東武バス
東武バス(とうぶバス)
- かつて東武鉄道バス事業本部が運行していたバスの通称。
- 東武バス株式会社 - 上記同社からの分社により設立。下記の運行担当子会社4社の統括会社。
- 東武バスウエスト
- 東武バスイースト
- 東武バスセントラル
- 東武バス日光
- 上記の運行担当4社が運行するバスの総称。
- 東武バスグループ - 東武バス株式会社および運行担当4社の総称。
本項では東武バス株式会社を中心に、これらを総括して詳述する。
東武バス株式会社(とうぶバス、英称:TOBU BUS CO., LTD.)は、東京都北東部、埼玉県南部および西部、千葉県北西部、そして日光地区に路線を有する東武鉄道グループのバス事業者である。かつて東武バスといえば東武鉄道バス事業本部の運営するバスを指す呼び名であったが、2002年4月に同事業本部が分社化され、現在の東武バス株式会社が設立された。なお、同社は統括会社(中間持株会社)として管理業務のみを行ない、運行は地域ごとに設立された東武バスセントラル、東武バスウエスト、東武バスイースト、そして東武バス日光の4社が担当する。これらの運行会社を合わせた5社から東武バスグループを形成する。
沿革
東武バスの生い立ち
東武バスの歴史は、昭和初期に東武鉄道が2本建ての経営形態によりバス事業を開始したことに始まる。その1つは、1933年に傍系会社として毛武自動車を設立、群馬県や埼玉県北部でのバス事業を開始したものであり、もう1つは、翌1934年に東武鉄道本体が川越地区において、直営の路線バス事業を開始したものである。以後、概ね東武本線沿線は毛武自動車、東武東上線沿線は直営によってバス路線の拡張が進められることとなるが、関東地方では他の大手私鉄と比べると事業開始の時期が遅かったため、既に沿線には多数の中小バス事業者が乱立しており、事業の拡張は主にそれらの買収・合併により進められた。
毛武自動車は当初、群馬県太田に営業所を置き、太田・桐生・熊谷周辺に路線を有していたが、創業から1年が経った1934年には早くも両毛回進社、東毛自動車、毛武遊覧自動車の3社を合併し、事業規模を拡大した。さらに、周辺事業者の買収を行い、1935年には群馬県北部における営業を本格化するため前橋営業所を設置、翌1936年に騎西自動車、野州自動車等を買収し、加須、栃木、渋川に営業所を新設した(前橋は渋川の出張所となる)。これらによって、事業区域が毛武地方外にも拡大したことから、1936年9月に社名を東武自動車と改めた。
次いで東武自動車は1937年、奥日光自動車、赤城山自動車、坂東自動車を合併、利根地方に路線を拡大するとともに沼田営業所を設置した。また同年には、桐生市内線等を運営する桐生市街自動車も合併し、桐生、伊勢崎、館林にも営業所を開設した。
一方、川越地区において開業した東武鉄道の直営バスも、その後徐々に周辺事業者の買収を繰り返し、成増・越生・松山(現東松山)・草加周辺等へと路線網を拡大していた。1939年に至り、これらも東武自動車が引き継ぐことでバス事業の一元化が図られることとなり、旧直営バスの車庫は川越営業所、草加営業所となった。さらに同年、傍系会社の京水モーターバス、埼玉自動車、英自動車の3社を合併、それぞれの事業を南千住、熊谷、下館の各営業所を設置して継承した。
戦時下における事業統合
戦争の拡大に伴う物資不足によりバス事業の継続が困難となる中で、交通統制の必要から、鉄道省は1941年より地域ごとにバス事業者の統合を命じていった。これに従い、東武自動車は埼玉・群馬・茨城・栃木各県における統合主体となって多数の事業者を買収、さらに1943年に傍系の茨城急行自動車(現存する同名会社とは異なる)、群馬自動車、上武自動車の3社を合併し、境、中之条、本庄に営業所または出張所を置いて事業を継承した。また、1944年には、東武鉄道が総武鉄道(野田線の前身)を合併した事により引き継いだバス事業を東武自動車が譲受し、大宮、野田両営業所を設置した。
