コウ
テンプレート:Otheruseslist コウ(こう、劫)は囲碁のルールの一つで、お互いが交互に相手の石を取り、無限に続きうる形。実際には下記のようなルールによって、無限反復は禁止されている。「劫」という語は本来仏教における非常に長い時間を指す。
目次
解説
黒が白1子をアタリにしており、次に黒がaの地点に打てば白石を取れる。 テンプレート:碁盤 9x9 しかしその直後、今度は黒1子がアタリとなっており、白がbの地点に打てば黒石を取り返せる。 テンプレート:碁盤 9x9 このように、アタリとなっている石を取ると逆にアタリが発生し、またすぐに相手に石を取られてしまうような状況では、両者がこの手を繰り返している限り永久に対局が終わらない。そのため以下のような特別ルールを設けている。
- 対局者の一方がコウの一子を取った場合、もう一方は他の部分に一手打ち、相手がそれに受けたときに限り、コウの一子を取り返すことができる。すなわち、(盤面全体として)同じ形を繰り返してはならない。
他の部分に打って相手に受けさせる手のことをコウダテまたはコウ材という。相手のコウダテに手を抜き(受けず)、コウをツグかまたは△のいずれかの石を取ることを、「コウに勝つ」や「コウを解消する」と表現する。コウに勝つことを目指すか、コウを譲って他で得をするかは、全局的な形勢判断のもとに決める。
例えば下図では、左下でコウが発生している。黒がaの点にツゲばこの一団は二眼を持って生きとなるが、白が勝てばこの一団は全滅する。 テンプレート:碁盤 黒が1にコウを取った場面。白はaにすぐには取り返せないため、2に「コウダテ」を打つ。ここで黒はコウダテに手を抜いてaにツゲば左下の黒は生きだが、その代わり白にbへ連打され、右下が破られる。右下と左下どちらが大きいか、他に黒がもっと有効なコウ材をたくさん持っているかなどを考え合わせ、コウダテに受けるかコウを解消するかを決定する必要がある。こうしたコウをめぐる駆け引きは囲碁の醍醐味の一つである。
死活をめぐるコウ
星から小ゲイマにシマった形に、白が三々入りしてできる形。黒からならaにコウを取って、bに抜けば隅を取れる。白からならcに打ち抜けば隅を大きく生きられる。実戦ではこうしたコウを仕掛けるタイミングが重要になる。
攻め合いにおけるコウ
白がaとコウを取ってbに打ち抜くか、黒がコウに勝ってcと白を打ち上げるかの生死を賭けたコウ。コウのついた攻め合いの場合、外ダメを先に詰めてから最後にコウを取る手順が得になる場合が多い。
コウのいろいろ
ヨセコウ
上図の場合、白からはaに取ってbに打ち抜けばコウ勝ちだが、黒からは白のコウダテに手を抜いてcに詰め、さらにコウを勝ち抜いてdに打ち抜かねばならない。このように、一方が手を詰める必要のあるコウを「ヨセコウ」と呼ぶ。上の図は一手ヨセコウの例。黒cにダメを詰めて、両者とも一手で解消できる状態になったコウは「本コウ」と呼ぶ。
テンプレート:碁盤 9x9 上のような図は、黒が星の白石にツケた所からできるヨセコウの形。白はコウを取った後aに取れば勝ちだが、黒からはb、c、dに3手詰めなければ勝てない。3-1で、これは「二手ヨセコウ」となる。
三手以上のヨセコウもあるが、ヨセる側が三手以上手をかけている間に他で大きく得をされるため差が大きすぎるとみなされる。「三手ヨセコウはコウにあらず」という格言もあるように、三手ヨセコウ以上はヨセコウとは呼ばない。
両コウ
テンプレート:碁盤 9x9 上図のような場合、白がaに取ると黒はbに取り返すことができるため、どちらも全体が取られることがない。このため双方ともセキ生きとして扱われる。両コウセキができると三コウの可能性が高くなる。 テンプレート:碁盤 9x9
こうした形の場合は白がaに取ると黒がbに取り返せるため、白から黒全体を取る手段はない。逆に黒はc, dと詰めれば最終的には白を取れるため、このまま白が取られという扱いになる。ただしこの場合、白は無限のコウ材を持つことになるため、他でコウが発生すると黒には大きな負担になる。「両コウ三年のわずらい」という格言はこれを指す。
