白倉伸一郎

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白倉 伸一郎(しらくら しんいちろう、1965年8月3日 - )は、日本のテレビドラマ映画プロデューサー東京都出身。東京大学文学部第3類(現・言語文化学科)卒業。現在は東映株式会社取締役企画製作部長(映画企画・東映東京撮影所部門担当)、東映テレビ第一営業部長。

プロフィール

作風

特撮ドラマの場合、従来の特撮ヒーローが持っていた善悪二元論、勧善懲悪的な論法に対し非常に懐疑的であり、プロデュース作品には「ヒーローであっても俗物である(『超光戦士シャンゼリオン』の主人公、涼村暁など)」あるいは「そこには正義も悪もない。人間が生きている、ただそれだけのこと」[3]といった、ヒーロー的な「正義」の概念を否定する要素が含まれることが多い。尚、その理由の一つとして2001年9月11日アメリカ同時多発テロ事件が挙げられている。

平成仮面ライダーシリーズの作劇方針としては、「設定を固めてこじんまりと綺麗にまとめるよりも、リアルタイムのテレビ番組ならではのライブ感を重視したい」[4]を持論としており、話を盛り上げるためには多少の強引なストーリー展開や伏線の破棄、基本設定の矛盾も省みない。近年は劇場版作品でもこういった傾向が見られている。平成シリーズ初のチーフプロデューサー担当作品である『仮面ライダーアギト』の時点では、世界観や設定を重視するため綿密な脚本会議を行っていたが、毎回そうした打ち合わせをやり続けることは困難であることから、そうした作風を執るようになったという。

諸般の事情によりシリーズ中盤からの参加となった『仮面ライダー響鬼』では、白倉就任直後から作風に大きな変化が起きたとしてその是非を巡り議論が発生、インターネットコミュニティ間などに大きな物議を醸した(詳細はプロデューサー交代騒動の項を参照)。

人物

コンピュータ関係に詳しく、1996年に東映テレビ部門のウェブサイトが開設されると初代ウェブマスターに就任。彼がプロデュースに携わっていなかった『仮面ライダー剣』の東映公式サイトも作成したようである。

一時は本業と並行して専門誌にプログラミング関係の論文を投稿していた他、「cron」のHNでMS-DOSプラットフォームフリーソフトウェアも制作しており、これらはベクターのダウンロードサイトで入手可能。

仮面ライダークウガ』から『仮面ライダーディケイド』までの平成仮面ライダーシリーズ作品(『仮面ライダー剣』『仮面ライダーキバ』を除く)で、プロデューサー(チーフ、サブ、P補問わず)として参加している。特にチーフプロデューサーとして参加した『仮面ライダーアギト』『仮面ライダー龍騎』『仮面ライダー555』の初期3作品はいずれも高い人気を得たが、『555』開始当初の雑誌のコメントで「1年限りだからできる激務を結果的に3年続けてしまった。このスタッフ(白倉、脚本の井上敏樹、演出の田﨑竜太ら)で作るライダーはこれが最後」と発言し、その発言通り翌年からライダーのテレビシリーズ製作から一旦は離れた。とは言え、その後も前述の通り一部の作品を除いてライダー制作には参加しており、前述の井上、田﨑らとも共働している。『ディケイド』を最後にTVシリーズからは離れているが、その後も春に公開される劇場版作品の製作には引き続き関わっているため、『仮面ライダーW』以降の作品にも接点を持っている。

一度つきあったスタッフを大事にし、重用することも特徴で、特に演出家では田﨑竜太、石田秀範金田治雨宮慶太、脚本家では井上敏樹、小林靖子米村正二、イラストレーター(キャラクターデザイナー)では出渕裕篠原保韮沢靖、作曲家では安川午朗佐橋俊彦蓜島邦明と非常に懇意にしている。また、2013年3月に逝去した監督の長石多可男とは多くの作品でコンビを組んだ。プロデュース業では『シャンゼリオン』以来、特撮ドラマでは、後輩プロデューサーである武部直美と組むことが多い。

