古舘伊知郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2014年8月23日 (土) 21:53時点における118.13.30.223 (トーク)による版
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

テンプレート:存命人物の出典明記 テンプレート:雑多な内容の箇条書き テンプレート:統合文字 テンプレート:基礎情報 アナウンサー 古舘 伊知郎(ふるたち いちろう、1954年昭和29年)12月7日 - )[1]は、日本フリーアナウンサータレント司会者ニュースキャスター古舘プロジェクト所属。元テレビ朝日アナウンサー東京都北区出身。北区立滝野川第二小学校、千代田区立今川中学校(現:千代田区立神田一橋中学校)、立教高等学校(現:立教新座高等学校)、立教大学経済学部経営学科卒業。

経歴

1977年全国朝日放送(現:テレビ朝日、採用試験時は日本教育テレビ(NETテレビ))にアナウンサーとして入社。面接にて広辞苑丸暗記という特技を披露し、採用される。同年7月には『ワールドプロレスリング』担当に配属され、越谷市体育館での長州力VSエル・ゴリアス戦で実況デビュー。入社1年目のアナウンサーが実況デビューするのは極めて異例だが、この理由は3年後に控えたモスクワオリンピックをNETテレビが独占中継することになり、プロレス中継の担当アナウンサーが手薄になったためである。

1980年からは『ワールドプロレスリング』で山本小鉄とコンビを組む。「おーーーーーっと!」「燃える闘魂」「掟破りの逆サソリ」「名勝負数え唄」「人間山脈」「風車の理論」「エリート・雑草逆転劇」などの独特な表現は「過激実況」と呼ばれ、アントニオ猪木全盛期、新日本プロレスの黄金期を支えてきた。また、大発行部数を誇る週刊少年マガジンで連載される「異能戦士」にフルタチのキャラで頻繁に登場し、プロレスファン以外にも知られる存在となった。なお、フリーになるかならないかの頃に、フジテレビオレたちひょうきん族』の1コーナーである「ひょうきんプロレス」に覆面アナウンサー「宮田テル・アビブ」(宮田輝のもじり)として出演したこともある(「奮い立ち伊知郎」と名乗ったこともある)。しかし、NGを出してひょうきん懺悔室に送り込まれ、水を被り、正体を明かした。

1984年6月にテレビ朝日を退社後、大学時代の友人と芸能事務所「古舘プロジェクト」を設立。フリーになってからは、10年以上に渡ったワールドプロレスリングの実況を1987年3月に勇退、その後の1989年から1994年までのフジテレビF1放送や、競輪における特別競輪(現:GI)決勝戦の実況中継、さらには、自らの一人芝居型講演会「トーキング・ブルース」(1988年開始)を始め、数々のテレビ番組に出演。そして、NHKと民放キー局5社で全てレギュラー番組を持った。1988年には映画『スウィートホーム』、1991年にはNHK連続テレビ小説君の名は』に出演し、俳優業にも挑戦した。また、テレビ朝日『ニュースフロンティア』(1991年4月 - 1994年3月)という『ニュースステーション』のオンエアが無い土曜日の23時から放送されていた報道番組も一時期担当した。1994年 - 1996年まで、NHK『NHK紅白歌合戦』の白組司会を務めた。ちなみに、史上初の民放のアナウンサー出身の紅白司会者となった。

プロレスファン以外の視聴者にも古舘の名が一躍認知されるようになった端緒は、1985年のフジテレビ『夜のヒットスタジオ』の司会抜擢であった。当時民放各局に乱立していた音楽番組の中でも抜きん出た格上の番組であり、そこにフリー転身から1年しか経たない古舘が抜擢されたことについて、当時の視聴者から危惧の声が上がっていたようだが、その当初の視聴者の反応も、当時の『夜のヒットスタジオ』の看板司会者であった芳村真理の強い後盾もあったためか聞かれなくなり、司会者としてのキャリアを上げる大きな契機となった。1988年に芳村は番組を勇退し、古舘自身も独立早々の苦境の時に最初に使って貰ったという恩義から、『夜のヒットスタジオ』、そして芳村に対しての強い敬意の念を抱いているようである(『SmaSTATION!!』に出演した際にこの点については述べている)。古舘の結婚式の仲人は芳村夫妻が務めており、芳村とは家族ぐるみの親交を続けている。

