直流電化
直流電化 (ちょくりゅうでんか) は、直流電源を用いる鉄道の電化方式。
目次
概要
1879年にベルリン工業博覧会で世界最初の電車走行が実現した。この時の電力は直流を使用した。以降、第二次世界大戦後の商用周波数による交流電化が普及するまで、鉄道・軌道の電化方式は直流が標準的なものとなった。
方法としては、高圧 - 特別高圧(送電端6.6kV - 77kV)で受電した交流電力を、変電所にて必要な電圧に変換後、整流器で直流にして架線などに電力を供給する。架線電圧は、絶縁耐力からモータの製造可能な動作電圧を上限として500 - 3000Vが選択されている。その中で、現在、世界的に多用されているものは600V、750V、1500V、3000Vの4種類である。
交流は変圧が容易なため、交流電化方式では架線に特別高圧(≧10kV)を用いて車上で降圧・整流してモータに供給するため、変電所間隔を50km - 100kmにできるのと比べ、直流では500V - 3000Vという電圧値からの許容電圧降下が小さいことで、太い架線や給電線(饋電線)を使って電圧降下を抑えても変電所間隔が5km - 10km程度になり、多数の変電所を必要とするが、最近では、太い架張線を複線にする饋電吊架方式にして饋電線を省略する事例もある。
特に日本における国鉄での事例では、直流変電所へ入る特別高圧送電線の送電端22kV規格(受電端20kV)を変圧して直流1500Vを得ることが標準的だったものを、交流電化に際して送電電圧の20kVをそのまま採用して開発試験を行い、定着した経過があるため、直流変電所を地上側に作る(=直流電化)か車上側に作る(=交流電化)か、という選択であったとされている。なお、現在の受電電圧は66・77kV以上が主で、特別高圧22kVは都市部の配電線にも使われるようになった。
直流電化では地上設備側のコストが高くつくが、車両の製造コストは交流車両にくらべて低い。したがって、運転頻度が高く、編成両数の多い路線に向いた電化方式といえる。北陸本線のように、列車本数を増やすため、および他線区からの直通を目的として、交流電化区間の一部を直流電化に転換する例もある。
また、電圧の高い交流電化に比べて絶縁距離を小さくできるので、結果として周囲の建築物との距離を小さくできる。そのため、トンネル断面の制約のある地下鉄では直流電化が大多数である。非電化であった七尾線を電化するにあたり、交流電化の金沢駅を起点とするが、従来の小断面トンネルをそのまま利用するため、直流電化とされた例もある。
直流電化では、一般的に変電所から車両へ送る電流を架線に、車両から変電所へ戻る電流(帰線電流と言う)を走行用のレールに流す。これは、プラス用・マイナス用の2本の架線やパンタグラフを用意するのは複雑化やコスト上昇の原因となるためである。なお、架線ではなく別にもう1本のレールを敷設する場合がある(第三軌条方式)。
整流方式
交流から直流に変換する方法としては、800V程度までの低い電圧には、かつては回転変流機などの回転機が用いられ、後に静止型として高圧にも使える水銀整流器が用いられたが、安定した大電力用シリコンダイオードの出現でこれに移行した。
回転変流機/電動発電機
電動発電機は電動機と発電機を組み合わせて交流と直流の変換を行う回転機であり、回転変流機は1組の回転子と界磁で交流と直流の変換を行う回転機である。 当初の回転機型では「電動発電機」よりも効率の良い「回転変流機」が主に用いられた。
回転変流機では、巻線が交直共通で電流が相殺され、負荷電流による電機子反作用が交直両巻き線で相殺されて、同寸法の電動発電機方式よりも遥かに大きな電力を扱えた事により鉄道用直流発生装置に多用された。
信越本線横川駅 - 軽井沢駅間の碓氷峠アプト式区間の電化は回転変流機を使って行われた。
整流子の絶縁の問題で800Vを越える電圧の回転変流機は安定的に作れなかった。電動発電機も回転変流機も可逆的であり電源側への電力回生を許容する。
水銀整流器
