エフエム東京
テンプレート:日本のラジオ局 テンプレート:Infobox 株式会社エフエム東京(エフエムとうきょう、Tokyo FM Broadcasting Co.,Ltd)は、東京都を放送対象地域とする民間放送のFMラジオ局である。1970年4月26日に、日本で3つ目に一般放送事業者が開設する超短波放送(FM)の放送局として開局した。
全国38局の「全国FM放送協議会」(JAPAN FM NETWORK, JFN)のキー局である[1]。TOKYO FMのステーションネームを使用しており、局名告知を除いて会社名の「エフエム東京」を放送で用いることはない。略称はTFM。キャッチフレーズは「80.Love」(エイティー・ポイント・ラヴ、80.愛)。
目次
会社概要
企業情報
- 正式社名:株式会社エフエム東京
- 英称:Tokyo FM Broadcasting Co., Ltd.
- コールサイン:JOAU-FM
- 本社:〒102-8080 東京都千代田区麹町一丁目7番地 FMセンター
- 代表取締役社長:冨木田道臣
株主構成
2011年4月1日時点での株主構成は以下の通り[2]。
- 学校法人東海大学 - 8.89%
- 日本電波塔 - 6.67%
- みずほコーポレート銀行 - 4.94%
- 読売新聞東京本社・パナソニック - 各4.89%
- 北陸大学 - 4.44%
- 日本電気 - 4.00%
- 日本トラスティ・サービス信託銀行 - 3.33%
- みずほキャピタル - 2.89%
- キングレコード・東日本電信電話 - 各2.67%
グループ会社
放送事業子会社
- 株式会社アクトファースト
- 株式会社エフエムサウンズ
- 株式会社ミュージックバード
- 株式会社メディア・コミュニケーションズ
持分法適用関連会社
- 株式会社ジャパンエフエムネットワーク
- 東京メトロポリタンテレビジョン株式会社(TOKYO MX)
- 筆頭株主であり、同社株の20.07%を保有している。当時TOKYO FM代表取締役社長だった後藤亘(2005年より代表取締役会長、2009年より取締役相談役)が1997年に取締役社長に就任している(2007年より取締役会長)。後藤はマスメディア集中排除原則により2局同時に代表権を有することはできないため、TOKYO MXでは代表権を有していなかったが、TOKYO FMで相談役に退いた後の2010年6月より代表権が付くことになった。このほか2000年代の一時期には、同局の帯番組『TOKYOモーニングサプリ』『5時に夢中!』などに上田万由子・高柳恭子(2010年退社)両アナウンサーがレギュラー出演していた。また、TOKYO MXでTOKYO FM番組のCMを放送している(この逆もある)。
- 株式会社タムコ
- 株式会社メディアクリック
- エフエムマーケティング株式会社
- 兵庫エフエム放送株式会社(旧法人の破綻により再生のため傘下入り)
企画・制作事業子会社
- 東京エフエム音楽出版株式会社
- 株式会社サーティース
- 株式会社ユナイテッド・ワールド・ミュージック
インフォメーションプロバイダ事業子会社
- ジグノシステムジャパン株式会社
過去に資本関係があった会社
- エフエムインターウェーブ(InterFM)
出資する放送事業者
エフエム東京が出資している主な放送事業者は以下の通り(2012年7月31日時点[3])。
- JFN系列局
- その他
- 東京メトロポリタンテレビジョン - 21.2%
沿革
- 1970年
- 1972年 - 最先発の民放FM4局(FM東京、FM愛知、FM大阪、FM福岡)による第1回FMフェスティバル開催。
- 1974年 - 新宿区西新宿(新宿副都心)の国際通信センタービル(「KDDビル」を経て現在のKDDIビル)31階に、本社・演奏所を移転。
- 1979年 - FM多重放送(SCA)実験開始。
- 1980年
- 4局(FM東京、FM愛知、FM大阪、FM福岡)間にFM放送用PCMステレオ回線開通、運用開始。
- 5月1日 - 開局10周年記念番組『アリス・スペシャルメモリー』を生放送。
- 1984年5月31日 - FM東京らが中心となって、株式会社ジャパンエフエムネットワーク(JFNC)を設立。
- 1985年
- 1988年 - 超短波音声多重放送を開始(1998年3月で終了)。
- 1990年
- 開局20周年記念全世界衛星中継コンサート「We Love Music, We Love the Earth」を実施。
- 10月1日 - 愛称を「FM東京」から「TOKYO FM (TFM) 」に変更。
- 1993年
- JFN加盟33局を結ぶCSネットワーク運用開始。
- 6月 - パルコとの共同でサテライトスタジオ「TOKYO FM 渋谷スペイン坂スタジオ」を渋谷パルコpart.1に設置。
- 1994年10月1日 - 超短波文字多重放送「見えるラジオ」放送開始(2014年3月31日終了)。なお、「見えるラジオ」は株式会社エフエム東京の登録商標(第4005056号)である。
- 1996年
- 2004年2月8日 - 国内FM局初の「SRS Circle Surround」を利用した5.1chサラウンド放送を実施。
