中嶋聡

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テンプレート:Infobox baseball player 中嶋 聡(なかじま さとし、1969年3月27日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手捕手2007年からバッテリーコーチ兼任)。以前の愛称は「サメ」、現在はファンから「コーチ」、「お父さん」などと呼ばれている。

妻はモデル中嶋愛。岳父は漫画家制野秀一

2014年現在、阪急ブレーブスに在籍した経験のある唯一の現役選手である。

経歴

プロ入り前

秋田県立鷹巣農林高校から、1986年のプロ野球ドラフト会議で阪急ブレーブスに3位指名され入団。

阪急時代

テンプレート:By10月23日[1]ダブルヘッダーで開催された阪急としての西宮球場最終戦(対ロッテ27回戦)にて、ダメ押しとなる3ラン本塁打[2]を放ち、同郷である山田久志[3]の引退試合に花を添えた。

オリックス時代

テンプレート:By、球団名がオリックス・ブレーブス[4]に変わってからは、正捕手だった藤田浩雅の不調により正捕手の座を掴む。球界随一の強肩もさることながら、優れた打撃センスも持ち合わせていたため、一時は「メジャーリーグに一番近い捕手」とまで言われた。四番打者を務めたこともある。しかし、90年代中盤あたりから徐々に打撃が低迷し、藤田とのトレードで読売ジャイアンツ(巨人)から加入した高田誠三輪隆との併用となっていった。

テンプレート:By10月6日の対ロッテオリオンズ戦では、満塁インフィールドフライをわざと落球し併殺を狙ったが、逆にロッテに点を与えてしまった[5]

西武時代

テンプレート:By、オフにフリーエージェント宣言し、メジャーリーグ挑戦を表明。アナハイム・エンゼルスの入団テストを受けたが、エンゼルス側がマイナー契約を提示したためメジャーリーグ移籍を断念し、西武ライオンズに移籍。テンプレート:By日本シリーズで不調のベテラン伊東勤に代わり一時的な活躍こそしたが、長年西武一筋で信頼感のある伊東から正捕手の座を奪うことは出来なかった。その後、テンプレート:Byに入団した松坂大輔専用の捕手として起用されることが増えたが、打撃の低迷に加えて西武が若手捕手育成の方針を取ったため次第に出場機会が減っていった。

当時西武が苦手にしていたオリックス星野伸之が登板する日は対策として中嶋がスタメンに起用され、中嶋の一打で西武勝利になった事もある。

テンプレート:By和田一浩背番号を交換したが、中嶋によると「(当時の)背番号5は、捕手の番号でない様な気がするから」という理由により、当時は捕手登録ながら、既に外野手としての出場が多かった和田に持ちかけたものだという[6]。また、同年5月20日長野オリンピックスタジアムで初めて行われた古巣オリックス戦で、2回裏にテリー・ブロウズから同スタジアムの公式戦第1号本塁打を左翼スタンドに放っている。

テンプレート:By、大半を二軍で過ごし、同年オフに石井義人細見和史との交換トレードで富岡久貴と共に横浜ベイスターズへ移籍。

横浜時代

テンプレート:By開幕戦では先発マスクを被ったが、故障もあり結果を残せないまま、オフに金銭トレードで北海道日本ハムファイターズに移籍した。

日本ハム時代

テンプレート:By、9月に横浜球団のキャンペーンガールをしていたモデルの制野愛(現在は中嶋愛)と入籍。

テンプレート:By、当初3番手捕手のはずだったが、正捕手高橋信二の度重なる故障と實松一成の不調もあり、捕手でチーム最多の出場機会を得た。

テンプレート:By、先発出場はわずか2試合と激減したが、守護神マイケル中村との相性の良さから、試合後半を任される「抑え捕手」の地位を獲得。以後、マイケルが巨人へ移籍するテンプレート:Byシーズン終了までマイケルの専属捕手のような状態だった。[7]結局、2006年は捕手としてはチーム最多の79試合に出場し、チームのリーグ優勝と日本シリーズ優勝に貢献した。また、6月19日の対阪神タイガース戦の試合前に行われたスピードガンコンテストで球速146km/hを叩き出し、中嶋より遥かに若い阪神・日本ハムの選手達を抑え優勝。強肩健在ぶりを大いにアピールした。[8]

