大喪の礼

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大喪の礼(たいそうのれい)とは、国の儀式として行われる天皇葬儀

明治天皇大正天皇の葬儀は「大喪儀」として行われた。

日本国憲法下において「天皇の葬儀」は、皇室典範第24条の規定に基づき国の儀式として執り行われる「大喪の礼」と、皇室の儀式として執り行われる「大喪儀」とに区別される。

概要

日本国憲法20条3項政教分離原則を定めることから、国家の宗教的中立性を保つため、国の儀式として行われる「大喪の礼」は、特定の宗教による儀式とされない。

皇室の私的な儀式とされた「大喪儀」は、皇室祭祀神道儀礼に則って執り行われる。皇室の葬儀は、飛鳥時代奈良時代江戸時代まで寺院にての仏式の葬儀が行われていたが、孝明天皇の三年祭の際に神式が復古され、神道式で執り行われるようになった。

日本国憲法下における政教分離原則に基づく区別は、1989年平成元年)2月24日に行われた昭和天皇の葬儀のときに定められ、皇居から葬場が設営された新宿御苑までの葬列、葬場における儀式の一部、新宿御苑から墓所が置かれる武蔵陵墓地までの葬列が「大喪の礼」とされ(平成元年内閣告示第4号「昭和天皇の大喪の礼の細目に関する件」)、同時に皇室の私的な儀式として「大喪儀」を行うという形式がとられた。

明治天皇

1912年明治45年)7月30日崩御した明治天皇の大喪儀は、同年(大正元年)9月13日に行われた。葬儀は帝國陸軍練兵場(現在の神宮外苑)にて執り行われ、翌9月14日伏見桃山陵に埋葬された。

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主な国の特派使節

諸外国の皇族・特派使節の一覧は、1912年(大正元年)9月14日付『官報』号外[1]に掲載されている。国旗および役職名は1912年当時のもので、氏名・役職名は官報の記載に準じる。

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ハインリヒ親王
テンプレート:Flagicon イギリス
アーサー・オブ・コンノート親王
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ドン・アルフォンソ・デ・オルレアン・イ・ボルボン親王
テンプレート:USA1912
特派大使テンプレート:仮リンク
テンプレート:Flagicon フランス
特派大使ルボン
(Félix Frédérique Georges Lebon)
テンプレート:RUS1883
特派大使ニコラス・マレヴスキー・マレヴィッチ
テンプレート:Flagicon イタリア王国
特派大使侯爵グ井ッチョリ
テンプレート:AUT1867
特派大使男爵ラヂスラス・ミュルレル・ド・スツェントギオルギー
テンプレート:Flagicon スウェーデン
特派使節グスタフ・オスカル・ワルレンベルク
テンプレート:MEX1893
特派使節ドン・ラモン・ゼー・バチエコ
テンプレート:Flagicon オランダ
特派使節ジャン・ヘルマン・ファン・ロイエン
テンプレート:Flagicon スイス
特派使節フェルヂナンド・サリス
テンプレート:THA1855
特派使節プラチャムノン・ヂターカー
テンプレート:Flagicon ベルギー
特派使節伯爵ジオルジュ・ドラ・ファイユ・ド・ルヴェルゲム
テンプレート:Flagicon チリ
特派使節アルフレッド・イララサウアル・サニヤルツ
テンプレート:Flagicon デンマーク
特派使節伯爵ペー・アーレフェルト・ラウルフィッグ
テンプレート:Flagicon ノルウェー
特派使節ベー・アンケル
テンプレート:Flagicon アルゼンチン
特派使節フランシスコ・オルチス
テンプレート:BRA1889
特派使節グスタヴオ・デ・ヴィアンナ・ケルシュ
テンプレート:Flagicon ポルトガル
特派使節ヘンリケ・オーコンノル・マルチンス

この他、イギリスの中国艦隊から、海軍儀仗兵500名が派遣された。

大正天皇

1926年(大正15年)12月25日に崩御した大正天皇の大喪儀は、翌1927年昭和2年)2月7日から翌2月8日にかけて行われた。大喪儀は2月7日夜に天皇の霊柩を乗せた牛車を中心として組まれた葬列が、宮城(現・皇居)正門を出発することに始まった。宮中の伝統に従って夜間に執り行われたため、葬列はたいまつやかがり火等が照らす中を進行した。

