中国人民解放軍
テンプレート:Redirect テンプレート:Infobox 国軍 中国人民解放軍(ちゅうごくじんみんかいほうぐん、テンプレート:ピン音)は、中国共産党の政党軍隊。対外的には中華人民共和国の事実上の国軍とみなされており、中国軍とも呼ばれる。党の最高軍事指導機関である中国共産党中央軍事委員会の指揮を受ける。
目次
兵力
中国人民解放軍の人員・装備数・組織構成等は、中国政府あるいは人民解放軍自身が情報公開に積極的でないために、外部の者は推定によりその趨勢を把握する外はない。各国政府の情報機関のように人的物的資源が潤沢であるならば確度の高い情報を得ることも可能かもしれないが、そうでない者は民間シンクタンクあるいは各国政府機関が公開する文書から得る以外にない。
イギリス国際戦略研究所が発行した『2013年ミリタリーバランス』によると、2012年11月時点の人民解放軍の人員数は、現役兵は228万5千人、予備役51万人と推定されている。この他に準軍事組織の人民武装警察(武警)が66万人と推定されている。これらの数は2000年の値と比較すると現役兵は2万5千人減、予備役は+1万~-9万人である。武警は84万人減であった。1982年に現在の武警が設置されてまもない時期は、人民解放軍が大規模な人員数の削減を行った頃と一致する。武警は、削減された人民解放軍兵士を受け入れ、一時は人員が増加したものの、その後に隊員の定年が進み自然減になったものと推察する。
なお2013年4月に中国国務院は『中国国防白書:中国の武装力の多様な運用』を発表して、陸軍機動作戦部隊が85万人、海軍23万5千人、空軍39万8千人とする兵員数の概要を公表した。陸軍機動作戦部隊は、18個集団軍および軍区直轄の独立諸兵科連合師団(旅団)に該当し、国境警備部隊・海岸防衛部隊・軍事施設警備部隊は含まないとしている。陸軍機動作戦部隊に該当しない前記の各部隊の兵員数は公表されず、したがって現役陸軍全体の兵員数は明らかにされていない。また第二砲兵、予備役の兵員数も公表されず、したがって人民解放軍全体の現役・予備役を含めた総兵員数も本国防白書では明らかにされていない。
装備等
中国政府は湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争などでのアメリカ合衆国軍による軍事的成果に影響されて、近年は軍事兵器や軍事システムや戦闘スタイルの革新に力を入れ、通常兵器による軍事力も強力になりつつある。ロシアの専門家によれば2015年頃には第5世代戦闘機が配備されるのではないかと指摘している[1]。また、ロシアの兵器輸出企業の重役によれば中国はインドとは違い陸上兵器の近代化が進んでいるため、陸上兵器は地対空ミサイル以外はほとんど輸入してくれないと語っている[2]。そして新式装備の絶対数は多く、Su-27/Su-30MKKシリーズは300機以上ある。これは日本や韓国のF-15保有機数を凌駕している。また、空軍兵器の取引においては完成した機体を購入する時代は終わり、エンジンやレーダーなどのような装備単位で買う段階になったと言われている。その象徴がJ-10である[3]。また、特殊部隊の育成も進んでおり、最近では世界最難関の特殊部隊育成機関であるArmy international Bootcampの合格者も輩出している[4]。
志願兵の待遇
経済成長を続ける中国において公務員である軍隊への就職は魅力が薄れているため、政府は軍人に日常生活において映画館、バス代の免除、文房具の優先的購入などの様々な特権を与えている。
徽章の由来
1927年8月1日の南昌起義を建軍記念日とし、軍の徽章には紅星に「八一」の字が、軍旗は紅地に黄色で星と「八一」の字があしらわれている。
法的規定
中華人民共和国憲法第93条には中華人民共和国中央軍事委員会が全国の武力(武装力量)を領導するとの記載はあるが、中国人民解放軍のみを国軍と規定した条文はない。中華人民共和国国防法第22条では中国の武装力量を構成するのは中国人民解放軍現役部隊と予備役部隊、中国人民武装警察部隊、民兵組成と規定され、その中で中国人民解放軍現役部隊については国家の常備軍であると規定されている。
憲法第93条第1項では国家中央軍事委員会が「全国の武装力を領導する」としているが、一方で憲法前文に中国共産党が国家を領導することが謳われており、また国防法では、「中華人民共和国の武装力は中国共産党の領導を受ける」「武装力の中の共産党組織は、党規約に従って活動する」とあるため、中国共産党が軍事を支配することになっている。中国共産党中央軍事委員会と国家中央軍事委員会の構成員は同一であり、中国人民解放軍は「党の軍隊」ともいわれる。
軍事予算
2013年3月5日に、中国国務院財政部は第12期第1回全人代に提出され審議された2012年支出実績と2013年度予算案を公表した[5]。その後支出実績と予算案は全人代に承認された。それによれば2012年度(1 - 12月)軍事支出実績額は6506億300万人民元であった。2013年度の国防予算は7201億6800万人民元であり、2012年年度支出実績に比べ10.7%増である。