テンプレート:By、選手と一軍バッテリーコーチを兼任。以後は選手としての一軍登録抹消時はコーチ専任で一軍に帯同した。開幕直後に一軍登録を抹消されるも、調子の上がらないマイケルをサポートするため再度昇格し、そのまま最後まで一軍で抑え捕手として活躍。この年唯一放った安打は、9月15日の対ソフトバンク戦で放ったダメ押しの3ランだった。テンプレート:Byも、シーズン後半からではあるが再度一軍昇格し、抑え捕手を務めた。また、不調に陥った多田野数人をサポートするために、1試合のみではあるが2年ぶりに先発出場を果たした。

テンプレート:By大野奨太の入団とマイケルの巨人への移籍があって、捕手は鶴岡慎也と大野の併用が多くなったために出場機会がなかった。7月18日に一度登録されるも、試合の雨天中止により、出場しないまま登録抹消された。しかし、大野がインフルエンザに感染したため8月16日に急遽一軍登録され、その日の対埼玉西武ライオンズ戦(札幌ドーム)の9回からマスクを被りシーズン初出場を果たした。また、8月21日の対ソフトバンク戦では、ダルビッシュ有の先発捕手として出場し、自身も1安打を放った。さらに同年の日本シリーズでもマスクを被った。同年オフの高木晃次の引退により「阪急ブレーブスでのプレー経験がある唯一の現役選手」となった

テンプレート:By4月2日に一軍登録され、対西武戦(札幌ドーム)に7回途中から出場し、実働年数が24年となった。これは歴代3位タイで、捕手では野村克也南海ロッテ西武)の26年に次ぎ単独2位の年数である。4月23日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦では、カーライルの先発捕手として出場した。

テンプレート:By、鶴岡が開幕直前に離脱したこともあり、2007年以来4年ぶりに開幕戦から選手として一軍登録される。4月13日の西武2回戦(札幌ドーム)に9回表から出場、実働年数が25年となった。

テンプレート:By5月9日に一軍登録され、5月12日の西武7回戦(函館オーシャンスタジアム)で9回表に守備で出場し、実働年数が26年となり、野村、山本昌中日)と並び、歴代2位(野手では1位)の記録となった[9]

テンプレート:By9月28日の対オリックス戦(京セラドーム)で初出場し、野村克也を抜き、野手では日本プロ野球史上最長の1軍実働年数27年とした[10]

テンプレート:By6月27日の対楽天戦(札幌ドーム)で8回から捕手で守備に就き今季初出場で、自らの野手の1軍実働年数記録を28年に更新すると共に、パ・リーグ新記録の実働27年(2003年はセ・リーグの横浜所属)とした[11]

人物

アマチュア球界でも中嶋の強肩は知れ渡っていて、古田敦也(当時トヨタ自動車硬式野球部)がプロ野球ドラフト会議の指名候補選手になった際、レギュラー獲りへの不安からか、地元球団ではあったが「中嶋選手のいるオリックスだけは遠慮したい」と語っていた。

最初に入団した阪急で、山田久志、佐藤義則、今井雄太郎といった超ベテラン投手陣の薫陶を受ける。

星野伸之は120キロ台の速球と80キロ台のスローカーブを武器にする投手で、テンプレート:By9月20日の対日本ハム戦(東京ドーム)で星野の投じたすっぽ抜けたカーブを中嶋が右手で直接捕球し、星野を超える球速で返球したことで失笑が起こった。ベンチに帰り星野は「素手で取るなよ。ミットが動いてなかったぞ」と機嫌を悪くしていたが、中嶋は「ミットが届かなかったんです」と誤魔化し事態は収まった[12]

  • 星野は後に著書『真っ向勝負のスローカーブ』でこのときの“素手でキャッチ事件”を振り返り、“今となってはいい思い出である”と述べているほか、“中嶋はいい捕手だった”とも述べている。
  • この「素手キャッチ」は星野が投球練習をする時にもしばしば見られたことである。当時は「星野が中嶋に投げる球より、中嶋が星野に返す球の方が速い」とまで言われていた。

