台風
台風(たいふう、颱風、typhoon、taifū)は、北西太平洋や南シナ海(赤道以北、東経180度以西100度以東)に存在する熱帯低気圧のうち、中心付近の最大風速が17.2 m/s(34ノット、風力8)以上のものを指す[1]。
目次
『台風』の由来
日本では、古くは野の草を吹いて分けるところから、野分(のわき、のわけ)といい、11世紀初頭の『枕草子』『源氏物語』などにもその表現を見ることが出来る。沖縄のウチナーグチでは「カジフチ(風吹き)」または「テーフー(台風)」と称する。フィリピンでは「バギョ (bagyo)」と呼ばれる。
江戸時代には熱帯低気圧を中国にならって颶風(ぐふう)と訳した文献(伊藤慎蔵によってオランダ語から翻訳された日本初の気象学書「颶風新話」)があるが、明治の初めにはタイフーンまたは大風(おおかぜ)などと表していた[2]。
現在の台風という名は、1956年の同音の漢字による書きかえの制定にともなって、颱風と書かれていたのが台風と書かれるようになったものであるが、その由来には諸説がある。主な説としては、以下のものが挙げられる。
- ギリシャ神話に登場する恐ろしく巨大な怪物テュポン (τυφων, Typhon) に由来する「typhoon」から「颱風」となった。
- ペルシア語で、嵐を意味する「tufan」が東洋に伝わり、「颱風」となった。また、英語では「typhoon」(タイフーン)となった。
- 中国広東省で、激しい風のことを台风(Táifēng、タイフン)といい、その後、西洋に伝わり、ギリシャ神話のテュポンの影響でギリシャ式の"typhoon"というつづりで書かれるようになり、東洋に逆輸入され「颱風」となった。
- 沖縄(当時は琉球)でつくられた言葉とする説:久米村の気象学者蔡温の造語であるといわれる。
英語の「typhoon」は、古くは「touffon」と綴り、中国語の「大風」が由来とする説は不自然とされており、アラビア語起源、ギリシャ語起源の二つの説が有力である。
定義と分類
区域別の呼称
テンプレート:See also 世界気象機関(WMO)による国際分類の定義では、日本の台風とは異なり、最大風速(1分間平均)が64ノット以上のものをタイフーン (typhoon) と呼ぶ。
同様の気象現象は世界各地にあり、それぞれの地方により呼び名が違う。国際分類では、大西洋北部・太平洋北東部・太平洋北中部では、ハリケーン (Hurricane) と呼び、インド洋北部・インド洋南部・太平洋南部では、サイクロン (Cyclone) と呼ぶ[3]。
台風が、国際分類上、熱帯低気圧をハリケーンやサイクロンと呼ぶ区域に進んだ場合には、台風ではなくそれぞれの区域の名称で呼ばれることになる。東経180度より東(西経)に進んだ場合、最大風速(1分間平均)が64ノット以上のものはハリケーンと呼ばれ、34ノット以上64ノット未満のものをトロピカルストーム (Tropical Storm) と呼ばれる。また、マレー半島以西に進んだ場合、サイクロンと呼ばれる。
例えば、1970年の台風13号は西経域で発生し、一時、東経域に移動したものの、すぐに西経域に去ってしまったために、特に勢力が衰えたわけではないものの、台風ではなくなった。また、1972年の台風29号はマレー半島を抜けてベンガル湾に抜けたことにより台風ではなくなった。
逆に、西経域で発生したものが東経180度以西に進んだ場合は、台風となる。
例えば、2002年に西経域で発生したハリケーン・エーレとハリケーン・フーコは、ともに東経180度より西に進んで、それぞれ台風17号と台風24号となった。また2006年にもハリケーン・イオケが東経180度を越えたため、台風12号になった。この場合、これらの台風につけられる名前は下述するアジア名ではない。
台風の分類
台風の勢力を分かりやすく表現する目的等から、台風は「強さ」と「大きさ」によって分類されている。
強さによる分類は、国際的にはWMOが規定する分類法が使用されているが、それに準じた多少差異のある分類法もいくつか使用されていて、同じ台風でも気象機関によって異なるレベルに分類される場合がある。具体的には、米軍の合同台風警報センター(JTWC)では1分間平均の最大風速、日本の気象庁では10分間平均の最大風速によって分類する。例えば同じ台風の同時刻の観測において、米軍の合同台風警報センターがtyphoonの強度に達したと判断しても、日本では強い台風の強度に達せず並の強さと判断する場合も生じる(1分間平均風速は10分間平均風速よりも1.2〜1.3倍ほど大きく出る傾向にある)。
