弓矢

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テンプレート:出典の明記 弓矢(ゆみや)とは、からなる武具狩猟具、軍事上での武器祈祷神事のために使われる。また、武芸のためや、近年にはスポーツ・娯楽などのレクリエーション用途にも用いられる道具である。矢は矢入れと総称される矢筒(えびら)といわれる細長い軽量のなどに収納し携帯する。

湾曲する細長い素材(もしくは湾曲しない素材)の両端にを張って作られた弓を両腕で弓と弦をそれぞれ前後に引き離し保持しながら、弦に矢をかける。矢とともに弦を手で強く引いてから離すと、その弾性から得られた反発力で矢が飛翔し、遠方の標的を射抜く物をさす。

日本語においては、(さち)と言い箭霊(さち)とも表記し、幸福と同義語であり、弓矢とは「きゅうし」とも読み弓箭(ゆみや・きゅうし・きゅうせん)とも表記する。弓矢は、武具や武器、武道武術、戦い(軍事)や戦(いくさ)そのものを意味する。特に戦に限っては「いくさ」の語源が弓で矢を放ち合うことを表す「射交わす矢(いくわすさ)」[1]が、「いくさ(射交矢)」に変化したといわれる。また的は古くは「いくは」と読み、弓矢そのものであり、「射交わ」が語源となっている。日本の弓を和弓といい、それ以外のものを洋弓という。

概要

弓矢は狩猟の道具としては非常に一般的なもので、一万年以上前から使われてきた。オーストラリアアボリジニ[3]を除き、世界中で狩りはもちろんのこと、時には漁りにも使われ、競技や戦いの場で普及してきた。そのため世界各地の文化文明々や宗教と繋がり、美術彫刻、歴史的な物語や故事などにもよく登場する普遍的な物でもある。間接的には一部の火起し器の起源であり、またはハープ竪琴)の起源であり、世界各地にある弦楽器の発祥とも関連がある場合が多いと考えられている。

弓の基本的形状は、円弧を描くだけの湾曲形と、M字を描く屈曲形のリカーブボウに分けられる。また弓丈により、長弓短弓[4])といい、日本では、古くは大弓(おおゆみ[5])と、半弓(特殊な状況下の武具)や小弓(祭礼や遊興での玩具)という名称で分類し、欧米ではロングボウとそれ以外に分類している。この分類は大まかであり、また日本と欧米の分類方法やその意味が、必ずしも一致するものではない。素材の構成において丸木弓単弓(無垢の木から作られたもの)と複合弓積層弓(幾つかの部材をつなぎ合わせて作られたもの)とに区別している。コンポジットボウ(複合弓)には、一部滑車を備えたものとしてコンパウンドボウ化合弓)というものもある。また弓幹(ゆがら)が板状で断面形状が長方形をなすものをフラットボウと呼称し、それ以外と区別している。フラットボウに含まれる弓は、海洋東南アジアの人々が使う弓と日本の和弓と日本より北東のアムール川周辺地域の先住民の積層弓とさらに東の北米大陸先住民が使用する積層弓およびケーブル・バックド・ボウ(緊張力を付加した弓)などが挙げられる。

弓矢から派生したものとして吹き矢ダーツ(日本では投げ矢という)・洋弓銃機械弓の一種)・大型の機械弓などがある。現在では大型の機械弓は消滅し、弓矢(和弓洋弓など)・吹き矢・ダーツ・洋弓銃はスポーツとして楽しまれている。そのうち洋弓銃は軍隊警察の武器や兵器として採用する国もある。また弓矢と吹き矢は、世界各地で現在も生活の糧を得るため狩猟で使われている。

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初速 v, 角度 θ で高さ y0 から射出した時の放物線

弓矢の構造や効果(飛翔性)は、力学放物線微分積分)という概念がない頃から世界各地おいて、それらについて試行錯誤されてきた道具であり、初期の機械工学の発展の要因(機械弓、投石機)である。日本においては、基本的には弓・矢ともに様々な種類の「竹」を主材とし、その物性(物質の性質)において使い分けており、日本初の炭素繊維で出来た道具といえる。また様々な竹と木材を張り合わせた積層弓は、日本の軽工業に欠かせない、(にかわ)の発展にも寄与し「(にべ)」[6]と言う特殊な接着剤も生み出した。この鮸や膠による積層弓は、現在の積層木製建築構造材である集成材や集積材と基本的には同じである。ケーブル・バックド・ボウの構造も、現在の建設技術としての様々な緊張梁(テンション・ビーム)と基本原理は同じである。

放心・止心・無心・残心・丹心・錬心 など禅宗[7]の概念を神道道教などと渾然一体となし、日本独自の「心根」にした代表的な武芸であり、また「しあわせ」という心の感情は、狩り(かり)や漁り(いさり)から生まれ、幸(弓矢や幸心のこと)と言い、「弓矢の神事」や「射的行ため」から派生して「射幸心」という心の概念を表す語になった。放つ心・止める心・無の心[8]・残す心・丹ずる心・錬る心について詳しくは弓道または弓術を参照。

的屋(まとや)が営む矢場や楊弓場が遊女と懸け物(景品交換式遊技場、温泉場や宿場の射的場やスマートボールなど)との密接な関わりから、風営法の設立の主な要因となった。詳しくは本稿の「公家と庶民の遊興」または的屋を参照。

弓矢の変遷と諸条件

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複雑に屈曲している
ケーブル・バックド・ボウ[9]

弓矢の発達は力学や物性(物質の性質)や機械工学に寄与してきた。その変遷や必要性において重要な要因は、弓の素材の選定やその組み合わせであり、具体的には「長さ(弓丈)と断面積の比率に対しての弾性率弾性限界[10]や「最小限の引く力と最大限の飛距離」など、条件の妥協点を見出すことにあり、その他には「地上や上から矢を射る」という条件の違いや、「機械化と連射性能」などである。これらの諸条件の前提として、軽く持ち運びしやすいことが狩りや戦いにおいても重要である(ただし大型の機械弓は軽量で携帯が可能という条件を無視した弓矢といえる)。外部要因としてはの発明もその歴史において大きく影響した。

