市川市
市川市(いちかわし)は、千葉県北西部にある人口約47万人の市。旧東葛飾郡(葛飾郡)。千葉市、船橋市、松戸市に次いで千葉県では人口第4位。東京都特別区部への通勤率は46.5%(平成22年国勢調査)。
目次
概要
市川市は、江戸川および旧江戸川をはさんで東京都の隣、都心から20km圏内に位置し、首都圏のベッドタウンとして発展している。
南部は住宅地としてひらけているが、北部の傾斜地等には豊かな自然が斜面林などとして、いまだ残っている。市北部の市川、真間、新田、平田、菅野、八幡などは市の木であるクロマツも多く静かなたたずまいであり、これらの地区は、戦前は東京下町の富豪が別荘を構えたり、戦後も敷地の広い邸宅が多い高級住宅地となっている[1][2]。過去には永井荷風、幸田露伴(次女の幸田文、孫の青木玉も同居)、北原白秋など数多くの文人が好んで住み、市川に関する記述がある作品も多い。これら文人の足跡が、市民団体や市などの手で「市川文学の散歩道」として残されている。上記のようなクロマツの繁った住宅街の存在や、歴史のある町で古刹が多いこと等から千葉の鎌倉と呼ばれることもある[3]。
しかしながら、近年は大邸宅も相続等の関係で切り売りされたり、マンションや駐車場に変わってしまい少なくなっている。また、車社会となり路地が狭く入り組んでいる等、不都合ともなっている箇所も多く、人口の増加や開発も進み閑静な風情も薄れつつある。
地理
千葉県の北西部にあり、市の西部は江戸川と旧江戸川を挟んで東京都江戸川区と接している。北部は松戸市、東部は船橋市、北東部は鎌ケ谷市と接し、南部は浦安市、東京湾と接する。市の南部は海抜2m程度の平野で、北部は海抜20m程度のなだらかな台地となっている。最高点は国府台地先、里見公園内で30.1m。最低点は福栄地先で0.1mとなっており、一部で海抜ゼロメートル地帯が広がる。
市域
- 広袤(こうぼう):東西8.2 km 南北13.4 km
自然
歴史
市川・真間・菅野・八幡・鬼越近辺は、国道14号線より山側に、旧別荘地から近郊住宅地に変貌したが、黒松のある高級住宅地地域がある。
市川市域は、縄文時代の昔より栄えた地域で、市内には堀之内貝塚、姥山貝塚、曽谷貝塚等多数の貝塚があり、その集中度は国内最大級である。また、律令時代には市域に下総国の国府が置かれた。市内の真間に手児奈という絶世の美少女がいたという伝説があり、そのうわさは遠く都にまでとどき万葉集に詠まれるほど有名で、当時は東国(関東)を代表する地域だった。
市川の地に人が住みはじめた歴史は古く、市内北部の台地上には、旧石器時代の遺跡がいくつかある(丸山遺跡、権現原遺跡、今島田遺跡等)。また、貝塚等縄文時代の遺跡は約60箇所にのぼる。さらに、弥生時代の遺跡も何箇所かある(須和田、杉ノ木台、小塚山、宮久保、国府台等)。
市川市の中でも、国府台より広がる高台は、常に市川一帯の歴史を担ってきた。古墳時代初めには小集落ができた(北根、前原、鳴神山、杉ノ木台)。古墳はこのときはまだない。その後、この高台上にも多くの古墳が築かれた。法皇塚古墳(東京医科歯科大構内)、弘法寺古墳(真間山弘法寺敷地内)、明戸古墳(里見公園内)の3基の前方後円墳のほか、国府台近辺だけで約30箇所の古墳があったと推定されている(国府台古墳群)。
その後、国府台に律令制により国府が置かれ、下総国の中枢となった。10世紀には平将門の乱に巻き込まれ、12世紀には石橋山の合戦に敗れて安房国に落ち延びた源頼朝が、上総広常と下総国府で合流して軍勢を立て直した。15世紀には太田道灌が国府台に仮陣を置き、その弟の太田資忠が国府台城を築城した。16世紀には、国府台城は、里見義堯ら里見氏と後北条氏との間で2度にわたり戦われた国府台合戦の舞台となった。
戊辰戦争の際には、江戸を脱出した大鳥圭介が率いる旧幕府陸軍が、国府台に集結した。これに土方歳三らの新撰組も合流した。すぐに大鳥・土方らは宇都宮を経て日光へ向かったが、その後、別の旧幕府軍(撤兵隊)と官軍の戦いが、この台地下の市川から船橋にかけて戦われた(市川・船橋戦争)。
幕末、国府台地区は勝海舟によって国会議事堂の選定地として考慮に入れられたこともあるテンプレート:要出典。
また、1875年(明治8年)には、教育機関の最高学府として国府台大学校計画(この計画は岩倉使節団 に随行して欧米諸国の大学校を調査してきた田中不二麿を中心に「欧米二通ズ真ノ高等大学校」の実現を目指して計画されたもので、現在の東京大学とは別の教育機関として構想されたものだった。)が持ち上がり、具体的な案もまとまり、土地の買収も進められていたが諸事情により実現しなかった。
さらに1885年(明治18年)には都心からのアクセスがよく、渡河訓練をはじめ、各種訓練に適した立地に恵まれていたことから、大学校用地跡に陸軍教導団が置かれた。教導団は1899年(明治32年)に廃止されたが、その後、陸軍の野砲兵連隊・国府台陸軍病院などが置かれ、市川は軍都として栄えた。
