囲碁
テンプレート:参照方法 テンプレート:囲碁 囲碁(いご)とは、2人で行うボードゲームの一種。チェス、シャンチーと並ぶ世界三大棋類の一つ。交互に盤上に石を置いていき、自分の石で囲んだ領域の広さを争う。単に碁(ご)とも呼ばれる。
目次
概要
2人のプレイヤーが、碁石と呼ばれる白黒の石を、通常19×19の格子が描かれた碁盤と呼ばれる板へ交互に配置する。一度置かれた石は、相手の石に全周を取り囲まれない限り、取り除いたり移動することはできない。ゲームの目的は、自分の色の石によって盤面のより広い領域を確保する(囲う)ことである。
アブストラクトゲーム、ボードゲームの一種で、ゲーム理論の言葉で言えば二人零和有限確定完全情報ゲームである[1]。勝敗は、より大きな地(定義の詳細は、ルールの項参照)を確保することで決定される。ゲームの終了は、将棋やチェスと同じように、一方の意思もしくは双方の合意で行われることもある。他のボードゲームと比較した場合の特異な特徴は、ルール上の制約が極めて少ないこと、パスがルール上認められていることがある。
発祥は中国と考えられ、少なくとも2000年以上前から東アジアを中心に親しまれてきた。そうした文化・歴史の中で爛柯(らんか)をはじめとしたさまざまな別称を持つ(#囲碁の別称とその意味)。日本でも平安時代から広く親しまれ、枕草子や源氏物語といった古典作品にも数多く登場する。戦国期には武将のたしなみでもあり、庶民にも広く普及した。江戸時代には家元四家を中心としたプロ組織もでき、興隆の時期を迎えた。明治以降も引き続き広く親しまれ、近年ではインターネットを経由して対戦するネット碁も盛んである。
西洋的な価値観からはチェスなどと同様マインドスポーツ(つまり競技)でもあり、国際囲碁連盟は国際オリンピック委員会が承認する国際スポーツ団体総連合に加盟し、五輪競技としての採用を目指している。中国・広州で開催される2010年アジア競技大会では競技種目として採用された。
日本では古くから親しまれ、駄目、布石、捨て石、定石など、数多くの囲碁用語は、そのまま日本語の慣用句としても定着している。
歴史
「碁」という字は本来は「棋・棊」の異体字で、意味も発音も同じだった。現在も中国では「围棋(圍棋)」と書く。日本漢字音での「ゴ」と「キ」の音の違いは呉音と漢音の違いに由来する。
囲碁の実際の起源ははっきりとはわかっていない。少なくとも春秋時代には成立していたようで、『論語』・『孟子』の中には碁の話題が出てくる。中国碁は前漢時代17路盤であったと考えられている。
伝統的な中国碁は、盤上に多くの石を載せたほうが勝ちというルールであった。
その後5世紀には朝鮮へ、7世紀頃に日本に伝わったとされる。そのころから日本の貴族を中心に広く遊ばれ、正倉院には碁盤と碁石が収められている。清少納言や紫式部も碁をよく打ったとされ、枕草子や源氏物語中にも囲碁と思われるものが登場する。
室町時代末期からは碁打ちが公家や武将に招かれるなどの専業化も進むとともに、それまでの事前置石制から自由布石への移行も起こった。戦国時代には戦国武将たちに大いに好まれ、織田信長に日海(本因坊算砂)が名人の称号を許されたと言われる[2]。江戸時代には幕府から家禄を受ける家元制度が成立し、囲碁の技術が飛躍的に向上するとともに、将軍御目見えによる御城碁が行われたり、碁会所が生まれるなど庶民の娯楽としても定着した。
1998年ごろには漫画『ヒカルの碁』の影響で若年層にも囲碁ブームが生まれた。
囲碁は日本のみならず韓国、北朝鮮、中華人民共和国、台湾などでも盛んに行われ、その他にも北アメリカ・南アメリカ、ヨーロッパなどでも競技人口が増え続けている。今日、囲碁は世界80ヶ国以上で打たれており、世界選手権も行われている。
日本の囲碁愛好家数は、レジャー白書によると、囲碁人口は2013年末時点で推計600万人である。2013年の年齢別構成は男+女合計で10歳代11.8%、60歳以上8.1%であった。
