ゴーストライター
テンプレート:出典の明記 テンプレート:Otheruseslist ゴーストライターとは、書籍や記事、脚本などの代作を生業とする著作家のことである(以下、ゴーストと表記)。
目次
概要
出版業界
本人が話したことを一言一句そのまま書かせる「口述筆記」から、本人の書いた文章を読みやすく加除訂正する「編集・リライト」もあれば、殆ど書き下ろしに近い「代筆」まで、様々なケースが見られる。執筆の実作業を担った人物に対して謝辞その他の何らかの形で名前が出る場合もあれば、まったく出ないことも少なくない。名前が出る場合は「構成」や「協力」や「編集協力」などの一見、何だかわからない曖昧な名目で本の扉の裏側や目次の最後や奥付の前や奥付などでこっそりと出されることがある[1]。ゴーストが勝手に名乗りを挙げることは出版業界のモラル上のタブーとされているが、ゴーストライターがゴースト以外の作品で成功した場合、その名義を表に出してゴースト時代の作品が復刊されることもある。「著者」の態度は人によってさまざまで、ゴーストライターに手伝ってもらったことを公にする人から、聞かれない限り黙っている人、自分で書いたかのように振る舞う人も多い。
文筆を主業としないタレント、俳優、政治家、スポーツ選手、企業経営者、学者、その他著名人の名前で出版されている本のかなりの割合が、多かれ少なかれゴーストを使っていると言われる[2]。学者、研究者の場合は論文は自分で書くものの、一般向けの書籍などはゴーストライターが関与することがある。最近は芸能人やアスリートのブログにもゴーストライターが使われる例がある。ノンフィクションライターの窪田順生は、「国会議員に社長にタレント、プロ野球選手、登山家、大学教授、医師、投資コンサル……変わり種では、女カリスマ社長なんかの代筆をさせていただいたことがある」[3]と書いている。講談社の編集者だった伊藤寿男は、自分が担当した中でゴーストライターでなかったのは桂三枝(現・六代桂文枝)と秋吉久美子だけで、ほとんどがゴーストライターだったと明かし、「読者も事情を知っているのだから、古い習慣はやめて本来のライターの名義を入れるべき」としている[4]。
過去には著者の名義になっている人物が生放送などの場でつい口を滑らせてしまったことも見られる。例えば、松本伊代がオールナイトフジ(1984年12月29日)で“自筆エッセイ”の内容を司会者に聞かれ、「まだ読んでない」と返答してしまった事例などがある[5]。
ゴーストライターのほとんどは作家やジャーナリスト、評論家、フリーライター、新聞記者、雑誌記者などの物書きのプロフェッショナルである[6]。高い知名度を持つ作家が、かつてゴーストをやっていたことがあったり、逆にゴーストを使っていたりする場合もあるとされる。知名度のある人物が表の顏となり、実際の作業は裏方に任せるからだ。ジャーナリストの肩書があっても、自分で書かない人もいる。その場合、著者と並んで「取材班」という署名がつくこともあるが、つかないことも多い。ほとんど丸投げのこともある。とあるニュースサイトには次のような話が紹介されている。「かつて『新進気鋭』のジャーナリストが出版した本が話題になったが、このジャーナリストはほとんど自分で書いていないと噂になった。実際に著者の知人も、出版社からの依頼で取材してまとめたものが、ほぼそのまま、そのジャーナリストの新刊に掲載されたことがあった」、「『自称』ジャーナリストが担当していたラジオ用「ニュース解説」の原稿を丸投げされていた知人もいる。このジャーナリストは収録直前に初めて原稿を読む。つまり、自分の名前で視聴者に伝えるニュース解説を他人に作らせ、直前までその内容も知らないのだ。ちなみにこの人物、メディアに登場しては、悪びれることなく嘘の実績を話す」[7]。
