餃子

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持ち帰りの箱に入れられた焼き餃子

テンプレート:出典の明記 餃子(ギョウザ、ギョーザ、中国語 ジャオズ)とは、小麦粉に水を加えて薄くのばしてつくった皮でエビ野菜などで作った具を包み、茹でたり、焼いたり、蒸したり、揚げたりした食べ物である。それぞれ、調理の形態によって茹で餃子焼き餃子蒸し餃子揚げ餃子などと呼ばれる。

歴史

歴史は古く、中国春秋時代紀元前6世紀頃)の遺跡からすでに食べられていた痕跡が見つかっている。敦煌代の墳墓では、副葬品として壺に入った餃子が乾燥状態で発見されている。

中国の餃子

テンプレート:Chinese

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具を皮で包む(台湾)

中国においては、北京語の発音で「ジャオズ、チャオズ(ピン音jiǎozi)」といい、特に中国東北部満洲)において水餃子(茹で餃子)がよく食べられる。満洲民族による清朝成立後に広く華北一帯に普及し、中国料理の代表的な料理のひとつになった。それとは別に華南で発達した点心として食べられる蒸し餃子がある。

中国の華北で食べられる餃子は主食のひとつとして食べられ、水餃子(水餃、shuǐjiǎo)が主流。皮を厚めにし湯に入れ茹でて水切りをして食べる、日本的な表現をするならば茹で餃子である。日本では水餃子とスープ餃子(湯餃、tāngjiǎo)が混同されることが多いが、基本的に水餃と言えば茹で餃子のことを指す(中国語でお湯は「熱水」、スープは「湯」である)。餃子の中身に冷まして固体にした牛脂を入れる場合がある。これが熱でとろけて何ともジューシーであり、牛脂が漏れださないように皮は厚くする。焼き餃子は「鍋貼」(グオティエ、guōtiē)と呼ばれ、残り物の餃子を焼いて食べるものと言われることが多いが、現在商品として売られているものは残り物の再利用ではない。日本で棒餃子や鉄鍋餃子と呼ばれる、皮が薄く、長細いものが基本。水餃子とは、皮の作り方から違う。水餃子と同じ形状のものを焼き、鍋貼と称することもある。特に台湾では鍋貼のチェーン店が全国に多数展開され、その他に朝食を売る店や屋台でもメニューとして存在しており、水餃子が主流であることに変わりはないものの、非常に一般的である。現在、中国本土でも台湾の鍋貼チェーンが進出し展開されている。中国で焼き餃子が一般的ではない理由として、丸底の中華鍋が中国では一般的になり、平底の鍋が普及しなかったからという理由も考えられる。

またその他に、主にスナック感覚で食べられる小ぶりで日本の餃子のように皮が薄い焼き餃子(煎餃、jiānjiǎo)も屋台などで売られている。また煎餃自体が大括りでの焼き餃子の意味になり、水餃子の再利用としての焼き餃子はむしろこちらで呼ばれる。中国華北の専門店ではほぼ水餃子のみであるが、屋台などでは多量に水を使わないことから、焼き餃子をメニューに採用することも多い。日本の焼き餃子と同じく蒸し焼きで、水は使用する。また、近年は「日式餃子」と称して出す店もある。

中華圏では水餃子と鍋貼の具としてニンニクを入れる習慣はない。また、ニンニク的役割を果たすものにニラ(韭菜、jiŭcài)があるが、必ずしも入れず、白菜豚肉のみなどというものも多い。ニラを使った水餃子は「韭菜水餃」と区別してメニューに記載されたりもする。また、店によっては生のニンニク片が卓上に置かれる事もあり、食べる者の好みにより生ニンニクを齧りつつ食す方法がある。

華東や華南では点心の一種として、蒸し餃子が良く見かけられる。また、揚げ餃子を出す例もある。中国で点心として食べられる蒸し餃子には皮や具や形に工夫を凝らし、皮に小麦粉ではなく米粉を使うなどさまざまなバリエーションが存在する。陝西省西安などには「餃子宴」と称する、形を変えた変わり餃子や加熱のしかたや具の異なる餃子を次から次へと出す餃子フルコースがある。

餃子はその発音が交子(子を授かる)と同じ[1]であることや、代の銀子の形に似ていることにより縁起の良い食べ物としても珍重される。また「交」には「続く、末永し」という意味もあり、春節には長寿を願い食され、大晦日(過年、guònián)には年越し餃子(更歳餃子、gèngsuì jiǎozǐ)を食べる。また、皇帝も王朝と社稷の永続を祈願し春節のときだけ餃子を食したという。これは元来北部の習慣であり、地域によって南部などでは(年糕、niángāo、年糕、niángāo、)が食される。

