クジラ
クジラ(鯨、Whale)は哺乳類のクジラ目、あるいは鯨偶蹄目の鯨凹歯類に属する水生動物の総称であり、その形態からハクジラとヒゲクジラに大別される。
ハクジラの中でも比較的小型(成体の体長が4m前後以下)の種類をイルカと呼ぶことが多いが、この区別は分類上においては明確なものではない。
目次
特徴
身体的特徴
- 前肢は魚の胸びれのような形に変化している。爪も存在しない。
- 後肢は退化し外見上は見当たらないが、その名残とも言える腰骨が、孤立した骨として筋肉中に埋もれて存在する。
- 尾部は良く発達し、その先端に尾びれがあり、遊泳器の役をなしている。尾びれは魚類と違って横向き(水平)であり、クジラが体を上下にくねらせて推進力を生み出すのに適応したものである(魚類は、エイなどの例外を除き体を左右にくねらせる。
- 頸椎は陸生のほ乳類と同じように七個あるが、平たくなり、ある種類では癒合し数が少なく見える。この為、外見上首にあたる部分がくびれていないので魚の形に似ている。
- 鼓膜・三半規管等はあるが耳殻がなく、耳の穴もふさがっている。聴覚は骨伝導により行なっている。
- 体毛は口の周りに少し残っていて、犬・猫のひげに似た感覚毛であり、その他の部位には見当たらなく、また鱗も無い。
- 鼻孔は、「テレスコーピング現象」というクジラ独自の進化の特徴を獲得したため頭頂部に移動して、呼吸をする事が安易になっている。テレスコーピング現象は、クジラの進化の時系列を、語る上で指針となる特徴でもある。
- セミクジラ類やシロイルカなどわずかなものを除き、背びれを持つ。ヒゲクジラでは小さいが、ハクジラ類では大きく発達している。
水中生活への適応
- エコーロケーションという超音波を使い情報を知覚し、周辺環境の確認や獲物の採取に役立てているといわれる。また群れの中の意思疎通も、エコーロケーションで行っていると考えられていて、調査研究が進んでいる。具体的な研究結果においては、エコーロケーションにより「レントゲンのように対象物の骨格まで認識しているのではないか」という事や、シャチなどは、群れの生活域の距離が離れていたり、家系の血筋が遠ければ方言化などにより「意思の疎通が難しいのではないか」という事が推論されている。
- 摂食から出産・育児まで全て水中で行う完全な水生動物である。睡眠も水中で取るが、研究結果によれば、右脳と左脳を同時に睡眠状態にせず交互に休ませているので、睡眠しながら溺れることなく泳ぎ続けることができる。なお、このような右脳と左脳を交互に休ませる睡眠は、鳥類や多くのほ乳類には一般的なものであることが知られている。
- 海に住むクジラは水に囲まれているので水を飲む必要がないように思われがちだが、海水と体液の浸透圧の差により少しずつ水分が体外へ失われて、水分を何らかの形で取り込まないと死んでしまう。クジラは、魚のように海水から塩分を直接濾過して水分を取り込む器官を持たないため、水分のほぼすべてを餌から得ることになる。すなわち、餌の脂肪、糖類、タンパク質などが体内の代謝によって燃焼したときにできる水である。これは、乾燥地帯に住むカンガルーネズミが一生涯水を飲まず、水分を餌だけに頼っているのと似ている。なお、クジラは一般の哺乳類と比べて濃い尿を濾過できるように腎臓を進化させ、水分の消失を極力抑えながら余分な塩分などを効率良く排泄している。
- 皮膚が乾燥に耐えられない事や、自重により内臓が圧迫され臓器不全を起こす事などから、陸に上がる事は短時間であるか、若しくはまったく出来ない。
哺乳類としての特徴
- 陸生哺乳類と同じく鼻孔(噴気孔)を有し、肺で空気呼吸をする。
- 体温はほとんどの魚類[1]のように外海の温度に左右されることなく一定で温血である。(種類により違うが概ね35度-36度)
- 普通一子が母体子宮内で成長し、出生後は一定期間母乳で保育される。
ヒゲクジラ亜目及びハクジラ亜目で生態も異なる為、それぞれの項も参照。また、クジラの骨格の特徴について詳しくは鯨骨を参照。
進化
クジラの祖先は、新生代の始新世初期、南アジアで陸上生活をしていた肉食性哺乳類パキケトゥスの仲間とされている。かつては、暁新世の原始的な有蹄類であるメソニクスとの関係が考えられたが、近年では鯨偶蹄目に分類し、現在のカバと共通の祖先を有するウシ目(偶蹄類)に起源を求める見解が有力である。当時インド亜大陸がアジア大陸に衝突しつつあって両者の間には、後にヒマラヤ山脈として隆起する浅い海が広がっており、クジラ類の陸から海中への進出は、その環境に適応したものとされる。詳しくはクジラ類の進化史を参照。