なお現在日本では、観測員や設備・運用等の負担が大きい台風の航空機観測は行っておらず、過去の観測データの蓄積により確立されたドボラック法に基づいて、台風の衛星画像から台風の位置、中心気圧、最大風速、大きさの数値を算出している。また、現在は最大風速で強さを分類しているが、以前は中心気圧が用いられており、その慣習から日本では台風情報に中心気圧も併せて発表される。
最大風速(m/s) | 最大風速(knot) | 国際分類 | 日本の分類 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
(旧) | (新) | |||||
<17.2 | ≦33 | Tropical Depression(TD) | 弱い熱帯低気圧 | 熱帯低気圧 | ||
17.2 - 24.5 | 34 - 47 | Tropical Storm(TS) | 台風 | 弱い | 台風 | (特になし) |
24.6 - 32.6 | 48 - 63 | Severe Tropical Storm(STS) | 並の強さ | |||
32.7 - 43.7 | 64 - 84 | Typhoon(T) | 強い | 強い | ||
43.7 - 54.0 | 85 - 104 | 非常に強い | 非常に強い | |||
>54.0 | ≧105 | 猛烈な | 猛烈な |
また日本の気象庁は、大きさによる分類も行っている。風速15m/s以上の強風域の大きさによって分類する。15m/s以上の半径が非対称の場合は、その平均値をとる。なお、以前は1,000ミリバール(現在使用されている単位系ではヘクトパスカルに相当)等圧線の半径で判断していた。
風速15m/s以上の半径 | 大きさの階級 | |
---|---|---|
(旧) | (新) | |
<200km | ごく小さい | (特になし) |
200 - 300km | 小型(小さい) | |
300 - 500km | 中型(並の大きさ) | |
500 - 800km | 大型(大きい) | 大型(大きい) |
≧800km | 超大型(非常に大きい) | 超大型(非常に大きい) |
これらを組み合わせて、かつては「大型で並の強さの台風」というような言い方をしていた。しかし、組み合わせによっては「ごく小さく弱い台風」となる場合もある。1999年(平成11年)8月14日の玄倉川水難事故を契機に、このような表現では、危険性を過小評価した人が被害に遭うおそれがあるとして、気象庁は2000年(平成12年)6月1日から、「弱い」や「並の」といった表現をやめ、上記表の(新)の欄のように表現を改めた。したがって、「小型で『中型で・ごく小さく』弱い『並の強さの』台風」と呼ばれていたものは、単に「台風」、「大型で並の強さの台風」は「大型の台風」と表現されるようになった。
台風の命名
日本における命名
日本では、気象庁が、台風が発生した順に台風番号を付けており、台風は通常はこの台風番号で呼ばれる。気象庁では、情報文等においては元号年と組み合わせて「昭和60年台風第10号」のように表記し、天気図等においては西暦年の下2桁と組み合わせて「台風8510」、「T8510」のように表記している(いずれも1985年(昭和60年)に発生した10番目の台風の例)[4]。民間では、「第」を省略するとともに、特定する必要がない場合には年号も省略して「台風10号」のように呼ぶことが多い。テンプレート:See also
特に災害の大きかったものについては上陸地点などの名前を付けて呼ぶこともある(伊勢湾台風など)。戦後、気象庁によって命名された台風は以下の8つである。「気象庁が命名した自然現象の一覧#台風」も参照。 テンプレート:気象庁命名台風
- 第二次世界大戦後の米軍占領下では、アメリカ式の女性名が台風に付けられたが(カスリーン台風など、後述)、サンフランシスコ講和条約発効後の1953年の台風3号以降は番号順とされている。
- あくまで俗称であるが、著名なものとして「五輪台風」がある。これは、1960年の8月23日15時から翌日3時 (JST) にかけて台風14 (Bess)・15 (Carmen)・16 (Della)・17 (Elaine)・18 (Faye) 号が天気図上に並び、この年がローマ五輪の開催年だった事などからマスコミなどからこう名づけられた[5]。このうち、台風17号について台風7号であるとする文献もあるが[6]、台風7号が発生していたのは7月25日-30日 (JST) であり、誤りである[7]。
アジア名
2000年からは、台風の国際的な呼称としてアジア名が使用されている。(外部リンク参照)アジア名は、米国とアジア各国で構成された台風委員会によって定められたもので、国外では広く使用されている[8]。
日本国内では、台風番号による呼び方が一般的であり、台風番号のみ使用している報道機関が大多数である。(台風番号とアジア名を併用している報道機関も一部存在する。)