このような「公表額」に対して、世界各国の政府や軍事研究機関は、「中国政府が、所謂中国脅威論によって軍備拡張が抑え込まれることを警戒して、軍事支出が小さく見えるように操作している」との見解を持っている。ストックホルム国際平和研究所の推定による、2012年度の中国の軍事支出実績額は為替レートベースで1660億ドル[6]で、アメリカ合衆国に次いで世界で2位(世界シェア9.5%)であり、2003年 - 2012年の10年間で175%増加した。また購買力平価ベースでは軍事支出実績額は2490億ドルで世界第2位である。 中国の軍事支出を国際比較する場合、時価為替レートベースと購買力平価ベースでは相対関係が異なってくる。物価の安い国は同じ予算金額で物価の高い国の数倍の軍備が購入可能という問題を指す。例えば、陸上自衛官1人の給与金額で中国兵20人を雇用可能であり、物価の違いを修正しないで単純に金額を比較しても実際の単年度軍事資産購入量と乖離してしまう。現に、CIAの各国国力・GDP分析は購買力平価で比較されていることは有名である。
中国の軍事支出が明確でないという見解の論拠の一般論としては、民主的政治制度が確立している国では、政府の収入と支出の予算案も、立法過程も、可決された予算も、予算の執行も、今年度および過去年度も含めて書籍とウェブで公表され、誰でも閲覧できるが、独裁政権が統治している国は、民主国家と比較して政府の情報公開度が低く、公開された情報には隠蔽・歪曲・誇張された情報が含まれているので、公開された情報の信用性は低いということがしばしば指摘される。
中国の軍事支出が明確でないという見解の論拠の具体論としては、中国の予算制度は、ミサイル開発費などの国防科学研究費や軍事教育費用が文教科学予算項目に分類されていたり、戦略核弾道弾部隊(第二砲兵部隊)の維持費が宇宙開発予算に分類されている。また、沿岸・国境警備や内部防衛を担当する武装警察部隊の費用も公安予算に計上され、民間防衛や民兵予備役の費用も国防予算の項目に含、民主国家の軍事予算や、世界的に一般的な定義の軍事予算と比較することは、統計比較手法としては不正確である。ただし、軍事も他の分野も、統計や分類の方法は個々の国や研究機関により異なるので、軍事予算の範囲としてどこまで含めるかは各国政府や軍事研究機関により異なる。統計を国際比較する場合は各国政府や個々の研究機関により異なる統計や分類の方法を、何らかの基準(通常は一般的な定義、多数派の定義)に補正・整合して比較する。
軍事予算の一般的な(多数派の)定義で軍事予算に含む経費とは、人件費、組織の運営費(食料・飲料費、水道・電気・燃料(石油・ガス・ウラン・プルトニウム)費、通信費、医薬品の購入費、軍の医療施設の運営費、軍事施設の運営費)、武器の購入費や補修費(外国からの輸入分も含む)、軍事目的の研究開発費、軍事施設の建設費、沿岸警備隊や国境警備隊の経費、軍人の教育研修費、軍人や家族の住宅の建設費や運営費である。
軍事予算の一般的な(多数派の)定義で軍事予算に含まない経費とは、政治・軍事目的の対外的な資金援助は外交予算、退役軍人に対する医療費・老齢年金・遺族年金・障害者年金は社会保障予算、軍歴に対する報奨としての奨学金は教育予算に分類するので、軍事予算には含まない。
2000年代に入ってからアメリカやイギリス、日本などは中国に対して国防予算の内訳の透明性を向上させることを求めている。2008年3月4日には、日本国官房長官の町村信孝が中国の国防予算について「とても周辺の国々、世界の国々には理解できない。その中身がはっきりせず、透明性の欠如は大きい」とし、さらに「五輪を開き、平和的に発展していこうというお国であるならば、自らの努力で(中身を)明らかにしてもらいたい」と批判した。また2009年3月4日には河村建夫官房長官が「発表されたものは依然として不透明な部分があり、国防政策、軍事力の透明性を一層高めていただくことが望ましい」と中国の国防予算の内訳について透明性の向上を求めた。
中国人民解放軍には他国の軍隊には見られない「自力更生」と呼ばれる独特のシステムが存在した。これは、簡単に言ってしまうと、「国家などの公的予算に頼らず軍が自分で自分の食料や装備を調達する」ということである。元々は軍人が自力で耕作して食料を調達して戦い続けたことを意味するが、1980年代になると軍事費の削減によって「軍事費は軍自らが調達する」という方針が共産党からだされたことにより国の近代化と資本導入が始まったことにあわせ、軍の近代化に伴う人員削減で生み出される失業対策も含めて、各部隊が幅広く企業経営へ乗り出していた。これは1998年に中国共産党が人民解放軍の商業活動を禁止するまで続いた。実際には現在も一般人も利用できる又は一般人向けの各種学校、食堂やクラブなどの飲食店、射撃場など娯楽施設、病院、宿泊施設、食品加工や機器製造等の工場、農牧場、養殖場、炭鉱など鉱山、出版社などあらゆる企業、施設、設備を運営している。イギリスBBCの報道によると、食料の90%を外部からの調達に頼っているということである。人員規模を考慮すると、およそ20万人以上の食料を自給できているということであり、他の軍隊に見られない驚異的な特徴の一つとなっているといえる。
歴史
1937年から1945年までの日中戦争を第二次国共合作によって乗り切るが、1946年 国共内戦が再開される。中国人民解放軍空軍は捕虜となった日本軍人、整備士が満州の日本軍機を修理、中国兵を訓練することで設立された(-1949)。また、捕虜となった日本の技術者や看護婦も多数参加している(-1950)。