終戦後、陸軍の広大な土地は、国立国際医療研究センター国府台病院(旧・国府台陸軍病院)、国府台スポーツセンター、東京医科歯科大学、千葉商科大学、和洋女子大学、筑波大学附属聴覚特別支援学校、千葉県立国府台高等学校、市川市立第一中学校、千葉県血清研究所の各施設に変わった。
国府台以外の地区についていえば、中山地区は、中山法華経寺の門前町として発展した。行徳地区は成田街道の宿場町として、また江戸川水運の中心地として発展した。また、近世における行徳地区の製塩業は有名である。
年表
- 1934年(昭和9年)11月3日 - 東葛飾郡市川町、八幡町、中山町、国分村が合併し、市川市が発足した。千葉県内では千葉市、銚子市についで3番目の市制施行である。
- 1949年(昭和24年)11月3日 - 東葛飾郡大柏村を編入。
- 1955年(昭和30年)3月31日 - 東葛飾郡行徳町を編入。
- 1956年(昭和31年)10月1日 - 東葛飾郡南行徳町を編入。
市川市の由来
市川町、八幡町、中山町、国分村の3町1村の合併の際、協議案として市名には旧町村名を使用しないこととして、「江東市」、「東葛市」、「下総市」、「北総市」、「総府市」などの候補が挙げられたが[4]、名称が決まらず、業を煮やした市川町代表が大反対。総武線秋葉原駅には「両国・市川・千葉方面」という案内があり、市川という地名が既に一般の人々に馴染み深く、縦と横に「市川市」と書き、どこから読んでも市川市でわかりやすいという語呂の良さから「市川市」を提案したが市川町以外の反対にあい、話し合いが縺れて一時は合併話が一度暗礁に乗りかけるも、各町村間で何度も何度も協議を重ねた末、1934年9月に市名が「市川市」に決定し、「各町村の要望の実現に努める」といった条件で市役所等市の中枢施設は地理的中心の旧八幡町に置かれた[5] 。
市川の名称は市西端に流れる江戸川が当時東国一の川であったことから一の川が訛ったとする説、江戸川の河岸に川舟が集まり定期的に市が開かれていたことに由来するという説の2つが有力で、市川の地名が初めて登場するのは『義経記』。石橋山の戦いで敗れ安房で再起した源頼朝が、軍勢を率いて下総の松戸庄市河に達するという記述がある。
人口
行政
- 財政は豊かであり、地方交付税のうち財源不足の自治体に交付される普通交付税の交付を受けていない。
- 職員給与が国家公務員よりも高く、平成23年の地方公務員給与実態調査の結果によると全国の自治体の中で6位であり、ラスパイレス指数103.8(全国平均は98.9)。平成22年は104.0で全国3位。(この指数は、国家公務員の給与を100とした場合の地方公務員の給与水準)
- 職員の採用試験を有料とし、申込みに際して受験料を徴収している。こうした職員採用試験の受験料の徴収について総務省は『自治体が自治体職員採用試験で受験者から受験料を取るのは、地方自治法の規定に違反する。』という見解を出している。地方自治法第二百二十七条は、住民票交付など住民に利益を与える事務では手数料を徴収できると規定しているが、総務省は『自治体職員の採用試験は、自治体のための事務であり徴収はできない。』としている。
- 人事院勧告に従い、市役所職員採用の年齢・学歴などによる制限を事実上撤廃し、59歳まで出願可能とした。
- 1997年(平成9年)から行政サービス向上の一環として全国初の仕組み、あらかじめ市役所に電話で住民票を申請し、午前中申請なら同日午後4時以降、自分の近所の公共施設や消防署、コンビニエンスストア、市内の商店などで住民票が受け取れる「取次所」を設けている。受け取りの際、認め印と受取人を確認する4桁の暗証番号が必要となる。
- 個人市民税納税者等が納める税のうち、その1%の相当額を自ら任意に希望指名して地域づくりの主体であるボランティア団体やNPOなど、市民の自主的な活動に対してその団体の事業費(運営費を除く)に当てるよう要請することができるという、全国初の1%支援制度(市民活動団体支援制)がある。2005年(平成17年)度に開始され、2007年(平成19年)から3団体まで支援できる団体数を拡大し、納税者以外が地域ポイントも振り当てられるよう条例改正をした。NHKでテレビ放送されたEUハンガリー国のパーセント法がヒントとなっている[6]。
- 地方自治法第252条の22第1項に定める政令による中核市になる要件を満たしているが、今のところ中核市にはなっていない。
- 日本で最初に「駅前放置自転車対策条例」(平成4年(1992年(平成4年))12月条例第27号)を施行した。
- 健康都市推進協議会(2003年(平成15年)12月24日発足)により市民(委託された健康都市推進員などによる)と協働で2004年(平成16年)11月にWHO健康都市を宣言し取り組んでいる。2008年(平成20年)10月に健康都市連合国際大会が開催され、「健康都市市川宣言」[7] を採択した。
