西区 (神戸市)
目次
概要
垂水区と同様に明石郡に属していた地域で、隣接する明石市とも結びつきが強いが、かつては田園地帯・公共交通の空白地域であったが、野田文一朗が明石平野に新都心が計画することを構想し、1965年の市議会で原口忠次郎が宅地計画を挙げたことから1970年頃から、神戸市中心部のベッドタウンとして、開発が進み、西神ニュータウンや押部谷地域・玉津地域を中心に大きく様変わりし、同時に公共交通の敷設計画をした区である。神戸市の新たな文化、教育の集積地としての期待がかかり、現在のところ神戸市9区で最も人口が多く、市の3割近くを面積を当区が占める。1982年(昭和57年)に垂水区から分区した、神戸市で一番新しい行政区であり、神戸市の西側に位置することから西神と呼ばれる。[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9]
地理
六甲山地の西側で播州平野の東端にあたる。大部分はなだらかな丘陵地帯とそれに明石川や伊川などの川に侵食された谷である。東部の丘陵地帯には神戸市が中心地の人口密度が過密なためにポートアイランド・六甲アイランドの土砂確保と同時に計画した西神住宅団地、西神住宅第2団地(西神南ニュータウン)、西神工業団地、西神第2工業団地、神戸研究学園都市、神戸複合産業団地といった西神ニュータウンと呼ばれる新興地区などが存在し、谷は旧来の田園風景を持つ農村地帯となっている。同様に隣接する北区も農村地帯があるが、当区では近郊農業地帯である。西部の神出町、岩岡町は印南台地の東端にあたり、ため池が点在する農村地帯である。あまり高い山はない。[1] [10] [11] [12] [13] [14]
- Mt. Okko.JPG
雄崗山
- Mt. Mekko.JPG
雌崗山
- M.t Takatsuka.JPG
高塚山
- 住吉神社 (神戸市西区)の裏を流れる明石川P1010488.jpg
明石川
- Ikawadanitown Nagasaka Nishi-ku Kobecity Hyogopref I River.JPG
伊川
人口
分区当時は全9区の中で一番少なかったが、玉津地区と伊川谷地区の区画整理事業・西神ニュータウン開発のために市の中心部から流入されてきたために人口が増加し、更には阪神・淡路大震災後神戸市の人口は大幅に減少したが、当区は被害が少なかったかつニュータウンが開発中であったために神戸市内の中心部から人が流入し、西神南ニュータウンなどではマンション建設によって神戸市中心部からの流入人口が急増した。しかし、昼間人口はニュータウンが多くあるために減少傾向である。[4] [5] [18] [19] [20] [21]
※国勢調査に基づく人口
年 | 人 |
---|---|
1990年 | 158,580人[22] |
1995年 | 222,163人[23] |
2000年 | 235,758人[24] |
2005年 | 243,637人[25] |
2010年 | 249,298人[26] |
年齢層
区内の中では15歳未満の年齢層が全9区中最上位であり、65歳以上の高齢化率は全9区中最下位であるが、ニュータウン地域だけでその比率を維持しており、神出などの農村地帯では65歳以上の高齢化率が25%以上である。[21]
人口の変遷
隣接している自治体・行政区
地形
気候
歴史
西区誕生前
- 1871年7月 - 廃藩置県により明石県の一部となる
- 1871年11月 - 明石県は姫路県に編入。飾磨県に改名
- 1876年(明治9年) - 飾磨県は兵庫県に合併
- 1889年(明治22年) - 町村制施行により、明石郡伊川谷村、櫨谷村、玉津村、平野村、押部谷村、神出村、岩岡村が成立
- 1947年(昭和22年)3月1日 - 神戸市垂水区に編入される。
- 1955年1月 -神戸市との合併の可否を住民投票し反対多数で不成立となる(昭和の大合併)
- 1982年(昭和57年)3月 - 西神ニュータウンが街開きする。[7]
西区誕生後
- 1982年(昭和57年)8月1日 - 垂水区から分区され、その内から伊川谷町・櫨谷町・玉津町・平野町・押部谷町・神出町・岩岡町が西区となる。分区当初の人口は約9万4000人である。[29] [30][1]
- 1984年(昭和59年)10月 - 神戸市立農業公園が開園する。[27]
- 1985年(昭和60年)3月 - 神戸研究学園都市が街開きする。[27]
- 1989年(平成元年)4月 - 神戸市立西図書館が開館する。[27]
