寒天
テンプレート:栄養価 寒天(かんてん)は、テングサ(天草)、オゴノリなどの紅藻類の粘液質を凍結・乾燥したものである。日本国内の流通量では2000年(平成12年)以降、工業的に製造された輸入品の数量が従来製法を含む国産品を上回っている。食用のゲル(ゼリー)の材料という点では、牛や豚から作られるゼラチンに似ているが、化学的には異なる物質である。
歴史
江戸時代初期の1685年(貞享2年)、現在の京都府伏見において旅館『美濃屋』の主人・美濃太郎左衛門が、戸外に捨てたトコロテンが凍結し、日中は融け、日を経た乾物を発見した。これでトコロテンをつくったところ、前よりも美しく海藻臭さが無いものができた。
これを黄檗山萬福寺を開創した隠元禅師に試食してもらったところ、精進料理の食材として活用できると奨励された。同時に名前を尋ねられたが、まだ決めていなかったためその旨伝えると、隠元は「寒空」や「冬の空」を意味する漢語の寒天に寒晒心太(かんざらしところてん)の意味を込めて、寒天と命名したという[1]。
その後、大阪の宮田半兵衛が製法を改良し寒天を広める。さらに、天保年間(1830年から1843年)に信州の行商人・小林粂左衛門が諏訪地方の農家の副業として寒天作りを広め、角寒天として定着した。
1881年(明治14年)、ロベルト・コッホが寒天培地による細菌培養法を開発したため、寒天の国際的需要が増えた。このため、第二次大戦前は寒天が日本の重要な輸出品であったが、第二次世界大戦中は戦略的意味合いから輸出を禁止した。
寒天の供給を絶たれた諸外国は自力による寒天製造を試み、自然に頼らない工業的な寒天製造法を開発した。こうして作られたのが粉末寒天である。第二次大戦後には日本でも工業的な製造法の研究が始まり、1970年(昭和45年)頃には製造会社が35社にまで達した。しかし、2004年(平成16年)には5社ほどにまで激減。
諸外国ではモロッコ、ポルトガル、スペイン、チリやアルゼンチンで寒天が製造されている。
製法
従来の製法
12月から翌年2月の厳寒期に寒天は製造される。
- 原料海藻の精製
- テングサは、砂浜にひろげ、ときおり淡水を注いで十数日間陽光を浴びせた薄黄色のさらしテングサを用いる。これを河川の水に浸し、柔らかくしたものを水車でつき、貝殻、砂その他を取り除き、流水にさらし、塩分、色素を除く。
- 配合
- 20%ないし40%の他の海藻を配合する。これはテングサが高価であり、またテングサのみでは固すぎるためである。
- 煮熟
- 沸湯に原料海藻を投入し、粘質分を溶出させるために硫酸または酢酸少量を加え、約3時間煮沸し、火を弱め摂氏70度 - 80度に保つ。通常は原料海藻12kg当たり水約4kl、硫酸30g(水で希釈)を用いる。
- 濾過
- 麻袋にいれ、緩く圧して濾液を取り、静置しうわずみを取る。絞り滓は2番煮をおこない、1番煮汁に混ぜ、あるいは新原料海藻の1番煮に用いる。
- 凝固
- うわずみを容器に移し、放冷し、トコロテンに凝固させる。角寒天の場合、約4cm角柱に切り、細寒天の場合、トコロテン突きで5mm角の線状に突き出し、蓆の上に並べる。
- 凍結
- 凍結場は、周囲に高さ1間ほどの防風垣を立てめぐらせ、東西に杭(高さ50cmくらい)を打ち、横木を渡し、その上にトコロテンを並べた蓆を置き、寒い夜に凍結させる。角寒天は、2晩かけての凍結完了が最上とされる。酷寒のために1晩で急激な凍結が起こると、寒天質と氷とは別に分かれてしまい形質不良となる。温暖のために凍結に 4 - 5 晩かかると腐敗にかたむき、発色してしまう。細寒天はこのような苦労が少ない。
- 融解
- 凍結したら翌朝、陽光に当て、氷を融かし水分を滴下させ、さらに数日間日乾しして完成品とする。
工業的な製法
工業的には均質な粉末寒天が製造される。
- 寒天成分の抽出
- テングサが原料の場合、塩素系漂白剤で漂白したのち、煮沸抽出する。
- オゴノリが原料の場合、テングサ寒天並みにゲル強度を高めるため、水酸化ナトリウム溶液でアルカリ処理した後、塩素系漂白剤で漂白して煮沸抽出する。
- 無添加と云われる、塩素系漂白剤を使っていないものも存在する。
- 濾過
- 不溶物を取り除くために珪藻土を加えて加圧濾過する。
- 凝固
- 浅いプールに注入して放置し、冷ますことで凝固物を得る。
- 脱水
- テングサが原料の場合、凝固物を凍結乾燥法で脱水し、さらに熱風乾燥機で水分10%まで乾燥させる。