- 市内を南北に貫く東京外環自動車道の建設が計画されており、一部着工されている。市は推進の立場をとっているが、市内の自然や史跡を傷つける、大気を汚染する、市の東西の交通の障害となる、住み慣れた土地をなぜ離れるのか等の理由から、環境保護運動その他いくつかの住民団体による反対運動も長期間に渡り続けられ、用地買収も完全には終わっていない。本道路市川部分の開通は2017年度(平成29年度)である。
- 本市は東京に近いにもかかわらず、樹林の緑、湿地帯などの自然が比較的多く保存されている。これは、市民や在住知識人などの働きかけと、これに応えた市行政の努力によるものである。
- 2007年(平成19年)4月27日 - 同年2月の議会での「政令指定都市検討促進決議」を受け、市川市、船橋市、松戸市、鎌ケ谷市が、この圏域の将来的な選択肢の一つとして、合併や政令指定都市への移行に関する共同研究を目的とした「東葛飾・葛南地域4市政令指定都市研究会」[8](2008年9月1日現在の4市推計人口1,649,569人)を設立した。同研究会は2009年3月研究報告書を出した。この研究報告により合併のメリットがさほど見いだせないことがわかり、中央においても合併論が下火になったこともあり、合併推進論は殆ど語られなくなった。
- 2008年(平成20年)10月26日 - 市で初めての還暦式が行われた。地方自治体が催す式典としては先陣の一つとされる。
- 2009年(平成21年)9月11日 - 市議会は市民の意見も参考に条例改正を可決し、2010年(平成22年)4月から路上などの犬の糞の放置や不始末と空き缶のポイ捨てに過料2,000円を科すとした。これらの過料は日本で初めてとされる[9]。
- 2010年(平成22年)10月23日-24日 - 市政戦略会議は公募市民を12人含む30人の委員により20事業25項目を対象とした初めての事業仕分けを行った[10]
市長
- 市長:大久保博(2009年(平成21年)12月25日 - 、2期目)
- 前市長:千葉光行(1997年(平成9年) - 、2001年(平成13年) - 、2005年(平成17年) - 、2009年(平成21年)に3期勤め退任)
警察
消防
- 市川市消防局
- 東消防署
- 西消防署
- 南消防署
- 北消防署
国の機関
- 千葉家庭裁判所市川出張所
- 市川簡易裁判所
- 市川区検察庁
- 千葉地方法務局市川支局
- 市川公共職業安定所
- 日本年金機構市川年金事務所
- 関東地方整備局首都国道事務所市川相談所
- 自衛隊千葉地方協力本部市川募集案内所
立法
市議会
- 定数:42名
- 任期:2011年(平成23年)5月2日~2015年(平成27年)5月1日
- 議長:岩井清郎(みらい、7期)
- 副議長:松永鉄兵(緑風会、3期)
会派名 | 議席数 | 議員名(◎は代表) |
---|---|---|
公明党 | 8 | ◎堀越優、中村義雄、西村敦、浅野さち、宮本均、大場諭、松葉雅浩、戸村節子 |
みらい | 6 | ◎金子正、田中幸太郎、並木まき、荒木詩郎、岩井清郎、寒川一郎 |
緑風会 | 5 | ◎竹内清海、松永鉄兵、稲葉健二、松井努、松永修巳 |
日本共産党 | 5 | ◎金子貞作、髙坂進、清水みな子、桜井雅人、谷藤利子 |
自由クラブ | 4 | ◎井上義勝、青山博一、小泉文人、加藤武央 |
自由民主党 | 4 | ◎かいづ勉、佐藤幸則、中山幸紀、宮田かつみ |
民主・連合・社民 | 4 | ◎守屋貴子、石原よしのり、かつまた竜大、佐藤義一 |
無所属の会・市民ネット | 3 | ◎越川雅史、秋本のり子、湯浅止子 |
ボランティア | 1 | 鈴木啓一 |
みんなの党 | 1 | 石崎ひでゆき |
結いの党 | 1 | 増田好秀 |
※2014年3月26日現在。
千葉県議会(市川市選挙区)
- 定数:6名
- 任期:2011年(平成23年)4月30日~2015年(平成27年)4月29日
氏名 | 会派名 | 当選回数 |
---|---|---|
赤間正明 | 公明党千葉県議会議員団 | 4 |
水野文也 | みんなの党千葉県議会議員団 | 1 |
プリティ長嶋 | 千葉県民の声 | 1 |
坂下しげき | 自由民主党千葉県議会議員会 | 1 |
鈴木衛 | 自由民主党千葉県議会議員会 | 2 |
岡田幸子 | 日本共産党千葉県議会議員団 | 2 |
※2014年3月26日現在。
経済
産業
- 主な産業
- 臨海部(埋立地)、江戸川沿い(田尻など)が工場の多い地域である。
主な企業
- 京成電鉄
- 京葉ガス
- サクラダ
- 東洋合成工業
- 市進ホールディングス(市進学院、市進予備校など)
- デイリーヤマザキ
- セイコーインスツル
- オレンジフードコート
- Amazon.co.jp配送センター
再開発事業
本八幡駅北口地区
- 1999年(平成11年)11月:本八幡キャピタルタワー竣工、地上24階、地下2階。市川市初の高層ビル。