- 2005年11月19日 - 開局35周年記念事業の一環として「渋谷スペイン坂スタジオ」を改装しリニューアルオープン。
- 2006年10月1日 - 青梅中継局を開局(83.6MHz 20W)。
- 2007年3月26日 - スターバックスコーヒージャパン、三井不動産(東京ミッドタウンマネジメント)との共同でサテライトスタジオ「TOKYO FM Midtown Studio」を東京ミッドタウン・プラザ1F・「STARBUCKS TOKYO MIDTOWN COMPLEX STUDIO」店内に設置。
- 2008年10月1日 - CIを導入(9月24日に発表)。1990年以来18年ぶりにロゴを変更し、キャッチフレーズが一新される。
- 2010年
- 1月12日 - 八王子中継局を開局(80.5MHz 10W)。
- 3月15日 - ほかの在京ラジオ6局と共同でインターネットでのサイマル放送「radiko」を試験的に開始[4][5]。
- 3月29日 - 0時1分7秒から同40分56秒までの放送が約40分間無音となり、予定していた『渡辺貞夫ナイトリー・ユアーズ』と『天才ピアニスト横山幸雄のピアノでめぐり逢い』が聴取できない放送事故が発生(『渡辺貞夫〜』に関しては系列4局にも影響)。放送用電源の障害が原因という[6]。2時のクロージングは放送せずにお詫びコメントを入れた。また『クロノス』の中で5時14分ごろからの交通情報枠を使って、お詫びと事故原因を公表した。『渡辺貞夫〜』は30日19時30分から、『横山幸雄〜』は4月4日24時30分から振り替えて放送。
- 4月26日 - 開局40周年。この日は特別番組『TOKYO FM 40th Anniversary Special POINT LOVE UNITED!』を放送。これに合わせホームページもリニューアル。
- 5月4日 - 開局40周年とショパン生誕200年を記念し、横山幸雄による「ショパン・プロジェクト」(作品全116曲を24時間以内に演奏し切る)を生中継。
- 2011年3月11日14時46分 - 東日本大震災。全国ネットワークを保有する日本で唯一の民放FM[7]であるため、18日までの一週間、特別編成となる。
- 地震発生の11日と翌12日は、アナウンサーかTOKYO FMで番組を受け持つフリーアナウンサーがおおむね3時間〜4時間を受け持つ形で放送。
- 13日以降は、TOKYO FMの番組編成の区切りごとにDJが出演する(ただし、『SCHOOL OF LOCK!』のみ単独番組で編成)。
- 18日6時の『クロノス』から通常編成に戻り、NEWSやTRAFFICにおけるTFMジングルが放送されるようになった。但し企業各社の番組スポンサード自粛は継続。
- 震災関連番組として、『特別番組 音楽のチカラ』を東京ローカル、全国ネット、東北・東京ネットで随時放送。
- 2013年2月11日 - 東京タワーにある送信用アンテナを、NHKがアナログテレビ用に使用していた頂上部に移転し供用を開始[8]。記念特別番組『TOWER OF LOVE』が放送[9]され、『クロノス』のパーソナリティーである中西哲生と高橋万里恵が進行を務めた。
- 2014年3月31日 - 「見えるラジオ」がこの日をもって終了。ちなみに、4月1日からの一定期間、同局の一部番組のプレゼントには「見えるラジオ」の限定ステッカーが同封されていた例があった。[10]
施設・技術データ
地上系放送設備
- 東京タワー 80.0MHz 10kW(ERP 125kW[11])
- 送信柱 日本電波塔(東京タワー) 送信空中線は地上高333mに位置。
- 送信空中線 スーパーターンスタイルアンテナ6段4面、2L双ループアンテナ2段4面(北方向のみ1段) 古河電工による施工。
- 2013年2月11日に最上部(海抜高351m)に移設された[8]。2013年2月10日以前は地上高204mのスーパーゲインアンテナ8段4面を使用、ERP 44kWだった。
- 放送送信機 FBN-15Kシリーズ(NEC) 10kW×2台式、内気循環空冷式
- STL送受信装置(NEC) 出力 50mW、2m鏡面パラボラ、バックアップ回線としてNTT中継回線とデジタル専用線(384kbps)でコーデックはAPT社、監視装置としてweb監視システムを構築(NEC&APT)
- 高圧受配電 スポットネットワーク、75KVA、2回線受電
- 非常用電源 ディーゼルエンジン使用の発動発電機(東芝) 500KVA
- 2003年春に放送機更新。その前はFBN-9100SST(NEC)、FBN-11K01SU(NEC)を使用。FBN-9100SSTは1981年から使用されていた。このFBN-9100SSTは高出力FM放送機としては国内初の全固体化であった。当時の大出力局はAM、FM、テレビ放送等管球式の放送機が活躍していたのである。当時の浜野満をはじめとする先進気質あふれる技術者達により固体化に移行した。この少し前の時期にFM AICHIが終段に管球式の放送機に更新したため上層部を説得するのに苦労した。実績もなく管球式の放送機の方が遙かに安価だったからであった。そこでメンテナンスのしやすさ、ランニングコスト、放送機の寿命が長いこと等、長い目で見ると結局得であることを力説、説得して上層部は導入に踏み切った。なお、オーディオプロセッサーにはorban社(日本正規代理店オタリテック)OPITIMOD FM8500を使用しており、TOKYO FMの音と変調の最適化を図っている。
