野々市市
テンプレート:Infobox 野々市市(ののいちし)は、石川県の中部に位置する市である。自治体としての人口密度は本州日本海側最高で、隣接する金沢市のベッドタウンである。金沢市への通勤率は38.7%(平成17年国勢調査)。
2011年11月11日に市制を施行し、石川郡野々市町を市に昇格させ、石川県11番目の市となった。これに伴い、石川郡は消滅した。
東洋経済新報社による「住みよさランキング」(全国の市が対象)で、はじめて調査対象となった2012年度版では千葉県印西市に次いで2位となった。商業施設が充実していること、大学があるため学生が居住していることもあり市民の平均年齢が低いことが高評価となった。
目次
地理
手取川扇状地の北東端にある。北部と東部は金沢市に、西部と南部は白山市に隣接する山も海もない平地である。
隣接している自治体
歴史
テンプレート:Sister 古代の遺跡として御経塚遺跡や末松廃寺跡がある。鎌倉時代・室町時代には守護となった富樫氏がここに館を置いた。江戸時代は、北陸街道の宿場町であったが、参勤交代で通過する藩は大聖寺藩のみであったため、規模は小さかった。
- 1889年(明治22年)4月1日 町村制施行により野々市村となる。
- 1924年(大正13年)7月1日 町制施行により野々市町となる。
- 1937年(昭和12年) 町議会において金沢市への編入を議決するが、合併に至らず。
- 1955年(昭和30年)4月1日 富奥村と合併。新生野々市町誕生。
- 1956年(昭和31年)9月30日 郷村の一部を編入。
- 1957年(昭和32年)4月10日 同年3月31日に実施された住民投票により賛成多数を得た金沢市押野地区の一部(押野町、御経塚町、野代町、押越町)が編入合併。
- 1964年(昭和39年) 人口1万人突破。
- 1974年(昭和49年) 人口2万人突破。
- 1981年(昭和56年) 人口3万人突破。
- 1997年(平成9年) 人口4万人突破。
- 2002年(平成14年)9月5日 金沢市長(山出保、当時)と野々市町長(安田彦三、当時)との合併会談が行われたが、単独町制を選択。
- 2004年(平成16年)12月 三納18街区に現庁舎竣工。
- 2008年(平成20年)4月 総務部内に市制準備室を設置。
- 2009年(平成21年)人口5万人突破(県による試算)。
- 2011年(平成23年)8月12日 地方自治法に基づいて町を市とする処分(市制施行)が官報に告示される[1]。
- 2011年(平成23年)11月11日 市制施行。
人口
- 市内に石川県立大学と金沢工業大学の2つの大学があるため、20歳前後の人口が突出して多い。
- 2005年国勢調査の時点で、全国で6番目に人口の多い町になった。2010年6月には、県集計の推計人口で、愛知県長久手町に次いで、全国2位に。2010年に実施された国勢調査では、2010年10月1日時点で人口51,892人になった[2]。
行政
市制施行まで
2010年実施の国勢調査で、石川県が2011年2月14日が発表した速報では市制施行の要件である人口が5万人を突破したため、2011年11月11日に市制施行した[3]。新しい市の名称は野々市市(ののいちし)[4]。
町長の粟貴章は市制施行の会見において、
- 数字の1は物事の始まりであり、市制スタートの日にふさわしい。
- 人や物、情報、知識が集まる町を目指す野々市の『市』(いち)の意味合いもある。
- 11月11日の誕生花は町花木ツバキであり、将来まで記憶に残る日にしたい。
- 県内で11番目の市となる
というように市制施行日を同日に予定した理由を説明している。[5]
2011年4月28日に開催した町議会において市制移行を決議し、5月2日石川県に市制移行を申請した[6][7]。8月12日付の官報において、総務省は野々市町の市制移行を告示し、11月11日に野々市市が誕生することになった[8]。石川県内の地方公共団体の単独での市制移行は、1970年に松任町が市制移行し誕生した松任市(現・白山市)以来となる。
市制施行までは全国の町村の中では岩手県滝沢市、愛知県長久手市に次いで3番目に人口が多かった。2009年までは広島県安芸郡府中町より少なく4番目であったが、府中町の人口を超えていた。