1947年9月に「人民解放軍総反抗宣言」を発表し初めて人民解放軍の名称を使用。
1949年 蒋介石が南京を脱出し中華民国国軍とともに台北へ移動することで国共内戦が終了(休戦)し、中華人民共和国の建国が宣言された。以降、中共政権下、国共内戦で功績のあった軍の長老が長く君臨し、今の政治人脈に引き継ぐこととなる。
- 1949年 蒋介石、台北へ。 国共内戦の休戦。
- 1950年10月 一部は中国人民志願軍として朝鮮戦争に参戦。1953年まで (中国人民志願軍も参照)
- 1950年 チベット侵攻 (1950-1951)、ウイグル侵攻。
- 1954年 - 1955年 第一次台湾海峡危機
- 1958年 第二次台湾海峡危機 (金門砲戦)
- 1959年9月 - 1962年11月 中印国境紛争
- 1969年 - 1978年 中ソ国境紛争(中ソ対立も参照)
- 1974年 南ベトナムと西沙海戦
- 1979年 中越戦争
- 1986年 - 1988年 ベトナムと国境紛争、赤瓜礁海戦(南沙海戦)
- 1989年 六四天安門事件
- 1995年 - 1996年 第三次台湾海峡危機(en:Third Taiwan Strait Crisis、台湾有事も参照)
- 2013年 総参謀部が全軍に対し戦争の準備を指示[7]
国共合作から国共内戦時の構成
元老には十大元帥と呼ばれる軍閥代表者がいる。朱徳・彭徳懐・林彪・劉伯承・賀竜・陳毅・羅栄桓・徐向前・聶栄臻・葉剣英で、老総(ラオゾン)とも呼ばれる。
各軍管区へは、軍閥の影響力を削ぐ為に各野戦軍より選出した部隊で混成される。主力に位置される部隊は、権力闘争に勝ち残った第3野戦軍系部隊があげられる。
組織・機構
最高軍事指導機関である中国共産党中央軍事委員会の下に総参謀部、総政治部、総後勤部、総装備部の四総部があり、その下に海軍、空軍、第二砲兵(戦略ミサイル部隊)および七大軍区が置かれている。総参謀部は、作戦や情報を担当し、トップが総参謀長である。総政治部は、人事や思想教育を担当し、トップは総政治部主任。総後勤部はロジスティックス(兵站)を担当し、トップは総後勤部部長である。総装備部は武器の開発・調達を担当し、トップは総装備部部長である。四総部のトップはすべて上将の階級にあるものがあてられる。 また国防科学技術工業委員会、軍事科学院、国防大学なども軍区級組織である。
国務院の国防部は外国との軍事交流などを担当しているだけで、人民解放軍に対する指揮権を持っていない。国務院の管轄下にない解放軍はあくまで党の軍隊であり、国家の軍隊ではないとする。党と軍の関係については、憲法で中央軍事委員会の指導下にあると規定されているが党主席とは記載されていない。そのため、毛沢東など歴代の最高指導者は中央軍事委員会主席を兼任している。
中国人民解放軍が党の軍である、という立場をとるのは暴力装置である国家を操作する立場である中国共産党が、国家の最大の暴力装置である軍隊を管理するのは当然であると考えられたからである。建前上、中国人民解放軍は人民の軍隊であり、革命を遂行・防衛するための軍隊であるとされている。しかし、ソビエト連邦では第二次世界大戦後の1946年に赤軍を国家の軍隊であるソビエト連邦軍に改組している。
第二次天安門事件が発生した時に、中国人民解放軍が、民主化勢力(民主化運動に理解を示していた一部の政府中枢を含む)と共産党保守派のどちらかに付くかを、全世界が注視したが、中央軍事委員会主席である鄧小平の命令によって民主化勢力の弾圧を行った。人民解放を冠した軍隊が人民を弾圧した光景は第一次天安門事件の時に四人組からの命令を最後まで無視した姿とは余りにも対照的であったが(四人組は最終的には民兵を動員した)、中国人民解放軍の行動は中央軍事委員会主席の一言に左右されている事を知らしめた。この弾圧によって、国際社会の中国人民解放軍を見る目がいっそう厳しくなり、中国人の中にも「人民を抑圧している軍隊」という印象を持ち、人民解放軍に失望した人がいた。そのため、災害派遣等での活躍と党を挙げた宣伝活動等により、イメージの改善が行われた[8]。
中国共産党中央軍事委員会
- 主席:習近平(党総書記、国家副主席)
- 副主席:
- 委員:
三軍等
陸軍
兵力160万人(2010年度)、近代化のため兵力削減傾向にあり、最新鋭戦車の生産数よりも旧式の59式戦車などの退役数が上回っているため、MBT保有数は段階的に縮小している。兵役は志願兵制をしいている。法律では不足に応じて、選抜徴兵制を実施することになっているが、不足した事は今までにない。
全体として近代化を進めつつある。陸軍は地域別の軍区に区分されるが、軍近代化により多くの軍区が削減され、現在は七大軍区制となっている。軍区司令官は所属の空軍及び海軍に指揮権を有する。
海軍