分布
クジラには一定の生息場所は無いが、元来は比較的暖海のものと考えられる。それが水温の高低に対して適応範囲が広くなり、かつ食物等の関係で寒冷な極海まで近寄るようになったものと思われる。例えばシロナガスクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラなどのヒゲクジラ類においては世界中の海洋に分布しているが、食物を求める回遊の為南北両極付近に集まるのは有名である。然し南北両半球では季節が逆のため、鯨が赤道を越えて回遊する事はほとんどない。ただしザトウクジラでは観測例もある[2]。
分類
クジラ類は生物分類上はクジラ目に属し、ヒゲクジラ亜目とハクジラ亜目に分けられる。ヒゲクジラ類は濾過摂食に適応し、小魚やプランクトンの様な小型の生物を主に食べるが、ハクジラ類は主に魚類やイカ類を食べる。近年のDNA解析で、クジラはブタやウシよりもカバにもっとも近縁であるという説が提示されている。その説と分岐分類学に従い、ローラシア獣上目の下にクジラ目と偶蹄目を合わせた鯨偶蹄目(クジラ・ウシ目)を新設し、それに含むべきという意見もある(クジラ目の項も参照)。
ハクジラ類
一生の間、必ず歯を持っており、「くじらひげ」は無い。外鼻孔は1個であるが、少し中に入ったところで2道に分かれている。現生の種類は10科、30余属、70余種にのぼる。マッコウクジラ科、アカボウクジラ科、ゴンドウクジラ属などに属する約20種の他はみな小型で、いわゆるイルカ類といわれている。
鯨と生態系
鯨の海洋におけるバイオマスの大きさは古くから知られるところであり、その生態系での役割も決して小さくはない。
鯨は小魚やオキアミなどの餌を大量に食べ、同時に大量に排泄する糞は動物プランクトンや小魚の餌となり、植物プランクトンに必要な栄養塩となって光合成を促進する。植物プランクトンの増加は動物プランクトンやイワシなどの魚類に栄養豊富な餌を与えて生育を促す事は自明の理であるが、現在問題となっている二酸化炭素の大幅な低減が期待できる。中でもマッコウクジラは垂直方向へも栄養塩を運ぶ。すなわち、深海に住む生物を餌にすることで、一旦沈んだ栄養塩を海面まで引き上げている[3]。
主にヒゲクジラの仲間には魚類がつき下記のえびす伝承の根拠となっており、特にカツオクジラやニタリクジラにカツオがつくのは共生であると指摘されるが、ノルウェーでは1900年代から、アイスランドの沖合いで十年の間に鯨を捕り尽くした(1300頭ほど捕れたものが、最終的に15頭しか捕れなくなった)際に、鯨について回遊する性質の魚までいなくなり、一般漁民からの抗議があり、ノルウェー政府は領海外での捕鯨を推奨した事例がある[4]。
鯨は死後も分解され、海底においては鯨骨生物群集を形成しているが、陸上に座礁した死骸もカラスやクマ、キツネなどの動物に食べられて生物分解される。海と陸では動植物に含まれる窒素の同位体の割合が異なり、例えば、捕食された鯨の遺骸に含まれる「海のミネラル」が糞などを介して、陸地の植物に吸収され重要な栄養分になり利用される。含有するミネラルには植物の成長を早める効果もある。
鯨と言葉
テンプレート:See also 由来や鯨や捕鯨に直接関係しない鯨に纏わる言葉(捕鯨に直接係わる言葉は捕鯨を参照ここでは、文化の広がりを示す、比喩や例えや派生を表記する。)また「鯨鯢(けいげい)」という言葉も歴史的にクジラを指す一般的な名称であった。
鯨(クジラ)の由来
- 漢字 - 鯨は古来哺乳類ではなく「魚」と思われていたが、大きさが普通ではなかったことから、京(兆の万倍の単位、10の16乗)のような計り知れない魚ということで「魚」と「京」をあわせて「鯨」となったという説がある。
- クジラ - 「日本釈名 中魚」1700年(元禄13年)貝原益軒著や「東雅 十九鱗介」1719年(享保4年)新井白石著によれば「ク」は古語で黒を表し「シラ」は白を表し「黒白」で「クシラ」であった。その後「シ」は「チ」に転じて「クチラ」になり「チ」が「ヂ」に変り「クヂラ」になったと解説している。また、『日本古語大辞典』では「ク」は古韓語で「大」を意味し、「シシ」を「獣」、「ラ」を接尾語としている。その他、『大言海』では「クチビロ(口広)が変化したものとし、『日本捕鯨語彙考』では「クジンラ(九尋羅)」が変化したものとしている。