都内においては、常磐線東南部の路線が京成電鉄に併合されることになったため、南千住営業所の路線のうち、千住大橋~堀切間を同社に譲渡し、さらに1942年に南千住営業所に対して疎開命令が下ったため、これを西新井に移転して西新井営業所とした。また、1945年には花畑乗合自動車を合併、草加・北千住間などの路線を継承している。
戦後の発展
第二次世界大戦後の1947年には、東武鉄道が東武自動車および日光軌道を合併し、以後2002年に分社化されるまでの東武鉄道のバス事業の基礎が確立された。その後も、千葉、埼玉、群馬で路線の拡大を図っていく。また、他事業者の買収やグループ化なども行っており、1958年には阪東自動車を傘下に入れている。
路線撤退・移管そしてバス事業本部の分社化
しかし、1970年代に入ると群馬を始めとする地域での急速なモータリゼーションの発展や道路渋滞、鉄道の利便性の向上、山間部における過疎化など日本全国で見られた問題が影響し、徐々に東武鉄道のバス事業は縮小していくこととなった。
輸送人員が1980年代には1970年前後の約20%程度まで激減した結果、特に関東地方北部の栃木県、群馬県および埼玉県北部において路線の廃止や東武グループ貸切バス事業者への移管が進められていくようになった。なお、この他の地域では見られないほどの急速な路線撤退と、東武鉄道のみによる独占営業地帯でもあったため、その過程においては全国初の「バスの走らない市」(館林市、1986年)を生み出す事態につながった。しかし、これらの施策にもかかわらず、東武鉄道のバス事業は赤字へと転落することとなった。このため、1990年以降は、さらなる路線の縮小や東武グループ以外の事業者に移管することとなった。
さらに移管は止まらず、2000年以降になると従来東京のベッドタウンとして団地線を中心に収益を生み出していた埼玉県南部の地域の路線も移管されはじめた。そのような中、東武鉄道は経営改善を目指すために社内分社などさまざまな方策を検討することとなった。その結果、東武鉄道本体の労働コストのままバス事業を続けていくことは困難であるとして、2001年9月にバス事業の分社化を決定することとなった。この際に、東武鉄道は、バス事業を資産管理会社として東武バス、エリアごとにバスを運行する東武バスイースト、東武バスセントラル、東武バスウエスト、東武バス日光に分割する形をとった。
その後、2002年に子会社への移管が実施された。移管後も、つくばエクスプレスの開業などにより大きな影響を受けることとなった。
運行会社、営業所
東武バスの運営業務は、分社化と同時に設立された東武バスウエスト、東武バスイースト、東武バスセントラル、東武バス日光の4つの運営会社が地域ごとに担当する。各社の担当地域は以下の通りである。運行路線の詳細は、各営業所記事を参照のこと。営業所名に続く括弧内の英字2字は営業所の略記で、主に高速バス・空港リムジン車・貸切車・深夜急行バスの後部に掲出されている。
なお、分社化と同時に従来の営業所を「営業事務所」に、出張所を「営業所」に変更しているがこれは法令の変更に伴うもので会社組織的には内容の変更はない。また東武バスにおける営業事務所と営業所の違いは規模やエリアなどではなく会社の組織的なもので区別されているものであり、運行上では営業事務所と傘下となる営業所の間に関係はない。
東武バスウエスト
東武バスウエストは、主に埼玉県中南部、南西部を担当する運行会社である。本社はさいたま市北区。
設立にあたり、乗務員の不足から川越営業所森林公園出張所及び坂戸出張所の一部路線を川越観光自動車に、上尾営業所菖蒲出張所及び上尾営業所の一部路線を朝日自動車へ移管した。東武東上線沿線を管轄する川越営業事務所と、東武野田線およびJR高崎線沿線を管轄する大宮営業事務所、および5つの営業所を有する。なお、本部は大宮営業事務所内に置かれている。埼玉県より、国民保護法に基づく指定地方公共機関に指定されている。
