サザンオールスターズ
テンプレート:Infobox Musician サザンオールスターズ(Southern All Stars)は、日本のバンド。所属芸能事務所はアミューズ。所属レコード会社はSPEEDSTAR RECORDS(TAISHITAレーベル)。略称は「サザン」。「SAS」と略記されることもある。公式ファンクラブは「サザンオールスターズ応援団」。
目次
概要
桑田佳祐ら青山学院大学の学生により1974年頃から断続的に活動が始まり、1978年にデビュー。主な代表曲は、1970年代では「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」、1980年代では「チャコの海岸物語」「ミス・ブランニュー・デイ」、1990年代になると「涙のキッス」「エロティカ・セブン」「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」「愛の言霊 〜Spiritual Message」の4作品がミリオンセラーを記録。2000年代には「TSUNAMI」がシングルCD売上歴代1位の大ヒットを記録。「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」や「I AM YOUR SINGER」などもヒットした。2010年代では、「ピースとハイライト」がオリコンウィークリーチャートで1位獲得のため、1980年代から2010年代まで4つの年代でチャート1位という記録を持ち、幅広い世代に支持されているロックバンド。 大半の曲はバンドリーダーである桑田が作詞・作曲・歌唱を担当しているが、他メンバーが作詞・作曲・歌唱をしている曲も存在する。なお、編曲に関しては一部の楽曲を除き、サザンオールスターズ名義となっている。
連名は基本的に桑田、大森、関口、松田、原、野沢の順で統一されており、大森独立後は桑田、関口、松田、原、野沢の順になっている。1995年の活動再開迄は桑田、大森、原、関口、松田、野沢の順での連名が大半だった。
メンバー
プロフィール | 愛称 | 担当 | 備考 | |
---|---|---|---|---|
桑田佳祐(リーダー) (くわた けいすけ) |
テンプレート:生年月日と年齢、A型、神奈川県茅ヶ崎市出身 | すけちゃん、ケイちゃん、桑っちょ | ボーカル、ギター。 | バンドのリーダー。 |
関口和之 (せきぐち かずゆき) |
テンプレート:生年月日と年齢、血液型O型、新潟県阿賀野市出身 | ムクちゃん | ベース、コーラス、ボーカル。 | |
松田弘 (まつだ ひろし) |
テンプレート:生年月日と年齢 血液型O型 宮崎県宮崎市出身 | ヒロシ、ヒロシくん | ドラムス、コーラス、ボーカル。 | |
原由子 (はら ゆうこ) |
テンプレート:生年月日と年齢、B型、神奈川県横浜市出身 | 原坊 | キーボード、コーラス、ボーカル。 | |
野沢秀行 (のざわ ひでゆき) |
テンプレート:生年月日と年齢、血液型A型、東京都出身 | 毛ガニ | パーカッション、コーラス。 | メンバーで唯一リードボーカルを務めた経験がない。 |
- 旧メンバー
プロフィール | 愛称 | 担当 | 備考 | |
---|---|---|---|---|
大森隆志 (おおもり たかし) |
テンプレート:生年月日と年齢、血液型A型 岡山県岡山市出身 | ター坊 | リードギター、コーラス、ボーカル。 | 2001年8月7日付けで独立 |
経歴
各メンバーのソロ活動については個々のページ参照。
結成までの推移とアマチュア時代
1974年、青山学院大学に入学した桑田佳祐と関口和之は、音楽サークルAFT(青山フォークサークルたびだち)で知り合い意気投合。同年夏にAFTのメンバーらとロックバンド「温泉あんまももひきバンド」を結成する。
翌1975年に、青山学院大学に大森隆志、原由子が入学し、同じくAFTに入部。「温泉あんまももひきバンド」を知った原は桑田を危険人物だと思い、他のAFTメンバーらとフォークグループを組んでいた。初夏に「温泉あんまももひきバンド」は「ピストン桑田とシリンダーズ」と改名、この頃から大森は桑田に興味を持つようになり、バンドの練習現場にしばしば現れるようになったという。
同年AFTの夏合宿の際にロック派とフォーク派が対立し、AFTは分裂する。桑田らロック派はBetter Daysを立ち上げるが、同年秋に「ピストン桑田とシリンダーズ」が解散する。まもなく一度はフォーク派に行った原がBetter Daysに移り、同年10月に桑田と原はバンドを結成する。このバンドは「青学ドミノス」「脳卒中」「桑田佳祐とヒッチコック劇場等とメンバー構成が変わるたびに名前を変えていた。
なお、この時期の一部の活動は、桑田が宮治淳一[1]らとともに地元で立ち上げた「湘南ロックンロールセンター」というサークルが企画したコンサートで行われていた。「青学ドミノス」のライブもここで行われていたという。
1976年になり、桑田の望んでいたパーマネントに近いメンバーが揃うが、この時桑田は新しいバンド名を思い付けずにいた。宮治は桑田に新バンド名を早く決めてくれと催促していたが、結局バンド名が決まらない状態のまま、4月11日のコンサートのポスター製作が進行。結局宮治がバンド名を決める事態に陥った。宮治はニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』をBGMにポスターを製作。一息入れるために風呂でラジオを聴いていた際にファニア・オールスターズの来日コンサートの宣伝が流れ、風呂から上がった際につけっぱなしのレコードからニール・ヤングの「サザン・マン」が流れていて、これを組み合わせた際の響きが良い事から、「サザンオールスターズ」という名前を考え出し、バンド名を「桑田佳祐&サザンオールスターズ」とした。宮治によるとこのバンド名を桑田本人に伝えたのはライブ当日だという[2]。
桑田が望んでいたパーマネントな「桑田佳祐&サザンオールスターズ」は長く続かず、メンバーが頻繁に入れ替わる事態に陥る。後の音楽評論家萩原健太がギタリストとして参加していた時期もあったが、翌1977年初頭に一旦活動を停止する。しかし、大森が桑田のバンドの復活をもくろみ、昔のバンド仲間で大森を慕い上京していた松田弘を桑田に紹介したり、バイト先で知り合ったセミプロの野沢秀行をバンドに加入させようとする(ただし、野沢はパーマネントなバンドでないと参加しないとして断った)など暗躍。
1977年3月に「サザンオールスターズ」として再編された。この時のメンバーは桑田、大森、原、松田、天野和平(後にトランザム)。なお、原の著書によれば、この頃に一度だけ「パロディハウス」という名前に変えようとしたが、「ダサい」との理由で即サザンオールスターズに戻したという。新生サザンは「ヤマハEastWest '77」に参加するが、予選のテープ審査の時期に天野が脱退し、入れ替わりで関口が加入。本選では入賞を果たし、桑田がベストボーカル賞を獲得した。この直後に野沢が大森の勧誘を受ける形でなしくずし的に加入。突然の加入に関しては他のメンバーから異論もあり、「欠席裁判」が行われたという[3]
レコード会社は早々にビクターに決まったものの、事務所がなかなか決まらなかった。ビクターのディレクターの高垣健が「女呼んでブギ」のカセット(前述のEastWest '77で披露した曲であり、当時の代表曲的存在)を持って事務所を周りをしていた際、当時新興事務所のアミューズの社長大里洋吉が興味を持ち、サザンの練習スタジオを訪問する。この際にサザンが「勝手にシンドバッド」を披露し、大里が「この男をテレビに出したら面白い」と考えたことから契約が決まる。アミューズは原田真二の個人事務所的存在として1977年に設立された会社だったが、大里が解散直前のキャンディーズのプロデュースに専念し事務所の仕事から離れていた時期に、ロック志向を強めていた原田がテレビ的な売り出し方を嫌うようになり、大里が事務所の仕事に復帰した直後に移籍してしまったという。サザンとの出会いはこの事件の2週間後 であり、もし原田が移籍してなかったらサザンオールスターズをやる余裕はなかったという[4]。
デビューにむけて着々と準備が進めている中、メンバー全員が他のレコード会社の契約書にサインしてしまうという事件があったが、ビクター関係者が出向いて話を収めた。この時期はまだ学生バンドの思い出作り的な意識があったという[5]。
デビュー初期
1978年6月25日にシングル「勝手にシンドバッド」でビクター音楽産業(現・JVCケンウッド・ビクターエンタテインメント)からデビュー。桑田の独特のボーカルや歌詞、ロックバンドのデビュー作なのにサンバという変化球という事も災いし、発売当初は売り上げは低迷した(チャート100位にも入らなかった)。
同年7月末に『夜のヒットスタジオ』に初出演するが、その際には邦楽ミュージシャンにも関わらず歌詞テロップが表示される対応がとられた[6]。なお、メンバーがジョギングシャツ+ジョギングパンツスタイルという当時のミュージシャンには珍しく非常にラフな格好をしていた(前述の「温泉あんまももひきバンド」結成の際も桑田がそういう恰好をしていた事でバンド名が決められたという経緯がある。桑田によると安売りしていたからなんとなく着ただけであるとのこと[7])。
同年8月にコミックバンドのザ・ハンダースが「思い出の渚」でレコードデビューしたのを受けて、事務所はコミックバンド的な路線を取る。8月末にサザンは人気音楽番組『ザ・ベストテンのスポットライトのコーナーで初出演(新宿ロフトから中継)。この際に桑田の「目立ちたがり屋の芸人です」発言[8][9](この発言はのちに「台本によるもの」と明かしている[10])が飛び出し、この発言で初期サザンの色が決定づけられることになった。青学の後輩やあいざき進也ファンクラブのメンバー[11]を集めてどんちゃん騒ぎの中で「勝手にシンドバッド」を熱唱して一躍注目を集める。「勝手にシンドバッド」は徐々にチャートが上がり売り上げを伸ばしていった。同年11月9日に「勝手にシンドバッド」が『ザ・ベストテン』10位にランキングされスタジオに登場。同番組のセットでは鏡張りの回転扉の向こうから歌手やバンドのメンバーが登場していたが、彼らが登場する際にはなぜか扉がアルミ箔に変えられており、メンバー一同は桑田を先頭にアルミ箔を蹴破って登場するというものだった。この時期、いかりや長介が桑田を気に入り、ドリフターズへの加入を打診してきたという。桑田は話を聞くだけならタダと思い会うだけは会ったという[12]。
1979年3月25日、3rdシングル「いとしのエリー」、同年4月5日、2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』を発表し、それまでコミカルなイメージが先行していたサザンだったが一転「本格派の曲も出来る」事を示した。特に「いとしのエリー」は、徐々にヒットしロングセラー化。1979年を代表する曲となった。なお、同アルバムのレコーディングの際は多忙のために桑田がノイローゼ寸前までなり、音楽番組で「ノイローゼ!」と叫ぶなどして話題になっていた。
1980年には「テレビなどに一切出ず、楽曲製作やレコーディングに集中する」「5ヶ月の中で毎月1枚ずつシングルを出す」FIVE ROCK SHOWと銘打った計画を開始[13]。しかし、メディアへの露出が大幅に減ったのが影響し「ヒット」と呼ぶには至らず、アルバムは売れるのにシングルは売れない状況に陥る。FIVE ROCK SHOW終了後再びテレビ番組に出演するようになったが、この傾向は変わらず、1981年発売の12thシングル「Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)」はサザン史上シングル中ワーストの売り上げを記録している[14]。
1982年に「チャコの海岸物語」がヒットし、以降順調にバンド活動を進める。1985年には佐野元春から声がかかり「国際青年年記念 ALL TOGETHER NOW」にも出演した。同年サザンとしては初の2枚組オリジナルアルバム『KAMAKURA』を発売した。同製作時期に原が産休に入り、サザンとしての活動もひとつの頂点に達してしまったため一旦活動を休止。桑田はKUWATA BANDとしての活動の後個人ソロを開始し、他のメンバーもそれぞれソロ活動に入った。
活動再開 - 小林武史とのコラボ
1988年6月25日、デビュー10周年の記念となる日に24thシングル「みんなのうた」を発売し、サザンとしての活動を本格的に再開した。加えてこのシングルから小林武史がアレンジ、プロデュース業を共に行うようになっている。前年に桑田はソロ活動で小林と共同プロデュースを行い、非常に完成度の高いアルバムを作っていた。「このアルバムのシェフは小林君、自分は素材として気持ちよく仕事ができた」と語っており[15]、その流れでサザン本体にも合流したものとされる。また、KUWATA BANDのアルバム『NIPPON NO ROCK BAND』で作詞を手掛けたTommy Snyderもサザンに合流した。