餃子の具

中国では豚肉、白菜を使った一般的なものの他に下記の様な具のものがある。

日本の餃子

特徴

日本国内でも非常に人気があり、冷凍食品・チルド品のほか、焼きあがった完成品を持ち帰り用に販売している店舗もある。各種飲食店のサイドメニューや家庭で食材から調理することもある。焼き餃子がほとんどだが揚げ餃子も好まれている。肉の臭みを消すため、日本ではニンニクを入れることが一般化しており(中国ではニンニクを入れることはほとんどない)、日本に餃子が伝わった当時は物資不足のため豚肉ではなく羊肉を使用していたため、臭みの強い羊肉の臭い消しとしてニンニクが用いられたが豚肉がメインで使用されるようになってからも風味の良いニンニクが餃子とも相性がよく好まれたため、今日も多くがそのまま具材として使用され続けている。

日本で焼き餃子が主流になった理由は不明であるが、中国にも日本式焼き餃子と同じ調理法の鍋貼が存在する(戦前の料理本にも掲載されている[2])。中国東北部では蒸し餃子が主流であるが、古くなった餃子は油でいためる習慣があり、それは日本式の焼き餃子に似る。テンプレート:要出典範囲 しかしそのような表現は中国本土にはなく、日本で生まれた商業用の中国語風表現かもしれない。春巻きに似た形で鉄板焼きにしたものを棒餃子(ぼうギョウザ)または焼き棒餃子(やきぼうギョウザ)、鉄鍋餃子(てつなべギョウザ)と称して出す店が増えている。手羽先に具を詰めて揚げたものは、手羽先餃子と呼ぶ。

歴史・状況

日本国内で初めて餃子を食べた人物は江戸時代徳川光圀とされており、亡命していた朱舜水から教わったという。明治時代までにも餃子を出す中華料理店は存在し、料理書でも作り方は紹介されている。しかし、呼び方はチャオツなど原語の音をそのまま使い、「メリケン粉に包んだもの」や「焼いた豚饅頭」などという解説を付けなければならないほど、庶民には縁遠い存在であった。日本で一般の日本人が食べられるようになったのは第二次世界大戦後で、関東軍満州開拓団などの引揚者によって広く普及するに至った。しかし、米飯が主食の日本ではおかずとして、水餃子ではなく薄目の皮を使用した焼き餃子が主流となった。以降、大衆的な日本人向けの中華料理店やラーメン店、また餃子専門店など、家庭の手軽な惣菜として定着している。日本では、具に白菜ではなくキャベツを使用する事が大半であり、ニラやニンニクを加えることが多い。

日本で初めて工場で作った生の餃子を販売したのは株式会社紀文食品。現在は、多数の食品会社や餃子店がチルド食品や冷凍食品として各種餃子を販売している。

2002年7月に餃子をテーマにしたフードテーマパーク池袋餃子スタジアム」がオープン。戦後の日本で餃子が大衆食として定着した昭和30年代の園内演出と、宇都宮餃子をはじめ日本全国の餃子を一度に味わえる運営スタイルが特徴。東京池袋ナムコ・ナンジャタウン内にある。浜松市宇都宮市北九州市八幡東区などでは、餃子をご当地グルメとしてPRし、地域おこしを行っている。

地域によっては、軽トラックに専用の鉄板を積んで売り歩く姿も見られる。売り歩く際は、「ぎょうざーぎょうざー」といった独特の節回しで呼びかけるのが定番。

名称

現在、日本語での発音として一般的な「ギョウザ」、「ギョーザ」という呼び方は、山東方言の発音「ギァオヅ(giaozi)」に由来しているという説のほか、満州語(満洲民族の言語)のgiyoseに由来するという説がある。[3]山東方言説は、煙台市周辺で無声歯茎硬口蓋破擦音のj([tɕ])が日本人にはガ行の音に聞こえる無声硬口蓋破裂音[c])で発音されることによると思われるが、煙台周辺では「古飵(グージャ、guja)」という言い方のほうが普通であるが、「餃子」と呼ぶ場合での発音は「ギャオダ(giaoda)」や「ギャオラ(giaora)」で、これが訛ったとする説である。他の中国主要都市の方言では安徽省合肥で「ジオザ」と発音しているのが比較的近い。潮州語では、餃子と雲呑を総称して「餃」(ギオウ、giou)と呼んでいるが、接尾語の「子」は付かず、日本語の由来とは見なせない。

