを披露させる街頭ロケを発売開始から2週間にわたって実施していた。また、当番組で放送のスポットCMでは、「アメマ」というギャグで知られる間が通天閣の屋上で「発売宣言」を絶叫している。
さらに、交換の際に女性が選んだ飴の多さを基準に、「ぷいぷい飴」の人気順を予想させるハガキ限定の視聴者参加企画「飴ですけどグアム旅行プレゼント」も実施。「1位:河田あめ、2位:山中あめ、3位:西あめ」という予想を的中させた視聴者から、抽選で1名に3泊4日のグアム旅行の権利を進呈した。
2014年には、西・河田に加えて、山本浩之もプロデュースに参加。8月5日の発売に向けて、以下のテーマで、「ぷいぷい飴」の開発を鋭意進めている。当初は西・河田・山本浩之のみで進める予定だったが、5月からは、山中も自身の希望でプロデュースに加わっている。
- 西「西 つるつるあめ」
- 河田「河田 のびのびあめ」
- 山中「山中 らんらんあめ」
- 山本「ヤマヒロ ぴかぴかあめ」
書籍
「キッチンぷいぷい」に関するレシピ本がこれまでに9冊、ぴあより発売されている。
- VOL.1「わいわいおいしい」(2003年9月発売) ISBN 4835603842
- VOL.2「どんどんおいしい」(2003年10月発売) ISBN 4835603885
- VOL.3「まいにちおいしい」(2003年10月発売) ISBN 4835603893
- VOL.4「なるほどおいしい」(2004年9月発売) ISBN 4835604172
- VOL.5「いつでもおいしい」(2004年10月発売) ISBN 4835604199
- ちちんぷいぷいおいしいものブックVOL.1「おなじみ定食」(2006年3月発売) ISBN 4835604504
- ちちんぷいぷいおいしいものブックVOL.2「おたのしみ定食」(2006年4月発売) ISBN 4835604539
- ちちんぷいぷい四季の味ブック「つくりたくなる」(2008年5月発売) ISBN 4835604865
- ちちんぷいぷい四季の味ブック「ためしたくなる」(2008年5月発売) ISBN 4835604873
また、名物企画だった山登り中継に関する本が山と渓谷社より発売されている。
- ちちんぷいぷいの山登りブック(2002年9月発売) ISBN 4635921441
西と河田による60日間世界一周企画については、いずれも帰国後に、旅の記録をまとめた公式ブックをぴあから発売している。
- 西靖の60日間世界一周旅の軌跡(2010年10月発売) ISBN 4835619331
- 河田直也の60日間ほぼ世界一周 ~歩いた、描いた、旅の絵日記~(2011年11月発売)ISBN 4835619609
- 河田直也の60日間ほぼ世界一周 ~歩いた、描いた、旅の絵日記~(特典映像DVD付き、2011年11月発売)ISBN 4835619625
名物コーナーである佐川満男「前略、旅先にて」の画集をまとめた本ががちちんぷいぷい放送2000回を記念してぴあから発売している。
- 前略、旅先にて -心はいつも旅の空- 佐川満男 画集(2008年4月発売) ISBN 4835616987
名物コーナーである長谷川義史「とびだせえほん」開始1年間の足跡をまとめたムック本がぴあから発売している。
- とびだせ! えほん ができるまで (2013年7月発売) ISBN 4835626109
特別番組
スタッフ
2014年6月現在
- 編成:吉本一弘
- ディレクター:向功、坂上大介、西谷好弘/吉岡洋、家村浩之、早川紗世、橘良太、片瀬伊久美、横谷裕也、稲葉知周、三里隆之、藤岡裕一郎、松尾多喜二、永田洋介
- 昔の人は偉かった:新田亮介、郷原宏久、中村亮、和多田晋治、横谷裕也
- 総合演出:村田元(以前はディレクター→プロデューサー)