弓矢の発達や特性を決める諸条件

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小さな力で引けるように滑車を備えた弓。
コンパウンドボウ(化合弓)
  • 弓の構造(飛距離・引き手の力)
    • 素材 - 粘りのある物。撓やか(しなやか)であるが、脆くないことであり、強度靭性を兼ね備えていること。歴史的には主に木製である。
    • 複合素材 - 異なる素材の組み合わせることで、断面積を大きくすることなく、良く撓り(しなり)折れにくく、元の形状に戻るという条件を満たすよう工夫された。日本ではこれに軽さといった条件も加わり、その反面、飛距離が落ちないよう、弓丈が大きくなったが、同じ引き手の力で比較すると飛距離も伸びた。
      • 積層弓 - 板状の異なる木または竹の1本または短片を複数張合わせ、それぞれの部分に強度と靭性を分担させた弓や、動物のを使い緊張力を付加することにより反発力を高めた弓。
      • 複合弓 - 合成弓ともいい、モーメント応力を考え強度が必要な箇所を金属などで被い補強した弓。
    • 弓の断面積 - 弓の断面積が大きいと弾性限界は高くなるが、弾性率は低くなり引き手の力もより必要になり重くなる。
    • 弓丈 - 弓丈が長くなると同じ断面積で、引く力が同じなら弾性率は上がるが、弾性限界は低くなり重量も重くなるが、飛距離は伸びる。
    • 弓の機械化・大型化 - 飛距離・破壊力・複数の矢の同時発射などを追求した結果、梃子の原理滑車の原理を利用し、歯車滑車などを弓に組込み、機械化またはそれに伴い大型化した。
      • 化合弓 - ほとんど弓の形態であるが。滑車の原理を使い、小さな力で強く引くことができる弓。英名ではコンパウンドボウ(化合弓)となっていて、滑車と弓を化合したという意味から名付けられた。
      • 機械弓
      • 投石機
  • の素材の選定
  • 矢の構造
    • の形状 - 破壊力、貫通性
    • 矢の直進性
      • 矢柄 - 長さ・重量・素材の均一性。敵に再利用されないように、硬い地面や壁に当れば、折れるよう工夫された矢柄もある。
      • 矢羽 - 素材・形状・矧ぐ長さと箇所数
    • 矢以外の投射物の使用(石や金属球や砲弾など)
    • 弓以外で矢を飛ばす方法(吹き矢や投げ矢・ダーツなど)
  • 矢筒や箙の構造 - 形態も多様であり世界的にも様々に変化した。携帯性や軽量化や矢の収納や取り出しやすさなど。
  • その他の条件
    • 引き手の腕力・射角
    • 矢の速度 - 機械弓など特殊な弓以外では、矢の瞬間最高速度は、秒速約90mであるが、弓の性能、矢の形状、引き具合などの要因で、速くも遅くもなる。
    • 連射性・破壊力・重量・携帯性・使用場所
    • 生産 - 材料の入手環境、量産性
    • 目的
      • 狩猟 - 対象の動物の特性(俊敏性や飛翔性)数、大きさ、生息環境など。
      • 戦闘 - 戦場での敵の機動性、数、戦術や戦場の地勢や地理的環境。
      • 競技 - 使用する弓矢はある条件のもと、一定もしくは同じ物が使用される。
      • 宗教祭礼儀式) - 弓矢としての機能より、装飾価値観による材料の選定がなされる。

歴史

狩り・呪術

条件の選択で、弓矢の形状・構造、性能・特性が決まる。そして、その選択と方向性や発展は、日本と日本以外では大きく違っていった。弓の始まりは、世界中どこでも押並べて変わらず、湾曲形の単弓丸木弓)であり、短い弓であった。具体的には単一素材で弾性のある木材等を使用した弓で、湾曲させただけの丈も短い物であった。

このことは弓矢の初期の利用が、狩りや時には漁り(いさり)中心であり、狩りにおいては、視界が開けているか、いないかによって、求められる飛距離は違ったが、ほとんどの地域で狩りは男性の仕事であったので、腕力で十分補うことが出来た。また常に地域間で戦いがあった訳ではなく、切迫した命の危険がないことと日々の糧が十分得られれば、弓矢を改良する必要がなかったからである。

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北米先住民が初期に使用した
長弓の丸木弓の複製品

世界各地に残る原始宗教において弓矢や吹き矢は狩りの道具であるとともに首長(chief)などが兼任する、祈祷師シャーマン)の祈祷や占い呪術などの道具でもある。これは毒薬を塗ること[13]が要因であると考えられており、薬草の調合や知識が主にシャーマンの役割であることがどの地域でも共通している。

また世界各地の多神教文明において弓矢は霊力呪詛が宿る道具として考えられており、ギリシャ文明ヒンドゥー教や日本の神道などの神話に記述されている。

戦(いくさ)

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屈曲形短弓(コンポジットボウ)の複製品: モンゴルフン族の弓矢

しかし文明が発達し人口も徐々に増え、国家領土という社会構造が出来るにつれ、世界中で大規模な争いが起きるようになってゆく。ここで戦いを有利に進めるために、考えられた戦術の一つが遠戦であり、弓矢は戦場において重要な役割を持つようになる。弓矢隊や弓兵・弓歩兵を生み出し、戦術も多様に広がった。そして戦いに馬を利用し、馬上から弓を引き、矢を射ること(騎馬弓兵という)から、短い弓のまま改良されていった(特に騎馬民族の使用する弓を短弓という)。

ただし日本以外でも、丈のある弓が使用された例があるが、ほとんどが単弓で硬く重いため、馬上から用いることはなく、腕力のある特別に訓練された弓歩兵が、その弓を使用した。また飛距離においても、日本の弓矢を凌ぐ物はあったが、特殊なものであり汎用性はなかった。

日本

一方、日本の和弓は、特殊な(にかわ)を開発し、接着剤として用いてと木材を繋ぎ合わせ、積層状の合成素材で作られた複合弓(積層弓でもある)が進歩していった。軽く飛距離があり、女性でも引くことが出来る丈の長い弓のことで長弓といった。また軽く弾性もあり飛距離もあることと、矢を番える高さも丈の中間ではなく、下方に出来るよう改良していったので、馬上でも使用出来る様になり、長弓自体が世界的にも珍しいにも拘らず、馬上での長弓の使用という日本独自の方法を確立していったのである。

そして竹材も熱を加えることなどで、同じ竹でも物性の違う材料を生み出し、構造も複雑になっていった。日本以外でも複合素材で作られる様になっていったが、丈が短いことと素材選択やその改良や接合方法やその方向性は、日本とは全く違っていた。このことは日本と近隣諸国との戦争(元寇)などで実証済みで、日本が飛距離でまさっていた。

多様化と衰退

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現在の洋弓銃:屈曲形

ヨーロッパ中華文明圏では、機械弓や大型機械弓も発明され、破壊力や飛距離のあるものも作られ、矢だけではなく砲弾などが使用された。堅牢な石の組積造でできた城の城攻めにおいては多大な効果を発揮したといわれ、世界各地の国家覇権による軍事史においては、様々な軍事兵法として用いられその効果は兵法書や絵画などで伝承される。

ただし、機械弓は重さや連射性に問題があるため、通常の陸上戦や海上戦では使用が難しかった。日本にも機械弓の技術が大陸から伝わっていたが、和弓の利便性から積極的に採用する必要はなく、また火縄銃の伝来によりその活躍はなかった。そして銃の発明により、一部の機械弓を除いて戦いの場から弓矢は消えていった。