- 2003年(平成15年)2月:プリームスクエア本八幡竣工。地上24階、地下2階
- 2009年(平成21年)3月:ガレリア・サーラ竣工。地上34階、地下2階。市川市初の優良建築物等整備事業[15]
- 2013年(平成25年)5月:グランドターミナルタワー本八幡竣工。地上40階、地下2階[16]
市川駅南口地区
両地区とも低層階には商業施設および公共施設が入る。東地区の高層階は介護付有料老人ホームのライフ&シニアハウス市川と都市再生機構の賃貸住宅となり、西地区の高層階は野村不動産と三井不動産レジデンシャルが販売する分譲マンションとなる。
- 2007年(平成19年)11月7日、西地区分譲マンション「ザ・タワーズ・ウエスト」の工事中に、25階から29階の各階12本の外周柱で、柱毎に22本必要な鉄筋が2本不足、30階の4本の柱で同様の不足、全体で計128本の鉄筋不足が明らかとなった。清水建設は施行ミスを認め、補修工事を施し強度不足を解消する。販売会社が施行ミスを知った後も、説明せずに販売したことも指摘された。三社連名による「お詫び」
- 2007年(平成19年)12月25日、鉄筋不足をうけて、12月初めから事業主である市川市は、清水建設などの建築会社への工期が遅れた場合の損害賠償を、また分譲マンション購入予定者の不安解消のための訴訟などに対する誠意ある対応や瑕疵(かし)担保責任の通例の10年間を超える期間延長を、今後協議すると野村不動産と三井不動産レジデンシャルに求めていたが、相互にその確認書が交わされ、27日市議会に報告された。また鉄筋を設計どおりに戻す補修工事の計画が、28日国土交通省に認められ、補修工事は2008年2月にも始まる見通しとなった。
- 市は鉄筋不足の補強工事を2008年(平成20年)3月24日に完了したと翌25日に清水建設、野村不動産、三井不動産レジデンシャルの3社から報告を受けた。鉄筋不足だった柱側面を超高圧水で削り鉄筋を挿入しコンクリートで固め、「当初設計通りの強度が確保できる」とされた[17][18]。また、2008年(平成20年)6月15日、3社は新聞全面広告[19] によって、補強の是正工事内容を事前に指定確認検査機関、国土交通省および建築研究振興協会で審査し、工事後は同協会から妥当な施工であったと判断した評価書を2008年(平成20年)4月17日に受領したと公表した。これまで以上に品質管理に注意し取り組むともしている。
漁業
- 市川漁港
- 行徳漁港
姉妹都市・提携都市
- テンプレート:Flagicon ガーデナ市(アメリカ合衆国 カリフォルニア州)
- テンプレート:Flagicon 楽山市(中華人民共和国 四川省)
- テンプレート:Flagicon メダン市(インドネシア共和国 北スマトラ州)
- 1989年11月4日姉妹都市提携
- テンプレート:Flagicon ローゼンハイム市(ドイツ連邦共和国 バイエルン州)
- テンプレート:Flagicon 原州市(大韓民国 江原道)
地域
都市合併
市川市や船橋市、松戸市、鎌ケ谷市などが、合併や政令指定都市移行に関する研究をしていたが、2009年(平成21年)3月研究報告書を出した。上記、行政参照。
住宅団地
教育
- 外部リンク:市川市内の学校一覧
交通
鉄道路線
路線バス
- 京成バス
- 京成バスシステム
- 京成トランジットバス
- 東京ベイシティ交通
- 市川市コミュニティバス
- 羽田空港リムジンバス 市川駅南口~羽田空港(京成トランジットバス、東京空港交通)
道路
港湾
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
宗教施設
その他
- 八幡の藪知らず
- 宮内庁新浜鴨場
- 文学の散歩道[20]、万葉の道
- 万葉植物園
- 大慶園
- 市川市動植物園、市川自然博物館、市川考古博物館、市川歴史博物館
- 千葉県立現代産業科学館
- 残したい好きな風景市民が選ぶいちかわ景観100選(2006年(平成18年)5月決定)
- 里見公園
- 市川市中央図書館 - 1994年(平成6年)に既存の市川市立図書館を移転して、新築された。
- 千葉県血清研究所建物跡 2008年12月県議会での議員の質問等から、市川市が県に跡地の買い取りを要望していることがわかった。ここには、明治37年以前の建設と推測される旧陸軍の赤レンガの建物が残っている。この建物は建築史的にも価値のあるものであるとして、市民や学者などから保存を求める運動が起こっている。
- 市川市民納涼花火大会 - 1985年(昭和60年)から毎年7月下旬から8月上旬に江戸川河川敷で開催される。同一の大会を対岸の東京都江戸川区では「江戸川区花火大会」と呼ぶ。
- クリーンスパ市川
- 大柏川第一調節池緑地 - 大柏川第二調節池
- 国分川調節池
- 市川市リハビリテーション病院
- 市川野鳥の楽園
文化財
- 市内の国宝一覧