「トーキングブルース」は後述の事情により2003年を最後に開催していなかったが、2014年に復活することとなった。

1989年、アントニオ猪木がスポーツ平和党から参議院選挙に立候補した時には、「国会に卍固め、消費税に延髄斬り」というキャッチコピーで応援した。

世界水泳では2001年の日本・福岡大会と2003年スペインバルセロナ大会を2大会連続で特別実況し、世界陸上では1999年セビリア大会から2003年パリ大会にかけて、女子マラソンの実況を担当した。

2004年4月5日から、テレビ朝日にて『ニュースステーション』の後継番組に相当する『報道ステーション』のメインキャスター(アンカーマン)を務めている[2]。そのため、他局のレギュラー番組やコマーシャル出演を相次いで降板した。以後、仕事は基本的に『報道ステーション』に絞っている(ただし稀にではあるが、ゲスト出演を行ったり、テレビ朝日の特別番組に出演することもある)。週刊誌のインタビューについても『報道ステーション』開始後は応じていなかったが、2014年には『AERA』(七月十四日号)の取材に応じている。『報道ステーション』担当後も日本テレビおしゃれカンケイ』のみ2005年3月まで出演を継続した(こちらについても『報道ステーション』専念のために降板を示唆し、番組は打ち切りとなった)。

人物・エピソード

いずれも立教大学の先輩である徳光和夫(元日本テレビアナウンサー)やみのもんた(元文化放送アナウンサー)に憧れてアナウンサーになった。アナウンサー希望で就職活動を始めた頃にNHKの就職試験を受けたことがある。 1984年2月11日、前年の引退からの復帰を宣言していた初代タイガーマスクが興したタイガージムのジム開きパーティに、「年来の友情」から、アナウンサーの立場を離れた「個人の資格」で参加し、司会を務めた。ザ・タイガーへの改名や、山崎一夫新日本プロレス離脱&インストラクター就任などがその場で発表されたのだが、古舘の出席はテレビ朝日でも新日本も問題視しなかった。これは、テレビ朝日退社が既に公然の事実だったのと、「古舘は新日本および猪木に対して不利益なことはしないだろう」という信頼感による部分が大きかった。

1991年、古舘の実姉がで他界する不幸に見舞われた。この時、逸見政孝(元フジテレビアナウンサー)は、フリーアナウンサー同士で身内を癌で亡くしたという同じ経験を持つことから古舘にお悔やみの手紙を送った。ここから2人の間に交流が生まれ、逸見が癌で闘病中、古舘が日本テレビ『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』の司会を代行している。

2012年5月28日、自身の母親が死去した。実姉と同じく癌によるものだった。古舘は母親の入院先について、実姉の入院時と同じ病院を選んだ。『報道ステーション』で多忙を極める中、実姉の時以上に、献身的に看病したという。同日夜、『報道ステーション』開始の数時間前に母親は息を引き取り、古舘は番組の打ち合わせ中にこれを局内で聞いたという。このため、実姉の時と同様、仕事で母の最期を看取ることはできなかった。その直後、母親が亡くなってから数時間後に始まった『報道ステーション』の生放送では、いつもと変わらぬ様子で、淡々とニュースを伝えた[3]

THE ALFEE高見沢俊彦とは親友で、高見沢は古舘のことを「いっちゃん」と呼んでいる。「古舘伊知郎のトーキングブルース」のステージで使用する楽曲の提供を毎年行っており、それらをまとめたCDアルバムが発売されている。また、テレビ朝日時代の同期の南美希子も古舘のことを「いっちゃん」と呼んでいる。

空気中での音速(およそ速340m、気温により変化)とフォーミュラカーの最高速度(およそ速340km)の単位を混同していた古舘は、「音速の貴公子」という表現をF1中継で使用していた。