なお、フィリピンでは、アジア名よりフィリピン独自の名称(フィリピン名)の方が一般的に使用されている[9]。例えば、フィリピンに大きな被害をもたらした平成20年台風第6号については、地元ではアジア名「フンシェン (Fengshen)」よりフィリピン名「フランク (Frank)」の方が広く使用された。
東経180度以東で発生したハリケーン等の熱帯低気圧が東経180度以西に進んで台風となったものには、アジア名は命名されず、発生地点で命名された名称がそのまま使用される。
アジア名一覧
テンプレート:Amboxテンプレート:DMCA テンプレート:出典の明記
アジア名は全部で140個あり、140番目の「サオラー」まで使用されると最初の「ダムレイ」に戻るループ。名称の順番は、2012年現在3周目に入っている。
後節で詳説するように、甚大な被害をもたらした台風は、加盟国の要請に基づく台風委員会の決定によって名称が変更される。2周目からは、以下の12個が変更されている。
(49) Vamei→Peipah、(55) Chataan→Matmo、(64) Rusa→Nuri、(73) Pongsona→Noul、(74) Yanyan→Dolphin、(80) Imbudo→Molave、(87) Maemi→Mujigae、(95) Sudal→Mirinae、(102) Tingting→Lionrock、(107) Rananim→Fanapi、(132) Matsa→Pakhar、(137) Nabi→Doksuri。
また、3周目からは、以下の名前が変更されている。(ただし、53番は綴り変更。)
(2) Longwang→Haikui、(7) Chanchu→Sanba、(10) Bilis→Maliksi、(11) Kaemi→Gaemi、(14) Saomai→Son Tinh、(20) Xangsane→Leepi、(25) Chebi→Jebi、(26) Durian→Mangkhut、(53) Noguri→Neoguri、(67) Changmi→Jangmi、(81) Koni→Goni、(82) Morakot→Atsani、(90) Ketsana→Champi、(91) Parma→In-fa、(107) Fanapi→Rai。
国際名
アメリカ合衆国ではA、B、C順にあらかじめ用意した男女の名前をつけ、国際的に使用される。日本でも敗戦直後から占領解除まではこの命名方法が取られていた。ただし、当時の命名法では女性名のみが使われていたので、日本での台風の命名もすべて女性名であった(カスリーン台風、ジェーン台風など)。この命名法は、性差別につながるなどとして、1979年に男女の名前を交互につける方法に改められた。このリストは大西洋海洋気象研究所のサイト[10]などで見ることができる。
引退
大西洋北部などの他海域においては、顕著な影響を与えたものの国際名については、名前リストから削除されて、次回以降から別の国際名が使用される「引退」という慣例がある。例えば、2004年にカリブ海の国々やアメリカ合衆国に顕著な影響を与えたハリケーンIvanは、この年で「引退」し、次回の2010年にはIgorという国際名が使用されることが決まっている。この慣例の目的は、将来、顕著な影響を与えたものと同じ国際名が使用されないことを保証することにより、異なる年の同じ複数の国際名の中からどの年のものか特定しにくくなるという曖昧性を減らすことにある(例えば、大西洋北部において、Arleneという国際名は過去に9回も使用されている。しかし、これらの中に特に顕著な影響を与えたものがないため、現在のところは「引退」扱いとなっていない)。
太平洋北西部においても同様に、「引退」が適用されることがある。例えば、1984年にフィリピンに大きな被害を与えた台風11号の国際名Ikeは、この年限りで使用中止となり、Ianという国際名に変更された。また、1991年に日本に大きな被害を与えた台風19号の国際名Mireilleは、この年限りで使用中止となり、Melissaという国際名に変更された。この慣例は、2000年に台風の国際名がアジア名に変更されてからも適用されている。例えば、2002年に朝鮮半島に大きな被害を与えた台風15号の国際名Rusaは、次回はNuriに変更になることが決まっている。また、2003年にRusaと同様に朝鮮半島に大きな被害を与えた台風14号の国際名Maemiも、次回はMujigaeに変更になることが決まっている。一方、顕著な影響を与えても、この慣例が適用されない場合もある。例えば、1959年の伊勢湾台風(昭和34年台風第15号)の国際名Veraは、「引退」扱いとならず、以降も何度か使用された[11]。
台風の構造