東武バスイースト
東武バスイーストは、千葉県北西部を担当する運行会社である。本社は柏市。
設立にあたり沼南営業所の一部路線を阪東自動車に移管している。路線の大半が柏駅をターミナルに運行されており、同駅を境に西側を西柏営業事務所が、東側を同営業事務所下の沼南営業所が担当する。管轄地域の路線の基礎は、東武野田線の前身である総武鉄道によって築かれたもので、戦後のベッドタウン化の流れの中で多数の住宅路線が開設された。本部は西柏営業事務所内にある。
- 西柏営業事務所(KW)
- コミュニティバスを受託運行している市町村
- かつては柏市でも「かしわコミュニティバス」を受託運行していたが、2013年3月路線廃止。
東武バスセントラル
東武バスセントラルは、主に東京都北東部、埼玉県南東部を担当する運行会社であり、本社は東京都足立区である。
東武伊勢崎線沿線の住宅路線を主力とし、東北方面への高速路線の運行も担当している。足立、草加の2営業事務所と6営業所を有する。東京バス協会の会員である。なお、はとバスと共同で東京発の日光方面定期観光バスを運行している。
東武バス日光
東武バス日光は、栃木県の日光地区を担当する運行会社である。本社は日光市。
分社化前に鬼怒川地区の路線がグループ会社の東武ダイヤルバスへ譲渡されたため、営業所は日光営業所1箇所のみである。観光路線であるだけでなく、いろは坂のように勾配の続く路線が多いことや、冬季の保温性を考慮して観光タイプの車両が主力である。なお、詳細は東武バス日光の項目を参照のこと。 テンプレート:-
高速バス
高速バスは2009年12月現在、東北方面へ向かう2路線の他、東武鉄道沿線を起点とする羽田・成田空港への連絡バスが運行されている。<>内は共同運行会社。
このうち、東武バスセントラルが担当するのは以下の路線である。なお、いわき号は常磐自動車道経由、あだたら号は東北自動車道経由である。
- いわき号:東京駅 - いわき <JRバス関東・新常磐交通>
- あだたら号:新越谷駅西口 - 郡山駅前 <福島交通>
- 北千住駅西口・千住大橋駅 - 羽田空港 <京浜急行バス>
- 新越谷駅西口・草加駅東口・八潮駅北口 - 羽田空港 <京浜急行バス>
- しらこばと号:新越谷駅西口・草加駅東口・八潮駅北口 - 成田空港 <東京空港交通・千葉交通・リムジン・パッセンジャーサービス>
- スカイツリーシャトル:東京スカイツリータウン - 東京駅 <JRバス関東>
- スカイツリーシャトル:東京スカイツリータウン・錦糸町駅 - 羽田空港 <京浜急行バス>
- スカイツリーシャトル:東京スカイツリータウン・錦糸町駅 - 葛西駅・東京ディズニーリゾート <京成バス>
東武バスウエストが担当するのは以下の路線である。
- ONライナー号:西武バス大宮営業所 - 大宮駅西口 - さいたま新都心駅 - 成田空港 <京成バス、西武バス、千葉交通、国際興業>
- スカイツリーシャトル:新座車庫・志木駅・朝霞台駅・和光市駅 - 東京スカイツリータウン
- 新座車庫・志木駅・朝霞台駅 - 羽田空港 <京浜急行バス>
- ふじみ野駅・新座車庫・志木駅・朝霞台駅 - 成田空港 <東京空港交通>
- 坂戸駅南口 - 川越駅西口 - 成田空港 <川越観光自動車・千葉交通>
- 東京ディズニーランド - 東京ディズニーシー - 大宮駅西口 - 川越駅西口 - 本川越駅 - 札の辻 - 神明町車庫<東京ベイシティ交通>
東武バスイーストが担当するのは以下の1路線である。なお、同社はかつてJRバス関東と共同で東京駅 - 江戸川台駅間の路線を運行していたが、2006年2月28日に廃止された。
- 羽田空港 - 柏駅西口 <京浜急行バス>
廃止された路線
深夜急行バス
深夜急行バスは、ミッドナイトアローの愛称で9路線が深夜の帰宅の足として運行されている。いずれも高速型の車両による運転であったが、交通バリアフリー法の適用に伴いワンステップバスをベースとしたワンロマへの置き換えが進んでいる。いずれの路線も平日のみの運行である。
