セミクジラ
セミクジラ(背美鯨、勢美鯨[1]、学名:Eubalaena japonica)はヒゲクジラ亜目 セミクジラ科 セミクジラ属に属するクジラの1種。温帯から亜寒帯の沿岸に生息する。日本哺乳類学会では絶滅危惧種に登録されている[2]。近縁種に、同じセミクジラ属のタイセイヨウセミクジラとミナミセミクジラ (学名:Eubalaena australis)、ホッキョククジラ属のホッキョククジラがいる。
目次
形態
体長13mから18m、体重約60から80t。同様に沿岸性であるコククジラやザトウクジラ、カツオクジラ等よりもかなり大型である。頭部が大きく全長の4分の1ほどを占める。口は大きく湾曲し、最大2mを超す長大なクジラヒゲが生えている。腹部には、多くのヒゲクジラ類に存在する畝(腹を前後に走る皮膚の高まった線。シロナガスクジラ・ナガスクジラなどでは多く、ザトウクジラでは少ない)は見られない。背びれも無く、和名のセミクジラは背中の曲線の美しさに由来する「背美鯨」または「背乾鯨」の意であり[3]、このクジラが長時間にわたって背部を海面上に出して遊泳し続ける性質があった事による。 世界で最も精巣が大きい動物で、片側約500kg、合わせて約1トンもある。
本種(ジャポニカ)は、3種存在するセミクジラ類の中でも最大の種類とされ、ロシアで 19.8m に達する個体が記録されている[4]。
分類上は他の2種と近縁だが、遺伝子分類学の研究では、タイセイヨウセミクジラよりミナミセミクジラとより近縁である事が分かっている。3種の形態上での差異はほとんど無いが、頭部隆起物(ケロシティ)の位置や量、付着生物の種類、体長および体色、頭骨の形状に差が見られるテンプレート:要出典。
生態
生息数の少なさが起因し、分布など殆どの生態情報が解明されていない。 他のセミクジラ科と照らし合わせると、本来は沿岸性が強く、平均的な遊泳速度は遅いが活発的で、音には敏感だが とても人懐っこく遊び好きであると思われる。非常に穏やかで親切的な性質を持ち、例えば水中で人間が怪我をしないように自ら避けてくれたり[5]、テンプレート:要出典範囲。 捕鯨や人間活動によって、行動様態にどのような影響を及ぼしてきたかは未知数であるが、他の鯨類にも見られるように人間や船舶を避けるようになったり、本来の生息圏を放棄したり沖合性に移行する傾向が見られると思われる。
分布と回遊
北太平洋のセミクジラの学術的研究は歴史が浅く、厳密な回遊経路と越冬海域は全く判明していない。近年の日本では相模湾や駿河湾など伊豆半島周辺[6]から小笠原諸島に至る海域や熊野灘、土佐湾周辺、奄美大島などではセミクジラが冬から初夏にかけてごく稀に確認されている。 統計上、比較的確認が多いのは三陸沖、房総半島内外、東京湾南部から伊豆半島周辺にかけての海域, 伊豆諸島, 熊野灘, 室戸岬および土佐湾である。また、近年知床半島周辺での確認が未確認の観察を含めて複数ある。 日本海側で過去50年内の確認は非常に少なく、ストランディングと捕獲記録も数件である。過去の記録からすると北西太平洋での南限は中国南部や台湾であり、東部北太平洋ではオレゴン州やカリフォルニア半島、ハワイ諸島などで近年の記録がある。
採餌場については、東部北太平洋では南東部ベーリング海(ブリストル湾)に集中が見られ、アラスカ湾のコディアック島周辺でも確認されている事から、これらの海域が東部のセミクジラの重要な生息域とされる。現在、定期的な集中が確認されているのはブリストル湾のみであり、この海域に回遊する個体群は31頭が写真判別されているがこれらを含めても東太平洋での総個体数は50頭を超えないと言われる. 西部北太平洋での集中域は沖合に集中しており、ベーリング海からカムチャッカ半島、千島列島やサハリン島などのオホーツク海周辺が西部個体群の採餌分布域であると推測されている。
科学的証拠が存在する唯一の南北の回遊例は、南東部ベーリング海からハワイ諸島にかけてである。
繁殖/越冬海域
過去の捕鯨記録および現在の状況においても、本種が繁殖や出産、子育てを行った海域は一切判明していない。 北大西洋と南半球の種類は、冬~春期にかけて低緯度の温暖で波の静かな沿岸海域に集まる事が知られており、湾や半島、海岸沿い等の地形を好んで利用する。 また、自分が育った湾や海域に2‐3年の一定周期で戻ってくるという習性も確認されている。
