讀賣テレビ放送

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2014年8月18日 (月) 20:33時点における編集中 (トーク)による版 (アニメ)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

テンプレート:Infobox 讀賣テレビ放送株式会社読売テレビ放送とも表記、よみうりテレビほうそう、英称:YOMIURI TELECASTING CORPORATION)は、近畿広域圏放送対象地域としてテレビジョン放送をする特定地上基幹放送事業者である。

通称は読売テレビ、略称はytvキャッチフレーズは「GO!GO!happiness」。 日本テレビ系列(NNNNNS)の準キー局である。

会社の概要

テンプレート:日本のテレビ局

本社などの所在地

現在の主な株主

括弧内は、持株比率を示す。

  1. 日本テレビ放送網株式会社 (11.59%) ※1・2
  2. 株式会社読売新聞グループ本社 (10.78%)
  3. 讀賣ゴルフ株式会社 (10.23%) ※1
  4. 野村土地建物株式会社 (7.98%)
  5. 野村ホールディングス株式会社 (5.00%)
  6. 株式会社UFJ銀行 (4.00%) ※3
  7. 株式会社三井住友銀行 (3.60%)
  8. 株式会社りそな銀行 (2.70%)
  9. 株式会社みずほコーポレート銀行 (2.40%) ※4
  10. 株式会社読売新聞大阪本社 (2.01%)

沿革

ファイル:Yomiuri-Telecasting-Corp-01.jpg
ロゴマーク変更前の現社屋
ファイル:Former Yomiuri Telecasting Corporation Headquarters.JPG
旧社屋、現在は解体済(1989年10月15日大阪市北区東天満)
ファイル:読売テレビ中継車.jpg
「ytv」の新ロゴが大きく描かれた読売テレビの放送機材運搬車(日野・プロフィア
  • 1958年昭和33年)2月13日 - 大阪讀賣新聞社(現・読売新聞大阪本社)などの出資により、準教育専門局「新大阪テレビ放送」(NOTV) として設立。
  • 1958年(昭和33年)8月1日 - 「讀賣テレビ放送」(YTV) に社名変更。
  • 1958年(昭和33年)8月28日 - 大阪市北区岩井町2-36(後に「東天満1-8-11」へ住居表示変更) から本放送開始(大阪第2局)。それまで大阪テレビ放送(OTV、現在の朝日放送 (ABC))にネットされていた日本テレビ (NTV) の番組を移行させる形で開局した。日本テレビ系列局の第一号として「ステーション・ネット局」宣言を打ち出す(フルネット局の嚆矢)。
  • 1960年(昭和35年)9月10日 - カラーテレビ本放送開始(大阪地区ではNHK大阪放送局、ABCと共に初。
  • 1967年(昭和42年)4月1日 - 日本テレビとの編成制作協定(N-Y協定)を締結。
  • 1978年(昭和53年)10月1日 - 音声多重放送開始(日本テレビに続いて2局目)。
  • 1988年(昭和63年)8月1日 - 本社社屋を大阪市北区東天満から同市中央区城見2-2-33の大阪ビジネスパーク (OBP) 内の現在地に移転する。10マークの使用開始。
  • 2000年(平成12年)7月1日 - 開局以来初となるマスコットキャラクター「テレビヤン」がお目見え。
  • 2003年(平成15年)12月1日 - 地上デジタル放送「よみうりデジタルテレビ」放送開始 (JOIX-DTV) 。本放送開始と同時にアナログ・デジタル統合マスターの運用を開始(この時にマスターのシステム自体もこれまでのNEC製から東芝製のものに変わる)。
  • 2005年(平成17年)7月29日 - 8月7日 - 天保山ハーバービレッジを会場とした大規模イベント「天保山10days わくわく宝島」を開催。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - 開局50周年を前に「ウキウキわくわくキャンペーン」を展開。CIを導入し、ロゴマークを原則として「よみうりテレビ」から「ytv」(報道関連、NNNの発信元テロップなど漢字表記する場合は「読売テレビ」)に変更した。また、3代目マスコットキャラクター「ウキキ」がこの日に誕生した。
  • 2009年(平成21年)11月24日 - 東京支社が東京都港区東新橋の「日テレタワー」(日本テレビ本社ビル)内に移転。
  • 2010年(平成22年)7月5日 - NHK日本民間放送連盟の申し合わせにより、地上デジタル放送の移行を前提に、アナログ放送においての全番組が画角サイズ16:9のレターボックス放送に移行する(画角サイズ4:3で製作されたCMは除く)。また2010年9月6日から、アナログ放送の黒帯部分に地上デジタル放送の準備を啓発する告知をCM中を除いて常時表示されるようになった。
  • 2011年(平成23年)10月3日 - 日本テレビ系列局の全番組ステレオ放送化により、今までモノラル放送だった読売テレビ制作の番組が全てステレオ放送(一部はモノステレオ放送)に切り替わった。

開局までの経緯

日本テレビ放送網(以下、日本テレビ)は1953年、東京での開局に先立ち、大阪にも放送免許の申請を郵政省に提出した。しかし、当時の大阪地区の割り当て電波は2波しかなく、NHK大阪放送局大阪テレビ放送(OTV。現・朝日放送)の2局に免許が与えられ、"日本テレビ大阪放送局"の免許は却下された。却下の理由は「日本テレビは東京地区を代表するもので、これが大阪で電波を出すのは"越境"である」というもの。日本テレビを率いる正力松太郎は、大阪の他札幌名古屋福岡にも同局の地域放送局を設立する事を郵政省に申請したが、これも大阪と同じ理由で却下された。

大阪では、その当時に読売新聞が大阪に進出したばかりで、朝日新聞毎日新聞などと販売競争で激しく競い合った。大阪テレビ放送は朝日新聞・毎日新聞と朝日放送・新日本放送(現・毎日放送)によって設立されたテレビ局である事から、当時の大阪讀賣新聞社(現・読売新聞大阪本社)社長・務臺光雄は「両紙を相手に部数を伸ばすには、自社系列のテレビ局を持つ事が必要」と確信し、読売側も大阪讀賣新聞社を中心に関西の財界などの出資によるテレビ局を作ろうと決心。務臺が発起人代表となって、財界から発起人集めを行った。

放送局の社名は「新大阪テレビ放送株式会社」(略称:NOTV=New Osaka Television『ノーテレ』と呼ばれた)とし、1957年2月に設立の発起人総会を実施。社屋は大阪市北区岩井町(現・東天満)の東本願寺天満別院跡地に建設された。1956年10月に放送免許の申請を郵政大臣に提出した。そして、1957年10月準教育局として新大阪テレビ放送に予備免許が交付(第10チャンネル、JOIX-TV)された。1958年2月12日に創立総会を行い、同年8月1日に社名を「新大阪テレビ放送」から「讀賣テレビ放送株式会社」(略称・YTV、愛称・よみうりテレビ)へ変更、同月28日にOTVにネットされていた日本テレビの番組を完全移行させる形で近畿地区では2局目の民放テレビ局として開局した。
読売テレビの開局でこれまでOTVのクロスネット政策のため近畿地方に流れなかった日本テレビ番組のスポンサーの不満[2]が解消し、読売新聞の西日本での部数増に大きく貢献した。