- プロデューサー:宗川圭太
- 制作:越智暁(2014年6月頃 - )
- イラスト:川崎あっこ
- 技術協力:関西東通、サウンドエースプロダクション、アーチェリープロダクション、音選屋、イングス、放送映画製作所、マイシャ、ビデオユニテ
- 美術協力:毎日舞台、デジタルカラー、高津商会、インターナショナルクリエイティブ、タイトルラボ、デジタルスクープ、新光企画、藤貴園芸、MORE
- 制作・技術・美術協力:MBS企画
- 製作著作:毎日放送
過去のスタッフ
- 広報:合田忠弘
- チーフプロデューサー:寺西厚史、田渕伸一(以前はプロデューサー)、横田一(2012年7月頃 - 2014年5月頃、以前はプロデューサー→一時離脱)
- 制作:三村景一(以前はプロデューサー→チーフプロデューサー)、岡田公伸(以前は、チーフプロデューサー)
- チーフディレクター:尾嵜豪(以前はディレクター)
ネット局
放送対象地域 | 放送局 | 放送日時 | 放送開始日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
近畿広域圏 | 毎日放送 (MBS)[115] | 平日 13:55 - 17:50 | 1999年10月11日 | 番組制作局 |
過去のネット局
放送対象地域 | 放送局 | 放送期間 | 放送日時 |
---|---|---|---|
関東広域圏 | TBSテレビ[116] | 2009年4月3日 - 7月17日[117] | 金曜 15:00 - 16:53 |
石川県 | 北陸放送 (MRO)[116] | ||
広島県 | 中国放送 (RCC)[118] | 金曜 15:00 - 15:52 | |
鳥取県・島根県 | 山陰放送 (BSS)[119] | 2009年4月6日 - 2010年3月19日 | 平日 15:00 - 15:55 |
岩手県 | IBC岩手放送[120] | 2009年4月3日 - 2010年3月26日 | 金曜 15:00 - 16:53 |
沖縄県 | 琉球放送 (RBC)[120] | 木曜・金曜 15:00 - 16:53[121] |
- 金曜のみネット局での初回の2009年4月3日には、15:52に「広島の皆さんとはここでお別れ」、16:52に「関西以外でご覧の皆さんとはここでお別れ」の降りコメントがあった(翌週以降は特に告知をしない)。
脚注
関連項目
- ちちんぷいぷいの企画一覧
- withタイガース → with Tigers - 2013年度からプロ野球シーズン中に、「ぷい虎 withタイガース」(2014年度から「ぷいぷい with Tigers」)を放送。コラボレーション企画によるテレビCM「MBSはwithタイガース」(2014年度から「MBSはwith Tigers」)を制作している。
外部リンク
テンプレート:ぷいぷいファミリー- ↑ その際に西靖が紹介したものは2 - 3ページ程のタイムテーブルのみであった
- ↑ 角は本番組の司会を打診された頃、脳梗塞を患った後遺症で、自身の体力に自信を失っていた。ワイドショー番組についても、「芸能スキャンダルと嫁姑の話ばかり」として、良い印象を持っていなかった。そこで、「病気も番組も良くなれ」との願いの下に、“ちちんぷいぷい”というタイトルを提案したという(2009年10月16日付朝日新聞大阪版夕刊「見聞考」に掲載された角のインタビューより)。
- ↑ MBSテレビでは、本番組の本放送に入る前に、2時間の音楽番組『愛さんさん歌謡祭』をパイロット版として関西ローカルで放送。香西かおりなど、角の好きなアーティストをスタジオに招いていた。(2009年6月12日にMBSラジオで放送された『上泉雄一のええなぁ!』に、角がゲストとして出演した際の発言より。当日は、角が当番組に出演しない金曜日で、香西が週替わりゲストとして同番組に登場していた。)