ゴーストライターが重宝されるのは、文章を書く訓練をしていない著名人が、何もない状態から原稿を書き上げるのは難しいこと、書いたとしても、そのままでは読みにくく読者が理解しにくい文章になりがちだからである[8]。そのため、ゴーストライターは文章を書き慣れない人をサポートして、文章の質や量の向上に寄与しているとも言える。『女性自身』誌で7年間に150本の手記をゴーストライトしたルポライターの竹中労は、その意味でゴーストライターは必要であると主張している[9]。その一方で、竹村健一の盗作疑惑や、俳優の長門裕之の『洋子へ』のケースのように、時として内容が問題になった際に文責の所在が曖昧にされることがある。
みずからもゴーストライターを務める吉田典史によると、「約9割のビジネス書は、ゴーストライターが書いている」[8]という。吉田と同様に、多くの仕事がビジネス書のゴーストライターである上阪徹は、ゴーストライターという言葉がネガティブに聞こえることから、自著『職業、ブックライター』にて、ブックライターという呼び名を提唱している。この本では、毎年10冊以上のゴースト本を出している自分の生活を語っている。また、ゴーストとして担当した本であとがきを執筆する際に、自らと編集者の名前を出して謝辞を代筆してしまうが、編集者に削除されることもあると述べている[10]。ゴーストライターをするときの「著者」への取材時間は一般的に10~20時間とされている。中には5時間で書く人もいるし、何カ月もかけて密着取材をする人もいる[11]。
ブロガーのイケダハヤトは、世の中にある多くの本と同様に「自分の本は編集者の手が入っており、作品によっては半分近く編集者が書いている」と開示している。その際に「エンドロールでずらずらと関係者の名前が並ぶ映画やゲーム」のように「他人の手を借りて制作した場合は、そのことを開示する」というルールを提唱していて、実際に「電子書籍『ブログエイジ』は共著者として編集者」をクレジットしたものの、「紙の本」の業界においては「文化の壁があるようで、実現には至っていません」と述べている[12]。
アメリカの出版業界では、スポーツ選手や企業人などの文章の素人が出版する際にはライターやジャーナリストとの共著として発表されることが多い。この場合の共著者とは、クレジットされたゴーストライターであり、文章執筆のすべてを請け負っている[13]。だが、クレジットされるからと言って問題がまったくないわけではない。アメリカで2006年に出版された『スリー・カップス・オブ・ティー』は、登山家から慈善活動家に転身したグレッグ・モーテンソンの自伝として売り出された。この本は、発売後4年(220週)もの間、「ニューヨーク・タイムス」紙のベストセラー(ノンフィクション部門)ランキングに載り続けたベストセラーであり、世界39カ国で翻訳、販売され、総計400万部以上を売り上げた。続編もベストセラーとなった。この2冊の共著者はデビッド・オリバー・レーリンというジャーナリストで、執筆にあたってモーテンソンの協力がなかなか得られなかったために想像によって自伝のエピソードを大きく補った。本がベストセラーになって注目を浴びたために、内容に虚偽のエピソードが含まれているとして批判が巻き起こった。モーテンソンは慈善活動にいっそう力をいれることで償うと謝罪したが、レーリンは批判キャンペーンが展開された翌年の2012年に、罪悪感から49歳で自殺した[14]。
日本では、1973年に出版された糸山英太郎議員の自伝『太陽への挑戦』(双葉社)について、ゴーストライターの豊田行二が翌年に『小説・糸山英太郎 太陽への挑戦者』を『オール読物』(文藝春秋)に発表して代筆を暴露する事件があった。元の本は一年半で50万部を売り上げるベストセラーであり、双葉社の怒りは相当なものであった。中堅幹部は次のように語っている「『太陽への挑戦』は糸山・豊田・双葉社の三者共犯から生まれた“鬼っ子”なんだからね、三者とも恥ずかしい行為をしているわけなんだよ。だから、それは公けにすべきではなく、棺桶の中まで持って入る“秘密”でなくちゃいけない」[15]。