現在に残る狩猟や、競技や武芸、神事や祭礼としての弓矢

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ブラジルの先住民(インディオ)による弓矢の競技
湾曲形の短弓で単弓と思われる

またそれは日本でも同じであるが、平安時代から神事としての側面や、江戸時代には弓術弓道祭礼や文化になり消え去ることはなかった。現代の世界各地ではスポーツや心身鍛錬として、洋弓によるアーチェリー競技や、和弓の弓道がよく行われている。日本においても変わらず祭事や儀式として弓矢を用いることも多く、疾走する馬上から矢を射る流鏑馬(やぶさめ)や通し矢、正月の破魔矢などがその姿をほとんど変えることなく見ることが出来る。

そして世界各地には自然と共生をはかり、慎ましやかに暮らしている狩猟民族が、今日も日々の糧を弓矢で得ている。

日本の弓矢の歴史について詳しくは、和弓弓術弓道を参照。

日本における弓矢

弓矢の持つ意味

古くには弓矢(釣竿釣針も同様)は、狩りが収穫をもたらすことから、「サチ()」といい「サ」は箭(矢)の古い読みで矢や釣針を意味し、「チ」は霊と表記し霊威を示す。弓矢は幸福を表すと同時に霊力を持つ狩猟具であった。霊威から祈祷占い呪術としての道具の意味合いも持っていた。日本独特といわれる「道具にもが宿る」という宗教観(針供養道具塚)をあらわす根源的なものである。

そして社会構造の変化と共に「いくさ」そのものを指し、延いては「武」そのものに転化するとともに、宗教(神道仏教民間信仰)や「」という概念と渾然一体となって武芸残心という所作や神事としての縁起などの価値観。若しくは占いや神事と遊興が結びついて、年始の弓矢祭りや縁日の射的になり、「晴れと穢れ」や射幸心(射倖心)といった価値観や心の一端を形成し、日本の文化を担っている。

弓と半弓・大弓と小弓

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大弓ともいう
世界最大の弓、和弓

日本の弓矢は正式には和弓または単に弓といい、古くは大弓(おおゆみ)ともいった{中国の大弓(たいきゅう)とは意味も構造も違う}。世界的な弓矢の種類においては長弓(ちょうきゅう)に分類される。本来は弓、矢ともに竹を主材としている丈(弓丈)の長い弓で矢をつがえる位置が弦の中心より下方にあり、馬上使用ができる長弓で日本においてのみ見られる特殊な弓矢である。このことは『魏志倭人伝』に記述されており、古い時代からすでに現在に伝わる姿が完成されていたことがわかる。

戦になどに使われる武具として、天井がある屋内や狭い場所や携帯に便利という理由から、鯨の髭や植物の蔓で補強した丈の短い和弓や、大陸からの渡来人によって短弓を基に考案された籠弓・李満弓や、箱などに携帯した小さな弓を半弓と呼んだ。

また戦や狩りに因らない弓矢もあり、小弓(こゆみ)といった。楊弓(ようきゅう)とも呼ばれ丈の短い弓であるが、ユーラーシア全般に見られた短弓とは、形状は違い弓は円弧を描くだけである。この楊弓は「座った状態」で行う、正式な弓術であった。平安時代に公家が遊興として使い、その後、江戸時代には庶民の娯楽として使用された。同じ平安時代には雀小弓(すずめこゆみ)といって子供玩具としての弓矢があり、という名称は小さいことや子供を示すことだといわれる。その他には、梓弓(あずさゆみ)といわれる梓の木で作られた弓があり、神職[14]が神事や祈祷で使用する弓を指し、祭礼用の丸木弓の小弓や、御弓始めの神事などでは実際に射るものは大弓もあり、大きさや形状は様々である。梓弓のなかで梓巫女[15]呪術の道具として使用するものは小さなで持ち歩いたので小弓であった。

葦の矢・桃の弓 や蓬の矢・桑の弓など、それぞれが対となった弓矢があるが、祓いのための神事で使われたものである。詳しくは、祓い清めを表す言葉を参照。

特殊な矢

日本では洋弓銃(クロスボウ)や投石機(カタパルト)などは普及しなかったが、弓を使わず矢を飛ばす方法がある。また下記については世界各地で類似するものがある。

  • 手矢 - 通常の弓矢の矢を手で投げる手段。
  • 投げ矢 - 武器や遊興の道具(投壺を参照)として、投げることを前提に作られた矢。武器としては打根(うちね)といって長さ三尺の小槍ほどの大きさで矢羽がついていた。
  • 吹き矢 - 主に江戸時代の懸け物の遊技の道具として使われた。その他には小動物の狩猟としての使用があったと考えられる。また、忍者の流派によっては忍術書に記述があることや、道具として僅かだが実物も残っているが、実際にどの程度の利用があったかは定かではない。構造は矢についてはや針状に細長く加工した竹に動物の体毛円錐に加工した紙の矢羽を矧いだもので、筒は木製で長尺の木に半円の溝を彫ったものを張り合わせた八角柱円柱の筒や、竹の内側を均等に加工したものや和紙を丸めたものがあり、それぞれの筒の内や外にを塗ったものがある。現在では吹き矢を、武道の一環として取り入れる流派や新しい武道として、嗜む者も少数ながらある。

神事や修練や非殺傷用として使用された矢

  • 鏑矢 - 鳴り矢とも言い、矢に鏑というものをつけた物。鏑を付けた矢を射ると独特の風切り音を発するので、開戦の合図や邪気を祓うために使用したといわれる。騎射三物の開始の合図として用いられた。詳しくは「鏑矢」を参照。
  • 木矢(きや)・木鏃(もくぞく) - 木製の矢。狩猟や競技・弓道の修練に用いられ後に通し矢などの神事や捕具にも用いられた。詳しい分類は捕具#室町時代以前の捕具の木矢・木鏃の項を参照。

日本の弓矢の歴史については和弓を参照。

弓と矢の構造

弓と矢

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弓(和弓)
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甲矢(はや)(上)と乙矢(おとや)(下)

弓(ゆみ)

  • 弓身(ゆみ)
    • 弓幹(ゆがら)
    • 弓弭(ゆはず)
  • 弦(つる)

矢(や)

  • 鏃(やじり)
  • 矢柄(やがら)
    • 箆(の)
    • 矢羽(やばね)
    • 筈(はず)

弓の構造の詳細は「和弓」を参照。 矢の構造の詳細は「」を参照。

楊弓

楊弓(ようきゅう)小弓の一つ。

  • 弓 - 弓丈約85センチメートル(2尺8寸)で基本的な構造は和弓と同じである。本来は楊柳(ようりゅう)の木で出来ているが、真弓ともいい、檀(まゆみ)の木で出来ているものもある。
  • 矢 - 長さ約27センチメートル(9寸)で基本的な構造は和弓と同じである。
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箙(えびら)を携え、矢を射ろうとしている藤原秀郷