テンプレート:Main 1949年4月23日創立。2011年時点で、現役兵力約250,000人、うち海軍航空隊約26,000人、沿岸防衛陸上部隊約28,000人、海兵隊に相当する中国人民解放軍海軍陸戦隊24000-40000人を有する。駆逐艦26隻、フリゲート54隻、弾道ミサイル搭載原子力潜水艦3隻(夏級を1隻と晋級を2-4隻)、攻撃型原子力潜水艦の漢級を3隻、商型原子力潜水艦を2-4隻、通常動力型潜水艦54-60隻を保有する(旧式の明型が19隻)。また、海軍航空隊は、5個海航師(海軍航空師団)、4個独立飛行団から成り、各種軍用機571機を保有する。沿岸防衛陸上部隊として、35個岸防導弾砲兵団(海岸防衛ミサイル砲兵団。65,300人)が存在する。
当初はソ連より艦艇およびその技術を導入していたが、1960年代以降の中ソ対立によって新技術の提供が打ち切られたことから、これらをベースとして独自に設計した艦艇の開発に転じ、旅大型駆逐艦や091型原子力潜水艦を就役させた。しかしこれらは、技術的に見て当時の一級品とは言いがたいものであった。現在は、ロシアとの関係改善や中国自身の経済発展などを背景に、ロシアより駆逐艦や潜水艦を購入したほか、ヨーロッパやロシアの技術を導入した国産艦艇の設計・配備を進めており、戦力の質的向上を図っている。
中国人民解放軍海軍は、その艦艇部隊に航空援護を提供するため、ある程度の規模の戦闘用航空機部隊を有している。艦艇部隊の外洋志向に呼応して、航空部隊はその覆域を広げる努力を続けており、空中給油による航続距離の延伸のほか、国産空母の導入も模索していると伝えられている。空母の技術を研究するため、中国はオーストラリア、ウクライナ、ロシアの中古ないし建造途中の航空母艦を計3隻購入した。このうち、75%まで完成した状態でウクライナより購入したヴァリャーグを、大連において建造を再開した。完成を疑問視されることもあったが2009年の5月には機関部の修復が完了し、ドックに移されたことが確認された[9]。2012年には遼寧として就役させている。
空軍
1949年11月12日創立。総兵力38万人(空挺部隊を含む)。作戦機約1950機。このうち、数における主力は、中国がMiG-21を国産化したJ-7、およびこれをベースに開発した拡大改良版のJ-8II、またSu-27、さらに旧式のQ-5などである。以前数千機という多数を保有していたMiG-19の国産型機J-6は既に退役している。
設立時には満州で捕虜となった日本軍人や整備士が中国兵を訓練している。ソ連からの軍事援助を受けるまでの訓練機及び主力機は日本軍が満州に残した日本軍機であった。
当初はソ連から航空機およびその技術を導入していたが、1960年代以降の中ソ対立によって新技術の提供が打ち切られたことから、これらをベースとして発展させた航空機の開発に転じた。現在は、ロシアとの関係改善や中国自身の経済発展などを背景に、ロシアからの完成機の購入およびライセンス生産、また国産の航空機に西側の技術を導入することによって、保有する航空機の質的向上を図っている。戦闘機については、ロシア製のSu-27およびSu-30の導入、および国産のJ-10戦闘機の量産が進められている。その第4世代戦闘機勢力は、現時点では海軍機とあわせ383機と全体の2割程度であるが、将来的には増勢が確実視されている。 近代化のペースは非常に早く、米国国防省のQDRでは、すでに中台海峡は中国圧倒的有利、さらに周辺先進国への重大な脅威となりつつあるという判定を下している。実際、人民解放軍空軍の実質的な空軍力は、日本、韓国、在日在韓米軍をあわせたものに匹敵し、インドを含むアジアの空軍で最強であり、その急激な近代化がアジアの軍拡を誘発しているとされる。[10][11]
空輸戦力としては、旧ソ連のAn-12を国産化したY-8を主力とする。また、大型の戦略輸送機として、1990年代前半よりIL-76MDを調達しているほか、これをベースとした空中給油機であるIl-78の購入も予定されている。また、ロシアのIl-76をもとに開発し、イスラエル製の早期警戒装置を搭載した空警2000の導入により、空中早期警戒能力の獲得を図っている。
戦略ミサイル部隊
テンプレート:Main 1966年7月1日に極秘裏に成立され、1984年10月1日の建国35周年記念軍事パレードにおいて初めて公開された。中国は当時の国際国内情勢を考慮し、戦略ミサイル部隊とは呼ばず、第二砲兵と周恩来総理が命名した。
人民武装警察部隊
名目的には公安部(警察担当省庁)に所属し、非武装の公安警察とともに警察活動を行うほか、重要施設の警備や辺境警備にも従事する。しかし解放軍部隊を国内治安維持に転用したものであり、各軍区ごとに編成されており、戦時には人民解放軍の指揮下に入る。1982年の創設時の兵力は40万人だったが、人民解放軍の近代化による兵力削減にともない人民武装警察に転用される部隊が増え、現在の兵力は66万人と発表されている。北京の武警総隊が主管している。
諜報活動・政治工作
三戦(世論戦・心理戦・法律戦)
テンプレート:Main 2003年12月5日、中国人民解放軍政治工作条例が修正され、解放軍に「三戦」の任務を与えることが明記された。三戦とは、世論戦、心理戦、法律戦の3つの戦術を指す。経済・文化交流を通じて世論誘導あるいは分断をし、敵の戦闘意思を削ぎ、戦わずして中国に屈服するよう仕向けるものを目的としている[12]。