回転機の整流子の保守を避けたい場合やもっと高電圧を使う場合には「水銀整流器(管)」を使った。電力回生が必要な場合は、ゲート制御電極付き水銀整流器を使って、逆接続の回路を設けて電力回生に必要な交流の逆方向電流を許容した構成にした。日本では陰極共通のガラス製の三相用3-6陽極水銀整流器をその形から「タコ」と呼んだ。
大型の水銀整流器は鉄漕型で、陽極数は6極、12極があり、真空ポンプで真空状態を作って動作させたが、その補助ポンプに高真空を作る水銀拡散ポンプを必要とし、動作温度範囲が狭く陰極の予熱が必要だったり、アークの電圧降下も20V弱 - 数10Vあって損失も大きく、逆弧の発生など扱いが大変だった。
なお、イグナイトロン、エキサイトロンはゲート電極付き単極水銀整流器の一種であり、それを封じ切り構造とした車載用製品を初期の交流電気機関車に採用している。走行振動によるアーク不安定、(センタータップ式整流回路での2組の電圧切替を避ける)高圧タップ式電圧切替の絶縁などのトラブルに悩まされて、安定な大電力シリコン整流器の台頭で次々換装された。
シリコン整流器
後年、電力損失が少なく、動作や寿命が安定した大電力用のシリコンダイオードが開発されて以降、シリコン整流器方式が主流となった。シリコン整流器は順方向の電圧降下が、逆耐電圧で3素子直列としても1V×3×2前後で済む。また、予熱が不要で高効率のうえ、動作が安定しているため、水銀整流器を駆逐した。
ただし、ゲート動作がないため、交流位相に合った逆方向電流は許容しないため、電力回生は不可能となった。
冷却方式は、以前はファンによる風冷式→油入自冷式→フロン沸騰冷却式→パーフロロカーボン(PFC)沸騰自冷式と進化した。しかし、フロンやPFCが1997年京都会議において地球温暖化の規制物質として指定されたため、近年では純水沸騰自冷式(ヒートパイプ式)が主流となっている。
サイリスタ(SCR)整流器
制御電極(ゲート電極)の付いた半導体素子をサイリスタと呼ぶ。シリコン整流器の一部のダイオードをサイリスタに置き換えることにより水銀整流器同様に位相制御をして電圧調整をしたり、電力回生制動に用いたり、定格出力以上で電圧を下げる垂下特性を実現することができる。
サイリスタ位相制御の一部分を抜き出した回路に近く、位相制御と整流が別になったサイリスタ混合ブリッジ回路と、ダイオードブリッジをサイリスタに置き換えて位相制御と整流を同時に行うサイリスタ純ブリッジ回路の2種類が存在するのも同様である。
回生制動が可能になったが、他に力行車両がない場合は回生失効するので、大落差降坂などの回生電力を確実に消費させるためには回生電力吸収装置や電源側に回生電力を送り返すインバータが必要になる。
パルス幅変調整流器と共に、VVVFインバータと併用した場合両者をまとめて、Converter・Inverterの頭文字からCI装置や主変換装置と称する。
パルス幅変調整流器
マイコンによりPWM(Pulse Width Modulation=パルス幅変調)で制御されるサイリスタやトランジスタのブリッジ回路で構成される。回生制動時は単相交流を出力するPWMインバータとして機能するのがこの方式の特徴である。とくにIGBT素子の性能向上とコンピュータによるきめ細かな制御により整流時は脈流の低減、また回生制動時は高調波の少ない交流を安定して出力できるため交流電化区間での回生制動も積極的に行われるようになり、現在の主力となる。PWMコンバータと称するのが一般的。
GTOサイリスタやIGBTにダイオードを1つずつ逆並列に接続して還流ダイオードとし、これを2個直列、それをさらに2組並列接続したものである。実際には電力回生時の高調波低減のためこの整流器を2つ直列接続し、マイコンによって各整流器間で90度の位相差制御をすることで0%、50%、100%の3段階の電圧を生成する3レベル方式が主流である。
整流回路
センタータップ式