三コウ
テンプレート:碁盤 盤上に同時に3箇所以上コウが発生した場合、この3箇所をお互いが順に打っていけば、永久に対局が終わらない。このような場合、両対局者が譲らない場合には「無勝負」とし打ち直しとなる。この3箇所のコウを三コウと呼ぶ。
左上は単独での三コウ。黒は全体がアタリなので1にコウを取ると、今度は白がアタリなので2に抜く。また黒がアタリなので3に取り返し、白が△の点にコウを取り……と繰り返し、両者が譲らない限り永遠に終わらない。
また右半分は、両コウがらみの三コウ。両者が右上の両コウをコウダテにして右下のコウを争うと、やはり無限に繰り返される。四コウなど、さらに多数のコウがからむケースも存在する。
二段コウ
テンプレート:碁盤 9x9 この形では黒はaに打ち抜けば勝ちだが、白からはまずbのコウに勝ってcに取り、ここでもコウを勝ち抜いてdに打ち上げて初めて勝ちとなる。こうしたケースを二段コウと呼ぶ。
三段コウ
テンプレート:碁盤 9x9 上図が三段コウと呼ばれる形。白からはeに抜くかaにツゲば勝ちだが、黒が解消しようとすると、まずaのコウでコウダテに手を抜いて勝ち、bのコウでも勝ち、cのコウにも勝ち、dに抜くか1にツイでやっと勝ちになる。白は1手で解消できるが、黒は3手かけないと解消できない。そのため、3手かけて取っても、他で3手得されるほうが大きいので、黒はあきらめるのが妥当である。
万年コウ
テンプレート:碁盤 9x9 この形ではaに白がツゲば全体がセキだが、黒から解消しようと思うとまずaに取り、次いでbに詰めて決死のコウを挑まねばならない。白は他のコウ材の具合によってはbに詰めて比較的負担の軽いコウに持ち込むこともでき、選択権は白が持つ。こうした形を「万年コウ」と呼ぶ。どちらからもコウを仕掛けず終局した場合は、セキにしうる方(この場合白)がaにツイでセキとして終了する。
循環コウ
テンプレート:碁盤 9x9 この図では、黒1のホウリコミに対し、白が3の点に抜くと黒5にコウを取られてアタリになってしまう。そこで白は2の点にホウリコミ返し、黒3の抜きに対して4に抜く。黒は5にコウを取ると、当初の黒白の立場が入れ替わった形になってしまっており、どちらかが譲らない限り無限にこの応酬が繰り返されることになる。この形を「循環コウ」と呼び、双方が譲らなければ無勝負となる。ただしこの形が実戦に生じた記録はなく、知名度も低いルールとなっている。
その他のコウをめぐる用語
- 花見コウ - 一方は負けても大した被害がないが、一方は大損するようなコウのこと。
- 天下コウ - 盤面上どこにも引き替えとなるようなコウ材が存在しない、非常に大きなコウのこと。「天下利かずのコウ」の略。
- 半コウ - コウに勝っても負けても周辺の石には影響がなく、勝った方が一目得するだけのコウのこと。二手かけて一目得するだけであるためこう呼ばれる。通常、一局の最後に争われる。
- ソバコウ - コウを争っている石の近くに立てるコウダテのこと。例えば死活を争っているコウの際、包囲網を破ろうとするコウダテのような場合を指す。多くの場合、相手はそれに応じなければならない絶対のコウダテとなる。
- 損コウ - コウダテを打ち、相手が受けることによって自分が損をするようなコウダテのこと(たとえば、もともとセキであった所に自分からダメを詰め、取られに行くような手。)。「損なコウ」ではなく「損なコウダテ」の意味で用いられる。どうしてもコウに勝ちたい時は損コウを打つしかないが、その分コウに勝つ価値は下がることになる。
- 無コウ - 手を抜かれても得をする手がない、無効なコウダテのこと。単語の中の「コウ」は「コウダテ」の意味で用いられている。
- コウ移し - 例えば黒がコウダテを打ち、白がそれに応じずコウを解消した後、黒がコウダテを打った場所に連打してコウが始まるような場合を指す。コウの場所が移るためこの名がある。