台風の中心が最も天気が荒れていると考えがちだが、中心付近は暴風が吹き荒れるものの風向きが乱れているために互いに打ち消し合い[12]、最も荒れているわけではない。台風の中心付近の下降気流となっている風や雲がほとんどない区域を台風の目と呼び、勢力が大きい台風ほど明瞭に表れるが、勢力が衰えると判然としなくなる。
台風の目の周囲付近は中心に向かって周囲から吹き込んだ風が強い上昇気流をつくっており積乱雲が壁のように取り囲んでいる(内側降雨帯)。そして、その外周には外側降雨帯が取り囲んでいる。また、台風本体から数百キロ程度離れた場所に先駆降雨帯が形成されることがあり、さらに、この位置に前線が停滞していると前線の活動が活発になり大雨となる。
なお、台風は一般的にその中心よりも進行方向に対して右側(南東側)のほうが風雨が強くなる。これは、台風をめがけて吹き込む風と台風本体を押し流す気流の向きが同じであるために、より強く風が吹き荒れるためである。気象学上ではこの台風の進行方向右側半分を危険半円と呼ぶ。また、台風の左側半分は吹き込む風と気流の向きが逆になるために相対的に風は弱く可航半円と呼ぶ。しかし、可航半円という概念はかつて帆船が台風の中心から遠ざかる針路をとるとき台風の進行方向左側に入っていれば右舷船尾に追い風を受けながら避航できたこと(帆船が台風の進行方向右側に入っていると右舷前側に向かい風を受けながら中心に引き込まれないよう保針しなければならなくなる)の名残であり、あくまでも右側半分と比較して風雨が弱いだけであり、可航半円の範囲といえども風雨は強いため警戒を要する。
台風の発生と発達
テンプレート:See also ほとんどの台風は夏から秋にかけて発生する。最盛期のコースを例にとると、発生当初は貿易風の影響で西寄りに北上しつつ、太平洋高気圧の縁に沿って移動し、転向した後は偏西風の影響で東寄りに北上し、ジェット気流の強い地域に入ると速度を速めて東進し、海水温や気温の低下、上陸によって勢力を弱めていく。ただこのような教科書的なコースを辿るものはそれほど多くなく、太平洋高気圧の影響により西進し続けたり、停滞したりと、複雑な経路をとるものもしばしば現れる。日本列島やフィリピン諸島、台湾、中国華南・華中沿海部、朝鮮半島などに大きな被害を与える。コースによってはベトナムやマレーシア、マリアナ諸島、ミクロネシアなどを通ることもある。稀ではあるが冬季にも、海水温の高い低緯度で発生する。コースの北限はジェット気流であり、その流路変化に伴って暖かくなるにつれコースは北に移り、夏を過ぎると南に下がってくる。日本へのコースの詳細は、#日本へのコースを参照。
台風の発生メカニズム
台風やハリケーン・サイクロンなどの熱帯低気圧を発生する機構については様々な説が唱えられてきた。熱帯の強い日射により海面に生じた上昇気流によるという説、熱帯収束帯(赤道前線)上に発生するという説などが出されたが、どれも不完全であった。
現在では、「偏東風波動説」が多くの支持を集めている。南北両半球の北緯(南緯)30度付近には、赤道で上昇して北上(南下)した空気が上空に滞留して下降し、「亜熱帯高圧帯」が形成される。北太平洋高気圧もその例であるが、これらの高気圧から赤道方向に向けて吹き出した風はコリオリの力を受けて恒常的な東風になる。これが偏東風で、この風の流れの中にうねり(波動)ができると渦度が生じ、熱帯低気圧となるという考えである。なぜ波動が出来るのかはまだはっきりしないが、実際の状況には最もよく合致した説である。
ただし、そうして発生した波動の多くは発達せずにつぶれてしまう。1万メートル以上の上層に高気圧を伴う場合には高気圧の循環による上昇気流の強化により台風に発達すると思われる。また海水の温度が26度以上であることも重要な条件であり、高温の海面から蒸発する水蒸気が放出する潜熱が原動力になっている。
北緯3度以南ではコリオリの力の働きが小さいため、台風はほとんど発生しない。
台風の発達
台風の発達過程はかなり詳しくわかっている。台風の原動力は凝結に伴って発生する熱である。温暖な空気と寒冷な空気の接触等による有効位置エネルギーが変換された運動エネルギーが発達のエネルギー源になっている温帯低気圧との大きな違いはここにある。
上昇気流に伴って空気中の水蒸気は凝結し、熱(潜熱)を放出する。軽くなった空気は上昇する。すると地上付近では周囲から湿った空気が中心に向かい上昇し、さらに熱を放出しエネルギーを与える。このような条件を満たすときに台風は発達する。このような対流雲の発達の仕方をシスク(CISK、第2種条件付不安定)という。
なお、台風が北半球で反時計周りの渦を巻くのは、風が中心に向かって進む際にコリオリの力を受けるためである。
2個の台風が1,000km以内にある場合、互いに干渉し合って複雑な経路をたどることがある。これを提唱者の名前をとって藤原の効果と呼ぶ。