喫煙者でもある。

エピソード

  • 東映入社以前から筋金入りの「東映作品マニア」であったとインタビューにて度々語っている。なかでも『特捜最前線』、『スケバン刑事』シリーズ、宇宙刑事シリーズには多大な影響を受けたそうで、それら全作に携わっていた田中秀夫監督、そして小林義明監督のファンでもあったという。白倉は田中について「非常に的確だと思うんですよね、彼のカット割りにしても色彩にしてもカメラワークにしても。田中演出の『宇宙刑事ギャバン』『スケバン刑事』、それに『特捜最前線』の再放送を観なかったら東映に入らなかったですね。田中監督の演出を観てそれで“東映”という会社を認識した訳ですよ」と評しており、「『宇宙刑事』の3シリーズ終わって田中監督が『スケバン刑事』へ行って、自分も『スケバン刑事II』とかにすごくハマって。1作目も観てたんですけどね。すごいマニアックな言い方をするとね、『スケバン刑事II』の初回を学校にいたんで観そこなったんですよ。初回、田中秀夫なのに〜って。予告とか超期待して観てましたよ」とも語っている。[5]
  • 入社時の逸話として、「入社時の面接試験で、岡田茂社長を初めとする当時の役員を前に既存の仮面ライダーシリーズ(特に当時の最新作だった『仮面ライダーBLACK RX』)を批判しつつ、熱い思いを語った」というものがある。このエピソードは『超光戦士シャンゼリオンバイブル』で語っていた内容[6]が曲解されたもので、実際に白倉が面接試験で語ったものは「『RX』は自分が好きな脚本家や監督を擁しているのに、番組としての体裁を失っているような状態だった。様々な事情はあるだろうが、視聴者にそれを慮らせてしまうのはどうか」と、『RX』の制作事情に関わる内容だった。白倉自身はこれについて後年、「スポンサーを初めとする外部と制作現場の調整をするような仕事をしたい。現場を守りたい」と面接の際に語ったことが、前述の逸話として伝わったようであると述べている。[7]
  • 恐竜戦隊ジュウレンジャー』の第11話『ご主人さま!』(渡辺勝也の公式監督デビュー作品)では『アラジンの魔法のランプ』に出てくるランプの精が「魔法のランプで、なんでも望みをかなえ、子供たちの欲望をかぎりなくかきたてる敵」というストーリーを進めていたが、その話を聞いた脚本家の杉村升が「ランプの精は、子供たちにとって夢だろう。それを悪者にして、子供の夢を壊すのか? それが、子供番組をつくる者の姿勢か!」と大激怒したという。これは白倉にとって「正に痛恨の一撃」の出来事であったようで、非常に勉強になったと語っている。後年、杉村が急逝したときはブログにて追悼文を記している。
  • 白倉が2012年現在最後に携わった戦隊作品は『五星戦隊ダイレンジャー』であるが、『東映ヒーローMAX』インタビューにて「今でも一番面白い戦隊だと思う」と白倉は語っている。また同インタビューにて第47話で空をバックに登場人物たちの映像シーンが流れるが、「試写でひっくり返ったんですよ、『ありえねぇっ!』って。脚本には書かれてないのにね、死んでる人間と生きてる人間が全員纏めて映像で流れるんですよ。『死んでねぇよ!』って」とそのシーンの演出を痛烈に批判している(この回の演出は小笠原猛)。
  • 超光戦士シャンゼリオン』にて、チーフプロデューサーで上司でもある吉川進と、第5話のあたりでかなり激しい大喧嘩をし、その後吉川と白倉は一切口を利かなくなったという[8]。衝突の原因については『超光戦士シャンゼリオンバイブル』にて「今思うと私の暴言」と触れただけで、いまだオフィシャルに明かされていない。そして2014年3月、自身のツイッターにて18年ぶりに吉川と言葉を交わしたことを明かしている。