単語
鯨体あるいは鯨肉の本皮(黒い表皮と白い脂肪層)に見立てた黒白のデザインに由来するものが多い。また、鯨の大きさを受けた言葉も多い。山鯨(やまくじら) - 主に猪の肉の意味であるが、その他の獣肉(特に野獣)をさす場合もある。
皮鯨(かわくじら) - 鯨の背と腹の色の違いを模して器の口が黒くなっている茶碗や湯呑などのこと。あるいは鯨肉の本皮の断面を模したともいう。
鯨帯(くじらおび) - 昼夜帯という和服の帯で表と裏があり、鯨の背と腹の色の違いを模して鯨帯と呼ばれる。
鯨尺(くじらじゃく) - 鯨差しともいい和裁用の物差し。元は鯨の髭から作られていた。
鯨豆腐(くじらとうふ) - 豆腐の片面を昆布などで色付けして白黒にした物。
鯨羊羹(くじらようかん) - 鯨羊羹とは鯨肉の外観を模した和菓子。地域差がある。
鯨餅(くじらもち) - 鯨餅とは鯨肉の外観を模した餅菓子。地域差がある。
鯨幕(くじらまく) - 黒と白の布を交互に縫い合わせた(主に仏式の葬儀の際に用いられる)垂れ幕、鯨帯同様に鯨の体になぞらえて鯨幕と呼ばれる。鯨百合(くじらゆり) - ユリ根の料理法の一つ。板に薄く伸ばすと形が皮鯨に似るから「鯨百合」の名が付いた。
鯨飲(げいいん) - がぶがぶと酒を飲む様。
鯨音(げいおん) - 釣鐘や鐘の音や音が響き渡る様。鯨吼(げいほう)も同じ意味である。
鯨鯢(けいげい・げいげい・げいじ) - 鯨が雄鯨で鯢が雌鯨をさし、あわせて鯨を意味する。大きな口で小さな蝦や魚を飲み込む様から多数の弱者に被害を与える極悪人またはその首謀者をさし、大きな刑罰や罪人を意味する。
鯨鐘(げいしょう) - 梵鐘のことで、別称として他に華鯨、巨鯨などがある。吊り金具の部分(龍頭)が龍を模しているのは、鯨を抑える事が出来るのは龍以外に無いという説がある。
鯨呑(げいどん) - 大きな口で小さな蝦や魚を飲み込む様から強者や覇者が弱者などを取り込む事や強い国や地域が弱い国や地域を吸収合併または、併合する事をさす。鯨波(とき、げいは) 大波や 鬨の声「えいえい おうおう」をあらわす。「とき」という大和言葉に「鯨波・鬨・時」という字が充てられたようで時間や間合いや機会といった意味で使い分けられていたとする説がある(一部の辞書で同じ括りになっている)鯨浪(くじらなみ)鯨涛 (げいとう)も大波を意味する。
鯨鵬(げいほう) - 大きいこと。または、大きいもののたとえ。
すんくじら - 鹿児島弁で端や隅の意味。
慣用句
鯨波の声(ときのこえ) - 上記の鯨波と書いても同じ意味である。ただし上記の鬨が戦いを示すので戦場での大人数の声を表し主に「勝鬨の声」と解釈されることもあるが、鯨吼という言葉との関連や日本の合戦における史実から合戦の合図や大将戦をはじめとする代表戦の名乗りなどという諸説がある。
鯨に鯱(くじらにしゃち) - 付きまとう事または、付きまとって相手に被害を与える事。現在なら「ストーカー」とほとんど同意である。
鯨の喧嘩に海老の背が裂ける(くじらのけんかにえびのせなかがさける) - 強者の争いに弱者が巻き込まれ被害を受ける事。
鰯網で鯨捕る(いわしあみでくじらとる) - 予想せず大きな獲物や収穫を得ること、思いがけず幸運に恵まれたりすることをさす。同義語で「棚から牡丹餅」などがある。
長鯨の百川 吸うが如し(ちょうけいのひゃくせん すうがごとし) - 大酒のみのことで元は漢詩である。
鯨鯢の顎にかく(けいげいのあぎとにかく) - 鯨のあごに引っ掛かり飲み込まれそうになったという言葉から、九死に一生を得る様な体験をさす。
虎伏 野辺 鯨の寄 浦(とらふす、のべ。くじらのよる、うら。) - 虎や鯨が出没する様な原野や海がある様な所という言葉から、未開の地をさす。
「クジラ」という言葉の表記の別や時代による移り変わり
奈良時代(710 - 794年)
- 万葉集 - 今の鯨(クジラ)を指すとされる言葉は「イサナ(鯨魚、鯨名、勇魚、不知魚、伊佐魚)」又は「イサ」であり、捕鯨は「イサナトリ」「イサナトル」である。