しかし本種に限っては、その生息数の少なさに起因している事もあるが、近年の沿岸での確認例が非常に稀な事、過去の捕鯨記録や化石上の発見でも冬~春期の発見が非常に少ない事、沿岸での発見・捕獲自体が少ない事、それに反して沖合での発見が非常に多い事などから、本種は他の2種よりも沖合性が強かった可能性が示唆されている[7]。回遊経路はおろか, 本来は沿岸性が非常に強いはずのセミクジラ科において, 本種のみ越冬海域および出産/育児海域が過去の捕獲記録上でも一切判明していない。[8]そのため, 本種は他のセミクジラ科の鯨たちと比べて沖合性が強かった、または人間活動の影響で沿岸の個体群が早い段階で壊滅した、沿岸の生息域を放棄した可能性が示唆されている[7]。
米国による冬季の捕獲が複数存在するのは日本海南部、 上海および舟山群島から東に伸びる太平洋、台湾海峡, 北西ハワイ諸島など。 その他, 日本沿岸や朝鮮半島,黄海の海洋島や海南島などでも複数の捕獲がある。[9] 南西諸島が出産海域として示唆された事もあるが、証明するのに十分な資料は得られていない。
なお、本種の越冬海域のありかを大西洋のセミクジラの生息環境と照らし合わせて予測、作成されたオンラインで閲覧可能なマップデータが存在し[10] 、南方アジア(上海から香港やマカオなど広東省一帯、ベトナムのトンキン湾)、北西ハワイ諸島、バハ・カリフォルニア一帯が適正地と判断された。
なお、キタタイセイヨウセミクジラでも陸より63㎞もの沖合での出産が確認されたケースも存在する[11]。また、大西洋と南半球のセミクジラでも、出産雌と子供、比較的若い世代、成熟個体の一部以外はは沖合を中心に回遊している事が判明している。
現在の回遊
生息数が非常に少ないこともあり、特に東太平洋側では観察例がある毎に科学論文が書かれてきた。 本種の総観察時間は、過去の全記録を足しても50時間に満たないとされており、調査研究上での観察を除くと1990年以降の目視例数は太平洋全体で30件未満である。
中・低緯度沿岸海域
中緯度以下での確認は太平洋両側で90年代に連続して発生し、低緯度の記録も97年前後に太平洋各地で発生した以後は途絶え現在に至る。 西太平洋では、小笠原諸島で90年から96年に4頭、奄美大島・焼内湾(宇検村)で97年に1頭(東シナ海で過去半世紀で唯一の公式記録)、 ハワイ諸島で96年, カボ・サン・ルーカス沖で96年、 カリフォルニア沖とモントレー沖で98年に一件ずつである。
日本
2011年と2014年に確認数が例外的な増加を見せている。 オホーツク海南部で、公式な記録では戦後初めて2013年7月に知床で目撃され[12]、東シナ海では2014年1月に21世紀において初めて観察された[13]。東シナ海における20世紀の全ての記録も奄美大島周辺でのみ確認されている。また、伊豆・小笠原諸島は少なくとも20世紀以降の低緯度海域では最も確認数が多く、定期的な出現と水中撮影[14][15]の記録が残る唯一の海域である。伊豆諸島では2000年代後半にから2011年にまで少なくとも3頭以上(御蔵島[16]および新島[17])と漂着が3件、小笠原では1990年代に4頭[18]と2014年に2頭出現した[19][20]。仮にこれらの島々(奄美・伊豆・小笠原諸島など)が繁殖海域として機能していたとするならば、将来的にかつて沿岸での越冬・繁殖海域が存在した事を証明する初めての証拠になり得る。
2014年3月28日には、熊本県の天草灘・牛深港にも一頭迷入し(同港には、奄美以北では唯一および世界最北端のジュゴンの迷入・死亡例も存在する)、近代における九州初および奄美大島以外での東シナ海初の確認例となった。ケロシティの形状より、奄美で確認された個体とは別と思われる[21]。
東京湾南部周辺(館山湾[22]や佐島など)で確認される事もある。
戦後、日本海と黄海では1970年代の捕獲記録と07年に福井県での腐乱死体の漂着のみである。
