ヘーラクレース

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テンプレート:Greek mythology ヘーラクレーステンプレート:Lang-grc-short) は、ギリシア神話の英雄。ギリシア神話に登場する多くの半神半人の英雄の中でも最大最強の存在である。大陸を動かし、山脈を粉砕し、星々が煌めく天を支えるほどの怪力の持ち主。のちにオリュンポスの神に連なったとされる。ペルセウスの子孫であり、ミュケーナイ王家の血を引く。幼名をアルケイデースἈλκείδης, Alkeidēs)といい、祖父の名のままアルカイオスἈλκαῖος, Alkaios)とも呼ばれていた。後述する12の功業を行う際、ティーリュンスに居住するようになった彼をデルポイ巫女が 「ヘーラーの栄光」を意味するヘーラクレースと呼んでからそう名乗るようになった。キュノサルゲス等、古代ギリシア各地で神として祀られ、古代ローマに於いても盛んに信仰された。その象徴は弓矢、棍棒、獅子の毛皮である。

ローマ神話ラテン語)名は Hercules (ヘルクーレス)で、星座名のヘルクレス座はここから来ている。英語名はギリシア神話ではHeracles(ヘラクリーズ)、ローマ神話ではラテン語名と同形だが 「ハーキュリーズ」 というように発音される。イタリア語名はギリシア神話ではEracle(エラクレ)、ローマ神話では Ercole(エルコレ)。フランス語名はギリシア神話では Héraclès (エラクレス)、ローマ神話では Hercule (エルキュール)という。日本語では長母音を省略してヘラクレスとも表記される。

ヘーラクレースの生い立ち

ヘーラクレースはゼウスアルクメーネー(ペルセウスの孫に当たる)の子。アルクメーネーを見初めたゼウスは、様々に言い寄ったが、アルクメーネーはアムピトリュオーンとの結婚の約束を守り、決してなびかなかった。そこでゼウスはアムピトリュオーンが戦いに出かけて不在のおり、アムピトリュオーンの姿をとって遠征から帰ったように見せかけ、ようやく思いを遂げた。アルクメーネーは次の日に本当の夫を迎え、神の子ヘーラクレースと人の子イーピクレース双子の母となった。

アルクメーネーが産気づいたとき、ゼウスは「今日生まれる最初のペルセウスの子孫が全アルゴスの支配者となる」と宣言した。それを知ったゼウスの妻ヘーラーは、出産を司る女神エイレイテュイアを遣わして双子の誕生を遅らせ、もう一人のペルセウスの子孫でまだ7か月のエウリュステウスを先に世に出した。こうしてヘーラクレースは誕生以前からヘーラーの憎しみを買うことになった。

ヘーラクレースの誕生後、ゼウスはヘーラクレースに不死の力を与えようとして、眠っているヘーラーの乳を吸わせた。ヘーラクレースが乳を吸う力が強く、痛みに目覚めたヘーラーは赤ん坊を突き放した。このとき飛び散った乳が天の川になったという。

これを恨んだヘーラーは密かに二匹の蛇を双子が寝ている揺り籠に放ったが、赤ん坊のヘーラクレースは素手でこれを絞め殺した。

系図

テンプレート:ヘラクレスの系図

ヘーラクレースの成長と狂気

ヘーラクレースはアムピトリュオーンから戦車の扱いを、アウトリュコスからレスリングを、エウリュトスから弓術、カストールから武器の扱いを、リノスから竪琴の扱いを学んだ。リノスには殴られた際は激怒し、彼を逆に竪琴で殴り殺した。 そしてケンタウロス族のケイローンに武術を師事して、剛勇無双となった。キタイローン山のライオンを退治し、以後ライオンの頭と皮を兜・鎧のように身につけて戦うようになる。


ヘーラクレースは義父アムピトリュオーンが属するテーバイを助けてオルコメノスの軍と戦い、これを倒した。クレオーン王は娘メガラーを妻としてヘーラクレースに与え、二人の間には3人の子供が生まれた。しかし、ヘーラーがヘーラクレースに狂気を吹き込み、ヘーラクレースは我が子とイーピクレースの子を炎に投げ込んで殺してしまい、これを悲しんだメガラーも自殺した。正気に戻ったヘーラクレースは、罪を償うためにデルポイに赴き、アポローンの神託を伺った。神託は、「ミュケーナイ王エウリュステウスに仕え、10の勤めを果たせ」というものだった。ヘーラクレースはこれに従い、本来なら自分がなっているはずのミュケーナイ王に仕えることになった。「ヘラクレスの選択」といえば、敢えて苦難の道を歩んでいくことをいう。