- 古事記 - 「区施羅」クヂラ。
- 日本書紀 - 「久治良」クヂラ。記紀共に今の鯨(クジラ)を指すかどうかは諸説ある。
平安時代(794年-1185年)
- 新撰字鏡 - オスは「鼇(本来は大亀の意味)」クチラ(久治良)。メスは「鯢」メクチラ(女久治良)。
- 類聚名義抄 - オスは「巨京(渠京を略した文字としている)」クヂラ、ヲクヂラ。メスは「鯢」クヂラ、メクヂラ。
その他
常用漢字表において魚偏(さかなへん)のある文字は「鯨」と「鮮」であるが、(正確には魚ではないにしても)“魚”の種を表す文字は「鯨」だけである。
えびす
日本においてクジラは、漁業神や漂着神・「寄り神信仰」として神格化されてきた。また、世界各地でも歴史的に神聖視されたことが、少数例ながらある。
漁業神(えびす)
鯨は、捕獲の対象であると同時に、信仰の対象ともなってきた。日本では、鯛と釣竿を持つ姿で知られ漁業の神でもある「恵比寿」との同一視がなされた。由来については諸説あるが、現在でも漁師が、鯨にカツオがつく様子を鯨付きと呼ぶように、魚群の水先案内として鯨類を目印としていて、その魚群を見つけ出す力を神聖視していたためといわれる。東北、近畿、九州の各地方をはじめ日本各地で、鯨類[5]を「エビス」と呼んでいて、恵比寿の化身や仮の姿と捉えて「神格化」していた。これらはニタリクジラにカツオが付いたり、イルカにキハダマグロがつくように、鯨類に同じ餌(鰯などの群集性小魚類)を食べる魚が付く生態から生まれた伝承であると考えられ、水産庁の加藤秀弘はニタリクジラとカツオの共生関係および、えびす信仰との共通点を指摘している。
アイヌ民族は寄り鯨をもたらすとしてハクジラ(歯鯨)類のシャチを沖の神としており、同様の例として捕鯨地であった石川県の宇出津(うしつ)でも、捕鯨対象の鯨を追い込んでくれるシャチを「神主」と呼んでいた。
漂着神(えびす)
島嶼部性(とうしょうぶせい)の高い日本において「寄り鯨」・「流れ鯨」[6]と呼ばれた漂着鯨[7]もエビスと呼んで、後述のような資源利用が盛んであり、「寄り神信仰」の起源ともいわれている。特に三浦半島や能登半島や佐渡島などに顕著に残り、伝承されている。寄り鯨の到来は、七浦が潤うともいわれ、恵比寿が身を挺して住民に恵みをもたらしてくれたものという理解もされていた。もっとも土地によって逆の解釈もあり、恵比寿である寄り鯨を食べると不漁になるという伝承も存在した。
水神
本来は海浜地域において海上の安全や大漁祈願などの「漁業の神」として祀っているが、内陸部においても河川や水源の近くにある岩や石を鯨と見立てて、鯨石や鯨岩と呼び、治水や水源の「水の神」として祭っている地域も幾つか存在する。
神聖視(日本以外)
ノルウェーなど北欧でも鯨が魚を追い込んで豊漁をもたらすとの伝承があり、これもイワシクジラにサイ[8]という魚が付き、それを集めるとされている。
ベトナムではクジラのことを cá ông (カー・オン)と呼んで古くから信仰対象としてきた。cá は「魚」の意。修飾語の ông は漢字「翁」に由来し「おじいさん」の意味だが、年長男性一般への敬称としても汎用される言葉。全体として「おやっさん魚」または“Sir fish”(魚卿)とでも言うべき意味になるが、いずれにしても敬意と親愛の情がこめられた呼び名である。
オーストラリアの北海岸やその周辺の島々に住むアボリジニはバンドウイルカをトーテムとして神格化し、シャーマンと交信して豊漁をもたらすとされる[9]。
鯨の利用
鯨骨
鯨骨(クジラの骨)は先史時代から世界各地で狩猟具として加工利用されてきた事が、貝塚の発掘から判明しており、日本においては縄文時代や弥生時代の貝塚から狩猟具だけでなく、工業製品を加工する作業台や、宗教儀式で使われたと推察される装飾刀剣が発見され、色々な形でクジラの骨の利用がなされてきた。
江戸時代には鯨細工として根付を始め様々な工芸品を生み出し日本の伝統文化として受け継がれている。近代において、マッコウクジラの歯は、象牙などと同様に彫り物などの工芸品に加工されることがある。パイプや印材などに用いられた例がある。
古来からイヌイットは木の育たない環境で生きてきた為、住居の骨組みにクジラの骨を使っている。また近年ではカナダ、アメリカの先住民であるイヌイットや、ニュージーランドの先住民であるマオリが、歴史的にクジラを利用してきた経緯から、クジラの歯や骨を加工した工芸品を作製している。