一般に、台風は日本の南海上で発達し日本列島に接近・上陸すると衰える傾向がある。これは、南海上では海水温が高く、上述した台風の発達に必要な要素が整っているためで、日本列島に近づくと海水温が26℃未満(真夏〜初秋は日本列島付近でも26℃以上の場合があり、台風が衰えない場合もある)になることにより台風の発達は収束傾向になる。初夏および晩夏〜秋に日本列島へ近づく台風の多くは高緯度から寒気を巻き込んで前線が形成されるようになり、徐々に温帯低気圧の構造へと変化する。温帯低気圧化が進んだ台風は南北の温度差により運動エネルギーを得るため、海水温が25℃以下の海域を進んだり上陸してもほとんど衰えない場合がある。さらに高緯度へ進み、前線が中心部にまで達すると温帯低気圧化が完了となる。
純粋な台風の場合、上陸すると山脈や地上の建物などによる摩擦によって台風はエネルギーを消費し、急速に勢力が衰えるようになる。これが日本に近づく台風の特徴といえよう。
日本列島に上陸せず対馬海峡を通過し日本海南部に入った場合、または台風が日本列島に一端上陸し、勢力が衰えた後に日本海南部へ出た場合は、暖流である対馬海流(海水温が26℃以上の場合のみ)の暖気が台風へエネルギーを供給し、且つ高緯度から上空に流れる寒気の影響を受けるために、台風は勢力が衰えるどころか再発達し、普段は台風による被害を受けにくい北海道、東北地方に甚大な被害を与える場合もある(日本海北部はリマン海流(寒流)の影響で海水からのエネルギーが供給できないために台風自体は衰えるが、寒気の影響を受けて台風から温帯低気圧に変わった後に再発達する場合がある)。1954年の洞爺丸台風(昭和29年台風第15号)や1991年の台風19号(りんご台風)、2004年の台風18号などがその例である。
台風の上陸と通過
日本の気象庁の定義によれば、台風の上陸とは、台風の中心が北海道、本州、四国、九州の海岸に達することをいう。したがって、台風の中心が上記4島以外の島の海岸に至っても上陸とは言わないため、沖縄県に台風が上陸することはない。台風の中心が、小さい島や半島を横切って、短時間で再び海上に出ることは、台風の通過と呼ばれる。
日本へのコース
台風が日本本土を襲う経路は様々であり、類型化は難しいが、典型的な台風として、北緯15度付近のマリアナ諸島近海で発生して西寄りに時速20キロメートル程度で進み、次第に北寄りに進路を変えて北緯25度付近、沖縄諸島の東方で転向し、北東に向けて加速しながら日本本土に達するというパターンが考えられる。台風の経路として書籍にもしばしば掲載される型であるが、実際にはこのような典型的な経路を取るものは少なく、まれには南シナ海で発生してそのまま北東進するもの、日本の南東海上から北西進するもの、あるいは狩野川台風(昭和33年台風第22号)のように明確な転向点がなく北上するものなどもある。さらに、盛夏期で台風を流す上層の気流が弱く方向も定まらないような時期には、複雑な動きをする台風も見られる。
日本には、平均して、毎年10個前後の台風が接近し、そのうち3個くらいが日本本土に上陸する。2004年には10個の台風が上陸し、上陸数の記録を更新した(2004年の台風集中上陸参照)。その一方で2008年、2000年、1986年、1984年のように台風が全く上陸しなかった年もある。
台風が日本本土に上陸するのは多くが7月から9月であり、年間平均上陸数は8月が最も多く、9月がこれに次ぐ。8月は、太平洋高気圧が日本付近を覆い、台風が接近しにくい状況ではあるが、台風発生数も最も多く、また高気圧の勢力には強弱の周期があるため、弱まって退いた時に台風が日本に接近・上陸することが多い。無論、西に進んでフィリピン・台湾・中国に上陸したり朝鮮半島方面に進んだりするものも少なくない。6月や10月にも数年に1度程度上陸することがある。最も早い例では1956年4月25日に台風3号が鹿児島県に上陸したことがあり、最も遅いものとしては、1990年11月30日に台風28号が紀伊半島に上陸した例がある。
台風が過ぎ去ったあとは、空が晴れわたってすがすがしい天候となることがある。このことを「台風一過(たいふういっか)」と呼ぶ。
観測
台風の進路予報表示
現在、台風の観測では気象衛星ひまわりが重要な役割を果たしており、雲画像の連続的な解析により台風の中心や風速などの観測がなされる。日本付近に接近あるいは上陸した台風については気象レーダーやアメダスも利用される。
台風の進路予報表示では、平均風速が15m/s以上の強風域を黄色の円、同じく25m/s以上の暴風域を赤色の円で表す。12、24、48、72、96および120時間後の到達予想範囲は点線の予報円で記す。台風の進路が予報円の中に入る確率は70%である。また、台風の中心が予報円の中を通った場合、暴風域に入る恐れがある範囲を赤い線で囲む。これを暴風警戒域という。