第二次世界大戦以前の中華料理(当時は支那料理と呼んだ)の本の記載では、「餃子」の読みは「ギョウザ」ではなく、日本語の料理名を付けていることもある。例えば、1927年の『家庭でできるおいしい支那料理』は、「餃子」(チャオツ、メリケン粉に包んだもの)[4]1935年の『支那料理』は「水餃子」(スイキョウズ、肉の包み茹で)[5]、1940年の『お鍋一つで出来る支那料理と支那菓子の作方』は「餃子」(チャオツ)としている[6]

朝鮮半島の餃子

韓国ではマンドゥ饅頭)と呼ばれる。 韓国で餃子は一般にはマンドゥ(饅頭)と呼ばれるが、キョジャとも呼ばれる。

韓国の餃子、マンドゥは中国式餃子に近く、具には豚肉、ニラ、ダイコンに加え、キムチ春雨などが使われる。中国同様、水餃子が主流であり、韓国ではマンドゥ・グク(만두국;국はスープ料理の意)と呼ばれ、大衆食堂でも供されるほど一般的なメニューの一つとなっているほか、家庭料理においては中国同様に、マンドゥ・グクをつくった後で残った餃子をフライパンで焼く焼餃子も一般的に食される。いずれの場合も、醤油をベースに、唐辛子粉やニンニクなどを加えたヤンニョムを付けて食す。参考までに、韓国においては日本で言うところの中華まん、すなわち中国で言うところの類も同じくマンドゥと呼ばれる。これらはマンドゥ・グクと区別するために「蒸し饅頭」を意味するチン・マンドゥ(찐 만두)と呼ばれるのが一般的である。

また、韓国の食品メーカーでは日本向けに日本式餃子の製造・輸出も行われている。

ヨーロッパ

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ポーランドクラクフ市で毎年開催されるピエロギ祭りの
窯焼きピエロギ

ポーランドスロバキアなどの中欧諸国、ウクライナリトアニアベラルーシグルジアロシアモルドバなどといった旧ソビエト連邦構成国の東欧諸国、ないしイタリアなどの南欧にも中国とよく似た餃子の文化がある。ポーランドやスロバキアでは「ピエルク」と呼ばれる。ポーランド語スロバキア語ではスープに入れる小ぶりなものにはまた別の呼び名がある。

ウクライナの民族料理の「ヴァレーヌィク」は、ほぼ中国式の水餃子と同じものである。具はバラエティに富みジャムやチーズ、果物なども入れられて主食としても食される。

リトアニアでは「ヴィルティニャイ」、ベラルーシでは「カルドゥーニ」、グルジアでは「ヒンカリ」と呼ばれる。ロシアでは「ペリメニ」と呼ばれるが、これは日本国内のロシア料理店などでよく供されるので、ロシア料理の好きな日本人には比較的なじみ深い呼び方である。モルドバでは名称は中国のマントゥーから派生した「マンティーヤ」であるが、ヴァレーヌィクなどと基本的に同じものである。これらヨーロッパ系の餃子は中国の餃子に比べて皮が厚めの傾向がある。皮の非常に薄いものが近年のポーランドに見られるが、これは「ピエルク・ヤポンスキ(複数形はピエロギ・ヤポンスキエ)」と呼ばれ、これは「日本風のピエルク」という意味で形も具も調理法も基本的には日本の標準的な餃子と同じであるが、醤油ラー油のタレに漬ける食べ方は一応知られているものの特にラー油が入手困難なことと辛いものが大の苦手なポーランド人の国民性のためまだ日本式のタレは定着はしておらず、焦がしベーコンをベースにしたポーランド独特のタレをかけたり、多少濃い目に味付けをしたキノコクリームソースなどといったいろいろなソースをかけたり、サラダ用の様々なドレッシングをかけたりして食べる。

イタリアのラビオリは東洋の餃子が元であり、イタリアに入って現地の味覚に合うように変化したものである。ドイツ南部シュヴァーベン地方にはラビオリに似たマウルタッシェという料理があり、スープ餃子のように提供される。

北米

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カナダトロント市のセントローレンス市場にある食堂の看板
「本日のピーロギーズ(Pierogies)」を宣伝