伊豆諸島と小笠原諸島は、過去半世紀比較定期低緯度の海域で複数の個体(グループ)が数例確認されてきた唯一の地域である。また、特に小笠原諸島は水中撮影と定期的な確認が存在する唯一の地域でもある。
北米
ハワイや北米沿岸では1998年以降の確認が無かったが[23]、2014年1月にファラロン諸島[24]およびエル・ビスカイノ生物圏保護区(世界自然遺産である世界最大のコククジラの繁殖海域)で未確定の目視記録が報告され[25]、北米およびバハ・カリフォルニア沖では90年代以来である。
カナダ
カナダでは、2013年の6月(ハイダ・グワイ)[26]。 と10月(ファンデフカ海峡入口)[27] に別々の個体が目撃されたが、最後の公式記録は1951年の捕獲であり62年もの年月に確認が全く無かった。なお、未確認の観察記録は70年と83年にそれぞれ2頭が、やはりハイダ・グワイ沖[28]とファンデフカ海峡入口で目視されている[29] 。よって、不確実な情報を除くと同国では過去100年に8例、しかも2013年の2件をのぞく全てが捕獲記録である。
確認の傾向
90年代までは東西の太平洋沿岸で、非常に件数は少ないものの周期的な目撃が記録されてきた。90年代後半に太平洋の西部・中部・東部のほぼ同緯度の各地域において、ほぼ同年代に南端の記録がそれぞれ記録されたが、その後は確認がなく、2014年に再び東西の低緯度沿岸地域で確認された。太平洋の各地で記録的な発見が続発しており、2000年代を境に発生した失踪の原因は不明である。 日本ではとくに2003~06年以降に日本沿岸での確認数が微弱だが増加を見せ始め、2011年には漂着等を含めると例外的な多さを記録した(3件またはそれ以上の目撃、1件の混獲、1件の漂着)。
繁殖
繁殖についても、殆ど何も生態情報が得られていない。 一世紀以上もの間、 東太平洋で子鯨は確認されてこなかった。 他のセミクジラ科同様、平均で3-5年に1頭を出産するという非常に遅い繁殖率の可能性があり、回復を妨げる一因にもなっている。
ホエールウォッチング
本種を観光ツアーの最中に目撃する可能性は極めて低い。 世界的に見ても本種との遭遇を果たした観光業者はごく僅かで、廃業したものを含めても世界で十社未満の可能性がある。 しかし特異な例が日本で発生しており、和歌山県の那智勝浦町で操業するウォッチング業者「南紀マリンレジャーサービス」は2006年に2度、2011年に1度の遭遇をしている[30]。特に2011年の遭遇は観察の時間や質的にも非常に貴重性が高く、一部の行動は本種では初の撮影例にもなっている。また、両年時とも複数の写真家が乗船していたが、とくに鯨カメラマンの小田健治氏は二度の撮影に成功している[31]。熊野灘は、現在の日本沿岸では統計的に確認例数が多い海域でもある。また、小笠原ダイビングセンターの森田康弘氏も、1190年に弟島沿岸で故望月昭伸氏らと共に同種では初の水中撮影に成功し、後年も含め4度の遭遇を果たしている。
種間交流
観察記録に乏しい種類以外、ヒゲクジラ達は別種同士でも平和的な交流をする事が知られている。
全てのセミクジラ科の鯨たちは特にザトウクジラと良く行動を共にする事が知られている。モザンビーク沿岸では交尾行動またはその練習と思わしき観察がされた事がある。[32]. また、イワシクジラやミンククジラ、ウバザメ等とは餌の競合関係にあるが観察上では問題なく共存している[33]。その他の大型種との交流も記録されている。
共に極めて沿岸性であるコククジラとの関係が如何なるものかは不明である(セミクジラが北太平洋ではごく稀にしか確認されず、北大西洋ではコククジラが絶滅しており、南半球では2013年に史上初めてコククジラが観測されたが、現地のミナミセミクジラとの接触は確認されていない)。これらの種間交流は複数確認されており、興味深い事例として1998年にカリフォルニア沖で複数のコククジラがセミクジラに対する攻撃行動を取り(じゃれていただけの可能性もある)、過去から現在に至るまでヒゲクジラ間で観察された唯一の攻撃行動例とされている。[34]2012年には、サハリン沿岸で同じく絶滅危惧のニシコククジラの群れに混じる1頭が観測されたが、この時は穏やかなコミュニケーション行動が確認されている。[35][36].