ルール
テンプレート:Main 囲碁のルールには、いわゆる日本ルールと中国ルール、中国ルールを元に台湾で考案された計点制ルールなどがある。いずれもゲームの進め方や勝敗の判定に大きな違いはないが、細かい違いはある。以下は日本ルール(日本棋院と関西棋院による日本囲碁規約)を元に説明する。
用具
- 碁盤
- 板の上に、直交する縦横それぞれ同じ本数の線分を引いたもの。碁石を置くのは縦線と横線の交点である。一般に、縦横19本ずつの19路盤が使われる。初心者向け、お好み対局向けに13路盤や9路盤、7路盤や6路盤もあり、古来使用されたものには17路盤も存在した。線は最も外側にあるものから順に第1線、第2線……のように呼ぶ。また第4線の交点や辺の中間、碁盤の中心にある黒点を星と呼び、19路盤の場合、9つある(右図参照)。碁盤の中央にある星を特に天元という。
- 碁盤の交点座標は、先手の黒から見て、横の座標を左から右に1~19の算用数字で、縦の座標を上から下に一~十九の漢数字で表すことが多く、これは数学の直交座標系における第四象限と考えるとわかりやすい。この場合、天元は、「10の十」と表現する。
- しかし、碁が世界に普及し、漢数字を扱えない西洋人のために、チェスの代数式の座標も使われるようになった。これは、先手から見て、横の座標を左から右にa~tの i を除くアルファベットで、縦の座標を下から上に1~19の算用数字で表すもので、この場合は第一象限といえ、天元は「k10」となる。
- 碁石
- 単に石ともいう。黒・白の二色あり、合わせて碁盤を埋め尽くせる数(黒181、白180)だけ用意される(グリーン碁石と呼ばれる、濃い緑と薄い緑の二色のものもある)。碁石を入れる器を碁笥(ごけ)と言う。盤上の碁石を数える時の単位は子(もく)であり、一つを一子(いちもく)、二つを二子(にもく)などと表す[3]。しかしながら、囲碁特有の読み方のため、本来は誤読の子(し)が広まっている。一方で碁石を指すのに目(もく)の字を当てた例もある。
着手に関するルール
- 黒、白の対局者が交互に自分の石を盤上の交点に着手する。
- 相手の石を縦横に隙間なく取り囲むと、ハマとして取り上げることができる(取り上げなければならない)。
テンプレート:碁盤 9x9 図の場合、黒がそれぞれ1と打った場合、△の白が取り上げられる。(盤面上から取り除かれる)
- 取られない石は、盤上に打たれた場所にありつづけ、そこから動かしてはならない。
- 自殺手は禁止(自ら取り囲まれた状態にする手の禁止)。ただし、その石を打った時点で相手の石を取ることができる場合は例外。たとえば下図で白が左上aや右上bに打つのは反則(黒からは打ってよい)。ただし、左下cや右下dに打てば▲の黒が取れるため、ここに白が打つのは反則にならない。
テンプレート:碁盤 9x9 このルールから、二ヶ所の離れた空間(眼と称する)を持った石は、決して取り上げることができないことになる。たとえば下図左上の黒は周辺をびっしりと白に囲まれているが、白からはaにもbにも直接入り込めないのでこの黒の一団を取り上げることができない。この場合、「黒は生きている」という言い方をする。すなわち、眼を2つ作ることができればその石は生きになる。
なお、下図右下の黒は独立した2ヶ所の眼を持っているわけではないため、白からcなどに打つことができ、いずれ取られることになる。これは二眼ではなく、黒は「死に」ということになる。 テンプレート:碁盤 9x9 石を取るルールと自殺手の禁止のルールによって、囲碁では下図のような石の配置には決してなり得ない。 テンプレート:碁盤 9x9
- 自分が打つことによって、相手が打った直前の局面に戻してはならない。具体的には下図のような場合、黒がaに打てば△の白石を取り上げることができる。