イッカクの牙は、中近世では薬として用いられた(ただし、一角獣の角とされ、鯨の歯であることが知られずに使われる事も多かった)。 (詳細は鯨骨を参照)
鯨肉
古くからクジラから採取した肉や皮を食べる習慣がある国や地域が存在する。 日本、インドネシア、フィリピン、ノルウェー、アイスランド、グリーンランド、フェロー諸島、アラスカ、カナダなどであり、民族的・文化的な伝統の食材として、調理法も多岐に渡っている。日本でも多様で高度に洗練された調理法が存在し、和食文化の重要な一部分を占めている。食用部位も赤身の肉のみならず、脂皮や内臓、軟骨など国や地域によって多様である。イギリスやフランスなどの西ヨーロッパでも食用習慣がなかったわけではないが、近海資源の枯渇などから消滅した。(詳細は鯨肉参照)
鯨ひげ
「鯨ひげ」はヒゲクジラ類にのみ見られる部位で、上あごの本来歯が生えるべき部分の皮膚が変化してできたものである。爪と同じく終始のびつづける特性を持ち、両側あわせて600枚近くになることもある。鯨の髭は捕食の際に歯の代りを行うもので、ヒゲクジラ類は大量の海水とともに餌を吸いこんだ後、海水だけを吐きだして餌だけを食べるのだが、このときに餌を口のなかにとどめておくフィルターの役割を果たすのが髭である。主な餌の違いから、鯨種によって形状・性質はかなり異なる。
鯨の髭は適度な硬さと柔軟性、軽さを備えており、捕鯨の発達した地域では、プラスチックがなかった時代には工芸などの分野で盛んに用いられた。特にセミクジラのものが長大で柔軟なため珍重された。日本における鯨の髭の利用は釣竿の先端部分、ぜんまい、裃の肩衣を整形するための部品など多岐にわたるが、特に有名なのは呉服ざし(ここからいわゆる「鯨尺」という単位の名が生まれた)と文楽人形の頭を動かすための操作索である。西洋ではコルセットやドレスの腰を膨らませるための骨としても用いられた。(詳細は鯨ひげ参照)
鯨油
鯨油はクジラの脂皮や骨などから採取した油であって、シロナガスクジラ、ナガスクジラ、イワシクジラ等のヒゲクジラ類からとったナガス鯨油と、マッコウクジラ、ツチクジラ等のハクジラ類からとったマッコウ鯨油があるが、単に鯨油といった場合は前者を指すことが多い。
鯨油は古くから灯用、セッケン原料、グリセリン原料、製革工業、減摩剤等に使用されていたが、近年では硬化鯨油として食用油(マーガリン原料など)、化粧品原料などさらに広範囲に利用された。 クジラ一頭から取れる油量はシロナガスクジラで約120バレルである。シロナガスクジラからとれる油量は他のクジラからとれる油量の最小公倍数であった為、捕鯨頭数などはシロナガスに換算して表示された(BWU方式)。(詳細は鯨油参照)
その他
- 残滓の利用
鯨油の採取後の絞りかすや、食用外の肉などは、肥料用に使用されることがあった。日本では鯨肥と呼ばれた。肉・骨・皮などを煮て石臼などで粉砕したものであり、鰯肥などと同様の海産肥料として使われた。江戸時代から鯨油の絞り粕の再利用等として行われている。ただし鯨油の採取後の絞りかす(油かす)は食用にされることもあった。
明治時代以降に近代捕鯨基地として使われた宮城県牡鹿町鮎川浜(現石巻市)などでは、鯨肥生産が地場産業として栄えていた[10]。
食用習慣の無い多くの近代欧米諸国では、採油に向かない赤身の主要な用途であった。同様に飼料用にも用いられたことがある。特に毛皮用のミンクの飼料に多く用いられた。イギリスなどではペットフード用にも用いた。
- 特別な部位
マッコウクジラ頭部のメロン体周囲の繊維束(千筋)は、テニスラケットのガットに用いられた。メロン体の皮膜は、太平洋戦争中には皮革原料に使用された。マッコウクジラの腸内生成物は竜涎香と称し、香料として珍重された。
一部の部位は薬品類の原料にも用いる。肝臓からは肝油が採取される。脳下垂体や膵臓、甲状腺などからはホルモン剤が生産されていた。
鯨が食す餌の消費量
世界の海洋における鯨類の食物消費量
財団法人日本鯨類研究所の計算によると、世界中の鯨が食する餌の消費量は魚、イカなどの軟体動物、オキアミなどの甲殻類を合わせると、2.8 - 5億トンとされている。これは、世界中の人間の魚の消費量9千万トンの3倍-6倍と計算される[11]。保護されたために増えすぎた鯨によって海洋のバイオマス(生物資源)は減少しており、捕鯨は海洋生物資源の保全に繋がるという意見もある。