- ↑ 4.0 4.1 たかじんさん ヒゲ気に入らず「ちちんぷいぷい」生放送乱入も(『スポーツニッポン』2014年1月8日付記事)
- ↑ 大型テレビモニターを使って進行する仕組みは関西の他局でも見受けられる。
- ↑ 西担当日の番組オープニングの出演者紹介で流れるBGMは2006年4月から使用しているものを引き続き使用。
- ↑ 一時的に飛び降り編成となるが、7月20日以降の月 - 木曜第2部はTBS系列局全局で13:53終了となるため、フルネットに戻る格好になる。
- ↑ 前日までに前番組『2時っチャオ!』は全TBS系列局で番組終了済みとなっていた。
- ↑ 「ちちんぷいぷい」が東京進出へ!MBS春の改編(スポーツニッポン Sponichi Annex 大阪 2009年3月10日付
- ↑ 北陸放送では、15:52 - 15:54.15(ネット開始当初は15:52 - 15:55)のCMを利用して、石川県のローカルニュースと天気予報が135秒(ネット開始当初はCM30秒の後に150秒)放送された。
- ↑ 11.0 11.1 「もうすぐぷいぷい」は14:55.45 - 14:59.00にMBSのみで放送。放送内容は、これまで番組オープニングで行われた今出東二のお天気コーナーと、番組内で行われていた視聴者プレゼントの2本立てで、15:00.00からオープニングという流れとなっている。ただし新聞番組表では15時からの本編に内包される扱いになっており、従前どおり14:55スタートと表示されている。
- ↑ 関西テレビ『たかじん胸いっぱい』(2009年5月2日放送)
- ↑ 13.0 13.1 「明日の空」の作詞を担当したPENGINをはじめ、中孝介、植村花菜、かりゆし58、城南海、しおり、ji ma ma、まきちゃんぐが参加。
- ↑ 2010年3月2日放送分の「角の☆印」より。ちなみに角は、同日の放送から、坊主頭に帽子を被った姿で出演している。
- ↑ http://twitter.com/puipuimbstv 当日の放送でTwitterについて特集した際に紹介された。
- ↑ 2009年 毎日放送7月30日社長会見 10ページ目
- ↑ 2010年4月になんばHatchで開催。2011年4月には、大阪城野外音楽堂で、「ちちんぷいぷい音楽祭2011」を実施した。いずれも、当番組の特別番組として、実施直後にダイジェストを関西ローカルで放送している。
- ↑ TBS系列の特別番組枠『スパモク!!』を関西ローカルで差し替え。ぷいぷい顧問団の一員でもある池上を解説役に、西と山中が番組を進行した。また、当番組のレギュラー陣から角・石田・ロザン・トミーズ健・なるみがパネラーとして出演したほか、角の希望で友近がゲストパネラーで登場した。
- ↑ 大阪発の優しく強い歌「未来の花束」11/2リリース!(レコシン、2011年10月3日)
- ↑ サブロー36時間で36番組に出演“完走”(『サンケイスポーツ』2012年1月28日付記事)
- ↑ PuiPui HOME TOWNS
- ↑ 22.0 22.1 テンプレート:Cite news
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ 2014年3月21日以降は10分短縮。詳細は後述
- ↑ ただし、17時台後半に特別企画を放送する場合には、中継を省略。字幕による告知の後にエンディングへ入っていた。なお、2012年1月4日からは、当番組の終了直後(17時42分45秒から30秒間)に「先出しVOICE」とのタイトルで報道フロア(または『VOICE』スタジオ)からの予告が復活。当日のフィールドキャスター(またはサブキャスター)と同番組のニュース編集長が、手書きのフリップでキーワードを紹介しながら、放送予定の主なトピックと特集の内容を紹介する。