この時期から楽曲製作に関して「桑田(+アレンジャー)+スタジオ・ミュージシャン+プログラマー・マニピュレーター+レコーディングエンジニア」という図式が見られるようになり[16]、桑田以外のメンバーが干渉する割合が減ったと言われている。小林と桑田はさらに原由子の2枚組ソロアルバム『MOTHER』のプロデュースも担当し、桑田はソロライブで「彼が嫌だと言っても、これからのサザン関係巻き込んでいきます!」と小林を絶賛していた[17]。
1991年には関口が病気療養で休養に入るが、1992年7月21日に30thシングル「シュラバ★ラ★バンバ」、31stシングル「涙のキッス」を2枚同時発売し、サザン、そしてオリコン初のシングルチャート初登場1,2フィニッシュを果たした。「涙のキッス」はTBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」の主題歌に起用され大ヒット、サザンでは最高記録となる7週連続オリコン首位を獲得するなどサザン初のシングルでのミリオンセラーを突破した[18]。
1993年には32ndシングル「エロティカ・セブン」がフジテレビ系ドラマ「悪魔のKISS」の主題歌に起用され再びミリオンを超える大ヒットを記録[19]。そんな中1994年には桑田がソロ活動を再開し、サザンの活動は約1年間休止となった。
セルフアレンジ時代へ
小林武史がアルバム『世に万葉の花が咲くなり』、34thシングル「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)」を最後にサザン(桑田ソロ含め)との共同作業から離れる。このはっきりした理由はファンに明らかにされてはいないが、桑田は「(小林は)危ないヤツと分かった」という風に語っており[20]蜜月の終わりを示唆している。この「危ないヤツ」という表現は人間性を否定しているものではなくアレンジャーやミュージシャンとしての才能を存分に評価し、バンドであるはずのサザンのメンバーを差し置いて小林に頼りすぎてしまうという意味で発言したものである[20]。その後この小林との縁で桑田佳祐&Mr.Children名義でのチャリティー活動や、小林と桜井和寿(Mr.Children)が中心となって活動するap bank fesへの出演など作品面以外での交友が続いている。
1995年に関口が長期の休養から復帰し、5月22日に35thシングル「マンピーのG★SPOT」で活動を再開。これ以降プロデュース名義は主にサザンオールスターズと表記されるようになった。直後に発売された36thシングル「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」はフジテレビの「月9」枠ドラマ「いつかまた逢える」の主題歌として起用されミリオンセラーとなる。次の37thシングル「愛の言霊 〜Spiritual Message」でもミリオンセラーとなり、アルバム『Young Love』は過去最高のアルバム売り上げを記録した。
しかし1997年あたりからサザンのイメージである「夏」「爽やか」などの売れ線系路線の曲とは程遠いハードロック、プログレなどを意識した曲を多くリリースし、同年の年越しライブではマニアックな楽曲が中心となり、ライトファン離れが急激に加速していった。1998年にはベスト・アルバムリリースブームの中、ベスト・アルバム『海のYeah!!』を発売し、大ヒットを記録した。しかしほぼ同時に発売したオリジナルアルバム『さくら』は暗い作風や上記のハードロック、プログレなどを意識した作品であったため、過去のアルバム3作連続で記録したミリオンを僅かに下回る結果となった。1999年には初のドームツアーを行い人気の健在振りを示したが、43rdシングル「イエローマン 〜星の王子様〜」は累計で10万枚を(オリジナル盤)下回る結果となった。
「TSUNAMI」記録的ヒット、大森の独立
1999年9月26日・27日、ファンクラブシークレットライブ「'99 SAS事件簿 in 歌舞伎町」を行う。桑田曰く「ファンの空気に触れて刺激を受けた」とのことで、その当時レコーディングしていた曲(桑田ソロ「可愛いミーナ」の元曲など)も方向性がガラッと変わり明るくなったという。翌2000年1月26日に44thシングル「TSUNAMI」を発売。この曲は前述のイベントから生まれた曲であり「売れるものを作った」などと桑田自身も語っている。以降サザンはある程度保守的な方向性へとシフトチェンジしていく。
サザンのシングルでは久々となった切ないラブバラードのこの曲は、当時大人気だったTBS系バラエティ番組『ウンナンのホントコ!』のコーナー『未来日記III』のテーマソングとなり大ヒットした(再発盤のシングルも含め293万枚を売り上げ、オリコン歴代シングルランキングで3位に、シングルCDとしては現在1位にランクインされている)。かねて何度も逃した日本レコード大賞もこの年に獲得した。今作を機にサザンは長らく続いたセールス低迷から脱け出し、続く45thシングル「HOTEL PACIFIC」もヒットし、夏には桑田の地元である神奈川県茅ヶ崎市の地元住民の署名運動の結果、2日間の野外ライブ『茅ヶ崎ライブ ~あなただけの茅ヶ崎~』を行った。
46thシングル「この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜」とベストアルバム『バラッド3 〜the album of LOVE〜』が発売された直後に大森が休養を発表し、翌2001年には正式に独立を発表しメンバーから脱退した。その前後から桑田らは再びソロ活動を開始。桑田はシングル「波乗りジョニー」「白い恋人達」がそれぞれミリオンセラーを達成した。
25周年での活動再開、『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム発表
2003年6月25日にデビューから25周年を迎え、それを記念してデビューシングルの復刻盤CD「勝手にシンドバッド 胸さわぎのスペシャルボックス」をリリース。同作は1週間で約22万枚を売り上げ発売から25年のブランクを置いてオリコンウィークリーチャートで1位を記録。また同日にFMラジオ局のいくつかが24時間サザン特集を実施するなど幅広い人気を見せつけている。
7月23日、47thシングル「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」をリリースし活動再開するとともに、5人での活動が本格的に始まる。直後には大規模な野外・スタジアムツアーを行い復活をアピールした。2005年には『KAMAKURA』以来の2枚組オリジナルアルバム『キラーストリート』を発売、2006年にはTHE 夢人島Fes.を開催しサザンオールスターズとしてもプロモーションのため精力的に活動したが、2007年4月には桑田佳祐のソロ活動再開に伴い再び休止することとなった。
30周年、そしてバンド活動無期限休止
2008年、30周年に伴う53rdシングル「I AM YOUR SINGER」の発売やライブなどの活動・プロモーションの発表と同時に、2009年以降メンバー個々の自由な発想による音楽活動を展開するべくサザンオールスターズとしての活動を無期限休止にすることも発表した(2006年のTHE 夢人島 Fes.を最後に実質的にサザンとしての活動は行われていなかったものの、この間を活動休止期間と定めていない)。期限を設けない活動休止は、原の出産・KUWATA BANDの活動などがあった1985年 - 1986年(活動休止は1988年夏まで)以来2回目のことである。
この活動休止については、発表の当日にNHKの『おはよう日本』がこの活動休止についてを報じた他、民放各局で、報道や特集が大々的になされた。桑田自身は『活動休止の理由はより新しいものをつくるための充電期間』としている。また、『(キラーストリートで)現状でのサザンでできることの今のところほぼすべてをやりつくした』『今のままでも活動を続けようと思えばできるが、それではサザンという看板にぶらさがっているだけで、甘えているだけになってしまう』とも語り、『(サザンの)解散は絶対にない』と断言している[21]。
35周年での活動再開
2013年6月25日、デビュー35周年を迎えることを機として活動再開を発表。同年8月7日に54thシングル「ピースとハイライト」をリリースし、8月10日から全国コンサート・ツアーを開始することとなった[22]。
今回の活動再開に際して、桑田佳祐が以下のコメントを発表した。 テンプレート:Quotation また、活動再開と同時にYouTubeにサザンオールスターズ公式チャンネルが開設され、スポットビデオや一部の曲のミュージックビデオが公開されている(ただし、ミュージックビデオは大森脱退後の作品のみであり、ショートバージョンでの公開となっている)[23]。
なお、桑田は5年後の2018年にサザン復活を考えていたようであるが、2010年に自らが食道がんを発症したことでその心境を変えたと週刊誌で報じられている[24]が、桑田本人は否定しており、「『とある音楽関係者』とわざとらしく書いてある記事の大半は嘘」とも述べている[25]。
年表
1970年代
- 1975年頃
- 1977年
- 1978年
- 6月25日、ビクター音楽産業(現ビクターエンタテインメント)からシングル「勝手にシンドバッド」でデビュー。ファンはこのデビュー日を記念して、毎年6月25日を「サザンの日」と呼んでいる。ちなみに、この日はメンバー全員仕事が無かった。
- 7月31日、フジテレビ系『夜のヒットスタジオ』に初登場。メンバー全員ジョギングパンツで登場した。
- 8月25日、1stアルバム『熱い胸さわぎ』発売。
- 8月31日、TBS系『ザ・ベストテン』にスポットライトで新宿ロフトより中継で初登場、「勝手にシンドバッド」を演奏。桑田の大学の後輩を多数集めてどんちゃん騒ぎをさせ視聴者に強烈な印象を残す。[26]この時同曲はまだランキング下位の無名の状態であったが徐々に注目を集め、9月から10月にかけてヒットの兆しを見せる。
- 11月9日、「勝手にシンドバッド」が『ザ・ベストテン』10位にランキングされスタジオに登場。ちなみに同番組のセットでは鏡張りの回転扉の向こうから歌手やバンドのメンバーが登場していたが、彼らが登場する際にはなぜか扉がアルミ箔に変えられており、メンバー一同は桑田を先頭にアルミ箔を蹴破って登場した。
- 11月25日、2ndシングル「気分しだいで責めないで」発売。
- 12月10日、初のライブツアー『胸さわぎ』スタート。
- 1979年
- 3月20日、ライブツアー『春五十番コンサート』スタート。全50公演にも及ぶ長丁場であり、アルバムのレコーディングもライブのリハーサルを掛け持ちしながらの過密なスケジュールのなか行われた。
- 3月25日、3rdシングル「いとしのエリー」発売。
- 4月5日、2ndアルバム『10ナンバーズ・からっと』発売。これ以降すべてのオリジナルアルバムがオリコンチャートで初登場TOP10入りとなっている。
- 7月25日、4thシングル「思い過ごしも恋のうち」発売。
- 9月22日、ライブツアー『Further on up the road』スタート。
- 10月25日、5thシングル「C調言葉に御用心」発売。
- 11月25日、企画アルバム『ベスト・オブ・サザンオールスターズ』発売。
- 「いとしのエリー」がコーセー歌謡ベストテン年間チャートで1位を獲得。
- 『10ナンバーズ・からっと』で第21回日本レコード大賞 ベスト・アルバム賞受賞。
- 12月31日、「いとしのエリー」でNHK紅白歌合戦(第30回NHK紅白歌合戦)に初出場。
1980年代
- 1980年
- 楽曲製作に重きを置くためテレビ出演を控えるようになる。その流れで「FIVE ROCK SHOW」と銘打ち、シングルを5ヶ月連続毎月リリースする計画を発表した。
- 2月21日、6thシングル「涙のアベニュー」発売。
- 3月21日、7thシングル「恋するマンスリー・デイ」、3rdアルバム『タイニイ・バブルス』を同時発売。オリコンチャートでシングル・アルバム通してサザン初のオリコンチャート1位を獲得し、この作品から全てのオリジナルアルバムがオリコンチャート1位を記録している。
- 5月21日、8thシングル「いなせなロコモーション」発売。
- 6月21日、9thシングル「ジャズマン (JAZZ MAN)」発売。