- 非常用送信システム
- 送信機はFBN-11K01SU(NEC)で送信空中線は麹町のFMセンター屋上にある非常用送信塔に設置されたST(スーパーターンスタイルアンテナ)3段により出力 1kW、ERP 2.5kWで送信される。
- 新島 76.7MHz 100W(ERP 250W)
- 送信柱 25m四角鉄塔(NHK共用)
- 送信空中線 2L(双ループ)1段2面(NHK共用)
- 送信機 FM250JR×2(CROWN、代理店:松田通商) 100Wに減力運営。FM250JRは親局をエア受けするレシーバー部と送信部などがワンセットになったトランスレーター(Translator)である。レシーバー部のユニット交換で純粋な送信機のみの運営も可能
- 中継回線 親局(日本電波塔の芝放送所)を5素子八木宇田1段2面にてエア受け、web監視システムを構築
- 送信局舎 鉄筋コンクリート2階5m×5m(NHK共用)
- 非常用電源 UPS1.5KVA×3(APC)
- 2003年から更新を検討した。それまでの送信機はJBN-3701(JRC)を使用。
- 八丈島 84.3MHz 10W(ERP 9.1W)
- 送信柱 22m四角鉄塔(NHK共用)
- 送信空中線 ST(スーパーターン)1段1面(NHK共用)
- 送信機 FM30JR×2(CROWN、代理店:松田通商)10Wに減力運営。FM30JRは出力以外はFM250JRと同等の機能
- 中継回線 新島局を5素子八木宇田1段2面にてエア受け、web監視システムを構築
- 送信局舎 鉄筋コンクリート1階5m×5m(NHK共用)
- 非常用電源 UPS1.5KVA×2(APC)
- 2003年から更新を検討した。それまでの送信機はJBN-3301(JRC)を使用。
- 青梅 83.6MHz 20W(ERP 32.4W)(2006年10月1日開局)
- 関連会社TOKYO MX青梅局のある二つ塚峠の東京都消防二ツ塚無線中継所付近に設置されていると思われる。
- 八王子 80.5MHz 10W(ERP 20W)(2010年1月12日開局)
聴取方法
メディア | チャンネルなど | 対象地域 | 備考 |
---|---|---|---|
地上波FMラジオ | 80.0MHz 他 | 東京都(東京、八王子、青梅、新島、八丈島)とその周辺地域 | 上記参照 |
衛星放送「ミュージックバード」 | 125ch | 全国 | |
有線放送「キャンシステム」 | D-2 | 関東エリア(宇都宮エリアを除く) | |
有線放送「USEN440」 | C/G-37 | 関東、群馬、栃木、茨城の各地区 | |
有線放送「USEN on フレッツ」 | W10 | 関東地区 | 1チャンネルだけ使っているが、ステレオ放送である。 |
「スカパー!プレミアムサービス光」 | 80.0MHz | 東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県 | |
各地のケーブルテレビ | 事業者による | 関東地区とその周辺 | |
iPhoneアプリ[12] | 東京都(小笠原村を除く)、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県(県南地域、県西地域、鹿行地域) | 2009年12月21日より1年間限定で試験的に配信。 | |
インターネット「radiko」[4][5] | 東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県、栃木県、群馬県 日本全国(radiko.jpプレミアム) |
2010年3月15日から同年11月末まで実用化試験配信、翌12月より本格運用。2014年4月1日からradiko.jpプレミアムによる全国配信を開始。 | |
LISMO WAVE[13] | 日本全国 | 2011年1月26日配信開始。 auの一部のスマートフォンならびに携帯電話にて実施。 | |
ドコデモFM[14] | 日本全国 | 2011年12月5日配信開始。 docomoのスマートフォンとau・ソフトバンクモバイルのiPhoneにて実施。 |
上記の通り、衛星放送やインターネットの再送信によって、地上系による放送の放送対象地域である東京都のみならず日本全国で聴取できる。
地上波ラジオの放送免許上のエリアは東京都のみであるが、神奈川・埼玉・千葉の3県にはJFN系列局がないことから、TOKYO FMはこの3県も放送エリアと認識している[9]。ただし東京都以外に中継局を設けることができないため、東京タワーからの距離が離れている地域(埼玉県北部など)は受信困難となる場合がある。
スタジオ
- Qスタジオ FMセンター9階に同所完成当時からある生放送専用スタジオ。アースギャラリー完成までは、基本的にQスタジオのみで生番組を制作していた[15][16]。