矢入れ

一般的には「矢筒」ともいい、先史時代の遺跡から出土する埴輪に矢筒が象られている。弓矢が日本の歴史の中で公家や武家にとって重要であったことから、矢入れも様々に変化し、儀礼用や戦いのためのものなど細分化した。とくに戦いにおいては、弓矢の改良に負けず劣らず改良され、弓矢を支える武具としての、陰の立役者ともいえるだろう。

矢入れの種類

記述は古い時代のものから順を追って表記する。矢筒は矢筈を、それ以外の矢入れは鏃を手にして引き抜き、弓につがえる。

  • 靭(ゆぎ)
  • 胡祿・胡(やなぐい)
  • 箙(えびら)
  • 空穂(うつぼ)
  • 尻籠(しりこ)・矢籠(しこ)
  • 矢筒(やづつ)

弓矢と的

古くはは弓矢を意味する。

  • 的矢は的と矢のことを指すが、敵や獲物ではなく的を対象とした矢のことでもあり、練習に使うものと祭礼に使うものがある。弓矢の鍛錬として的を射抜く行為(射的)。または的場を指す。
  • 的弓は的と弓のことを指すが、敵や獲物ではなく的を対象とした弓のことでもあり、練習に使うものと祭礼に使うものがある。弓矢の鍛錬として的を射抜く行為(射的)。または的場を指す。

的には、色(柄)では星的、霞的、色的の3種類。大きさでは射礼、近的競技で用いる金的(三寸)八寸的、通常の一尺二寸。遠的競技で用いる100センチメートルの3種類ある。 金的は主に射礼で用いる。通常は三寸(直径約9センチメートル)ほかにも扇なども射礼で使われる。星的は八寸、尺二寸ともに中心を白地直径1/3の黒色同円のものを使う。霞的は中心から、中白(半径3.6センチメートル)一の黒(幅3.6センチメートル)二の白(3.0センチメートル)二の黒(1.5センチメートル)三の白(3.0センチメートル)三の黒(3.3センチメートル)と分かれている。星的は主に練習のときに使われる。色的は中心から10センチメートルずつ5つに区切られている。中心から金、赤、青、黒、白と色分けされている。得点制の場合は中心から10、9、7、5、3点となっている。主に実業団、遠的(得点制)の場合使われる。 近的競技の規則では木枠または適当な材料で作られた的枠に上記の絵を描いた的紙を貼ったものとし深さは10センチメートル以上とするとなっている。

その他の的

武芸のための的
遊興のための的
  • 公家の楊弓の的
  • 的屋が営む矢場や楊弓場の的 - 一般的には多少の差異はあっても的場の的を模したものや巻藁を使用した。
    • からくり的(絡繰的) - 江戸時代に始まり、大正時代まで主要都市・宿場町や温泉街に現物として残っていたが、現在は見ることができない。妖怪悪者の描かれた木の板の書割りで、仕掛けが施してあり、矢が当った場所により、絡繰が動く的である。小型の唐繰的もあり、主に吹き矢に使用された。現在では軟球などを投擲(とうてき)する射的の的として、当ると唸り声をあげて、「動く鬼の人形(鬼泣かせ)」にその名残が見て取れる。
    • 滅多的 - 目隠しまたは、的の手前に垂れ幕の布で隠すことで、位置が特定できない的。滅多矢鱈(めったやたら)との繋がりがある的の名称となっている。矢鱈の語源は雅楽にあるとされ、語源はただの当て字とされるが、「めったやたら」には、「目星をつけず数を打てば当る」という意味もあり、滅多は「多くの物が無くなる」即ち見当が付かないことを指し、(タラ)は鱈腹(たらふく)の鱈で多いと言う意味があり、矢鱈は「たくさんの矢を放つ」という意味にもとれ、語源が弓矢にあることを窺わせる。

的場に関わる語

的場
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一般的な6人立ち近的場:射位から安土(垜)を見た図
弓矢の練習する場所を的場といった。その他にも弓場・射場・矢場・楊弓場などの同義語がある。弓矢の技術を高める場所は的場・弓場・射場といい、的屋(まとや)が営む、懸け物の遊技の場所を関西方面では楊弓場といい、関東方面では矢場という傾向にある。射場については鉄砲の練習場の意味もある。

「武芸のための的場」や「的屋が営む的場」から生まれた語として以下のようなものがある。

  • 射止める - 手に入れることの喩え。「金的を射とめる」とは望んだものが手に入ったことの喩え。
  • 金的 - 手に入れたいものの喩え。「金的を射とめる」とは望んだものが手に入ったことの喩え。
  • 射幸心 - 偶然によりもたらされる幸運金品に高揚する心。賭けごと期待値を上下させることにより、賭博に参加する人々の変化する心情。
  • 祝的(しゅうてき) - 厄や鬼が祓われたことの喩え。神事としての的矢において金的や銀的から矢を抜く儀礼。
  • 図星 - 物事の隠された意味や意図を指摘したり見抜くこと。
  • 的中 - 物事の予想が当ること。思ったとおりに事が進んだこと。
  • 的 - 注視、注目される人や物事。「羨望の的」や「攻撃の的になる」など。
  • 的外れ/的を射る - 物事の真意や要点を把握することが出来ないこと。話が伝わらないこと。反対語として「的を射る」がある。「当を得る」と混同されることが多いが、こちらは射幸心は同じでも「富くじ」から生まれた語である。
  • 正鵠を射る/得る ⇔正鵠を失する[16] - 要点を押さえている。⇔ 〜を外れている。
  • 目星をつける - 物事の大略な本質を見極めること。

公家と庶民の遊興

武家文化に対し、公家文化は花鳥風月と喩えられる遊び、いわゆる趣味芸術である。江戸時代に庶民が豊かになったことから、余暇を楽しむゆとりができ、このことにより様々な公家文化が、庶民に普及し文化や風俗習慣になり、弓矢やそれに類する射的が隆盛を極め、形を変えながら日本の祭り文化やお座敷遊びに根ざしている。

  • 楊弓 - 主に平安時代公家遊興で使用したといわれ、座ったままで行う正式な弓術で、対戦式で的に当った点数で勝敗を争った。後に江戸時代には、的屋(まとや)が営む懸け物(賭けごと)の射的遊技として庶民に楽しまれ、江戸時代の後期には、隆盛を極め、好ましくない風俗の側面まで持つようになった。そして大正時代まで続いたといわれるが、江戸時代から大正に至るまで好ましくない賭博や風俗だと考えられ、度々規制や禁止がなされた。
    • 的屋(まとや) - 公家の楊弓と祭り矢・祭り弓を起源とし、江戸時代には懸け物の射的遊技が出来た。祭り縁日が立つ寺社参道境内門前町鳥居前町遊郭で出店や夜店として大規模な楊弓店、から小さな矢場といわれる小店があり、弓矢を使い的に当て、的の位置や種類により、商品や賞金が振舞われた。
      • 矢取り女 - 江戸後期から矢場や楊弓場に現れた、矢を拾い集める係りの従業員で、客の放つ矢を掻い潜って(かいくぐって)行うのが一つの「」で、それを客も楽しんだ。時には客の放った矢が当ることもあり、防護として尻に厚い真綿を着けていたといわれる。また店によっては賞品として、矢取り女が閨までともにしたといわれる。矢場女(やばおんな)とも呼ばれる。また矢の回収はいつの時代も女性が行っていたとは限らず、危険な役割から、危ない場所を矢場と言う様になり、危ないことを「矢場い・やばい」と表現し、隠語として使用した[17]