番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 指定年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 典籍 | 観心本尊抄 附 添状1巻 春日山蒔絵筥 1合 | 中山二丁目10番1号 | 法華経寺 | 昭和27年3月29日 | 文永十年卯月廿五日奥書 |
1 | 〃 | 立正安国論 | 中山二丁目10番1号 | 法華経寺 | 昭和27年3月29日 | 文永六年十二月八日書写奥書 |
- 市内の重要文化財(国指定)一覧
番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 指定年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 建造物 | 法華経寺五重塔 | 中山二丁目10番1号 | 法華経寺 | 大正5年5月24日 | 元和8年建立 |
2 | 〃 | 法華経寺法華堂 附 棟札5枚 | 中山二丁目10番1号 | 法華経寺 | 大正5年5月24日 | 室町時代後期 |
3 | 〃 | 法華経寺四足門 | 中山二丁目10番1号 | 法華経寺 | 大正5年5月24日 | 室町時代後期 |
4 | 〃 | 法華経寺祖師堂 附 棟札11枚 | 中山二丁目10番1号 | 法華経寺 | 大正5年5月24日 | 延宝6年建立 |
5 | 絵画 | 絹本著色十六羅漢像 | 中山二丁目10番1号 | 法華経寺 | 明治37年2月18日 | 元時代 |
6 | 〃 | 絹本著色日蓮聖人像 | 中山三丁目10番4号 | 浄光院 | 昭和27年7月19日 | 鎌倉時代 |
7 | 古文書 | 日蓮自筆遺文 附 蒔絵聖教箱2合 | 中山二丁目10番1号 | 法華経寺 | 昭和42年6月15日 | 鎌倉時代 |
- 市内の史跡(国指定)一覧
番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 指定年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 史跡 | 堀之内貝塚 | 堀之内二丁目2899番地他 | 市川市・他 | 昭和39年7月6日 | 縄文時代後期・晩期。馬蹄形貝塚。 |
2 | 〃 | 姥山貝塚 | 柏井町1195番地他 | 市川市 | 昭和42年8月17日 | 縄文時代中期及び後期。 |
3 | 〃 | 下総国分寺跡 | 国分三丁目20番1号他 | 国分寺・他 | 昭和42年12月27日 | 法隆寺式伽藍配置 |
4 | 〃 | 下総国分尼寺跡 | 国分四丁目17番1号他 | 市川市・他 | 昭和42年12月27日 | 無し |
5 | 〃 | 曽谷貝塚 | 曽谷二丁目438番地1他 | 市川市・他 | 昭和54年12月22日 | 縄文時代後期。大規模な馬蹄形貝塚。 |
- 市内の登録有形文化財一覧
番号 | 種別 | 名称 | 所在地 | 所有者又は管理者 | 登録年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 建造物 | 西洋館倶楽部(渡辺家住宅) | 新田 | 個人 | 平成11年7月8日 | 昭和2年竣工。木造3階建。 |
- 市内の千葉県指定文化財は千葉県指定文化財一覧を参照のこと。
- 市川市指定文化財は市川市指定文化財一覧を参照のこと。
文化
市の歌
市川市歌
1949年(昭和24年)制定。歌詞は公募による。
市川賛歌
市歌の詞に描かれた風景と実情が時代とともに変化してきたことから、1999年(平成11年)に市川賛歌制作市民委員会の要請により作曲された。
作詞家・作曲家とも日本を代表する重鎮だが、詞中にある言葉のユニークさから2ちゃんねるをはじめとする一部のネットコミュニティで爆発的に受け、同じ顔ぶれの作詞作曲による福島県立清陵情報高等学校校歌とともに有名となった。
出身有名人
- 境川浪右衛門(大相撲力士・第14代横綱)1841年5月28日下総国葛飾郡生まれ。1887年(明治20年)9月16日没。
- 大蛇潟大五郎(大相撲力士・前頭)1862年12月生まれ。1916年1月9日没。
- 若嶌權四郎(大相撲力士・第21代横綱)1876年(明治9年)1月19日千葉県葛飾郡生まれ。1943年(昭和18年)10月23日没。
- 稲葉嶽光之助(大相撲力士・前頭)1897年(明治32年)11月7日生まれ。1978年(昭和53年)5月7日没。
- 中野孝次(作家)1925年(大正14年)1月1日市川市須和田生まれ、2004年(平成16年)7月16日没。
- 房錦勝比古(大相撲力士)1938年(昭和11年)1月3日千葉県東葛飾郡南行徳村(現市川市)生まれ。1993年(平成5年)7月21日没
- 守屋浩(歌手)1938年(昭和13年)9月20日生まれ。市川市新田で育つ。市川小学校出身。
- 式場壮吉(レーサー)1939年(昭和14年)2月9日市川市生まれ。