- スタジオアースギャラリー FMセンター7階にある、専用副調整室付きオープンスタジオ。屋外の様子が見えるガラス張り。DJが「東京・半蔵門、アースギャラリー」と言う時はここからの生放送。
- スタジオイリス FMセンター7階にある公開放送用スタジオ。ブロードバンド配信に対応。
- JFN配信番組(Bライン)制作用スタジオも同所には設置されている[17]。
サテライトスタジオ
現在運用中のサテライトスタジオ
- 渋谷スペイン坂スタジオ([1])
- 東京都渋谷区宇田川町 渋谷PARCOパート1・1階内
- 本社以外の常設サテライトスタジオで、公開放送を前提としたスタイルは、数々のエポックメイキングなトピックを世に送り出し、観光名所ともなっている。1993年6月にパルコとの共同プロジェクトとしてオープンし、2005年11月19日には、開局35周年記念事業として全面リニューアル。
- (放送中の番組)
- 月 - 木・17:00-18:45『Skyrocket Company』
- 土曜日・13:00-13:55『JA全農 COUNTDOWN JAPAN』
- 土曜日・14:00-14:55『McDonald's HAPPINESS×happiness』
- などが公開生放送中。
- システム概要
- 主コンソール 花岡
- 副コンソール ヤマハ01V
- マイク KMS105(ノイマン)、C-414(AKG)、臨場感としてPZM-11(Amcron) 他
- CDプレーヤー DN-961FA(デノン)
- モニタースピーカー V6(KRK)、MSP3(ヤマハ)、101MMW(ボーズ)他
- 回線 半蔵門と渋谷スペイン坂スタジオとを128kbpsを2本使用とし256Kbpsで番組を伝送。音声コーデックは英国APT社のaptRIOで音声圧縮ADPCM方式256kbpsで送っている。ADPCM方式はJFNサテライトネットワークで実績がある。予備回線はISDNでコーデックはCDQ PRIMA120、Mpeg1Layer2 128kbps。交通情報はモノラルとしてISDN回線で音声コーデックはScoopStudio(AETA)を使用。
- TOKYO FM Midtown Studio([2])
- 東京都港区赤坂9丁目 東京ミッドタウン・プラザ1F・「STARBUCKSCOFFEE TOKYO MIDTOWN COMPLEX STUDIO」店内
- 2007年3月26日にSTARBUCKS COFFEE JAPAN、三井不動産(東京ミッドタウンマネジメント)との共同で設置。
- 敷地内の各案内板にはTOKYO FMスタジオとしての案内が明示されていないので注意。フジフイルムスクエアのある建物(ミッドタウン・ウェスト)の奥、「STARBUCKSCOFFEE TOKYO MIDTOWN COMPLEX STUDIO」店舗に併設。東京ミッドタウンのフロアガイド(地図部)には、記載あり。
- (放送中の番組)
- 月 - 金・11:30-13:00『LOVE CONNECTION』
- 金曜日・18:30-19:00『The Lifestyle MUSEUM』
- 土曜日・15:00-15:30『コスモ ポップス ベスト10』
- などが公開生放送中。
- 東京ミッドタウンで実施、開催される各種イベントやステージ(特に音楽系)の企画制作や運営に、「TOKYO FM Midtown Studio」のクレジットで、多数参画。東京ミッドタウンとTOKYO FM Midtown Studioのオープン1周年時には『Midtown Blossom Yuming Premium Live』(出演:松任谷由実)として、「ビルボードライブ東京」での完全招待制ライブを企画制作していた。このほか、「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH」や、「Midtown Garden Cafe」などにも参画し、STARBUCKSCOFFEE TOKYO MIDTOWN COMPLEX STUDIO店舗脇のウッドデッキ部でのミニ・ライブや、写真展(「BRUTUS TRIP」との共同企画)も実施している。
以前設置されていたサテライトスタジオ
- 日本橋越後屋スタジオ
- 東京都中央区日本橋室町 三井第三別館1階「三井越後屋ステーション」内
- 2005年10月から2006年3月までの期間限定で設置された。
- XEBEC Media Gallery
- 東京都千代田区有楽町 ビックカメラ有楽町店1階内
- 東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)、ティーエフエム・インタラクティブ(iiV)との3社共同運営。『サンデー・パワー・オブ・ジャパン』の生放送にも使用されたが、2005年末に放送使用は終了し、2006年1月閉鎖。現在はビックカメラの売り場となっている。
- STUDIOカタクリコ
- スペイン坂スタジオ稼動の少し前から運用していたスタジオで、JR渋谷駅地下街にあった雑貨店「カタクリコ」の一部をスタジオスペースとして使用、『カタクリコ・ホットライン・ゴールドラッシュ』などをここから生放送していた。スペイン坂スタジオ稼動直後は平日16時台をカタクリコから、17 - 18時台をスペイン坂から生放送でリレーしていた。現在は閉鎖されている。
