シャボン玉プレゼント
テンプレート:基礎情報 テレビ番組 『シャボン玉プレゼント』(シャボンだまプレゼント)は、かつて、月曜日から金曜日の昼間に放送された朝日放送(ABC)制作の音楽バラエティ番組である。制作局のABCでは、1971年7月5日から1986年3月28日まで放送された。牛乳石鹸共進社の一社提供[1]で放送されたが、末期は同社をメインとした日本文化センターなどの複数社提供に変更された。なおこの番組の終了をもって、牛乳石鹸はドラマ枠を含め21年余にわたった13時台の帯番組の協賛を降りている。
概要
番組タイトルは石鹸メーカーがスポンサーの番組であることから、その石鹸を泡立てると出てくる「シャボンの泡」ではなく、石鹸水からできる「シャボン玉」と提供番組の英語名「presents」の造語から名付けられた。
関東地区では当初、TBS系列で放送されていたが、1975年3月、毎日放送(MBS)とのネット交換にともない、NET(現・テレビ朝日)系列での放送に移行した。司会は横山やすし・西川きよし(やすしは1977年春から担当)が務めていたが、1980年代初頭の漫才ブームの全盛期には、当時、牛乳石鹸のCMに出演していたザ・ぼんちも司会陣に加わり、やす・きよとの交互司会となった。番組は ABCホール(2代目)で公開形式で収録された。また、1年に1 - 2回程度、「○○ショー」と銘打ち、人気歌手が1週間にわたって出演する場合があり、その際はやす・きよが登場せず、出演した歌手が司会を兼任した。
また、番組末期まで、牛乳石鹸の一社提供で放送されたため、裏番組のスポンサーを務めた花王やライオン、資生堂などのライバル会社のCMに起用されていた歌手は、人気があっても出演できなかった。
本番組は、在阪局制作の歌番組として現在でも珍しい存在の番組だが、本番組が放送された時期はVTRがテープ・機器とも高価だったうえ、著作権法等の絡みで番組の資料保存が現在ほど安易に行えず、加えて放送時間も15分と短かったことなどにより、腸捻転時代を含め1970年代までのVTRは、少なくともABC局内及び関連会社(ABCリブラなど)はもとより、外部も含めてほぼ残っていないと思われる。二次利用された例として判明しているところでは、岡村孝子が当時近鉄の現役選手だった石井浩郎との婚約を発表した[2]1996年にテレビ朝日『サンデージャングル』(中居正広司会)で岡村の特集が組まれた際、“あみん”[3]として出演し、「待つわ」を歌唱しているVTRが使われたこと位である。
番組は1986年3月28日まで14年9ヶ月間続いたが、2010年1月に現在放送中の『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』が当該枠における放送年数最長記録を更新した。
歴代司会者
- 西川きよし(単独) - 1971年7月-1972年3月
- 西川きよし・西川ヘレン - 1972年4月-1974年3月、1975年1月-1976年3月
- 西川きよし・風吹ジュン[4] - 1974年4月-12月
- 西川きよし・海原千里・万里(姉妹漫才コンビ。妹の千里は現在の上沼恵美子) - 1976年4月-1977年3月(千里の結婚・引退により降板)
- 横山やすし・西川きよし - 1977年4月-1986年3月
- ザ・ぼんち(ぼんちおさむ・里見まさと) - 1981年4月-1983年3月(やすきよと隔週交代で担当)
- オール阪神・巨人 (1983年以降に司会を務めた)
歴代オープニング
- 初代(第1回放送 - 在阪準キー局のネットチェンジ直前くらいまで?)