テンプレート:See also

  • 投壺(とうこ) - 壺射ち(つぼうち)ともいい、中国で考案されたダーツの様なもので、二人対戦で行う射的。投げ矢を壺に入れる遊戯で、奈良時代に日本に伝わり平安時代まで公家の間で行われた。所作や採点が難しかったので廃れたが、江戸時代には再び楽しまれ、投壺が起源となり投扇興(とうせんきょう)が生まれたといわれる。投壺も投扇興も身分に限らず皆が熱中したので、町奉行所は度々禁止した。テンプレート:Main
  • 吹き矢 - 江戸時代の祭り文化の発達と共に様々な露天商が発生したが、吹き矢もその一つで、売り台の上に円形の木製の回転する的をおき、客に吹き矢で回転する的を射抜かせる射的遊技で、的は放射状に区分けされていて、当った場所により景品の良し悪しがあった。現在でもボウガンを使った宝くじ抽せん会やテレビショウプログラムのダーツを使った景品抽選と基本的には同じである。

神事や祭礼としての弓矢

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初期(平安初期頃)の弓術
左腕に「鞆(とも)」を嵌めている

主に神道古神道に関わるものだが、技術向上の修練であるもの、祓いとしての呪術的な側面が強いもの、弓矢を射る行為などを模式的に踊りとしての神楽にしたもの、弓矢そのものに呪詛の意味合いがあるものの4種に大別できる。

競技

神事だが武術の向上を目的とした競技でもある。

  • 騎射(きしゃ)・騎射三物 - 古くは騎射(うまゆみ)といった。「弓は三つ物」という言葉は騎射三物のことで、「武士(もののふ)の嗜み(たしなみ)としてこの三つが大切である」という意味を指す。これは弓術のみならず馬術も兼ね備えていなければ嗜む(たしなむ)ことが出来ないからである。武芸としては馬上弓術に分類される。
  • 歩射(ぶしゃ) - 古くは射礼(じゃらい)または武射(かちゆみ)といった。立位で行う弓矢の武術。
    • 堂射(どうしゃ) - 通し矢のこと。古くは吉凶を占う行為(諸説あり)で、武芸としては弓術に分類される。現在では弓道を嗜む者が行うことがほとんどで、通し矢を行うための素養を培うのは、弓道のの修練を試すためのものとしてのみとなっている。

詳しくは、騎射三物犬追物笠懸流鏑馬通し矢および弓術弓道を参照。

弓射

実際に弓矢を射る行為が神事となっている祭り。

  • 追儺式(ついなしき) - 下記項目「呪いや祓いの力を持つ弓矢」を参照。
  • 鹿射祭 - 単に鹿射ちとも言う。鎌倉時代諏訪大社が発祥といい、日本各地の諏訪神社に広まったが、現在では愛知県新城市能登瀬の諏訪神社に残るのみである。でできた牡鹿と雌鹿を射抜く神事で、雌鹿の腹にはが入れてあり、藁の鹿を射抜き終ると参拝者は、先を争ってご利益のある餅を奪い合うといった祭りである。
  • 御弓始め - その土地の一年の豊作を占う神事で、神社の神主や神官が梓弓で的を射抜きその状態で吉凶を判断した。御結(みけつ)・弓祈祷(ゆみぎとう)・蟇目(ひきめ)の神事、奉射(ぶしや)の神事ともいわれる。
  • 祭り矢・祭り弓 - 五穀豊穣を願い行われる日本各地にのこる神事や祭り。上記の御弓始めと同じだが、射手は神職ではなく、その地域を代表する福男などが行う。弓祭(ゆみまつり)・弓引き(ゆみひき)神事ともいわれる。
  • 矢口祝い - 鎌倉時代から続いた神事で、武家の男子が弓矢で初めて獲物を射止めたことを祝う神事。矢開きの神事ともいわれる。詳しくは矢開きを参照。

神楽

弓矢を射ることを模式的に喩えた舞踊り。

  • 弓取り式 - 相撲で行われる神事としての舞神楽といえる。また「弓取り」の語の意味は侍や武士道を表し、その栄誉を称える行為として弓を与える。このことから力士は巫女と同じく神事として神の依り代であり、同時に武芸に秀でた者または武士ともいえる。
  • 塵輪 - 仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)が、天若日子神の霊力を持つ弓矢を使い、「塵輪」という黒雲に乗って天かける翼をもつを退治したことに由来する神楽。霊力を持つ弓矢については下記項目「神々と弓矢」の天若日子を参照。

神祭具

弓・矢それぞれが霊力を宿し、意味をなす神事(蟇目の儀と鳴弦の儀は相対をなす)。

  • 蟇目(ひきめ)の儀 - 鏑を付けることにより矢そのものに霊力を具える。詳しくは鏑矢を参照。
  • 鳴弦(めいげん)の儀 - 弓を楽器のように使用することにより霊力を具える。詳しくは鳴弦の儀を参照。
  • 破魔矢・破魔弓 - 弓・矢それぞれ単独でも霊力がある。破魔弓は浜弓とも表記する。下記項目「呪いや祓いの力を持つ弓矢」を参照。

武芸

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葛飾北斎画:『北斎漫画』第六編(文化14年):巻き藁と弓を布袋に入れ持ち運ぶ庶民と弓を射る人々
  • 武術 - 武(戦)や武士における戦術と技術。
  • 武道 - 武(戦)における戦術と技術に心根や生き様を兼ねたもの。
    • 弓の芸 - とは技のことである。古くは弓矢も狩りの技の向上を目指し、修練が行われてきたが、中世には学ぶ場所が限られるようになった。ただし神事の一環として、禁止された時代や地域もあったが、庶民が嗜むことを許された。特に神事として祭り矢・祭り弓が盛んに行われたので、射手に選ばれれば、その地域の吉凶を左右する立場から、多くの庶民が的場に通い熟練者に師事を仰いだ現在でも少数ながらこの流れを汲み、段位などの取得にこだわらず、的場に通い弓矢を嗜む人々がいる。