- ↑ この決勝戦については、日程消化の遅れと悪天候が見込まれる関係で、前日(4月3日)の16:00に開始するという異例の措置が講じられていた。当番組も14:55 - 15:30の短縮版で対応する予定だったが、当日早朝からの暴風雨によって決勝戦を翌日に順延することが決まったため、結局は通常の放送枠で全編を放送した。
- ↑ ただし、8月29日・30日に15時前後で放送された「ハッピーアワーたいそう2011」では、体操紹介のVTRで角のナレーションが流れた。
- ↑ 一部地域を除くTBS系列での第1部は14:00 - 17:00であったが、毎日放送は16:00までの飛び降り放送。
- ↑ TBSおよび大半の系列局での放送時間は14:00 - 15:50だったが、毎日放送では『昔の人は偉かった 奮闘篇』を休止したうえで、15:20で同時ネットから飛び降りた。
- ↑ 2014年4月中旬までは15時台前半、5月中旬までは16:30前後に放送。
- ↑ 2014年4月には、この時間から「ヤマヒロのこれだけは!」(月 - 木曜日)「河田のこれだけは!」(金曜日)というタイトルで放送。タイトルを「きょうの☆印」へ統一したことを機に、この時間以降のPJには、進行を担当したパーソナリティの似顔絵のイラストが表示されるようになった。
- ↑ 山本・河田は、15時台以降のコーナーの打ち合わせに充てていたため出演しなかった。
- ↑ 2011年6月から、主にキッチンぷいぷい以降のコーナーをVTRで紹介。
- ↑ プチバージョンとして放送されることがある。
- ↑ 例えば、当番組の企画で「大吉(だいきち)とおるちゃん神社」をMBS本社1階へ開設した2011年1~3月には、「リアル世界くん」での海外取材の合間を縫って同神社からの中継にもたびたび登場。「リアル世界くん」でも、滞在先でラッキーアイテムを探すことが、取材テーマの1つになっていた。
- ↑ 松川浩子は、産休をはさんで、アナウンサー企画担当や木曜アシスタントとして出演。『VOICE』の月 - 水曜サブキャスターに起用されたため、2009年9月25日で降板。その後は、同番組のサブキャスターとして報道フロアからの中継で出演していた。2度目の出産を経て、2014年4月から、月曜のアシスタントと火曜「女子力の花園」ナレーターとして復帰。
- ↑ 古川圭子は、上田悦子の産休を受けて、2010年4月から月曜日のアシスタントを担当。2011年4月から1年間は、火曜日のアシスタントを務めていた。
- ↑ 松本麻衣子は、2014年3月まで火曜日のみアシスタントを担当。同年4月からは、金曜日のアシスタントを兼務している。
- ↑ 大平サブローは、番組開始当初から長らく月曜日に出演。2006年10月から2011年9月までは、火曜日に出演。いずれも、『こんちわコンちゃんお昼ですょ!』(当番組の前半と放送時間が重なるMBSラジオの生ワイド番組)に途中まで出演してからの登場だった。同年10月からは、出演曜日を(同番組へ登場しない)水曜日に変更。
- ↑ 41.0 41.1 ハイヒールは、番組開始からコンビで火曜日に出演。2008年4月からは、リンゴの出演日を金曜日に変更する一方で、モモコは引き続き火曜日に出演していた。2012年4月から2014年3月まで、再びコンビで金曜日に登場
- ↑ 4時間放送時代の2006~2007年に、隔週ペースで水曜日に出演。2012年5月からは、不定期ながら同曜日への出演を再開している。再開後の出演では、百貨店・商業施設関連のニュースを「☆印」で扱うたびに、レギュラーのサブロー・未知・八光と共にそのニュースにちなんだ飲食物(主にスイーツ)を必ずスタジオで試食していた。2014年4月から、出演曜日を月曜に変更。(顧問格)