- 7月5日、企画アルバム『Kick Off!』発売。
- 7月19日、ライブツアー『サザンオールスターズがやってくる ニャー!ニャー!ニャー!』スタート。タイトルは言わずと知れたビートルズの『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』をもじったもの。
- 7月21日、10thシングル「わすれじのレイド・バック」発売。
- 11月21日、11thシングル「シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー」発売。
- 12月5日、企画アルバム『アーリー・サザンオールスターズ』発売。
- 12月10日、ライブツアー『ゆく年・くる年』スタート。初の日本武道館公演を行う。
- 1981年
- 4月、原のソロシングル「I Love Youはひとりごと」が歌詞が卑猥であるとして放送禁止になり、横浜の日本ビクター本社ビル屋上で抗議のゲリラライブを行う。ビートルズのゲット・バック・セッションを意識した行動である。
- 6月21日、12thシングル「Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)」発売。
- 7月4日、ライブツアー『そちらにおうかがいしてもよろしいですか?』スタート。このツアーで桑田の故郷・茅ヶ崎にある茅ヶ崎市民会館で初の地元公演を行う。
- 7月21日、4thアルバム『ステレオ太陽族』発売。
- 9月21日、13thシングル「栞のテーマ」発売。
- 映画『モーニングムーンは粗雑に』の音楽監督をサザンオールスターズとして務め、「Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)」「朝方ムーンライト」「栞のテーマ」などが起用される。
- 10月25日、企画アルバム『SOUTHERN ALL STARS BEST』発売。後に『BEST ONE '82』としてジャケットのみ若干変更し発売されたが、内容は同一。
- 12月31日、『ステレオ太陽族』で第23回日本レコード大賞 '81 アルバムベスト10受賞。
- 1982年
- 1月9日、ライブツアー『愛で金魚が救えるか? サザンオールスターズ Paa Pooツアー '82』スタート。
- 1月19日、上記ツアーの北海道厚生年金会館公演で、桑田と原が結婚を発表する。
- 1月21日、14thシングル「チャコの海岸物語」発売。
- 5月1日、企画アルバム『Shout!』発売。
- 5月21日、15thシングル「匂艶 THE NIGHT CLUB」発売。
- 7月21日、5thアルバム『NUDE MAN』発売。ジャケットにおさめられたお尻の写真が桑田のものではないかと話題になる。
- 9月8日、ライブビデオ『武道館コンサート』発売。同年1月26日に行われた日本武道館でのコンサートを収録。
- 9月21日、ライブツアー『青年サザンのふらちな社会学 ツアー THE NUDE MAN』スタート。アルバムタイトルを冠したタイトル。初めて年を跨いでのツアーで、現在でも最多の全57公演の長丁場であった。
- 10月2日、16thシングル「Ya Ya (あの時代を忘れない)」発売。
- 12月5日、初のバラードベスト『バラッド '77〜'82』発売。オリコンチャートでは登場週数100週以上に及ぶロングセラーになっている。
- 「チャコの海岸物語」で第16回全日本有線放送大賞最多リクエスト曲賞受賞。グループとしても最多リクエスト歌手賞を受賞する。
- 『NUDE MAN』で第24回日本レコード大賞 ベスト・アルバム賞、'82 アルバムベスト10を受賞。
- 12月31日、「チャコの海岸物語」で2度目の紅白出場。その中での桑田のパフォーマンスが物議を醸す。
- 1983年
- 1月26日、ビデオ『Southern All Stars THE BEST』『匂艶 THE NIGHT CLUB』発売。
- 3月5日、17thシングル「ボディ・スペシャルII」発売。
- 自主レーベル「TAISHITAレーベル」設立(原による命名)。
- 「いとしのエリー」が人気ドラマ『ふぞろいの林檎たち』(TBS系)の主題歌に起用され人気再燃。またその他の曲も同番組の挿入歌に使用された。
- 7月5日、18thシングル「EMANON」、6thアルバム『綺麗』を同時発売。
- 7月24日、「ALL NIGHT NIPPON SUPER FES. '83」に出演し大瀧詠一、RATS&STARと競演する。最後は「蛍の光」「上を向いて歩こう」をセッションした。
- 10月24日、ライブツアー『SASたいした発表会 私は騙された!!ツアー'83』スタート。年を跨いでの公演。
- 11月5日、19thシングル「東京シャッフル」発売。
- 12月6日、企画アルバム『原由子 with サザンオールスターズ』発売。
- 『バラッド '77〜'82』が1983年度オリコン年間CTセールスチャート第1位を獲得。
- 『綺麗』で第25回日本レコード大賞 ベスト・アルバム賞、'83 アルバムベスト10を受賞。
- 12月31日、「東京シャッフル」で3度目の紅白出場。サザンとして最後の出場となった。
- 1984年
- 6月25日、20thシングル「ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)」発売。
- 7月7日、7thアルバム『人気者で行こう』発売。この作品以降発売した全てのアルバムでオリコンチャート初登場1位を記録。
- 日本テレビ系にて『サザンの勝手にナイト あ!う○こついてる』が全5回に渡り放送。三宅裕司、小倉久寛らスーパー・エキセントリック・シアター(SET)がおりなすコント番組。スタジオや舞台でのコント、三宅の楽器教室、『人気者で行こう』収録曲のスタジオライブや洋楽カバーの舞台ライブなど、様々なコーナーがあった。また、番組内で三宅は松田と共にツインドラムを披露するなど意外な一面を見せた。
- 7月20日、ライブツアー『熱帯絶命!ツアー夏「出席とります」』スタート。サザン初の野外スタジアムツアー。オープニング・アクト(前座)として現在はサポートメンバーとしても知られる斎藤誠と、斎藤のサポートを務めた河内淳一・片山敦夫・今野多久郎・角田俊介らの在籍するバンドSTR!Xが出演。河内・片山・角田はこの時期に桑田と面識が出来たという。
- 9月、シングル「Tarako」のレコーディング・ビデオ撮影を兼ねて、約1ヶ月間ロサンゼルスへ渡る。
- 10月21日、21stシングル「Tarako」発売。
- 10月25日、ライブツアー『大衆音楽取締法違反 "やっぱりアイツはクロだった!" 実刑判決2月まで』スタート。タイトル通り翌年2月までのロングツアー。
- 12月21日、ビデオ『サ吉のみやげ話』発売。“サ吉”とはサザン、みやげ話とはロサンゼルスで行われたレコーディング・ビデオ撮影の事を指す。
- 『人気者で行こう』で第26回日本レコード大賞 優秀アルバム賞受賞。
- 12月31日、初の年越しカウントダウンライブ『縁起者で行こう』を新宿コマ劇場にて開催。もともと紅白のオファーがあったものを急遽キャンセルされたために行われたものとされ、現在紅白出場を実質拒否し続ける決定的な原因であると言われている。ライブにはSET、嘉門達夫、斎藤誠らも出演。
- 1985年
- 5月26日、22ndシングル「Bye Bye My Love (U are the one)」発売。
- 8月21日、23rdシングル「メロディ (Melody)」発売。
- 9月14日、8thアルバム『KAMAKURA』発売。
- 9月21日、ライブツアー『KAMAKURA TO SENEGAL サザンオールスターズAVECトゥレ・クンダ』スタート。アルバム発売から1週間後、『KAMAKURA』を引っさげてのツアー。
- 『KAMAKURA』で第27回日本レコード大賞 優秀アルバム賞受賞。
- 1986年
- 原の産休のため一時活動休止。その間は各個人ソロ活動を行う。
- 桑田はKUWATA BANDとして1年限定の活動を開始。サザンでは達成できていなかったシングルでのオリコンチャート1位を樹立するなどの活躍を見せた。
- 1987年
- 6月21日、4年半ぶりのバラッド第2弾、『バラッド2 '83〜'86』発売。
- 1988年
- 1989年
- 4月12日、25thシングル「女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)」と「Oh! クラウディア」「みんなのうた」のビデオクリップを収録したビデオを同時発売。
- 6月7日、26thシングル「さよならベイビー」発売。シングル初のオリコンチャート1位を獲得する。
- 7月21日、初のベスト・アルバム『すいか SOUTHERN ALL STARS SPECIAL 61SONGS』を限定発売。西瓜を模した缶に4枚のCDと西瓜模様のトランクスとパンティーが入っている。
- 11月21日、27thシングル「フリフリ'65」発売。
- 12月31日、『縁起者で行こう』以来のカウントダウンライブ『いっちゃえ'89 サザンde'90』を横浜アリーナで開催。サザンの曲も演奏したがエルヴィス・プレスリーやビートルズ等の洋楽のカバーが大半を占めた。以降も同会場でサザン・ソロ共に毎年ライブを開催(2010年は病気療養中であった桑田の代わりに事務所の後輩であるポルノグラフィティが年越しライブを開催、桑田はソロで初の紅白歌合戦にゲスト出演)。
1990年代
- 1990年
- 1月13日、9thアルバム『Southern All Stars』発売。初回限定盤と通常版を合算してアルバムでは初のミリオンセラーとなる。
- 第4回日本ゴールドディスク大賞アーティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。
- 2月28日、5年振りの全国アリーナ(屋内)ツアー『夢で逢いまSHOW』スタート。
- 7月25日、28thシングル「真夏の果実」発売。8月31日にはミュージックステーションに出演、同曲を演奏した。曲中盤では『稲村ジェーン』の映像が流れた。
- 9月1日に、Southern All Stars & All Stars名義でサウンドトラック『稲村ジェーン』発売[27]。サントラアルバムとしては異例のミリオンセラーの売り上げを記録。
- 9月7日、桑田の監督作品『稲村ジェーン』公開。
- 12月31日、年越しライブ『歌うサザンに福来たる』開催。TBS系にて全国ネットで生放送。サポートキーボードとして当時のアレンジャー、小林武史も参加。
- 「真夏の果実」で第32回日本レコード大賞 ポップス・ロック部門 ロック・ゴールド・ディスク賞、最優秀ロック・ボーカル賞、作曲賞を受賞。『Southern All Stars』でポップス・ロック部門 優秀アルバム賞受賞。
- 1991年
- 第5回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。更にサザンオールスターズ&オールスターズ名義で発売したサウンドトラック『稲村ジェーン』でロック・フォーク部門(男性)アルバム賞受賞。
- 7月10日、29thシングル「ネオ・ブラボー!!」発売。
- 8月14日、東名阪の野外スタジアムツアー『THE音楽祭 1991』スタート。ライブは新旧の曲をこれまで以上に多彩なアレンジで聴かせ、全35曲に及ぶ長丁場であった。この時期から関口が体調不良による休養でサザンの活動から一時離れる。
- 12月29日 - 31日、年越しライブ『闘魂! ブラディ・ファイト年越しライブ』開催。年越しライブと題されたものとしてはこの時が初めてで、更にこの年から大晦日だけでなく数日間の公演が開催されている。ロックとプロレスとの融合がテーマでリングアナの紹介によるプロレスラー風のメンバー登場、辻よしなり・山本小鉄による実況解説、馳浩・蝶野正洋ら新日本プロレスによるライブ乱入など正にプロレスを思わせる演出であった。尚このライブはTBS系での放送にもかかわらず当時テレビ朝日アナウンサーであった辻が抜擢され、同局の「ワールド・プロレスリング」を思わせる演出であった事に辻は、TBSの懐の深さと出演の為に声をかけてくれた桑田に感謝したと述べている。また中盤にはサザンとビートルズの合体メドレーコーナーも設けられた。
- 12月31日、第42回NHK紅白歌合戦に原がソロ出場。出場が決まった時点ではシングル曲「じんじん」を唄うと発表されていたが、シングル曲以上に知名度が高い「花咲く旅路」が選曲され、原は着物姿でグランドピアノを弾きながら唄った。同日はサザンの年越しライブもあった為、原は短時間での会場間の大移動であった。
- 1992年