ポーランド系移民やその子孫が非常に多い北アメリカではピエルクの複数形の「ピエロギ」として知られるようになり、北アメリカではピエロギが英語風に訛った「ピーロギー」という呼ばれ方をすることが一般的である。しかも「ピーロギー」はもともと「ピエルク(Pieróg)」の複数形「ピエロギ(Pierogi)」が訛ったものであるにもかかわらず、英語では「ピーロギー(Pierogi、ないしPerogiやPirogiと表記)」が単数形として認識され、この複数形として「ピーロギーズ(Pierogies)」が存在し使われている。オックスフォード英英辞典にも「Pierogi/Pierogies」が正式な英単語として載っているほど一般化している。基本的には水餃子と同様に茹でるが、そのほかにフライパンで焼いたり油で揚げたりといったさまざまな加熱法を使う。なお北米の都市の中には中華式の餃子がDumpling(本来の意味は茹団子)またはPot stickerと称されスーパー等で販売されているケースも見られる(カナダ・バンクーバーで在カナダ華僑が製造販売する餃子の袋売りパッケージなど)。

カナダではポーランド系移民やその子孫が特に多いことからピーロギーは広く浸透して定着し、長いこと国民食の一つとなっている。「ピーロギー」の名で餃子を提供する食堂はポーランド系やスロバキア系といった中欧系の人々のほかにウクライナ系の人々が経営している場合も多く、そこでは「ピーロギー」が「ウクライナ料理」として供される。本来ウクライナではヴァレーヌィク(複数形はヴァレーヌィキ)と呼ばれるが、英語圏ではこの呼び方は一般的ではない。

トルコ

トルコ料理には水餃子によく似た献立マントゥがあり、ゆで上げたマントゥにニンニクや香味油で味付けしたプレーンヨーグルトを掛けて供される。

ブラジル

ブラジル風揚げ餃子といわれるパステル(またはパステウ)がある。

餃子の種類

焼餃子
中国においても鍋貼や煎餃などは確立したメニューとして日本の焼餃子と同じく生の状態から蒸し焼きにされる。この水を用い蒸し焼きするという調理法は包子にも見られるものである(水煎包、shuǐjiānbāo)。
中国では、一度茹でた(あるいは蒸した)餃子を焼く残り物の再利用という位置づけのものもある。
家庭で作る場合はフライパン中華鍋、専門店では鉄板などを用いる。フライパンに並べた餃子に少量の油と水を加え蓋をして蒸して、水分が蒸発したら蓋を取り、さらに加熱して焦げ目をつける。
油で焼いて焦げ目をつけてから水を加えて蒸し焼きにする方式もあれば、それを誤りだという人もいる。
蒸す時の水に片栗粉や小麦粉を少量加えることもある。焼き上げたあとパリパリした薄皮ができ、これを羽根餃子(羽根付き餃子)と呼ぶ。
焼餃子は主に満州族第二次世界大戦後の中華人民共和国では満族と呼ぶ)の調理法で、現在の日本では最も幅広く浸透している。これは第二次世界大戦後に満州からの引き上げ邦人が広めたためである。
中国の水餃子や蒸し餃子を利用した焼き餃子は油たっぷりで焼くため底面は揚げ餃子に近い仕上がりになっていることもあるが、上述通り水を用い蒸し焼きする鍋貼や煎餃などは日本の餃子と変わらない仕上がりである。
水餃子
現在中国での一般的な食べ方。焼き餃子よりも厚めの皮で作られた餃子をお湯で茹でたもの。日本語風に表現すれば、茹で餃子。タレを付けて食べる。皮の質や閉じ目が強くないと茹でる時に中の具がバラけて台無しになるために、作り置きが難しい。
日本国内で流通している家庭用の餃子の皮の多くは焼き餃子で作った際に最適の食感となる様に作られている為、水餃子には向かないものが多い。水餃子を作る場合は『厚手』や『水餃子用』と明記されているものを使用した方が無難である。
スープ餃子
茹でた餃子を野菜など他の具と一緒にスープに入れて供するもので、湯餃と呼ばれる。また日本ではこれを水餃子と呼ぶこともある。これに近い料理にはワンタンスープ、朝鮮半島のマンドゥクク、ロシアペリメニなどがある。
蒸し餃子
中国でも華中、華南の点心ではもっとも普通の食べ方。味が水に逃げず、皮の食感が楽しめる。タレは付けてもよいが、中国ではそのまま食べられる味付けになっている。変わり餃子もこのタイプが普通。米粉の皮を使用した場合は蒸し上がった皮が半透明になるため、中の具が透き通り美しい。
揚げ餃子
揚げ焼売と同様日本ではなじみ深いが、中国で見かける機会は多くない。ただし、この調理法による料理は中国にも存在しており、それが日本に伝わったのか日本で独自に発展したものかは定かではない。
変わり餃子
金魚ウサギ白菜などの形を餃子で作ったものや、三角形や花のような形に包んだ餃子。形や皮に付けられた色を保つために蒸して加熱する場合が多い。
ひとくち餃子
ひとくち餃子」を参照