ネットワークの移り変わり

  • 1958年8月28日 - 開局。日本テレビ系列の第一号局として「ステーション・ネット局」を宣言。以降一貫して番組全般は日本テレビとなる。
  • 1966年4月1日 - ニュースネットワークNNNが発足し加盟。
  • 1972年 - この年発足のNNSに加盟。

略称・ロゴ

テンプレート:Ambox-mini 初代のロゴ表記には、大文字の“YTV”と斜面の“よみうりテレビ”の2種類があった。開局30周年の1988年8月からは10マーク[3]を導入し、「10マーク」と「よみうりテレビ」の使用が主となる。開局50周年記念の一環として、2007年4月から、小文字の略称新ロゴ「ytv」を導入し、NNS全国ネット向け・関西ローカルを問わずほぼすべての番組で表示することになった。日本テレビから送出されるNNNの各種ニュース番組及びCS放送日テレNEWS24の取材クレジット表示は「読売テレビ」としている。

ローカル放送と一部全国ネット番組ではペットキャラクター(1996年 - 2000年はアイニー君、その後2007年3月までテレビヤン)をクレジットに併記していた。クレジット表示はアイニー君の場合は「制作・著作 (左にアイニー君のイラスト)よみうりテレビ」、テレビヤンの場合は「制作・著作 よみうりテレビ(その右にテレビヤンのイラスト)」だった。

愛称としてのよみうりテレビ

ファイル:NNK-YTV Bell430 JA010Y RJOY 20090502-001.jpg
新ロゴ「ytv」と正式社名「讀賣テレビ放送株式会社」が併記された取材用ヘリコプター(JA010Y、2009年5月2日撮影)

開局から2007年3月まで、自社制作番組のクレジットは関西ローカル・全国ネットを問わずにひらがな表記の愛称「よみうりテレビ」と表記していた。

ただし、番組以外の事業に関しては「読売テレビ」と表記されていた(被ネット局側がロゴ出しをした場合の例外あり)。実例として1990年代後半に広島テレビ (HTV) が阪神vs広島戦を実況を差し替えて中継した際に制作・著作ロゴをHTV側で送出したため、「制作著作 広島テレビ・読売テレビ」と漢字で表記された事があったが、平仮名で「広島テレビ・よみうりテレビ」と表記した場合もあり、一貫性がなかった。また、過去には山口放送 (KRY) 制作の『防府読売マラソン』でもネット局のロール表示の際に漢字ロゴが使われた事もあった)。青森放送(RAB)が制作・中継し、本局も制作協力する『青森県民駅伝競走大会』(毎年9月開催)のエンドロールでは「読売テレビ」あるいは「讀賣テレビ」と表記している。

見解としては「番組関連の表記は『よみうりテレビ』、事業関連や一般的な表記としては『読売テレビ』、そして事務的な場合など正式な企業名(登記社名)を表記する必要性がある場合に限り『読売テレビ放送』と使い分け」ていたようである。

社章(バッジ)については、開局から1982年までは楕円の中に“YTV”ロゴを入れたものが用いられたが、開局25周年の1983年からは、長方形の中に“Y”と“O”を幾何学的にあしらったものに変更された。

テレビカメラなど、一部の放送機材や一部の送信所でも『読売テレビ』と表記している。現在は放送機材にも現行のロゴを使用している。

ytvへの移行

新ロゴマークは、黄色のytvの右上にチャンネル数10(テン)を表すオレンジ色の点(テンボール)をデザインしており、テンプレート:Colorテンプレート:Colorとなる。なお、2008年は同年8月28日の開局満50年を記念して1年間限定でテンプレート:Colorテンプレート:Colorテンプレート:Colorと表記した。これを機に段階的に「よみうりテレビ」ロゴと「10」マークが廃止された。長年使用していた為か「よみうり」ロゴ廃止後も「よみうりテレビ」の記述が見られる。なお、「ytv」の小文字での表記はロゴマークや読売テレビ社内で使用されるのであって、大文字の「YTV」でも何ら問題ない。

2007年4月からは、地上デジタル放送に於いて画面右上にウォーターマークとして「ytv」ロゴの表示を行う様になった(提供クレジット時は除く、ワンセグでは非表示)が、あまり透過していないため、少し目立ってしまう。なお、この表示はキー局の日本テレビをはじめ、広島テレビ、福岡放送などでも実施している。

2008年4月以降、番組関連での「制作クレジット」「番組宣伝ポスター」「社名“マーク”」としては「ytv」を用い、「社名」を表示する時には「読売テレビ」もしくは「読売(讀賣)テレビ放送」を使用するよう改められた(これにより今後は平仮名表記の「よみうりテレビ」は使用しない)。

2013年に開局55周年を迎えた際、ロゴマークの後ろに笑顔のボールが付け加えられた記念ロゴが使用された。ボールの中に55の数字で笑顔を表し、読売テレビの番組で視聴者に笑顔に届けるという意味を込めたものとなっている。

番組表に於いては、読売新聞スポーツ報知に於いては、2014年6月8日付まで「よみうりテレビ」と表記されていたが、同年6月10日付から「読売テレビ」の表記に変更された。なお、その他の新聞のテレビ番組表に於いては「読売テレビ」と表記される。また、デジタルテレビのEPGでは2007年3月31日までは"よみうりテレビ"と表記されていたが、同年4月1日からは"読売テレビ"に変更されている。なお、2011年7月24日24時前のアナログ波停波直前の画面の局名は「よみうりテレビ」と表示された。[4]

再放送番組に関しては基本的に旧ロゴのままだが、「ルパン三世 PartIII」の再放送用素材は、制作会社のトムス・エンタテインメント側が「東京ムービー」表記を現社名に改めた物を作成した際、作品の著作権が読売テレビにも残っているためか「よみうりテレビ」ロゴを「ytv」ロゴに改めた上で表記している。

キャッチコピー

  • ハロー10ch(1980年 - 1995年) - サンリオが製作したマスコットキャラクター「ハローちゃん」が存在していた。
  • あしたのテレビへ。その1。OPEN(1995年 - 1996年
  • よみうりテレビは、あなたに「ぴたっ」とします。(1996年)
  • i need 10(1997年 - 2000年
  • テレビヤン(2000年 - 2006年
  • ウキウキわくわくytv(2007年 - 2012年)
  • GO!GO!happiness(2013年 - 現在)

放送番組の特色

テンプレート:See also 平日は以下の様に早朝から19時まで、生放送報道情報番組を中心にして放送されている。

(不定期で休止することがあるが、『日テレNEWS24』→)『もうすぐ す・またん!』(5:10 - 5:20)→『朝生ワイド す・またん!』(5:20 - 6:30)→『ZIP!』(6:30 - 8:00)→『スッキリ!!』(8:00 - 10:25)→『PON!』(10:25 - 11:25 火~木のみ)→『NNNストレイトニュース』(11:30 - 11:45)→『ヒルナンデス!』(11:55 - 13:55)→『情報ライブ ミヤネ屋』(13:55 - 15:50)→再放送など(15:50 - 16:47)→『かんさい情報ネットten.』(16:47 - 19:00)

NNS全国ネット向け

(番組は2024年11月現在)