- 鹿内孝(俳優)1941年(昭和16年)2月25日市川市生まれ。
- 浮谷東次郎(レーサー)1942年(昭和17年)7月16日市川市生まれ。1965年(昭和40年)8月21日没。
- 花田力(実業家。京成電鉄第10代社長)1944年(昭和19年)1月15日市川市生まれ。
- 奈良橋陽子(作詞家・演出家・英語教育家)1947年(昭和22年)6月17日市川市生まれ。
- 國見山兼初(大相撲十両力士)1948年(昭和23年)3月31日市川市生まれ。
- きたろう(俳優)1948年(昭和23年)8月25日市川市生まれ。
- 鮫島有美子(声楽家・ソプラノ歌手)1952年(昭和27年)1月8日生まれ。幼時より市川市に育ち、真間小学校出身。
- 猪口邦子(代議士・大学教授)1952年(昭和27年)5月3日市川市生まれ。
- 星野道夫(写真家)1952年(昭和27年)9月27日市川市生まれ
- 金沢明子(民謡歌手)1954年(昭和29年)10月25日市川市生まれ。
- 小堺一機(タレント)1956年(昭和31年)1月3日市川市生まれ。
- 安藤優子(ニュースキャスター)1958年(昭和33年)11月19日市川市生まれ。
- 池田さとみ(漫画家)1960年(昭和35年)11月8日市川市生まれ。
- いしかわこうじ(絵本作家)1963年(昭和38年)10月4日市川市生まれ。
- 浜岡賢次(漫画家)1965年(昭和40年)市川市生まれ。
- TAIJI(ベーシスト)1966年(昭和41年)7月12日市川市生まれ。
- kyo(D'ERLANGERのボーカリスト) 1967年(昭和42年)2月4日市川市生まれ
- 小城ノ花昭和(大相撲力士)1967年11月18日市川市生まれ。
- yukihiro(L'Arc〜en〜Cielのドラマー)1968年(昭和43年)11月24日市川市生まれ。
- 高橋義生(総合格闘家)1969年(昭和44年)3月13日市川市生まれ。
- 丸山茂樹(プロゴルファー)1969年9月12日市川市生まれ。
- ちはる(タレント)1970年(昭和45年)3月24日市川市生まれ。
- つみきみほ(女優)1971年(昭和46年)4月13日市川市生まれ。
- 小城錦康年(大相撲力士)1971年7月8日市川市生まれ。
- 櫻井智(声優)1971年9月10日市川市生まれ。
- 闘牙進(大相撲力士)1974年(昭和49年)7月4日市川市生まれ。
- 木村茂(プロ野球元福岡ダイエーホークス選手)1975年(昭和50年)11月8日市川市生まれ。
- 相川亮二(プロ野球東京ヤクルトスワローズ選手)1976年(昭和51年)7月11日市川市生まれ。
- 五十嵐圭(あいテレビアナウンサー)1976年8月11日市川市生まれ。
- 八角剛史(Jリーグ選手、ギラヴァンツ北九州)1985年(昭和60年)4月20日市川市生まれ。
- 茶野隆行(Jリーグ選手、ジェフユナイテッド市原・千葉&元サッカー日本代表)1976年11月23日市川市生まれ。
- 佐藤慎之介(Jリーグ選手、ロアッソ熊本)1991年(平成3年)5月9日市川市生まれ。
- NOSAWA(プロレスラー)1976年12月17日市川市生まれ。
- 石黒新平(ニッポン放送アナウンサー)1977年(昭和52年)1月18日市川市生まれ。
- 西尾由佳理(元日本テレビアナウンサー、現在はフリーアナウンサー)1977年7月25日市川市生まれ。
- B・N・F(個人投資家)1978年(昭和53年)3月5日市川市生まれ。
- 小出涼子(名古屋テレビアナウンサー)1978年6月12日市川市生まれ。
- G.G.佐藤(プロ野球千葉ロッテマリーンズ選手)1978年8月9日市川市生まれ。
- 藤田真奈美(フリーアナウンサー)1979年(昭和54年)9月24日市川市生まれ。
- 押切もえ(ファッションモデル)1979年12月29日市川市生まれ。
- 寿里(男性ファッションモデル、俳優。相川亮二の弟、千葉県立市川南高等学校卒業) 1981年(昭和56年)2月16日市川市生まれ。
- 阿部勇樹(サッカー選手、浦和レッドダイヤモンズ所属&FIFAワールドカップ2010 日本代表選手) 1981年(昭和56年)9月6日市川市生まれ。
- 水卜麻美(日本テレビアナウンサー) 1987年4月10日市川市生まれ。
- 橋本真人(Jリーグ選手、浦和レッドダイヤモンズ) 1989年10月12日市川市生まれ。
- 島川俊郎(Jリーグ選手、ベガルタ仙台) 1990年(平成2年)5月28日市川市生まれ。
- 三宅諒(ロンドンオリンピック、フェンシング競技男子フルーレ団体銀メダリスト) 1990年12月24日市川市生まれ。
- 前田敦子(元AKB48)1991年7月10日市川市生まれ、市川市立第七中学校卒業[21]。
- ノリミツ・オオニシ(新聞記者・ニューヨーク・タイムズ東京支局長)市川市生まれ。
- 清水英克(JRA調教師)
市川に由縁がある有名人