関連する料理

棒餃子
中国では「餃子」とは呼ばず、上述の「鍋貼」および「褡褳火燒(ダーリェンフオシャオ、dālián huǒshāo)」と呼ばれている。褡褳火燒は着物の袖口に似ている焼き物という意味の名で、北京の下町のスナックでありレストランで食べられることは少なかったが、近年は出す店も現れている。
また単純に焼き餃子の総称としての「煎餃」と呼ばれることもある。
エビ餃子
中国では点心のひとつとして普通にみられるが、日本では豚肉の餃子が主流のため、エビなどの海鮮類を具に用いたものは区別されることが多い。華中、華北でみられるような普通の小麦粉の皮を使うものと広東料理で見られるような浮き粉澱粉を使った、半透明の皮の物がある。
粉果
潮州料理の点心の一種で、米粉上新粉)を使った皮で刻んだ野菜や肉などの具を包んで蒸したもの。半透明に仕上がる。
豆腐の夾み蒸し
中国語で「醸豆腐(ニヤンドウフ、niàngdòufu)」と呼ぶもので、華南に移住した客家の人たちが入手困難となった小麦粉の皮の代わりに切込みを入れた豆腐を用い、肉を入れて作ったといわれる。客家料理の東江料理の定番。
卵餃子
中国語で「蛋餃子(ダンジャオズ、dànjiǎozi)」と呼ぶもの。小麦粉の皮の代わりに、薄焼き卵を使ったもの。中国で冷凍食品として売られ、鍋料理の具として広まっている。
餃子巻き
おでんの具の一種。餃子を魚のすりみで巻いて揚げたもの。
手羽先餃子
の手羽先に具を詰めて揚げたもの。
糖餃
「糖絞」の字を当てる場合もある。名前に「餃」が付くが、小麦粉の生地を細長く伸ばしたり、ひねって使って油で揚げ、砂糖をまぶした中華風ドーナツの一種。
デザート餃子
最近ではフルーツやお菓子などが餃子のタネとして使われたりトッピングされたするデザート餃子というものがある[7]
餃子鍋
具材のメインとして餃子を用いた鍋料理[8]2010年冬シーズンの鍋料理市場において注目されるメニューとなっている[9][10][11]。通常の餃子を長時間煮込むと皮が破れやすくなったり溶けてしまうことがあるため[9][11][12]、皮の耐久性を高めた鍋専用餃子が開発され飲食店で使用している[9]。家庭で餃子鍋を作る際、市販されている焼き調理用の餃子を鍋に使用すると皮の状態によって前出の問題点が発生する可能性があるため、対策として餃子に片栗粉をまぶすことで皮の耐久性を高める方法が考案されている[11]
餃子パン
パン生地で餃子を包んで焼いた総菜パン沖縄県オキコなどが製造販売している。

餃子と同様に小麦粉の皮で具を包んだ中華料理

餃子の街

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餃子像(JR宇都宮駅東口広場)

日本において、餃子で知られる街やご当地グルメとして宣伝している街には福島市宇都宮市裾野市静岡市浜松市津市神戸市など多数ある。

中でも特に最も早い段階から町おこしの材料や観光資源として官民一体となって活用してきた宇都宮市の知名度は高く、その他近年では静岡県や静岡市・浜松市などが一部の統計で餃子消費で全国1位となったことを活用して積極的にPRを行っていることで知られる。

福島市

福島県福島市の餃子は、戦後満州からの帰国者が店で提供したのが始まりといわれ、餃子専門店が10数軒ある。独特の形状の「円盤餃子」が主流で、餃子をフライパンに円盤状に並べて焼き上げ、そのまま皿に移して出される。小ぶりで皮が厚く具に野菜が多いため味はあっさり系で、にんにくは具に入れず薬味として使う店が多い。餃子専門店を中心に「ふくしま餃子の会」が結成され、餃子の町としての観光PR活動を始めている。

宇都宮市

栃木県宇都宮市の餃子の始まりは補充担任を宇都宮師管区とする陸軍第14師団が、1940年(昭和15年)8月以降、衛戍地を満州としたことから宇都宮出身の将兵が帰国に際して本場の餃子の製法を持ち込んだのが始まりといわれる。市内には餃子専門店と餃子を扱う料理店が合わせて約200軒あり、一般的な販売価格は1人前150 - 200円程度と低廉で学生がおやつ代わりに食べることが出来る価格帯である。タレは酢だけで食するのが宇都宮スタイルといわれることもあるが、水餃子・揚餃子・焼餃子・スープ餃子など、店舗によりさまざまなスタイルの食べ方が存在する。