  • 長年に渡って平日午後2時台を中心とした生放送ワイドショー番組を放送している。現在の『情報ライブ ミヤネ屋』は元々関西ローカルで夕方に放送されていた番組。2007年9月まで放送していた『ザ・ワイド』は日本テレビと共同制作の形を採った(詳細はザ・ワイド参照)。
  • 1990年4月より他系列の在阪局同様、土曜日8時台・9時台前半に情報番組を放送している。現在は報道局が制作主体となっている『ウェークアップ!ぷらす』。この時間帯としては在阪民放唯一の報道番組であり、在阪局制作番組でありながらNNNの討論・報道番組としても扱われている。
  • ゴールデンタイムの制作番組は木曜日に集中しており、21時の『秘密のケンミンSHOW』、22時の『ダウンタウンDX』の2本を制作している。また、『NEWS ZERO』を挟んだ23時58分には『木曜ドラマ』を制作しており、都合木曜日は3本の制作番組が並ぶ。
  • 報道・情報系番組を除く3本の全国ネット番組は地上デジタル放送あるいはワンセグデータ放送に対応している。
  • アニメ枠は長年月曜19時台に編成されていたが、後述する2009年4月の改編で土曜18時と日曜7時に放送枠が変更された。2013年4月からは『シューイチ』の放送時間拡大によって『遠くへ行きたい』が日曜7時に放送されることになり、アニメの放送枠が土曜17時半に移動したため、土曜夕方に読売テレビ制作のアニメが2本連続放送されることになった。
  • かつては月曜日にも制作枠があり、連続ドラマバラエティ番組も手がけた事があったが、視聴率の不振が続いた為、前者は2004年3月、後者も日本テレビ制作番組と枠交換するも2008年2月をもって撤退[5]、そして2009年4月改編で平日19時枠に帯バラエティ番組『サプライズ』がスタートした為、長年守り続けたアニメ枠までも枠移動を余儀なくされた。
  • 深夜番組では『11PM』の火・木曜日分を担当して以来、現在のプラチナイト枠に至るまで全国ネット番組を途切れなく制作している。2008年10月2日より同枠にて、4年半ぶりに連続ドラマを放送している。2010年4月からは『サプライズ』終了に伴う平日19時台の同局制作枠廃止(枠を日テレに事実上返上)に伴い、読売テレビ発・全国ネットは木曜日に集中する事になる(夜間に関しては21時台・22時台と木曜ミステリーシアターのみとなる)。

全国ネットに相当する番組

完全な全国ネットではないが、『遠くへ行きたい』や一部の深夜番組が日本テレビを始めとした複数の系列局で放送されている。

日曜昼に放送されている『たかじんのそこまで言って委員会』は、関東などを除いた全国24局同時ネットで放送されている(関西では20%超の高視聴率で占拠率は50%近く[6]を叩き出す事がある人気番組)。日本テレビが番組ネットを打診したが、司会のやしきたかじんら出演者は「関東圏には流すな」と拒否、日本テレビでは放送されていないというエピソードを持つ。

因みに中京広域圏中京テレビとの親交が深く、全国ネット化に先駆け『ミヤネ屋』を一足早く[7]ネットした。この際「-ミヤネ屋」に東京制作部のスタッフを派遣しており、2009年に始まったローカル番組『愛の修羅バラ!』ではレギュラー番組としては初めての共同制作を行っていた(現在は『上沼・高田のクギズケ!』)。そのほか、土曜朝の『あさパラ!』を唯一同時ネットしていたが、2011年3月末で中京テレビへのネットを打ち切った。

関西ローカル番組

  • 日曜22:30からの『大阪ほんわかテレビ』や土曜16:00からの『土曜はダメよ!』などを制作している。
    • 1999年4月より日曜の昼に関西ローカルの情報バラエティ『ウラネタ芸能ワイド 週刊えみぃSHOW』の放送を開始し、一躍話題となる。同番組はキー局や地方局のワイドショーでは話せない芸能界の裏情報が満載の番組としてエリア外でも異名を轟かせていた。これに伴って1998年まで同時ネットされていた『防府読売マラソン』(山口放送制作)の中継を深夜放送枠の時差ネットで録画放送している。2009年から2010年までは中京テレビと共同制作の「愛の修羅バラ!」を放送。
  • 関西ローカル向けのワイドショーを2001年10月から2009年3月まで平日の10時台に編成していたが、2004年に若年層をターゲットにしたなるみ陣内智則司会の『なるトモ!』をスタートさせた。2005年10月から『なるトモ!』は日本テレビ中京テレビ広島テレビくまもと県民テレビでもネットされる事になり、念願の“東京進出”を果たす。関西発のワイドショーが関東でもネットされたのは『2時のワイドショー』→『Beアップル2時!』以来12年半振りであり、共同制作の『ザ・ワイド』で約1年間放送されていた大阪からのパートを含めると10年ぶりの事だった。しかし、日本テレビでの放送は僅か半年で終了した。
  • 1990年代から日本テレビ系列の平日夕方時間帯(午後4・5時台)はローカル情報番組(帯番組)を編成している局(STVFBSなど)が多くなっているが、読売テレビは長年夕方ローカル情報番組を編成する事なく2時間ドラマの再放送枠で、一定の視聴率を保っていた。ローカル番組を編成するMBS(『ちちんぷいぷい』)やABC(『ワイドABCDE〜す』や『ムーブ!』など)に対抗すべく2005年11月から毎週金曜日に元ABCアナウンサーの宮根誠司を司会に起用した自社制作の情報番組『激テレ★金曜日』をスタート。翌2006年7月31日からは再放送枠を廃止し、『激テレ★金曜日』を帯番組に発展させた『情報ライブ ミヤネ屋』を開始した。2007年10月1日から同年9月28日に終了した『ザ・ワイド』の後継番組として放送時間を13:55からに移動、全国ネットとなった。
  • 以前は『おはようニュースマガジン』『元気モンTV』『あさイチ!』など平日早朝時間帯にローカル情報番組を放送していたが、2006年6月30日で一旦終了。7月3日からは日本テレビの『ズームイン!!SUPER』をフルネットし、その中で30分ほどのローカルコーナーを放送。2010年3月29日からは3年9ヶ月ぶりに早朝の自社制作情報番組『朝生ワイド す・またん!』を放送。
  • 他の在阪局と同様に全国ネットではプロ野球中継のうち読売ジャイアンツ戦を関西地区では阪神タイガース戦中継に差し替えるケースが見られる(二元中継の場合もあり。2007年5月28日にはオリックス・バファローズ戦を中継)。
    • かつては阪神応援番組の先駆者的番組『週刊トラトラタイガース』を放送していた。現在は後述の『ZIP!』のローカルコーナー内で「ウル虎!Sports」を毎日放送している。
  • 毎年春と夏(『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』の開催当日)には朝9時半から夕方にかけて長時間の生ワイドスペシャルを企画しており、当該時間枠の生放送番組の拡大版が放送されている(2005年夏は放送なし)。また、『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』の放送枠でも珍しく比較的自主制作枠が多い。
  • 自社製作の深夜番組については、一部の番組を日本テレビ系列局にネットされており、日本テレビでは水曜深夜に3枠連続で当社製作番組を放送されている。
  • 1992年10月から放送された深夜番組「たかじんnoばぁ〜」は、関西地区で最高視聴率25.1%(占拠率56%)を記録し、読売テレビ深夜番組史上最高視聴率を記録した。(この記録は破られていない)