台風の影響
台風による被害
台風が上陸、あるいは接近すると、暴風(強風)、高潮、高波による看板や標識、樹木などの倒壊や、落雷、建物の損壊(屋根が飛んだりするなど)のほか、大雨による洪水、浸水や道路、橋などの流出、土砂崩れ、地すべりなどの被害が発生する。
- 雨
- 渦性降雨 - 台風の中心付近では激しい雨となる。
- 地形性降雨 - 台風により山地に向かって気流を生じるような地形では大雨となりやすい。
- 前線の発達 - 台風の接近により時期によっては秋雨前線や梅雨前線を刺激して大雨をもたらし、これによる被害が発生することも多い(このことを、NHKなどでは「台風+前線=大雨」という式を用いて表すことが多い)(例:平成24年台風第4号)。
- 風
- 台風により暴風・強風を生じる。塩害を生じることもある。
- 波
- 台風により高波やうねりを生じる。波の高さが10mを超えることもある。
- 高潮
- 強風による吹き寄せと気圧低下によって高潮を生じることがある。珊瑚礁のある海岸等海岸地形によっては波群津波が発生することもある。
- 雷
- 雲が発達する割には台風本体接近時には雷を伴うことは少ない。台風による間接的な雷雨が発生することがある。台風本体においては、進行方向の左側で比較的発生しやすい[15]。
- その他
- 竜巻 - 関連性は解明されていないが、台風の接近による竜巻も発生することがある。
- 雪 - 熱帯低気圧であるため台風である時期には雪は降らないが、温帯低気圧に変化した後に高緯度地区で降雪となることや、冬型気圧配置となることによる降雪となることがある。稀に1932年晩秋に上陸した俗称七五三台風や1990年晩秋に上陸した平成2年台風第28号のように、台風接近時に山間部の集落で大雪が降ったケースもある。
台風が日本海側を通った時接近時の日本海側や、台風が太平洋側を通った時の離れていく時の太平洋側で、台風によるフェーン現象が発生しやすく(特に前者)乾燥した熱風による火災や急激な気温上昇による雪崩なども起こりやすい。
なお、雨による被害が大きな台風を雨台風(カスリーン台風など)、風による被害が大きな台風を風台風(平成3年台風第19号など)と呼ぶが、勢力が強い台風の場合は、雨と風の両方で甚大な被害が出ることも多い。
日本における台風の被害は、記録が明確な20世紀中盤以降、確実に減少してきている。これには、学術面では台風研究の発展、行政では予報の充実や経験等をもとにした防災体制の構築、民間では災害記録の伝承や自主防災活動による効果と考えられる。上陸時勢力が日本史上稀に見る強さであった伊勢湾台風以降、災害対策基本法制定をはじめ、伊勢湾台風クラスあるいは「スーパー伊勢湾台風」クラスの台風に耐えられるような防災体制が目標とされてきた[16][17]。しかし、現在においても大きな被害が出て、さらなる防災の強化が行われている地域もある。また、日本の周辺諸国、特に東南アジアでは防災体制やインフラ等がまだ成熟していないため、地すべりや洪水等により多数の死者を伴う甚大な被害が発生することがある。
台風による社会的な影響
- 交通機関の乱れ
- 特に航空やフェリー航路の場合、暴風を伴うと大変危険なこと、また機体や使用船舶の遣り繰りがつかない(目的地や避難先が台風の進路上で運航できない)事等から台風が通過した後も運休するケースが多い。
- 国内航空に関しては一日の機体の遣り繰りが複雑で一つの機体が5、6便運航することが多く、台風の関係ない地方でもどこかの路線で台風による欠航が発生することにより後続の機材繰りによって、使用する航空機が出発までに用意できずに欠航や遅延することもある。
- また鉄道・バス・自動車道路(高速道路・国道など)も一定の風速または雨量をオーバーすると運休や通行止め、あるいは速度徐行がなされる場合もある。近年鉄道においては影響が予想される場合はあらかじめ長距離列車の運休や間引き運転・全列車の各駅停車運転などが行われ、事前事後のダイヤの混乱防止と輸送手段の確保の両立を図るケースが多い。
- 公衆施設(自治体の公共施設・サービス受付、レジャー施設、百貨店・スーパーマーケットなど)の営業休止・または早期打ち切り
- スポーツ・コンサートイベントの中止・延期
- 屋内施設(ドーム球場や体育館、コンサートホールなど)で開かれるイベントであっても、交通機関のマヒによる関係者の現地入り不能や、観客の安全などを考慮してイベントを中止する事例がある(プロ野球でのドーム球場の中止事例はドーム球場#ドーム球場での試合中止事例参照)。
- 屋内退避による風水害からの避難を要する場合もある。
台風と水資源