- 1990年(平成2年)4月1日 - 神戸研究学園都市に4大学・1高専の移転や開学が開始する。[27]
- 1995年(平成7年)1月17日 - 兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が発生する。
地区
町名・大字
- 10地区に分割される。[29]
櫨谷地域
櫨谷川沿い・兵庫県道52号小部明石線と兵庫県道65号神戸加古川姫路線沿いに集落が形成されており、そこに農地が広がり、4世紀初頭には須恵器を生産していた。西神ニュータウン西神住宅地域と西神南ニュータウンの間に位置する。[31][15] [32]
櫨谷町寺谷 | 651-2231 |
櫨谷町友清 | 651-2232 |
櫨谷町福谷 | 651-2233 |
櫨谷町池谷 | 651-2234 |
櫨谷町長谷 | 651-2235 |
櫨谷町栃木 | 651-2236 |
櫨谷町谷口 | 651-2237 |
櫨谷町菅野 | 651-2238 |
櫨谷町松本 | 651-2239 |
室谷 | 651-2241 |
平野地域
明石川沿いに広がる台地上で平坦な田園地帯であり、国道175号の沿線に集落が広がる。条里制地名が残されており、計画的な区分けがされている。[33] [34]
平野町下村 | 651-2251 |
平野町福中 | 651-2252 |
平野町向井 | 651-2253 |
平野町芝崎 | 651-2254 |
平野町慶明 | 651-2255 |
平野町大野 | 651-2256 |
平野町中津 | 651-2257 |
平野町堅田 | 651-2261 |
平野町繁田 | 651-2262 |
平野町常本 | 651-2263 |
平野町大畑 | 651-2264 |
平野町宮前 | 651-2265 |
平野町印路 | 651-2266 |
平野町西戸田 | 651-2267 |
平野町黒田 | 651-2268 |
神出地域
区の西北側に位置しており、三木市・加古郡稲美町と接しており、雄岡山と雌岡山の麓沿い印南野台地・印南台地にある田園地帯であり、圃場整備が進んでいる。全体的には農村地帯であるが、神出町五百蔵の一部では宅地開発が進められていた。[35][16][17] [36] [37] [38]
神出町勝成 | 651-2301 |
神出町古神 | 651-2302 |
神出町五百蔵 | 651-2303 |
神出町小束野 | 651-2304 |
神出町東 | 651-2311 |
神出町南 | 651-2312 |
神出町田井 | 651-2313 |
神出町宝勢 | 651-2321 |
神出町広谷 | 651-2331 |
神出町北 | 651-2332 |
神出町池田 | 651-2333 |
神出町紫合 | 651-2334 |
伊川谷地域
区内の南東部に位置し、旧・播磨国と旧・摂津国の国境であり、古くから集落が発達している。明石国衙が置かれていた。その中で池上を中心として街を形成しており、明石市と接している。明石川沿い・西神ニュータウンの一部である神戸研究学園都市に街が広がっており、大学などの教育機関が集中している。また、北側の伊川谷町上脇などは田園地帯が残されているが、伊川谷町布施畑は阪神高速道路北神戸線・兵庫県道65号神戸加古川姫路線が取り囲んでいる結節点であるため、交通の中心地である。また、太山寺などの宗教施設もある。[39][40] [41] [42] [43] [44] [45]
伊川谷町布施畑 | 651-2101 |
伊川谷町長坂 | 651-2104 |
伊川谷町上脇 | 651-2105 |
伊川谷町井吹 | 651-2106 |
伊川谷町小寺 | 651-2107 |
伊川谷町前開 | 651-2108 |
前開南町 | 651-2109 |
池上 | 651-2111 |
大津和 | 651-2112 |
伊川谷町有瀬 | 651-2113 |
今寺 | 651-2114 |
伊川谷町別府 | 651-2115 |
南別府 | 651-2116 |
北別府 | 651-2117 |
和井取 | 651-2120 |
押部谷地域
新興住宅街と田園地帯が広がり、神戸電鉄粟生線の沿線沿いにあり、三木市と接する。神戸電鉄の沿線沿いにはニュータウンが広がっており、1970年代に開発されたところが殆どである。また、近江寺や木津磨崖石仏などの古い施設・神戸ワイン城などの観光施設がある。[46][47] [48] [49]
高雄台 | 651-2201 |
押部谷町西盛 | 651-2202 |