- 木内重四郎(官僚政治家) - 晩年、真間に移り住み、最期まで暮らす。
- 木川田一隆(経営者財界人) - 元経済同友会代表幹事(1960年~1975年)-新田に在住した。
- 幸田露伴(小説家) - 戦後、菅野に移り住み、最期まで暮らす。
- 永井荷風(小説家) - 1946年(昭和21年)1月に菅野、1957年(昭和32年)3月に八幡町(現:八幡)と移り住み、最期まで暮らす。
- 北原白秋(詩人・童謡作家) - 1916年(大正5年)5月から6月末まで、真間の亀井院で過ごす。
- 郭沫若(中国の政治家・文学者) - 1928年(昭和3年)から1937年(昭和12年)まで、須和田に住む。楽山市との友好都市締結のきっかけとなった。
- 早川雪洲(俳優)
- 東山魁夷(日本画家)- 市川市名誉市民。1945年(昭和20年)から50年以上に渡り、最期まで市川市中山で過ごす。
- 幸田文(小説家・随筆家)- 戦後、市川市に移り住み、父幸田露伴の最期を看取る。その様子を随筆「菅野の記」「葬送の記」などに描く。
- 岡晴夫(歌手)- 「憧れのハワイ航路」で有名な人気歌手。八幡に、昭和20年代から最期まで住んでいた。
- 安岡章太郎(小説家)- 幼時(大正末期)に市川に住む。市川を描いた作品も何作かある。
- 五井昌久(宗教家) - 市内に白光真宏会を設立。
- 山下清(画家) - 市川市内の養護施設「八幡学園」でちぎり絵と出会い才能を開花させる。
- 式場隆三郎(精神科医・医学博士) - 山下清の発見者・後援者、式場壮吉の伯父、式場病院創設者。
- 山本夏彦(随筆家・編集者) - 1951年(昭和26年)から2002年(平成14年)に亡くなるまで、八幡で暮らす。1998年(平成10年)市川市民文化賞受賞。
- 五木寛之(小説家) - 1955年(昭和30年)頃から2年ほど北方町で暮らし、近くの中山競馬場へ通う。その頃の暮らしを「風に吹かれて」などの随筆に描いている。
- 井上ひさし(小説家・劇作家) - 永井荷風に憧れ、1967年(昭和42年)から1987年(昭和62年)まで国分、北国分で過ごす。市川市文化振興財団理事長。
- あずさ欣平(声優・演出家) - 永井荷風宅の又隣に居住していた。
- さだまさし(シンガーソングライター) - かつて居住していた。
- ささきいさお(歌手・俳優・声優・ナレーター) - 欠真間在住。
- プリティ長嶋(千葉県議会議員・ものまねタレント) - 市川在住。2007年(平成19年)4月の市川市議会議員選挙にてトップ当選。1期務めた後、2011年(平成23年)4月の千葉県議会議員選挙にて市川市選挙区から当選。
- 伊東一雄(野球解説者、愛称「パンチョ伊東」) - 小学生の頃から最期まで市川に住む。市川小、市川一中卒。
- ヨネスケ(落語家・タレント) - かつて居住していた。
- 古今亭菊之丞(落語家) - 平成14年NHK新人演芸大賞・落語部門大賞受賞。国分高校卒。
- ジャガー(ロック歌手・ローカルタレント・会社社長) - 市川市八幡を中心に活動。
- 崔岩光(ソプラノ歌手) - 2000年(平成12年)から在住。2009年(平成21年)市川市文化親善大使。
- 中村正人(ミュージシャン、ドリームズ・カム・トゥルーのリーダー) - 市川一中、国府台高校卒。
- 華原朋美(歌手、昭和学院小学校卒)
- 高橋英樹(俳優) - 私立市川高校卒。
- 高木美保(タレント・コメンテーター) - 和洋国府台女子高校卒、和洋女子大学中退。
- にしおかすみこ(お笑い芸人) - 国分小学校・和洋国府台女子高校卒。
- 伊藤淳史(俳優) - 国府台高校卒。
- 後藤真希(歌手) - 子供の頃、よく本八幡に遊びに来ていた。その縁で初ソロライブを市川市文化会館で行う。
- エド・はるみ(お笑い芸人) - 日出学園中学・高校卒。
- 山岡聡子(スノーボードハーフパイプ選手) - 和洋女子大学卒。
- 小川眞由美(女優) - 和洋女子大学短期大学部卒。
- 佐藤寿人(Jリーグ選手) - 市川南高校卒。
- CHIHARU(TRFのダンサー) - 和洋国府台女子高校卒。
- 吉田裕史(指揮者) - 東邦音楽大学特任准教授、大学院講師。 現在は、イタリアに在住しマントヴァ歌劇場音楽監督を務める。国府台高校卒。
- 乙川優三郎(作家) - 2002年第127回直木賞受賞。国府台高校卒。
- 真保裕一(作家) - 国府台高校卒。
- 滝口順平(声優・ナレーター) - 市川工業高校卒。
- 平沼定晴(プロ野球元千葉ロッテマリーンズ選手) - 千葉商科大学付属高等学校で選抜高等学校野球大会に出場、プロ入り。
- 瞳みのる(元ザ・タイガースのメンバー) - ザ・タイガース解散後、居住していたことがある。
- 仲谷明香 (声優・元AKB48) - 一時期在住。市川市立第七中学校在学中では前田敦子とは同級生。出身は盛岡市。
その他