- 輿論戦は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を築くとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的とする[13]。ニュース・メディアなどの報道、映画、テレビ番組、書籍などによる世論形成が手段とされる[14]。世論戦の特徴としては中国共産党上層部からのトップダウン方式による指令[14]、敵の意思を削ぐためにメッセージを先取りして「兵馬の動く前に世論はすでに動いている」という形をとって提示するのが目指され[14]、放送局からインターネットユーザーまで利用できる手段をすべて使うこと[14]などが挙げられる。
- 心理戦は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとする[15]。
- 法律戦は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処する[16]。
心理戦も法律戦も効果を高めるために世論戦が利用される[14]。
三戦については情報の流出が少なく、具体的な事例は明らかにされていないが、同志社大学教授の浅野亮は尖閣諸島への進出は三戦の一環としている[17]。また岡崎久彦は日本に対して中国が歴史認識、特に日中戦争・太平洋戦争などの戦争認識に関して宣伝工作が行われているとして、「日本は昔、中国に悪いことをした」という戦争に結びついた主張は中国国民に訴えやすく、また第二次世界大戦での「反ファシズム戦争の勝利」という図式を強調することで連合国であったアメリカに「第二次大戦中の連帯意識を思い起こさせる効果を狙ったもの」と指摘している[14]。ただし、当時アメリカと連合していたのは蒋介石らの中華民国である。
2012年11月にアメリカのヘリテージ財団研究員ディーン・チェン(Dean Cheng)はこのような中国の戦略に対抗してアメリカ合衆国も世論外交をさらに行うべきであるとして、中国へ外国人記者に対して相互主義にもとづいてビザ提供するよう要求することを提案している[14][18]。アメリカでは中国人記者が数百人活動しているのに対して、中国ではアメリカ人記者は大きく規制されている[14]。
サイバー攻撃
テンプレート:See 中国政府は人民解放軍がサイバー攻撃に関与していることを繰り返し否定しているが、複数のメディアにより以下の事件が報じられている(en:Chinese intelligence activity in other countriesも参照)。
- 2007年、ドイツ首相府、経済省、外務省、教育研究省へのサイバー攻撃[19]。
- 2007年6月、アメリカ国防総省にあるロバート・ゲーツ国防長官のコンピューター・システムへの不正侵入が確認された[20]。
- 2007年、イギリス外務省ら複数の政府機関へ不正侵入の可能性[21]。
- 2013年、アメリカの情報セキュリティ会社であるマンディアントは人民解放軍の「61398部隊」がサイバー攻撃に関与しているという報告書を発表した[22][23]。
陸水信号部隊の関与
2010年7月6日に、米国の調査機関メディアス・リサーチは、「中国・サイバー・スパイと米国の国家安全保障」を発表、同報告書のなかで、2009年から2010年にかけて米国の政府・軍機関や民間企業に対して頻発したサイバー攻撃の発信源は中国人民解放軍海南島基地の陸水信号部隊(隊員数は約1100人)であるとした[24]。IPアドレスをはじめ、各種データの分析より分析され、発信源は「海南テレコム」と認定されたが、この海南テレコムは事実上、陸水信号部隊と同一である[25]。サイバー攻撃の標的は米国や台湾の軍事関連施設、チベット関連施設であった。また同報告書は、陸水信号部隊は中国人民解放軍総参謀部第3部の指揮下で育成されたサイバー戦争用部隊とした。
中国政府は政府は無関係と主張したが、中国政府に自国内からのサイバー攻撃の調査を実施し、その結果を米国に伝えるよう求める決議案が米国議会上院に提出された。[26]
日本へのサイバー攻撃
また、2010年9月に日本の政府系機関に対して行われた中国からのサイバー攻撃について、警察庁は「サイバーテロの脅威はますます現実のものになっている」と警戒感を示し[27]、日本だけでなく米国などの各国機関に対して行われた一連のサイバー攻撃に関して、「米国の民間機関が、単一で最大の発信源は中国の海南島に拠点を置く中国人民解放軍の部隊と断定した」と指摘した。更に、中国の情報収集活動について、「諸外国にて違法な活動を行っている」と言及した。「日本国内でも防衛関連企業や先端科学技術保有企業、研究機関に中国人留学生や中国人研究者を派遣するなどして、巧妙かつ多様な手段で情報収集活動を行っている」と警戒感を示した[28]。
グーグル攻撃
テンプレート:See 2010年1月13日、中国で中国政府に批判的な政治活動家が所有するGMailアカウントに対して中国国内からInternet Explorerの脆弱性を利用した攻撃を受けていたことをGoogleが公式ブログで告白、攻撃した一部ユーザーが中国政府であったため中国政府の検閲についても反発し中国から検索事業の撤退を示唆した[29][30]。