叔父は、ラジオ時代の大相撲中継のアナウンサーだった。その叔父に憧れてアナウンサーの道を進んだという[4]

1994年1995年の紅白において、両軍司会コンビを組んだ上沼恵美子とは、この共演が原因で確執が生じたとされる。1996年の紅白における両軍司会もこの2人を起用する方向で話が進み、古舘は続投したが、上沼は古舘との確執を理由に拒否したと伝えられている(紅組司会は松たか子に交代した)[5]

2003年、『ニュースステーション』のメインキャスターを務めた久米宏は「後を受け継ぐ古舘さんに何かメッセージありますか?」と記者に尋ねられた際(久米の『ニュースステーション』降板表明会見より)、「いや、番組はなくなるって聞いていますから。存在しない番組に司会者が存在するわけないでしょ」と回答した。これに対し古舘は先述した『AERA』のインタビューで「(久米を)冷たい男だなと思いましたけど」「それから久米さん嫌いになったんですけど」と述べた。その後には「半分は大先輩だと思って尊敬している」と言ったものの、「半分は嫌いっていうところに落ち着くんだけど」とも語った。

2012年3月11日東北地方太平洋沖地震東日本大震災)発生から1年の節目にあたることから放送された『報道ステーション』特別版のエンディングで、前年末の番組が、福島第一原発が津波で壊れたのではなく地震によってどこかが損壊していたのではないかと追及したことを紹介し、その上で「今回このスペシャル番組でその追及をすることはできませんでした」と語った。さらに、日本には原子力村という村が存在し、産業がない地域が積極的に原発を誘致したと指摘した後、「その根本を徹底的に議論しなくてはいけない。私は日々の『報道ステーション』の中でそれを追及していく。もし圧力がかかって番組を切られてもそれは本望です」などと語った[6]

2012年9月、『週刊文春』で行われたメルマガ読者による「嫌いなキャスター」のアンケートで、2位のみのもんたに大差をつけて1位を獲得するなど、古舘に対する賛否両論は激しい[7]

本人が1番好きなテレビ局は古巣で『報道ステーション』を受け持つテレビ朝日である。なお、テレビ朝日を退社した際、局内から一切引き止めがなく、寂しい思いをしたと語っている[8]

2005年4月以降、古舘が『報道ステーション』以外の番組への出演をほとんど行わない理由について、テレビ局関係者は「報道キャスターというイメージを守らなければならないなど様々あります。売れっ子である古舘を1番組だけに絞られると、当然、事務所側としては収益が少なくなる。その見返りとしてなのか、事務所が丸々『報ステ』の制作を請け負っている。これは、事務所にとっては大きい。所属事務所の「古舘プロジェクト」は、構成作家など制作陣も抱えていますからね。1回の放送で3000万~4000万円、事務所に入っているのではないでしょうか。一説には、6000万円という声もあります。ロケからニュース原稿作りまでほとんど事務所所属スタッフを使っていますからね。だから、古舘は他の番組をやる必要がないわけですよ」と語っている[9]

『報道ステーション』を受け持つようになってからの年収は、同番組以外からの物を含めて5億円程度とされる[10]

出演・作品など

現在の出演番組

過去の出演番組

司会・実況など

テレビドラマ

コマーシャル

舞台

  • 「トーキングブルース」(1988年 - 2003年)

映画

ウルトラマンと怪獣の名勝負を実況中継
ホラー映画。テレビ取材班のカメラマン田口亮 役を担当。山城新伍伊丹十三宮本信子らと共演。

レコード・CD

漫画原作

光文社漫画雑誌ジャストコミックで、以下の連載の原作を手がけた。

スポーツ実況

自らの実況スタイルを「亜流」と称するように、数々のキャッチコピーを編み出した。あらかじめ考え抜いた言葉を幾つも用意し、本番に臨んでいる。特に地方会場からの実況の場合を中心に、その土地にちなむ歴史偉人産業などの紹介をしそれを登場しているプロレスラーや技などにこじつけて実況するのも古舘流。特にCMに入る前に話す「この番組は金太郎足柄山で有名な南足柄市市立体育館より実況生中継でお送りしております」などは恒例。