テンプレート:碁盤 9x9 しかしその直後、今度は黒1子がアタリとなっている。白がbの地点に打って黒石を取り返すと、上図の形に戻ってしまう。この形をコウ(劫)と呼ぶ。 テンプレート:碁盤 9x9 これを繰り返すと永遠に対局が終わらないため、同一局面の反復は禁止とされている。つまり上図で黒がaと取った直後に、白がbと取り返すのは反則となる。詳しくはコウの項目を参照。
- (「直前」のみならず、対局中のすべての同一局面の再現の禁止はスーパーコウルールと呼ばれる。通常は用いられない。)
置碁
囲碁におけるハンディキャップ戦として置碁がある。これは実力が下位のものが黒を持ち、あらかじめ盤上に黒石を置いた状態でスタートするものである。あらかじめ置かれた石を「置石」という。実力差によって、置石は普通2子から9子の範囲で調節される。詳しくは置碁の項参照。
勝敗に関するルール
- 自分がどう打っても相手が正しく対応すれば二眼を作ることができない石の一団は「死に」である。終局後に、死んでいる石はハマに加えられる。
- 2006年にルールが改変され、ダメ(打っても得をしない箇所)しか残っていなくても、全てダメを埋めないと終局することができない(インターネット対局は例外である)。それまでのルールとしては、これ以上打っても得はないと思えば、パスすることができ、両対局者が続けてパスをすると全てダメを埋めなくても終局となった。
- 相手の石が生きることのできない自分の石の一団に囲まれた領域のことを地と呼ぶ。
- 地の面積とハマの数の和の大小によって勝敗を争う。形勢判断などでは、この和の数値のことを地というため、たとえば、黒地○○目、白地○○目などというときは、この和のことを言う。下図は9路盤での終局図の一例。▲の黒石は生きられないため、「ハマ」として取り上げられ、黒地に埋められる。左上から左下に広がった黒地はこれを埋めて29目、右上から右下を占拠した白地は23目で、この場合「黒の盤面6目勝ち」となる。
- ただし囲碁では先番の黒が有利であり、その分のハンディとして「コミ」が設定されている。多くの場合コミは6目半とされており、この分を白地に足して計算する。つまり上図では白が29目半になるので、コミを入れて計算した場合「白の半目勝ち」ということになる。
対局の進行
序盤
通常、対局が始まるとしばらくは布石が行われる。大体の場合は碁盤の四隅に打つことから始まる。なお、初手を四隅に打つ場合は、白番(上手)が右手で打ちやすい隅を残すため、慣例的に右上隅に打つ。
- 三々(さんさん)
- 碁盤の隅から3・3の位置のこと。地に対して最も堅い手であるが中央への働きが弱い。
- 小目(こもく)
- 碁盤の隅から3・4あるいは4・3の位置のこと。古来から布石の基本とされる。
- 星(ほし)
- 碁盤の隅から4・4の位置のこと。現在の布石の花形。また置碁ではこの位置に石を置いて打ち始める。
- 目外し(もくはずし)
- 碁盤の隅から3・5あるいは5・3の位置のこと。相手の作戦をくじくための物として打たれることが多い。
- 高目(たかもく)
- 碁盤の隅から4・5あるいは5・4の位置のこと。目外しと同じように使われるが、目外しより多少地に甘く(意識が低い)、中央重視の場合に打たれる。
- 五ノ五(ごのご)
- 碁盤の隅から5・5のこと。打たれる頻度はかなり低い。
- 大高目(おおたかもく)
- 碁盤の隅から4・6、あるいは6・4の位置のこと。
- 天元(てんげん)
- 碁盤の中心。中心に打つため四方全ての向きからのシチョウに有利とされるが、五の五・大高目とともに未だあまり研究がなされていない。五の五同様、打たれる頻度はかなり低い。
