1980年の日本シリーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2014年7月6日 (日) 22:08時点におけるカラオケドラゴン (トーク)による版 (第7戦)
(差分) ← 古い版 | 最新版 (差分) | 新しい版 → (差分)
移動先: 案内検索

テンプレート:Infobox プロ野球日本シリーズ 1980年の日本シリーズ(1980ねんのにっぽんシリーズ、1980ねんのにほんシリーズ)は、1980年10月25日から11月2日まで行われたセ・リーグ優勝チームの広島東洋カープパ・リーグ優勝チームの近鉄バファローズによる日本プロ野球日本選手権シリーズである。

戦評

西本幸雄監督率いる近鉄バファローズ古葉竹識監督率いる広島東洋カープの2年連続の対決となった1980年の日本シリーズは、広島が4勝3敗で勝利し、2年連続2度目の日本一(2014年現在、セリーグ球団の日本シリーズ連覇は1981年以降達成されていない)。前年も第7戦までもつれ込み、「江夏の21球」に屈した近鉄は雪辱に燃えていた。前年同様連勝でスタートしたが、地元で連敗。しかし、第5戦にエース鈴木啓示の力投で王手をかける(西本監督は8度目の出場にして初の王手、第6戦終了時を除く)。悲願の初制覇目前と思われたが、広島の底力に屈した。広島は前年も活躍した山根和夫を中心投手として据え、第4戦は完封、第7戦でも味方の逆転を呼んで2勝。シリーズ男と言われた。

なお、前年と同様の理由で近鉄主催試合は大阪球場で開かれた。これが大阪球場における最後の日本シリーズの開催となった。

試合結果

第1戦

10月25日 広島 入場者29037人

近鉄 0 0 0 0 3 0 0 0 1 0 0 2 6
広島 2 0 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 4

(近)井本、○柳田(1勝)-梨田
(広)山根、大野福士、●江夏(1敗)、安仁屋水沼
本塁打
(近)羽田1号2ラン(12回江夏)
(広)ライトル1号2ラン(1回井本)、ライトル2号ソロ(6回井本)

[審判]セ谷村(球)パ斎田 セ山本 パ藤本(塁)セ岡田功 パ岡田豊(外)

初回、ジム・ライトルの2ランで広島が先制するが、近鉄は4回、投手の井本隆の安打を口火に小川亨佐々木恭介羽田耕一の適時打で3点を挙げ逆転。広島は6回、ライトルの2本目の本塁打で同点に追いつき、8回には2死1、2塁から水谷実雄が勝ち越しのタイムリー二塁打。広島のマウンドには8回から江夏豊が登っており、勝負あったかに見えたが、9回四球とヒットで無死1、3塁とし、途中出場の吹石徳一の犠飛によって同点に追いつかれてしまう。試合は延長戦に入ったが、江夏は続投。シーズン中1度もなかった4イニング目となる11回も三者三振の力投を見せていたが、5イニング目となる12回、小川に二塁打を打たれ、2死を取ったものの羽田にレフトスタンドに運ばれてしまう。古葉監督はそれでもなお江夏に続投させたが、クリス・アーノルド梨田昌孝に連打され、ついに力尽き降板。9回からリリーフし、ここまでパーフェクトに抑えていた柳田豊が12回裏も三者凡退にしとめ、近鉄が先勝した。

第2戦

10月26日 広島 入場者29668人

近鉄 0 0 0 0 3 5 0 1 0 9
広島 0 0 1 1 0 0 0 0 0 2

(近)○鈴木啓(1勝)-有田
(広)●池谷(1敗)、渡辺秀、大野、北別府-水沼
本塁打
(近)吹石1号3ラン(5回池谷)、マニエル1号3ラン(6回池谷)

[審判]パ岡田豊(球)セ岡田功 パ斎田 セ山本(塁)パ前川 セ松橋(外)

3回池谷公二郎のタイムリー二塁打、4回マイク・デュプリーのタイムリーヒットで第1戦に続き広島が2点を先制したが、近鉄は5回、2死から吹石が逆転3ラン。6回にも平野、小川に連打を許した後チャーリー・マニエルが3ランを放ち、リードを広げた。続く栗橋茂に四球を与えたところで池谷はKO。渡辺秀武に交代したが、古葉監督が「交代が遅すぎた」と悔やんだとおり、もはや近鉄打線の勢いを止めることはできなかった。1死を取ったものの羽田、石渡茂、吹石に3連打を浴び、さらに2点の追加を許した。近鉄の先発・鈴木啓示は3回、4回以外は全く危なげなく、完投勝利。昨年に続いて近鉄が最初の2戦を連勝した。

第3戦

10月28日 大阪 入場者17371人

広島 0 0 0 0 1 2 0 0 1 4
近鉄 0 0 2 0 0 0 0 1 0 3

(広)福士、○江夏(1勝1敗)-水沼
(近)村田、柳田、●井本(1敗)-梨田
本塁打
(広)水谷1号ソロ(5回村田)、山本浩1号2ラン(6回柳田)

[審判]セ松橋(球)パ前川 セ岡田功 パ斎田(塁)セ谷村 パ藤本(外)