1989年に東武鉄道バス事業本部初の深夜急行バスとなるミッドナイトアロー川越が運行を開始し、翌年にはミッドナイトアロー柏・ミッドナイトアロー春日部が運行を開始した。2002年に分社されるまでの約13年間は、この3路線の運行形態が続いていた。
東武バスセントラルは東武伊勢崎線沿線の足となる以下の3路線を担当する。
- ミッドナイトアロー春日部:上野駅(上野公園山下)→春日部駅西口
- 開設当初は都営バスと共同運行していたが現在は撤退。
- ミッドナイトアロー吉川・三郷:新越谷駅東口→三郷駅入口→早稲田八丁目
- ミッドナイトアロー久喜・東鷲宮:上野駅→北千住駅西口→春日部駅西口→久喜駅東口→東鷲宮駅西口 (2006年12月11日運行開始、2007年5月24日始発地を北千住駅から上野駅へ変更、2013年12月20日東鷲宮駅西口まで延長)
また、東武バスウエストは以下の5路線を担当する。
- 東上線方面
- 野田線方面
- ニューシャトル方面
- ミッドナイトアロー伊奈・内宿:大宮駅西口→ニューシャトル各駅を経由し、内宿駅まで運行
東武バスイーストの担当は、三郷団地内・流山市・柏市を経由した後、我孫子市へ行く1路線のみである。
廃止された路線
- ミッドナイトアロー大宮・川越:大宮駅西口→シティハイツ三橋→本川越駅→川越駅東口(2007年12月25日-2009年2月10日)
- ミッドナイトアロー和光・志木:2012年10月29日よりミッドナイトアロー川越号に統合。
年表
- 1989年(平成元年) 12月18日 - ミッドナイトアロー川越を運行開始。
- 1990年(平成2年)
- 2002年(平成14年) - 東武バス分社化に伴い、上記3路線を3社が1路線ずつ担当する。
- 2003年(平成15年)12月22日 - ミッドナイトアロー吉川・三郷を運行開始。
- 2005年(平成17年)12月12日 - ミッドナイトアロー岩槻・春日部を運行開始。
- 2006年(平成18年)12月11日 - ミッドナイトアロー久喜を北千住駅西口始発で運行開始。
- 2007年(平成19年)
- 2008年(平成20年)
- 2009年(平成21年)2月10日 - ミッドナイトアロー大宮・川越を廃止。
- 2010年(平成22年)7月5日 - ミッドナイトアロー柏を我孫子駅北口へ延伸し、ミッドナイトアロー柏・我孫子に名称変更。
- 2011年(平成23年)5月30日 - ミッドナイトアロー久喜、ミッドナイトアロー春日部で新越谷駅東口からの乗車取り扱いを開始。ミッドナイトアロー春日部の上野出発時刻を10分繰り下げ。
- 2012年(平成24年)
- 2013年(平成25年)12月20日 - ミッドナイトアロー久喜を東鷲宮駅西口へ延伸し、ミッドナイトアロー久喜・東鷲宮に名称変更[1]。
車両
概説
- 東武バスの車両は、いすゞ製と日野製がほぼ半々となっている。いすゞ車は1985年以降は富士重工車体が標準であったが、ノンステップバスの導入以降は純正車体となっている。かつては日野車で富士重工車体の車両も存在した。
- 国土交通省の発表するノンステップバス導入率が高い事業者ベスト30で、イーストが6位、ウエストが10位、セントラルが11位にランクインした。ちなみに1位は尼崎市交通局。
- 東武バスでは、営業所ごとに採用しているLED方向幕が違う。昔から、日野自動車のバスを選択していた営業所は、オージ製のLEDで、いすゞ自動車を選択していた営業所は、レシップ製を採用している。
- 車両は4社が所有する形ではなく、東武バスが管理し、4社にリースするという形をとっており、車両増減などの事業計画によって東武バスが仲介役となって4社間を転籍している。転籍に伴う工事は朝日自動車グループの朝日カーメンテナンスで行っている。
カラーリング