近年では隅の着点は小目と星が全体の8割以上を占め、高目や目外しなどの位の高い着点はやや特殊な打ち方とされる。これはその他の隅の占め方(打ち方)が、地に甘いとされているからであり、現代は実利が重視されているということを表しているともいえる。しかし、実利が重視されているといっても、最も地に辛い(重視する)三々は目外しよりも打たれる頻度は低い。これは碁が、単に地を奪い合えば良いというだけのゲームではないことの表れであろう。
以下は19路の布石の例である。
- 二連星(にれんせい)
- 隣接する二つの隅の星を占める布石のことを指す。黒白問わずよく打たれ、特に白番での使用例が増えている。
- 三連星(さんれんせい)
- 二連星の間の辺の星をさらに占めた布石。基本的に実利にとらわれず、中央を目指す碁になる。アマチュアに人気がある布石。武宮正樹九段が愛用する布石。
- 中国流(ちゅうごくりゅう)
- 隅の星と内側向きの小目に、さらにその間にある星脇(右上を星、右下を小目とすると、辺の星の一つずつ右・下に位置するところ)(小目から見て五間ジマリ)に並べられた布石。打ち出したのは日本人だが、大会で中国の若手が一様に使用しこの名前がついた。お互いの応手により実利・厚みのどちらにも転換することが可能。ただし、戦いになると一本調子になるところがある。加藤正夫などが愛用した。
- 高中国流
- 話し言葉の上では「たかいちゅうごくりゅう」と呼ばれ、書き言葉では普通「高中国流」。中国流との違いは辺の石が第三線ではなく、第四線にあることである。そのため実利より戦いを求める布石になる。地に甘いため2000年以降は打たれることが少なくなっている。
- ミニ中国流(みにちゅうごくりゅう)
- 原型は本因坊道策の時代から打たれている。自分の小目の先にある相手の隅の星に小ゲイマガカリして受けさせた後、星脇にヒラく。この星脇の石と小目の位置関係からこの名前が付いた。1990年代から日本・中国・韓国で主に研究され、流行している布石である。
中盤
中盤は死活の絡んだ戦いになる。互いに死活がはっきりしていない弱い石を意識しながら打ち進める。攻め、サバキ、シノギの技量が問われる。
中盤は、もっとも作戦が富んだところである。基本的な構想をいくつか挙げると:
- 自分の模様を広げる。模様に手を入れて地模様にする。
- 相手の模様を制限する(模様を「値切る」という)。
- 相手の模様に打ち込んで生きる。
- 相手の弱い石を攻撃することで利益を得る(相手の石を取る、相手の石をイジメながら別の石を取ったり、厚みを築いたり、確定地を作ったりする)。
- 自分の石を捨てて(相手に取らせて)別のところで利益を得る(捨て石あるいはフリカワリ)
などがある。高等戦術の例として、自分の模様に隙を残しておいてあえて打ち込ませ、イジメながら各所で得を図ったり、序盤は地で先攻し(必然的に相手は厚みで対抗する)、相手の模様が完成する直前に打ち込みで荒らすなどがある。
終盤
ヨセは双方共に死活の心配がなくなり、互いの地の境界線を確定させる段階を指す。ただしヨセは必ずしも終盤に起こるものではなく、局面によっては序盤・中盤のように手数が少ない場合でも大ヨセが打たれることがある。互いの地に、およそ20目以下10目以上の差がつくヨセを大ヨセ、およそ10目以下を小ヨセと呼ぶ。
序盤・中盤・終盤には明確な区別はなく、ほとんど序盤のないまま戦いに突入したり、ヨセに入ってからの駆け引きで中盤に逆戻りすることもある。
基本戦略
大まかに囲っている地域(これを模様という)と最終的な地との間には大きな違いがあり、ゲームの進行と共に、景色が大きく入れ替わる。相手が囲おうとしているところに石を突入させて(打ち込み)生きてしまえば、そこは自分の地となる。相手が地だと思って囲っている壁の一部を、国境を侵害するように切り取ってしまえば、地はそれだけ減ってしまう。逆に、相手が生きると思っている石を殺してしまえば、そこは自分の地となる。相手の地やハマと自分の地やハマを交換するフリカワリという戦略もある。最終的に相手の石が生きることができず、かつ境界が破られないような領域が地となる。つまるところ、囲碁は石の効率を競い合うゲームといえる。