整流回路は、水銀整流器に陰極共通の3相 - 6相用水銀整流器が使われ、その陰極付属設備は相互絶縁が必要なのでそれを一本化したいことから、トランスとの接続回路は逆極性の巻線の半波整流を合成して全波整流(両波整流)とする「センタータップ式全波整流」が基本とされた。さらに巻線の流通角が小さく非効率な欠点があり、次項の改良をして多用した。半波整流ではトランス鉄心に直流磁化を生じて変圧に支障を来すのに対し、センタータップだと磁化方向を相殺するので必須の接続である。
相間リアクトル付2重星形結線
センタータップ接続整流は流通角が小さくトランス巻線の利用率が悪く大型化させるので、巻線をセンタータップ部で分離し相間リアクトルを挿入してその中央から直流を得ることでトランス各巻線の流通角を大きくして実効容量低下を抑えている。この接続を特に「相間リアクトル付2重星形結線」と呼んで三相交流を水銀整流器で整流する際の標準的結線となった。三相交流では6相式(6パルス式)となる。
ダイオード・ブリッジ式
シリコン整流器に換わると、当初は水銀整流器を置き換えただけの「相間リアクトル付2重星形結線」で使ったが、水銀整流器のような複雑な陰極付属設備が要らないため整流器を「ブリッジ接続全波整流」としてトランス巻線の単純化を図った。三相交流では6相(6パルス)式となる。
12相式
リップル(脈動)分を小さくするため、特に大出力変電所では三相交流をそのまま全波整流して6相整流するのではなく、3相Y結線とΔ結線の巻線を組み合わせて位相差30度の交流を作ってそれぞれ整流して直列、或いは並列に重畳し合計12相(12パルス)整流とすることで脈動周波数を2倍に、脈動振幅を4半分以下にした。
平滑リアクトルと高調波フィルター
平滑リアクトルを直列に挿入してリップル(脈動)分を阻止している。
平滑リアクトルはリップル周波数に比例してインピーダンスが大きくなり,6相整流と12相整流を比べるとリップル電圧は4半分より更に小さくなり、リップル周波数は倍になるので12相方式は脈動抑制に大変有効である。
更にリップル分による通信線への障害軽減のため、平滑リアクトルの負荷側に直列共振による高調波フィルター群を設置して脈動分を短絡している。
6相式で基本周波数の6倍、12倍、18倍、24倍の高調波(50Hz系で300Hz×N、60Hz系で360Hz×N)を、12相式で基本周波数の12倍、24倍の高調波(50Hz系で600Hz×N、60Hz系で720Hz×N)を直列共振回路で短絡している。しかし負荷側である電車線のインピーダンスが極めて低いためか実際にはあまり有効に機能していない様であり、撤去が検討される場所もあり、逆に誘導障害が現れれば現フィルター後段にもう1段の逆L型LCフィルターが必要になる。
|
\ | 次 数 |
L [mH] | C [μF] |
実効 抵抗 Ω |
定格 電流 A | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
50 Hz | 60 Hz | ||||||
6相 | 6 | 1.2 | 0.82 | 240 | ≦0.07 | 80 | |
12 | 0.4 | 0.27 | 180 | ≦0.10 | 20 | ||
18 | 0.25 | 0.18 | 120 | ≦0.15 | 20 | ||
12相 | 12 | 0.4 | 0.27 | 180 | ≦0.10 | 40 |
採用事例
以下に、各国での採用例の一覧を挙げる。 ただし、路面電車、ライトレール、およびそれに準じる規格の鉄道は除いた。 英語版のen:List of current systems for electric rail tractionを参考にした。
日本
テンプレート:Seealso 現在、日本国内の電化鉄道および軌道では、新幹線と北海道、東北、九州の各地方の大半のJR線を除いた電化路線の多くで、直流電化を採用している。なお、これらの鉄道事業者の大半は、自前の発電所や送電網を持つ東日本旅客鉄道(JR東日本)の首都圏など一部地域を除き、各電力会社から電力を購入している。ただし、第二次世界大戦以前は自前の発電所や給電施設を持ち、沿線の住宅などに電力を供給する事業を行っていた会社や、電力会社の子会社であったものが、戦時体制による強制再編で電力事業を奪われた事業者もある。