- ↑ 宇都宮まきは、2009年7月から2012年3月まで、月曜のコーナーレギュラーとして出演。2013年4月から1年間『プリプリ』で司会を務めた後に、2014年4月から月曜レギュラーに復帰。
- ↑ 「キッチンぷいぷい」には出演しない。
- ↑ トミーズ健は、2011年9月まで長きにわたって金曜日にパネラーとして出演。オープニングでは、司会からの紹介を受けて、持ちギャグである「キンコンカン健ちゃん」を必ず披露する。東日本大震災発生1週間後の2011年3月18日(金曜日)の放送では、真面目な口調で「トミーズ健です」と自己紹介を始めたが、司会の西に「いつも通りに(キンコンカン…を)したらいいのでは」と勧められたため改めて「キンコンカン…」を披露した。2011年10月、火曜日に移動。
- ↑ 桂ざこばは、番組開始当初から出演。2014年3月までは、なるみと共に、長らく月曜に出演していた。
- ↑ なるみは番組開始時から2007年3月まで水曜日に出演。2004年5月から2009年3月まで午前の生放送『なるトモ!』に出演、『なるトモ!』が(事前収録で)休みを取ると、ぷいぷいを休む事があった。2014年4月から再び水曜日。
- ↑ 月亭八光は、2006年4月から1年間、火曜日でコーナーレギュラーを担当。2011年10月から、父・月亭八方が務めていた水曜日のパネラーを引き継ぐ格好で、4年半振りに当番組に復帰。八方一門落語会の宣伝時はキッチンぷいぷいで親子共演する。
- ↑ 南光は2006年4月から出演。2008年6月まで午前の生放送『痛快!エブリデイ』(関西テレビ)に出演し、掛け持ちをしていた。『エブリデイ』が事前収録で1週間休暇となった際、同時にぷいぷいも休みを取った。2009年3月までは水曜日。
- ↑ 堀は、2006年11月、月曜日で教育問題の特集などが行われて、特別に途中から出演した。
- ↑ ピーコは、レギュラーを務めていた『っちゅ~ねん!』の終了を機に、当番組へのレギュラー出演を開始。2006年4月から2009年3月まで水曜、2009年4月から2011年9月までは木曜、2011年10月から2012年3月までは再び火曜日でレギュラーを務めた。2012年4月以降は、火曜・木曜・金曜中心に出演。
- ↑ 廣田は、トランポリンの現役選手時代からゲストで数回出演。引退後の2011年から、木・金曜日にへ不定期でパネラーを務めていた。2011年10月から木曜レギュラーに昇格。
- ↑ 2011年10月から2014年3月までは木曜のみ、4月から金曜にも出演。
- ↑ 2007年3月まで金曜日、2007年4月から2014年3月までは水曜日にレギュラー出演、2014年4月から再び金曜日にレギュラー出演。4月は15時台より、5月から全編出演。
- ↑ 吉弥は2009年4月から水曜日にレギュラー出演。2011年10月から、出演日を金曜日に変更。
- ↑ 小籔は2008年1月から、コーナーレギュラーとして出演。2010年1月から2011年9月までは、隔週水曜日にパネラーとして全編に登場するようになった。2011年10月から、出演日を金曜日に変更。基本的に月1回出演。
- ↑ 沢松は2012年2月から、当時の火曜パネラー・前田典子が登場しない場合に出演。同年4月からレギュラーへ昇格した。
- ↑ 間寛平は2012年1月から、金曜日へ小籔が登場しない場合に出演。2004年から2005年までは、レギュラーを務める『痛快!明石家電視台』(MBSテレビ)からの持ち込み企画で、「先っちょマン」というキャラクターに扮しながら不定期で中継に登場していた(詳細はちちんぷいぷいの企画一覧#中継を参照)。
- ↑ 遠山奬志は、2012年のMBS野球解説者への復帰を機に、同年4月から水曜にレギュラー出演。2013年4月から2014年3月までは、不定期で特別企画に登場していた。