1970年までは青に革色(バフ)の塗装で、一般路線車と貸切車・長距離路線車では色は同じであるがデザインが異なっていた。運転訓練車の2644号車はこの塗装に復刻されているが、青帯の数が1本少なかったり、前面・後面に「東武」と表記されているなど差異がある。1970年からは、路線車についてはアイボリーと青に変更された。1985年に現在の塗装である、東武鉄道の日光線方面優等列車用車両と同じオレンジ・赤に変更された。分社化までに導入した車両には「東武バス」と表記されていたが、分社化後に導入した車両は譲渡車も含め「東武」となっている。
1970年以降の貸切車・長距離路線車の色は、白をベースに青・橙・グレーが配されたもので、スーパーハイデッカー車については、配色はそのままでデザイン変更が行われた。また、1992年からは、車体の社名表記が「TO-B」から「TOBU」に変更された。その後、1990年代中盤に東武グループ貸切共通色(白をベースに後ろに向かって赤~オレンジのグラデーション)が制定されたことにより、現在はほぼ統一されている。
高速バス「ONライナー号」については運行会社で統一したカラーリングを採用していたが、他社が自社カラーに変更した後も2008年まで専用色が残っていた(現在は置き換えにより消滅)。
2005年から全車両に、車体側面後部下に小さく「東武バス(各社の名称)」が入るようになった。
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1970年までの一般路線車旧々塗装(東武博物館の保存車)
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1970年から1985年までの一般路線車旧塗装
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1985年以降の一般路線車現行塗装
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共通デザイン化前の東武バス観光色
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スーパーハイデッカーはデザインが異なる
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グループ共通色となった貸切・高速車の塗装
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東武バスウエストのONライナー専用色
社番
9 | 919 |
---|---|
記号 | 固有番号 |
- 記号
- 奇数(9999の次は5000)…日野自動車製
- 偶数…いすゞ自動車製
- 3000番台…三菱ふそうトラック・バス製
- 8000番台…UDトラックス(旧:日産ディーゼル)製
- 固有番号
- 000から999までの連番
上記の法則により、「9919」は日野車の919号車ということになる。
廃車車両の譲渡
東武バスで役目を終えた車両は全国の地方事業者に譲渡され、引き続き使用されている。2000年以降に埼玉県を含めた首都圏が「自動車NOx・PM法」による排出ガス規制強化地域に指定され、車両のライフサイクルが短くなった(排出ガス規制強化前は20年使用)ことなどから同年以降から増加している。廃車車両の譲渡はグループ外はもちろんのこと、東武グループである朝日自動車グループの会社も含めて、東武グループの外商部や指定入札業者を経由しての譲渡となる。
主な譲渡先は、道南バス・くしろバス・ジェイ・アール北海道バス・ジェイアールバス東北・下北交通・日本中央バス・群馬バス・新常磐交通・茨城オート・日立電鉄交通サービス・関東自動車・諏訪バス・中鉄バス・中国ジェイアールバス・熊本電気鉄道・いわさきバスネットワーク・那覇バス・琉球バス交通・東陽バスなどである。
また、近年は系列の朝日自動車でも地方事業者への廃車車両の譲渡が見られる。
