奈良県立郡山高等学校
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奈良県立郡山高等学校(ならけんりつこおりやまこうとうがっこう、英語表記 Nara Prefectural Koriyama Senior High School)は、奈良県大和郡山市にある公立高等学校。略称は「郡高(ぐんこう)」。
概要
- 歴史
- 1876年(明治9年)創立の小学校教員養成施設「郡山師範予備校」を源流とする「奈良県尋常中学校」(旧制中学校)が前身である。創立年を1893年(明治26年)としており、2013年(平成25年)に創立120周年を迎えた(記念式典は、講堂が耐震工事のため、平成26年度にとりおこなわれる予定)。奈良県内の公立高等学校の中で最も古い歴史を持つ、いわば第一高等学校である。
- 生徒定員・教職員数
- 生徒数はおよそ1300名、教職員数はおよそ100名、各学年11クラス440名(2013年(平成25年)度から10クラス400名)の大規模校である。男子生徒よりも女子生徒が多い。
- 校章
- 現校章は2004年(平成16年)城内高等学校と統合された際に新たに制定された。郡山高校の旧校章より桜の花弁を、旧城内高校の校章よりウマゴヤシの葉を継承して重ね合わせ、郡山城址の石垣が支えている形を図案化したもの。中央に校名の「郡高」の文字(縦書き)を置く。
- 校歌
- 作詞は岡本敬子、作曲は山岸貞一による。歌詞は3番まであり、各番に校名の「郡高」が登場する。
- 校地・施設
- 2004年(平成16年)に奈良県立城内高等学校を統合し、県内の公立高等学校最大規模のマンモス校となった。現在は、従来の校舎を「冠山学舎」、旧城内高等学校の校舎を「城内学舎」として両方を使用している。両学舎間の移動に、5分ほどかかる。また桜花グラウンド・小グラウンド(冠山学舎)、第一グラウンド・第二グラウンド(城内学舎)の計4つのグラウンドがある。
- 特色
- 2000年度(平成12年度)から2007年度(平成19年度)まで65分授業(5限)を行っていたが、2008年度(平成20年度)から、50分授業(6限、火・木は7限)を行うこととなった。2年より文系と理系に分かれるシンプルな教育課程となっている。3年より選択科目を増やして様々な進路に対応できるようにしている。
- 同窓会
- 「冠山会」(かんざんかい)と称している。旧制・郡山中学校、郡山高等女学校、郡山農業学校、郡山高等学校、郡山城東高等学校、城内高等学校すべての卒業生を会員としている。
- 分校
- 現在分校は存在しないが、かつて平群町に平群分校(昼間定時制)が存在した。現在では「あすのす平群」(平群町立図書館・観光文化交流館)となっており、「郡山高校平群分校記念碑」が立てられている。
沿革
- 旧制中学校・新制高等学校(男子校)時代
- 1876年(明治9年)
- 1881年(明治14年)
- 1887年(明治20年)11月 - 中学校令施行および奈良県再設置により、「奈良県郡山尋常中学校」と改称。
- 1893年(明治26年)10月1日 - 「奈良県尋常中学校」に改称。この年を創立年、この日を創立記念日とする。
- 1896年(明治29年)4月1日 - 畝傍(うねび)と五條に分校を設置。
- 1899年(明治32年)4月1日 - 中学校令の全面改正と分校の独立により、「奈良県立郡山中学校」に改称。
- 1913年(大正2年)8月 - 校訓「誠実・剛毅・雄大」を制定。
- 1943年(昭和18年)4月1日 - 中等学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が従来の5年から4年に短縮される。
- 1944年(昭和19年)- 勤労動員が開始。
- 1945年(昭和20年)
- 3月 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、修業年限短縮の前倒しが行われ、5年生と4年生の合同卒業式を挙行[2]。
- 4月 - 戦況の悪化により授業が停止される。ただし勤労動員は継続される。
- 8月 - 終戦。
- 9月 - 授業が再開される。