武芸の普及

江戸時代、経済の発展により一般にも武芸は広まったが、明治維新からの武芸復興により更に門戸が開かれるようになった。

弓術については弓術を参照。 弓道については弓道を参照。

東洋における弓矢

一般的な弓矢

  • 短弓 - 弓の丈が短い弓で東アジアから中国、モンゴルユーラシア全般で普及し、主に騎馬民族が使用した。日本では大弓(長弓に含まれる)・小弓と言う分け方もあり、短弓は小弓とは弓の描く弧の形状が違うので、分類上において設けられた語である。中華文明圏には長弓(ロングボウ)が存在しないので、単に弓と呼ばれる。

特殊な弓矢

  • 弾弓 - 中国のもので非常に珍しく、矢ではなく球を放つ弓で、元は武器だったが、日本の猿楽の起源の一つである唐の散楽の見世物や庶民の遊技として使われた。また原理や構造がぱちんこ(スリングショット)と近いことから、ぱちんこも弾弓と呼ばれる。日本にも寄贈され、奈良正倉院には遊技用と思われる二張が保管されている。

機械弓といわれる弓矢

  • (ど)- 中国のもので機械弓である。大弓(たいきゅう)とも記述するが、日本の大弓(おおゆみ)とは意味も構造も違う物で、構造はむしろ西洋のクロスボウとほとんど同じであり、同一性も指摘されている。
    • 連弩 - 連射性の悪い弩の欠点を補うために作られた連射式の弩のこと。
    • 床弩(しょうど) - 床子弩(しょうしど)とも記述する。中国のもので矢の他に砲弾や石なども発射できる大型の機械弓で、西洋ではカタパルトと呼ばれる投石機のこと。
      • 石弓 - 中国のもので、矢の他に砲弾や石も発射できる床弩のことだが、特に城壁に固定してある物を指す。

西洋における弓矢

一般的な弓矢

  • 洋弓 - ヨーロッパ全般に普及した弓の丈が短い弓で、馬上使用にも適している。リカーブボウやコンポジットボウのことで、東洋の短弓と分類上の明確な区別はなく、中華文明圏では単に弓といわれる。オリンピック競技としてのアーチェリーに使用される弓矢を示す場合もあるが、アーチェリーは弓矢を使った射的を全てを表す英単語で、流鏑馬もアーチェリーと英語圏では表現される。アーチェリーの相対語として銃を使った射的をシューティングという。
  • ロングボウ - 丈の長い弓で湾曲型の弓を指し、リカーブボウやコンポジットボウの相対語として使用されることもある。イギリスウェールズ地方のロングボウがとくに知られ、使いこなすには相当な腕力が必要で、ほとんどが単弓で弓丈が長いことから重いため、弓歩兵が使用したといわれる。ロングボウの丈が長い弓の意味においては日本以外では、ほとんど見ることが出来ない珍しい物である。

機械弓といわれる弓矢

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火矢を放つカタパルト:古代ギリシャ
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[18]東南アジアの矢筒
  • クロスボウ - ボウガンという名称でも知られる。少ない力で弓が引け大きな力で矢を飛ばせるが、連射性が悪い。日本では洋弓と銃を併せた形状から洋弓銃とも言う。
    • バリスタ (兵器) - ヨーロッパで使われた攻城兵器の一種。大型の機械弓で矢だけでなく砲弾を発射することが出来た。形状としては大型の洋弓銃に脚立を備え固定式にしたものとなっている。
      • カタパルト (投石機) - 投石機とよばれる大型の機械弓。主に砲弾や石などを発射し、弓矢というよりは機械や兵器ともいえる(ペルーの先住民またはインカの末裔という人々が喧嘩祭りや、放牧畜産で家畜(リャマ)を誘導するための、紐を使ったスリングと呼ばれる投石器や、いわゆるパチンコとも呼ばれるスリングショットと呼ばれる投石器は、弓矢を起源としないため、この項目の趣旨の投石器ではない)。

日本以外の矢入れ

日本では埴輪に象られているが、ヨーロッパで発見された古代人類の通称アイスマンといわれる人も、矢筒を携帯していた。弓矢もオーストラリアのアボリジニを除き、世界中で普遍的なものでもあるが、矢入れも同様だと考えられる。

日本では木製やや編みなどでできているが、ヨーロッパなど畜産や狩猟が盛んな地域ではをよく用いている。馬にベルトを用いて括りつけたり、腰や背に紐を通し背負ったりして矢を収納し携帯した。矧いだ矢羽が取れないように雨天時を考え、蓋が付いている種類もある。

弓矢と宗教

ヒンドゥー教と同様に密教仏教にも弓矢を持つ神々がいるが、起源はヒンドゥー教にあるか、またはヒンドゥー教の神と習合させた神である。ギリシャ神話の弓矢を持つ神々とヒンドゥー教の弓矢を持つ神々は幾つかの共通点がある。

日本においては弓矢の神ではなく「弓矢神」という一つの単語になっていて、応神天皇(八幡神)のことでもある。応神天皇を祀っている八幡神社の数は、稲荷神社に次いで全国第2位で広く信仰されてきた。また弓矢や運命や確率に関わり幸運を願う時には「八幡」という語が使われてきた歴史があり、八幡は祈願と弓矢の意味が一体となす語として、射幸心という語の語源ともなった事由である。これらのことからも古くから弓矢が信仰の対象となってきたことが窺える。また八幡神は八幡大菩薩としても夙(つと)に知られ、「南無八幡」と言う慣用句からも窺い知ることができる。しかし明治政府によって神仏分離され、八幡大菩薩は消滅したが庶民は八幡大菩薩も変らず信仰し、射幸心に係わる物事において、現在でも八幡大菩薩を用いて表現されることは多い。

神々と弓矢

  • 古事記』・神道
    • 応神天皇 - 『古事記』の品陀和氣命(応神天皇)の別名は、大鞆和気命とありその由来は誕生時に腕の肉がのようになっていたことによるという。そのため弓矢神として現在も様々な神社で祀られている。
      • 八幡神 - 八幡大菩薩ともいい、応神天皇のことでもあるが、応神天皇を主神として、神功皇后比売神を合わせて八幡三神とも捉えられている弓矢神。また慣用句として弓矢に限らず、射幸心の伴う事柄で、当ってくれと願う時に「南無八幡」と唱える語の語源となっている。
    • 山幸彦 - 山佐知彦とも表記し、昔話としても広く知られる弓矢を用いる狩りの神。「幸(さち)」が「弓矢・釣竿と釣り針」を示したり、狩りの獲物や漁の獲物を指す「山の幸・海の幸」を表す謂れとなる物語の海幸彦と並ぶ主人公である。
    • 天若日子 - 天雅彦とも表記し、霊力を持つ天麻迦古弓(あめのまかごゆみ)という弓と、天羽々矢(あめのはばや)という矢を携えた弓矢の神。天の鹿児弓・天之波士弓(あめのはじゆみ)・天之加久矢(あめのかくや)など様々な表記名称がある。
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大蘇芳年
『大日本史略図会 第十五代 神功皇后』 矢を携え、手に弓を持つ神功皇后
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ガルーダに跨る
弓矢を持ったビシュヌ[19]


