藤巻健史
テンプレート:政治家 藤巻 健史(ふじまき たけし、1950年6月3日 - )は、日本の債券・為替・株式トレーダー、経済評論家、政治家。モルガン銀行東京支店長などを経て、日本維新の会所属の参議院議員(1期)。
学位はMBA。フジマキ・ジャパン社長、一橋大学経済学部非常勤講師(12年間にわたり毎年半年間・国際金融・デリバティブの講義を担当)なども務める。経済記事の執筆・講演会活動・経済番組への出演と解説を主な生業としている。
「伝説のトレーダー」の異名を、モルガンの会長から付けられた。
経歴
1950年、東京都生まれ。雙葉小学校附属幼稚園に通う。
1963年に東京教育大学附属小学校(現・筑波大学附属小学校)、1969年に東京教育大学附属中学校・高等学校(現・筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。同級生には宮澤洋一参議院議員[1]、岡本保(総務事務次官)・稲葉延雄(日銀理事、リコー経済社会研究所長)・目賀田周一郎(外交官)らがいる。
1970年、一橋大学商学部入学。大学では岡本清教授(会計学者)のゼミナールに所属。魚住昭(ジャーナリスト)、鈴木和宏(検察官、元福岡高等検察庁検事長)は大学前期クラス(ロシア語)の同級生[2]。
1974年に大学を卒業し三井信託銀行に入社した。入行後3年半千葉支店で勤務する。千葉支店では1年の内部事務ののち、2年半リテール業務に従事する。三井信託全体でトップセールスマンとなった。その実績が買われ、米国ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院に社費留学し、1980年6月、同大を修了しMBAを取得した。
留学から帰国後、ディーリングルームに配属。本店外国部、ロンドン支店勤務の後、1985年7月に三井信託銀行を退社。同年9月にモルガン銀行に転職した。モルガン銀行では東京支店資金部を経て、1990年東京支店資金為替部長、1995年東京支店長を務めたのち、2000年3月に退社した。なお当時は外銀の現地化が進んでおらず日本人の東京支店長は数多くの外銀の中でも一人だけで珍しい存在であった。
その後は2000年にジョージ・ソロスのアドバイザーを、2002年から2003年までは三洋電機のアドバイザーを務めた。フジマキ・ジャパンの代表取締役の傍ら、経済人として各種マスコミで活動。「小さな政府」を何度も繰り返し主張する新自由主義者である。
2007年3月金融庁「東京市場国際化」スタディーグループのメンバーに就任。
2002年から早稲田大学大学院商学研究科で6年間、1999年から一橋大学経済学部で13年間非常勤講師を務め半年間の教鞭をとっている。
2004年から早稲田大学大学院公共経営研究科で5年間非常勤講師を務めたほか、2002年には神戸大学経済学部でも非常勤講師を務めた。2008年から学校法人東洋学園大学評議員、2012年より理事。
2013年、日本維新の会より、第23回参議院議員通常選挙参議院比例区に出馬し、当選を果たす[3]。日本維新の会国会議員団政策調査副会長就任。
人物
- 長年にわたりモルガン銀行の中で全世界中での儲け頭であり、会長より「伝説のトレーダー」と呼ばれた。2000年の高額納税者番付では給与・退職金所得により全国29位にランクインし、「伝説のトレーダ」という名前が虚名でなかったことを実証した。
- 「円安が日本経済を救う」「小さな政府」「日本は社会主義国家から真の資本主義国家になることが必要」「悪平等の是正」が持論。JPモルガン時代に藤巻が発行した「プロパガンダ」はマーケット関係者必読のレポートであった。同業他社の市場データ満載の無味乾燥なレポートと比して「“高名な”市場関係者の本音」を無料で知ることができ、また市場とは無関係な軽妙な話題(家族、特に藤巻の子供の話題等)が紙面に躍ることも多かった。英訳されたものは、当時日本ではまだ発展していなかったEメールを通じて海外に流され実績を挙げているリスクテーカーの意見としてヘッジファンドのオーナー等有力投資家に幅広く読まれていた。そのせいもあり藤巻は当時は日本より世界の投資家の間で著名だったテンプレート:要出典。WEBページ「藤巻プロパガンダ」を週1回のペースで更新。
- 自他共に認める徹底した為替変動相場制擁護論者。日本の景気低迷が長期に続いているため「円安“誘導”論」。現在の日本が抱える景気低迷・財政危機・空洞化・就職難等の多くの問題は実態にそぐわない円高のせいであり、円高は日本が社会主義で市場原理が働いていないため、というのが主たる主張。また「為替は動かせる」と30年間マーケットにいた人間として主張している。
- 2009年2月23日の『週刊朝日』で「日本経済は1年で破綻する」「ハイパーインフレがやってくる」という見解を示していた[4]。2013年内にも日本の財政が破綻する可能性があるとの見方を示していた[5]。 それは日本社会のリセットであり、その時こそ「真の資本主義国家を作り上げなければ日本の未来は暗い」と説いた。
- 異母弟(父が後妻との間にもうけた子)で元参議院議員(結いの党所属)の藤巻幸大(2014年3月に死去)とともに、朝日新聞土曜日版be」にて「やっぱりフジマキに聞け」を連載(連載開始時よりタイトルを変えながら7年間にわたり執筆)。2011年1月より週刊朝日で「案ずるよりフジマキに聞け」を連載中。その他、日本経済新聞電子版「カリスマの直言」日経ヴェリタス「フジマキの法則」を4週に一度連載中。
親族
- 藤巻幸大(元福助社長、元結いの党参議院議員)は異母弟(父が後妻との間にもうけた子)。
- 父方の祖父も旧制東京高等商業学校(一橋大学)出身で、第一銀行に入行。その後、朝鮮銀行のニューヨーク支店長を務めた銀行家であった。
- 父は慶應義塾大学経済学部出身で、元東芝社員。
- 父の兄は慶應義塾大学医学部放射線科助教授・客員教授・慶應義塾大学医学部月ヶ瀬温泉療養所所長を務めた。
- 柳川覚治元参議院議員、元文部省体育局長・管理局長は叔父。
著書
- 『一ドル二〇〇円で日本経済の夜は明ける』(講談社、2002年1月)
- 『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義』(光文社、2003年10月)
- 『藤巻健史の「個人資産倍増」法』(講談社、2004年)
- 『直伝藤巻流「私の個人資産」運用法』(講談社、2005年)
- 『藤巻健史の5年後にお金持ちになる「資産運用」入門』(光文社、2006年)
- 『マネーはこう動く―知識ゼロでわかる実践・経済学』(光文社、2007年)
- 『100年に1度のチャンスを掴め!:サブプライム・ローン問題後のマーケットはこう動く』(PHPビジネス新書、2009年5月)
テレビ番組
- 「ブロードキャスター」(TBS)アンカーマン
- 「情報プレゼンター とくダネ!」コメンテーター
- 「モーニングサテライト」コメンテーター
- 「ちちんぷいぷい」レギュラーゲスト
脚注
関連項目
外部リンク
- 藤巻プロパガンダ - オフィシャルサイト
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