- 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年に戻る(4年で卒業することもできた)。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施)が行われる。
- 旧制中学校の募集を停止。
- 新制中学校を併設し、旧制中学校1・2年修了者を併設中学校2・3年生として収容。
- 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
- 旧制中学校3・4年修了者はそのまま旧制中学校に在籍し、4・5年生となった(4年で卒業することもできた)。
- 1948年(昭和23年)
- 4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)が行われる。
- 旧制・郡山中学校が廃止され、新制高等学校「奈良県立郡山高等学校」(男子校)が発足。
- 旧制中学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
- 併設中学校は新制高校に継承され(名称:奈良県立郡山高等学校併設中学校)、在校生は1946年(昭和21年)に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
- 5月 - 同窓会を冠山会と命名。
- 4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施)が行われる。
- 高等女学校・新制高等学校(女子校)時代
- 1911年(明治44年)4月1日 - 「郡山町立実科高等女学校」が開校。
- 1920年(大正9年)4月1日 - 「奈良県郡山高等女学校」(町立)と改称。
- 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革により、高等女学校の募集を停止し、新制中学校を併設。
- 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革により、高等女学校が廃止され、新制高等学校「郡山町立郡山城東高等学校」(女子校)が発足。
- 農学校時代・新制農業高等学校時代(統合前)
- 1906年(明治39年)4月1日 - 「奈良県生駒郡立農学校」(実業学校)が創立される。
- その後、移管などにより「奈良県立生駒農学校」、「奈良県立郡山園芸学校」、「奈良県立郡山農学校」に改称[3]。
- 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革により、農学校が廃止され、新制高等学校「奈良県立郡山農業高等学校」が発足。
- 新制高等学校(男女共学)
- 1948年(昭和23年)
- 1949年(昭和24年)3月31日 - 併設中学校を廃止。
- 1950年(昭和25年)4月1日 - 定時制普通課程を設置。
- 1956年(昭和31年)4月1日 - 女子課程(家庭課程)を設置。
- 1958年(昭和33年)4月1日 - 農業課程が分離し、奈良県立郡山農業高等学校として独立。
- 1960年(昭和35年)4月1日 - 理科館が完成。
- 1962年(昭和37年)4月1日 - 奈良県教育委員会規則改正により設置課程の名称を改称。
- 通常制を「全日制課程」、定時制を「定時制課程」に改称。普通課程を「普通科」、家庭課程を「家庭科」に改称。
- 1963年(昭和38年)10月 - 創立70周年を記念して新体育館と冠山会館(同窓会館)が完成。
- 1964年(昭和39年)3月31日 - 定時制課程普通科を廃止。
- 1968年(昭和43年)3月31日 - 家庭科(女子課程)を廃止。
- 1969年(昭和44年)3月 - 東館(特別教室)が完成。
- 1974年(昭和49年)1月 - 鉄筋コンクリート造2階建ての校友会館が完成。
- 1983年(昭和58年)6月 - 創立90周年を記念して日本庭園「共慶園」が完成。
- 1992年(平成4年)9月 - 創立100周年を記念して新本館が完成。
- 1993年(平成5年)10月 - 創立100周年記念式典を挙行。