1990年(平成2年)、町興しに繋げられるキーワードを探していた市の職員が、総務庁統計局の「家計調査年報」において「餃子購入額」で同市は常に上位に挙がっている[13]ことに注目し、餃子による町興しを提案したのがきっかけで、観光PRに力を入れてきた。

1991年(平成3年)には業者団体として「宇都宮餃子会」が発足し、行政と民間で協力して様々な企画を仕掛けたことが功を奏し、かつて国際観光都市「日光・鬼怒川」への通過点だった宇都宮が、餃子という大きな観光資源を得ることに成功した。任意団体として発足した宇都宮餃子会は2001年(平成13年)に協同組合となり、登録商標「宇都宮餃子」の管理や組合直営店「来らっせ」3店舗(宇都宮2店、東京1店)の運営管理なども行っており、現在の組合加盟店舗数は70軒を超えている。こうした市内の餃子専門店の中には、市外に支店を進出させている店もあり、餃子ブームは宇都宮市内に留まらず栃木県内各地への広がりも見せている。

またJR宇都宮駅東口広場には、市がテレビ東京の、山田邦子司会の番組『おまかせ!山田商会』とタイアップしPR作戦を行った際、現代美術家の西松鉱二がデザインし、地元産出「大谷石」の業者によって無償で制作されたオブジェ『餃子像』が設置されていた。ビーナスが餃子の皮に包まれた姿を表現したユニークなもので、観光客の人気撮影スポットとなっている。東口駅前整備工事のため2008年10月6日午前、駅の西口バスターミナルへ仮移転させる作業中に不手際から転倒、脚と胴体部分が割れてしまった[1]。落下させた業者の負担で割れた石の間にボルトを通し、セラミックボンドで接着させるなどの修復作業を行うとともに表面全体を薄く削り、コケの生えた身体をシェイプアップさせた。修復された餃子像は同月中には西口バスターミナル前への移転設置が完了し、式典には山田邦子も姿を見せた。

同時に、国鉄の駅構内販売機関がその沿革の中で『宇都宮駅が駅弁発祥の地』としていたことに因み、「宇都宮餃子駅弁」が企画され現在も地元業者が数量限定で販売している。また宇都宮駅ホームの立ち喰いそば屋『野州そば』には餃子そばというメニューがあった。2005年(平成17年)3月に廃止され、翌2006年(平成18年)の同月に閉場となった宇都宮競馬場には、「宇都宮餃子会長賞」という冠レースがあった(廃止直前は「宇都宮餃子会長賞リーディングジョッキー賞典」、赤字経営だった同競馬場を支援する目的)。

秋には宇都宮餃子会を中心とする市民手作りのイベント「宇都宮餃子祭り」が定例化している。協賛餃子店(みんみんやシンフー、青源など)が市街で屋台を開き、1人前1皿100円の餃子が振る舞われ、また宇都宮はジャズの町でもあることから街角の特設会場では同日にジャズ演奏が行われ、その中で一般市民や観光客が餃子を食す。「宇都宮餃子祭り」は毎年 11月初旬の土日に行われている。2000年代後期、浜松市が独自調査結果から餃子消費量日本一都市を宣言し報道されていたが、2007年(平成19年)4月に浜松市が政令指定都市となって総務省統計局の「家計調査年報」の調査対象となった結果、2009年(平成21年)の同調査で宇都宮市と浜松市の年間餃子消費量は他の都道府県庁所在都市および全政令指定都市中で抜きん出て多く、ほぼ同等の結果(宇都宮市4,187円、浜松市4,137円。以下、鹿児島市2,764円、千葉市2,673円、京都市2,662円、前橋市2,635円等。全国市町村の平均は2,055円。)となった。2011年分の調査では、震災の影響で浜松市に抜かれ、2位に陥落した。

宮代町(埼玉県)

埼玉県南埼玉郡宮代町では、宮代町商工会[14]が、餃子に使用する野菜が町内で多く生産されていることと、町内に餃子を提供している店が多いことから町内ブランドとして「みやしろ餃子」を立ち上げた。

北本市

埼玉県北本市は昭和初期までトマトの名産地であったことからトマトを使った揚げ餃子を「とまとルンルン揚げ餃子」として商品化し、ご当地餃子としてPRを始めた[15]