- ブルーバックに「提供<当社シンボル(乳牛)マーク>牛乳石鹸」が映し出され、「モーォゥ!モーォゥ!」と乳牛の鳴き声が出た後、楽器をメインとしたアニメーションが映し出され、出演者やスタッフがテロップされたが、提供読み上げは無かった。
- NETへのネットチェンジ後も使われた。
- 2代目
- タイトルロゴが描かれたガラスが映し出され、やはり乳牛の鳴き声が2回出た。その後、リハーサルの模様や本番に向かう出演者・ゲストをバックにして提供テロップが映し出され、「豊かな泡立ちの牛乳石鹸の提供でお送りします」というABC女性アナによるコメントが流れた。
- 3代目
- ステージにいる司会者がミニ漫才をした後に「シャボン玉プレゼント」とタイトルコール。その後、提供テロップ&コメントが出た(内容は不変)。乳牛の鳴き声は廃止。
- 4代目
- ガラス上にタイトルテロップが映し出され、提供テロップと共に、「牛乳石鹸と、御覧の各社の提供でお送りします」というコメントが流れた。
- 複数社提供になったことに伴う変更。
牛乳石鹸一社提供番組は、『シャボン玉ホリデー』(日本テレビ)以降、原則として乳牛の鳴き声が使われていたが、1973年頃以降開始の番組では使用されなくなったため、この番組が最も長い期間、乳牛の鳴き声が放送された。
主なコーナー
- 主にゲストの歌など。
- コント・シャボン玉劇場 ほか
ネット局
TBS系列時代
TBS系列時代には、13:00 - 13:15の局(西日本と北日本中心)と13:30 - 13:45の時差ネット局(東日本中心)でネット局が振り分けられていた。 ※系列は放送当時のもの。
放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 放送時間 | 備考 |
---|---|---|---|---|
近畿広域圏 | 朝日放送 | TBS系列 | 13:00 - 13:15 『愛の劇場』は13:15 - 13:45に時差ネット |
制作局 |
北海道 | 北海道放送 | ABCから事前に裏送りを受け、自局で送り出し 青森テレビは放送当時はNET系・TBS系 (TBS系は番販で参加)のクロスネット 岩手放送は現:IBC岩手放送 | ||
青森県 | 青森テレビ | NETテレビ系列 TBS系列 | ||
岩手県 | 岩手放送 | TBS系列 | ||
宮城県 | 東北放送 | |||
新潟県 | 新潟放送 | |||
中京広域圏 | 中部日本放送 | 現:CBCテレビ 時差ネット局への送出局 | ||
石川県 | 北陸放送 | |||
島根県 鳥取県 |
山陰放送 | 1972年9月21日までの放送エリアは島根県のみ | ||
岡山県 | 山陽放送 | 当時の放送エリアは岡山県のみ | ||
広島県 | 中国放送 | |||
山口県 | テレビ山口 | TBS系列 フジテレビ系列 NETテレビ系列 |
||
福岡県 | RKB毎日放送 | TBS系列 | ||
長崎県 | 長崎放送 | |||
熊本県 | 熊本放送 | |||
大分県 | 大分放送 | |||
宮崎県 | 宮崎放送 | |||
鹿児島県 | 南日本放送 | |||
沖縄県 | 琉球放送 | |||
関東広域圏 | 東京放送 | 13:30 - 13:45 『愛の劇場』の直後枠に放送 |
現:TBSテレビ | |
山梨県 | テレビ山梨 | |||
長野県 | 信越放送 | |||
静岡県 | 静岡放送 |
なお、JNN加盟局でも、福島テレビ[5](現在はFNN・FNS単独加盟)とテレビ高知[6]は未放送だった。
この由縁は牛乳石鹸提供枠が『ナショナル劇場(現:パナソニック ドラマシアター)』の1時間枠大に伴い1964年1月から放送時間がそれまでの毎週月曜日夜8時 - 8時30分から毎週月曜日 - 金曜日の帯ベルト放送に変更されたことや、当時はクロスネット局が多く、ネット回線の容量も少なかった事から取られた措置と思われ、腸捻転解消前まで続いていたと思われる。
NET→テレビ朝日系列時代
『シャボン玉プレゼント』は1975年3月28日、TBS系列での放送を終え、同年3月31日にNET(→テレビ朝日)系列にネット変更した。
※系列は放送当時のもの。
放送対象地域 | 放送局 | 系列 | 備考 |
---|---|---|---|
近畿広域圏 | 朝日放送 | テレビ朝日系列 | 制作局 |
関東広域圏 | テレビ朝日 | 1977年3月まではNETテレビ | |
北海道 | 北海道テレビ | ||
宮城県 | 東日本放送 | 1975年10月開局から | |