クジラの消費するバイオマスの量については、捕鯨に賛成、反対のそれぞれの立場からの説明となってしまうことが多いが、必ずしも捕鯨に賛成、反対の立場からのみ発生した見解が出ると限ることはできない。
- 試算には、捕鯨対象種以外の種を含んでおり、捕鯨禁止という形で保護されているのは鯨類全80種余りの中のIWCで管理された13種に過ぎない。
- 世界中の鯨が食べる餌は種類によって異なり、魚やイカの中には漁業と競合しないものや、プランクトンや深海凄のイカなどは、そもそも食用資源に向かないものもあり、直接競合しているのは二割程度である。
- 人類が利用しにくい資源をより多く利用するため、リン酸資源や鯨油として使用するなど食用に不向きなクジラの利用が推奨されることもある。例えば深海凄のハクジラ類の生息数は南極においてクロミンククジラよりも多いにも関わらず資源として利用されていない[12]。だが、深海凄のハクジラであるマッコウクジラ調査捕鯨の対象としても僅か5頭程度しか捕られていないが、これは鯨油の需要が少なく、経済価値が殆どないからである[13]。
といった事実から、捕鯨がどの程度、特にクジラを除く生物資源の管理に役立つのか明確でない点が多く、それを示す研究結果も少ない。
現在の群集生態学によれば、実際の生態系はピラミッド上の単純な食物連鎖ではなく、食物網(Food web)と呼ばれる網の目のような複雑な関係にあるとする知見が得られてきている[14]。食物網の概念によれば、たとえどの網の箇所でも引っ張れば全体に影響し歪みを与え、それと同様に、乱獲や過剰保護[15]などの極端な資源運営を行えば、バイオマスのバランスが崩れる要因になる。近年ではEcopath with Ecosimなどの生態系モデル(Ecosystem model)が開発され、日本でもクジラと漁業の競合関係を調べるためにジャルパン2(JARPN II)と呼ばれる研究が行われており、その目的の一つがクジラを含めたFood webを数値モデル化するための科学的データの提供とされる[16][17]。
鯨食害論
日本鯨類研究所の大隅清治と田村力による『世界の海洋における鯨類の食物消費量』を基にしたとされるのが、鯨食害論である。
『世界の海洋における鯨類の食物消費量』が飽くまでも食物網の研究から、漁業と鯨類の捕食の競合を示そうとしているのに対して、こちらの論説では、「鯨が増えすぎると魚類を食い尽くす」という論旨であり、水産庁などが監修した一般書籍には多く見られる。日本捕鯨協会による簡単な説明は以下の通りである[18]。テンプレート:Quotation
基本的に、クジラ目を二分するヒゲクジラ亜目の鯨の殆どは1年のうち1/4は極地で採餌し、残りの3/4の期間は赤道付近で餌を食べずに繁殖を行なう為[19]、例としてシロナガスクジラでは年間に自分の体重の4倍程度しか食事をしないため、見た目のイメージで大食漢と決め付けられるものではないという意見もある[20]。特にヒゲクジラ亜目の鯨は前述のように極地で採餌する為、地球上の半分である南半球では主として、南極海でもっとも豊富なナンキョクオキアミが消費されるが、これは年間数千万トンの余剰資源がある[21]とされる。ほかにもマッコウクジラは主に深海の軟体動物を食べ、ハクジラ亜目の鯨類には深海凄のイカ類に依存するものが多い。他には砂浜のゴカイなどの生き物を捕食するコククジラや鯨類そのものを捕食するシャチなど、80種近いクジラの生態及び食性は様々であり、また、ナガスクジラ科の鯨種のようにその時期に多い餌生物を食べるため、餌生物も特定のものに限定される訳ではない為[22]、人間の漁業と間接的にしか競合していない部分も大きい。
科学的に不確かな部分が多いと言う指摘に対して、田村力はオキアミだけを捕食していた種類もあり、不確かな部分も多く、この説は世界に叩き台を提供する為のものであると、それを認めたうえで更なる調査が必要であるとしている[23]。
批判
- イギリスの水産大臣(当時)エリオット・モーリーは科学的に不確かな点が多く、鯨の影響も分からないので、商業捕鯨再開の理由たりえないとしている。