一般に、両者が最善を尽くしている状況では、相手の石の生きにくさ(地になりやすさ)と模様の広さ(大きな地になる可能性の大きさ)との間にはトレードオフの関係がある。相手の生きがほぼ見込めない領域のことを確定地と呼び、これを優先する考え方を実利重視という。これに対して、将来の利得を重視する考え方が、厚みである。経営における短期と長期のバランスに似て、この実利と厚みの絶妙なバランスが囲碁の戦略できわめて困難なポイントである。とりわけ、厚みの形式的表現が極めて困難なことが、コンピュータ囲碁ソフトの最大の壁であるとも言われる。
布石
基本的に序盤は隅から打ち進めるのが効率がよいといわれる。これはある一定の地を得るために必要な石数が、中央より辺、辺より隅の方が少なくて済むためであり、その分効率がよいとされるためである。近年のプロの対局では、第一手のほぼ全てが隅から始まっている。第一手を中央に打った対局も存在するが、多くの場合趣向と評される。
石の形
囲碁のルールは非常に単純であるが、そこから派生するほぼ必然的な着手の仕方、つまり石の形を理解することである程度の棋力を得ることができる。効率のよい形を「好形」、悪い形を「愚形」「凝り形」などと呼ぶ。「空き三角は愚形」「二目の頭見ずハネよ」など、格言になっている石の形は多く存在する。
厚み
碁を打つ上で重要な要素として厚みがある。言い換えれば勢力のようなものである。例として三間ヒラキの真ん中に打ち込もうとする場合、ただの三間ヒラキに打ち込むより、ヒラキを成す一方の石が2石の連続した形(中央方向に立っている)である場合のほうが、より打ち込みは無謀と感じるだろう。これは打ち込まれた石を勢力に追い詰めることで、取ることができないにしても相当いじめられることが予想されるからである。これ以外にも有効に石を連続させておくことで大模様を形成できたり、盤上で不意に発生したシチョウに対しシチョウあたりの効果を発揮するなど、あらゆる可能性をもっている。
石の働き
現代日本式碁は中国古代碁のルールと大きく異なり「最終的に地が多い方が勝ち」となっている。(中国古代碁では碁盤により多くの石を置いた方が勝ちとなっていた)。目先の利益に飛びついたがために、働きの少ない石が生まれて局面を悪化させてそれが勝負に直結することもまれにある。碁において最も重要なことが、この石の働きといえる。石の働きの一例として、生きを確保することによる厚みがある。その影響力の強さにより他所での力関係まで変わってくることがあり、有利に戦いを進めることができる。この場合の「生き」とは必ずしも二眼を確保した完全な生きを指すわけではない。たった一子の石でも十分な働きを持つことができる。
対局中存在する石の中でも特に働きのない集団になった石を俗に団子石と呼ぶ。団子石は相手に取り込まれる(モチコミ)と損をするが、助けるには多少の犠牲を払わなければいけなくなることもある。またこういった石を助けようとする手も働きのない石となるので団子石は百害あって一利なしであり、団子石を作らないように心がけるのもまた大切なことである。逆に、むやみに手数をかけて相手の団子石を取りに行くのも働きの少ない石となるので、結局のところは働きの少ない石には互いに近づかないほうが良い場合が多い。
石の効率の評価方法に「手割り計算」がある。局所において白黒双方の形が定まった時点で互いの働きのない石(不要な石)を除外していき、どちらの方が除外した数が多いか、または白黒同じ数だけ取り除き、その時に残った石の働きにより形勢を判断する方法である。手割り計算の概念を最初に編み出したのは本因坊道策とされており、これによって局所戦に終始する旧来の碁の時代が終わり、石の効率を追求するという近代碁の概念が確立された。