  • 前項の「人物」でも述べられているが一度付き合ったスタッフは大切にしている。『美少女戦士セーラームーン』序盤を撮った後で東映を離れた田﨑竜太監督は、フジテレビトムス・エンタテインメント制作による『エクスマージュ』の企画に参加した。2004年10月より半年間放送される予定で雑誌に告知記事が先行掲載されたが、制作会社が突如制作を断念。企画が頓挫したことを田﨑は旧知の白倉にメールで報告したところ、白倉は「東映で作ります」と田﨑に持ちかけた。結果、放送局はフジテレビからテレビ朝日、放送期間は半年から1クール、その他放送開始日やキャストなどの変更といった紆余曲折を経て2005年1月より『Sh15uya』として放送された。
  • 美少女戦士セーラームーン』で女優デビューした北川景子は、同作の最終オーディションで、何も一芸がなく、もうどうにでもなれと惨めな気持ちで審査員の前で黙々と芋版を彫ったにも関わらず、合格させてくれた白倉さん、田崎監督には今も頭があがりません、と感謝の言葉を述べている[9]
  • 映画『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE大戦2010』を共同でプロデュースした塚田英明との対談で、「好きな仮面ライダー作品は?」という問いに『仮面ライダーBLACK』と『仮面ライダークウガ』の名を挙げて、塚田から「ホントですか?」と突っ込みを受けた[10]。実際に後者のクウガに関しては、著書『ヒーローと正義』において、その作風を批判するような文章を展開している。
  • 2010年6月6日に生放送されたCHALLENGER'S TV "beehive"(インターネットテレビ)にゲストとして出演し、東映入社から現在に至るまでを語っている。映像で語る姿は珍しい。
  • 多くの作品で共働した長石多可男については2014年3月の雑誌インタビューにて「古いものの良さを認めたうえで常に新しいものに挑戦していた方で、我々にとっては本当に大きな存在の方でした」と回顧した。また、2014年3月30日のツイートでは「長石監督が亡くなられたのは、昨年の今日でした。この日に某映画(『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊』)をどうしても公開したく、昨年より1ヶ月前倒しという強行軍を強い、各方面に無理をかけました。そうすると墓参には伺えなくなるというジレンマ。舞台挨拶とロケに役割分担し、みんな仕事に追われました。今日は朝から雨でした。雨と言えば長石組。長石監督は(某田崎監督と並んで)本当に雨男。今日の雨も、空から長石監督が見守ってくれているように感じられ、なんだか嬉しかったものでした。とりあえず今日という日の終わりにはひとりで献杯します」とコメントを残した。

主な作品

テレビドラマ

チーフプロデューサー作品

サブプロデューサー/プロデューサー補作品

オリジナルビデオ

映画

プロデューサー

ゼネラルプロデューサー

エグゼクティブプロデューサー 

製作

ゲーム

  • 西村京太郎トラベルミステリー 悪逆の季節 東京〜南紀白浜連続殺人事件(1994年、パック・イン・ビデオ3DO
  • ムーンクレイドル 異形の花嫁(1995年、パック・イン・ビデオ、3DO)

書籍

  • ヒーローと正義(寺子屋新書刊、2004年)
  • 仮面ライダー電王 東京ワールドタワーの魔犬(講談社、2013年)

脚注

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外部リンク

  • 役付取締役等の異動について
  • 決算発表資料の追加(役員の異動)について
  • 『仮面ライダー555』企画書
  • 製作現場について 東映マイスター
  • 東映ヒーローネット
  • テンプレート:Cite book
  • A Study around... 「入社試験で RX を批判!」
  • テンプレート:Cite book
  • 北川景子、「セーラームーン」オーディション秘話を明かす
  • 『仮面ライダー×仮面ライダー W&ディケイド MOVIE大戦2010』パンフレット