押部谷町近江 | 651-2203 |
押部谷町高和 | 651-2204 |
押部谷町養田 | 651-2205 |
押部谷町和田 | 651-2206 |
押部谷町細田 | 651-2207 |
押部谷町栄 | 651-2211 |
押部谷町押部 | 651-2212 |
押部谷町福住 | 651-2213 |
富士見が丘 | 651-2214 |
北山台 | 651-2215 |
美穂が丘 | 651-2216 |
月が丘 | 651-2217 |
押部谷町木幡 | 651-2221 |
押部谷町木津 | 651-2222 |
押部谷町木見 | 651-2223 |
秋葉台 | 651-2224 |
桜が丘東町 | 651-2225 |
桜が丘中町 | 651-2226 |
桜が丘西町 | 651-2227 |
見津が丘 | 651-2228 |
玉津地域
区内の中心部であり、河口付近が入り江となっているかつ湿地帯のために弥生時代からの遺跡が多く、土器や銅鐸などが発掘されている。さらには8世紀頃に行基によって開墾された農村地帯、中世は枝吉城の城下町と明石郡の中心であった。近年では西区分離前の1976年7月に玉津土地区画整理により、農村地帯から曙町・枝吉・王塚台・持子・森友が誕生し、その後は国立視力障害センターなどの福祉施設や行政施設・商業施設が集中し、第二神明道路玉津インターチェンジが立地し、交通の要となっている。明石市に隣接しており、結びつきが強い。[50] [51] [52] [53][54] [55]
玉津町水谷 | 651-2121 |
水谷 | 651-2121 |
玉津町高津橋 | 651-2122 |
天王山 | 651-2123 |
伊川谷町潤和 | 651-2124 |
玉津町新方 | 651-2125 |
玉津町上池 | 651-2126 |
玉津町西河原 | 651-2127 |
玉津町今津 | 651-2128 |
白水 | 651-2129 |
持子 | 651-2131 |
森友 | 651-2132 |
枝吉 | 651-2133 |
曙町 | 651-2134 |
王塚台 | 651-2135 |
中野 | 651-2136 |
玉津町出合 | 651-2137 |
玉津町吉田 | 651-2138 |
天が岡 | 651-2141 |
玉津町二ツ屋 | 651-2142 |
二ツ屋 | 651-2142 |
玉津町丸塚 | 651-2143 |
丸塚 | 651-2143 |
小山 | 651-2144 |
玉津町小山 | 651-2144 |
玉津町居住 | 651-2145 |
宮下 | 651-2146 |
玉津町田中 | 651-2147 |
長畑町 | 651-2148 |
岩岡地域
区の西側の印南野台地に位置しており、明石市と加古郡稲美町に接している。近郊農業地帯であるが、宅地開発も行われている。また、ため池が多い。[56][57][58][59] [60] [61]
岩岡町岩岡 | 651-2401 |
岩岡町印路 | 651-2402 |
岩岡町西脇 | 651-2403 |
岩岡町古郷 | 651-2404 |
岩岡町野中 | 651-2405 |
上新地 | 651-2411 |
竜が岡 | 651-2412 |
福吉台 | 651-2413 |
大沢 | 651-2414 |
西神ニュータウン
須磨区にまたがるニュータウン地帯であり、1938年に野田文一朗によって明石平野に新都市を計画することを発表し、1965年の市議会で原口忠次郎が宅地計画を挙げ、1970年頃に未利用地であった都市計画を安易にしやすい高塚山などを切り開いて開発した。また、全国で初めて付加価値の高い産業を目的とする工業団地を目的として開発されており、工業地帯と近接する職住近接も目的として工業団地と社宅・マンションなどの住宅地が多くかつ商業・工業・公共・教育施設が充実しており、副都心機能を持つ。[4] [5] [6] [7] [8] [62]
西神中央地域
高塚台 | 651-2271 |
狩場台 | 651-2272 |
糀台 | 651-2273 |
竹の台 | 651-2274 |
樫野台 | 651-2275 |
春日台 | 651-2276 |
美賀多台 | 651-2277 |
西神南地域
井吹台南町 | 651-2242 |
井吹台西町 | 651-2243 |
井吹台北町 | 651-2244 |
学園都市地域
学園東町 | 651-2202 |
学園西町 | 651-2203 |
町名・大字の変遷
垂水区時代