ミャンマーなどにも中古車が輸出されており、ヤンゴンでは右側にドアを取り付けるなど、右側通行に合わせた改造を受けた状態で走っている。北朝鮮の経済特区・羅先特別市で東武バスの譲渡車両が走っている事例もある[2]。
- Kushiro-bus 234.jpg
くしろバスへの譲渡車
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茨城オートへの譲渡車
- Local bus in Yangon, Myanmar.JPG
ヤンゴン市内を走る「東武」バス(2003年)
- Saichi-stn-BRT03.jpg
JR東日本への譲渡車(BRTの車両)
一日乗車券
東武バスの一日乗車券類としては、下記の乗車券が発売されている。
- 「スカイツリーシャトル上野・浅草線一日フリー乗車券」はスカイツリーシャトル上野・浅草線が1日乗り放題となる乗車券で、大人420円・小児210円。
- 「足立一日フリー乗車券」は足立区・葛飾区・北区の東武バス全線が1日乗り放題となる乗車券で、大人500円・小児250円。都内の一部のバス事業者で導入している「都区内一日乗車券」に相当する。乗車券の券面に記載されている指定区間の経路(指定区間は赤線で記載されている)を利用できる。埼玉県内や千葉県内、東京都板橋区内は利用不可区間である(指定区間を超えて乗車の場合は区間外乗車分の追加運賃が必要)が、草加市内の一部も券面に記載されている区間に限り追加運賃なしで利用可能である。深夜バス利用の場合は、深夜料金の半額を支払うことで乗車可能である。
- 「小江戸川越一日フリー乗車券」は川越市の「小江戸名所めぐりバス」と東武バス一般路線の指定区間が1日乗り放題となる、蔵の街川越への観光客向けに発売されている乗車券で、大人300円・小児150円。
閉所になった営業所
名称は全て最終時のもの。
管轄営業所は組織改正のたびに変更があった出張所も多いので最終時の管轄のみ掲載。
営業所名 | 最終管轄 | 現在 | 廃止日 |
---|---|---|---|
東京都 | |||
豊島出張所 | 新座 | 閉所 | 1974年8月20日 |
練馬出張所 | 新座 | 閉所 | 1978年8月31日 |
埼玉県 | |||
志木出張所 | 新座 | 新座営業所へ移転閉所 | 1969年2月28日 |
越生出張所 | 川越 | 坂戸出張所へ移転閉所 | 1977年3月25日 |
羽生出張所 | 加須 | 閉所 | 1981年3月31日 |
鬼石出張所 | 本庄 | 閉所 | 1981年3月31日 |
寄居出張所 | 本庄 | 閉所 | 1981年3月31日 |
児玉出張所 | 本庄 | 閉所 | 1982年9月30日 |
深谷出張所 | 本庄 | 閉所 | 1989年3月31日 |
小川町出張所 | 熊谷 | 森林公園出張所へ移転閉所 | 1997年3月31日 |
東松山出張所 | 川越 | 森林公園出張所へ移転閉所 | 1997年3月31日 |
幸手出張所 | 加須 | 朝日自動車久喜営業所 | 1999年9月30日 |
本庄出張所 | 熊谷 | 朝日自動車本庄営業所 | 2000年3月31日 |
加須営業所 | - | 朝日自動車加須営業所 | 2000年3月31日 |
行田出張所 | 熊谷 | 閉所(路線は朝日自動車加須営業所が運行) | 2000年9月30日 |
越谷営業所 | - | 朝日自動車越谷営業所 | 2000年9月30日 |
春日部出張所 | 越谷 | 朝日自動車春日部営業所(その後、杉戸営業所へ移転) | 2000年9月30日 |
熊谷営業所 | - | 国際十王交通熊谷営業所 | 2001年3月31日 |
菖蒲出張所 | 上尾 | 朝日自動車菖蒲営業所 | 2002年3月31日 |
森林公園出張所 | 川越 | 川越観光自動車森林公園営業所 | 2002年3月31日 |
千葉県 | |||
柏営業所 | - | 沼南営業所へ移転閉所 | 1989年3月31日 |