電圧など
電気設備技術基準・解釈で以下のように定められている。
- 直流高圧の架空方式の電車線路は電気鉄道の専用敷地内に敷設すること。日本では600V、750V、1500Vが見られたが、現在は主に1500Vが用いられている。過去には1200Vを採用した路線も存在したが、昇圧により消滅している。
- 第三軌条方式の電車線路は架空線より大電流送電が可能なこと。電気鉄道の専用敷地内に敷設すること。感電や短絡事故を避けるため低圧の750Vや600Vを採用するのが普通である。
- 併用軌道などの専用敷地外では低圧 (600V) を用いる。
- 索道および鋼索鉄道(ケーブルカー)の電車線路にあっては300V以下。
1500V電化の例
日本最初の事例は、1923年の大阪鉄道(現・近畿日本鉄道南大阪線他)である。
- 国鉄・JRの直流電化路線
- 大手私鉄や一部中小私鉄、第三セクターの鉄道線
- 架空電車線方式の地下鉄路線(上記JRや私鉄と直通運転を行う地下鉄、リニアモーター式地下鉄など)
- 鉄道路線として2011年現在営業しているモノレール。ただし東京都交通局上野懸垂線は600V、東京モノレール羽田線は750V、スカイレールサービス瀬野線は440V。
750V電化の例
- 大阪市営地下鉄 - 第三軌条方式の各線 (架空電車線方式の堺筋線・長堀鶴見緑地線・今里筋線は1500V)
- 横浜市営地下鉄ブルーライン(架空電車線方式のグリーンラインは1500V)
- 札幌市営地下鉄南北線(架空電車線方式の東西線・東豊線は1500V)
- 箱根登山鉄道線 - 箱根湯本駅 - 強羅駅間 (小田原駅 - 箱根湯本駅間は1500V)
- 遠州鉄道(新浜松駅 - 西鹿島駅)
- 近鉄内部線・八王子線
- 三岐鉄道北勢線(三岐線は1500V)
- 伊予鉄道横河原線・郡中線
600V電化の例
- ほとんどの路面電車
- 伊予鉄道高浜線
- 東京急行電鉄世田谷線
- 江ノ島電鉄線
- 東京地下鉄 - 銀座線・丸ノ内線
- 静岡鉄道
- 北陸鉄道石川線
- 名古屋市営地下鉄 - 東山線・名城線・名港線
- 叡山電鉄
- 銚子電気鉄道線
- えちぜん鉄道・福井鉄道全線
- 筑豊電気鉄道
フランス
フランス国鉄 (SNCF) の電化路線では戦前、直流1500V電化が主流であった。戦後は、商用周波数交流を用いた交流電化 (50Hz/25000V) が実用化され、戦後に電化された路線は交流中心である。北部、東部、ブルターニュ地域圏、プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏のマルセイユから東側、ローヌ=アルプ地域圏の一部の在来線とLGV(TGVが走る高速新線)全線は交流電化、その他の地域は直流電化である。パリ基準では、サン・ラザール駅・パリ北駅・パリ東駅が交流電化、リヨン駅・オステルリッツ駅・モンパルナス駅は直流電化となる。ちなみに、TGVは全車交直両用仕様になっており、交流のLGV区間から直流の在来線への直通は容易である。
イタリア
イタリア鉄道の電化路線では、3000Vが多用されている。
高速新線であるTAV(ディレッティシマ)については、初期に建設されたフィレンツェ-ローマ高速線は在来線と同様に直流3000Vで電化されたが、後に建設されたディレッティシマではフランスのLGVと同様に交流50Hz 25,000Vで電化されている。
ドイツ・オーストリア・スイス
戦前から低周波交流による交流電化が進んだこれらの国では、国有鉄道(スイス連邦鉄道、オーストリア連邦鉄道、ドイツ鉄道。ドイツ鉄道は民営化)の幹線路線では直流電化は見られないが、ベルリンやハンブルクの通勤電車では第三軌条集電式の直流電化が採用されている。
韓国
韓国では、原則的に地下鉄路線は1500Vによる電化がなされている。韓国鉄道公社 (KORAIL) が運営する広域電鉄は一山線を除き交流電化 (60Hz/25000V) が採用され、地下鉄路線との境界にはデッドセクションが設けられている。