- 1972年4月 - 押部谷町福住と押部谷町押部の一部から分離して、美穂が丘が誕生する。[63] [64]
- 1972年12月 - 押部谷町西盛と押部谷町福住の一部から分離して、富士見が丘が誕生する。[64] [64]
- 1976年7月 - 玉津町吉田の一部から分離して、曙町・枝吉・持子・玉津町森友の一部からは森友が誕生する。[1] [51][65]
- 1976年11月 - 押部谷町木見と押部谷町木幡の一部から分離して秋葉台が誕生する。[1]
- 1978年2月 - 押部谷町栄と押部谷町木幡と押部谷町木見の一部から分離して桜が丘中町・桜が丘西町・桜が丘東町が誕生する。[66]
- 1979年2月 - 押部谷町高和と押部谷町養田・櫨谷町寺谷・平野町堅田の一部から分離して高塚台が誕生する。[67]
- 1972年12月 - 岩岡町古郷字福吉西の一部から分離して、福吉台が誕生する。[64]
- 1981年8月 - 櫨谷町池谷と櫨谷町福谷と櫨谷町寺谷・押部谷町高和の一部から分離して狩場台が誕生する。[68]
- 1981年12月 - 櫨谷町池谷と櫨谷町福谷字糀ヶ谷と櫨谷町寺谷と櫨谷町長谷の一部から分離して糀台が誕生する。[66]
西区時代
- 1982年8月 - 押部谷町西盛字北山と富士見が丘2丁目・3丁目の一部から分離して北山台が誕生する。[66]
- 1982年8月 - 押部谷町西盛から分離して高雄台が誕生する。[67]
- 1982年11月 - 平野町大畑と平野町繁田と平野町宮前と平野町常本・櫨谷町寺前と櫨谷町栃木と櫨谷町菅野の一部から分離して春日台が誕生する。[69]
- 1983年11月 - 玉津町二ツ屋と玉津町小山・平野町慶明の一部から分離して天が岡が誕生する。[70]
- 1984年3月 - 平野町繁田と平野町堅田の一部から分離して、美賀多台が誕生する。[63]
- 1984年7月 - 伊川谷町前開と伊川谷町小寺・伊川谷町長坂の一部から分離して学園西町・学園東町が誕生する。[69]
- 1985年2月 - 伊川谷町上脇と伊川谷町別府の一部から分離して池上が誕生する。[71]
- 1985年5月 - 櫨谷町寺谷と櫨谷町栃木と櫨谷町長谷の一部から分離して竹の台が誕生する[67]
- 1986年5月 - 押部谷町押部と押部谷町福住の一部から分離して月が丘が誕生する。[72]
- 1986年5月 - 玉津町居住と玉津町小山と玉津町田中・平野町慶明の一部から分離して長畑町が誕生する。[72] [73]
- 1986年7月 - 伊川谷町潤和と伊川谷町別府の一部から分離して天王山が誕生する。[72]
- 1987年2月 - 伊川谷町別府・伊川谷町上脇の一部から分離して今寺が誕生する。[57]
- 1986年7月 - 玉津町出合の一部から分離して中野が誕生する。[72]
- 1987年2月 - 伊川谷町前開の一部から分離して室谷が誕生する。[65]
- 1987年2月 - 伊川谷町有瀬・伊川谷町上脇・伊川谷町別府の一部から分離して大津和が誕生する。[74]
- 1987年2月 - 岩岡町古郷・岩岡町岩岡字新地の一部から分離して上新地が誕生する。[68]
- 1987年2月 - 岩岡町古郷と岩岡町西脇字大澤の一部から分離して竜が岡が誕生する。[75]
- 1987年5月 - 櫨谷町寺谷と櫨谷町栃木・櫨谷町菅野の一部から分離して樫野台・学園東町が誕生する。[69]
- 1991年7月 - 伊川谷町井吹の一部から分離して井吹台西町・井吹台東町が誕生する。[57]
- 1992年5月 - 玉津町田中字宮ノ下の一部から分離して宮下が誕生する。[65]
- 1997年6月 - 岩岡町西脇・岩岡町古郷・竜が岡2丁目の一部から分離して、大沢が誕生する。[74]
- 1998年3月 - 押部谷町木見と押部谷町木津の一部から分離して、見津が丘が誕生する。[63]
- 1999年6月 - 玉津町二ツ屋と小山と玉津町丸塚と長畑町の一部から分離して、二ツ屋が誕生する。[63]
- 1999年6月 - 玉津町水谷と玉津町高津橋と玉津町今津の一部から分離して、水谷が誕生する。[63]
- 1999年9月 - 玉津町小山の一部から分離して小山が誕生する。[66]
- 2000年3月 - 玉津町丸塚と二ツ屋の一部から分離して、丸塚が誕生する。[63]
- 2001年2月 - 伊川谷町前開と伊川谷町上脇と伊川谷町小寺の一部から分離して前開南町が誕生する。[67]
- 2001年6月 - 玉津町高津橋の一部から分離して和井取が誕生する。[75]
地域
役所・出張所・連絡所
施設名 | 画像 | 備考 |
---|---|---|