また、新日本プロレスがメキシコ遠征した際、『ワールドプロレスリング』で何試合も連続して実況を担当した古舘は、高地であるメキシコ特有の暑さと息苦しさも手伝ってハイな状態となり、この時一度だけプロレス実況における「恍惚の極みに達した」と語っている。

プロレスやF1の実況ではレスラーやドライバーのキャッチコピーに『顔面』というフレーズを多用していた。

  • (例)ミハエル・シューマッハを「顔面三浦半島」、デーモン・ヒルを「顔面ジョージ・ハリスン」等

ワールドプロレスリング

レスラー
  • 「1人というにはあまりにも巨大すぎ、2人というには人口の辻褄が合わない!」「人間山脈」「ひとり民族大移動」「現代のガリバー旅行記」(アンドレ・ザ・ジャイアント
  • 「超人」「現代に甦ったネプチューン」「美しき殺人兵器」(ハルク・ホーガン
  • 「ディアチェのブロンズ像の様な肉体」(藤波辰巳の均整の取れた筋骨隆々の上半身の形容)
  • 「筋肉の終着駅」(デイビーボーイ・スミス、これ以上の筋肉の隆起は無い→終着点)
  • 「マシュマロマン」「戦うひよ子のお菓子」(キングコング・バンディ)
  • 「キックの千手観音」「黒髪のロベスピエール」「肉体のローマ式 戦車」(前田日明
  • 「わがままな膝小僧」「地獄のタップダンサー」「戦うジェームズ・ディーン」「青春のエスペランサ」「殺戮微熱青年」(高田延彦
  • 「インテリジェンス・モンスター」「マンハッタン・ターザン」(ブルーザー・ブロディ、元新聞記者という経歴と独自のプロレス哲学を持つことから)
  • 「テキサススーパーロデオマシーン」「ビッグ・テキサン」「牛殺しテクニック」(ディック・マードック
  • 「由井正雪を彷彿とさせる」「放浪の若志士」(長州力の長髪から)

音楽番組

夜のヒットスタジオ

1985年10月より、長年司会を担当した井上順の後を受け、4代目の芳村真理のパートナーとして『夜ヒット』の司会に参加。プロレス・F1中継などでの「ワンフレーズ」の手法をこの番組の司会でも多用した。

報道番組

メインキャスターを務めた報道番組に、『ニュースフロンティア』と『報道ステーション』がある。

報道ステーション

2004年4月5日から、『ニュースステーション』の後番組としてスタートした『報道ステーション』のメインキャスターを務める。テレビ朝日およびニュースステションを制作していたオフィス・トゥー・ワンは『報ステ』を『Nステ』と全く関係のない別番組としており、制作会社も古舘の所属事務所である古舘プロジェクトに変更になっている。

2007年11月27日、日本マクドナルドの調理日時の改ざん問題報道にて、退職した元店長代理を名乗る女性を首から下の映像とともに証言者として出演させた際に、番組関係者にアルバイト用の制服と店長代理バッジを着用させていたことが判明した。放送直後から「元店長代理がバイトの制服を着ているのはおかしい」「モデルチェンジ前のユニホームでは」と偽装ではないかというヤラセ疑惑が広がり[11]BPOはこれが過剰演出に当たるとしてテレビ朝日に対して反省を求める意見書を提出した[12]。12月7日、番組内で古舘が「ここで視聴者の皆様、お知らせすることが実はあります」と前置きした上で、店員の制服を着て店長代理のバッジをつけた人物が内部告発の発言をするという演出をしたことについて「これは本当に間違ったやり方です。申し訳ありませんでした」と謝罪、また番組後半で「あえて『報道ステーション』は、そのことを報告させていただきました」と語った[13]。しかし捏造証言を行った女性が当時古舘の所属事務所である古舘プロジェクトでアルバイトをしていた顔見知りの関係者であったことについては一切ふれられなかった。12月7日の放送分に関してBPOからは、視聴者に趣旨が分かりにくい放送、内外から多くの指摘を受け、10日も経過してからの「おわび(謝罪)」において「あえて」を使用するのは、極めて不適切な用語であると委員会決定された。同事務所からは既に内定を得ており、「内定者ですから、"制服を着てくれ"と言われたら断れない。」(テレ朝関係者)と指摘された。この女性は、この問題発覚後も、内定取り消しなどの処分は無くそのまま古舘プロジェクトに入社しており、このことについては局内からも非難の声も上がっている[14]