- ↑ 2013年1月から同年5月までは水曜レギュラー。2013年6月以後は、当時月曜レギュラーだった大畑大介のピンチヒッターとして出演。2014年4月からは再び水曜に出演。月曜に阪神戦がある場合は火曜にも出演。
- ↑ 前田阿希子は2009年4月に、金曜のコーナー担当として出演を開始。2010年10月から2012年3月までは木曜、2012年4月から2014年3月までは金曜のアシスタントを務めていた。「リアル世界くん」については、金曜アシスタント時代にも不定期で担当。
- ↑ 卜部は「身体が喜ぶヘルシーメニュー」がテーマ。管理栄養士の資格を持っておりカロリー控えめなメニューを紹介する。2014年3月までは、金曜日に隔週で出演。
- ↑ 横田は2014年3月まで、火曜日に隔週で出演。
- ↑ 高橋は一貫して「ぷいぷい定食」がテーマ。当番組に出演した料理人でただ1人、「キッチンぷいぷい」全曜日でのレギュラーを経験したほか、過去には「ぷいぷい物産」にも登場していた。2014年3月までは、毎週水曜日に出演。2014年5月以降は体調不良で休養。
- ↑ 2011年9月で一時降板していたが、2014年5月20日放送から高橋泰松の代役として3年振りに出演。『へんしん!!じゃがポテ仮面』(第1シリーズ、2010年)放送時はコラボ商品「じゃがポテカレー」の監修をしていた。
- ↑ 浦上浩は「ご飯にピッタリなおかず」がテーマ。出演者から「うらうら」と呼ばれている。明石観光大使で、2011年10月から2014年3月までは毎週月曜日に出演。
- ↑ 木曜は「おウチでカンタンお店の味」がテーマ。本多・王とも、ミシュランガイド大阪掲載店のシェフである。
- ↑ 松本喜宏は2014年3月まで、火曜日に隔週で出演。本職は海鮮イタリアンだが、キッチンぷいぷいでは洋食全般を扱う。
- ↑ 2014年4月に月曜へのレギュラー出演を再開したことを機に、『晴れたらいいね』月曜枠「いつかはなりたい小料理屋の女将」のリポーターも兼務。
- ↑ 大畑大介は、ラグビー・神戸製鋼コベルコスティーラーズの現役選手時代から、ゲストで数回登場。2011年に引退してからは、準レギュラー扱いで不定期に出演していた。同年10月から月曜レギュラーに昇格。2014年4月からは、出演曜日を水曜へ変更するとともに、『晴れたらいいね』水曜枠「女子力の花園」のリポーターを務めている。
- ↑ 水曜アシスタントに起用された2014年4月から、『晴れたらいいね』水曜枠「コレカラコレクション」のリポーターも兼務。
- ↑ 2014年4月から、『晴れたらいいね』木曜枠「はるか世界へ!」のリポーターも兼務。
- ↑ 福島暢啓は2014年3月まで、月曜で生中継 → VTRコーナーのリポーターを務めていた。出演曜日を金曜へ変更したことを機に、「歌碑ものがたり」というVTRコーナーの企画・リポート・スタジオ進行を担当するようになった。
- ↑ 2014年3月28日までは、15時台に当番組のスタジオから2~3項目のニュース(放送上のタイトルは「ニュース in ぷいぷい」→「MBS NEWS」)を放送。毎日放送のアナウンサーが、日替わりでキャスターを担当していた(MBSニュース#担当アナウンサーに詳述)
- ↑ 西村麻子は、1度目の産休直前まで中継リポーターを担当。職場復帰後は『VOICE』のサブキャスターを務めながら、「日本一足の速い女子アナ」として、当番組の特別企画で健脚を披露していた。当番組では、2度目の産休をはさんで、2011年4月から木曜日のニュースキャスターと「ただいま修行中 大吉京平への道」のナレーターを担当。2011年10月からは、水・木曜日でもニュースキャスターを務めていた。しかし、松川の産休を機に『VOICE』のサブキャスターへ復帰したため、 2012年9月で降板。