- 7月18日、30thシングル「シュラバ★ラ★バンバ」、31stシングル「涙のキッス」を同時発売し、オリコン史上初の初登場で1,2位を独占する。「涙のキッス」がシングルで初のミリオンセラー達成。
- 9月12・13日、コンサート『南天群星 北京で会いましょう』開催。2日間に渡り中国・北京で公演を行うが、初日公演では中盤で桑田が体調不良を訴える。桑田が下がっている間は大森と小倉博和による即興ギターバトルや、原が予定には無かったぶっつけ本番の即興ピアノ弾き語りで「花咲く旅路」を唄うなどして乗り切った。2日目は体調万全でライブも無事成功。後日談では松田・野沢も北京入りした時点で一時体調を大きく崩したという。また、関口はライブには不参加だったものの北京に同行し客席からライブを観覧した。
- 9月26日、11th[27]アルバム『世に万葉の花が咲くなり』発売。
- 10月14日、全国アリーナツアー『歌う日本シリーズ 1992〜1993』スタート。ツアー初日、アンコールの『夕方HOLD ON ME』で、暫く休養中だった関口和之が登場しタンバリンを叩きながら共に歌った。
- 12月31日、「涙のキッス」で第34回日本レコード大賞 ポップス・ロック部門 ゴールド・ディスク賞を受賞。『世に万葉の花が咲くなり』でポップス・ロック部門 アルバム大賞受賞。
- TBS系『元旦まで感動生放送!史上最大39時間テレビ「ずっとあなたに見てほしい 年末年始は眠らない」』にて年越しのカウントダウンを挟み、デビューからの歴史を振り返る『ロック怪獣サザン伝説』が放送。
- 1993年
- 第7回日本ゴールドディスク大賞・ベスト5アーティスト賞受賞。更に『涙のキッス』でベスト5・シングル賞を受賞。
- 3月27日、ライブビデオ『歌う日本シリーズ 1992〜1993 LIVE at YOKOHAMA ARENA 29th Dec.1992』発売。1982年に発売された『武道館コンサート』は一部抜粋のみの編集だった為、サザンとしては初めてほぼ全編を収録したライブビデオとなった。
- 7月21日、32ndシングル「エロティカ・セブン」、33rdシングル「素敵なバーディー (NO NO BIRDY)」を同時発売。「エロティカ・セブン」がフジテレビ系ドラマ『悪魔のKISS』の主題歌に起用され、シングルでは自己最高の売上(当時)を記録する。
- 9月8日、Z団名義でサザンの曲をリミックスしたアルバム(オリコンなどではシングル扱い)『江ノ島 Southern All Stars Golden Hits Medley』を発売。
- 11月20日、34thシングル「クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)」発売。
- 12月11日、年末ライブ『しじみのお味噌汁』スタート。会場は横浜アリーナのみで31日のカウントダウンまで全12公演の予定であったが、中盤の4公演が松田の体調不良の為年明けの1月2日 - 5日に順延となった。中盤では原のメドレーコーナーもあり、従来のサザンのライブでは原は1曲だけボーカル曲を歌っていたが、このライブでは5曲披露。特にラストのソロ曲「じんじん」ではステージフロントに踊り出てハンドマイクで唄った。
- 1994年
- Z団名義で発売した『江ノ島 Southern All Stars Golden Hits Medley』で第8回日本ゴールドディスク大賞・アルバム賞/企画部門を受賞。
- 2度目の活動休止期間に入り、桑田のみがソロ活動を行う。
- 12月のAAAにサザンとして出演。休養中だった関口も登場し久々に6人揃った姿をファンに見せた。
- 1995年
- 5月22日、35thシングル「マンピーのG★SPOT」発売と同時に本格的に活動再開。バンドから長期離脱していた関口が正式に復帰する。
- 6月24日、ベスト・アルバム『HAPPY!』発売。完全予約限定生産の作品で、70万セットが即日完売した。
- 7月17日、36thシングル「あなただけを 〜Summer Heartbreak〜」発売。シングルでは3作目のミリオンセラーとなる。
- 8月5・6日、サザン復活を記念する野外イベント『スーパーライブ in 横浜 ホタル・カリフォルニア』横浜みなとみらいにて開催。 企画の段階では富士山の麓で行う案もあったという。タイトルはイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」を捩ったもの。このライブにおける1公演での観客動員数8万人は、現在でもサザンのライブ1公演最高動員数記録である。ゲストとして西城秀樹や鬼太鼓座が登場。
- 12月2日、ライブビデオ『ホタル・カリフォルニア (HOTARU CALIFORNIA)』発売。
- 1996年
- 5月20日、37thシングル「愛の言霊 〜Spiritual Message」発売。シングル4作目のミリオンセラーとなる。
- 6月25日、38thシングル「太陽は罪な奴」発売。
- 7月20日、12th[27]アルバム『Young Love』発売。約250万枚を売上げ、オリジナルアルバムでは最高の売上を記録。
- 8月4日、野外ライブツアー『ザ・ガールズ万座ビーチ』スタート。タイトルはザ・ビーチボーイズの『ガールズ・オン・ザ・ビーチ』を捩ったもの。9月22日の横浜スタジアム公演が台風のため延期となり、10月12日に順延となった。また、1979年のツアー『春五十番コンサート』以来17年ぶりとなる沖縄での公演も行われ話題となった。
- 12月28日 - 31日、年越しライブ『牛』開催。また、幅広い活動で充実に至った1年間を振り返り、ファンに向けて感謝のメッセージを綴ったア・カペラ曲「平和の牛歌」を唄う。
- 1997年
- 3月5日、ビデオ『平和の琉歌 〜Stadium Tour 1996 "ザ・ガールズ万座ビーチ" in 沖縄〜』発売。「平和の琉歌」のPV、ライブツアーのドキュメント、ボーナストラックとして前年末の年越しライブで唄われた「平和の牛歌」が収録された。
- 8月21日、39thシングル「01MESSENGER 〜電子狂の詩〜」発売。
- CS特番『01 MESSEAGE』放送。のちに『さくら』に収録される新曲の初披露やインタビュー、ビクターのビル屋上でのライブなどがオンエアされた。インターネットによる同時放映も試みられ、当時のアクセス記録数を更新。
- 11月6日、40thシングル「BLUE HEAVEN」発売。
- 12月27日 - 31日、年越しライブ『おっぱいなんてプー』開催。この年から単独の年越しライブ公演は12月27日・28日・30日・31日の全4日公演が定着した。また、アンコールで新曲「LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜」が初披露されPV撮影も同時に行われた。
- 1998年
- 2月11日、41stシングル「LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜」発売。
- 6月6日、日清パワーステーションにてファイナル・セッションに参加。当初はメンバーが個別参加としか伝えられていなかったことと収容数が少なかったため、非常にレアなイベントとなった。
- 6月25日、デビュー20周年を記念してベスト・アルバム『海のYeah!!』発売。
- 7月29日、42ndシングル「PARADISE」発売。
- 7月31日、TBS系『金曜テレビの星!』内にて『サザン20周年緊急特番 バカさわぎの腰つき!!』放送。岸谷五朗・寺脇康文を司会に20年間を振り返る。熱狂的サザンファンを公言する爆笑問題も登場。さらには往年の『ザ・ベストテン』もこの日限りの復活。
- 8月8・9日、20周年記念野外ライブ『スーパーライブ in 渚園 モロ出し祭り 〜過剰サービスに鰻はネットリ父ウットリ〜』、静岡県・浜名湖畔「渚園」にて開催。爆笑問題もゲスト出演した。
- 9月23日、JFL発足5周年を記念して、「サザンを通じて人と音楽の素晴らしい関係を表現したい」というテーマで企画、制作された特別ラジオ番組「JFL 5TH ANNIVERSARY SPECIAL 三菱電機モバイル BLOW IN THE SOUTHERN WIND」が放送された。ナビゲーターは小林克也が務め、ゲストとしてメンバー全員が出演、ミニライブも披露した。
- 10月21日、13th[27]アルバム『さくら』発売。
- 12月12日、ライブビデオ『スーパーライブ in 渚園』発売。
- 1999年
- 『海のYeah!!』と『さくら』の2作品で、第13回日本ゴールドディスク大賞・ロックアルバム・オブ・ザ・イヤー受賞。
- 3月24日、『Se O no Luja na Quites(セオーノ・ルーハ・ナ・キテス)〜素敵な春の逢瀬〜』スタート。初の4大ドーム公演を含めた大規模なツアーとなる。タイトルはサブタイトルの『素敵(すてき)な春(はる)の逢瀬(おうせ)』を逆から読んだもの。
- 3月25日、43rdシングル「イエローマン 〜星の王子様〜」発売。
- 6月26日、茅ヶ崎海水浴場がサザンビーチちがさきと改名される。
- 9月26・27日、ファンクラブ限定ライブ『'99 SAS事件簿 in 歌舞伎町』開催。デビュー以来初めて本格的にライブハウスで行われた。
- 12月10日、DVDソフト『SPACE MOSA』発売。
- 12月27日 - 31日、年越しライブ『晴れ着 DE ポン』開催。開演前に「TSUNAMI」のPVが初公開。中盤で初演奏された。ミレニアムメドレーと題したメドレーコーナーも組まれた。
2000年代
- 2000年
- 1月26日、44thシングル「TSUNAMI」発売。シングルでは自己最高セールスを記録し、サザン最大のヒット曲に。
- 「TSUNAMI」で第14回日本ゴールドディスク大賞でソング・オブ・ザ・イヤー受賞。
- 2月26日、ライブビデオ『シークレットライブ'99 SAS 事件簿 in 歌舞伎町』発売。
- 7月19日、45thシングル「HOTEL PACIFIC」発売。
- 8月19・20日、地元住民の署名活動が実り1981年のツアー以来19年ぶりに茅ヶ崎の茅ヶ崎公園野球場で2日間のコンサート『茅ヶ崎ライブ 〜あなただけの茅ヶ崎〜』を行う。18日にはファンクラブ会員と地元市民を客席に招き公開ゲネプロ(本番同様のリハーサル)も行い、実質3公演とも言えるライブであった。なお、このライブ直後に大森がサザンとしての活動を休止する発表をしたためこれが6人編成での最後のライブとなった。
- 11月1日、46thシングル「この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜」発売。
- 11月22日、13年ぶりのバラッド第3弾『バラッド3 〜the album of LOVE〜』発売。アルバムでは自身最高の初動売上を記録。
- 11月30日、「TSUNAMI」で2000年度オリコン年間シングルセールスチャート第1位を記録。同カラオケチャートでも年間1位を記録した。
- 更に「TSUNAMI」が2000年CDTV年間シングルチャート第1位を記録。
- 12月27日、年越しライブ『ゴン太くんのつどい』開催。大森の穴を埋めるためのサポートギタリストとして斎藤誠が参加し、これが事実上5人編成での最初のライブとなった。
- 12月31日、「TSUNAMI」で第42回日本レコード大賞を初受賞。年越しライブの準備中横浜アリーナから受賞会場に駆けつけ『ようやくひばりさんの背中が見えました』とのコメントを残す。直後に再び横浜アリーナに向かい年越しライブを行う。
- 2001年
- 3度目の活動休止期間に入る。各メンバーソロ活動を開始。
- 『バラッド3 〜the album of LOVE〜』で第15回日本ゴールドディスク大賞・ロックアルバム・オブ・ザ・イヤー受賞。
- 「TSUNAMI」が2001年JASRAC賞金賞、カラオケ分配額最高位を獲得。
- 8月11日、8月7日付で大森が正式に独立したことを『桑田佳祐のキヤノンFMワンダーランド 〜やさしい夜遊び〜』内で発表。
- 2002年
- サザンオールスターズとしての活動なし。桑田や関口は精力的にソロ活動をこなす。
- 2003年
- 6月25日、デビュー25周年を記念し、25万セット限定でデビューシングル「勝手にシンドバッド」を特例の再発。翌週にはオリコンチャートで発売から25年経過してのオリコン1位獲得という記録を樹立。
- 6月28日、ファンクラブ限定ライブ『建長寺ライブ』開催。この模様はフジテレビ系『FNS27時間テレビ みんなのうた』内の『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』の企画として放送された。