中国外務省スポークスマンは「国内の法律に従うしかない」と述べるも、ヒラリー・クリントンアメリカ合衆国国務長官は「サイバー攻撃に対して説明を求める」とした[31]。なお、Internet Explorerはこの攻撃に使われた脆弱性が問題となり、オーストラリア政府機関が同攻撃に対する脆弱性が無い他ブラウザへの推奨を進めるといった異例の事態に発展、特にGoogleは中国ユーザーに利用者が多いInternet Explorer 6のブラウザに対してのサポートを同年3月で打ち切った[30]。
Google社は中国政府と交渉を重ねたが[32]、2010年3月23日にGoogleは中国国内から検索事業を撤退、中国(google.cn)にアクセスすると検閲のない香港(google.com.hk)に飛ぶようになった。ただし、中国国内から香港の当該サイトで中国政府の規制しているキーワードを検索すると接続が出来なくなるなど、中国当局による規制が行われていると一部のメディアで報道された[33][32]。 テンプレート:Seealso
2010年12月には、ウィキリークスが公開をした米外交公電により、一連のグーグル攻撃は中国政府が行ったもので、攻撃を統括したのは周永康と李長春であったことが判明した[34]。
中国国防部による認知
2011年5月25日、中華人民共和国国防部の耿雁生報道官は、定例記者会見において広東省広州軍区のサイバー軍に関する質問を受け、その存在を認め[35] [36]、中国軍のインターネットセキュリティーの水準向上が目的と説明した。
また、新唐人テレビによれば「中国のネット上には当局にとり有利な発言を書き込む“五毛”(ウーモ)と呼ばれる“世論誘導役”がおり、その数約30万人」[37]としている(五毛党[38])。
中国網は「国防部は「『ネット藍軍』はいわゆる『ハッカー部隊』ではなく、国防当局が自らの必要に基づき臨時創設したネット防衛訓練機関だ。国際社会は行き過ぎた解釈をすべきでない」と回答した。」とし、あくまでアメリカが設立した点と防衛用である点を強調する事で、アメリカ側の攻撃用だと示唆した。なお、アメリカ側は中国側からの攻撃に対応するために米サイバー軍を立ち上げている[39]と主張している。
2011年11月3日、米国の国家防諜局は報告書「サイバー空間で米国の経済機密を盗む外国スパイ」を議会に提出し、そのなかで中華人民共和国は「世界で最も活発かつ執拗な経済スパイ」とし、他ロシアを含め、スパイ活動の実行者として非難した[40]。
軍事戦略・軍事外交・発言
台湾問題と核攻撃発言
テンプレート:Main 1989年に発生した六四天安門事件で米国をはじめとした主要国はこぞって中国の人権状況を非難し、米国は高レベル交流を中止し、対中武器禁輸及び経済制裁を課した。こうした米中関係の悪化をうけて、1995年、中国軍部副参謀総長熊光楷は「もし米国が台湾に介入したら、中国は核ミサイルでロサンゼルスを破壊する。米国は台北よりロサンゼルスを心配した方がよい」と、台湾海峡での武力紛争に米国が介入した場合、中国はロサンゼルスに対して核攻撃する可能性があると表明した[41]。
翌1996年中華民国総統選挙に際して、中国は台湾海峡においてミサイル演習を行い、台湾を恫喝した。米国は2つの空母機動部隊を派遣、第三次台湾海峡危機が危ぶまれたが、1997年に江沢民の訪米が実現し、1985年に結ばれた平和的な核協力協定で合意[42]。1998年にはビル・クリントン大統領が訪中したことで台湾海峡の緊張は緩和された。その後、人権・核不拡散などの協議が行われ、米中関係は改善した。
2001年4月1日、米軍偵察機と中国の戦闘機が空中衝突事故(海南島事件)が発生するが、米中関係は緊張するものの悪化しなかった。
上海協力機構
2001年6月15日に中国は、自由陣営を警戒するロシアや中央アジア諸国とともに安全保障機関「上海協力機構」 (SCO) を発足させて、自由陣営を牽制。その後、上海協力機構には、米国の同盟国であるパキスタンと友好国インドのみならず、米国と対立するイランもオブザーバー加盟した。同機構加盟国はしばしば共同軍事演習を行い、2005年には中ロ共同軍事演習、露印共同軍事演習を行い、同2005年には、米軍が中央アジアから撤退するように要求した。
2007年に中印共同軍事演習が実施されたが、対米関係を重視するインドはオブザーバーにとどまる意向である。なお、インドのシン首相は日本に対し、上海協力機構と同じような軍事同盟を正式に締結し、対中牽制を行うことが地域の安定に繋がると提言している。インドと米国は2006年に、パキスタンが中国の技術提供により核武装を進めつつあるため、米印原子力協力協定 (Indo-US civilian nuclear agreement) を締結している。日本も自由陣営として2006年11月には麻生太郎外相が「自由と繁栄の弧」政策を打ち出し、2007年8月には安倍晋三首相が訪印して日印の安全保障・防衛分野での協力を確認している[43]。
台湾問題の再燃と朱成虎発言
2005年にもし台湾が公式に独立宣言をするならば中国は武力を用いてそれを阻止する事を述べた反国家分裂法が中国で制定された。
同2005年7月6日には、朱成虎少将が「米国政府が台湾海峡での武力紛争に介入した場合、核攻撃も辞さない」と海外メディア記者会見において発言した[44]。発言は以下の通り。