大阪球場に舞台を移しての第3戦。近鉄が1死満塁から小川の2点タイムリーで先制するが、広島は5回水谷、6回山本浩二とホームラン攻勢で逆転。近鉄は8回、広島の先発・福士敬章を攻め、無死2、3塁のチャンス。ここで広島は江夏を投入。マニエルのショートゴロの間に1点に食い止めた。9回、デュプリーがショート吹石のエラーで出塁した後、水沼四郎が右中間へ二塁打。1塁走者のデュプリーは一気にホームを狙った。暴走気味に見えたが、中継に入ったアーノルドの返球がショートバウンドになり、これを梨田が弾いてしまった。9回に挙げた勝ち越し点を、今度は江夏が危なげなく守り切った。

第4戦

10月29日 大阪 入場者21254人

広島 2 0 0 0 0 0 0 0 0 2
近鉄 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0

(広)○山根(1勝)-水沼
(近)●井本(2敗)-梨田
本塁打
(広)ライトル3号2ラン(1回井本)

[審判]パ藤本(球)セ谷村 パ前川 セ岡田功(塁)パ岡田豊 セ山本文(外)

初回ライトルの本塁打で挙げた2点を守り切り、山根和夫がわずか被安打2、8奪三振の完封勝利。近鉄の井本もライトルの一発以外はほぼ完璧に抑えたが、0点では勝てなかった。広島が2勝2敗のタイに。

第5戦

10月30日 大阪 入場者22287人

広島 0 1 1 0 0 0 0 0 0 2
近鉄 1 3 0 0 0 0 2 0 X 6

(広)●池谷(2敗)、大野、渡辺秀、北別府-水沼
(近)○鈴木啓(2勝)-有田
本塁打
(広)水谷2号ソロ(2回鈴木啓)

[審判]セ山本文(球)パ岡田豊 セ谷村 パ前川(塁)セ松橋 パ斎田(外)

小川が1回、2回と連続タイムリー二塁打で計3点。さらに佐々木もタイムリーヒットを放ち、7回にも佐々木、有田修三のタイムリーで6-2と突き放した。鈴木が2試合連続完投勝利。4回、ライトルの打球が左太ももを直撃したが、気力を振り絞ってこのあとわずか1安打に抑えた。昨年と逆に、近鉄が先に日本一に王手をかけた。

第6戦

11月1日 広島 入場者29297人

近鉄 0 0 0 0 0 0 0 0 2 2
広島 4 1 0 0 1 0 0 0 X 6

(近)●村田(1敗)、久保太田、橘-梨田
(広)○福士(1勝)-水沼
本塁打
(近)栗橋1号ソロ(9回福士)
(広)水谷3号満塁(1回村田)、山本浩2号ソロ(5回太田幸)

[審判]パ斎田(球)セ松橋 パ岡田豊 セ谷村(塁)パ藤本 セ岡田功(外)

初回、水谷の満塁本塁打で広島が一気に試合の流れを引き寄せた。5回には山本浩のホームランでさらにリードを広げた。福士は9回1死まで無失点。ここから近鉄は代打・栗橋の本塁打、やはり代打アーノルドのタイムリーで2点を返す意地を見せたものの反撃もここまで。3勝3敗のタイとなり、2年連続で最終戦にもつれ込むこととなった。

第7戦

11月2日 広島 入場者29952人

近鉄 0 0 0 0 0 3 0 0 0 3
広島 0 0 1 0 1 2 2 2 X 8

(近)井本、●鈴木啓(2勝1敗)、柳田、村田-梨田、有田
(広)○山根(2勝)、S江夏(1勝1敗1S)-水沼
本塁打
(広)衣笠1号2ラン(7回柳田)

[審判]セ岡田和(球)パ藤本 セ松橋 パ岡田哲(塁)セ山本文 パ前川(外)

6回表、0-2で負けていた近鉄が猛反撃。小川、石渡の適時打で3点を挙げ逆転。しかし広島も6回裏、集中打で2点を挙げ、再逆転。7回から、昨年に引き続き広島最後のマウンドを任せられる江夏に交代。広島は7回8回も2点ずつ挙げ、8-3とし、勝負を決した。昨年のシリーズでは追い詰められた9回も、この年は走者こそ許したものの危なげなく、最後の石山一秀を三塁手への併殺打にしとめ、ゲームセット。広島が2年連続の日本一となった。

日本シリーズ敗戦の翌週、近鉄は未消化となっていた前期の残り3試合をロッテ南海阪急相手に行った。

この第7戦の試合で球審を岡田功が勤めたが岡田は1964年の日本シリーズでも第7戦で球審を務めているため日本シリーズ第7戦で2回球審を務めた審判セ・リーグでは第1号である。 (パ・リーグでは二出川延明)が先に達成している。

表彰選手

※なお、本来MVP受賞者にはトヨタ自動車協賛の乗用車が贈られるが、カープの資本関係上マツダ協賛のものが贈呈された。

テレビ・ラジオ中継

テレビ中継

ラジオ中継

関連項目

外部リンク

テンプレート:NavboxYears2