- 7月23日、47thシングル「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」発売。本格的に活動を再開する。
- 野沢が持病のヘルニアのためサザンとしての活動を休止。
- 8月16日、25周年野外ライブツアー『流石(SASが)だ真夏ツアー! あっっ!生。だが、SAS! 〜カーニバル出るバニーか!?〜』スタート。タイトルは桑田のラジオ番組で回文を募集し、つけられたものである。定番曲に加え、それまでライブで唄われる事が少なかった初期の曲もメドレーで演奏された。札幌・福岡でのファンクラブ限定ライブハウス公演と横浜・名古屋・神戸での本公演の他、特別公演として沖縄でも開かれた。
- 8月30日、初のイメージビデオ『Inside Outside U・M・I』発売。サザンの夏をイメージした楽曲をBGMに、海の映像などを収録したイメージビデオになっている。
- 11月30日、HMVが発表した『邦楽アーティストの重要な100人 (Top 100 Japanese pops Artists - No.1)』の第1位に選ばれる。なお、桑田個人としても同チャートの12位に選出された。
- 12月17日、ライブビデオ『SUMMER LIVE 2003「流石だスペシャルボックス」胸いっぱいの "LIVE in 沖縄" & 愛と情熱の "真夏ツアー完全版"』発売。1万円を越す高額商品にも拘らず、オリコンDVDチャートで1位を獲得し、セールスも10万枚を超える大ヒットとなった。
- 2004年
- 「涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜」が第18回日本ゴールドディスク大賞・ソング・オブ・ザ・イヤー受賞。
- 4月14日、48thシングル「彩 〜Aja〜」発売。
- 7月18日、ファンクラブ限定ライブ『真夏の夜の生ライブ 海の日スペシャル』開催。同日深夜に『サザンオールスターズ 真夏の夜の生ライブ 〜海の日スペシャル〜』と題しフジテレビがこのライブを生中継。
- 7月21日、49thシングル「君こそスターだ/夢に消えたジュリア」発売。オリコン初登場1位を獲得してシングル通算TOP10入り記録が39となり、田原俊彦とタイ記録となる。
- 11月24日、50thシングル「愛と欲望の日々」発売。前作に続いてオリコン初登場1位を獲得しチャートトップ10入り通算40作を達成。自らの持つ39作の記録を更新し同記録の単独トップとなる。
- 12月15日、初のPV集『ベストヒットUSAS (Ultra Southern All Stars)』発売。
- 12月27日、年越しライブ『暮れのサナカ』開催。タイトルの元ネタは当時、日本でも人気を得ていた韓国のテレビドラマ『冬のソナタ』で、前年に続き桑田のラジオ番組で公募された。中盤では「横浜探偵物語」と題しスクリーンでの『探偵物語』のパロディーコントに合わせ、横浜に因んだサザンの楽曲と青江三奈・淡谷のり子・いしだあゆみ・中村雅俊等の横浜ソングのメドレーコーナーも設けられた。
- 2005年
- 「君こそスターだ/夢に消えたジュリア」で第19回日本ゴールドディスク大賞・ソング・オブ・ザ・イヤー受賞。更にDVD『ベストヒットUSAS (Ultra Southern All Stars)』でミュージック・ビデオ・オブ・ザ・イヤーを受賞。
- 3月31日、「愛と欲望の日々」でSPACE SHOWER Music Video Awards 05・BEST ART DIRECTION VIDEOを受賞。
- 6月25日、「TSUNAMI」までのシングル作品44枚を再リリースし24日付のオリコンデイリーチャートTOP50内に44作品全てがランクイン。また、翌週のウィークリーチャートでもTOP100内に44作同時ランクインし、同一アーティストの作品の同時ランクイン数を塗り変えた(それまでの記録は松任谷由実の16作、3位(14作)、4位(12作)は共にサザン)。更に「TSUNAMI」は「だんご3兄弟」を抜いてオリコンシングルセールス歴代3位(293万枚・CDシングルとしては単独1位)となった。
- 野沢がヘルニアのためサザンとしての活動を再度休止。
- 7月20日、51stシングル「BOHBO No.5/神の島遥か国」発売。
- 8月7日、国営ひたち海浜公園で行われた「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2005」にバンドとしては初出演。3日間にわたるフェスの最終日、メインステージの最後を飾った。この模様は後日NHK『SOUTHERN ALL STARS SUMMER 2005 BOHBOと燃える夏』内で放送された。
- 10月5日、14th[27]アルバム『キラーストリート』発売。
- 10月13日、6年ぶりの全国ツアー『みんなが好きです!』が広島からスタートし、12月31日に横浜アリーナでの恒例年越し公演まで5大ドームツアーを含めた全21公演を行う。
- 2006年
- 『キラーストリート』で第20回日本ゴールドディスク大賞・ロック&ポップ・アルバム・オブ・ザ・イヤー受賞。
- 3月15日、サザンとしては初のドキュメントビデオを含めたライブDVD『FILM KILLER STREET (Director's Cut) & LIVE at TOKYO DOME』を発売。
- 8月9日、52ndシングル「DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜」発売。オリコン初登場1位を獲得、2週目にも2位を記録してシングル通算TOP10入り週数が240週となり、山口百恵を抜き歴代単独1位となる。
- 8月26・27日、桑田の呼びかけでサザンオールスターズを中心にアミューズの人気アーティストや、桑田と親交の深いアーティストがゲストとして挙って出演した野外フェスティバル『THE 夢人島 Fes.2006』を行う。サザン及び桑田が主催するフェスティバルの開催は初。
- 2007年
- 2008年
- 5月19日、デビュー30周年を迎えるにあたり、作品リリースやライブ開催など活動再開に関わる報告と同時に、翌2009年以降無期限でのバンド活動休止が発表された。
- 6月24日、8月に行われる『真夏の大感謝祭』の演奏曲リクエスト投票(リクエスト結果については後述)、オリジナル壁紙、サザンケータイの発売などを発表。
- 8月6日、53rdシングル「I AM YOUR SINGER」発売。
- 8月16・17日、23・24日、約2年半ぶりとなる単独コンサート「サザンオールスターズ 『真夏の大感謝祭』 30周年記念LIVE」を横浜市の日産スタジアムにて開催。大雨に見舞われた最終日の様子は毎回ライブ中継を行ってきたWOWOWが18:00 - 21:40に生中継を行い、テレビ朝日(ANN系列24局)が「開局50周年記念番組」としてその日の23:30 - 24:25にダイジェスト版を放送した。また8月30日25:00 - 26:30に全国FM連合(日本民間放送連盟加盟FMラジオ局53社)が最終日の様子を全局で同時放送を一部曲を抜粋して行った。
- 11月、サザンの楽曲の中から抜粋した33曲を、各10分毎計33話(最終話のみ60分)楽曲を基に構成したテレビドラマ『the波乗りレストラン』が日本テレビ系にて放送。1週間にわたり毎日不定期に放送した斬新な企画であり、メンバーの関口と野沢もドラマに出演した。
- 12月3日、ライブDVD『真夏の大感謝祭 LIVE』発売。同時に、『キラーストリート』までのオリジナルアルバムと『稲村ジェーン』をリマスタリングして再発。
- 12月17日、『真夏の大感謝祭 LIVE』Blu-ray Disc版発売。サザンオールスターズとしては初のBlu-rayでのライブビデオリリースとなる。
- 2009年〜2012年
- 特に期限を設けず、メンバーのスキルアップなどを目標として、バンドでの活動を一切休止。
2010年代
- 2011年
- 5月25日発売のチャリティシングル「Let's try again」にメンバー全員がソロアーティストとして参加。MV内の「勝手にシンドバッド」「LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜」の部分では、メンバー5人が揃った映像が見られる。
- 2013年
- 6月24日、Yahoo! JAPANトップページのロゴに「明日はサザン35周年」と表示され、そのロゴをクリックすると曲(この時点ではまだ「ピースとハイライト」のタイトルは伏せられている。)のイントロが再生される仕掛けが施される。(曲の再生と同時にロゴ内を左から右へと5種類の音符が流れる。)
- 6月25日、デビュー35周年の日に活動再開を発表。
- 8月7日、54thシングル「ピースとハイライト」発売。オリコン初登場1位を獲得しグループとしては初の4年代でのシングルチャート1位を達成。
- 8月10日、サザンのライブとしては5年ぶり、ツアーに至っては8年ぶりとなるスタジアムツアー、『灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!!』を開始。5年前の活動休止の地である日産スタジアムに始まり『茅ヶ崎ライブ』以来13年ぶりとなる茅ヶ崎でのライブを含めた5会場、全9公演を行う。
- 8月21日、過去全54枚のシングル音源の配信をmoraなどで解禁。
- 10月、第61回菊池寛賞を受賞。
- 11月30日 - 12月1日、12月3日 - 12月4日、『桑田佳祐 Act Against AIDS 2013「昭和八十八年度! ひとり紅白歌合戦」』に、メンバー全員がザ・ドリフターズに扮してゲスト出演し、「チョットだけョ! 全員集合」「ドリフのズンドコ節」「ドリフのビバノン音頭」を歌った。
- 12月31日、ライブDVD・Blu-ray『灼熱のマンピー!! G★スポット解禁!! 胸熱完全版』発売。
- 2014年
別名義での活動
アルバム『稲村ジェーン』は同名映画のサウンドトラックという性格上、収録されている楽曲により演奏者などのメンバーが異なる。このため、アルバムの名義は「サザンオールスターズアンドオールスターズ(SOUTHERN ALL STARS and ALL STARS)」とされている[29]。
ちなみに、個々の楽曲でこの名義が使われたのは「稲村ジェーン」「美しい砂のテーマ」「LOVE POTION NO.9」「東京サリーちゃん」の4曲のみで、残りの7曲はサザンオールスターズおよび「稲村オーケストラ」「原由子 & 稲村オーケストラ」のいずれかで表記されている。特に、多くのアルバムに収録されている「希望の轍」は「稲村オーケストラ」のものであり、『ミュージックステーション』(テレビ朝日)においても同名義で出演し、披露された[30]。
また、その他のユニットなどでは松田・野沢・大森を中心メンバーとする「S.A.S.Project」がオムニバスアルバム『SNOWBIRD HOTEL』に参加している他、関口のソロアルバム『World Hits!? of Southern All Stars』では「関口和之&砂山(SAZAN)オールスターズ」が結成された。
解散説
サザンは何度か解散説が流れているが、そのすべてが桑田をはじめとするメンバーによって否定されている。
- 2005年のアルバム『キラーストリート』のジャケットがビートルズの『アビー・ロード』のパロディであったために解散説が流れた。
- 2008年5月12日の東京スポーツ紙上で「サザン活動休止、解散か」との報道がなされた。解散については否定されたものの、翌2009年以降無期限活動休止が発表されたが、5年後の2013年6月25日早朝に、活動再開を発表。
作品
- シングル
- 勝手にシンドバッド(1978年)
- 気分しだいで責めないで(1978年)
- いとしのエリー(1979年)
- 思い過ごしも恋のうち(1979年)
- C調言葉に御用心(1979年)
- 涙のアベニュー(1980年)
- 恋するマンスリー・デイ(1980年)
- いなせなロコモーション(1980年)
- ジャズマン (JAZZ MAN)(1980年)
- わすれじのレイド・バック(1980年)
- シャ・ラ・ラ/ごめんねチャーリー(1980年)
- Big Star Blues (ビッグスターの悲劇)(1981年)
- 栞のテーマ(1981年)
- チャコの海岸物語(1982年)
- 匂艶 THE NIGHT CLUB(1982年)
- Ya Ya (あの時代を忘れない)(1982年)
- ボディ・スペシャルII(1983年)
- EMANON(1983年)
- 東京シャッフル(1983年)
- ミス・ブランニュー・デイ(1984年)
- Tarako(1984年)