- コウ自慢 - コウダテが豊富にあり、コウが起これば有利に運べるという状態。
- コウ含み - コウになりうる場所があるが、すぐにはコウを仕掛けず、局面の展開を見ながら時期を伺う状態。
- 超コウ(スーパーコウ)ルール - 三コウなどの無勝負を避けるため、盤面全体の同形反復を禁止するルール。
コウに関する格言
- 初コウにコウなし - 一局の序盤でできるコウには、それに見合うコウ材が存在しないという格言。
- 三手ヨセコウはコウにあらず - ヨセコウでも、三手ヨセコウとなるとコウに勝つために払わねばならない犠牲が大きすぎ、ほとんどの場合争う価値がないことを指した格言。
- まずコウを取れ - コウができた場合、まず先に取っておけば相手は取り返すためにコウ材をひとつ余計に使う必要が出てくる。このためコウに勝てる確率が上がる、という格言。ただし攻め合いにおけるコウにおいてはこの限りでない(コウ付き攻め合い最後に取れ)。
- どんなコウより効くソバコウ - ここで言う「コウ」はコウダテの意味。どんなに大きいコウダテでも、コウの具合によっては解消される可能性もあるが、ソバコウは手を抜いた時点で手を抜いたほうが負けになるため、絶対のコウダテとなる。そのため、ほかの所にコウダテがいくらあっても、ソバコウが多い方がコウを有利に戦える事を指した格言。
コウをめぐる事件・エピソード
- 織田信長が寂光寺にて日海と鹿塩利玄の勝負を観戦した折、三コウが現れ無勝負となった。ところがその夜本能寺の変が起き、信長は明智光秀に討ち取られた。このことから、以後三コウは不吉の前兆とされるようになった。ただし残された棋譜には三コウになりそうな場所はなく、後世の作り話である可能性が高い。なお三コウはルール上の珍形の中では最もよく出現し、プロの対局でも数十例が記録されている。趙治勲は三コウ・四コウ無勝負を4回経験している。
- 1928年秋の大手合で、瀬越憲作七段対高橋重行三段(二子)の対戦で万年コウが発生した。形勢は大差で瀬越が優勢であったが、高橋はコウをツイでセキにしようとせず終局まで頑張ったために問題が発生した。この件については侃々諤々の論争が起こり、大手合が中断するほどの騒動となったが、結局本因坊秀哉が「両勝ち」の判定をして収まった。この事件が契機となってルールの成文化が叫ばれるようになり、1949年に「日本棋院囲碁規約」が制定されることとなった。
- 1960年の第15期本因坊戦七番勝負第6局では、本因坊の高川秀格が無コウを打ち、挑戦者藤沢秀行がこれに気づかず受けてしまうというハプニングが起きた。これに気づいた藤沢は、まだ形勢は悪くなかったのに腐って悪手を連発して敗れ、高川に本因坊9連覇を許すこととなった。
- 1980年の名人戦七番勝負第4局では、挑戦者の趙治勲がコウを立てる番であったかわからなくなり、記録係に「僕の取り番だっけ?」と確認。記録係は思わず「はい」と誤答してしまったため、趙はコウダテせずにコウを取り返してしまい事件となった。結局立会人裁定で無勝負となったが、これ以後記録係は質問に答えなくてよいとルールに定められた。
- プロの対局の反則では、コウダテをせずにコウを取り返すケースが最も多い。タイトルマッチでは、1971年のプロ十傑戦で石田芳夫が梶原武雄との決勝五番勝負第3局で、また1997年の天元戦五番勝負第3局では、挑戦者の工藤紀夫がコウダテをせずにコウを取り返すという反則があった。
- コウが得意なことで有名な加藤正夫は、「碁にコウが無かったら、非常に味気のないものになるでしょう」と著書で語っている。
- 中盤・終盤の粘りがあることで有名な王立誠は、自分がヨセる側の二手ヨセコウ・三手ヨセコウに勝ったことがある。
参考図書
- 林海峰『コウの技法(最強囲碁塾)』河出書房新社
- マイケル・レドモンド『コウが1から10まで分かる本』毎日コミュニケーションズ