- タワーストリートスタジオ
- 東京都渋谷区宇田川町 タワーレコード渋谷店1階
- タワーレコードが設置した「DJスペース」をTFMが間借りする形で使用していたもので、当初からTFM専用のサテライトスタジオではなかったが、タワーレコードとのタイアップ番組などはここで収録や生放送が行われていた。
番組
備考
- エフエム東京の前身にあたるFM東海で、1959年6月1日-1970年4月25日まで放送されていた東海大学付属望星高等学校の授業番組『望星高校講座』を継承し、1988年まで、日曜・祝日を除く平日の5時 - 6時30分、18時30分 - 20時48分までの時間帯に『高校通信教育講座』として放送していた(テーマ曲はサン・サーンス「動物の謝肉祭」より「白鳥」)。1988年以降は、専用受信機を要する「超短波音声多重放送」(1998年に終了)での放送に移行し、1995年からミュージックバード(CS-PCM音声放送)に移行した。現在は専用Webサイトを活用した通信教育講座へ切り替えられている。
- 1990年頃までは、ゴールデンタイムは前述の『高校通信教育講座』を除き1時間単位の番組が並び、またこれらの番組を含め、全日であらかじめ流れる楽曲が決まっている番組が多く、編成全般を通じて落ち着いた印象があった。しかしライバル局の増加やネット局を抱える事情から、生放送を中心にした構成のものへと変化していった。テンプレート:See also
- ジングルにのせてサテライトスタジオ「渋谷スペイン坂スタジオ」・「TOKYO FM Midtown Studio」の宣伝やラジオコマーシャルの広告主募集の案内(Try! 80)を流している。これは他の在京各局には見られない特徴である。
- 2009年から、毎週月曜日を「Green Monday」と称して、グリーン電力を活用した放送を行っている。公式サイトのトップ画面も緑色をベースとしたものに変更される。
オープニング・クロージング
- オープニング
- 月曜早朝4:55.45から、インターバル・シグナルとして、La Famille Engelの演奏による「シュネルポルカ(Polka au Galop)」が流れる。その後村田睦アナウンサーによる局名告知、周波数と出力・中継局の告知が行われ、"80.Love"のステーションジングルが入る。オープニング後のみ、ジングルの最後に拍手の効果音が追加されている。
- クロージング
- 日曜深夜2:00の時報後、"80.Love"のステーションジングルと村田睦アナウンサーによる局名告知が入り、その後にマントヴァーニ・オーケストラの演奏による「歌は終わりぬ(The Song is Ended)」が流れて放送休止となる。
局名告知では「こちらは、JOAU-FM エフエム東京。お聴きの放送は、TOKYO FMです」と、会社名と愛称の両方をアナウンスするほか、中継局の告知の際に「○○中継放送局」とアナウンスしている。また、インターバル・シグナルとして放送される「シュネルポルカ(Polka au Galop)」と「歌は終わりぬ(The Song is Ended)」は、1970年の開局当時から使用されている[18]。
2012年12月9日のクロージング、12月10日のオープニングでは、"80.Love"のステーションジングルが『秘密結社鷹の爪』とのコラボレーションジングルである「TOHYO(投票) FM」に変更され、さらに局名告知でも「エフエム東京、TOHYO FMです」と、「TOKYO FM」の部分のみ差し替えられていた(コラボレーションの詳細については後述)。このコラボレーションは、2013年7月14日のクロージング、7月15日のオープニングでも行われた。
旧アンテナからの最後の放送となった2013年2月10日のクロージングと、新アンテナへの移行を伝える2月11日のオープニング(この日のみオープニングは4:54に放送された)は、古賀涼子アナウンサーが担当し、アンテナの地上高も読み上げられた。オープニングの直後には小林克也による局名告知も放送され、同日から2月24日までは、4:59にTOKYO FMで番組を担当する日替わりパーソナリティーによる局名告知が放送された(普段は月曜朝以外はない。またこの告知は「安部礼司」などキャラクターも含む)。また、2月18日は『秘密結社鷹の爪』のキャラクター(吉田君)がオープニングの局名告知を担当した(直前にラジオドラマやFLOGMAN&鈴木あきえのコメントもはいった)。
備考
1990年9月までは、オープニングアナウンスのあとにステーションジングルは流れておらず、オープニングのあと、すぐに時報スポットに入っていた。同年10月に愛称をTOKYO FMへ変更してから、オープニング後・クロージング前にステーションジングルを流すようになった。
クロージング後の試験放送では、音質調整を行う際に、洋楽・邦楽問わず曲を流すことが多い。なおテストトーンを流し続ける場合もある。通常は、放送開始前20分前後からテストトーンが流される場合が多い。なお、レイティング(聴取率調査週間)期間中は、上記休止時間に特別番組が編成される場合がある。その場合は1日の基点となる5:00まで放送を続けるため、これらが放送されることはない。ただし、時報はカットされる。