西区役所[76] | 150px | |
西神中央出張所[76] | 150px | |
伊川谷連絡所[76] | 150px | |
押部谷連絡所[76] | 150px | |
神出連絡所[76] | 150px | |
岩岡連絡所[76] | 150px | |
櫨谷連絡所[76] | 150px | |
平野連絡所[76] | 150px |
公共施設
警察
消防
郵便局
無集配郵便局
- 伊川谷郵便局
- 玉津郵便局
- 神戸押部谷郵便局
- 神戸学園西町郵便局
- 神戸岩岡郵便局
- 神戸高津橋郵便局
- 神戸桜が丘郵便局
- 神戸狩場台郵便局
- 神戸春日台郵便局
- 神戸竹の台郵便局
- 神戸美賀多台郵便局
- 神戸富士見が丘郵便局
- 神戸有瀬郵便局
- 神出郵便局
- 西神南センタービル内郵便局
- 櫨谷郵便局
- 神戸西戸田簡易郵便局
図書館
健康
- 兵庫県立総合リハビリテーションセンター県立総合リハビリテーションセンターリハビリテーション中央病院
- 足立病院
- 医療法人実風会新生病院
- さぎの病院
- 佐野伊川谷病院
- 関西青少年サナトリューム
- みどり病院
- 医療法人誠仁会協和病院
- 財団法人復光会垂水病院
- 雄岡病院
- 医療法人敬性会白鷺サナトリューム
- 久野病院
- 垂水病院
- 医療法人財団兵庫錦秀会神出病院
- 広野高原病院
- 西神戸医療センター(開設者:財団法人神戸市地域医療振興財団) - 神戸市5病院群・神戸市民病院群の一つ
- 偕生病院
- 国立神戸視力障害センター
その他の施設
- ハローワーク西神[78]
- 兵庫楽農生活センターかんでかんで
- 神戸市立西体育館
- Hyogo Center for Agricultural life easier Kande kande.JPG
兵庫楽農生活センターかんでかんで
- Kobecity Nishi gym.JPG
神戸市立西体育館
産業
商業
- 西神そごう
- ダイエー西神店(プレンティ)
- ダイエー学園中央店(キャンパススクエア)
- コープ西神南(セリオ)[79]
- イズミヤ西神戸店(カナート西神戸)[80]
- 神戸オリエンタルホテル
- 若松塾
- 佐川急便
- アルプス[81]
工業
工業地帯
- 西神工業団地
- 西神第2工業団地
- 神戸複合産業団地
特産物
近郊農業地帯であり、主に米作・花き・果樹を生産している。[12][13][14]
金融機関
教育
大学
- 兵庫県立大学神戸学園都市キャンパス[82]
- 経済学部、大学院経済学研究科、経営学部、大学院経営学研究科が使用している
- 神戸市外国語大学[82]
- 神戸市看護大学[82]
- 流通科学大学[82]
- 神戸学院大学有瀬キャンパス[82]
- 甲南大学廣野グラウンド(学部は使用しない)
- 神戸芸術工科大学[82]
工専
専修学校
高等学校
- 兵庫県立伊川谷高等学校[82][83]
- 兵庫県立伊川谷北高等学校[82][83]
- 兵庫県立神戸高塚高等学校[82][83]
- 滝川第二高等学校[82]
- 神戸第一高等学校西キャンパス[82](旧・神戸市立神戸西高等学校)
中学校
小学校
特別支援学校
- 兵庫県立のじぎく特別支援学校[84](敷地内は三木市である)
その他の学校
小中学校区
- 校区一覧 [1]
交通
鉄道路線
※区外であるが、近接する山陽本線(JR神戸線)の明石駅、西明石駅、大久保駅、魚住駅(4駅とも明石市)を最寄駅とする西区民が最も多い。神戸市9区で唯一JRの駅がない西区だが、JRを利用する人が最も多い珍しい区である。また、市営地下鉄が計画されたときはパーク・アンド・ランド方式を計画し、採用された。[85]
バス
- 一般路線
明石市の明石駅と西神中央駅を主な拠点に路線網が張り巡らされている。
- 神姫バス
- 区全域に路線網がある。区内の路線バスをほぼ独占。
- 神戸市交通局
- 西神中央・西神南周辺のニュータウン内路線が中心。垂水区と伊川谷駅・学園都市駅を結ぶ路線もある。(ただし運行は神姫バスに委託)
- 2005年4月までは玉津町西部と平野町を除く全域に路線があった。
- 神姫ゾーンバス
- 神鉄沿線の住宅地を走る。
- 山陽バス
- 学園都市駅付近と伊川谷高校付近のみ。
準高速バス
- 恵比須快速線
- 神戸空港・三ノ宮と神戸市西区・三木市を高速道路経由で結ぶ路線。神姫バス担当。
道路
有料道路
高速代替国道
阪神高速道路
一般有料道路
一般道路
国道
主要地方道
その他の県道
- 兵庫県道148号大久保稲美加古川線