大田区蒲田

東京都大田区蒲田は、満州より調理法を受け継いだ店主が1982年より売り出した「元祖羽根つき餃子[16]」を扱う3店舗を中心に、餃子の街としてTVなどで報道されている[17]

川崎市

川崎市は外食の中華食が全国第1位であることから、川崎の餃子店18店舗が集まり「かわさき餃子舗の会」を結成し、餃子の町としてのPRを始めた。[18]。餃子に合う専用味噌「かわさき餃子みそ」なども発売した。

裾野市

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すその水餃子(B-1グランプリ2010にて撮影)

静岡県裾野市では、市民一万人あたりの餃子取扱店数が、宇都宮市の4.45軒を超える6.04軒であることから餃子を通じて「日本一ギョーザ好きのまち裾野」[19]としてまちおこしをはじめた。「すそのギョーザ倶楽部」を発足させ、加盟店では特産のモロヘイヤの入ったすその水ギョーザを提供している。

静岡市

静岡市は「餃子の街」であり、餃子消費量も全国平均を大きく上回り、餃子王国宇都宮市を抜き日本一になった年もあった(平成7年家計調査年報)。最近でも2009年平成21年)の総務省「家計調査」における「ぎょうざ」年間消費額の全国市町村平均が2,055円だったのに対し、静岡市は2,500円(全国51の都道府県庁所在都市および政令指定都市中では第10位)と高水準を保っている。1960年代後半から静岡市内のいくつかの製麺業者が、家庭向けに餃子の具と皮を分けたパックを製造し販売している。

浜松市

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浜松餃子
こちらは定食型で、店舗によってはご飯などもなく餃子単品のみ扱っている

浜松市は餃子専門店が約80軒あり、餃子をメニューとして出す飲食店を含めると300軒以上。キャベツをたっぷりと使った甘味が特色で、薄い塩味で軽く茹でたモヤシを添える独特のスタイルを持つ。これは石松餃子(現在2代目)の先代が、屋台時代に家庭用のフライパンを使って、餃子を丸く並べて焼く時に出来た中央の空間に、店のサービスで茹でたモヤシを添えた事が始まりである。現在2代目の石松餃子では、飼料に麦を混ぜて育てた遠州麦ブタを使い、キャベツも季節によって仕入れ先を変えたりして具材には拘っている。[20]。また、タレに拘った店が多い。終戦後、石松餃子(先代が森の石松の故郷と言われる森町出身)が、浜松駅の近くで出店屋台を開いていて、その時に、満州などで餃子の製法を会得した復員兵から餃子を食べたいと言われて、レシピを聞きながら作ったのが浜松餃子の発祥と言われているが、実は同市に於ける焼き餃子の歴史は古く、戦前より在市の中国人が中華料理の一品として、既に焼き餃子を提供していた事が判っている[21]。この様な歴史により浜松市内の餃子専門店では前記のように茹でモヤシを添えること、酢醤油などではなく店ごとに秘伝のタレを使用すること、餃子以外のメニューを最小限にとどめている[22]ことが一般的となっているが例外もある。また、浜松市民は餃子で一食とすることが多く、一回の食事を数十個の餃子だけで済ませることが多い。

当時、総務省の家計調査年報では浜松市は統計発表の対象外だったため[23]、一世帯当たりの餃子の年間支出金額は不明とされていた。家計調査年報とは調査方法は異なるものの、2006年(平成18年)の浜松市役所の調査では、一世帯当たりの餃子の年間消費量は宇都宮市の約4倍、年間消費金額は1万9403円としていた[24]。その後、政令指定都市となり公式に総務省「家計調査」の公表対象都市となり、2010年(平成22年)に宇都宮市の消費額とほぼ同等の結果であったことが分かった。マスコットキャラクターとして「ちゃお」を擁する。2011年には支出額調査でギョーザ支出額で宇都宮市を抜き年間首位となったが、東日本大震災で消費が落ち込んだ影響もあり手放しでは喜べないとした[25]

津市

三重県津市では、津ぎょうざと呼ばれる大きな揚げ餃子が提供されている。その定義は、直径15cmの大きな皮で餡を包み、油で揚げた揚げ餃子とされている。起源は学校給食であり、1985年頃に考案され現在も提供されている。2008年には「津ぎょうざご当地グルメプロジェクト」[26]が発足し、飲食店やイベントで販売されるようになった。2010年には「津ぎょうざ協会」が設立され、津市の名物料理の一つとなっている。なお、一般の揚げ餃子の一人前は複数個で構成されているが、津ぎょうざは大きいため、一人前が一個で販売されることがほとんどである。