ジングル
ステーションジングル
"TOKYO FM,TOKYO FM 80.Love♪"と歌うステーションジングルは、2010年4月から使用されている。m-floのプロデュースによるジングルで、短いバージョンがTOKYO FM NEWS、TOKYO FM トラフィックレポートのジングルとしても使用されている。また開局40周年だった2010年には、同じメロディーで"TOKYO FM,40th 80.Love♪"と歌うバージョンも併用された。
2012年12月からは、週末限定で新しいジングルも使用されるようになった。BGMに「Love,Love 80.Love TOKYO FM」「Non-stop Music! TOKYO FM 80.Love」のフレーズをのせたバージョンと、"80.Love"のキャッチフレーズが入らないバージョンの2種類がある。2013年4月からは、RIP SLYMEやカルメラが作成した、"TOKYO FM 80.love"を使ったジングルが多数放送されている。(RIP SLYMEは「♪TOKYO FM,TOKYO FM,TOKYO FM,80.love♪」、カルメラは「♪TOKYO FMー,TOKYO FMー,80.lo-ve♪」となっている)
2008年10月から2010年3月までは、小山田圭吾が作曲した「エイティ・ポイント・ラヴ」のコーラスが、ステーションジングルとして使用されていた。またそれ以前には、「Just Me,Just 80 TOKYO FM」(2005年4月26日〜2008年9月)や、「BEST HIT STATION in TOKYO TOKYO FM 80」(2001年〜2005年までのJFN共通ジングル)、「TOKYO FM 80 Point Zero」(1990年代)など、周波数「80.0MHz」を強調したステーションジングルが多く制作されている。1990年代の一時期には、ピチカート・ファイヴが担当したジングルも使用されていた。
歴代の全国ネット枠の時報後の冒頭ジングル
2001年4月より「TOKYO FMをキーステーションに」放送する全国ネットの番組(一部を除く)で、時報後約10秒ほどジングルが流れている。
- 開局 - 2001年3月 なし(時報後すぐに番組に入っていた)
- 2001年4月 - 2005年4月25日 ♪You are listening to♪ BEST HIT STATION in TOKYO TOKYO FM 80(JFN共通ジングル)
- 2005年4月26日 - 2008年9月30日 Just Me Just 80 TOKYO FM (オリジナルジングルに変更)
- 2008年10月1日 - 2010年3月31日 ♪80.Love♪ TOKYO FM 80.Love(日曜夜11時にはオルゴールバージョンを使用)
- 2010年4月1日 - ♪TOKYO FM TOKYO FM 80.Love♪
- 2012年12月からはこのジングルに加え、新しいジングルも使用されている。
対外広報活動
キャッチフレーズ
現在
「80.Love TOKYO FM」(エイティ・ポイント・ラヴ・トウキョウエフエム)[3]
- 現在のキャッチフレーズは、2008年10月1日から使用されている。ロゴは箭内道彦のデザインによるもので、ハートをモチーフにした形と、ピンクのイメージカラーが特徴となっている。"80.Love"は、「周波数に愛をもっている」をキーワードに作られたキャッチフレーズで、ゼロを「ラヴ」と読むテニス用語から拝借し、「愛」と掛け合わせている。
- 選挙.Love TOHYO FM
- 2012年12月以降、上記のキャッチフレーズと併用し、日本の選挙期間限定で「TOKYO FM」と「TOHYO(投票)」を掛け合わせた「選挙.Love TOHYO FM」(センキョ・ラヴ・トウヒョウエフエム)も使用されるようになる。これは秘密結社鷹の爪とのコラボレーション企画であり、若年層の投票率を向上させ、若者の声を政治に反映させる事を狙いとしたものである[19]。
- このキャッチフレーズの使用期間中は、一部のステーションジングルも「TOHYO FM」仕様のものとなり、前述の通りオープニング・クロージングの局名告知も「TOKYO FM」の部分のみ「TOHYO FM」に差し替えられる。ジングルの内容は、通常のジングルに被せる形で、総統や吉田くんが曲に合わせて投票日の告知や投票の促進をしたり「80.Love〜♪」と歌ったりするものである。
- 2012年12月4日から12月16日までは第46回衆議院議員総選挙・2012年東京都知事選挙、2013年7月11日から7月21日までは第23回参議院議員通常選挙に合わせて使用された。
過去
- 「美しい音があなたを追いかけます FM東京・80Mc きょう放送開始」
- 1970年4月26日、開局時の新聞広告で使用された。Mc(メガサイクル)は、現在のメガヘルツと同じである。
- 「TOKYO新波。耳、踊る。」