この朱成虎発言に対してアメリカ国家安全保障会議報道官のショーン・マコーマックは7月15日、朱成虎発言は「極めて無責任で、中国政府の立場を代表しないことを希望する。非常に遺憾」と非難し、7月22日にはアメリカ下院議会は、発言撤回と朱成虎少将の罷免を求める決議を採決した。中国政府はのちに公式見解ではないと発表したが、これについて台湾高等政策研究協会執行長官楊念祖は朱成虎の発言はアメリカと日本に向けられたもので、中国政府は米日両国の反応を試しているとした[44]。
太平洋分割管理構想
2007年5月にアメリカ太平洋軍総司令官、ティモシー・J・キーティング[45]海軍大将が訪中した際、中国海軍幹部から、ハワイを基点に米中が太平洋の東西を「分割管理」する構想を提案されていた事が2008年の上院軍事委員会公聴会で明らかにされた[46]。中国海軍幹部は、中国が航空母艦を保有した場合、ハワイ以東を米国が、ハワイ以西を中国が管理する事で合意したいと申出た[46]。キーティング司令官は「冗談だとしても、人民解放軍の戦略構想を示すもの」とした。なおキーティング司令官は提案者を伏せたが、2007年5月時点で中国海軍の呉勝利司令官と会談している[46]為、この発言は呉司令官に可能性が高い。
また2007年8月には、中国軍による太平洋分割管理提案について米政府内の親中派内で提案に前向きな姿勢を示す者も在ったと報道されている[47][46]。
2012年11月、ヒラリー・クリントン米国務長官は中国と南シナ海の領有権問題について協議した際、中国側の高官の1人が「(中国は)ハワイの領有権を主張する事もできる」と発言し、これに対してヒラリー長官は「やってみてください。我々は仲裁機関で領有権を証明する。これこそ貴方がたに求める対応だ」と応じた事を明らかにした[48]。
オバマ政権
2008年アメリカ合衆国大統領選挙に勝利したバラク・オバマは親中派と見られていたため、米中両国の友好関係の緊密化が期待された。オバマ大統領は、同年11月に訪中して胡錦濤主席と会談、共同声明で米中の戦略的相互信頼の構築と強化を謳い、G2(チャイメリカ)という二大大国を意味する言葉が謳われ[49]、米中接近が演出された。この当時は、オバマ大統領は会談などで中国国内の人権問題やチベット、新疆ウイグル、国内における少数民族への弾圧や浄化政策などへの批判を控え、中国側の自制を期待していた。しかし中国はその後も、南沙諸島問題などで周辺諸国に積極的な軍事行動を行い、中国におけるアメリカ寄りの活動家劉暁波へのノーベル平和賞授与への妨害介入など、毅然とした態度を取り続けた。アメリカ側も、2010年以降台湾への兵器売却の決定、ダライ・ラマ14世とオバマとの会談を行うなど、方向転換しつつあるという見方も有る。ただし、オバマは中国を経済的なパートナー国であるとも宣言しており、米中関係の緊密化は必要だとも述べている。
米中関係の緊張
2011年1月14日には米紙ワシントン・ポストにおいてアメリカ政界の重鎮であるヘンリー・キッシンジャー元米国務長官が「米中は冷戦を避けなければならない」と述べ、米中が冷戦状態に入りつつあると警鐘を鳴らす記事が掲載された。キッシンジャーは米中が冷戦状態に入った場合、「核拡散や環境、エネルギー、気候変動など、地球規模で解決が必要な問題について、国際的に(米中の)どちらに付くかの選択を迫ることになり、各地で摩擦が発生する」と述べた[50]。
近年の中国の東シナ海や南シナ海などでの積極的な海洋進出と関係諸国への挑発や威嚇などの行動を背景にして、ロシアなども警戒感を強め、2011年9月に異例の日米露軍の共同演習を行った[51]。 ただし同演習は中国海軍の影響によるものとは明確にされていない。
2011年11月9日、アメリカ国防総省は「エア・シーバトル」(空・海戦闘)と呼ばれる特別部局の創設、中国の軍拡に対する新たな対中戦略の構築に乗り出していることが明らかとなった。この構想には中国以外の国は対象に入っていないとアメリカ側は事実上認めており、米政府高官は「この新戦略は米国の対中軍事態勢を東西冷戦スタイルへと変える重大な転換点となる」と述べた[52]。
「中国包囲網」
2011年11月12日から13日にかけてハワイで開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議で、米国は日本にTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加を要請、日本は協議に入ると表明した。TPPについては、これを「中国包囲網」とも解釈する論者も多く、中国も警戒した[53]。
米軍のオーストラリア駐留
APEC首脳会議の3日後の2011年11月16日、オバマ大統領はオーストラリア北部への米海兵隊駐留計画を発表し、2012年から米軍がダーウィンなどに半年交代で駐留、豪州軍と共同訓練や演習を行い、最終的に2500人の駐留を目指すとし、海上交通路(シーレーン)確保をにらんだ米軍配備を進め、中国への牽制を行った[54]。豪州は米国が東アジア有事として想定していた台湾海峡や朝鮮半島などから距離があり、これまで拠点としての重要度は低かったが、中国から直接の攻撃を受けにくいこと、また南シナ海、インド洋へのアクセスにおいて戦略的な位置付けが高まったとされる[54]。これに対して中国は中国共産党機関紙・人民日報系の英字紙グローバル・タイムズを通じて「豪州は中国をバカにしてはならない。中国の安全保障を弱体化させているのに、それと切り離して経済協力を進めることはできない。越えてはならない一線がある」と批判した[55]。またインドネシアのマルティ・ナタレガワ外相は、米軍の豪州駐屯について、中国の反発を生むとして危険性を指摘した[56]。