ヘーラクレースの12の功業

エウリュステウスがヘーラクレースに命じた仕事は次のとおり。

ネメアーの獅子

ネメアーの獅子は刃物を通さない皮を持っていたが、ヘーラクレースは棍棒で殴って悶絶させ、絞め殺した。この獅子は後にしし座となった。以後、彼は殺した獅子の皮を頭からかぶり、よろいとして用いた。

レルネーのヒュドラー

ヒュドラーは、レルネーの沼に住み、9つの(百とも言われる)頭を持った水蛇である。ヘーラクレースは始め、ヒュドラーの首を切っていったが、切った後からさらに2つの首が生えてきて収拾がつかない。しかも頭のひとつは不死だった。従者のイオラーオス(双子の兄弟イーピクレースの子)がヒュドラーの傷口を松明の炎で焼いて新しい首が生えるのを妨ぎ、彼を助けた。最後に残った不死の頭は岩の下に埋め、見事ヒュドラーを退治した。そしてヒュドラーはうみへび座となった。また、この戦いで、ヘーラーがヒュドラーに加勢させるべく送り込んだ巨大な化け蟹を、ヘーラクレースはあっさり踏みつぶしてしまった。この化け蟹がその後かに座となった。

エウリュステウスは、従者から助けられたことを口実にして、ノーカウントととしたため、功業が1つ増えることになった。なお、ヒュドラーは猛毒を持っていて、ヘーラクレースはこの毒を矢に塗って使うようになった。

ケリュネイアの鹿

アカイア地方のケリュネイアの鹿は女神アルテミスの聖獣で黄金の角と青銅のひづめを持っていた。4頭の兄弟がおり、アルテミスに生け捕られ、彼女の戦車を引いていたが、この5頭目の鹿は狩猟の女神をもってしても捕らえる事ができないほどの脚の速さを誇った。女神から傷つけることを禁じられたため、ヘーラクレースは1年間追い回した末に鹿を生け捕りにした。その後この鹿はアルテミスに捧げられ、他の4頭とともに戦車を牽くこととなった。

エリュマントスの猪

エリュマントス山に住む人食いの怪物、大猪を生け捕りにした。生け捕り自体はさしたる問題なく片づいたが、このとき、ヘーラクレースはケンタウロスポロスに助力を求めていた。彼がポロスが預かっていたケンタウロス一族の共有していた酒を飲んだ事により、ケンタウロス一族と争いになった。その戦いで、誤って師であるケイローンヒュドラーの毒矢を放って彼を殺してしまった。ケイローンは不死の力を与えられていたが、毒の苦しみに耐えきれず、不死の力を放棄(譲渡)して死を選んだ。この時にケイローンの不死の力を受け入れてもらうために、ヘーラクレースがカウカーソス山に縛り付けられていたプロメーテウスを解放したとされる。この後、ケイローンの死を惜しんだゼウスは、彼をいて座にしたという。

アウゲイアースの家畜小屋

エーリスアウゲイアースは3000頭の牛を持ち、その牛小屋は30年間掃除されたことがなかった。ヘーラクレースはアウゲイアースに「1日で掃除したら、牛の10分の1をもらう」という条件を持ちかけ、アウゲイアースは承知した。ヘーラクレースはアルペイオス川とペネイオス川の2つの川の流れを強引に変え、小屋に引き込んで30年分の汚物をいっぺんに洗い流した。しかし、おかげでこの川の流れは狂ってしまい、たびたび洪水を引き起こすようになったという。

エウリュステウスは、罪滅ぼしに報酬を要求したとして(川の神の力を借りたため、とする説もある)、これをノーカウントにしたため、さらに功業が1つ増えることとなった。また、アウゲイアースは約束を守らず、知らんぷりを決め込んだ。ヘーラクレースはこのことを忘れず、後になってアウゲイアースを攻略した。

ステュムパーリデスの鳥

ステュムパーリデスの鳥は、翼、爪、くちばしが青銅でできていた。ヘーラクレースはこの恐るべき怪鳥どもを驚かせて飛び立たせるため、ヘーパイストスからとてつもなく大きな音を立てるガラガラ(彼の工房のキュクロープス達の目覚まし用)を借り受け、音に驚いた鳥が飛び立ったところをヒュドラーの毒矢で射落としたとも、矢が効かないので彼に襲い掛かってくるところを1羽ずつ捕らえて絞め殺したとも言う。