アニメ

テンプレート:See also

  • 本局では1967年昭和42年)に放送が開始された紙芝居の名作をアニメ化した『黄金バット』でアニメーション制作に参入した。在阪局のアニメ参入は毎日放送(MBS)に次いで2局目で、『黄金バット』の他、スポ根アニメの金字塔とも言われる『巨人の星』やプロレスアニメの決定版『タイガーマスク』、赤塚不二夫の人気を不動のものとした『天才バカボン』、アニメブームの金宇搭とも言われる『宇宙戦艦ヤマト』など1960年代 - 1970年代は大ヒット作を連発した。『ルパン三世』を初めてアニメ化したのも本局である。
  • 1990年代以降、諏訪道彦プロデューサーによるアニメ制作に力を入れており、MBSと並んで在阪局ではアニメ制作に力を入れている事で知られている。諏訪がプロデュースした代表的な作品としては、1996年1月に放送が開始された『名探偵コナン』や『結界師』『金田一少年の事件簿』『犬夜叉』『シティーハンター』『YAWARA!読売新聞朝刊に連載中の植田まさし作による4コマ漫画をアニメ化した『コボちゃん』等。NNS系列全国ネットのアニメを数多く制作している。最近では『エンジェル・ハート』等の深夜アニメも手掛けている。
    • 本局発全国ネットのアニメ番組では、ポケモンショックを教訓とした視聴注意テロップ「○○からのお願い…テレビアニメを見るときは部屋を明るくして画面からはなれてくださいね(○○には“コナン”や“結界師”等のメインキャラクターの名前が入る)」という他局では見られない特徴的な視聴の注意文を使用している[8](『それいけ!アンパンマン』など番販の場合は単に「テレビアニメを見るときは-」という表示である)。
    • 視聴注意テロップについては全日のみ表示である。但し、2007年10月に月曜夜7時枠から深夜に移動した『結界師』では表示された。また午後7時からアニメ映画を放送する場合は表示されていた(2009年春に枠廃止)が、日本テレビ発である金曜ロードSHOW!でアニメ映画を放送する場合は表示されない。
    • 一部作品を除きオープニング・エンディングテーマの楽曲名の表示は、OP・ED冒頭で一回と途中スタッフのクレジットと共に一回出しているため、2回楽曲名が表示されるようになっている。
    • 1995年から2009年まで、月曜7時台は本局制作のアニメ2本立てという編成が続いていたが、安定していた視聴率も2005年頃から低迷していた。その結果、19:00 - 19:30に放送されていた『結界師』が2007年10月改編で全国ネットから深夜枠へ"降格"(一部の局は打ち切り)となった。同年内いっぱいは『名探偵コナン』の1時間スペシャルや単発2時間特番で凌ぎ、2008年1月からはかつてフジテレビで放送された『ヤッターマン』のリメイク版を放送していた。
    • 2009年3月時点で、在阪局でゴールデンタイムにアニメ枠を持っていたのは本局のみだった(1996年まではABCも持っていた。MBSも1994年に一度全廃したが2005年に1年間だけ復活)。
    • 本局の本社前には『名探偵コナン』の主人公・江戸川コナンのブロンズ像が建てられている。
  • 一方で1980年代後半から1990年代前半頃にかけて日本テレビ制作のアニメ作品のネットに消極的な時期があった。
  • 自社及び日本テレビ制作の深夜アニメは、現在では月曜深夜の『MANPA』枠の中で放送している(後述の『無敵看板娘』もこの枠で放送されていた)。しかし日テレ制作の作品は大幅な遅れネットを生じる事がある。
  • UHFアニメの参入は在阪局としては最後発で、2006年7月からの『無敵看板娘』で参入を果たし(この作品にも製作委員会に加わっている。しかし関東圏の独立局と比べると放送時期は3週間程遅れていた)、これにより全ての在阪局及び近畿地方の民放テレビ局がUHFアニメを放送する事になった。但し、完全な外部製作のUHFアニメは2012年7月期の『薄桜鬼 黎明録』まで無かった。
    • 『無敵看板娘』以降は長らくUHFアニメの放送が無かったが、2008年7月より本局では2年ぶり、2本目となるUHFアニメ『乃木坂春香の秘密』以後はおおよそ1クール月と1-2本程続々とUHFアニメを製作している(『ぬらりひょんの孫』シリーズはBS11と共同で製作委員会に参加)。
    • 16:9SDマスターで制作されたUHFアニメは、地上デジタル放送ではフルサイズで放送されている。なお、在阪局でUHFアニメのフルサイズ放送を実施しているのは本局とMBS・テレビ大阪(TVO)のみ。
  • 1987年から1995年にかけて、学校の休み期間に『アニメだいすき!』と称した枠でOVAを集中して放送していた事でも知られる。
  • 2009年7月には東京支社内にアニメ事業部を設立。系列会社のyteと連携している。

その他

  • ローカルで深夜に放送する定時番組枠において放送枠に名称を表記して放送する傾向にある。これらは新聞の番組表やEPG(アナログ放送時代はGコードも)でも枠名でまとめてもしくは枠名のみ掲載され、枠内で放送する番組の開始時刻も表記されない[9]為、一つの番組(特に枠後半の番組)だけ視聴もしくは録画予約したい場合の障害となっている。
  • 関西圏の広域局で自社系のCS放送局を持っていない[10] (他、大阪府域局のテレビ大阪も同様。関西テレビもかつては持っていたが撤退)。
  • 社屋10階に社員食堂としてカフェテリアコーナーがあり、東側が食堂生駒、西側が喫茶コーナー六甲である。
  • 在阪民放で唯一大株主に鉄道会社が入らないが、鉄道会社での番組宣伝は積極的に行われており、特に西日本旅客鉄道(JR西日本)では大阪駅に専用ボードがあるなど改編期を中心に番組の中吊り広告を展開している。また、大阪環状線で1編成貸し切りのジャック広告を行う事もある。毎年夏から秋頃にJR西日本管内の特定地域(例外で四国・九州を舞台にした実績あり)を舞台とした『名探偵コナンミステリーツアー』(但し1990年代は『金田一少年の事件簿』や『探偵学園Q』が扱われたことがある。)が行われている。なお、読売テレビ本社の最寄駅である京橋駅は、JR西日本と京阪電気鉄道の沿線に当たる。
  • 2011年12月より、「ytv」という右上にあるウォーターマークの位置が前回よりも右上にロゴが上がった。

日本テレビとの関係

在阪局は在京キー局と対立しがちであるが、読売テレビは日本テレビの意向を受けて設立された放送局という経緯もあり、両者の関係は非常に良好である。

かつては『お昼のワイドショー』(初期)、また『11PM』の火・木曜放送分を放送開始から終了まで制作を担当し(後継番組の『EXテレビ』でも)、2000年代においても『ズームイン!!SUPER』に当時同局解説委員の辛坊治郎がレギュラー出演したり、2009年4月 - 2010年3月まで放送された『SUPER SURPRISE』(開始当初のタイトルは『サプライズ』)においても、前述の『11PM』『EXテレビ』と同様、水曜放送分の制作を担当した。また2007年9月まで放送されていた『ザ・ワイド』では同局との共同制作を行い、前期は本局発の情報コーナーを設けたり、積極的に関西からリポーターの中継を入れたり、後期には同局解説委員の岩田公雄がレギュラー出演していた。