競技としての囲碁
段級位制度
テンプレート:Main 囲碁の力量を数値で表すための段級位制度が存在している。アマチュアとプロで認定の仕組みが異なっており、アマチュアでは日本棋院・関西棋院が認定をしている。プロは初段から始まり、プロ棋士同士の対局の成績によって昇段が行われる。 テンプレート:節stub
囲碁の大会
テンプレート:Main 日本では室町時代末期から棋士による大会が行われていた。20世紀に入り日本棋院が設立されると、新聞社の協賛により多くの大会が開催されるようになった。また、戦後からは韓国・中国を中心として世界規模の大会も開催されるようになった。
プロ組織
室町時代末期に囲碁を専業とする者が現れたが組織化までは至らなかった。江戸時代に家元が幕府より俸禄を受けるようになり公認の職業として職業棋士が成立し、家元を中心とする組織化が行われた。明治になると俸禄が停止され家元制度が弱体、愛好者や新聞社と契約を結ぶものも現れ、職業棋士組織も乱立したが、これらが連合し日本棋院が生まれた。詳細については、 テンプレート:Seealso
競技人口の概要
『レジャー白書』(財団法人社会経済生産性本部)によると、1年に1回以上囲碁の対局をおこなう、いわゆる「囲碁人口」は、1982年の1130万人から、2004年450万人、2006年360万人、2007年240万人と漸減傾向が続いている[4]。
囲碁と数学
テンプレート:Seealso 囲碁は、そのルールの単純性と複雑なゲーム性から、コンピュータの研究者たちの格好の研究材料となってきた。
他のゲームと比較した囲碁の特徴としては、盤面が広く、また着手可能な手が非常に多いため、盤面状態の種類およびゲーム木がきわめて複雑になることが挙げられる。盤面状態の種類は、チェスで1050、シャンチー(象棋)で1048、将棋で1071と見積もられるのに対し、囲碁では10160と見積もられる[5]。また、ゲーム木の複雑性は、チェスで10123、シャンチーで10150、将棋で10226と見積もられるのに対し、囲碁では10400と見積もられており、チェス、シャンチー、将棋と比較して囲碁の方がゲームとして複雑であるとみなされる[5]。これが、チェスではコンピュータが世界チャンピオンを破り、将棋でもプロの実力と拮抗しつつある(コンピュータ将棋を参照)のに対して、コンピュータ囲碁ソフトの進歩がはかどらない理由とされている。しかし、ソフトに囲碁の定石を覚えさせる方針から、確率を重視する方法(モンテカルロ法)を採用したことにより、数十年にわたってアマチュア級位者のレベルを脱しなかったコンピュータ囲碁が、2000年代後半になってアマチュア段位者のレベルになるなど、発展を遂げている[6]。
文化における囲碁
囲碁の別称とその意味
囲碁にはさまざまな別称・雅称があるが、それらの中には中国の故事に由来するものも多い。
そのような故事由来の異称の代表である爛柯(らんか)は中国の神話・伝説を記した『述異記』の次のような話に由来する。晋の時代、木こりの王質が信安郡の石室山に入ったところ童子たちが碁を打っているのを見つけた。碁を眺めていた王質は童子からナツメをもらい、飢えを感じることはなかった。しばらくして童子から言われて斧を見ると、その柄(柯)が朽(爛)ちていることに気付いた。王質が山を下り村に帰ると知っている人は誰一人いなくなっていた。
この爛柯の故事は、囲碁に没入したときの時間感覚の喪失を、斧の柄が腐るという非日常な事象で象徴的に表している。また山中の童子などの神仙に通じる存在から、こうした時間を忘れての没入を神秘的なものとしてとらえていることもうかがえる。この例と同様に、碁を打つことを神秘的にとらえた異称として坐隠(ざいん)がある。これは碁にのめりこむさまを座る隠者に通じるとしたもので、手談(しゅだん)と同じく『世説新語』の「巧芸」に囲碁の別称として記されている。手談は字の通り、互いに碁を打つことを話をすることと結び付けたものである。