被害という視点で語られることの多い台風も、日本では、梅雨以後夏期の水瓶(各地のダムや山間部の川)への重要な水源にもなることから、来なければそれでいいというものでもない。2005年の台風14号は大きな被害を生んだが、それまで渇水によって貯水率0%となっていた早明浦ダムを、たった一日で一気に100%まで回復させた。2007年の台風4号も同様である。
台風と生物学的自然
台風は災害ではあるが、定期的に襲来するものであり、それなりに地域の自然の中で位置づけを持つものでもある。たとえば沖縄では台風の降水は地域住民にとっては水確保の上で重要な意味を持つ。同様に、沖縄における森林の物質循環を考える場合、落葉量に関しては、台風時のそれを無視することが出来ない。
また、台風に乗って移動する動物もある。定着している分布域ではないところに見つかるチョウを迷蝶というが、日本では熱帯域の種が本土で見つかる例があり、往々にして台風の後である。たとえばメスアカムラサキやカバマダラなどが、このようにして出現し、冬までに世代を重ねる例が知られる。それらは冬を越せない死滅回遊の例でもある。ウスバキトンボなどもこの例である。同様に、沖縄以南で繁殖し、本州付近ではまれにしか観察されない野鳥が迷鳥として台風の後に観察されることがある。
また、台風が太平洋上の生物を日本沿岸に吹き寄せる例もある。台風通過後に砂浜にそれらが打ち上げられる場合があり、カツオノエボシやカツオノカンムリなどのクラゲ類、アサガオガイやルリガイ、あるいはササノツユやマルカメガイなどの翼足類などが見られることがあり、貝類採集家などがこれをねらう。
日本における記録的な台風
- 明治以前
- 永祚の風:989年9月(永祚元年8月)近畿地方。「夜、天下に大風。皇居の門・高楼・寝殿・回廊及び諸々の役所、建物、塀、庶民の住宅、神社仏閣まで皆倒れて一軒も立つもの無く、木は抜け山は禿ぐ。又洪水高潮有り、畿内の海岸・河岸・人・畑・家畜・田この為皆没し、死亡損害、天下の大災、古今にならぶる無し、云々」(『扶桑略記』、原文は漢文)
- 弘安の役台風:1281年8月(弘安4年閏7月)西日本。弘安の役で日本に来襲した元・高麗連合軍14万人のうち約10万人溺死。(これが後に神風として言い継がれることとなる。)
- シーボルト台風:1828年9月(文政11年8月)西日本。九州西岸を北上したと考えられる。9月17日(旧暦8月9日)、ドイツ人シーボルトが出島で952hPaの気圧を観測した記録が残っており、後に気象学者の根本順吉が「シーボルト台風」と命名した[18]。気象学者の高橋浩一郎の推定によれば、九州来襲時の中心気圧は900hPa、最大風速50m/s、総雨量300mmで、過去300年間に日本を襲った台風の中で最強のものとされる[18]。また、小西達男の推定によれば中心気圧は935hPa、最大風速は55m/s程度とされる[19]。有明海・博多湾・周防灘などで高潮が発生し、佐賀藩だけで死者が約1万人に達する被害が出た[20]。
- 安政3年の台風:1856年9月23日(安政3年8月25日)から24日にかけての夜間に関東地方を襲ったもの。伊豆半島付近から江戸のすぐ北を通過したと考えられる。猛烈な暴風と高潮で江戸をはじめ関東の広い範囲に大被害が起き、「近世史略」は死者10万人余りとしている。
- 1890年代
- 1890年9月16日の台風:オスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が、和歌山県の紀伊大島沖で遭難(エルトゥールル号遭難事件)。
- 1900年代
- 1910年代
- 1917年10月1日の台風(東京湾台風):フィリピン東方から北東に進んで10月1日未明に東京北方を通過した台風で、東京湾に高潮発生、死傷者およそ3,000人、全半壊流失家屋6万戸。東京で記録した952.7ヘクトパスカルの最低気圧記録は2013年10月現在も破られていない。
- 1920年代
- 1921年9月26日の台風:本州南方をゆっくり東進していた台風が急に北上し、不意打ちの形で紀伊半島から日本を縦断。そのため警報発表が遅れ、富山県下で漁船の遭難多数。当時の伏木測候所長が世間の糾弾のため自殺した事件で知られる台風。ただし、測候所長の自殺の裏には気象観測施設に関する県と国のいさかいがあったようである。
- 新高台風(にいたかたいふう、1922年8月26日):8月24日関東地方を通過した台風が北上して26日にはカムチャツカ半島付近に達し、その近海にいた日本帝国海軍の巡洋艦新高が沈没した。高緯度であったので、事故発生時には台風は温帯低気圧に変わっていた可能性もある。初めて固有名(ただし非公式)が付いた台風。
- 1930年代
- 1940年代
- 枕崎台風(昭和20年台風第16号)
- 阿久根台風(昭和20年台風第20号)
- カスリーン台風(昭和22年台風第9号・Kathleen)