本局制作の全国ネット番組(『どっちの料理ショー』など)に日本テレビのアナウンサーが出演したり、同じく本局制作の全国ネット番組の『ウェークアップ!ぷらす』や『ミヤネ屋』には日本テレビも協力し、同局の記者や解説委員も多く出演している。『ウェークアップ!ぷらす』においては、東京で出演するゲストを東京・汐留の日本テレビスタジオに招いてネットを繋いだり、インタビュー映像に出演する識者のコメントを同局で収録する等、積極的な交流がなされている(党首討論や立候補予定者の討論など企画によって汐留のスタジオから全編生放送することもある)。

改編期に放送されている『世界一受けたい授業』の番組対抗スペシャルに読売テレビから『ミヤネ屋』や『秘密のケンミンSHOW』チームがゲスト出演している。深夜番組は日本テレビと共に同日ネットを行う番組が他局と比べて多い。また『名探偵コナン』に関しては劇場版での制作に日本テレビのスタッフが参加したり、汐留社屋内にある日テレショップでのグッズ販売も行っている。2009年3月には日本テレビ55周年・読売テレビ50周年の両局の記念番組として、『ルパン三世VS名探偵コナン』が放送された。

なお読売テレビの東京支社は2009年11月24日に東京・汐留の「日本テレビタワー」(日本テレビ本社ビル)内に移転し、在京キー局の本社内に在阪準キー局の東京支社が入居する形となった[11][12]

系列会社と日本テレビとの関係も良好であり、小西美穂の様に報道などで評価、本局から日本テレビに移籍する社員もいる。自社制作の深夜番組の多くは日本テレビにもネットされ、中京広域圏の中京テレビとも番組制作など(『特報!EXPOプレス』や『愛の修羅バラ!』等)で積極的に協力がなされているなど、NNN系列の準キー局として非常に良好な関係を築いている。

一方で、他の在阪局同様に日本テレビとは一線を画す番組編成を取る時間帯も少なくなく[13]、中には先述の『たかじんのそこまで言って委員会』等の様に出演者の猛反対を受けた等の理由で日本テレビにはネットされない場合もある。

オープニング・クロージング

  • 開局時頃のオープニングは読売新聞独特の社旗のデザインに「読売テレビ」と書かれた局の社旗をバックに周波数などが表記されたモノクロ映像で、BGMは1988年8月に、現在の社屋に移転するまで使われた壮大なオーケストラ調の音楽。その後1988年8月の社屋移転までのオープニングは、このBGMをバックに日の出を撮影した映像。クロージングは1981年当時は切り絵(影絵)風のもの(この当時は末尾に主要中継局のチャンネル表示もあった)だったが、その後ヨットコアラなどの映像と西部劇風な曲に変更され、中継局の紹介字幕も割愛された。
  • 1988年8月の移転後はオープニング・クロージング共通で讀賣テレビ局舎をベースにクレイアニメーションを取り入れて大阪の四季をイメージしたものや、1997年1998年頃になってからは絵画作品をストーリー風にアレンジしたものが放送された(音楽を手掛けていたのは西司)。
    • 放送終了と放送開始との時間が短い場合は終了時にID(静止画)を5秒間表示していた。
  • 1998年に深夜の休止時間帯のフィラー(1日の基点は当初5時00分だったが、2009年現在は平日5時20分・土曜4時45分、日曜4時35分)としてNNN24(現・日テレNEWS24)が放送を開始すると放送時間を大幅に縮小して(10秒程度)当時のペットキャラクターである『アイニー君』(当時はI Need 10=アイ・ニー・ジューというスローガンがあった)をモチーフにしたアニメ映像が採用された。これによって周波数のコメント表示が省略された。
  • しかし、2000年にペットキャラクターが『テレビヤン』(テレビのブラウン管をモチーフにしたキャラクター。後に少しデザインのマイナーチェンジがなされた)が採用されるとかつて使用した絵画作品のダイジェスト版が放送された。
  • 2005年4月1日から2007年3月31日までは、絵本作家・永田萌のイラストを使用したオープニングとエンディングの映像が放送されていた。また、2005年7月29日 - 8月7日の「天保山10デイズわくわく宝島」の開催期間限定でエンディングは振付師・真島茂樹がこのイベントのために新たにレコーディングしたイメージテーマソング「宝島伝説〜ワクワク愛の伝道師〜」の一部を抜粋したものが放送された。
  • 2007年4月1日から2008年12月までは「ytvウキウキたいそう」が放送された(オープニング・エンディング共通、15秒スポットIDと同じ)。
  • 2008年は以下のような形でクロージング、オープニングを放送した。

最終番組→地上デジタル放送宣伝CM15秒→ytvウキウキたいそう→地上デジタル放送宣伝CM15秒→フィラー(日テレNEWS24または放送休止)→ズームイン!!SUPER宣伝CM15秒→ytvウキウキたいそう→地上デジタル放送宣伝CM30秒→最初の番組

  • 2009年1月からは最終番組→地上デジタル放送宣伝CM30秒→読売テレビの番組CM15秒→地上デジタル放送宣伝CM15秒→フィラー→平日:読売テレビの番組CM30秒/土曜・日曜:読売テレビの番組CM15秒→地上デジタル放送宣伝CM30秒→最初の番組となり、またこれよりオープニング・クロージングは流れなくなった。
  • 2009年11月16日からは最終番組→地上デジタル放送宣伝CM15秒→読売テレビの番組CM45秒→フィラー→地上デジタル放送宣伝CM60秒(2011年1月24日以降は地デジテスト60秒)→最初の番組もしくはCMとなっている。
  • 地上アナログ放送終了告知画面は日テレNEWS24フィラー前の30秒間放送している(音楽付き)。なおデジタルはフィラーへ直行している。放送休止の場合は、放送再開(カラーバー終了)の際に30秒間放送している。
  • 以前はオープニングには今日の日付(○月○日○曜日)を、クロージングには「おやすみなさい」という文字を、またフィラー前には「この後はNEWS24」というテロップを表示していたが、2007年4月1日より表示されなくなった。
  • 2007年3月31日までフィラー時間中にサイマル放送される日テレNEWS24がスタートする場合は「この後はNEWS24」(当初は「本日の番組を終了します。この後はNNN24」)のIDタイトルを被せていた。放送休止を行う場合は「本日の放送を終了します。おやすみなさい」となっていた。また毎月1回行われる緊急警報放送試験が実施される場合、「EWSテスト終了次第NEWS24をお送りします」というクレジットを出していた(2007年3月31日まで)。
  • 2013年2月から2014年3月までは、開局55周年バージョンとしてオープニングが復活。開局当時の大阪市北区岩井町の旧社屋の映像とともに、開局55周年キャンペーン隊長を務めた中谷しのぶが55周年のロゴマークの説明を行い、最後は「JOIX-DTV 読売テレビです」とナレーションされている(ナレーション担当は三浦隆志)。
  • 2014年3月30日からのオープニングは「弾神オドロッカー」(日・月・火)または「パンダのたぷたぷ」(水・木・金・土)の映像の後、「JOIX-DTV 読売テレビです」とナレーションされている。