市長
代 | 人 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | 兵地栄一 | 1955年(昭和30年)5月1日 | 1959年(昭和34年)1月2日 | [9] |
2 | 2 | 中島榮治 | 1959年(昭和34年)2月17日 | 1963年(昭和38年)2月16日 | [10] |
3 | 1963年(昭和38年)2月17日 | 1967年(昭和42年)2月16日 | |||
4 | 1967年(昭和42年)2月17日 | 1971年(昭和46年)2月16日 | |||
5 | 1971年(昭和46年)2月17日 | 1975年(昭和50年)2月16日 | |||
6 | 3 | 黒保衛 | 1975年(昭和50年)2月17日 | 1979年(昭和54年)2月16日 | |
7 | 4 | 徳野與四男 | 1979年(昭和54年)2月17日 | 1979年(昭和54年)4月28日 | [11] |
8 | 5 | 西尾修 | 1979年(昭和54年)6月10日 | 1983年(昭和58年)6月9日 | |
9 | 1983年(昭和58年)6月10日 | 1987年(昭和62年)6月9日 | |||
10 | 1987年(昭和62年)6月10日 | 1991年(平成3年)6月9日 | |||
11 | 1991年(平成3年)6月10日 | 1995年(平成7年)6月9日 | |||
12 | 6 | 安田彦三 | 1995年(平成7年)6月10日 | 1999年(平成11年)6月9日 | |
13 | 1999年(平成11年)6月10日 | 2003年(平成15年)6月9日 | |||
14 | 2003年(平成15年)6月10日 | 2007年(平成19年)6月9日 | |||
15 | 7 | 粟貴章 | 2007年(平成19年)6月10日 | 2011年(平成23年)6月9日 | |
16 | 2011年(平成23年)6月10日 | 2011年(平成23年)11月10日 |
代 | 人 | 氏名 | 就任 | 退任 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1 | 粟貴章 | 2011年(平成23年)11月11日 | 現職 |
歴代町長選結果
回 | 選挙執行日 | 投票率 (%) |
候補者 | 得票数 | 得票率 (%) |
---|---|---|---|---|---|
1 | 1955年4月29日 | 無投票 | 兵地栄一 | / | / |
2 | 1959年2月17日 | 94.0 | 中島榮治 | 1,825 | ? |
小堀栄吉 | 1,566 | ? | |||
3 | 1963年2月6日 | 無投票 | 中島榮治 | / | / |
4 | 1967年1月25日 | 66.2 | 中島榮治 | 3,429 | ? |
尾西慧一 | 580 | ? | |||
5 | 1971年2月1日 | 無投票 | 中島榮治 | / | / |
6 | 1975年2月2日 | 78.98 | 黒保衛 | 4,966 | ? |
中島榮治 | 4,569 | ? | |||
菅原光男 | 661 | ? | |||
7 | 1979年2月4日 | 78.26 | 徳野與四男 | 6,590 | ? |
橋本外茂男 | 5,698 | ? | |||
十二新作 | 758 | ? | |||
8 | 1979年6月10日 | 35.97 | 西尾修 | 4,917 | ? |
十二新作 | 1,034 | ? | |||
9 | 1983年5月17日 | 無投票 | 西尾修 | / | / |
10 | 1987年5月20日 | 無投票 | 西尾修 | / | / |
11 | 1991年5月22日 | 無投票 | 西尾修 | / | / |
12 | 1995年5月24日 | 無投票 | 安田彦三 | / | / |
13 | 1999年4月26日 | 59.44 | 安田彦三 | 15,246 | ? |
青木万里子 | 1,845 | ? | |||
14 | 2003年4月28日 | 65.82 | 安田彦三 | 14,715 | ? |