- アイオン台風(昭和23年台風第21号・Ione)
- デラ台風(昭和24年台風第2号・Della)
- ジュディス台風(昭和24年台風第9号・Judith)
- キティ台風(昭和24年台風第10号・Kitty)
- 1950年代
- ジェーン台風(昭和25年台風第28号・Jane)
- ルース台風(昭和26年台風第15号・Ruth)
- 昭和27年台風第2号 (Dinah)
- 昭和28年台風第13号 (Tess)
- 洞爺丸台風(昭和29年台風第15号・Marie)
- 狩野川台風(昭和33年台風第22号・Ida)
- 宮古島台風(昭和34年台風第14号・Sarah)
- 伊勢湾台風(昭和34年台風第15号・Vera)
- 1960年代
- 1970年代
- 昭和51年台風第17号 (Fran)
- 沖永良部台風(昭和52年台風第9号・Babe)
- 昭和54年台風第20号 (Tip)
- 1980年代
- 昭和57年台風第10号 (Bess)
- 昭和62年台風第12号 (Dinah)
- 1990年代
- 平成2年台風第19号 (Flo)
- 平成3年台風第19号 (Mireille)
- 平成5年台風第13号 (Yancy)
- 平成11年台風第18号 (Bart)
- 2000年代
- 平成15年台風第14号 (Maemi)
- 平成16年台風第18号 (Songda)
- 平成16年台風第23号 (Tokage)
- 平成17年台風第14号 (Nabi)
- 2010年代
- 平成23年台風第12号 (Talas)
- 平成25年台風第18号 (Man-yi)
- 平成25年台風第26号 (Wipha)
- 平成25年台風第27号 (Francisco)
台風の統計
- 統計の基準について
台風の平年値
- 年間発生数:25.6(26.7)個
- 年間日本接近数:11.4(10.8)個
- 年間日本上陸数:2.7(2.6)個
台風の記録
(統計資料がある1951年からの統計。2013年11月26日現在の記録)
数に関する記録
テンプレート:台風の年間発生数 テンプレート:台風の年間日本接近数 テンプレート:台風の年間日本上陸数
時期などに関する記録
海水温が最も低くなる2月が台風に関する年変わりの時期ともいえ、下記に示す1月1日基準は社会的な区分であることには注意が必要である。 テンプレート:発生日時が早い台風 テンプレート:発生日時が遅い台風 テンプレート:日本上陸日時が早い台風 テンプレート:日本上陸日時が遅い台風 テンプレート:長寿台風
規模に関する記録
テンプレート:台風の中心気圧 (海上) テンプレート:台風の中心気圧 (陸上) テンプレート:台風の中心気圧 (上陸時) テンプレート:台風の最大風速 テンプレート:台風の最大瞬間風速 テンプレート:台風の強風域
各番号の台風
各番号の台風についてはそれぞれ各項目を参照。 テンプレート:Col
各年の台風
各年度の台風についてはそれぞれ各項目を、年度別の一覧については年度別台風記事一覧を参照。 テンプレート:Col
脚注
- ↑ 台風に関する用語 気象庁 2012年7月30日閲覧。
- ↑ 『世界大百科事典』平凡社 1998
- ↑ オーストラリア付近の熱帯低気圧の俗称が「ウィリー・ウィリー」とする資料もあるが誤りで、そのような使い方はされていない。
- ↑ 気圧配置 台風に関する用語(気象庁)
- ↑ あの日の空もよう 天気で振り返る戦後50年 平沼洋司・花木亮・槇野修著 1995年8月7日発行 PHP研究所
- ↑ 理不尽な気象 森田正光著 2007年10月20日発行 講談社プラスアルファ新書371-1C
- ↑ 気象庁HP|台風経路図
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ フィリピン気象庁
- ↑ FAQ : HURRICANES, TYPHOONS, AND TROPICAL CYCLONES
- ↑ 1977年7月に石垣島を襲った台風5号が一例である。
- ↑ 中心付近は遠心力が強く、中心へ収束しようとする暴風と打ち消し合う。
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ TRMM 搭載 LISにより観測された台風における雷放電の特徴
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 質問44:スーパー台風とスーパー伊勢湾台風は同じ表現? デジタル台風、2009年10月12日閲覧。
- ↑ 18.0 18.1 日本気象協会『台風物語』第9章1
- ↑ 1828年シーボルト台風(子年の大風)と高潮
- ↑ イカロス出版『近・現代日本気象災害史』283頁