野田出張所 | 西柏 | 茨城急行自動車野田営業所 | 2001年9月30日 |
群馬県 | |||
伊香保出張所 | 渋川 | 閉所 | 1977年6月30日 |
四万出張所 | 中之条 | 閉所 | 1977年6月30日 |
小泉出張所 | 太田 | 閉所 | 1982年3月31日 |
前橋駅出張所 | 前橋 | 閉所 | 1982年3月31日 |
高崎出張所 | 渋川 | 閉所 | 1982年3月31日 |
後閑出張所 | 沼田 | 閉所 | 1982年3月31日 |
猿ヶ京出張所 | 沼田 | 閉所 | 1982年3月31日 |
大間々出張所 | 桐生 | 閉所 | 1984年3月31日 |
横塚出張所 | 沼田 | 閉所 | 1984年3月31日 |
鎌田出張所 | 沼田 | 関越交通鎌田営業所 | 1986年5月10日 |
中之条出張所 | 前橋 | 関越交通吾妻営業所 | 1988年3月31日 |
館林出張所 | 太田 | 閉所(路線は1986年に全廃) | 1991年3月31日 |
伊勢崎出張所 | 前橋 | 閉所(路線は国際十王交通伊勢崎営業所が一部運行) | 1994年3月31日 |
水上出張所 | 前橋 | 関越交通水上営業所 | 1994年3月31日 |
桐生出張所 | 前橋 | 閉所 | 1996年3月31日 |
渋川出張所 | 前橋 | 関越交通渋川営業所 | 1997年3月31日 |
沼田出張所 | 前橋 | 関越交通沼田営業所 | 1998年3月31日 |
前橋営業所 | - | 閉所(路線は関越交通渋川営業所が一部運行) | 1999年3月31日 |
太田出張所 | 熊谷 | 朝日自動車太田営業所(後に移転しており、当時の所在地ではなくなっている) | 1999年9月30日 |
栃木県 | |||
湯元出張所 | 中禅寺 | 閉所 | 1977年6月30日 |
今市出張所 | 鬼怒川 | 閉所 | 1977年6月30日 |
東足利出張所 | 足利 | 閉所 | 1977年6月30日 |
葛生出張所 | 栃木 | 閉所 | 1977年8月31日 |
足尾出張所 | 日光 | 閉所 | 1981年3月31日 |
川治出張所 | 鬼怒川 | 閉所 | 1981年3月31日 |
矢板出張所 | 鬼怒川 | 閉所 | 1983年3月31日 |
小山出張所 | 栃木 | 閉所 | 1985年2月15日 |
中禅寺出張所 | 日光 | 閉所(窓口業務は中禅寺温泉駅として残置) | 1986年5月10日 |
西川田出張所 | 栃木 | 閉所(路線は関東自動車に譲渡) | 1991年3月31日 |
足利出張所 | 太田 | 閉所 | 1992年3月31日 |
栃木出張所 | 日光 | 閉所 | 1996年3月31日 |
鬼怒川出張所 | 日光 | 日光交通ダイヤル営業所 | 2000年9月30日 |
茨城県 | |||
水戸出張所 | 下館 | 閉所 | 1977年3月31日 |
結城出張所 | 下館 | 閉所 | 1981年3月31日 |
下妻出張所 | 境 | 閉所 | 1983年3月31日 |
岩井出張所 | 境 | 閉所 | 1985年2月15日 |
古河出張所 | 境 | 茨城急行自動車古河営業所 | 1988年3月31日 |
笠間出張所 | 境 | 閉所 | 1994年3月31日 |
下館出張所 | 境 | 閉所 | 1995年3月31日 |
境出張所 | 越谷 | 朝日自動車境営業所 | 1999年3月31日 |
東武バスの営業所・路線を引き継いだ関連子会社
前述の通り、東武鉄道バス事業本部時代の最盛期は、北関東一帯に広大な路線バス網を形成していたが、慢性的な赤字などの理由で、当初は、群馬や茨城、埼玉北部、中部、東部などを中心に採算の取れない路線の廃止などを進めていた。その後は、同地域の残った路線を以下の現地の東武鉄道関連子会社へと順次譲渡していった(一部、廃止後、グループ外の地元事業者による代替運行となった路線もある)。その後、譲渡されなかった路線が東武バスグループに分社化・継承された。