西武入団時には松坂大輔が先発する試合の出場が多かったが、松坂を大事に育てる意向だった当時の首脳陣は当時の正捕手だった伊東勤と組ませると松坂が乱調だった試合では(松坂の責任にできない関係上)伊東の責任になってしまう、さりとて既に球界を代表するキャッチャーでもあった伊東の責任にもできないため、中嶋と組ませれば「全て中嶋が悪い」で済ませられるから松坂の女房役になったのではないかと述懐している。

普段は近視のためコンタクトレンズを着用しているが、2005年シーズンの一時期だけ眼鏡を掛けてプレーしていた。

詳細情報

年度別打撃成績

テンプレート:By2 阪急</br>オリックス 2 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .000 .000 .000 .000
テンプレート:By2 74 145 135 7 24 8 1 2 40 14 1 1 3 2 3 0 2 34 1 .178 .204 .296 .501
テンプレート:By2 121 373 320 31 75 9 2 5 103 26 2 2 15 1 35 0 2 67 6 .234 .313 .322 .635
テンプレート:By2 95 318 286 46 81 9 4 12 134 39 8 2 8 2 19 0 3 62 4 .283 .332 .469 .801
テンプレート:By2 129 471 430 49 109 22 3 12 173 48 4 5 7 1 30 0 3 85 3 .253 .306 .402 .708
テンプレート:By2 115 408 342 44 85 13 0 6 116 33 5 4 16 5 37 2 8 68 15 .249 .332 .339 .671
テンプレート:By2 55 174 148 7 22 3 0 0 25 4 1 1 8 0 16 0 2 41 5 .149 .241 .169 .410
テンプレート:By2 37 107 94 11 30 6 0 4 48 19 0 0 2 2 9 0 0 23 2 .319 .371 .511 .882
テンプレート:By2 101 345 303 33 81 13 1 3 105 33 0 1 7 2 33 1 0 61 8 .267 .337 .347 .684
テンプレート:By2 98 292 257 17 57 6 1 1 68 24 1 0 12 3 18 0 2 59 4 .222 .275 .265 .540
テンプレート:By2 73 195 169 15 37 6 0 2 49 14 2 2 9 0 14 0 3 44 4 .219 .290 .290 .580
テンプレート:By2 西武 60 124 106 8 25 4 1 2 37 7 0 3 6 0 7 0 5 24 4 .236 .314 .349 .663
テンプレート:By2 72 193 155 10 30 4 0 0 34 16 2 1 12 5 20 0 1 31 8 .194 .282 .219 .501
テンプレート:By2 78 217 182 19 43 6 0 2 55 26 0 0 13 3 17 0 2 33 7 .236 .304 .302 .606
テンプレート:By2 65 154 123 7 25 6 0 1 34 14 0 1 15 2 14 1 0 34 4 .203 .281 .276 .557
テンプレート:By2 49 85 74 7 12 1 0 1 16 2 1 0 3 0 7 0 1 22 2 .162 .244 .216 .460
テンプレート:By2 横浜 19 60 56 4 12 1 0 0 13 3 0 0 1 0 2 0 1 10 2 .214 .254 .232 .486
テンプレート:By2 日本ハム 39 72 66 4 13 3 0 0 16 7 0 0 3 1 2 0 0 17 2 .197 .217 .242 .460
テンプレート:By2 79 186 171 8 32 4 0 1 39 11 0 0 7 1 7 0 0 38 4 .187 .218 .228 .446
テンプレート:By2 79 30 29 0 6 2 0 0 8 5 0 0 0 0 0 0 1 6 1 .207 .233 .276 .509
テンプレート:By2 60 15 15 1 1 0 0 1 4 3 0 0 0 0 0 0 0 5 0 .067 .067 .267 .333
テンプレート:By2 22 4 4 1 3 0 0 0 3 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .750 .750 .750 1.500
テンプレート:By2 3 4 3 1 1 0 0 0 1 0 0 1 1 0 0 0 0 1 0 .333 .333 .333 .667
テンプレート:By2 7 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000 .000 .000 .000
テンプレート:By2 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
テンプレート:By2 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
テンプレート:By2 2 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
通算:27年 1547 3977 3473 330 804 126 13 55 1121 349 27 24 148 30 290 4 36 767 86 .232 .295 .323 .618
  • 2013年度シーズン終了時