アナログ放送終了特別バージョン

2011年7月24日正午に地上アナログ放送が終了。その後はブルーバックによるお知らせ画面に切り替わり、23時59分ごろ、アナログ放送終了を告知するための特別クロージングが流された。

ナレーションは萩原章嘉アナウンサーが担当。映像は開局当時の東天満社屋の空撮→読売テレビ開局パレード→1980年代の東天満社屋→生駒山の鉄塔→2011年現在のOBP現社屋の空撮と続いて、最後に、ホワイトバックに「テンプレート:Color よみうりテレビ」のロゴが表記された。ナレーションについては、下記の通りである。

1958年8月にスタートしたよみうりテレビは、52年と11ヶ月間、アナログ放送をお届けしてきました。2003年からは、地上デジタル放送が登場。本日、長らくお世話になりましたアナログ放送が終了します。明日よりは、デジタル放送が独り立ちしますが、読売テレビは、これからも皆様と共に歩んでまいります。JOIX-TV、よみうりテレビ。

フィラー放送

  • 定時番組終了後(一部の日曜深夜 - 月曜未明を除く)は、日テレNEWS24(平日は基本的にOha!4 NEWS LIVE部分のみ)がフィラーで放送されている。
  • 日テレNEWS24の放送は定時放送終了後からとなる為、番組の途中から放送される。
  • 日曜深夜 - 月曜未明とメンテナンス日(平日に不定期)は原則として休止となっている為、新聞発表がないものの放送開始(基点)時間の5時20分直前の数十分間(場合によっては1時間以上放送される場合も有り)程度日テレNEWS24が放送される。なお、データ放送EPG及び読売テレビの公式サイトでは放送開始時間の記載がされている。
  • CMについても日テレNEWS24と同じものを放送している。
  • 先述した緊急警報放送試験(基本的に毎月1日)を実施する場合、NEWS24の前に約15分間放送休止の時間を設けて、カラーバー緊急警報放送試験を実施する(デジタル放送もアナログ放送と時間をずらしてデジタル専用の緊急警報放送試験を実施)。
  • 日テレNEWS24が休止の場合や24時間テレビ放送終了日の深夜等、日テレNEWS24の放送が無い場合に自社制作のフィラー番組 (フィラーというタイトルで番組表に記載、ハイビジョン制作)を実施する。

内容は以下の通り。

  • パターン1 - 春の桜の映像を中心とした近畿地方の四季映像とBGMを放送。
  • パターン2 - 近畿地方と全国の詳細な天気予報とBGMを放送(ABCのフィラーと同様)。データは1時間毎に更新。
  • パターン3 - 本社お天気カメラの映像を無音で放送。緊急警報放送試験の日に、日テレNEWS24の放送が無い場合等に実施。
  • なおフィラー放送はクロージング(局名告知)後すぐには放送せず、1分間程黒画面(2008年以前は灰色画面)とカラーバーを挟む。
  • 全曜日のフィラー終了時には、「番組の途中ですが、ご覧のチャンネルでの『NEWS24』の放送はここで終了させていただきます」とテロップで表示される。2009年5月までの平日(Oha!4 NEWS LIVEエンディング時)には、「『NEWS24』の放送はここで終了させていただきます。この後、詳しいニュースは『ズームイン!!SUPER』をご覧下さい。」と表示されていた[14]
  • 1998年にNNN24(現・日テレNEWS24)が開始される前は放送休止時にはカラーバーやお天気カメラの他、ミュージックPVやゲームのデモ画面を流していた事もあった(この時はクロージング後すぐに放送していた。またミュージックPVやゲーム画面を流している時は、およそ1分おきに画面右下に当時のキャラクターであるアイニー君のアニメーションを表示していた)。

新聞などのテレビ欄

  • 新聞テレビ欄は、株主である読売新聞とその系列のスポーツ報知『よみうりテレビ』と表記しているが、その他の新聞やテレビ情報誌『読売テレビ』(又は単に『読売』)と表記している(新聞に限らずテレビカメラなど一部の放送機材や一部の送信所にも旧ロゴで『読売テレビ』と表記しているものがある)。これは略称が「ytv」或いは「読売テレビ」に変更された現在でも続いており、まだ「ytv」の愛称が定着しているとは言い難い。
  • スポーツ報知(大阪本社版)のテレビ欄には、本局の番組欄の左端に長年に渡って縦長サイズ(テレビ番組表のサイズ)で「今夜の見もの」として連日一つの番組を紹介する広告を掲載している。また2007年4月から産経新聞夕刊(大阪本社版)のテレビ欄に「読売テレビの今夜の見もの」という広告を連日掲載していたが、2008年4月からは明朝の『ズームイン!!SUPER』の番組内容紹介(ytvローカルパート)に変わった。

社旗

当社の社旗は、読売新聞社のものと同じデザインである。ただし、文字の部分に関しては黒字で「讀賣(改行)テレビ」と表記される(読売新聞社は、赤字で「讀賣」と表記)。また色合いも読売新聞社の社旗は朱色に近い赤色だが、読売テレビの社旗はワイン色に近い赤色になっている。

読売テレビ番組の分野別一覧

詳細は読売テレビ番組の分野別一覧を参照。

スタジオ

現社屋は、本局の開局30周年記念事業の一つとして1988年4月に完成した。その後段階的に社内の引っ越しやスタジオ稼動を行い同年8月1日に主調整室(マスター)も移転して、完全に現社屋での放送となった。

大阪本社

旧本社は汎用スタジオが2つ(報道用を含めると3つ)だった事から、現本社移転に際してはスタジオを新たに1つ増設すると共に全体のスタジオ面積を拡大し大型化させた。なお、現本社移転時には1スタは旧本社1スタ、2スタは旧本社2スタからそれぞれ機材を移設して対応した。

東京都内

1993年、本局における「東京での番組制作の拠点」を目指し、東京都八王子市京王相模原線京王堀之内駅前に建設されたスタジオである。在阪局では関西テレビ東京メディアシティ内に設置したレモンスタジオに続いて2番目に開設した東京のテレビスタジオだった。
スタジオは2つあり、オープン時は第1スタジオ及び第1副調整室(サブ)のみに機材を整備し、この機材を第2スタジオと分けて運用されていた。この他にVTR編集室やMA室なども整備され、本局だけではなく東京地区での他局の番組収録にも使ってもらえる様な設備を目指していた事もある。当時は自社制作番組「即席!明るい改造計画」などの番組収録に使用されていた。失楽園(ドラマ編)も同スタジオで一部収録された。
しかし、都心部から距離が離れていた事や、タレントやスタッフの移動に時間的制約が掛かる事が一番のネックとなり、それによる稼働率の低さからスタジオ運営の採算が取れず、やむを得ず同所の売却を検討したが買い手がつかなかった。このため、2003年に建物を解体し更地状態にした上で売却した。現在は同所跡地にマンションが建設されている。
このスタジオで制作されていた番組については都内の貸しスタジオに分散され、閉鎖当時にこのスタジオで収録されていた番組は渋谷ビデオスタジオ(2007年9月閉鎖)や東京タワースタジオ(旧・東京タワー芝公園スタジオ、2012年9月閉鎖)、東京メディアシティなどでの収録に切り替えられた。
なお、現在の東京での収録番組については下記の様になっている。
また、一部番組は日本テレビが運営する生田スタジオ(神奈川県川崎市多摩区)で収録されるケースもある。
  • 読売テレビ東京支社(東京都港区
読売テレビ本社 - 東京支社間には常時使用可能な専用中継回線が引いてあり、情報ライブ ミヤネ屋などで使用されている。