譲渡を受けた子会社については、以下の通りである。
- 朝日自動車 ☆(タクシー・観光バス) 越谷営業所・春日部出張所・加須営業所・幸手出張所・菖蒲出張所・本庄出張所・行田出張所・境営業所・太田出張所
- 川越観光自動車 ☆(観光バス) 坂戸出張所の一部路線・菖蒲出張所の一部路線・森林公園出張所
- ※ 現在、従来の観光バスは廃業している。
- 国際ハイヤー ☆(タクシー) 熊谷営業所・森林公園出張所の一部路線
- 十王自動車 ☆(タクシー・観光バス) 伊勢崎出張所の一部路線
- ※ 国際ハイヤーと十王自動車は、2004年1月に国際ハイヤーを存続会社として合併し、国際十王交通に社名変更している。現在、観光バスは事実上の廃業となっている。
- 茨城急行自動車 野田出張所・古河出張所
- 関越交通 ☆(タクシー・観光バス) 前橋営業所・渋川営業所(出張所)・沼田営業所
- 吾妻観光自動車 ☆(観光バス) 吾妻営業所の一部路線
- ※ 吾妻観光自動車は、2002年10月に関越交通に吸収合併されて消滅している。
- 日光交通 ☆(タクシー・観光バス) 日光営業所の一部路線
- 東武ダイヤルバス ☆(送迎バス) 鬼怒川出張所
- ※ 東武ダイヤルバスは、2008年4月に日光交通に吸収合併されて消滅している。
- 阪東自動車 沼南営業所の一部路線・西柏営業所の一部路線
- 東野交通 宇都宮 - 真岡 - 下館線・鬼怒川地区の一部路線
☆(観光バス)は、移管を受けたことに伴い、路線バスに新規参入した事業者(社歴上、過去に参入していた場合は無視する)とそれまでの本業。
これらの事業者のうち東野交通を除いた10社(現7社)は、東武鉄道主導で、朝日自動車を統括事業者とする朝日自動車グループとしてまとめられている。なお、廃止された路線の中でも、地元自治体が廃止代替バスやコミュニティバスとして東武グループ以外の事業者に運行を委託することで路線が維持されているものがある。
東武グループのバス事業
東武グループにおけるバス事業は、前述までのとおり、バス事業本部を分社化した東武バスグループ。そして、営業所・路線を継承した11(現7)の関連子会社による朝日バスグループであるが、これ以外にもいくつかの事業者がある。
そのうち2社は、前述の朝日バスグループに含まれている。東野交通も子会社を持ち、単独でグループを構成している。
従って、東武鉄道グループのバス事業は、
- 東武バスグループ(東武バス統括) ※ バス事業本部の分社化
- 東武バスセントラル ☆
- 東武バスウエスト ☆
- 東武バスイースト ☆
- 東武バス日光 ☆
- 朝日バスグループ(朝日自動車統括) ※ バス事業本部から路線・営業所移管(一部除く)
- 東野交通グループ(東野交通統括)
となる(☆は、東武鉄道バス事業本部の路線や営業所・出張所を継承している事業者)。
なお、上記事業者のうち、朝日自動車・川越観光自動車・国際十王交通(熊谷営業所のみ)・茨城急行自動車(古河営業所を除く)・阪東自動車の各社のバスでは、PASMOを東武バスグループ扱い(利用履歴上、東武バス利用となる)で導入した(阪東自動車を除く4社で東武バスグループが発行するバス共通カードを導入していた)。また、東武鉄道が一括で行っている「東武交通広告」のバスメディアの部でも東武バスグループに阪東自動車を除く4社を加えて案内されている。このため、広義の意味で上記5社も東武バスグループに含まれて扱われる場合がある。
脚注
参考文献
- 東武鉄道 『東武鉄道65年史』 東武鉄道、1964年。
- 東武鉄道 『東武鉄道百年史』 東武鉄道、1999年。
- バスラマ・インターナショナル18号『ユーザー訪問・東武鉄道』
- バスラマ・インターナショナル101号『バス事業者訪問・東武バスグループ』
- バスマガジン17号 車両更新を経て心機一転の再スタート