- Bye Bye My Love (U are the one)(1985年)
- メロディ (Melody)(1985年)
- みんなのうた(1988年)
- 女神達への情歌 (報道されないY型の彼方へ)(1989年)
- さよならベイビー(1989年)
- フリフリ'65(1989年)
- 真夏の果実(1990年)
- ネオ・ブラボー!!(1991年)
- シュラバ★ラ★バンバ(1992年)
- 涙のキッス(1992年)
- エロティカ・セブン(1993年)
- 素敵なバーディー (NO NO BIRDY)(1993年)
- クリスマス・ラブ (涙のあとには白い雪が降る)(1993年)
- マンピーのG★SPOT(1995年)
- あなただけを 〜Summer Heartbreak〜(1995年)
- 愛の言霊 〜Spiritual Message(1996年)
- 太陽は罪な奴(1996年)
- 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜(1997年)
- BLUE HEAVEN(1997年)
- LOVE AFFAIR 〜秘密のデート(1998年)
- PARADISE(1998年)
- イエローマン 〜星の王子様〜(1999年)
- TSUNAMI(2000年)
- HOTEL PACIFIC(2000年)
- この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜(2000年)
- 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜(2003年)
- 彩 〜Aja〜(2004年)
- 君こそスターだ/夢に消えたジュリア(2004年)
- 愛と欲望の日々(2004年)
- BOHBO No.5/神の島遥か国(2005年)
- DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜(2006年)
- I AM YOUR SINGER(2008年)
- ピースとハイライト(2013年)
- 東京VICTORY(2014年)
- スタジオ・アルバム
- 熱い胸さわぎ(1978年)
- 10ナンバーズ・からっと(1979年)
- タイニイ・バブルス(1980年)
- ステレオ太陽族(1981年)
- NUDE MAN(1982年)
- 綺麗(1983年)
- 人気者で行こう(1984年)
- KAMAKURA(1985年)
- Southern All Stars(1990年)
- 稲村ジェーン(1990年)
- 世に万葉の花が咲くなり(1992年)
- Young Love(1996年)
- さくら(1998年)
- キラーストリート(2005年)
ライブ・コンサートツアー
年 | 形態 | タイトル | 公演規模・会場 |
---|---|---|---|
1978年 - 1979年 | コンサートツアー | テンプレート:Larger | 9都市全9公演
1978年 |
1979年 | コンサートツアー | テンプレート:Larger | 31都市全50公演
3月20日 平塚市民センター |
コンサートツアー | テンプレート:Larger | 30都市全42公演
9月22日 埼玉会館 | |
1980年 | コンサートツアー | テンプレート:Larger | 36都市全40公演
7月19日 田園コロシアム |
コンサートツアー | テンプレート:Larger | ||
1981年 | コンサートツアー | テンプレート:Larger | 34都市全40公演
7月4日 茅ヶ崎市民文化会館 |
1982年 | コンサートツアー | テンプレート:Larger | 8都市全9公演
1月9日 福岡サンパレス |
1982年 - 1983年 | コンサートツアー | テンプレート:Larger | 47都市全57公演
1982年 |
1983年 | カウントダウンライブ | テンプレート:Larger | 全1公演
12月31日 渋谷ライブ・イン |
1983年 - 1984年 | コンサートツアー | テンプレート:Larger | 37都市全49公演
1983年 |
1984年 | コンサートツアー | 少年マガジンプレゼンツ テンプレート:Larger |
5都市全6公演
7月20日 横浜スタジアム |
1984年 - 1985年 | コンサートツアー | テンプレート:Larger | 39都市全50公演
1984年 |
1984年 | カウントダウンライブ | テンプレート:Larger | 全1公演
12月31日 新宿コマ劇場 |
1985年 | コンサートツアー | 富士通スペシャル テンプレート:Larger |
|
1988年 | コンサートツアー | NISSEKI SUPER LIVE 100 真夏の夜の夢 テンプレート:Larger |
9都市全20公演
7月26日 西武ライオンズ球場 |
1989年 | カウントダウンライブ | テンプレート:Larger | 全1公演
12月31日 横浜アリーナ |
1990年 | コンサートツアー | Panasonic Cheers!! テンプレート:Larger |
10都市全27公演
2月28日 横浜アリーナ |
カウントダウンライブ | テンプレート:Larger | 全1公演
12月31日 横浜アリーナ | |
1991年 | コンサートツアー | WOWOW MEETS テンプレート:Larger |
4都市全10公演
8月14日 ナゴヤ球場 |
カウントダウンライブ | Coca-Cola Special テンプレート:Larger |
全3公演
12月29日 横浜アリーナ | |
1992年 | 単発コンサート | テンプレート:Larger | |
1992年 - 1993年 | コンサートツアー | NTT DoCoMo PRESENTS テンプレート:Larger |
13会場全40公演
1992年 |
1993年 - 1994年 | 単発コンサート | Victor PRESENTS テンプレート:Larger |
|
1995年 | 単発コンサート | テンプレート:Larger | 全2公演
8月5日 横浜みなとみらい21 臨港パーク |
1996年 | コンサートツアー | KIRIN LAGER PRESENTS テンプレート:Larger |
8都市全15公演
8月4日 つま恋多目的広場 |
カウントダウンライブ | テンプレート:Larger | 全3公演
12月28日 横浜アリーナ | |
1997年 | カウントダウンライブ | テンプレート:Larger | 全4公演
12月27日 横浜アリーナ |
1998年 | 単発コンサート | テンプレート:Larger | |
1999年 | コンサートツアー | 三菱電機 DIGITAL FESTA テンプレート:Larger |
10都市全22公演
3月24日 宮城県総合運動公園総合体育館 |
FC会員限定ライブ | テンプレート:Larger | 全2公演
9月26日 LIQUIDROOM | |
カウントダウンライブ | SAISON CARD PRESENTS テンプレート:Larger |
全4公演
12月27日 横浜アリーナ | |
2000年 | 単発コンサート | テンプレート:Larger | 全2公演
8月19日 茅ヶ崎公園野球場 |
カウントダウンライブ | テンプレート:Larger | 全4公演
12月27日 横浜アリーナ | |
2003年 | FC会員限定ライブ | テンプレート:Larger | 全1公演
6月28日 建長寺 |
FC会員限定ライブ | SAS応援団 presents テンプレート:Larger |
2都市全4公演
7月28日 Zepp Fukuoka | |
コンサートツアー | JAL presents テンプレート:Larger supported by WOWOW |
3都市全6公演
8月16日 名古屋市国際展示場 特設野外ステージ | |
単発コンサート | テンプレート:Larger | 全2公演
9月6日 宜野湾海浜公園 野外劇場 | |
2004年 | FC会員限定ライブ | SAS応援団 presents テンプレート:Larger |
全1公演
7月18日 ディファ有明 |
カウントダウンライブ | テンプレート:Larger | 全4公演
12月27日 横浜アリーナ | |
2005年 | コンサートツアー | TOYOTA presents テンプレート:Larger supported by RUSS-K |
10都市全21公演
10月13日 広島厚生年金会館 |
2008年 | 単発コンサート | au by KDDI presents テンプレート:Larger supported by WOWOW |
全4公演
8月16日 日産スタジアム |
2013年 | コンサートツアー | WOWOW presents テンプレート:Larger supported by Volkswagen Golf |
5都市全9公演
8月10日 日産スタジアム |
出演
桑田佳祐も参照のこと。桑田の単独出演は、サザン名義の楽曲が使われたCMのみ掲載。その他各メンバーの出演番組などは、それぞれのページを参照。
CM
- 日清食品、焼きそば「焼そばU.F.O.」(1979年)
- 使用曲「アブダ・カ・ダブラ」(CM仕様の別歌詞バージョン)
- ヤマザキナビスコ、チップスター(1979年 - 1980年)
- 使用曲「C調言葉に御用心」
- アサヒ飲料、三ツ矢サイダー(1980年)
- 使用曲「青い空の心 (No me? More no!)」→「いなせなロコモーション」(「勝手にシンドバッド」も一時期使用)
- 日産自動車、パルサー(1982年)
- 使用曲「走れ!! トーキョー・タウン」「来いなジャマイカ」
- 松下電器、ヘッドホンステレオ・World Way(1982年)
- 使用曲「NUDE MAN」
- TDK、カセットテープ「AD」(1984年、原以外のメンバー5人で出演)
- 富士通、富士通テレフォン(1985年)
- 使用曲「Computer Children」(CMのみのオリジナルバージョン)
- 大塚製薬、オロナミンCドリンク(1985年)
- 使用曲「怪物君の空」(原以外のメンバー5人で出演)
- 日本生命、ロングラン(1990年)
- 使用曲「愛は花のように(Olé!)」(桑田のみ出演)→「YOU」(桑田のみ出演)
- NTTドコモ(1992年)
- 使用曲「シュラバ★ラ★バンバ SHULABA-LA-BAMBA」(関口以外のメンバー5人で出演)
- キリンビール、ラガー(1996年)
- 使用曲「恋のジャック・ナイフ」「太陽は罪な奴」
- GM.キャデラック、セビル(1996年)
- 使用曲「胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ」(桑田のみ出演)
- 三菱電機、Pedion(1998年)
- 使用曲「CRY 哀 CRY」
- WOWOW(2000年)
- 使用曲「HOTEL PACIFIC」(桑田のみ出演)→「この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜」(桑田のみ出演)
- JAL(2003年 - 2004年)
- 使用曲「雨上がりにもう一度キスをして」→「彩 〜Aja〜」(桑田のみ出演) 「夢見るアニバーサリー」 (原のみ出演)→「夢に消えたジュリア」
- トヨタ自動車、「MORE THAN BEST」キャンペーン(2004年 - 2006年)
- 使用曲「君こそスターだ」 (桑田のみ出演)→「LONELY WOMAN」→「神の島遥か国」(桑田のみ出演)→「BOHBO No.5」→「ロックンロール・スーパーマン 〜Rock'n Roll Superman〜」
- au 、「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーン(2008年)
- 使用曲「I AM YOUR SINGER」
- フォルクスワーゲン 、「ゴルフ」(2013年)
- 使用曲「ピースとハイライト」
- サッポロビール、プレミアムアルコールフリー(2014年)
- 使用曲「パリの痴話喧嘩」(桑田のみ出演)
- 三井住友銀行(2013年 - 2014年)
タイアップ曲
グループのソロ曲やカバー曲などは含まない。アルバムCMのために使用された曲など、サザン関連のCMで使用された楽曲は除く。
※タイアップやテーマソングとして使用された順に掲載。同一楽曲の別時期に渡る仕様の場合、1曲として使用順に掲載する。