葬儀は新宿御苑新宿御苑)にて執り行われ、霊柩は新宿御苑仮停車場~東浅川仮停車場に大喪列車を運転して運ばれた。

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昭和天皇

1989年(昭和64年)1月7日に崩御した昭和天皇の大喪の礼は、同年(平成元年)2月24日に、内閣の主催(大喪の礼委員会委員長・竹下登内閣総理大臣)により行われた。

「大喪の礼」は、当日午前9時35分に、昭和天皇の霊柩を乗せた轜車(じしゃ。霊柩車)を中心として組まれた葬列(車30台、サイドカー30台の車列、全長約800m)が、宮内庁楽部による雅楽宗明楽」と陸上自衛隊による21発の弔砲に送られて、雨の降る皇居正門を出発することに始まった。出発前には、皇室の儀式「大喪儀」である「斂葬の儀」の一部である「轜車発引の儀」(じしゃはついんのぎ)が執り行われ、出発をもって国の儀式である「大喪の礼」が始まった。

葬列は、葬送曲「哀の極」の奏楽の中、桜田門を通り、沿道に集まった20万人の人々の間を進み、国会議事堂正門前、憲政記念館前、三宅坂赤坂見附、青山一丁目、外苑前、青山三丁目を経て、新宿御苑の葬場総門まで到着した(この途中、青山通りで若い過激派の男2人が「天皇制反対」を唱えて車列の中に突入したが、すぐに警備員に取り押さえられている)。到着後、昭和天皇の霊柩は轜車から葱華輦(そうかれん。天皇が用いる屋上にネギ坊主(葱華)形の吉祥飾りを着けた輿)に遷され、鈍色の衣冠単という古式の装束を着けた皇宮護衛官が「輿丁」としてこれを担ぐ徒歩列が組まれた。徒歩列は、雅楽が奏される中、白木造りの葬場殿に入り、霊輦(霊柩が納められた葱華輦)を安置された。

ここで、幔門(門に見立てられた黒一色の幔幕)が閉じられて鳥居などが設置され、国の儀式である「大喪の礼」から皇室の儀式である「大喪儀」が執り行われ、「斂葬の儀」(埋葬当日の儀式)のうち「葬場殿の儀」が執り行われることとなった。「葬場殿の儀」では、奠饌幣(幣帛を奉じる神道儀礼)や天皇の拝礼、天皇による「御誄」(おんるい、弔辞)の奏上、皇后を始めとする皇族や親族の拝礼が厳やかに営まれた。

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「葬場殿の儀」が営まれた後、再び幔門が閉じられ鳥居等が外され、内閣官房長官小渕恵三が「大喪の礼御式を挙行いたします。」と開式を告げることで国の儀式である「大喪の礼」は始められた。次いで、天皇と皇后が葬場殿前に進み、正午から1分間の黙祷が行われた。黙祷の後、内閣総理大臣竹下登を始めとした三権の長が拝礼の上で弔辞を述べ、外国元首・弔問使節の拝礼、参列者の一斉拝礼が行われ、葬場殿における「大喪の礼」は終了した。その後、午後1時40分から、再び葬列を組み、四谷四丁目、新宿三丁目、新宿四丁目、首都高速道路4号新宿線初台出入口中央自動車道八王子インターチェンジを経て、午後3時15分に、陵所が置かれる武蔵陵墓地に着いた。陵所では再び徒歩列が組まれて、皇室の儀式として「陵所の儀」が営まれ、昭和天皇の霊柩がに納められた。この陵は、武蔵野陵と名付けられた。

「大喪の礼」の当日は、公休日となった(平成元年法律第4号「昭和天皇の大喪の礼の行われる日を休日とする法律」)、なお都心は雨であった。各地では弔旗半旗が掲揚されたほか、全国のテレビラジオ放送(NHK教育テレビNHKラジオ第二を除く)も終日報道特別番組が編成され、民間企業のCMは自粛し、公共広告機構(現:ACジャパン)のCMに差し替えられた。また、多くの公共施設が休館となり、多くのデパート・映画館なども休業した。フジテレビのドキュメンタリー番組『世界が日本を見つめた日』では、当日の報道特集を放送した。

「大喪の礼」には、世界各国から、国家元首、使節、大使等、164ヶ国(EC委員会を含む)・27機関の700人に及ぶ人々が参列した。また、国内からは、皇族、三権の長とその配偶者、国会議員とその配偶者、幹部公務員、都道府県知事、各界の代表者等が参列した(参列者の範囲は平成元年内閣告示第4号「昭和天皇の大喪の礼の細目に関する件」による)。