囲碁の用具に着目した異称として烏鷺(うろ)がある。碁石の黒白をカラス(烏)とサギ(鷺)にたとえている。方円(ほうえん)は碁石と碁盤の形からつけられたもので、本来は天円地方で古代中国の世界観を示していた。のちに円形の碁石と正方形の碁盤から囲碁の別称となった。「烏鷺の争い」とも言う。
『太平広記』巻四十「巴功人」の話も別称の由来となっている。巴功に住むある男が橘の庭園を持っていたが、あるとき霜がおりた後で橘の実を収穫した。しかし3、4斗も入りそうな甕のように大きな実が二つ残り、それらを摘んで割ってみると、中には老人が二人ずつ入っていた。この老人たちは橘の実の中で碁を打っていた。この話から囲碁は橘中の楽(きっちゅうのらく、―たのしみ)とも呼ばれる。
碁盤には、「天元→北極星」、「星→星」、「19路×19路=361 → 1年365日」、「四隅→春夏秋冬」など、自然界・宇宙を抽象的に意味づけているとの主張もあるが、361日と365日は10年で40日(一ヶ月以上)も差があり、こじつけという見方もある。
囲碁に由来する慣用表現
- 傍目八目、岡目八目(おかめ はちもく)
- そばで見ていると冷静だから対局者の見落としている手も見え、八目ぐらい強く見える[7]意から、当事者よりも第三者の方がかえって物事の真実や得失がよく分かる例え[8]。
- 一目置く(いちもく おく)
- 棋力に明らかに差のある者どうしが対局する場合、弱い方が先に石を置いてから始めることから、相手を自分より優れていると見なして敬意を表すること。その強調形の『一目も二目も置く』が使われることもある。
- なお、ハンデ付で対局する「置き碁」については、2目以上を置く場合をそのように呼ぶことが多く、1目を置く(黒で先手し、コミを出さずに対局する)場合については、一般に「先(せん)」という呼び方が用いられる。
- 下手を打つ(へたをうつ)
- 良くない意思決定をして失敗すること。
- 手を打つ(てをうつ)、先手を打つ(せんてをうつ)
- (先に)手段を講じること。
- 駄目(だめ)
- 自分の地にも相手の地にもならない目の意から、転じて、役に立たないこと、また、そのさま。
- 駄目押し(だめおし)
- 終局後、計算しやすいように駄目に石を置いてふさぐこと。転じて、念を入れて確かめること。また、既に勝利を得るだけの点を取っていながら、更に追加点を入れることにもいう。
- 八百長(やおちょう)
- 江戸時代末期、八百屋の長兵衛、通称八百長なる人物が、よく相撲の親方と碁を打ち、相手に勝てる腕前がありながら、常に一勝一敗になるように細工してご機嫌を取ったところから、相撲その他の競技において、あらかじめ対戦者と示し合わせておき、表面上真剣に勝負しているかのように見せかけることをいう。
- 布石(ふせき)
- 序盤、戦いが起こるまでの石の配置。転じて、将来のためにあらかじめ用意しておくこと。また、その用意。
- 定石(じょうせき)
- 布石の段階で双方が最善手を打つことでできる決まった石の配置。転じて、物事に対するお決まりのやり方。
- 捨て石、捨石(すていし)
- 対局の中で、不要になった石や助けることの難しい石をあえて相手に取らせること。転じて、一部分をあえて犠牲にすることで全体としての利益を得ること。
- 死活(しかつ)、死活問題(しかつもんだい)
- 石の生き死にのこと。また、それを詰碁の問題にしたもの。転じて、商売などで、生きるか死ぬかという問題ごとにも用いられる。
- 大局観(たいきょくかん)
- 的確な形勢判断を行う能力・感覚のこと。転じて、物事の全体像(俯瞰像)をつかむ能力のこと。
- 目算(もくさん)