2008年放送の『the波乗りレストラン』で使用された楽曲は、当該項目を参照。
勝手にシンドバッド | アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング(1978年) 日本テレビ系ドラマ「おとなの夏休み」第1話主題歌(2005年) |
アブダ・カ・ダブラ | 日清「焼そばU.F.O.」CMソング テンプレート:Smaller |
Let It Boogie | LION「ザクトライオン」CMソング 宝塚歌劇団宙組公演「満天星大夜総会」 |
C調言葉に御用心 | ナビスコ「チップスター」CMソング |
青い空の心 (No me? More no!) | アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング |
ジャズマン (JAZZ MAN) | 朝日放送系バラエティ「さんまの駐在さん」エンディングテーマ |
ふたりだけのパーティ | ナビスコ「チップスター」CMソング |
いなせなロコモーション | アサヒ「三ツ矢サイダー」CMソング |
Big Star Blues(ビッグスターの悲劇) | アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」主題歌 |
朝方ムーンライト | アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌 |
恋の女のストーリー | アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌 |
Let's Take a Chance | アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌 |
ステレオ太陽族 | アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌(1981年) 松竹映画「男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日」挿入歌(1988年) |
栞のテーマ | アミューズ映画「モーニング・ムーンは粗雑に」挿入歌(1981年) テンプレート:Smaller モンクレール 企業CMソング(1981年) アシックス「アシックス・ジャケット」CMソング フジテレビ系バラエティ「はねるのトびら」内『栞と博のテーマ』劇中歌 (2004年) |
素顔で踊らせて | ユニ・チャーム「アンネナプキン」CMソング |
MY FOREPLAY MUSIC | サントリー「トリスウイスキー」CMソング |
走れ!! トーキョー・タウン | 日産「パルサー」CMソング |
逢いたさ見たさ病めるMy Mind | 松下電器「ザ・サード」CMソング |
女流詩人の哀歌 | ユニ・チャーム CMソング 講談社文庫 企業CMソング 雪印「スライスチーズ」CMソング |
NUDE MAN | 松下電器「ヘッドフォンステレオ WAY」CMソング |
来いなジャマイカ | 日産「パルサー」CMソング |
いとしのエリー | TBS系ドラマ「ふぞろいの林檎たち」主題歌 |
Computer Children | 富士通「富士通テレホン」CMソング |
怪物君の空 | 大塚製薬「オロナミンC」CMソング |
悲しみはメリーゴーランド | 三菱鉛筆「EXCEED」CMソング ※2 |
旅姿六人衆 | テレビ朝日系「ワールドプロレスリング」エンディングテーマ(1988年) 日本テレビ系バラエティ「ザ!世界仰天ニュース」内『加藤大ダイエット企画』テーマソング (2005年) フジテレビ系ドラマ「死亡推定時刻」エンディングテーマ(2006年) |
女神達への情歌(報道されないY型の彼方へ) | フジテレビ系バラエティ「夢で逢えたら」オープニングテーマ |
さよならベイビー | 東宝映画「彼女が水着にきがえたら」主題歌 |
フリフリ'65 | フジテレビ系バラエティ「夢で逢えたら」オープニングテーマ |
愛は花のように (Olé!) | NISSAY 企業CMソング |
忘れられた Big Wave | リクルート「B-ing」CMソング 東宝映画「稲村ジェーン」挿入歌 |
YOU | NISSAY 企業CMソング |
真夏の果実 | 東宝映画「稲村ジェーン」主題歌 au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング |
希望の轍 テンプレート:Smaller | 東宝映画「稲村ジェーン」挿入歌(1990年) フジテレビ系情報番組「めざましテレビ」内『ワールドキャラバン』テーマソング(1994年) テレビ朝日系アニメ「クレヨンしんちゃん」劇中歌(1999年) フジテレビ系「FNS ALLSTARS 27時間笑いの夢列島」テーマソング(2001年) |
ネオ・ブラボー!! | JNN・TBS系報道番組「筑紫哲也 NEWS23」エンディングテーマ |
シュラバ★ラ★バンバ SHULABA-LA-BAMBA |
NTT DoCoMo 企業CMソング TBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」挿入歌 |
君だけに夢をもう一度 | TOYOTA「カリーナ」CMソング |
涙のキッス | TBS系ドラマ「ずっとあなたが好きだった」主題歌 au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング |
CHRISTMAS TIME FOREVER | 丸井「'92 ○|のクリスマス;」キャンペーンソング |
せつない胸に風が吹いてた | TBS系「39時間テレビ」テーマソング |
エロティカ・セブン EROTICA SEVEN | フジテレビ系ドラマ「悪魔のKISS」主題歌(1993年) 宝塚歌劇団花組舞台公演「cooktail」劇中歌(2002年) |
クリスマス・ラブ(涙のあとには白い雪が降る) | 丸井「'93 ○|のクリスマス」キャンペーンソング |
あなただけを 〜Summer Heartbreak〜 | フジテレビ系ドラマ「いつかまた逢える」主題歌(1995年) テレビ朝日系アニメ「クレヨンしんちゃんスペシャル! 家族みんなでハワイだゾ しかもオラ人魚に恋したゾ」挿入歌(1997年) |
愛の言霊 〜Spiritual Message | 日本テレビ系ドラマ「透明人間」主題歌 au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング |
恋のジャック・ナイフ | キリンビール「キリン・ラガー」CMソング |
太陽は罪な奴 | キリンビール「キリン・ラガー」CMソング |
胸いっぱいの愛と情熱をあなたに | ゼネラルモーターズ「キャデラック・セヴィル」CMソング |
Moon Light Lover | ニフティ「NIFTY-Serve」CMソング |
01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 | NISSAN「ルキノ」CMソング |
BLUE HEAVEN | ケンタッキー「ケンタッキークリスマス '97」キャンペーンソング |
LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜 | TBS系ドラマ「Sweet Season」主題歌 |
Ya Ya(あの時代を忘れない) | MAZDA「MPV」CMソング テンプレート:Smaller |
平和の琉歌 | JNN・TBS系報道番組「筑紫哲也 NEWS23」エンディングテーマ |
PARADISE | フジテレビ系ドラマ「ハッピーマニア」主題歌 |
CRY 哀 CRY | 三菱電機「モバイルキャンペーン」CMソング |
唐人物語(ラシャメンのうた) | テレビ朝日系ドキュメンタリー番組「驚きももの木20世紀」テーマソング |
素敵な夢を叶えましょう | フジテレビ系ドラマ「こいまち」主題歌(1998年) TBSラジオ「爆笑問題カーボーイ」エンディングテーマ(2006年) |
TSUNAMI | TBS系バラエティ「ウンナンのホントコ!」内『未来日記III』テーマソング TBS系ドラマ「元カレ」挿入歌 au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング |
HOTEL PACIFIC | WOWOW「サマーキャンペーン」CMソング |
この青い空、みどり 〜BLUE IN GREEN〜 | 関西テレビ系ドラマ「神様のいたずら」主題歌 フジテレビ系音楽バラエティ「桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜」エンディングテーマ |
雨上がりにもう一度キスをして | JAL「FLY! JAL! '03」キャンペーンソング |
涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 | フジテレビ系ドラマ「僕だけのマドンナ ...and I love Har.」主題歌 |
経験II | TBS系音楽バラエティ「うたばん」オープニングテーマ |
彩 〜Aja〜 | JAL「FLY! JAL! '04 Spring」キャンペーンソング |
FRIENDS | 地球ゴージャスミュージカル「クラウディア」主題歌 |
夢見るアニバーサリー テンプレート:Smaller | JAL「FLY! JAL! 銀婚旅行編」キャンペーンソング |
君こそスターだ | TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング |
夢に消えたジュリア | JAL「FLY! JAL! '04 Summer」キャンペーンソング |
愛と欲望の日々 | フジテレビ系ドラマ「大奥 〜第一章〜」主題歌 |
LONELY WOMAN | TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング |
神の島遥か国 | TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング |
BOHBO No.5 | TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング |
ロックンロール・スーパーマン 〜Rock'n Roll Superman〜 | TOYOTA「MORE THAN BEST」キャンペーンソング |
DIRTY OLD MAN 〜さらば夏よ〜 | フジテレビ「お台場冒険王 2006」テーマソング |
I AM YOUR SINGER | au「LISMO Recommend サザンオールスターズ」キャンペーンソング |
OH!! SUMMER QUEEN 〜夏の女王様〜 | 資生堂「サマーキャンペーン」CMソング |
ピースとハイライト | フォルクスワーゲン「New Golf」CMソング |
栄光の男 | 三井住友銀行「NEVER STOP CHANGING」キャンペーンソング |
蛍 | 東宝映画「永遠の0」主題歌 テンプレート:Smaller |
パリの痴話喧嘩 | サッポロビール「プレミアムアルコールフリー」CMソング |
東京VICTORY | 三井住友銀行「Lady, Fight!」キャンペーンソング TBS系「2014 アジア大会&世界バレー」テーマソング |
- ※1 タイアップ用に歌詞やメロディが書き換えられている未作品化のもの
- ※2 CM用にアレンジされたもの
- ※3 厳密にはサザンオールスターズ名義でないもの
- ※4 映画用にアレンジされたもの
バージョン違いの楽曲
サザンの楽曲の中には、タイトルに表記がされていなくとも、シングルとアルバムでバージョンやテイクの異なる曲がいくつか存在する。また、シリーズものや、メドレー形式で構成される歌詞やテイクの異なった楽曲も多い。
※シングルに収録されたライブバージョンの楽曲は除く。再発によるリマスタリング、『キラーストリート』収録曲でアレンジの変更が無いものは除く。
曲名 | オリジナル収録作品 | バージョン違い収録作品 | アルバムバージョンでの違い | オリジナル版のアルバム収録 |
---|---|---|---|---|
気分しだいで責めないで | 気分しだいで責めないで | 10ナンバーズ・からっと | 唯一完全にテイク違いの楽曲。<br />イントロ、アウトロの展開の変更、間奏のフェイクや歌いまわしの変更など。 | × |