- ↑ 上田悦子は、2度の産休をはさんで、アナウンサー企画担当や月曜アシスタントとして長らく出演。2014年4月から、『VOICE』に木・金曜のサブキャスターへ復帰したことを機に、月曜アシスタントを降板した。
- ↑ 楠は2010年『明日の空』発売の際、自身がMBSの音楽番組を担当していることから出演。ニックネームは「くっすん」。「明日の空」以降、「パン院選」リポーターや「ハッピーアワー体操」のお兄さんで毎日出演。
- ↑ 西川忠志は2012年8月頃から、特別企画や酒井藍の代役で不定期出演。2014年4月からコーナーレギュラーに昇格したうえで、酒井と交互に登場するようになった。
- ↑ 2012年3月から、金曜日にコーナーレギュラーとして出演。同年4月から2014年3月までは、「密着まるまる1日」に毎週登場していた。
- ↑ 関岡香は、放送開始から2006年3月末まで月曜アシスタントを担当。降板後も、長らく「ぷいぷい占い」のナレーターを務めたほか、VTRロケコーナーの一部でナレーターを担当している。
- ↑ 木曜アシスタント・古川の夫
- ↑ 千葉猛は2014年3月まで、ニュースキャスターとして出演。ニュースコーナー以外でも、独自に取材した成果を「☆印」で報告することがあった。
- ↑ この時期には、15:25まで生放送の『なるみ・八方のごきげんさん!』(ABCラジオ)でパーソナリティを務めていた関係で、当番組には16時前後から出演していた
- ↑ 2011年5月に「リアル世界くん」で角と中国・上海を取材した他、角が卒業する2011年9月30日にも出演。2011年10月からは木曜に出演(おもに桂南光の代わりに出演)。健(相方)の代理で出演した事もある。
- ↑ 長期に渡って出演実績の無い顧問も含まれている
- ↑ 涌井雅之は2009年4 - 9月の金曜日に、『バンバンバン』にスタジオ見守りゲストとして登場した際にも、そのまま『ぷいぷい』へ出演していた。
- ↑ 2012年2月8日放送分での紹介より
- ↑ 本並健治は、その顔立ちから、当番組へ出演する際に必ず「大阪のイタリア人」と呼ばれている。
- ↑ 千葉真子は、2012年4月から9月まで、第1子の懐妊・出産のため当番組を一時降板。同年10月の「大阪マラソンへの道」から、コーチとして復帰している。
- ↑ 正しくは「角」の縦棒は「用」の様に突き出す。番組内では全てそのように表示。
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 元・北海道放送アナウンサーの岸本は、2007年4月から、隔週水曜日にVTRコーナーのリポーターを担当。
- ↑ 円は2009年4月から、『かんさい情報ネットten!』火曜日にレギュラー出演中。
- ↑ 浅越は、降板直後の2009年4月から半年間、『かんさい情報ネットten!』火曜日にレギュラーで出演していた。
- ↑ 奥山は、2000年から2002年度まで金曜レギュラー。2008年11月頃から金曜に不定期出演。2009年4月からは、『ぷいぷい』に出演する際に、『バンバンバン』にもスタジオ見守りゲストとして登場していた。
- ↑ 関根は、2007年4月から2008年9月まで木曜準レギュラーとして出演。2009年4月から、木曜準レギュラーに復帰していた。
- ↑ 八代は、2006年4月から火曜レギュラーとして出演を開始。当初は4時間フルに出演していた。2006年10月から2008年9月までは、15時で中座するピーコの交代要員のような扱いで、15時頃から登場。3時間放送に戻った2008年10月からは、出演日を水曜に移したうえで、フル出演を再開した(ピーコ出演時は休み)。2009年4月からは、木曜日にフル出演することもあった。