クレーテーの牡牛

クレーテー島の王ミーノースを罰するため、ポセイドーンの送り込んだクレーテーの牡牛を生け捕りにした。

ディオメーデースの人喰い馬

トラーキア王ディオメーデースはアレースの子で、旅人を捕らえて自分のに食わせていた。 シケリアのディオドロスによれば、ヘーラクレースはディオメーデースを逆に馬に食わせてしまい、馬は生け捕りにしたという。 アポロドーロスによれば、ヘーラクレースが馬を奪った後にディオメーデースが軍勢を率いて馬を奪還しようとしたため、ヘーラクレースは若衆の少年に馬の番をさせて戦いに出かけた。ディオメーデースを戦いで殺害し帰ってくると、少年は馬に食い殺されていたという。

アマゾーンの女王の腰帯

ヘーラクレースはアマゾーンとの戦いになると考え、テーセウスらの勇士を集めて敵地に乗り込んだが、交渉したところ、アマゾーン女王ヒッポリュテーは強靭な肉体のヘーラクレース達を見て、自分達との間に丈夫な子を作ることを条件に腰帯を渡すことを承諾した。ところがヘーラーがアマゾーンの一人に変じて「ヘーラクレースが女王を拉致しようとしている」と煽ったため、アマゾーン達はヘーラクレースを攻撃した。ヘーラクレースは最初の甘言は罠であったと考え、ヒッポリュテーを殺害して腰帯を持ち帰った。

一説ではヘーラーが変装したのはヒッポリュテー本人で、彼女に変装したヘーラーが『ヘーラクレース達が国を乗っ取ろうとしている』と他のアマゾーン族を唆し襲撃させた。突如襲撃されたヘーラクレースは激怒。ヒッポリュテーに攻め寄り、必死に身の潔白を訴えるヒッポリュテーを殴り殺してしまった。冷静さを取り戻したヘーラクレースは、ヒッポリュテーの目は嘘を言っているように見えなかったと、話も聞かず殺してしまったことを後悔した。

ゲーリュオーンの牛

ゲーリュオーンの飼う紅い牛を生け捕りにした。ゲーリュオーンは、メドゥーサがペルセウスに殺されたときに血潮とともに飛び出したクリューサーオールの息子である。彼は大洋オーケアノスの西の果てに浮かぶ島エリュテイアに住んでおり、常人は行き着くことができなかったが、アフリカに行き着いたヘーラクレースが太陽の熱気に怒り、太陽神ヘーリオスに矢を射掛けたため、ヘーリオスはかえってその剛気を嘉して黄金の盃を与えた。ヘーラクレースは盃に乗ってオーケアノスを渡ることができた。エリュテイアでは双頭の犬オルトロスが牛を守っていたが、ヘーラクレースはオルトロスや牛の番人を棍棒で打ち殺し牛の群れを奪った。さらに牛を奪い返さんと追ってきたゲーリュオーンを射殺した。ヘーラクレースは冒険の途次、ジブラルタル海峡を通過した際に海峡の両岸に「ヘラクレスの柱」を残した。

ヘスペリデスの黄金の林檎

ヘスペリデスの居場所を知らないヘーラクレースは水神ネーレウスと取っ組み合い、これを捕まえた。ネーレウスは怪物や水、火などに変身して逃れようとしたが、ヘーラクレースが捕らえて離さなかったため、やむなく場所を教えた。黄金の林檎は百の頭を持つ竜ラードーンが守っていたが、ヘーラクレースはこれを倒して林檎を手に入れた。ラードーンは、りゅう座となった。

一方アポロドーロスは全く異なる伝説を伝えている。ヘーラクレースは、人間に火の使い方を教えたためにゼウスに罰せられてカウカーソス山に縛り付けられていたプロメーテウスを救い出して、助言を請うた。プロメーテウスは「ヘスペリデスはアトラースの娘たちだから、アトラースに取りに行かせるべきである」と答えた。アトラースは神々との戦いに敗れ、天空を担ぎ続けていた。ヘーラクレースがアトラースのところに赴き、ヘーラクレースが天空を担いでいる間に林檎を取ってくるよう頼むと、アトラースはこれに従い林檎を持ち帰った。しかし、再び天空を担いで身動きできなくなるのを嫌って、自分が林檎をミュケーナイに届けると言い出した。ヘーラクレースは一計を案じ、頭に円座を装着してから天空を支えたいので少しの間天空を持っていてほしいと頼んだ。承知したアトラースが天空を担いだところでヘーラクレースは林檎を取って立ち去った。

