読売ジャイアンツ歴代4番打者一覧

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読売ジャイアンツ歴代4番打者一覧(よみうりジャイアンツれきだいよばんだしゃいちらん)は、日本プロ野球球団である読売ジャイアンツ(以下特記を除き「巨人」と称す)が4番打者を、独自の基準で選別して一覧化しているものである。

野球の打順について、日本ではいわゆる「クリーンナップ」の中心となる4番にチーム最強の打者を置くことが多く見られ、同球団については、球団の歴史として関連データを記録・整理し、公表されている。

巨人はこの歴代4番打者には独自基準を設けており、公式試合の打順で4番打者となった選手が全て含まれているわけではなく、以下の2ケースを除外して掲載されている。

  1. 試合の途中から4番に入ったケース
  2. 先発に名前を連ねただけの偵察メンバーのケース(この場合次に4番に入る選手を先発扱いとする)

この歴代4番打者という概念は現在スポーツ報道でも見られる[1]

なお、この「歴代4番打者」という表現を、球団や報道機関などが積極的かつ公式に使用しているのは読売ジャイアンツだけであり、他の11球団では「歴代4番打者」という概念が公式に表された形での存在の形跡は見られない[2]

歴史

黎明期

球団創設時の中心選手だった第3代4番の中島治康は、1938年秋に打率.361、本塁打10、打点38の成績で史上初の三冠王に輝いた。

川上時代

戦前から戦後にかけて、「打撃の神様」と呼ばれた川上哲治が巨人の第7代4番として1658試合(歴代最多。他チームを含めた4番打者の出場数で見ても2259試合の野村克也、1734試合の落合博満に次ぐ。通算出場1979試合の83.8%に相当。)で4番を務め、数々の打撃タイトルを獲得した。

一方で兵役で川上がいなかった1943年から1946年途中には投手の名前も見られる。これは戦争の影響による選手不足が主な原因であり、例えば11代ヴィクトル・スタルヒン、12代近藤貞雄が4番に入った1944年には前年在職35名中休職16名の状況からさらに3名の退団者と10名の入営者を出し、解散した球団から譲り受けた選手と新人選手で何とかメンバーを組んでいる状態だった[3]

川上の引退した1958年には、24代与那嶺要の名前が見られるが、与那嶺が全盛期を過ぎかけたこの年のみに4番を務めたということからは、下記「ON時代」への過渡期にあったチーム事情が浮かび上がる。

王・長嶋(ON)時代(V9時代)

1958年に第25代4番となる長嶋茂雄が入団。同年8月6日の対広島カープ戦で初めて4番に座ると以後は長嶋が4番に固定され、新しい時代を迎えることとなる。翌1959年には後に第28代4番となる王貞治が入団。1962年の開幕戦で初の4番に座ると以後は長嶋と王が交互に4番に座り、「ON砲」と呼ばれた。通算で長嶋は1460試合、王は1231試合で4番を任され、巨人のV9時代の中心を担った。ただし、長嶋の現役中は4番を長嶋が打つ事が多く、王が4番の出場数で長嶋を上回ったのは初の三冠王を獲得した1973年が初めてであった。

そのV9時代の初期の頃には、試合数こそ少ないが、32代吉田勝豊、33代田中久寿男、34代高倉照幸、35代森永勝也ら移籍選手の名前が連なる。当時の打線補強の形跡が垣間見られる(参考[4])。

この時代、長嶋と王が怪我や調整等でスタメンを外れた試合以外で4番打者に座ったのは36代柴田勲のみである。1969年7月3日の対阪神戦で左腕の江夏豊の先発を読んで、長嶋を3番、王を5番に置いて4番に起用された柴田は、第1打席で本塁打を放って勝利に貢献した。

その後、1971年から1973年の3シーズンは新たに4番打者がなく、打線の中軸の固定化が見られる。1974年に長嶋が引退し、以後は主に王が4番を務めた。1976年から1979年にかけては日本ハムファイターズからトレード移籍してきた第39代張本勲が王と3、4番を組み(OH砲)、2度のリーグ優勝に貢献した。

原時代

1980年に王が引退した後、1980年代から1990年代初頭にかけては、「若大将」と呼ばれた第48代原辰徳が中心の時代になる。「ONの後継者」というプレッシャーに耐え、原は4番打者として1066試合に出場し、382本の本塁打数を記録した。その原を支えるように、45代中畑清と50代ウォーレン・クロマティが同じ時期にそれぞれ200試合近く4番を務めた。

原は1995年10月8日の東京ドームでの対広島戦終了後に実施した引退セレモニーで「巨人軍には独特の何人も侵すことのできない聖域がある」と「巨人で4番を打つこと」を独特の表現で言い表している。