  • ヒンドゥー教
    • シヴァ - 4本の腕に金剛杵と弓矢とを持つ神。弓はピナーカといい、矢はパスパタという。
    • ヴィシュヌ - サルンガという太陽の光で出来た弓と、炎と太陽の光からなり翼を持つ矢を、携えた神。
    • インドラ - 風雨と雷を操り、虹を弓として使う神。
    • カーマ - 「サトウキビの弓」と「5本の花の矢」の「愛の弓矢」を持つ神。
      • マーラ - カーマを起源とし仏教・密教においては愛染明王と言い、天上界の最高神で弓を持つ神。

呪いや祓いの力を持つ弓矢

さまざまな文化において、手を触れずに、遠隔の敵ないし獲物を仕留めることのできる弓矢は、ギリシャ神話や日本で「遠矢・遠矢射」といわれる力として特別視され、「エロスの弓矢」や「天之返矢」ように呪術的な意味が与えられた。さらには見えない魔物や魔を祓う、武器や楽器のように使用するものとして、「鳴弦」や現代に伝わる「破魔矢破魔弓」などがあり、これらは神話伝説などに登場する、弓矢の呪力の象徴とも言える。また日本においては、原始宗教のアニミズムが色濃く残っており、弓矢は吉凶を占う道具としての側面も持っている。

中華文明圏において「強」「弱」という漢字に弓の字が使われているのは、それが武力の象徴であり、呪術用に特化して飾り物となった(弱の字は弓に飾りがついた姿を現している)武力を「弱」と捉えたことに注目できる。日本でも、このような弓の呪術性は、鳴弦という語に示され、平安時代に、宮中で夜間に襲来する悪霊を避けるために、武士たちによって、弓の弦をはじいて音を響かせる儀礼が行われていた。こうした用法から、世界各地で弓は弦楽器の起源の1つとなったと考えられ、儀式に用いる弓矢ではなく、本来の弓を楽器として用いる場合もあり、代表的な物としてハープは楽器ではあるが、弓を起源としその形態を色濃く残すものでもある。

現在でも玄関や屋根に魔除けお祓い結界として、弓矢を飾る地方や人々をみることができるが、古くは『山城国風土記』逸文に流れてきた「丹塗りの矢」で玉依姫が身ごもり賀茂別雷神が生まれたという話があり、賀茂神社の起源説話にもなっている。丹塗りとは赤い色のことだが呪術的な意味を持っていたことが指摘される。望まれて抜擢されるという意味の「白羽の矢が立つ」とは、元は「物の怪生け贄となる娘の選択の明示として、その娘の家の屋根に矢が立つ(刺さる)」という、日本各地で伝承される話から来ており、本来は良い意味ではなく、心霊現象としての弓矢を現している。

広く庶民に知られる話としては『平家物語』の鵺退治がある。話の内容は「(みかど)が病魔に侵されていたが、源義家が三度、弓の弦をはじいて鳴らすと悪霊は退散し帝は元に戻った。しかし病魔の元凶は死んではおらず帝を脅かし続けた。悪霊の討伐として抜擢された源三位入道頼政(源頼政)は、元凶である(ぬえ[20])という妖怪・もののけを強弓、弓張月[21]で退治した」というものだが、記述から弓矢には、楽器として悪霊を祓う力と武器として魔物を退治する力があると、信じられていたことが窺える。

天之返矢(返し矢)については矢の項目『古事記』を参照。

祓い清めを表す言葉

本来は、古くから神事に纏わる弓矢の語でもあるが、さまざまな、古文などで使われており、俳句季語と同じように、間接的な比喩として穢れ・邪気・魔・厄などを、祓い清めることを表している語でもある。

  • 葦の矢・桃の弓 - 大晦日朝廷で行われた追儺(ついな)の式で、を祓うために使われた弓矢のことで、それぞれ葦(アシ)の茎と桃の木で出来ていた。
  • 破魔矢・破魔弓 - はじまりは正月に行われたその年の吉凶占いに使う弓矢。後に、家内安全を祈願する幣串と同じように、家の鬼を祓う魔除けとして上棟式に小屋組に奉納される神祭具のことで、近年では破魔矢・破魔弓ともに神社などの厄除けの縁起物として知られる。
  • 蓬矢(ほうし)・桑弓(そうきゅう) - それぞれ、蓬の矢(よもぎのや)・桑の弓(くわのゆみ)とも言い、男の子が生まれた時に前途のを払うため、家の四方に向かって桑の弓で蓬の矢を射た。桑の弓は桑の木で作った弓、蓬の矢は蓬の葉で羽を矧いだ(はいだ)矢。
  • 弓を鳴らす - 鳴弦とも言い、弓の弦を引いて鳴らすことにより悪霊穢れを祓う行為。弓鳴らし・弦打ちともいう。
  • 弓を引く - 反抗や謀反(むほん)や楯突くことだが、本来は鳴弦のことで弓の弦を引いて鳴らすことにより悪霊や魔や穢れを祓う行為。

弓矢に纏わる語

弓矢・弓箭

  • 弓矢神(ゆみやがみ) - 弓矢を司る神。武の神・軍神
  • 弓箭組(ゆみやぐみ・きゅうせんぐみ) -  奈良時代の丹波国南桑田丹波国船井に発足したといわれる朝廷の警護をした弓矢に秀でた者の集団。
  • 弓矢取り(ゆみやとり) - 弓矢を用いること。武士。
  • 弓矢取る身(ゆみやとるみ) - 武人である我が身。武士。
  • 弓矢台 - 調度掛のこと。江戸時代に弓矢を飾った台。
  • 弓矢の家(ゆみやのいえ) - 弓馬の家とも言う。弓矢の技術に長けた代々続く家系。武家武門
  • 弓箭之士( ゆみやのし・きゅうせんのし) - 武士、弓兵。
  • 弓矢の長者 - 弓矢の達人、弓術に長けた人。弓矢の家の長、弓術の流派の開祖。武家の棟梁
  • 弓矢の道(ゆみやのみち) - 弓馬の道とも言う。弓矢の技術、弓術。弓矢の技を身につける過程での道義信条、弓道。武道、武士道
  • 弓矢の冥加(ゆみやのみょうが) - 弓矢に宿る神仏の加護。弓矢に携わる者が感じる果報。武士の幸せ。
  • 弓矢八幡(ゆみやはちまん) - 八幡神、八幡大菩薩を指し同義語として南無八幡がある。武士が何かに願いを込めたり誓約する時の言葉。
  • 弓矢槍奉行(ゆみややりぶぎょう) - 江戸幕府の役職で弓矢との製造、監守を司ったところ。
  • 弓折れ矢尽きる - 折れ矢尽きると同義語。戦う手段が尽きてどうしようもない状態。打つ手がないこと。