- 2000年(平成12年)3月 - 新武道場が完成。
- 2004年(平成16年)4月1日 - 奈良県立城内高等学校(城内の読みは「じょうない」)を統合。従来の校舎を「冠山学舎」、旧・城内高校の校舎を「城内学舎」とする。
- 旧・奈良県立城内高等学校
- 1906年(明治39年)4月1日 - 「奈良県生駒郡立農学校」(実業学校)が創立される。
- その後、移管などにより「奈良県立生駒農学校」、「奈良県立郡山園芸学校」、「奈良県立郡山農学校」に改称[4]。
- 1948年(昭和23年)
- 4月1日 - 学制改革により、農学校が廃止され、新制高等学校「奈良県立郡山農業高等学校」が発足。
- 9月1日 - 統合・再編により、「奈良県立郡山高等学校 農業課程」となる。
- 1958年(昭和33年)4月1日 - 奈良県立郡山高等学校から分離し「奈良県立郡山農業高等学校」として独立。
- 1977年(昭和52年)4月1日 - 学科改編により、農業科の生徒募集を停止し、普通科を新設の上、「奈良県立城内高等学校」に改称。
- 1979年(昭和54年)4月1日 - 農業科を廃止し、奈良県立郡山農業高等学校が閉校。完全に普通科校となる。
- 2004年(平成16年)4月1日 - 奈良県立郡山高等学校への統合により、同校の「城内学舎」となる。
- 城内高校は生徒募集を停止。ただし、経過措置として在校生が卒業するまで存続される[5]。
- 2006年(平成18年)3月31日 - 最後の在校生を送り出し、閉校。郡山高校に完全に統合される。同窓会(麒麟会)も郡山高校の冠山会に統合される。
学校行事
- 1学期
- 4月 - 入学式・新入生歓迎会
- 5月 - 修学旅行・校外学習
- 6月 - 球技大会 - 1年生は城内学舎、2年生は冠山学舎、3年生は大和郡山市総合運動公園で行われる。
- 2学期
- 8月 - 郡高祭(文化祭)- 2日間にわたって行われる。
- 9月 - 体育大会 - 奈良県立橿原公苑陸上競技場で行われる。
- 3学期
- 1月 - カルタ大会
- 3月 - 卒業式
部活動
- 文化部
- 新聞局
- 放送局
- 解放研
- 吹奏楽部
- 応援局
- 合唱部
- 筝曲部
- 演劇部
- 茶道部
- 華道部
- 科学部 - 電気班・天文班・化学班
- 生物部
- 書道部
- 写真部
- 美術部
- 文芸部
- E.S.C(English Speaking Club)
- 歴史部
- 軽音楽同好会
- 囲碁将棋同好会
- 運動部
- 陸上競技部
- 野球部 - 旧制中学校時代を含め、夏の甲子園大会に6回、春のセンバツ甲子園大会に6回出場経験がある。
- ソフトテニス部
- バスケットボール部
- バレーボール部
- バドミントン部
- ソフトボール部
- 卓球部
- 体操部
- ハンドボール部
- サッカー部
- 水泳競技部
- 柔道部
- 平成25年度近畿高等学校柔道新人大会(男子個人81kg)出場
- 剣道部
- 弓道部
- 山岳部
- ホッケー部
交通アクセス
上記所要時間は、冠山学舎の場合。城内学舎の場合、どちらの駅からもプラス5分ほどかかる。
周辺施設
- 郡山城址
- 柳澤神社
- 大和郡山市役所
- やまと郡山城ホール
著名な出身者
- 政界
- 財界・経済界
- 法曹
- 学界
- 宗教界
- 芸術
- 富本憲吉(陶芸家、人間国宝第一号)
- 桜田常久(作家、芥川賞受賞)
- 今井凌雪(書家、筑波大学名誉教授)
- 河野康弘(ジャズピアニスト)
- 松本眞理子(マリンバ奏者)
- 荒井敦子(声楽家)
- 山城むつみ(批評家)
- 清水弥生(劇作家)
- スポーツ
- 大西鐡之祐(元早稲田大学ラグビー蹴球部、元ラグビー日本代表監督)
- 笠置山勝一(力士、早稲田中学へ転校)
- 福田功(元中日ドラゴンズ二軍監督、元横浜ベイスターズコーチ、現解説者)
- 米村理(元横浜ベイスターズコーチ)
- 宮越徹(東北楽天ゴールデンイーグルス二軍サブマネージャー)
- 中村泰広(元阪神タイガース)
- 染田賢作(元横浜ベイスターズ打撃投手)
- 荻野貴司(千葉ロッテマリーンズ)
- 杉本真美(プロゴルファー、解説者)
- マスコミ
- 芸能