FA制度導入から2005年まで

1993年シーズン終了後からプロ野球ではフリーエージェント(FA)制度が導入され、同制度を活用した選手獲得に積極的な方針をとった巨人では4番の流れも大きく変わることとなった。元々張本を筆頭に他球団からトレードで4番に据えられるだけの大物選手を獲得する事は珍しくなかったが、それにFA制度の獲得も加わり、さらには他球団で活躍していた外国人選手の契約期間が満了して自由契約となると彼らも積極的に獲得するようになった。

落合時代

端緒となったのは、1994年に球団史上初のFA入団選手となった落合博満である。中日ドラゴンズからFA移籍してきた落合は、1994年から1996年までの3年間、第60代の4番打者(奇しくも落合が入団した1994年はチームの創設60周年であり、落合自身の背番号も60だった)として331試合で4番を務め、チームを引っ張った。落合が在籍した3年間で2度のリーグ制覇を果たした。

松井・清原・高橋(MKT)時代

1996年オフに落合が退団し、入れ替わるように西武ライオンズからFAで清原和博が入団。1997年から2004年頃までは62代松井秀喜、64代清原、66代高橋由伸の3人が主に4番打者を務めることとなった。松井は入団3年目の1995年に初めて4番に座り、翌1996年も開幕当初は4番を務めたが得点圏打率が伸びなかったこともあってシーズン途中から4番を落合に譲り3番に回っていた。その後1999年まで、清原や高橋、67代ドミンゴ・マルティネスらが4番を打ったこともあったが、あくまで松井の打順は3番であった。各種報道等によれば長嶋監督の「次に松井を4番に据える時は、松井一本で行くとき」という方針によるものであり、大きく育てたい思いからであった。松井はその後、2000年の開幕戦で4番に座り、以後2002年までの3年間全試合4番としてフルイニング出場を果たし、2度の日本一に貢献した。2002年オフに松井がFA権を行使してニューヨーク・ヤンキースに移籍してからは高橋らが4番に置かれたが、4番固定には至らなかった。

またこの時期は、(松井が4番に固定された3年間を除き)4番打者が乱立した時代でもある。そのメンバーにはFA制度を利用してヤクルトスワローズから61代広澤克実西武ライオンズから64代の清原、トレードによって近鉄バファローズから65代石井浩郎福岡ダイエーホークスから69代小久保裕紀、他球団で活躍した外国人選手として西武(西武自由契約後、メキシカンリーグを経て)から67代のマルティネス、ヤクルトから68代ロベルト・ペタジーニと、他球団に所属経験のある選手が多くみられた。彼らのほとんどは4番打者として長期間起用され続けるには至らなかったが、2004年シーズン後半から2005年にかけては小久保が4番に座り、ようやく一定の安定をみることとなった。なおこの時期は、松井が4番に固定された3年間を除き、チームはリーグ優勝すらままならない低迷期に沈んだ。

2006年以降

李承燁

2006年に原が監督(第2次)に就任すると、千葉ロッテマリーンズから自由契約で移籍した第70代李承燁を開幕から4番に据え、各1試合ずつ第71代二岡智宏、小久保、高橋が入っただけで打線を固定化した。

2007年前半も李が4番に座ったが、李の怪我による不振に伴ってシーズン中盤には第72代として阿部慎之助が、後半戦になってからは第73代としてこの年日本ハムからFA移籍した小笠原道大が4番を務め、シーズン最終盤では李が4番に戻った。2007年7月29日広島東洋カープ戦は巨人に在籍している現役の歴代4番経験者全員が本塁打を放ち(66代高橋ソロ本塁打、70代李ソロ本塁打、71代二岡ソロ本塁打、72代阿部ソロ本塁打と2ラン本塁打、73代小笠原3ラン本塁打)、その得点のみで9-0で勝利するという珍しい試合となった。なおこの試合の4番は小笠原だった。

ラミレス

2008年も当初は李が4番を務めたが、後にヤクルトから移籍の74代アレックス・ラミレスが4番に固定された。ラミレスは2009年2010年は全試合4番スタメンで出場。2011年7月13日阪神タイガース戦まで469試合連続で4番スタメンを守ったが、この試合で受けた死球の影響で翌14日はスタメンを外れ、75代となる長野久義が初の4番となった。ラミレスは2011年オフに退団。