情報カメラ設置ポイント

アナウンサー

※はアナウンス部長経験者。

現在

入社順。

元・アナウンサー

◎:2013年12月の時点で、「アナウンサー」「キャスター」として読売テレビ制作の番組に出演。

記者

  • 河中可志子
  • 嶋田麻里
  • 田中麻美
  • 波止荘子

解説委員

※現在、本局は在阪局で唯一解説委員を置いている。2人とも本局制作のローカル・全国ネット問わず報道・情報番組に出演・解説している。岩田は日本テレビ制作の報道・情報番組に出演することもある。

  • 岩田公雄(元アナウンサー・元報道記者・元解説委員長。特別解説委員)
  • 春川正明(元報道記者。解説副委員長)

放送技術概要、送信所・中継局等一覧

ファイル:NNNID.png
日本テレビ系列のリモコンキーID地図

リモコンキーID

  • リモコンキーIDはアナログ親局のチャンネル番号を引き継ぎ10である。
    • アナログ親局が10chであった民放7局の中で唯一地上波デジタル放送でも「10」を採用した放送局である
  • キー局の日本テレビのリモコンキーIDは日本テレビのアナログ親局と同じ「4」で、NNS系列全29局中21局で使われる。

送信所

  • JOIX-DTV
  • 物理14ch(チャンネル番号101 - 103、 周波数 479.142857MHz)
  • 空中線電力3kW・実効輻射電力30kW(放送区域内世帯数 約580万世帯)
  • 地上デジタル放送の物理チャンネル14chはかつてNHK UHFテレビ実験局(大阪)が使用していた。
  • 送信所施設は毎日放送(デジタルテレビ)と共同使用(デジタル放送開始以前は局単独の施設だった)。

中継局

アナログ放送の概要

2011年7月24日停波時点

中継局

チャンネル番号について

大阪地区のアナログテレビ放送の第10chである。既に開局していた大阪テレビ放送(現・朝日放送 (ABC)。6ch)、既に設立されていた大関西テレビ放送(現・関西テレビ放送。8ch(ただし、本局より3ヵ月後に開局))に続く大阪地区に割り当てられた民放3・4波目のチャンネルを巡り、新日本放送(現・毎日放送)、近畿教育文化テレビ及び関西教育文化放送との競願になり事態が硬直した際、新大阪テレビ側は兵庫県姫路地区のNHK向けに割り当てられていた第2chを大阪地区へ振り向けることを提案。これが通って、当時第4chで送信されていたNHK大阪放送局は第2chが割り当てられることになり、大阪地区は民放に2波、空いた第4chと第10chが準教育局として免許を与えられることになった。しかし教育専門局2社の処遇を巡り、当時郵政大臣であった田中角栄が毎日放送と新大阪テレビにそれぞれ合併するよう示唆したのに対し、新大阪テレビが断固拒否した。次いで教育2社が合併して毎日放送と新大阪テレビのいずれかと合併することとなり、押し付けあったあげく新大阪テレビはキー局の日本テレビ放送網東京)と同じ第4chを断念する代わりに単独開局の道を選び第10chを割り当てられた[15]。毎日放送は若いチャンネルである第4chの獲得を条件に教育局と合併することを呑んだ。
1988年に開局30周年を記念して読売テレビは「10マーク」[16]を導入した。

また、地上デジタル放送におけるリモコンキーIDを在阪他局同様にアナログ放送のチャンネル番号を引き継ぎ10とし、日本テレビ系列のみならず4大系列で唯一2桁の番号を採用した局でもある。

区域外再放送

以下のケーブルテレビでは、区域外再放送が行われている。 この内、斜体はアナログ再放送のみである。

徳島県は民放テレビが県域局四国放送(JRT)1局しかない特例地域であるが、そのJRTは日本テレビ系列の非マストバイ局であり、ネットされていない日本テレビ系列全国ネット番組が少なくない [17]

こうした事情から、徳島県内のCATV事業者はJRT・読売テレビとも協議を行ってきたが不調に終わった。そのため、読売テレビはデジタル再放送の要望を取り下げることを条件に、デジアナ変換での再放送を提案し、2015年3月まで12社で再放送が実施される [18] こととなった。 従前からデジタル再放送をしてきたひのきは、総務大臣裁定を申請し、同意裁定がされた [19]ため、継続して再放送している。 なお、徳島県で読売テレビを個別受信するには、高利得アンテナが(場合によりブースターも)必要となる。