ホッキョククジラとの種間交流については生存への脅威と課題(下記)を参照。
個体数
大規模な商業捕鯨の時代には大量に捕獲され、商業捕鯨が行われる以前テンプレート:いつは数万頭が北太平洋に棲息した[37]。アメリカのヤンキー捕鯨船団が1804年から1876年までに1万9千頭のセミクジラを捕獲していたという記録がある[38]。
日本の研究機関は、2000年時点の西部北太平洋域の生息頭は1,000頭弱程度と推定し[3]、また東京海洋大学は実数はこの頭数よりは多いと考えている[3]。しかしこの数値に関しては、他の諸外国の科学者達によって総生息数を推定するために用いられた方法論に異議が唱えられており、実際の生息数はその半分に満たない可能性があるとの主張がある。[39][40]
本種は最も絶滅に瀕した大型鯨類の一つであり、生存している個体数は非常に少ないとされ、特に早くから乱獲された東太平洋(北米)側では目撃情報がある度に、それについて科学論文が書かれてきた程である。[39] 現在の生存数については諸説あり、100~200頭程度との推定もある[41]が、正確な測定がされたことはない。日本がオホーツク海における目視調査では、20年単位の調査結果でも発見数に増加が見られなかった。200頭前後がテンプレート:要出典範囲テンプレート:誰見積もられている。
また、2000年の東京海洋大学によると、東部海域には推定可能なデータが存在しない[3]とされているが、2013年現在、少なくともアラスカ州ブリストル湾沖に回遊する個体群は遺伝子型研究の結果から28頭が、写真による個体識別の結果から31頭が確認されており[42]、その他、コディアック島周辺など、東太平洋の他の海域に生息する個体群をも含めても、東太平洋全体で50頭に満たないと推測され、本種は現存する全ての大型鯨類の中でも最も絶滅危惧であると認識されている[43][44]。
人間との関係
文化
セミクジラをはじめとするセミクジラ科のクジラは肥えた体形で動きが遅く、沿岸部に接近する事が多い上に好奇心も強く、脂肪分が多く死んでも沈まないなどの理由から捕獲が容易であり、他方、鯨油や鯨肉の採取効率に優れ、工芸材料として便利な長い鯨ひげを有しているなど利用価値が高かったことから、古くから世界各地で捕鯨の対象とされてきた。
本種ジャポニカは19世紀までは日本の沿岸でもよくみられ、また「背美」と表されるように背中の曲線が美しかったことから、古くから絵画の題材に取り上げられている[45]。弥生時代には日本では鯨を利用し、中世のころより鯨漁があった。漁には網を用いた。
セミクジラ科特有の、長大で柔軟性のあるクジラヒゲには特徴的な用途が見られる。日本では文楽人形の仕掛けなどに用いられ、テンプレート:要出典範囲。日本では、ジャポニカ種に限らずクジラの肉を「赤身」といって食用に回され、残りの部位は工芸品や鯨油として利用された[46]。
捕獲方法
日本の沿岸では古くから古式捕鯨の対象として重要視され、和歌山県の太地では親子連れのクジラを捕らないという慣習があり、水産資源の確保を行っていた[47]。
だが一方、各地に残るセミクジラ関係の舟歌の殆ど[48][49]や記録等の資料[50][51]を基に、子持ちのクジラを上物として積極的に捕獲していた事が示唆されている。子鯨を最初に仕留め、子を庇う親鯨や、殺された子鯨を追いて一度は逃げたが、子への情からか再度引き返してきた親鯨をも捕獲できるという次第である[52]。 その影響は地方個体群には多大であったようで、ほぼ同規模の沿岸捕鯨が行われたオーストラリアやニュージーランドの記録により、数十年で個体群の殲滅が可能であり、親鯨と子鯨、若年層を含めた3世代の鯨達を一網打尽にできたとされている[53]。また、西海捕鯨業を始めとする日本の沿岸業でも、外国捕鯨の介入以前(操業開始から数十年の内に)減少が顕著であった可能性がある。[7]
江戸時代までの日本では、西海捕鯨業がいち早くポンプランス銛を導入した以外は、鯨猟は数人乗りの手漕ぎの船で船団を形成し、沿岸でのみ操業していた[54]。鯨猟は命がけの作業であり、漁夫の命の危険性を、「網を十分に被ざる鯨はいと狂廻りて、尾鰭に浪を打激、若船に触れば船微塵に砕く」(『勇魚取絵詞』)と表現し[55]、死者が幾人も出ている。鯨漁も港でのその解体も何十人もの人手が必要な作業であった[45]。