- 1990年10月1日、ステーションネームを現在のTOKYO FMへ変更した際に、新聞広告で使用された。この時に作成された"TFM"ロゴは、現在も公式サイトの「会社案内」で見ることができる。
- 「いまが見える あしたが見える 見えるラジオ TOKYO FM」
- 1994年10月1日に開始された「見えるラジオ」のキャッチフレーズ。
- 「ともだちだね TOKYO FM」
- 2000年に開局30周年を迎えた際に使用されていたキャッチフレーズ。
- 「Just Me, Just 80MHz TOKYO FM」(ジャストミー・ジャストエイティ・トウキョウエフエム)[4](2005年4月26日 - 2008年9月30日)
- 開局35周年を機に使用されたキャッチフレーズ。80の"0"をベースにロゴを作成し、ライムグリーンのイメージカラーが特徴だった。これは「私にピッタリ、ピッタリ80MHz」という意味を持つ。TOKYO FMの番組表ではこのロゴを色分けしてサテライトスタジオからの生放送について掲載していた。
TOKYO FM ステーションキャンペーン
- 「“アース・コンシャス” -地球を愛し、感じる心-」(1990年 - 現在)
- 「“ヒューマン・コンシャス” -命を愛し、つながる心-」(2005年 - 2011年3月、2012年4月 - [20])
「アース・アンド・ヒューマン・コンシャス」の活動はコスモ石油と合同で行なっている。このため、競合する石油元売他社のCMは引き受けない[21]。この数年はイメージキャラクター出演のCM(2009年からは加藤夏希)、ALA(アミノレブリン酸)にまつわるもの(CV:釘宮理恵)、年末あいさつ(年末限定)等が流れている。こちらも参照。
またFMラジオ付携帯電話(FMケータイ)との関連で携帯電話のスポットCMは、2012年秋改編までau(KDDI)以外流れなかった。auは『SCHOOL OF LOCK!』、『au MUSIC CHART』のスポンサーだったが、改編後は番組が終わるなどしたため全て降板。ドコモは「シーソーメール」「LOVE FAMILY」「LOVE FAMILY Plus」など冠番組(冠コーナー)に出稿。かつてはJ-PHONE・ボーダフォンも出稿していたが、ソフトバンクモバイルになってからはラジオ局に一切出稿していない。
フリーペーパー
番組の情報やタイムテーブル、番組出演者のインタビューを載せたフリーペーパー「80.Love」(2009年2月号〜)[22]を毎月末に発行している。主要CDショップや渋谷スペイン坂スタジオなどで入手できる。また、以前は一部のコンビニなどでも入手が可能だった。
アナウンサー
- 小林賢(アナウンサー → 営業部門 → 報道情報センター専任部長)
- 上田万由子(2006年4月 - 2009年7月、TOKYO MX兼務)
- 古賀涼子
- 柴田幸子
- 中村亜裕美
- 村田睦
- 今井広海(前・千葉テレビ放送アナウンサー兼記者。2007年5月入社)
- 湯野大輔(報道情報センター → 総務局 → 報道情報センター)
- 鈴木晶久(元・エフエム山口アナウンサー。フリー期間を経て2012年3月から報道情報センター所属)
元アナウンサー
- 大橋俊夫(1977年 - 1995年、現在フリー。『TOKYO FM NEWS』ほか出演中)
- 木村達彦(TFM報道・情報センター部長を経て、現・フリーアナウンサー)
- 小島隆雄
- 斎藤弘美(現・エフエムナックファイブニュースアナウンサー)
- 柴田玲(1995年 - 2006年)
- 清水久嗣(現・ニッポン放送スポーツ部アナウンサー)
- 城野正幸(元・エフエムむさしの放送本部長)
- 真後和男
- 田中穂蓄(定年退職)
- 田中美登里(現:ミュージックバードプロデューサー)
- 手島里華(1997年 - 2006年、元・ニッポン放送アナウンサー、現・J-WAVEアナウンサー)
- 戸澤愛(現・テレビ宮崎アナウンサー)
- 飛田厚史(前・テレビ信州、現・新潟総合テレビアナウンサー)
- 永田実(1998年 - 2007年、現・フットメディア所属)
- 中村こずえ(現・フリーアナウンサー)
- 藤巻万美子
- 松本ともこ(現・ホリプロ所属のタレント)
- 宮崎典子
- 宮沢進
- 森田耕次(現・ニッポン放送解説委員)
- 山地常司
- 山本琢也(1998年 - 2002年、TVQ九州放送 → TFM → テレビ熊本[23])
- レーサー鹿島
- 渡部英綱
- 藤丸由華
- 藤村義美(後にテレビ神奈川に移籍)
- 高柳恭子(1996年 - 2010年、青年海外協力隊参加、および体調不良により一時休職)
- 浅利そのみ(2009年4月 - 2012年3月、元・エフエム富士→現・フリー)
FM放送以外の事業
映画
※在京テレビキー各局と共同制作することが多い。
- おろしや国酔夢譚
- HANA-BI
- 菊次郎の夏
- TAKESHIS'
- ドラゴンヘッド
- 命
- Go
- 亡国のイージス
- 下妻物語
- ロボコン
- Tokyo Tower 〜東京タワー〜
- 北の零年
- 69 sixty nine
- 深呼吸の必要
- 8月のクリスマス
- 東京ゾンビ
- ありがとう
- 武士の一分
- パッチギ! LOVE&PEACE
- 監督・ばんざい!