- ↑ 2011年9月8日(木曜日)にゲストで初出演。東京在住ながら、大阪市東住吉区出身という縁もあって、2011年10月から2012年3月まで、火曜日にレギュラーで出演していた。2012年4月から水曜日へ移動(1回だけ出演)。
- ↑ バドミントンの日本代表選手だった小椋久美子は、競技からの引退・結婚を機に、2011年5月から木・金曜日に不定期でパネラーを務めていた。2011年10月から木曜日の週替わりレギュラーに昇格。不定期で他の曜日にも出演していたが、2012年4月から月・水曜日にレギュラー出演。
- ↑ 橋本は、知事退任後の2012年夏頃に、木曜日で当番組へ初出演。以降は、月1~2回のペースで、全編または17時前まで出演していた。なお、2012年の初出演の際に、姓の読みが同じ「はしもと」である橋下徹(当時の大阪市長)に関するニュースを偶然扱ったことから、混同を避けるために(橋本自身による快諾の下で)「大ちゃん」と称するようになった
- ↑ 中島は第45回衆議院議員選挙への出馬を表明した2008年9月11日以降は、スタジオへ出演せず、「元大阪府警の刑事」として「☆印」にたびたびコメントを寄せていた。同選挙で初当選を果たした後の2009年9月16日の当番組では、山中の密着取材で、衆議院への初登院の模様が放送されている。
- ↑ 2009年11月から出演。2013年7月に実施された第23回参議院議員通常選挙で初当選。
- ↑ 関西発コンピ『すごくおいしいうた』ヒットの兆し
- ↑ 同日放送の17時台後半で発表。発表に同席した発売元(エピックレコードジャパン)の執行役員・青木聡は、「出荷の関係でチャートに集計されなかった枚数を加えれば、累計で1万枚に達する」「テレビ番組から生まれたコンピレーションアルバムとしては異例の売り上げ」とのコメントを残した。
- ↑ 当日の放送には、西とU.K.も曲紹介のVTRに出演。他局の番組でありながら、西は「毎日放送アナウンサー」として、「明日の空」を「『ちちんぷいぷい』から生まれた曲」と紹介した。しおりはスケジュールの都合により欠席。
- ↑ 当日の放送では、西が番組後半(17時台)のミニライブに参加した関係で、「昔の人は偉かった」担当の河田が「きょうの★印」後半(1項目)の進行役も務めた。
- ↑ 2012年7月10日放送分の発表より
- ↑ イラストノート No.18(季刊)「ピックアップイラストレーター「アランジ アロンゾ」」p.32(2011年5月1日発行、誠文堂新光社刊)
- ↑ 角が番組卒業後の2014年に出した著書『私が、角淳一です』(朝日新聞出版)第四章「病の後の『ちちんぷいぷい』」pp.147 - 148
- ↑ 阪急百貨店うめだ本店の建て替え工事に伴う措置。開催期間中には、阪神百貨店の広告や特設サイトで、「えっ!ホンマ? 阪急から阪神へ電撃移籍! 阪神梅田本店で初開催」とのキャッチコピーが使われた。
- ↑ 「ハガキで4連パン」の結果を発表した2012年1月31日の放送で公表
- ↑ 2012年2月6日の放送で公表
- ↑ 2012年2月21日の放送で公表
- ↑ 毎日放送社員紹介 テレビ営業局タイム営業部・尾嵜豪
- ↑ 以前は事前番組「もうすぐぷいぷい」も別途放送していた。
- ↑ 116.0 116.1 当番組を16:52で飛び降りていた。
- ↑ TBSの「(2009年)7月改編」に伴い、ネットが打ち切られる。
- ↑ 当番組を15:52で飛び降り、その後『イブニング・ふぉ〜』へ接続。
- ↑ 14:55 - 15:00の「もうすぐぷいぷい」も別途放送しており、当番組を15:52で飛び降りていた。
- ↑ 120.0 120.1 当番組を16:52で飛び降りる。
- ↑ 当初は金曜のみの放送だったが、2009年10月1日から木曜日も放送。