- 自分と相手の地を数えて形勢判断すること。転じて、目論見や見込み、計画(を立てること)を指す。
囲碁を扱った作品
文芸
- 『源氏物語』「空蝉」「竹河」「手習」「宿木」
- 『枕草子』「心ゆかしきもの」「遊びわざは…」「碁をやむごとなき人の打つとて…」
- 川端康成『名人』
- 斎藤栄『黒水晶物語』『黒白の奇蹟』
- 竹本健治『囲碁殺人事件』他
- 内田康夫『本因坊殺人事件』
- 水原秀策『黒と白の殺意』
- 遠田潤子『月桃夜』
- トレヴェニアン『シブミ』
- シャン・サ『碁を打つ女』
- ノ・スンイル『オールイン』
映画
- 『未完の対局』佐藤純彌監督(南里征典による同名ノベライゼーションもある)
- 『π』ダーレン・アロノフスキー監督
- 『ビューティフル・マインド』ロン・ハワード監督
- 『呉清源〜極みの棋譜〜』田壮壮監督
文楽・歌舞伎
漫画
- 山松ゆうきち『天元坊』
- 島本和彦『逆襲棋士瞳』
- 倉多江美『お父さんは急がない』『続・お父さんは急がない』
- ほったゆみ(原作)・小畑健(画)『ヒカルの碁』
- 岡野玲子『陰陽師』
- 諸星大二郎『碁娘伝』
- 川原泉『かぼちゃ計画』
- 竹本健治『入神』
- 赤塚不二夫『ニャロメのおかしなおかしな囲碁格言』
落語
その他
- アタリ - アメリカのゲーム会社。創業者が囲碁好きで、囲碁用語から社名を取ったというエピソードは有名。詳細はアタリを参照。この後に子会社として「テンゲン」、創業者が次に作った会社に「センテ」(ノーラン・ブッシュネル参照)があった。
- 1988年より、市名が囲碁を想起させる青森県黒石市(白石黒石囲碁交流を促進する会)と宮城県白石市(白石黒石囲碁親交会)との間で親善囲碁将棋交流大会が毎年開催されている。
- 1968年にイギリス・トランスアトランティック・レコードから発売されたジョン・レンボーンとバート・ヤンシュのLP『ジョン・アンド・バート』のカバーには、両人が囲碁にうち興じる写真が使われている。
参考文献
- 中山典之『囲碁の世界』岩波新書 1986年
- 『囲碁・将棋文化史展-その伝来から近代まで』国立国会図書館 1988年
- 『江戸時代の囲碁の本―文化遺産詳解』日本棋院 1996年
- 水口藤雄『囲碁の文化誌―起源伝説からヒカルの碁まで (碁スーパーブックス) 』日本棋院 2001年
脚注
関連項目
外部リンク
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囲碁入門
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テンプレート:Link GA- ↑ 日本の公式戦で使用される囲碁のルールである「日本囲碁規約」の規定上は対局者が合意しないと、無限に続く可能性もあるため、有限なゲームとは分類されないが、事実上有限なゲームで、広くプレイされているゲームであるため、適切な停止条件を考慮した上で、二人零和有限確定完全情報ゲームとして研究されている。
- ↑ 実際に「信長から名人の称号を受けた」かには異論もある。詳細は本因坊算砂を参照。
- ↑ ふりがな付きの使用例:日本棋院発行の月刊碁ワールド2012年10月号38ページ、週刊碁2012年11月19日号18面1段最終行。
- ↑ 「レジャー白書に見るわが国の余暇の現状」
- ↑ 5.0 5.1 Yen, Chen, Yang, Hsu (2004) "Computer Chinese Chess"
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ 日本棋院「別冊囲碁クラブNo.37囲碁雑学ものしり百科304ページ「岡目」の項 昭和56年12月」
- ↑ テンプレート:Cite webテンプレート:リンク切れ ただし「八目」が「八手先」を指すと解釈するのは無理がある。