年度別守備成績

テンプレート:節stub

年度 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 守備率 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
1987 2 0 0 0 -
1988 74 30 17 13 .433
1989 120 619 58 9 13 6 .987 87 62 25 .287
1990 94 527 43 8 6 8 .986 59 41 18 .305
1991 128 739 77 10 11 11 .988 78 55 23 .295
1992 104 599 49 5 6 4 .992 64 41 23 .359
1993 55 37 27 10 .270
1994 28 27 20 7 .259
1995 96 611 59 7 7 4 .990 69 46 23 .333
1996 97 502 40 2 3 1 .996 63 50 13 .206
1997 66 11 11 67 49 18 .269
1998 54 19 8 11 .579
1999 72 29 17 12 .414
2000 72 46 30 16 .348
2001 64 29 18 11 .379
2002 48 11 6 5 .455
2003 19 16 15 1 .063
2004 37 18 14 4 .222
2005 79 356 26 2 2 4 .995 44 32 12 .273
2006 78 141 7 0 1 0 1.000 10 8 2 .200
2007 60 76 2 0 0 1 1.000 3 3 0 .000
2008 22 21 0 0 0 0 1.000 1 1 0 .000
2009 3 7 2 0 0 0 1.000 2 2 0 -
2010 7 8 0 0 0 0 1.000 0 0 0 -
2011 10 12 0 0 0 1 1.000 0 0 0 -
2012 3 5 0 0 0 0 1.000 1 1 0 .000
2013 2 2 1 0 0 1 1.000 1 1 0 .000
通算 1494 811 564 247 .305
  • 2013年度シーズン終了時

表彰

記録

初記録
節目の記録
その他記録

背番号

  • 53 (1987年 - 1988年)
  • 27 (1989年 - 1997年、2011年 - )
  • 5 (1998年 - 1999年)
  • 22 (2000年 - 2002年)
  • 35 (2003年)
  • 32 (2004年 - 2010年)

脚注

テンプレート:Reflist

関連項目

テンプレート:北海道日本ハムファイターズ テンプレート:Navboxes

テンプレート:阪急ブレーブス1986年ドラフト指名選手
  1. 同日はナゴヤ球場にて中日×西武の日本シリーズ第2戦が開催されていたが、同年は雨天中止による順延が多数発生したため公式戦最終日が日本シリーズ開催期間中の同日までずれ込んでいた。
  2. この本塁打が阪急球団最後の本塁打。同時に昭和時代最後の公式戦本塁打となった。
  3. 山田の出身地・秋田県能代市は、中嶋の出身地・北秋田市と隣接している。
  4. テンプレート:Byにオリックス・ブルーウェーブに名称変更。
  5. インフィールドフライが宣告された時点で打者走者は自動的にアウトとなるため、他の走者はフォースの状態ではなくなる。よって、満塁の場面でも本塁に触れただけでは三塁走者をアウトには出来ない。同様のミスは、達川光男広島)もテンプレート:Byに犯している。
  6. ベースボールマガジン』より。
  7. 一例として、2007年9月24日の対福岡ソフトバンクホークス戦(札幌ドーム)の4-4で迎えた9回表二死、一打負け越しのピンチの場面で日本ハムはマイケルを起用した。しかし、9回裏には打力のある捕手・高橋信二に打順が回るため、高橋はそのままにして中嶋が一球毎にベンチから高橋にサインを送った。結果はマイケルが打者1人を打ち取ってこのピンチを凌ぎ、予定通り高橋は次打席終了をもって中嶋と交代した。
  8. 1995年のオールスターゲームでも146km/hを記録している。
  9. 9回に今季初マスク…ハム中嶋が実働26年目に到達 スポニチアネックス 2012年5月12日閲覧
  10. 中嶋が野手最長の実働27年 ノムさん抜くも「深い感想ない」スポーツニッポン2013年9月28日配信
  11. ハム中嶋兼任コーチ偉大な1軍実働28年ニッカンスポーツ2014年6月27日配信
  12. 別冊宝島 プロ野球「絶対エース」の豪腕伝説より