明治以降は、導入されたポンプランスとエンジン搭載船の使用により捕獲圧が拡大した。
捕獲に対する姿勢
日本では仏教の教えにより鯨の命を取ること(殺生)を忌み嫌うため、漁師たちは鯨が絶命する際に「南無阿弥陀仏」と念仏を唱え、また、その命を奪ったことを秘したり、各地で鯨の供養を行い、その供養塔が建立されている[54][45]。 一方で、生類憐みの令では鯨類は保護対象から除外され捕獲に歯止めがかかることはなかった(親子の情を持ち憐みの令の対象種に該当する要素を持ちながらも[51]、当時の知見では魚類に分類されていた)。また、上記の供養塔や供養仏も仏職者が始めたものであり、古式捕鯨が盛んであったほぼ全ての地域で、鯨の怨念や祟りといった超自然現象的な影響により、村の人口や鯨組の家系に悪影響が出た為に仏職者によって諌められたという昔話が伝わっている[56]。
背美流れ
1878年暮れ、太地(和歌山県)で鯨を捕って生計を立てていた漁師たちが、その時に紀州を襲った猛烈な嵐により、100名以上が遭難し死亡した記録が残っている[47]。背景は、西洋列強がクジラを捕りすぎたために沿岸の漁業しかできない太地ではクジラが取れなくなり漁師が困窮し、たまたま発見したセミクジラを荒れた海の中でさえ、捕りに行ったためである[47]。
しかし近年、下記の通り沿岸捕鯨で個体群の著しい減少と過剰捕獲による採算が取れなくなった可能性が指摘されていて、背美流れ自体が創作であった意見も出されている[57]。創作の意図として、組織間の確執と事業の無計画性が鯨組の経営難を招いた事を隠蔽する意図があったのではとされている。
日本近海での捕獲
大航海時代や産業革命以降の西洋では鯨油が主な利用目的で、遠く日本近海まで進出してきた列強諸国の捕鯨船は、船内で鯨油を絞る工夫をし「海の油工場」でもあった[47]。アメリカでの統計では、セミクジラ種の油はマッコウクジラ種を超えて一番消費された[58]。セミクジラ種は他種よりも一頭あたりの油の割合が高かったためによる[58]。
日本の開国前の19世紀から、米国捕鯨団等の西洋型捕鯨が日本近海へ進出し本種の大量捕獲を行ったため、日本の漁獲高が著しく減少し[3][59]、壱岐などの一部地域では沿岸にクジラが来なくなり鯨漁師がいなくなった。
しかし一方、外国捕鯨の介入以前の沿岸捕鯨の段階で、沿岸の個体群には大幅な減少が見られた可能性も指摘されている。[7] 欧米のジャパングラウンドにおける主対象はマッコウクジラであったとされ、数値統計上セミクジラの狩猟は欧米による捕鯨よりも日本の沿岸捕鯨の方が重圧的で個体群への影響が遥かに大きかったという意見もある[60]。
このことは、当時の大手の鯨組の一つである「深澤組」が寛政時代初期に廃業した事や、特に西海地域での各藩による市場競争から係争にまで勃発し当時の幕府による調停が刊行されるまでに拡大したことからも確認できる[61]。
捕鯨での乱獲
テンプレート:See also 英名の Right Whale の Right は「(漁に)都合がよい」という意味の「よい」である[62]。日本の近海では、中世から19世紀前半までの日本人は手漕ぎの和船により沿岸で捕獲していたが、19世紀になると欧米やソ連等列強諸国の大型捕鯨船が、北大西洋のタイセイヨウセミクジラと同様に北太平洋でもクジラを取り始め、日本の沿岸捕鯨との相乗が発生した結果、20世紀初頭にはすでに絶滅寸前の状態だった[62]。北太平洋では1960年代まで細々と捕獲されたが、今は完全に停止された。
また、日本各地の漁村には代々恵比寿信仰が伝わっており、魚を引き連れる鯨の殺生および磯などの沿岸環境を破壊する捕鯨は忌とされてきた。捕鯨漁村が自地域での捕獲の結果鯨の減少を招き他地域への拡大を行った結果、各地で暴動などの問題が発生した(東洋捕鯨鮫事業所焼討事件を参照)。
密猟
前述のように19世紀までの乱獲が祟り、本種の捕獲停止は1930年代に独自に決議されたが、日本を含む数か国は会議に欠席しており、実効性は無かった。その後もこれらの国々による捕獲は続き、日本では南東部北海道や厚岸沖での捕獲など、未記載・未報告の記録も含め相当数が捕獲された[39] 。このほか日本は調査捕鯨との名目で数十頭を捕獲した。