成績

歴代選手の4番での打撃成績は以下の通り。


選手
期間
試合
打数
安打
本塁打
打点
打率
1 テンプレート:Display none永沢富士雄 1936夏 1 3 0 0 0 .000
2 テンプレート:Display none伊藤健太郎 1936夏-1943 17 62 14 1 8 .226
3 テンプレート:Display none中島治康 1936夏-1948 410 1648 467 34 266 .283
4 テンプレート:Display none筒井修 1936秋 6 22 3 0 2 .136
5 テンプレート:Display none前川八郎 1937秋 1 2 0 0 0 .000
6 テンプレート:Display none水原茂 1937秋 4 15 2 1 2 .133
7 テンプレート:Display none川上哲治 1939-1958 1658 6420 2034 162 1130 .317
8 テンプレート:Display none青田昇 1943-1952 47 185 39 1 31 .211
9 テンプレート:Display none木暮力三 1943 11 35 5 0 1 .143
10 テンプレート:Display none中村政美 1943-1944 27 100 22 1 14 .220
11 テンプレート:Display noneヴィクトル・スタルヒン 1944 1 5 1 0 0 .200
12 テンプレート:Display none近藤貞雄 1944 2 8 2 0 1 .250
13 テンプレート:Display none川畑博 1944 6 22 3 0 0 .136
14 テンプレート:Display none黒沢俊夫 1946 37 136 38 0 18 .279
15 テンプレート:Display none小松原博喜 1947 1 4 2 0 0 .500
16 テンプレート:Display none平山菊二 1948 3 11 2 0 2 .182
17 テンプレート:Display none宇野光雄 1951-1953 7 23 5 0 1 .217
18 テンプレート:Display none南村侑広 1951-1952 17 74 20 0 12 .270
19 テンプレート:Display none手塚明治 1953-1954 5 13 3 0 1 .231
20 テンプレート:Display none宮本敏雄 1955-1961 21 71 14 1 5 .197
21 テンプレート:Display none樋笠一夫 1955 4 13 3 0 2 .231
22 テンプレート:Display none藤尾茂 1955-1961 13 47 10 2 7 .213
23 テンプレート:Display none柏枝文治 1955 2 7 0 0 0 .000
24 テンプレート:Display none与那嶺要 1958 35 118 34 6 19 .288
25 テンプレート:Display none長嶋茂雄 1958-1974 1460 5396 1694 314 1075 .314
26 テンプレート:Display none坂崎一彦 1959-1962 12 44 10 2 4 .227
27 テンプレート:Display none国松彰 1960-1968 4 14 3 0 2 .214
28 テンプレート:Display none王貞治 1962-1980 1231 3994 1258 392 1009 .315
29 テンプレート:Display none池沢義行 1963 1 2 0 0 1 .000
30 テンプレート:Display none森昌彦 1964-1965 6 23 6 0 7 .261
31 テンプレート:Display none相羽欣厚 1965 4 15 6 1 3 .400
32 テンプレート:Display none吉田勝豊 1965 1 4 1 0 0 .250
33 テンプレート:Display none田中久寿男 1967 2 9 3 0 0 .333
34 テンプレート:Display none高倉照幸 1967 3 11 2 0 2 .182
35 テンプレート:Display none森永勝也 1967 1 3 0 0 0</td><TD ALIGN=right>.000
36 テンプレート:Display none柴田勲 1969 1 3 1 1 2 .333
37 テンプレート:Display none末次利光 1970-1975 15 59 11 3 6 .186
38 テンプレート:Display none柳田俊郎 1974 1 1 1 0 0 1.00
39 テンプレート:Display none張本勲 1976-1979 126 445 140 27 78 .315
40 テンプレート:Display none淡口憲治 1976 1 1 0 0 0 .000
41 テンプレート:Display noneデーブ・ジョンソン 1976 4 13 2 1 2 .154
42 テンプレート:Display noneジョン・シピン 1978-1979 52 192 61 12 38 .318
43 テンプレート:Display none山本功児 1979-1980 7 29 11 2 6 .379
44 テンプレート:Display noneロイ・ホワイト 1980-1982 77 274 73 11 43 .266
45 テンプレート:Display none中畑清 1981-1988 219 850 242 44 147 .285
46 テンプレート:Display noneゲーリー・トマソン 1981 26 96 23 3 11 .240
47 テンプレート:Display none松原誠 1981 1 2 0 0 0 .000
48 テンプレート:Display none原辰徳 1982-1995 1066 3940 1099 255 729 .279
49 テンプレート:Display noneレジー・スミス 1983-1984 30 98 26 12 27 .265
50 テンプレート:Display noneウォーレン・クロマティ 1984-1990 174 658 219 32 121 .333
51 テンプレート:Display none呂明賜 1988 2 6 1 0 0 .167
52 テンプレート:Display none駒田徳広 1988-1992 34 133 50 7 14 .376
53 テンプレート:Display none吉村禎章 1990-1998 32 114 30 3 21 .263
54 テンプレート:Display noneマイク・ブラウン 1990 1 4 1 0 0 .250
55 テンプレート:Display noneフィル・ブラッドリー 1991 3 12 0 0 0 .000
56 テンプレート:Display noneロイド・モスビー 1992-1993 12 43 8 1 7 .186
57 テンプレート:Display noneジェシー・バーフィールド 1993 22 74 15 4 8 .203
58 テンプレート:Display none岡崎郁 1993 3 12 3 0 1 .250
59 テンプレート:Display none大久保博元 1993 2 7 1 1 1 .143
60 テンプレート:Display none落合博満 1994-1996 331 1149 335 48 199 .292
61 テンプレート:Display none広沢克 1995-1998 56 204 56 13 38 .275
62 テンプレート:Display none松井秀喜 1995-2002 470 1660 535 138 349 .322
63 テンプレート:Display noneシェーン・マック 1996 18 71 20 4 13 .282
64 テンプレート:Display none清原和博 1997-2005 297 1039 259 67 213 .249
65 テンプレート:Display none石井浩郎 1997-1999 35 126 35 0 16 .278
66 テンプレート:Display none高橋由伸 1999- 127 493 142 30 81 .288
67 テンプレート:Display noneドミンゴ・マルティネス 1999 63 228 71 12 48 .311
68 テンプレート:Display noneロベルト・ペタジーニ 2003-2004 76 253 81 24 60 .320
69 テンプレート:Display none小久保裕紀 2004-2006 172 651 184 40 108 .283
70 テンプレート:Display none李承燁 2006-2008 233 881 256 57 154 .291
71 テンプレート:Display none二岡智宏 2006 1 3 0 0 0 .000
  1. 太字の選手は2013年シーズンの巨人在籍選手。
  2. 期間は最初に4番を務めた年と最後に4番を務めた年を示す。
  3. 成績は、2010年シーズン終了時。