「第一列島線」構想
テンプレート:See 米議会諮問機関「米中経済安全保障見直し委員会」年次報告書は2011年11月16日、中国が東アジアにおける有事の際、奇襲攻撃や先制攻撃で米軍の戦力を低下させ、日本周辺を含む東シナ海までの海洋権益を支配する戦略を中国軍は持っていると指摘した[57]。また中国軍は、指揮系統をコンピューターに依存する米軍の弱点を突く形でサイバー攻撃を仕掛ける作戦や、南シナ海や東シナ海での紛争では対艦弾道ミサイルや巡航ミサイルによって、九州―沖縄―台湾―フィリピンを結ぶ第一列島線[58]を規準に防衛戦線をとり、かつ米軍等を含む他国の介入を阻害する作戦があるとも指摘した[57]。
第一列島線はもともと1982年に鄧小平の意向を受けて、中国人民解放軍海軍司令官・劉華清(1989年から1997年まで中国共産党中央軍事委員会副主席)が打ち出した構想で、2010年までに第一列島線内部(近海)の制海確保をし、2020年までに第二列島線内部の制海権確保をし、2040年までに航空母艦建造によって、米海軍による太平洋、インド洋の独占的支配を阻止し、米海軍と対等な海軍を持つというものであった[59]。
2011年12月25日の日中首脳会談では、中国側が中国包囲網を切り崩すために懐柔するとみられ[60]、実際、日中で高級事務レベル海洋協議の開設と海上捜索・救助協定(SAR協定)の締結で合意した[61]。なお12月17日(発表は19日)には北朝鮮の金正日書記の死去をうけて、周辺諸国は緊張していた。
2012年1月5日、オバマ大統領は5日、アジア太平洋地域での軍事的なプレゼンスを強化する内容の新国防戦略「米国の世界的リーダーシップの維持と21世紀の国防の優先事項」を発表した[62]。新戦略文書では中国とイランを名指し、サイバー攻撃やミサイル開発などの非対称的手段で米国に対抗していると指摘、中国について軍事力増強の意図の透明化を求めたうえで、オバマ大統領は演説で「第二次大戦やベトナム戦争の後のように、軍を将来への準備もない状態にする失敗は許されない。米軍を機動的かつ柔軟に、あらゆる有事に対応できるようにする」と述べ、米国が安全保障を主導する決意を示した[62]。これに対して中国政府系メディアは警戒感を示した[63]。
その他
日中の佐官級交流
笹川日中友好基金による佐官級の交流は2001年から始まっている。
- 中国人民解放軍中青年将校研修団の受け入れ(2005年8月22日)
- 中国人民解放軍交響楽団日本初公演(2007年10月7日)
- 中国人民解放軍佐官級訪日研修団の受け入れ(2007年10月25日)
- 中国人民解放軍ミサイル駆逐艦「深圳」東京湾に親善入港(2007年11月28日)
盗難事件
中華人民共和国の中央軍事委員会らが構成した「2004-5特殊案件調査チーム」の報告によると、中華人民共和国人民解放軍の各軍需庫に保管されていた廃棄処分予定の軍備品などが盗まれていたことが発覚した。ミグ15戦闘機360機、T-48およびT-50戦車1,800台、小銃30万丁、軽油17,000バレル、野戦ベッド20万床、軍靴・テント20万セット、その他大量の薬品などが盗難被害に遭っていたことが判った[64]。
汚職
- 人民解放軍も、近年、汚職・腐敗が深刻化している。2012年2月には、ロジスティックス(兵站)を担当する総後勤部の副部長が汚職で身柄拘束された。
脚注
参考文献
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関連項目
- 軍服 (中華人民共和国)
- 八路軍
- 中国人民解放軍陸軍
- 中国人民解放軍海軍
- 中国人民解放軍空軍
- 中国人民武装警察部隊
- 中華人民共和国の大量破壊兵器
- 中国人民解放軍進行曲
- 中国人民解放軍第二砲兵部隊
- 中国人民解放軍の教育機関一覧
- 中国の宇宙開発
- 中国脅威論
- 中国北方工業公司
- 六四天安門事件
- 八一足球隊 - 中国人民解放軍により結成されていたサッカークラブ
- en:China and weapons of mass destruction
- en:Chinese strategic thought
- en:Military budget of the People's Republic of China
外部リンク
- 平成19年版防衛白書 中国(日本語)
- 中華民国九十五年国防報告書(繁体字、英語)
- 中国の政治制度(軍事)(日本語)
- CHINA7-中国の軍事(日本語)
- 解放軍報(中国語)
- Globalsecurity.org/China(英語)
- アメリカ国防省議会報告 中国の軍事力(英語)
- Chinese Defense Today(英語)
- 中国軍装備の写真
- 中国人民解放軍軍歌(音声ファイルと歌詞) - 中国共産党新聞網(中国語)