- かつて鯨類研究所に所属していた粕谷俊雄教授は鯨(特にナガスクジラ科の鯨)は過去にはもっと多く生息していたが魚がいなくなる現象は起きておらず前提に無理がある。漁獲対象にしていない魚類を鯨がどの程度食べているか明確でなく、あくまで仮定に過ぎないとしている[23]。
- 関口雄祐は前述の捕鯨によって生物網を調整し漁業資源を増やす案の現実性について、それは熱帯域から極地に生息するおよそ80種類の鯨類を管理しなければならない、つまり地球上の海洋全体のコントロールが可能でなければ出来ないことであり、現代の科学技術では当面不可能である[24]とみている。
- WWFジャパンはこの見解に関しては非科学的なものであると批判している[25]。
- WWFジャパン自然保護委員の松田横浜国立大学教授は確かに、日本鯨類研究所は鯨が沢山捕食するのを証明しているが、主要な生態学の教科書に引用される「ピーター・ヨッジスの間接効果理論」によれば、食物網の効果で必ずしも捕食が水産資源の減少になるわけではない点が数学論的に立証されており、多数の生態学者からも批判されていると農林水産省の会議で発言している[26]。
- 大久保東海大学海洋学部専任講師は2009年のIWC会合では日本の政府代表団が、鯨による水産資源の減少を決め付けてはいないとした点を踏まえた上で、前述の関口氏の説に連なる、水産庁が目指す鯨類の複数種一括管理は実現可能性が低い事実(既存のRMPを尊重するべきであるとのこと)と仮説にすぎないものを大々的にアピールするのは日本の科学の信頼性を損ねると農林水産省の会議で発言している[27]。
- 前FAO水産局長の野村一郎は上記の松田、大久保の指摘する、この説の科学的な信憑性が低い点を踏まえて、捕鯨再開のために鯨による漁業被害をPRするのはむしろイメージ的に良くないのではないかとしている。
- AAP通信によると世界自然保護会議においては、この説は科学的証拠が不足しているとする動議に、日本を含めた捕鯨国も署名する予定であったと報道している[28]。
捕鯨問題#自然保護問題としてのクジラの鯨食害論も参照。
脚注
関連項目
クジラの生態
クジラの遺骸
鯨の利用
自治体
- 昭島市 - 東京都。クジラの化石が発見されたことが話題となっている。
- 太地町 - 和歌山県。日本における捕鯨発祥の地であると言われている。
- 柏崎市 - 新潟県。海岸に「鯨波」という地名が存在することで知られる。
その他
- くじら座
- マリンジャンボ - 全日本空輸がかつて運航した機体全体を鯨に見立てた特別塗装機。
- 横浜DeNAベイスターズ - 旧称:大洋ホエールズ→横浜大洋ホエールズ。
- ゴジラ - 怪獣映画「ゴジラ(Godzilla)」は「ゴリラ」と「クジラ」を合わせた造語。bg:Кит (биология)
bn:তিমি bs:Kit ca:Balena chr:ᎤᏔᎾ ᎠᏣᏗ cu:Китъ cy:Morfil el:Φάλαινα gd:Muc-mhara hak:Kîn-ǹg hi:व्हेल ht:Balèn io:Baleno iu:ᐊᕐᕕᒃ jv:Iwak lodan kbd:Джейхэр ln:Mondɛ́lɛ́ (nyama) mi:Ika moana mk:Кит ml:തിമിംഗലം mn:Халим ms:Paus (mamalia) my:ငါးဝန် nah:Huēyimichin nso:Leruarua ps:نهنګ sah:Хаалым балык su:Lauk Paus ur:حوت
xal:Тул- ↑ マグロ、カジキやアオザメなどごく一部の魚類は奇網と呼ばれる組織によって体温を海水温よりも高く保つことができる。
- ↑ 前田英雅 沖縄海域におけるザトウクジラの鳴音の音響特性に関する研究(PDF)
- ↑ ロイター「マッコウクジラの「排泄物」、CO2削減に貢献=豪研究」
- ↑ 『クジラの世界』イヴ・コア著、宮崎信之監修 創元社 118頁
- ↑ イルカを含め鯨とした。
- ↑ 「流れ鯨」、「寄り鯨」の意味については捕鯨を参照。
- ↑ ほかに漂着物や水死体などをも同様の信仰対象とした例がある。詳細はえびす参照。