- 夕凪の街 桜の国
- 母べえ
- アキレスと亀
- デトロイト・メタル・シティ
- ハゲタカ
- 僕の初恋をキミに捧ぐ
- ゼロの焦点
- SPACE BATTLESHIP ヤマト
- 婚前特急
- 大鹿村騒動記
- 北のカナリアたち
- のぼうの城
- 風立ちぬ
- 鷹の爪GO〜美しきエリエール消臭プラス〜
- すべては君に逢えたから
- 永遠の0
- 小さいおうち
出版
- 地球音楽ライブラリーシリーズ
- 世界の中心で、愛をさけぶ(ラジオドラマCDブック)
- ブーアの森
- 日本昔ばなし 〜フェアリーストーリーズ - ホリプロ45周年を記念して同事務所の所属タレントが朗読する書籍扱いのCD。
- SCHOOL OF LOCK! DAYS
- SCHOOL OF LOCK! DAYS2
- SCHOOL OF LOCK! DAYS3
- 放送室
- discord
- AVANTI Cocktail Book - 『SUNTORY Saturday Waitingbar AVANTI』から生まれたカクテル読本。2007年に第2作が出版。
- あ、安部礼司 脚本集(Vol.1 - Vol.7) - 『あ、安部礼司』内で声優陣が読み上げた内容がそのまま移してある(アドリブは含まない)。Vol毎にシーズンが分かれている。
- 空散歩日和 - 堀江由衣のフォトエッセイ集。
テレビ放送事業
レストラン運営
「TFM RESTAURANTS」として、3店のレストランを運営している。☆印の店はクーポンを発行している。
- ☆CORNET - 無国籍料理
- JET STREAM - メンバーズクラブ(会員制)
経営していたレストラン
- ☆Piccolo - カジュアルレストラン
その他
- TOKYO FM 少年合唱団
- ミュージカル『本気でオンリーユー』(竹内まりやの曲を原案にしたもの)
- アース&ヒューマンコンシャスライブ supported by DUNLOP(旧コスモアースコンシャスアクト・アースデー・コンサート)
脚注・出典
外部リンク
テンプレート:Navbox テンプレート:Navbox テンプレート:Radio-Kanto
テンプレート:Radiko- ↑ ただし、傘下であるジャパンエフエムネットワーク制作の番組は平日には放送せず、土日のみ放送している。
- ↑ 『日本民間放送年鑑2011』(日本民間放送連盟編、2011年)294頁
- ↑ 総務省電波利用ホームページ 地上系放送事業者
- ↑ 4.0 4.1 『民放ラジオ13社、ネット同時送信へ 首都圏・関西』 - 朝日新聞 2010年2月13日リンク切れ
- ↑ 5.0 5.1 『在京・在阪の民放13局が3月からネット配信解禁へ』 - CNET Japan 2010年2月15日
- ↑ 放送中断に関するお詫び、TOKYO FM プレスリリース
- ↑ ジャパンエフエムリーグは四大都市にしか参加局を持っていない
- ↑ 8.0 8.1 TOKYO FM 2月11日(月・祝)より東京タワー最上部の新アンテナから放送開始 東京タワー最頂部にラジオアンテナ エフエム東京
- ↑ 9.0 9.1 TOKYO FM 2月11日(月・祝)より東京タワー最上部の新アンテナから放送開始|TOKYO FM
- ↑ FM文字多重放送(見えるラジオ)サービス終了のお知らせ - TOKYO FM information、2013年4月1日
- ↑ 総務省 電波利用ホームページ 無線局免許状情報
- ↑ 『TOKYO FM MOBILE』 - TOKYO FM
- ↑ LISMO WAVE
- ↑ [5]
- ↑ スタジオ稼働当初は、マイクロホンをスタジオ中央部の円卓内にビルトインし(同様にカフも円卓に埋め込んだ)、マイクロホンを意識せずに普段のしゃべりをしてもらおうという配慮をしていた。しかし出演者からは逆に不評だったようで、技術的にも円卓に置かれた原稿などのノイズを拾いやすくなってしまったり、メンテナンスが逆に面倒になるなどのデメリットが多くなったため、程なくしてマイクロホンを円卓上に露出させ固定する形に改められた(カフも埋め込みをやめ、円卓上にそのまま置かれる形に変更された)。
- ↑ 本社(FMセンター)内には、Qスタジオとは別に録音用のスタジオが複数設置されているが、生放送も可能な設備であることから、これらのスタジオでも生放送番組が制作されたことはある(あくまで生番組をQスタジオに集約させていたに過ぎず、本社内にある全スタジオの回線が主調整室とつながっていることから、Qスタジオ使用が連続する場合は稀に一部を録音用スタジオから生放送するケースもあった)。
- ↑ JFN配信番組についても、FMセンター内のスタジオのいくつかを「JFN配信番組専用」として占用している。これは後からできたJFNセンターには生番組や録音番組を制作・放送するスタジオやマスターなどの「放送局としての機能」を持ち合わせていないこともあるが、JFNセンター開設前からFMセンターでJFNの番組制作を行っていたという事情にもよる。
- ↑ 前身にあたるFM東海でも、「歌は終わりぬ(The Song is Ended)」を放送終了時に使用していた。
- ↑ 「TOKYO FM」改め「TOHYO(投票) FM」-若年層の投票促す /東京 - Yahoo!ニュース 2013年7月11日
- ↑ 東日本大震災発生で1年間中断
- ↑ 『コスモ ポップス ベスト10』も三菱電機の後を継いで一社提供しているので、流れるのはコスモのもののみ。例外として、JX日鉱日石エネルギーはエネファーム「エネゴリくん」だけを受けている。かつてはJA-SSなども流れた。これらは、「番組枠」を買って流したものであり、P・T枠などでいつも流れるものではない。
- ↑ なお、これは現行のCIが導入されてから。2008年9月号までは「80(ハチジュウ)」の名称で、2008年10月号〜2009年1月号は「ハチジュウ」の名称で発行していた。
- ↑ テレビ熊本に在籍していた2008年に急死。