アブダ・カ・ダ・ブラ (TYPE 3) | いとしのエリー | アレンジの異なるTYPE 1、歌詞の異なるTYPE 2が存在。 先出が先行シングルc/wのTYPE 3であり、TYPE 3のみアルバム未収録。 |
× | |
思い過ごしも恋のうち | 10ナンバーズ・からっと | 思い過ごしも恋のうち | ボーカルやテイクに変更は無いが、ホルン及びコーラスに手が加えられている。 アルバムからのシングルカットであるため、シングルバージョンが後出。 |
× |
Hey! Ryudo! | 涙のアベニュー | タイニイ・バブルス | 演奏部分は同一だが、シングル版のラストにあった桑田と関口の掛け合い及びそれに続くアウトロが省略されている。 | × |
Tiny Bubbles (type-A) | タイニイ・バブルス | オリジナルは『ふたりだけのパーティ〜Tiny Bubbles (type-A)』というメドレー曲の中での一幕。 同アルバムに『tiny Bubbles (type-B)』が存在し、こちらはテイク違い。 |
- | |
ボディ・スペシャルI | ボディ・スペシャルII | ボディ・スペシャルII | タイトルこそシリーズ物である『ボディ・スペシャルI』がc/wとして存在するが、作曲者がそれぞれ桑田、原で異なる完全な別物。後者はインスト曲。 | × (IIのみ収録) |
ALLSTAR'S JUNGO | EMANON | 綺麗 | オリジナル版のほか、短いインスト版となったバージョンが『ALLSTAR'S JUNGO (Instrumental)』として共にアルバムに収録された。 単なるカラオケバージョンではなく、演奏時間やイントロが変更されている。 |
○ |
JAPANEGGAE (ジャパネゲエ) | 人気者で行こう | Tarako | メロディなどはほぼ同一だが、テイク及び歌詞が英語に書き換えられた『Japaneggae (Sentimental)』が存在する。 | × |
悲しみはメリーゴーランド | KAMAKURA | KAMAKURA | 楽曲の一部分がインストとして短く『夕陽に別れを告げて 〜 メリーゴーランド』のアウトロ部分にメドレー形式で収録。 アルバムの収録曲順では『夕陽に〜』の方が先であるため、『メリーゴーランド』部分がフルバージョンで収録された形とも言える。 |
- |
真夏の果実 | 真夏の果実 | 稲村ジェーン | 楽曲部分には一切手が加えられていないが、楽曲終了後にサウンドトラックの特性上、カップルの会話がそのまま収録されている。 | ○ |
愛は花のように (Olé!) 忘れられた Big Wave |
Southern All Stars | - | ||
恋のジャック・ナイフ | 愛の言霊 〜Spiritual Message | Young Love | イントロ部分のラップのみテイク違い。『海のYeah!!』収録版もアルバムバージョン。 | × |
太陽は罪な奴 | 太陽は罪な奴 | アルバムの構成上、イントロに波の音が収録されている。 それ以外はシングル版と全く同一であり、上記の理由でイントロに手が加えられている事情もあり、『海のYeah!!』にはオリジナル版が収録された。 |
○ | |
LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜 | LOVE AFFAIR 〜秘密のデート〜 | さくら | イコライザーで高音域を狭めた演出効果上のアレンジが加えられている。MIX自体はシングル版と同じ。 | ○ |
01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 | 01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 | 同一楽曲のアルバムバージョンとしては、唯一タイトルが異なる楽曲。 『(The Return of)01MESSENGER 〜電子狂の詩〜 <Album Version>』と改題されテイク及びアレンジが異なる。 |
× | |
雨上がりにもう一度キスをして | 涙の海で抱かれたい 〜SEA OF LOVE〜 | キラーストリート | イントロにドラムスの追加、アウトロの省略。[33]それ以外の演奏部分は同一。 | × |
恋人は南風 | ラストのフェイクがカット。[33]それ以外は完全に同一。 | × | ||
君こそスターだ | 君こそスターだ/夢に消えたジュリア | イントロにカウント及びハンドクラップの追加。ギター追加。[33] | × | |
BOHBO No.5 | BOHBO No.5/神の島遥か国 | ボーカル及びホーンセクションの音量が上がりより派手に。[33]。それ以外は同一。 | × | |
LONELY WOMAN | 愛と欲望の日々/LONELY WOMAN | 1番Bメロへコーラスを追加[33]。それ以外は同一。 | × | |
キラーストリート | キラーストリート | 基はインスト曲だが、同アルバムに『The Track for the Japanese Typical Foods called “Karaage” & “Soba” 〜 キラーストリート (Reprise)』として、歌詞の付いたショートバージョンが収録。 | - |
書籍
写真集
- 『たいした夏 -Big Deal summer-』(1983年、CBSソニー出版)
- 『Mr. & Ms. EVERYBODY』(1988年、ビクターブックス)
- 『LIVE at CHIGASAKI CITY』(茅ヶ崎ライブ写真集)(2001年、アミューズブックス)
関連書籍
- 『勝手にシンドブック』(ベップ出版、1979年)
- 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん』(桑田佳祐著、エッセイつき歌詞集、新潮社、1984年) ISBN 4101353018
- 『ケースケランド』(桑田佳祐著、集英社、1984年) ISBN 4087800792
- 『ロックの子』(桑田佳祐著、インタビュー構成萩原健太、講談社文庫、1987年) ISBN 4-06-184043-6
- 『ブルーノート・スケール』(桑田佳祐著、ロッキング・オン、1987年) ISBN 4947599138
- 『ただの歌詩じゃねえかこんなもん'84-'90』(桑田佳祐著、上の同名作品の続編、新潮社、1990年) ISBN 4101353026
- 『突然ですがキリギリス―サザンオールスターズ音楽青春物語』(関口和之著、集英社文庫、1991年) ISBN 4087497194
- 『娘心にブルースを』(原由子著、ソニーマガジンズ、1998年 ) ISBN 4789712842
- 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ』(萩原健太・大畑幸子・太田綾子・佐伯明・前田祥丈著 、株式会社アミューズ監修、TOKYO FM出版、1999年) ISBN 4887450346
- 『地球音楽ライブラリー サザンオールスターズ 改訂版』(株式会社アミューズ監修、2005年、TOKYO FM出版、上記に新作などを追加した新装版) ISBN 4887451350
- 『クワタを聴け!』(中山康樹著、集英社新書、2007年) ISBN 4087203808
- 『やっぱり、ただの歌詩じゃねえか、こんなもん 桑田佳祐 言の葉大全集』(上の同名作品の続編、2012年、新潮社)ISBN 9784103328315
関連項目
サポートメンバー、関係者など
- キーボード・ピアノ・シンセサイザー
- 奥慶一・国本佳宏・八木正生・小林武史・藤井丈司・門倉聡・片山敦夫・島健
- ギター
- 小倉博和・佐橋佳幸・斎藤誠
- ベース
- 根岸孝旨・美久月千晴
- パーカッション
- 三沢またろう
- コーラス
- EPO・前田康美・平松八千代・清水美恵・安奈陽子・渕上祥人
- ブラス・ホーン・ストリングス
- Horn Spectrum・新田一郎・包国充・山本拓夫・村田陽一・金原千恵子・荒木敏男・西村浩二
- アレンジャー
- 新田一郎・八木正生・藤井丈司・小林武史・門倉聡・山本拓夫・村田陽一・桑野聖・中西俊博・片山敦夫・宮川泰・島健・斎藤誠
- その他
- Z団・小林克也・萩原健太・Tommy Snyder
テレビ・ラジオ番組
会社など
出典・参考文献
テンプレート:脚注ヘルプ 情報源、ソースとなる書籍、雑誌、テレビ番組及び参考となった文献・自著など
- ↑ 小中学校の同級生で、バンド仲間だった。現:ワーナーミュージック・ジャパンストラテジック本部シニア・チーフプロデューサー。
- ↑ http://www.circustown.net/ct/onjin/vol_02/track_4.html
- ↑ 『ロック怪獣サザン伝説』TBSテレビ、1992年。
- ↑ http://www.musicman-net.com/relay/25-6.html#item-1 第25回 大里洋吉 氏 | Musicman-NET]
- ↑ 第11回 高垣健 氏 | Musicman-NET
- ↑ フジテレビジョン『夜のヒットスタジオ』1978年7月31日放送回
- ↑ 日本テレビ放送網『Music Lovers』2008年8月10日放送回
- ↑ TBSテレビ『ザ・ベストテン』1978年8月31日放送回。
- ↑ 別冊ザテレビジョン『ザ・ベストテン 〜蘇る!80'sポップスHITヒストリー〜』角川インタラクティブ・メディア、2004年。
- ↑ スペースシャワーTV内インタビューによる。2008年。
- ↑ 事務所のアミューズの社長大里洋吉がナベプロ時代にあいざきのマネージャーだったため。
- ↑ 1992年放送TBSテレビ特番「知ってるくせに?!」より。
- ↑ サザンオールスターズ公式サイト STANDOOH! AREEENA!! C'MOOOON!!!内バイオグラフィー 1980年
- ↑ 『SINGLE CHART-BOOK COMPLETE EDITION 1968〜2005』オリコン・エンタテインメント、2006年。
- ↑ 『素敵な夢を叶えましょう』角川書店、1999年。
- ↑ アルバム『Southern All Stars』1990年、『世に万葉の花が咲くなり』クレジットより。
- ↑ 桑田佳祐『アコースティック・レボリューション』にて、1991年
- ↑ 日本レコード協会公式サイト内 年度別ミリオンセラー一覧 1992年度
- ↑ 日本レコード協会公式サイト内 年度別ミリオンセラー一覧 1993年度
- ↑ 20.0 20.1 『別冊カドカワ』角川書店、1996年。
- ↑ サザン来年から活動休止、解散は否定 nikkansports.com
- ↑ 5年ぶりサザン復活! 新曲ひっさげ全国ツアー サンケイスポーツ 2013年6月25日閲覧
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 桑田佳祐「がんが再発するかも…」とサザン復活を5年早めた 週刊ポストセブン
- ↑ TOKYO FM「桑田佳祐のやさしい夜遊び」2013年7月6日放送分より
- ↑ 2008年8月7日スポーツ報知「[サザンの軌跡と奇跡]〈7〉お茶の間衝撃 ザ・ベストテン出演」
- ↑ 27.0 27.1 27.2 27.3 27.4 厳密にはサザン名義のオリジナル・アルバムではないが、現在は公式に10作目のスタジオ・アルバムとされている。
- ↑ ビクターエンタテインメントとアミューズによる新会社を設立 日本ビクタープレスリリース 2006年12月22日発表
- ↑ 参照。現在はサザンオールスターズの10thアルバムとしてナンバリング。
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 31.0 31.1 31.2 31.3 松田の急病によって順延された公演の振り替え。1月2日公演から順に、12月16日]]、12月17日]]、12月19日]]、12月20日]]の振り替え公演となっている。
- ↑ 台風により順延された9月22日]]公演の振り替え。
- ↑ 33.0 33.1 33.2 33.3 33.4 アルバム『キラーストリート』初回版ブックレットより。2005年
- ↑ SPEEDSTAR RECORDS内のパーソナルレーベル。
外部リンク
- sas-fan.net
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- SAS応援団 - ファンクラブ公式サイト
- AMUSE
- サザンオールスターズ channel - YouTube
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