主な国及び国際機関の代表参列者

国旗は1989年当時のもの。また、諸外国及び国際機関の代表参列者の一覧は、外交青書(1989年版)[2]に掲載されている。

テンプレート:Flagicon ヨルダン
フセイン1世国王
テンプレート:Flagicon ブータン
ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王
ツェリン外務大臣
レト大使
テンプレート:Flagicon ブルネイ
ハサナル・ボルキア国王
テンプレート:Flagicon タイ
ワチラーロンコーン皇太子
チャートチャーイ・チュンハワン首相
テンプレート:NEP
ギャネンドラ・ビール・ビクラム・シャー・デーヴ王子
テンプレート:Flagicon 民主カンボジア連合政府
ノロドム・ラナリット王子
テンプレート:Flagicon フィリピン
コラソン・アキノ大統領
テンプレート:IDN
スハルト大統領
テンプレート:Flagicon インド
ヴェンカタラマン大統領
テンプレート:Flagicon バングラデシュ
エルシャド大統領
テンプレート:MDV
マウムーン・アブドル・ガユーム大統領
テンプレート:Flagicon イスラエル
ハイム・ヘルツォーグ大統領
テンプレート:IRQ1963
ターハー・ムヒーウッディーン・マアルーフ副大統領
テンプレート:Flagicon イラン
ミールサリーム副大統領
テンプレート:Flagicon サウジアラビア
アブドゥラアジズ皇太子
テンプレート:LKA
ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ前大統領
テンプレート:Flagicon シンガポール
リー・クアンユー(李光耀)首相
テンプレート:Flagicon パキスタン
ベーナズィール・ブットー首相
テンプレート:Flagicon トルコ
トゥルグト・オザル首相
テンプレート:Flagicon ベトナム
ダオ国家評議会副議長兼国会議長
テンプレート:Flagicon 中国
銭其外相
徐敦信外交部アジア司長
楊振亜大使
テンプレート:Flagicon 韓国
姜英勲国務総理
申東元外務次官
李源京大使
テンプレート:Flagicon アラブ首長国連邦
ザーイド大統領
テンプレート:Flagicon EC委員会
アンドリーセン副委員長
ワインマーレン副委員長付官房長
ファン・アフト大使
テンプレート:Flagicon バチカンローマ教皇庁
オッディ枢機卿
カルー大使
テンプレート:Flagicon スペイン
フアン・カルロス1世国王
ソフィア王妃
サパテロ国会関係首相府官房担当大臣
バルシア大使
テンプレート:Flagicon スウェーデン
カール16世グスタフ国王
シルヴィア王妃
フェルト大蔵大臣
ヘイマン大使
テンプレート:Flagicon ベルギー
ボードゥアン1世国王
アラゴン王妃
ティンデマンス外務大臣
テンプレート:DEN
ヘンリク王配
シモンセン大蔵大臣
アナセン大使
テンプレート:Flagicon リヒテンシュタイン
ハンス・アダム皇太子
テンプレート:Flagicon ノルウェー
ハーラル皇太子
テンプレート:Flagicon ルクセンブルク
ジャン大公
テンプレート:Flagicon ハンガリー
ブルーノ・ストラウブ大統領
テンプレート:Flagicon イギリス
エディンバラ公フィリップ
ダグラス・ハード外務大臣
テンプレート:Flagicon フランス
フランソワ・ミッテラン大統領
ローラン・デュマ外務大臣
ドゥコー外務大臣付仏語圏国際文化交流担当大臣
ドラン大使
テンプレート:Flagicon フィンランド
コイヴィスト大統領
テンプレート:FRG
リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領
ゲンシャー副首相兼外務大臣
ブレヒ大統領府長官
ハリーヤ大使
テンプレート:Flagicon 東ドイツ
ゲアラハ国家評議会副議長
ニ一ア外務次官
シュミット大使
テンプレート:Flagicon アイスランド
ヴィグディス・フィンボガドゥティル大統領
テンプレート:IRE
パトリック・ヒラリー大統領
テンプレート:Flagicon イタリア
フランチェスコ・コッシガ大統領
テンプレート:POR
マリオ・ソアレス大統領
テンプレート:Flagicon ソビエト連邦
アナトリー・ルキヤノフ最高会議幹部会第一副議長