- 兵庫県道366号有瀬大蔵線
- 兵庫県道377号野村明石線
- 兵庫県道378号六分一神出線
- 兵庫県道379号岩岡魚住線
- 兵庫県道384号平荘大久保線
- 兵庫県道487号平野舞子停車場線
- 兵庫県道488号長坂垂水線
- 兵庫県道563号神出山田自転車道線
特徴
宅地造成
- 開発前、当区は押部谷地区以外、公共交通の空白地域であったために鉄道の敷設計画が進められてきた。1938年に野田文一朗によって明石平野に新都市を計画することを発表し、1965年の市議会で原口忠次郎が宅地計画を挙げ、1970年頃に未利用地であった都市計画を安易にしやすい高塚山などを切り開いて開発した。その後は押部谷地区もニュータウン開発計画に上がり、次々と宅地開発がされて来た。宅地開発された結果、神戸市中心部から人口が流入し、特に若い年齢層が流入した結果、自然増加率も高くなり爆発的な人口増加になった。その結果、神戸市営地下鉄の開通、神戸市中心部と並ぶ副都心機能を持つにまで至った。[86][87][9][88][10][11][89][90][91][4][5][6]
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 太山寺 (本堂が国宝、仁王門等が国の重要文化財に指定、新西国三十三箇所第25番)
- 如意寺 (文珠堂・三重塔・阿弥陀堂が国の重要文化財)
- 近江寺 - 播磨西国三十三箇所 第26番
- 国営明石海峡公園(神戸地区)
- 神戸市立農業公園(神戸ワイン城)
- 住吉神社
- 枝吉城
- 神出神社
- 王塚公園
- 玉津田中遺跡
- 吉田遺跡
- 地蔵院
- 端谷城跡(衣笠城・櫨谷城)
- 岡之屋形(岡辺の屋形)跡
- 井吹台谷口公園
- 吉田郷土館
- 太山寺温泉
- 保養センター太山寺
- 神戸市埋蔵文化財センター
- こうべ環境未来舘
人物
出身有名人
在住者
郵便番号
郵便番号は以下の通りである。
- 明石支店(明石市):651-21xx 伊川谷町、玉津町、学園東町・学園西町、小山・枝吉・王塚台・大津和・北別府・白水・前開南町・天王山・中野など
- 神戸西支店:651-22xx(旧673-02)651-23xx(旧673-03) 井吹台東町・井吹台西町・井吹台北町、櫨谷町、平野町、押部谷町、神出町
- 明石西支店(明石市):651-24xx 岩岡町
電話番号
- NTT西日本
- 名谷収容局(須磨区):79X 学園都市
- 明石収容局(明石市):91x 玉津町東部
- 明石西収容局(明石市):92x 玉津町西部
- 西神中央収容局(旧07806):961,963 平野町
- 神出収容局(旧07808):964,965 神出町
- 岩岡収容局(旧07807):967,969 岩岡町
- 伊川谷収容局(旧0789):97x 伊川谷町
- 櫨谷収容局(旧07800):962,990~993,996,997 櫨谷町
- 押部谷収容局(旧07809):994,995,998 押部谷町
※旧市外局番は1971年(昭和46年)7月31日までのもの。 名谷収容局(当時は妙法寺または福田収容局)、明石収容局、明石西収容局はそれ以前から「078」だった。 (詳しくは日本における市外局番の変更を参照)
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 神戸の町名 改訂版 p282
- ↑ 兵庫 難読 p112
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3 テンプレート:Cite web 引用エラー: 無効な
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- ↑ 10.0 10.1 神戸 地理 p197
- ↑ 11.0 11.1 神戸 地理 p198
- ↑ 12.0 12.1 神戸 地理 p207
- ↑ 13.0 13.1 神戸 地理 p208
- ↑ 14.0 14.1 神戸 地理 p209
- ↑ 15.0 15.1 兵庫 難読 p119
- ↑ 16.0 16.1 兵庫 難読 p116
- ↑ 17.0 17.1 兵庫 難読 p117
- ↑ 神戸 地理 p210
- ↑ 神戸 地理 p211
- ↑ 神戸 地理 p212
- ↑ 21.0 21.1 テンプレート:Cite web
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- ↑ 27.0 27.1 27.2 27.3 27.4 27.5 テンプレート:Cite web