中道明 | 6,082 | ? | |||
15 | 2007年4月23日 | 58.62 | 粟貴章 | 17,307 | ? |
青木万里子 | 1,622 | ? |
経済
金沢市の衛星都市(ベッドタウン)として発達していることから、スーパーマーケットや飲食店、量販店が進出している。
工業
- カレーのチャンピオン
- フリークス コア
- 明治(旧:明治乳業)北陸工場
- 津田駒工業野々市工場
商業
- イオン御経塚店(旧サティ)
- イオン野々市南店(旧ジャスコ)
- ケーズデンキ金沢本店
- 100満ボルト金沢本店
- アプライド金沢店
- ヤマダ電機野々市店
- ジョーシン野々市店
- うつのみや上林店
- ホームセンタームサシ金沢南店
- スターバックス金沢野々市店
- 明文堂書店 TSUTAYA 金沢野々市店
- vanvanミュージックファクトリー上林店
- ノノイチマルケット BOOKOFF 野々市若松店
- コストコ野々市倉庫店(仮称、2015年春頃オープンを計画)[12][13]
姉妹都市・提携都市
海外
地域
健康
- 平均年齢
- 2005年12月末現在で、38.41歳(男37.17歳/女39.65歳)
公共機関
警察
- 野々市交番
- 野々市北交番
- 野々市南交番
消防
白山野々市広域事務組合消防本部が管轄している。
- 野々市消防署
医療
- 野々市市内には公立病院が設置されていないが、白山市、川北町と共同で白山市内に公立松任石川中央病院を設置、野々市市の中核医療機関となっている。
教育
- ※富奥村との合併後、町内には統合した野々市小学校1校の時代が続いたが、1970年代の急速な人口の増加に学校の新設が後手に回り一時は児童数2,400という全国でもまれに見る大規模校となったが、1978年の御園小学校以下4校を数年の間に立て続けに新設し、適正規模に抑えた。
施設
- 文化会館フォルテ
マスメディア
交通
鉄道路線
- 市の代表駅はJR西日本の野々市駅であるが、市役所の最寄り駅は北陸鉄道石川線の額住宅前駅(金沢市額新町)である。
道路
バス
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 野々市つばきまつり日程(3月中旬)
- 野々市じょんからまつり日程(8月1日に近い土日)
- じょんからの里マラソン日程(10月下旬)
- 御経塚遺跡
- 喜多家
- 富樫館跡
- 末松廃寺
出身有名人
- 石田政吾(競艇選手)
- 小嶋源作(実業家、中部日本放送創業者)
- 進村武男(工学者、宇都宮大学学長)
- 栃乃里隆光(大相撲力士)
- 響舛市太郎(大相撲力士、元関脇)
- 二木あい(フリーダイビング水中表現家)
- 村濱武洋(プロレスラー)
- 米林宏昌(スタジオジブリ、アニメーター・監督)
関連項目
脚注
外部リンク
テンプレート:Navbox- ↑ テンプレート:PDFlink - 総務省 2011年8月12日
- ↑ テンプレート:PDFlink - 石川県県民文化局県民交流課統計情報室 2011年2月14日
- ↑ 野々市町5万人達成 11月市制施行 - 北國新聞 2011年2月15日
- ↑ 11月11日に野々市市誕生へ - MROニュース 2011年2月25日
- ↑ 上記3つまでは野々市市、11月11日誕生 粟町長が会見で意向 - 富山新聞 2011年2月26日。「県内11番目の市」は野々市市、始動 いい日船出「力合わせ発展」 - 北國新聞 2011年11月11日夕刊第1面による。
- ↑ 野々市町 市制の施行に向けた取り組み - 野々市町
- ↑ 野々市町が市制移行を申請 - 北陸朝日放送 2011年5月2日
- ↑ 混乱回避へ準備着々 11月「野々市市」移行確定 - 北國・富山新聞 2011年8月13日
- ↑ 旧野々市町長、名誉町民(1987年)、在職中死去
- ↑ 旧富奥村長、名誉町民(1987年)
- ↑ 任期途中で辞職
- ↑ 野々市市がコストコ誘致 15年開業想定北國新聞 2013年3月12日記事(2013年11月7日閲覧)
- ↑ コストコが野々市進出 年内にも仮契約、15年春の開業想定富山新聞 2013年11月8日記事(2013年11月9日閲覧)