地獄の番犬ケルベロス

ケルベロスはオルトロスの兄貴分であり、3つの頭を持つ犬の化け物。ヘーラクレースは冥界に入ってハーデースから「傷つけたり殺したりしない」という条件で許可をもらい、ケルベロスを生け捕りにした。その際、ペルセポネーを略奪しようとして「忘却の椅子」に捕らわれていたテーセウスとペイリトオスを助け出した。また、地上に引きずり出されたケルベロスは太陽の光を浴びた時、狂乱して涎を垂らした。その涎から毒草のトリカブトが生まれたという。

ヘーラクレースの柱

ヘーラクレースは十二の功業の一つであるゲーリュオーンの牛を取りに行く途中に、巨大な山脈を登らねばならなかったが、それは非常に面倒なことであったので、近道をしようと考えた。山脈さえ無くなれば道のりを短縮できると考えたへーラクレースは、巨大な山脈をその怪力で砕くことにした。ヘーラクレースは棍棒で山脈をぶん殴り、その圧倒的な怪力で山脈を真っ二つにした。それだけではなく、山脈の下に横たわる大地もヘーラクレースの怪力に耐え切れずに吹き飛んだ。その結果、大西洋と地中海がジブラルタル海峡で繋がった。以降、分かれた2つの山脈をひとまとめにして、ヘラクレスの柱と呼ぶようになった。

また、元々ジブラルタル海峡があったが、あまりにも幅が広く、このままでは海の怪物たちが地中海に押し寄せてきてしまうため、ヘラクレスが大陸そのものを動かしてこの海峡を狭くしたとする説もある。

その後の冒険

これらの勤めを果たして自由の身になったヘーラクレースは、アドメートス王の妻アルケースティスを救出、イアーソーンの呼びかけに応じてアルゴー船に乗り込み、神々と巨人族との戦い(ギガントマキアー)で奮戦、ポセイドーンの子アンタイオスと相撲で勝負、アンタイオスは大地に体の一部が付いている限り倒せないため、ヘーラクレースはアンタイオスを抱え上げたまま絞め殺すなど、幾多の冒険を遂げた。

ヘーラクレースの最期

ヘーラクレースはデーイアネイラを妻に迎えるために河神アケローオスと対決して勝利した。

あるとき、デーイアネイラと息子ヒュロスとともに川を渡ろうとして、ヘーラクレースがヒュロスを担ぎ、ケンタウロスのネッソスがデーイアネイラを担ぐと申し出たので頼んだ。しかし、ネッソスがデーイアネイラを犯そうとしたためにヘーラクレースはヒュドラーの毒矢でこれを射殺した。ネッソスはいまわの際に、「自分の血は媚薬になるので、ヘーラクレースの愛が減じたときに衣服をこれに浸して着せれば効果がある」と言い残した。デーイアネイラはその言葉を信じ、ネッソスの血を採っておいた。

後にヘーラクレースがオイカリアの王女イオレーを手に入れようとしているのを察したデーイアネイラは、ネッソスの血に浸した服をリカースに渡してヘーラクレースに送った。ヘーラクレースがこれを身につけたところ、たちまちヒュドラーの猛毒が回って体が焼けただれ始めて苦しみ、怒ってリカースを海に投げて殺した。観念したヘーラクレースは木を積み上げてその上に身を横たえ、ポイアースに弓を与え(後にこの弓はポイアースの息子ピロクテーテースのものになる)、火を点けるように頼んだ(火を点けたのはピロクテーテースだともいわれる)。こうしてヘーラクレースは炎に包まれて死んだ。これを知ったデーイアネイラは自殺した。

ヘーラクレースは死後、神の座に上った。このときに至ってようやくヘーラーもヘーラクレースを許し、娘のヘーベーを妻に与えたという。そしてヘーベーとの間にアレクシアレースとアニーケートスという二柱の息子を儲けた。

エウリュステウスとヘーラクレースの子たち

ヘーラクレースの死後、その子供たちがミュケーナイの王位を望むことを恐れたエウリュステウスは、ヒュロスらを殺そうとして追い回した。アルクメーネーとヒュロスらは、アテーナイデーモポーンに助けられた。エウリュステウスはヒュロスらの身の受け渡しを要求してアテーナイと戦いとなった。ヒュロスはエウリュステウスの子をすべて討ち取り、エウリュステウスは捕らわれて殺された。

大衆文化への影響

アガサ・クリスティーが生み出した名探偵エルキュール・ポアロファーストネームは、ヘーラクレースのフランス語形である。これにちなんで、「ヘラクレスの冒険」という短編集があり、ヘーラクレースの古典的物語と関連づけられている。

その他、多くのものがヘーラクレースにちなみ、その名を冠している。これらについては、ヘラクレス (曖昧さ回避)及びハーキュリーズを参照のこと。


関連項目

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