- ↑ 28.0 28.1 テンプレート:Cite web
- ↑ 29.0 29.1 テンプレート:Cite web 引用エラー: 無効な
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- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 地名 歴史 p64
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 地名 歴史 p74
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 地名 歴史 p76
- ↑ 地名 歴史 p78
- ↑ 地名 歴史 p80
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 兵庫 難読 p81
- ↑ 兵庫 難読 p114
- ↑ 地名 歴史 p58
- ↑ 地名 歴史 p60
- ↑ 地名 歴史 Ⅱ p80
- ↑ 地名 歴史 Ⅱ p81
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 兵庫 難読 p75
- ↑ 兵庫 難読 p115
- ↑ 地名 歴史 p62
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 51.0 51.1 神戸の町名 改訂版 p291
- ↑ 兵庫 難読 p113
- ↑ 地名 歴史 p70
- ↑ 地名 歴史 Ⅱ p82
- ↑ 地名 歴史 Ⅱ p83
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 57.0 57.1 57.2 神戸の町名 改訂版 p287
- ↑ 神戸の町名 改訂版 p288
- ↑ 神戸の町名 改訂版 p289
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 地名 歴史 p68
- ↑ 神戸 地理 p204
- ↑ 63.0 63.1 63.2 63.3 63.4 63.5 神戸の町名 改訂版 p312
- ↑ 64.0 64.1 64.2 64.3 神戸の町名 改訂版 p311
- ↑ 65.0 65.1 65.2 神戸の町名 改訂版 p313
- ↑ 66.0 66.1 66.2 66.3 神戸の町名 改訂版 p300
- ↑ 67.0 67.1 67.2 67.3 神戸の町名 改訂版 p301
- ↑ 68.0 68.1 神戸の町名 改訂版 p296
- ↑ 69.0 69.1 69.2 神戸の町名 改訂版 p295
- ↑ 神戸の町名 改訂版 p283
- ↑ 神戸の町名 改訂版 p286
- ↑ 72.0 72.1 72.2 72.3 神戸の町名 改訂版 p305
- ↑ 神戸の町名 改訂版 p306
- ↑ 74.0 74.1 神戸の町名 改訂版 p292
- ↑ 75.0 75.1 神戸の町名 改訂版 p314
- ↑ 76.0 76.1 76.2 76.3 76.4 76.5 76.6 76.7 テンプレート:Cite web
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- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 82.00 82.01 82.02 82.03 82.04 82.05 82.06 82.07 82.08 82.09 82.10 82.11 82.12 82.13 82.14 82.15 テンプレート:Cite web
- ↑ 83.0 83.1 83.2 テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 神戸 地理 p205
- ↑ 神戸 地理 p193
- ↑ 神戸 地理 p194
- ↑ 神戸 地理 p196
- ↑ 神戸 地理 p199
- ↑ 神戸 地理 p200
- ↑ 神戸 地理 p201
参考文献
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- 阪神大震災と西神ニュータウン 著:西神ニュータウン研究会
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