- オゴノリが原料の場合、油圧器により凝固物を加圧することで脱水し、同じく熱風乾燥機で乾燥させる。
- 粉砕
- 最後に粉砕機で粉砕することで粉末寒天を得ている。
成分
ほとんどは食物繊維(アガロースやアガロペクチンなどの多糖類)からできており、ヒトの消化酵素のみでは分解されない。ただし、いくらかは、胃酸により分解しアガロオリゴ糖となり吸収され、生理的な作用をもつことが近年研究されている。
寒天の凝固作用は多糖類に由来する。このため、パイナップルやキウイフルーツなどの果物に含まれるプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)によって凝固が阻害されず、よってゼラチン(タンパク質)では凝固できないこれらの食材の擬似ゼリーとして利用されている。
種類
- 粉末寒天
- 高純度で品質は均一。溶解性に優れる。
- フレーク寒天
- 沈殿しにくいので焦げ付きにくい。高級和菓子用。
- 固形寒天
- 定量で作られているので計量の必要がない。品質は均一。
- 角寒天
- 水漬けと裏漉しが必要。品質は不均一。家庭料理用。
- 糸寒天
- 性質はほとんど角寒天と同じ。和菓子用。
用途
食品
菓子の材料に用いられる他、ほとんどカロリーがないこと、腸において油や糖分の吸収をさまたげることから、ダイエット食品として、また、前述のアガロオリゴ糖に着目した健康食品としても注目されている。
立方体状に裁断してあんみつの中に入れるほか、牛乳に粉末寒天を添加し、固形にした加工食品(食品)は牛乳寒[2]あるいは牛乳羹[3]と呼ばれる。これは中華料理の杏仁豆腐に好んで利用される。加賀料理「べろべろ」(富山では「鼈甲」)のように、ショウガのきいただし汁に溶き卵を加えて固めた料理がある。
米飯に寒天を添加して摂取したところ米飯のみと比較して食後の最大血糖値が低下し、GI値も減少が認められた[4]。
科学
寒天は様々な水溶性の物質を閉じ込めることで固体のように扱える利点があり、多くの場面で利用される。
培養液に寒天を加えることで、液体培地を固形培地にすることが出来、植物の組織培養や微生物培養の際、培地の固形化に用いられている。寒天で固めた培地は寒天培地と呼ばれ、ほとんど培地の代名詞のような存在である。
他に、フォークトはイモリの卵の細部に染色するために、色素液を寒天で固め、それをごく小さく切って卵表面に貼り付ける局所生体染色法という方法を開発した。植物ホルモンのオーキシンの研究でも、芽の部分を切り取って寒天にのせ、この寒天を使って成長を調べた例がある。
また特に純度の高いものは核酸の電気泳動(アガロースゲル電気泳動)にも使用される。
歯科医療
虫歯により失われた歯冠形態は、ごく一部の例外を除き再生することはない。歯冠を修復する場合、歯科医師が被せ物(補綴物)を作りやすい形に切削し後日、でき上がった補綴物を患者に装着し治療を終える。補綴物は主に金属製で融点の都合上、患者の口腔内で製作できないため、歯並びを精密に再現した石膏模型が必要になる。石膏模型は、弾力性があり細部が再現できるなどの要件を満たす材料(印象材)で歯並びを再現した物に歯科用の石膏を流し込んで硬化を待ち、形を整えて出来上がる。歯科医療に用いる印象材の一つに寒天印象材がある。寒天印象材は弾力性があり細部再現性は良好であるが、寸法安定性が悪く水分を吸収すれば膨張し大気中に長時間放置すれば寒天内の水分が蒸発し収縮してしまう。よって、寒天印象材からは素早く石膏模型を製作しなければならない。
参考文献
- ↑ 和菓子 いと重 メルマガバックナンバー23
- ↑ 黒豆ゼリー(KIRINおつまみ道場)
- ↑ いちご牛乳羹(みつかん Cooking Box)
- ↑ 米飯の熱特性,感覚特性とグリセミックインデックスに及ぼす寒天の影響、森高初恵ほか、日本調理科学会誌 45(2), 115-122, 2012-04-05
関連項目
- 諏訪地域 - 国内唯一の角寒天生産地(2007年(平成19年)1月現在)。茅野市が最も有名で生産量も多いが、諏訪市・岡谷市でもわずかに製造されている。長野県水産試験場の重要研究品目でもある
- 恵那市 - 旧山岡町は寒天の名産地
- 明知鉄道 - イベント列車に『寒天列車』を運行している
- 2月16日 - 寒天の日(2006年(平成18年)2月1日制定)
- カラギーナン - 藻類から取れる高分子
- 伊那食品工業 - 粉末寒天製造メーカー
- 羊羹(水羊羹) - 餡を寒天で固めた和菓子