その後、1960年代から70年代後半に行われた、当時のソビエト連邦による大規模な違法捕鯨により、更なる世界中の海洋での大型種は激減と生息数回復の停滞を招き、シロナガスクジラ等の一部個体群を消滅、または回復不能にまで追い込むほどであった。ソ連が違法捕鯨で捕獲したジャポニカ(本種)は、判明している限りでも700頭弱に上った。 ソ連では鯨油を軍事目的に利用していたため軍事機密であり、当時の連邦の科学者達は監視され、一切の捕獲記録を強制的に破棄され、国際捕鯨委員会には実際の捕獲数よりも遥かに少ない数を報告していたとされる。これらの情報は、連邦崩壊後の2012年に、当時の連邦の科学者達が資料を公開した事で判明した。[63] なお、この違法捕鯨には日本もモニタリング義務を怠り、少なくとも放置および互いの違法捕鯨の機密保持という形で関与していた事が明らかになっている。[64]
結果的に、セミクジラ減少の要因は日本、米国、ソビエト連邦の捕殺による影響が多重作用した事にあるという意見が出されている。
保護
日本ではセミクジラは漁業法の下で、商業捕鯨による捕獲が禁止されている[65]。日本では、座礁・漂着、混獲については水産庁の許可があればクジラが利用可だが[65]、日本の水産庁は日本の食文化よりも日本国内外の世論を鑑み[65]、生体は放流し、死骸は埋設することを指導している[65]。しかし、定置網にかかった個体が食用に販売された後に市場で学者によって発見・報告されたケースも近年存在する。[66] また、セミクジラは1970年代を最後に中国や韓国など日本以外のアジア諸国沿岸での確認がなく、近年の定置網による混獲は全て日本での発生である。カムチャッカで一件の混獲死があったが、これは日本漁業の流し網による被害だった(このほか、近年のオホーツク海での中・大型鯨類の死亡事故は、ロシア領海内にもかかわらず6割が日本漁業に由来している[67])。
日本捕鯨協会は、過去、セミクジラの資源量は極めて低い水準にまで落ち込んたが、現在では完全に保護され、絶滅の危機にはないとしている[68]が、IUCN によるレッドリスト等では本種、特に北東太平洋個体群は世界で最も絶滅の危機に瀕した大型鯨類としている。[69] [70] [71]
生存への脅威と課題
沿岸性の鯨類全てに共通する問題だが、漁業用の定置網や船舶との衝突など人間の生活との間に生じる事故が大きな問題である。 近年、ベーリング海でホッキョククジラと本種のハイブリッドが発見されたことで、新たなる脅威が危惧されている[72]。温暖化で北極の氷が溶け、かつては流氷などにより遮断されていた他種との分布が重なり始め、交配が発生することである。 危惧されているのは、ホッキョククジラやタイセイヨウセミクジラとの交配である。両種とも絶滅危惧ではあるが、太平洋のセミクジラよりは個体数が多いので、交配が度重なりハイブリッドの個体数が増えると、最終的にはセミクジラを圧迫し、「種」としての絶滅を助長してしまいかねない。タイセイヨウセミクジラとは互いに違う大洋に生息するが、北極の氷が溶けると互いの大洋への行き来が可能となる(既にコククジラでは大西洋や南半球への進出が確認されている)。大西洋では、2013年および2014年に観測史上初めてホッキョククジラがファンディ湾に現れ、セミクジラ達の交尾グループに参加していた様子が確認されている。[73] 一方で、オホーツク海北西部、シャンタル諸島とその周辺では温暖化が提唱される以前よりもセミクジラとホッキョククジラの共存が確認されており、現在でも観察例がある。[74]
なお、北西航路に氷が無くなると船舶が航海できるようになるため、その航路が北太平洋のセミクジラの回遊ルートを横切り、船との衝突による死亡数が増加する可能性を示唆する研究者もある[75]。また、気候変動により海水の酸性化や変動、海流や水温、餌生物の発生範囲の変化が懸念されており、大西洋の亜種では回遊の変化が既に確認されている。環境汚染や騒音が与える影響も依然として無視できない状況である。
脚注
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