各年度の歴代4番打者

各年度の開幕4番打者とシーズンを通して最も多くの試合で4番を務めた打者は次の通り。

年度 守備位置・開幕4番 最多4番
1936年夏 一塁・永沢富士雄 中島治康
1936年秋 - 1940年 右翼・中島治康 中島治康(1937年春と38年春は全試合4番スタメンで出場)
1941年 - 1942年 一塁・川上哲治 川上哲治
1943年 一塁・伊藤健太郎 青田昇
1944年 三塁・中村政美 中村政美
1946年 左翼・黒沢俊夫 川上哲治
1947年 - 1950年 一塁・川上哲治 川上哲治(1949年は全試合4番スタメンで出場)
1951年 三塁・宇野光雄 川上哲治
1952年 - 1958年 一塁・川上哲治 1958年は長嶋茂雄、他の年は川上哲治
1959年 - 1961年 三塁・長嶋茂雄 長嶋茂雄
1962年 一塁・王貞治 長嶋茂雄
1963年 - 1974年 三塁・長嶋茂雄 1973年と74年は王貞治、他の年は長嶋茂雄
1975年 右翼・末次利光 王貞治
1976年 - 1980年 一塁・王貞治 王貞治
1981年 中堅・ホワイト 中畑清
1982年 一塁・中畑清 中畑清
1983年 - 1986年 三塁・原辰徳 1984年は中畑清、他の年は原辰徳
1987年 中堅・クロマティ 原辰徳
1988年 三塁・原辰徳 原辰徳
1989年 - 1991年 左翼・原辰徳 原辰徳
1992年 一塁・原辰徳 原辰徳
1993年 三塁・原辰徳 原辰徳
1994年 - 1995年 一塁・落合博満 落合博満
1996年 右翼・松井秀喜 落合博満
1997年 一塁・清原和博 清原和博
1998年 中堅・松井秀喜 清原和博
1999年 一塁・清原和博 マルティネス
2000年 - 2002年 中堅・松井秀喜 松井秀喜3年間全試合フルイニング4番で出場
2003年 中堅・高橋由伸 ペタジーニ
2004年 右翼・高橋由伸 高橋由伸
2005年 一塁・清原和博 小久保裕紀
2006年 - 2008年 一塁・李承燁 2006年と07年は李承燁、08年はラミレス
2009年 - 2011年 左翼・ラミレス ラミレス(2009年と10年は全試合4番スタメンで出場)

参考文献

脚注・出典

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  1. 長野久義が4番となった試合を報じる以下の新聞記事では「75代の4番」「75代目の4番」などと伝えている。
  2. ただしメディアによる使用例としては、阪神タイガースについて「○○代4番」と報じた以下のような新聞記事もある。 いずれも、関本賢太郎について阪神の「92代の4番」であることを伝えたものである。
  3. 前掲『ジャイアンツの歴史』p.147、148
  4. 上前淳一郎 巨人軍陰のベストナイン 角川文庫 ISBN 978-4-04-326902-0

外部リンク

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