弓に纏わる語は弓の「弓に纏わる言葉」を参照。

矢に纏わる語は矢の「矢に纏わる言葉」を参照。

弓矢に纏わること

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二重に架かるレインボウ[22]
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弓張り月・下弦の月
  • 和文通話表で、「ゆ」を送る際に「弓矢のユ」という。
  • レインボウ(英語の)は rain(雨)をあらわす語と bow(弓)をあらわす語からできた語である。ヒンドゥー教の神話でも虹を弓に喩えている。
  • 満月→下弦の月→新月→上弦の月という、の満ち欠けの周期の状態を表す語の、上弦・下弦とは弓に喩えた語である。または弓張り月(弓張月と表記した時は、伝承上の強弓のこと)ともいう。
  • 縁日祭りなどの射的も古くは弓矢で行われていた。また射的ではなく的矢(まとや)と呼ばれた。的矢や矢場を営む者を的屋(まとや)と呼び、後の露天商を生業とする的屋(てきや)になったと言われる。ちなみに「やばい」という乱暴な言葉は矢場(やば)で働くことが危険なことから派生した。的屋(てきや)などが使う隠語が昭和40年前後に若者を中心に広まったものである[17]
  • 相撲用語として金星や黒星、白星などがあるが、的矢・的弓において的の最高位を金的と呼称し、的の中心を星という。また的は同心円状に白と黒に塗り分けられている。弓取り式の神事のほかに、京都上賀茂神社では烏相撲という奉納相撲が行われており、土俵上で神職が烏(からす)になり、弓矢で追い回すという神楽の後、奉納相撲を行うというものや、地方の村祭りでは、相撲と弓矢を模した舞神楽を行うものもある。この様に相撲と弓矢には繋がりが見てとれる。
  • 千葉県松戸市矢切は、東京都葛飾区柴又帝釈天と「渡し」という日本古来の和船による水上交通で結ばれていて、「矢切の渡し」としても有名だが、矢切地区は戦渦に巻き込まれたため、戦(いくさ)を憎んだ。そのため、「弓矢が無くなれば」との思いから、同地区を「矢喰い」や「矢切れ」と呼んだのが、矢切の地名の始まりだと伝えられている。また帝釈天は、ヒンドゥー教の虹の弓矢を持つ神、インドラのことでもある。

ギリシャ神話と星座と弓矢

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[23]神々と弓矢を持つケイロンとクピド

上記の項目「神々と弓矢」以外の神ではないギリシャ神話における、弓矢と星座の両方に関係するものを記述する。

  • 星座射手座(いてざ)は、弓矢を持ったケンタウロス(またはケンタウロス族の一人ケイロンのこと)で、ヘラクレスの矢によって死んだケイロンを、神々が惜しみ天に象ったといわれる。ケンタウロス族は粗暴で知恵がなく弓矢の技術は持たないが、ケイロンだけはアポロンから冷静さと知恵を、アルテミスから弓矢を学んだといわれ、その素養から神々に愛された。また射手座はサジタリウスと言い、ケイロンの番える(つがえる)矢を「サジタリウスの矢」と呼び様々なものの名称に使われている。
  • オリオン座は、アルテミスがアポロンの策略によって騙され、自らの恋人のオリオンを弓矢で射抜いたため、オリオンは死に至り神々によって天空に星座として象られたものである。
  • 海蛇座(うみへびざ)は「火矢」を用いたヘラクレスに倒されたヒュドラを象った星座である。
  • ヘラクレスが用いた弓矢を「ヘラクレスの矢」というが、これはアポロンからヘラクレスが授かった矢に、自身が倒したヒュドラ(ヒドラ)の毒を塗ったものである。そしてこの弓矢がケンタウロス族とヘラクレスの戦いに巻き込まれたケイロン(ケイローン)を死に追いやった原因でもある。後にこのヘラクレスの矢は、ピロクテーテースの手に渡り、トロイア戦争の終結に一役買うことになる。このことから「矢」を象った(かたどった)星座の矢座(やざ)もあるが、これはヘラクレス座のヘラクレスが放ったヘラクレスの矢とする説もある。

脚注

  1. 矢・箭は古語ではサと読む。
  2. 紀元前500年頃(縮小模型)。
  3. ブーメランが弓矢の位置を占める。
  4. あくまでも日本から見た基準であって、日本以外では自ら短い弓とは認識していない。
  5. 中国の大弓(タイキュウ)とは意味も形状も違う。
  6. 「にべもない」という語源になっている。
  7. インドの苦行開眼精神を色濃く残す仏教の一派。
  8. 無我の境地、色即是空、我考える故我在り、などと同義。
  9. 北米先住民のイヌイットが使用する。
  10. 断面形状が点対称でない場合は「断面形状と曲げる方向に対しての弾性率・弾性限界」も加味する。
  11. 先史時代の中央アメリカで出土した。
  12. 北米先住民のショション族による。
  13. 日本では弓矢に毒を塗る習慣はないといわれている。
  14. 神主巫女などの総称。
  15. 祈祷師口寄せなどともいわれる。
  16. 『新明解国語辞典』, 第5版。
  17. 17.0 17.1 言葉「やばい」の使用は古くからあり、1955年(昭和30年)5月発行の『広辞苑』第一版2144形容詞「危険である」の隠語と推論され、さらに1969年(昭和44年)5月発行第二版2227頁では「やば」は不都合、けしからぬ、奇怪として『東海道中膝栗毛』の使用例を引用し、「危険」の使用例も示している。1915年(大正4年)5月発行京都府警察部出版、警視富田愛次郎監修『隠語輯覧』二類、三類でも同様の意味合いで載ると復刻版の『隠語辞典集成』第2巻1996年(平成8年)12月大空社発行(ISBN:4-7568-0333-4/-0337-7)は記載している。
  18. ヤモリが象られた。
  19. Rajasthan, Bundi作画,1730年:ロサンジェルス州立美術館 所蔵。
  20. 頭はサル、胴体はタヌキ、手足はトラ、尾はヘビ。元はトラツグミの不気味な鳴き声のみから想像したもので形は曖昧だったともいう。
  21. 弓張り月と表記した場合は月のこと。
  22. (中程度の大きさ)ランゲル・セント・エライアス国立公園 :アラスカ州
  23. 題名The Education of Achilles作画Donato Creti, 1714年:ボローニャ美術館所蔵。
  24. アルブレヒト・デューラー画。

関連項目

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  • その他の弓矢の付属武具
    • 矢入れ
    • (とも、ほむた)
    • (ゆがけ、かけ、しょう)

弓が単一素材か複合素材で構成されていることによる種別。

  • 単弓または丸木弓ともいう。
  • 積層弓および、複合弓または合成弓ともいう。

競技・遊び

弓矢の普及の要因となった戦術。

弓の名手とその物語

弓矢の位置を占めるもの

外部リンク