三重県

徳島県

香川県と岡山県での区域外再放送は2011年7月24日に終了した。

関連会社

事件・事故

不祥事・トラブル

  • 2004年2月13日 - 映画イベント「CINEMA DAISUKI 映画祭2003」に応募した当選者のメールアドレス150人分が流出した。メールアドレスのCCとBCCを誤って入力した事が原因だった。謝罪し、誤送信したメールを削除するようお願いした。
  • 2005年9月22日 - 北海道知床での番組ロケで騒いでいた読売テレビスタッフとお笑い芸人たちに男性観光客が口頭で注意。しかし、この男性観光客は読売テレビスタッフと参加していたお笑い芸人の一人に口汚く反論された上に体を押さえつけられて一時監禁されたとして警察に通報した。駆けつけた警察署員の前でも読売テレビスタッフらの態度は変わらず、男性観光客は後日読売テレビへ抗議。当初は謝罪の意志を示さなかったが、再度警察に相談したところ、ようやく行き過ぎた言動に対して読売テレビとこのお笑い芸人が男性に謝罪する事態となった[20]
  • 2007年6月17日 - この年4月22日に放送された討論バラエティ番組たかじんのそこまで言って委員会』にて、当事者に取材せず、事実の確認をしない内容を放送したとして謝罪した。詳細はたかじんのそこまで言って委員会#番組中の公式謝罪を参照。
  • 2007年7月16日 - この日放送の『名探偵コナンスペシャル』にて視聴者クイズを出題したが、インターネットによる応募だった事と放送終了後30分を締め切りに設定したために応募者のアクセスが集中し、長時間に渡り読売テレビのサーバ自体が落ちるという羽目になった。これにより次週23日のクイズからは企画を「24時間タイムリミットクイズ」と変更し、クイズの締め切りを放送翌日午後8時までとした。
  • 2007年12月12日 - 奈良県磯城郡田原本町の医師宅放火殺人の供述調書漏洩事件で、同年9月28日調書の写しから京都大学医学研究科の教授の指紋が検出されたと報道したのは誤りだったとし、教授に謝罪文を提出した。教授は「大学のプロジェクトや生活に支障が出た」として本局に謝罪を求めていた。本局は、12月10日付で取締役報道局長や記者ら5人を処分したが、詳細は明らかにできないとしている。
  • 2010年12月 - 同局の報道番組で、あいりん地区での向精神薬の売買などの貧困ビジネスの実態などを紹介する内容の特集が組まれた際、大阪市在住の男性が、この特集に匿名で取材協力したが、その直後に殺人未遂事件に遭った。この男性は、同局が音声加工などで身元を秘匿するなどの処置を十分に行っていなかったためだとして、同日に大阪地裁慰謝料などを求める訴えを起こした[21]。その後2013年6月30日付で、同社が男性に慰謝料や解決金など計約6,300万円を支払うことで和解が成立した[22]
  • 2011年7月25日 - 同局は2007年から、給与を年俸制に変更し、さらに次長職を廃止するという新人事制度に移行した。さらに、次長職にある組合員らに対し、契約に署名するよう執拗に要求し、従わなかった7人を一般職に降格した。大阪府労働委員会は、この行為が不当労働行為に該当するとして、同局に対し2011年7月25日付で再発防止の誓約書を作成するよう命じた[23]
  • 2011年9月4日 - この日放送の「たかじんのそこまで言って委員会」で、子供からの質問に対し出演者が回答するコーナーにおいて、「東北野菜を食べるとどうなるか」との質問に対し、この日出演していた中部大学教授武田邦彦が、岩手県一関市放射線数値を示した上で、「食べると健康を害する」、「今、東北で農作業はすべきでない」等と回答した。これに対し、一関市の勝部修市長は、「農家の感情を逆撫でする非常識発言である」などと主張し、武田に対し抗議の電子メールを送付する事態となった。読売テレビ側は、「武田教授に批判的な意見も取り入れており、全体的に見れば内容に問題はない」と主張している[24]が、この発言の影響で、遅れネットで放送予定だった福岡放送はこの日の放送を中止した。

64分にわたる放送中断

  • 1990年5月9日午後1時59分から午後3時3分頃まで、近畿圏(読売テレビの放送エリア)に於いて本局の放送が64分間も中断する放送事故があった。原因は奈良県生駒山にある送信所のトラブルと見られ、送信所に技術スタッフが急行するまでの間画面は砂嵐(ザラザラ画面)だった。そのため近畿圏のみ午後2時からの『2時のワイドショー』が見られず、午後3時からの日本テレビからのネット受けの『キャッチ』も冒頭の3分程削られる状態となった。これだけの放送中断は史上初であり、本局に約1,500件もの苦情が寄せられた。

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

関連項目

外部リンク

  • ytv - 讀賣テレビ放送公式サイト

テンプレート:Navbox テンプレート:Navbox with columns テンプレート:Navbox テンプレート:読売新聞グループ本社

テンプレート:OBP高層ビル群
  1. 在阪準キー局の東京支社が在京キー局の本社ビル内に入居するのは読売テレビが唯一である。系列局で見ると本局の他、南海放送も入居している。またTBS系列の準キー局である毎日放送は東京・赤坂の東京放送ホールディングス (TBSHD) 敷地内にある「赤坂Bizタワー」内に東京支社が入居している。
  2. 当時の大阪テレビの番組編成はラジオ東京優勢の編成であったため。(ニュースにいたってはYTV開局前からラジオ東京のもののみ放送されていた。)
  3. 新ロゴ制定後も数年間本社の駐車場の入口に10マークが残っていたが、現在では撤去されている。
  4. 2011年7月24日のアナログ放送終了時の読売テレビ YouTube
  5. 過去に日本テレビの『スーパーテレビ情報最前線』と制作枠を交換し、月曜21時が読売テレビ、月曜22時が日本テレビの制作枠となっていたが、2008年4月に『情報ライブ ミヤネ屋』の日本テレビでの放送開始(14時台ネットワークセールス化)と引き換えに交換。
  6. ネット局のうち北日本放送福岡放送くまもと県民テレビでも関西地区以上の高視聴率を獲得している。
  7. 2007年9月24日から
  8. テレビ朝日の『クレヨンしんちゃん』でも同様の注意文が出るが、本局では全ての作品でこの形に統一している
  9. 毎日放送でも深夜番組に枠名を付けて放送する場合があるが、こちらでは新聞の番組表やEPG等では独立した番組として扱われる事が多い。
  10. 自社製作番組のうち、ニュース番組は日テレNEWS24。プロ野球中継の阪神・巨人戦は日テレG+。その他の一般番組(過去に放送されたものを含む)は日テレプラス ドラマ・アニメ・スポーツなど複数の放送事業者に配給されている。
  11. ラジオ局に例えると、FM大阪の東京支社がTOKYO FMの本社が入居するJFNセンタービル(東京都千代田区麹町)の例があるが、TOKYO FMやFM大阪が加盟するJFNの放送局の東京支社は全社FMセンタービルに入居している。
  12. 同様の例として、毎日放送東京支社がTBS本社敷地内赤坂サカスに2008年より入居している。
  13. 過去には『朝の連続ドラマ』放送の為に『ルックルックこんにちは』を時差放送した例がある。また先述の様に読売グループの放送局でありながら『週刊トラトラタイガース』や『ウラネタ芸能ワイド 週刊えみぃSHOW』(共に放送終了)を関西ローカルで制作・放送している。また、ズームイン!シリーズも例外なくタイトルの差し替えのない時間帯であっても、第2部(6:30以降)の内容の差し替えは他地域の局に比べ多い。
  14. 2009年6月から11月まではOha!4 NEWS LIVEエンディングでは表示されなかった。同年12月よりOha!4 NEWS LIVEは途中で飛び降りとなる。
  15. これで腸捻転解消まで東京地区と大阪地区では4chと10chで系列ベースで逆転することになった(NET:10-毎日放送:4, 日本テレビ:4-読売テレビ10)。
  16. ブラウン管のなかに10をデザインしたもの。東京の日本教育テレビ(NETテレビ、現・テレビ朝日)も類似のマークを制定していた。また、
  17. 2011年春改編で自社制作のおはようとくしまや、他系列ながら同時ネットしていたスーパーモーニングを打ち切り、本来の日テレとの同時ネットに切り替わる。
  18. 徳島新聞Web 2011年7月13日 カウントダウン地デジ化 県内CATV12社、読売テレビ放送
  19. 徳島県の有線テレビジョン放送事業者からの再放送同意に係る裁定申請に関する裁定 総務省報道資料 平成25年7月23日
  20. 吉本タレント、世界遺産で大暴走も反省なし - 夕刊フジ(2005年10月18日号)
  21. 損賠提訴:取材協力で襲撃 被害男性、読売テレビを 毎日新聞 2011年11月8日
  22. 読売テレビ:匿名の取材協力者と和解 解決金100万円 毎日新聞 2013年7月7日
  23. 給与下がる年俸制、一般職降格…読売TVの不当労働行為を認定 産経新聞 2011年7月26日
  24. 東日本大震災:「東北の野菜や肉、健康害する」中部大教授、テレビ番組で発言 毎日新聞 2011年9月7日