テンプレート:Flagicon ポーランド
バルチコフスキ国家評議会副議長
テンプレート:ROM1965
マネスク国家評議会副議長
テンプレート:Flagicon モナコ
アルベール皇太子
テンプレート:Flagicon アルバニア
パパヨルギ大使
テンプレート:Flagicon エジプト
ホスニー・ムバーラク大統領
テンプレート:Flagicon ケニア
ダニエル・アラップ・モイ大統領
テンプレート:Flagicon ナイジェリア
イブラヒム・ババンギダ大統領
テンプレート:Flagicon トーゴ
ニャシンベ・エヤデマ大統領
テンプレート:Flagicon ザイール
モブツ・セセ・セコ大統領
テンプレート:Flagicon ザンビア
ケネス・カウンダ大統領
テンプレート:GMB
ダウダ・ジャワラ大統領
テンプレート:BDI
ピエール・ブヨヤ大統領
テンプレート:ZAF1961
クーン総領事
テンプレート:Flagicon アンゴラ
ヴァン・ドゥーネン外務大臣
ハレー外務省アジア・太洋州局長
テンプレート:Flagicon アルジェリア
ビタット国民議会議長
ベントゥーネ国民議会議員
ゼルーニ大使
テンプレート:Flagicon モロッコ
シディ・モハメッド皇太子
テンプレート:Flagicon アメリカ合衆国
ジョージ・H・W・ブッシュ大統領
バーバラ大統領夫人
ジェイムズ・ベイカー 国務長官
スヌヌ首席補佐官
ブレント・スコウクロフト国家安全保障問題担当大統領補佐官
アンダーソン臨時代理大使
テンプレート:Flagicon カナダ
ソヴェー総督
テンプレート:Flagicon キューバ
フェルナンデス閣僚会議副議長兼教育大臣
テンプレート:BRA1968
ジョゼ・サルネイ大統領
ソドレー外務大臣
ツヅキ衛生大臣
ブエノ大使
テンプレート:Flagicon アルゼンチン
マルティネス副大統領
デ・ラ・グァルディア政策担当外務次官補
ロス大使
テンプレート:Flagicon チリ
エラスリス外務大臣
シルヴァ外務大臣秘書官
ポンセ大使
テンプレート:Flagicon オーストラリア
ジョージ・ハイドン総督
ダフィー貿易交渉大臣
ミラー大使
テンプレート:Flagicon ニュージーランド
ポール・リーブス総督
マーシャル外務大臣兼太平洋島嶼国問題大臣
ゲイツ大使
テンプレート:TON
タウファアハウ・ツポウ4世国王
テンプレート:FJI
ガニラウ大統領
コロヴァヴァラ侍従武官
ウォーカー大使
テンプレート:Flagicon 西サモア
マリエトア・タヌマフィリ2世大首長
テンプレート:MHL
キジナー外務大臣
テンプレート:UNO
ハビエル・ペレス・デ・クエヤル事務総長
明石康事務次長
アジア開発銀行
藤岡眞佐夫総裁
テンプレート:UNO 食糧農業機関
プーリ・アジア太平洋地域事務所長(事務局長補)
関税および貿易に関する一般協定
ダンケル事務局長
テンプレート:UNO 国際復興開発銀行
コナブル総裁
テンプレート:Flagicon 赤十字国際委員会
キュング東アジア地域首席代表
米州開発銀行
デ・アンドレア理事(ペルー、コロンビア担当)
テンプレート:Flagicon 国際農業開発基金
ブラウン副総裁
テンプレート:Flagicon 国際労働機関
中村事務局長補
テンプレート:UNO 国際通貨基金
カムドゥシュ専務理事
テンプレート:Flagicon 国際電気通信連合
ジプゲップ事務総局次長
25px 経済協力開発機構
ペイユ事務総長
テンプレート:UNO 開発計画
ドレーパー事務局長
テンプレート:Flagicon 教育科学文化機関(ユネスコ)
ヤケール事務局長付特別顧問
テンプレート:Flagicon 工業開発機関
シアソン事務局長
テンプレート:Flagicon 世界保健機関
中嶋宏事務局長
テンプレート:Flagicon 世界気象機関
ホー・アジア南西太平洋地域担当部長
テンプレート:UNO 大学
グルグリーノ学長

脚注

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関連

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外部リンク

テンプレート:宗教的中立性

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  2. 同書資料ページ 5.「昭和天皇大喪の礼」に参列した国及び国際機関の代表