- ↑ Sei、スズキ科の魚。イワシクジラの英名のSei Whaleもそれに起因する(『ニタリクジラの自然誌 ―土佐湾に住む日本の鯨―』平凡社、加藤秀弘、2000年、68頁)。なお、北欧の事例については後にはキリスト教と結びつけられて、神が漁獲の助けとしてクジラをもたらしてくれているとの説明が教会関係者によってされたこともあったようである。ある教会関係者は、漁民が争いごとを起すと、神の不興を招いてクジラが助けてくれなくなるとの説明をしているが、一般的理解であったかどうかは不明である。
- ↑ 『イルカと一緒に遊ぶ本』青春出版社 、鳥羽山照夫(監修)、1998年 ISBN 4413083873 169、170頁
- ↑ 鮎川浜の場合、食用に適さないマッコウクジラが対象鯨種であったことなどから食用とされた鯨肉はごく一部であり、余剰鯨肉が生じていた。これらは当初は海洋投棄されていたが、周辺海面を汚染するとして地元漁民の反発を受けたこともあって工業資源化され成功したものである。
- ↑ "It is an important issue in the context of world food security since it is estimated that cetaceans consume three to five times the amount of marine resources harvested for human consumption.": テンプレート:Cite journal
- ↑ 南極のミナミツチクジラやミナミトックリクジラの数はクロミンククジラに匹敵し、食べるイカをオキアミ換算するとクロミンククジラを上回るが、食料資源としての調査自体が行われていない。こういったハクジラ類の数少ない利用例は千葉のツチクジラであり、これは地域的な嗜好によるものであり、特殊な事例である。
- ↑ 『世界クジラ戦争』PHP研究所、小松正之、2010年、ISBN 9784569775869 138頁 尚、小松は「常識はウソだらけ」ワック ISBN 9784898315736 では「鯨80種は全て食用になる」ともコメントしてはいる。
- ↑ Fishing Down Marine Food Webs, Fisheries Centre, University of British Columbia
- ↑ 俗に過剰保護の影響であるかのようにいわれるクロミンククジラの増加は飽くまでも他の鯨種が乱獲された生態系破壊の結果とされ(クロミンククジラ#形態・生態参照)、過剰保護とは無縁の現象である。他の種でも過剰保護が具体的に何かを引き起こした事例は未確認である。
- ↑ テンプレート:Cite journal
- ↑ 『なぜクジラは座礁するのか? 「反捕鯨」の悲劇』河出書房、森下丈二、2002年、59頁 テンプレート:要出典範囲
- ↑ 反捕鯨団体の言われなき批判に対する考え方 - II 鯨資源の利用の是非について 日本捕鯨協会
- ↑ ヒゲクジラ亜目#生態参照
- ↑ 『クジラはなぜ優雅に大ジャンプするのか』実業之日本社、中島将行、1994年、162-164頁、年に120日しか食事をしないシロナガスクジラが毎日6トンのオキアミを捕食すると年間720トン。対して人間は年間に体重の15-16倍の量の食事をするとされる。
- ↑ ナンキョクオキアミ#地理的分布の「南極圏の生態系における地位」及び「バイオマスおよび生産量」も参照。
- ↑ 食性に関しては各鯨種の項目を参照。ヒゲクジラ亜目の鯨ひげもまた餌や生態にあわせて様々な形態に進化している。
- ↑ 23.0 23.1 『読売新聞』2002年5月21日
- ↑ 『イルカを食べちゃダメですか? 科学者の追い込み漁体験記』光文社、2010年 ISBN 4334035760 155-156頁
- ↑ WWFJapan>クジラ問題に関する見解について 日本政府は危機を煽るだけ煽って資源管理に真剣に取り組んでいないと非難されるだろうとしている。
- ↑ 第3回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要 農林水産省
- ↑ 第4回 鯨類捕獲調査に関する検討委員会議事概要 農林水産省
- ↑ 日豪プレス(AAP). (2008年10月15日). ただし、オーストラリア代表のピーター・ギャレット環境相が、この動議を台無しにした。