神戸市

神戸市ではメニューが餃子と飲み物だけという専門店も多く存在する。市内の餃子店は南京町を中心に水餃子が多く見られ、JR神戸線沿いには焼き餃子の店が多く見られ、神戸の焼き餃子の特色として味噌ダレをつけて食べることが挙げられる。

八幡東区(北九州市)

北九州市八幡東区は、かつて鉄の都として栄えた旧八幡市の中心地。その八幡製鐵所に勤務する労働者は肉体疲労がかなり激しく、ニンニクなどのスタミナ素材を好んで食べていたことから餃子文化が浸透。餃子専門店、ラーメン店など、八幡東区の20店舗以上で「八幡ぎょうざ」が食べられる。種類は鉄なべ餃子やひとくち餃子、にんにく入りスタミナ餃子、スープ餃子など多種多様。北部九州では餃子の薬味に「柚子胡椒」を使うこともある。現在、有志が集まり、八幡ぎょうさ協議会(八幡食ブランド実行委員会)を立ち上げており、商店街でイベントなども開催されている。


日本の餃子外食店

主な外食チェーン店には餃子の王将大阪王将大阪王珉珉宇都宮みんみんホワイト餃子店ぎょうざの満洲紅虎餃子房などがある。 北海道のチェーン店「みよしの」は、一般的な生地(皮)では無く、チルドタイプの餃子を調理し、提供する店舗である。 また、餃子に関するフードテーマパークも作られており、 池袋餃子スタジアムナムコ・ナンジャタウン内部)がある。

餃子に関係する事件

テンプレート:Wikinewscat 日本では、加工食品としての餃子において下記のような事件が発生した。

餃子が関係する作品

脚注

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関連項目

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  • ただし、交子はjiāozi声調が異なる。
  • 例えば中村俊子、『家庭でできるおいしい支那料理』p183、富文館、1927に「鍋烙餃子」(焼餃子)の作り方がある。
  • 石橋崇雄『大清帝国』講談社、2000年。
  • 中村俊子、『家庭でできるおいしい支那料理』p181、富文館、1927
  • 秋穂敬子、『支那料理』p323、東京割烹女学校、1935年
  • 主婦之友編、『お鍋一つで出来る支那料理と支那菓子の作方』(『主婦之友』5月号別冊付録)、p12、主婦之友社、1940年
  • デザート餃子 + 餃子
  • 餃子鍋レシピ(クッキングノート)
  • 9.0 9.1 9.2 今冬の注目は餃子鍋? 鍋専門店のメニューに続々登場 - J-CAST 2010年10月15日
  • 2010年冬の“鍋”は、バリエ豊かな「餃子鍋」が大本命! - 東京ウォーカー 2010年10月24日
  • 11.0 11.1 11.2 2010年11月1日放送『DON!』(日本テレビ)特集「2010年 DON!オススメ!この冬絶対はやる鍋!!」
  • 水餃子鍋(サントリー)
  • 調査はスーパー等での生もしくは焼餃子等の購入金額のみで、チルド餃子等の消費量は含まれない。また専門店などで食べられ、外食費として処理される分も含まれない。
  • 宮代町商工会
  • 【ぐるなびPR】第6回 埼玉B級ご当地グルメ王決定戦
  • 彩流社『ニッポン定番メニュー事始め』澁川祐子 27頁
  • 日本テレビNNN Newsリアルタイム「絶品ギョーザ大集合厳選(秘)情報」2010年2月8日放送分より。
  • ぎょうざ舗の会 - 地元密着川崎最強ポータルサイト「カワサキオンライン」
  • 日本一ギョーザ好きのまち裾野
  • ご当地グルメ 浜松餃子
  • 浜松餃子学会
  • 餃子と飲み物のみ、あるいは餃子とご飯と飲み物のみなど
  • 総務省の家計調査年報では、都道府県庁所在地および政令指定都市別の品目別支出金額が公表される。しかし、浜松市が都道府県庁所在地だったのは1876年明治9年)までであり、政令指定都市に昇格したのは2007年平成19年)だったため、家計調査年報の都市別集計の対象に含まれていなかった。
  • 「日本一『ギョウザ』好き――浜松市悲願達成」『J-CASTニュース : 日本一「ギョウザ」好き 浜松市悲願達成ジェイ・キャスト、2007年(平成19年)2月20日
  • ギョーザ日本一の浜松、「手放しで喜べない…」読売新聞 2012年2月1日
  • 津ぎょうざご当地グルメプロジェクト