- 東京エアカーゴシティターミナル(TACT)- 原木地区に所在していた生鮮食品と医薬品を除く航空貨物の通関業務、保管、搬出入のための上屋。明徳寮やロイヤルから通勤してる人も多かった。TACTは1972年(昭和47年)3月設立、2003年(平成15年)10月に会社解散が行われ、広大な跡地はホームセンターなどに変貌し、TACT近傍のいくつかの大手航空貨物業者の倉庫を残し、成田国際空港付近に移転した。
- いちかわエフエム - コミュニティFM放送局。
- アマゾンジャパン - インターネット上のショッピングサイト。市川市塩浜に配送センターがある。
- TDKテクニカルセンター - TDKの技術開発の拠点。なお1960年(昭和35年)に市川工場を新設し、2004年(平成16年)まで所在していた。
- ニッケコルトンプラザ - 日本毛織の工場跡地にあるショッピングモール。「ニッケ鎮守の杜」の「おりひめ神社」が残る。
- 式場病院 - 日本で最初の庭園式精神科病院。バラ園で有名。
- 人間禅 本部道場
- 市川市指定のごみ収集袋や、ごみ収集車には、魔法使いの男の子と女の子がほうきに2人乗りしている姿が描かれている。2人の名前は「キラリン」「ピカリン」という[22]。
- キックベースボールの発祥の街。子供会活動を通じて普及した。
- 市川市文化会館 - 市川市を代表するホールで、月に数回有名歌手によるコンサートが開催される。
- 京成自動車工業 - 特殊車両の設計・製造をする企業。テレビ局放送中継車の製造を行っている事でも有名。京成グループ。
- 山崎製パン - 1948年(昭和23年)市川市で創業。現在、JR市川駅前の本店跡には創業35周年記念のサンプラザ35ビルが建っている。
- デイリーヤマザキ - 山崎製パンの子会社。本部は市川市のサンプラザ35ビル内。
- サイゼリヤ - イタリアン・レストランチェーン。1973年(昭和48年)市川市で創業。八幡の1号店は記念館として保存されている。
- ユニデン - 1966年(昭和41年)ユニ電子産業として市川市に工場を設立。現在も市川に事業所を持つ。
- 虎の穴 - 本社は秋葉原だが、物流センターや関連企業の本社が市川市田尻にある。
- ジャパンラグビートップリーグ、クラブチームであるNTTコミュニケーションズシャイニングアークスの本拠地である。
市内の学校
大学
高等学校
- 市川高等学校(※中高併設)
- 国府台女子学院高等部(※中高併設)
- 昭和学院高等学校(※中高併設)
- 千葉商科大学付属高等学校
- 不二女子高等学校
- 日出学園高等学校(※中高併設)
- 和洋国府台女子高等学校(※中高併設)
- 千葉県立国分高等学校
中学校
- 市川中学校(※中高併設)
- 国府台女子学院中学部(※中高併設)
- 昭和学院中学校(※中高併設)
- 日出学園中学校(※中高併設)
- 和洋国府台中学校(※中高併設)
小学校
- 千葉県小学校一覧#市川市を参照のこと。
関連項目
脚注
外部リンク
- 行政
- 観光
テンプレート:Geographic Location テンプレート:市川市の町名
テンプレート:Navbox- ↑ 航空写真集 空から千葉県(千葉日報社)
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 『メレンゲの気持ち』(日本テレビ)2009年(平成21年)10月10日放映分ほかにて言及。また『散歩の達人』(交通新聞社)2009年1月号にも記載
- ↑ 市川市勢総攬
- ↑ 「広報いちかわ」1500号より
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 読売新聞2009年9月12日13S版31面
- ↑ 広報いちかわ2010年12月18日No.1407、4・5面
- ↑ いちかわケーブルネットワークの株式取得のお知らせ、ジャパンケーブルネット株式会社。
- ↑ 森本健弘(1993年)"千葉県市川市柏井町四丁目における不耕作農地の形成と農業経営"地理学評論Ser. A(日本地理学会).66(9):515-539.(517ページより)
- ↑ 林容史"東京新聞:放射性物質未検出「市川の梨」出荷へ 吉報に市長ら初物味わう"東京新聞、2011年7月30日(2011年8月8日閲覧。)
- ↑ 千葉県"梨「ちば旬鮮図鑑」"(2011年8月8日閲覧。)
- ↑ 優良建築物等整備事業とは、国土交通省
- ↑ 地上41階建てで約370戸の住宅が入る共同施設の建設(平成20年度着工予定) 店舗、業務、住宅の用途
- ↑ 2008年3月26日、読売新聞13S版33面記事
- ↑ A街区ビルにおける工事上の不具合について
- ↑ 読売新聞2008年6月15日朝刊12版24面
- ↑ 文学の散歩道
- ↑ 2012年8月24日発売『前田敦子 AKB48卒業記念フォトブック『あっちゃん』』(講談社)P.18。
- ↑ 平成18年度市川市じゅんかん白書 環境清掃部組織