福島県 | 福島放送 | 1981年10月開局から | |
新潟県 | 新潟テレビ21 | 1983年10月開局から | |
長野県 | テレビ信州 | テレビ朝日系列 日本テレビ系列 |
1980年10月開局から |
静岡県 | 静岡けんみんテレビ | テレビ朝日系列 | 現:静岡朝日テレビ、1979年7月から |
中京広域圏 | 名古屋テレビ | ||
岡山県 | 岡山放送 | フジテレビ系列 テレビ朝日系列 |
当時の放送エリアは岡山県のみ 1979年4月の岡山・香川の電波相互乗り入れまで |
広島県 | 広島ホームテレビ | テレビ朝日系列 | |
香川県 →香川県 岡山県 |
瀬戸内海放送 | 1979年3月までの放送エリアは香川県のみ 1979年4月の電波相互乗り入れで岡山県でも放送 | |
福岡県 | 九州朝日放送 | ||
鹿児島県 | 鹿児島テレビ | フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 |
1982年9月まで[7] |
鹿児島放送 | テレビ朝日系列 | 1982年10月開局から |
テレビ朝日(NET)系列に移行後の1976年2月2日から『徹子の部屋』の放送を開始したため、以降は当該枠と『徹子の部屋』が連結され、さらに前座のワイドショー枠と合わせてテレビ朝日平日お昼の3本柱が形成されるようになり現在に至る(つまり本番組はその中間に挟まれ、いわゆる「通り抜け番組」と化した)。また、腸捻転解消まで『シャボン玉プレゼント』をネットしていたTBS系列では、ネットチェンジから半年後の1975年9月29日から本番組と同じ牛乳石鹸の一社提供による帯番組『シャボン玉こんにちは』を新たにスタートさせた。
ABCでは、毎年夏の全国高校野球選手権大会中継の時期に入ると、第1~3回戦までは一度中継から抜けて本番組を優先したものの、準々決勝・準決勝の試合がある日は一度放送休止状態として通常編成の系列局へ裏送りしてから、本来と別の日時に放送する手法をとった(当然のことながら後続の『徹子の部屋』も振り替え放送となる)。これは現在も変わっていない。
補足
- 1984年頃から前述の牛乳石鹸と日本文化センターなどの複数社提供になったが、後番組の『米朝・メイコの面白日本』から現在の『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』の途中までは日本文化センター(現在はアートネイチャー)をメインとした複数社提供になっている。
- また、現在の後続番組枠にあたる『上沼恵美子のおしゃべりクッキング』でヒッチハイクCMを2008年3月末まで流していたメガネの愛眼のCMは当初、この番組にてカウキャッチャーとして流れていた。※「上沼恵美子のおしゃべりクッキング」のヒッチハイクCMは阪急交通社、全国珠算連盟教育連盟を経て、2012年10月現在日本食研とハイポネックスである。
- 1社提供時のエンディングの提供クレジットは、オープニングの様にブルーバックに「提供(当社のシンボル(乳牛)マーク)牛乳石鹸」と表示するのではなく、「提供」の下に同社の看板主力商品である「赤箱」のパッケージを表示していた(画面下で「シャボン玉プレゼント 終」も表示されていたが、いわゆるジェスチャー扱い)というかなり凝った演出をしていた(つまり、それで「提供 牛乳石鹸」を表現するものであり、かつエンドカードと一体化したわずか5秒間の簡略型だった)。ちなみに提供読みは、ABC女性アナの声で「牛のマークの牛乳石鹸がお送りいたしました。」であった。
スタッフ
制作クレジットのあと、画面右下には「シャボン玉プレゼント 明日もまた(もしくは来週もまた、来年もまた)」とテロップ表示していた。
脚注
テンプレート:横山やすし・西川きよし テンプレート:上沼恵美子
テンプレート:Asbox- ↑ 1978年に刊行された「牛乳石鹸共進社70年の歩み」には、きよし・ヘレン時代の写真が掲載された。
- ↑ 2003年に離婚。その後、石井浩郎は別の女性と再婚。
- ↑ 2007年にオリジナルメンバーの岡村孝子・加藤晴子により再結成。
- ↑ 西川ヘレンの育児休業中(1974年7月に長女・西川かの子が誕生)のピンチヒッター。当時牛乳石鹸のCMに出演していた。
- ↑ 当時フジテレビ系列とのクロスネットだった関係で東海テレビ制作昼ドラマを放送していたため。
- ↑ 愛の劇場をTBSとの同時 (?) ネットで、13:30 - 13:45には東海テレビ制作昼ドラマを遅れネットで放送していたため。詳細は[1]を参照。
- ↑ 当該時間帯はNET→テレビ朝日の番組を優先していた。