2008年2月13日、「18歳は成人か」と題したニュースにおいて、「アダルトチルドレン」という言葉を「立派な大人なのにぜんぜん子供」「がまんできない」という意味で使用した。実際のアダルトチルドレンとはアルコール依存症の親に育てられるなど機能不全家庭で育ち、成人になってもそうした体験が心的外傷として残っている人を指す言葉であり、古館の定義とは異なる。翌14日の同番組の最後に「本当に苦しんでいる人に申し訳ない。以後気をつけたい」と謝罪した[15][16]

2008年6月3日、自民党役員連絡会前に出席者らが談笑している映像が流れ、後期高齢者医療制度に絡め「よく笑っていられますね。偉い政治家の人たちは」と発言した。自民党から「あたかも後期高齢者医療制度の話で自民党役員が笑っているとの誤解を与える報道の仕方である」と批判され、党役員会などの撮影の無期限禁止を番組に通知された。同月9日、古舘は番組内にて「確かに後期高齢者医療制度について話し合って笑っている映像ではない。そのように受け取られた視聴者の皆様方がいらっしゃるとすれば、それは私の本意ではありません」「(私が発言した意図は)今、国政全般にわたって政治家の人達が笑っていられる局面など何一つないということなんだと」と述べた[17]

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ テンプレート:Reflist

関連項目

外部リンク

テンプレート:古舘伊知郎 テンプレート:夜のヒットスタジオ司会者 テンプレート:NHK紅白歌合戦 白組司会 テンプレート:FNS歌謡祭司会 テンプレート:フジテレビF1日本グランプリ 実況アナウンサー テンプレート:報道ステーション

テンプレート:ミュージックステーション
  1. 「古伊知郎」と表記される場合もあるが、正しくは「古伊知郎」(より正しくは、冒頭の注意書きの通りでもなく、偏がで旁が)である。ただし、新聞ラ・テ欄などは字体の規制があるため前者の表記をする。また、読みは「ふるた」でも「ふるち」でもない。
  2. 古舘は『ニュースステーション』にゲスト出演歴がある。
  3. http://www.news-postseven.com/archives/20120727_132956.html 女性セブン 2012年8月9日号
  4. 大相撲おもしろ雑学BOOK(大陸文庫)155ページ
  5. 合田道人『紅白歌合戦の舞台裏』
  6. http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK201203120003.html 朝日新聞(2012年3月12日)
  7. テンプレート:Cite news
  8. http:///www.tv-asahi.co.jp/ss/175/talk/top.html テレビ朝日『SmaSTATION!!』内「スマトーク」
  9. 『NEWSポストセブン』2013年4月10日号
  10. http://www.news-postseven.com/archives/20140430_254189.html 週刊ポスト 2014年5月9・16日号
  11. 産経新聞 マック改竄 テレ朝が証言者偽装(1/2ページ)
  12. 放送倫理委員会 委員会決定第03号
  13. 産経新聞 マック改竄 テレ朝が証言者偽装 (2/2ページ)
  14. テレ朝<マック改竄>証言女性は「古舘プロに入社」していた 週刊新潮 2008年7月17日号 41P
  15. MSN産経ニュース 「アダルトチルドレン」発言で、古舘氏が謝罪
  16. livedoorニュース 「報ステ」古舘氏が謝罪 「アダルトチルドレン」誤発言で
  17. テンプレート:Cite news