昔から出版界の暗黙の了解だったゴーストライターの存在を広く公然化したのは、KKベストセラーズの創業者・岩瀬順三である[16][17][18][19]。1982年11月17日にNHK教育テレビで放送された『NHK教養セミナー』「現代社会の構図ー出版界最前線」第2回〈ベストセラーを狙え〉[16]に出演した岩瀬が、当時同社から出版されてベストセラー第2位だった江本孟紀の『プロ野球を10倍楽しく見る方法』[20][21]に関して、アナウンサーが「この本も、原稿をまとめたのは、実は出版社だという話です」と言うと、岩瀬は「書いたか書かないかでなく、誰の本.....山口百恵の本、江本の本ということが重要だ」と前置きをして「ゴーストライターによってつくろうとも、なまじ本人が書いて拙い文章の本をつくるより、言わんとすることを正確に、より読みやすく面白く書いてもらったほうがいい。江本孟紀の書いた本を売っているのではなく、“江本の本”を出しているのだと判断してもらいたい」と発言した[2][17][18]。これは、当時のゴーストライターに対する強い批判に岩瀬が回答し、ゴーストライター必要論を強調したものであった[2]。『プロ野球を10倍楽しく見る方法』は、220万部という記録的な売れ行きとなり、ゴーストライターブームをつくったと言われた[17]。その後、この手のタイトルと本作りは、他社にそっくり真似られ、今は定着している。こうした手法を編み出したのは岩瀬ではなく、光文社のカッパ・ブックスの創始者・神吉晴夫といわれる[22]。それまでは著者が書いたものをそのまま本にするというのが一般的な傾向だったが、神吉が「編集者と著者の共同作業」という出版メソッド、すなわち、編集者がテーマを設定して、企画力を発揮し、編集者が徹底的に注文を付けて書かせるという「創作出版」、著者と共に共同製作を行う「出版プロデューサー的出版社」を編み出し[18][23]、岩瀬はこれを進化させたものであった。
ビジネス書や実用書ではゴーストライターの起用が当然となっている出版業界であるが、近年は小説などの分野においてもゴーストライターを使う例が見られる。例として元ライブドア経営者の堀江貴文による小説『拝金』と『成金』があげられる。小説におけるゴーストライターは出版業界でもグレーゾーンにあたるらしく、普段はゴーストライターの起用を隠さない堀江もこれに関しては口を閉ざしてコメントを拒んだ。有名人やタレントの名を借りた本が売れる現状のなか、出版業界のなりふり構わぬマーケティングに疑問が呈されている[24]。
他人の手を借りて制作するという例では、ノンフィクション作品や推理小説では、取材や事実確認といった作業はデータマンの手に任せて、ライターはアンカーマンとして作品を書くだけといった分業体制を取っているケースは多い。例として松本清張や猪瀬直樹の名前が挙げられる。本人が書いている場合は、ゴーストライターとは言いきれない[25]。また、本多勝一は口述筆記を使用していることを公言している[26]。また翻訳出版の分野においては、下訳というかたちで下積みの翻訳家が先におおまかな翻訳をつくることがよく行われている。特に、翻訳者として名前が出るのが作家やタレントなどの著名人である場合には、下訳の重要性が増す。
漫画の分野では、漫画原作者やシナリオライターなどが何らかの理由により表には名前を出さずにストーリーを手掛け、作品自体は漫画家のみの名義で出される、あるいはストーリー作りへの低評価が原因で中位辺りで伸び悩む作品へのテコ入れ策として、編集部がシナリオライターを途中参加させるなどという形で、多くはストーリーの面についてゴーストライターの存在が噂されることがある。編集部サイドや担当編集者の強い主導によって作品企画が進められるスタイルの雑誌の場合、キャラクター設定や物語の概要のみならず、ストーリー制作の実権をも編集部や編集者が握ってしまうこともある。この様な場合には、編集部の内部でストーリーを考案している雑誌スタッフや編集者が、実質的なストーリー担当者となる。この様な場合にも編集部・編集者が原作者や脚本担当としてクレジットされることはあまりなく、多くはゴーストライターと同様の実態になる。ただし、編集者も漫画家も自分がストーリーを考えたと思っているケースもあり、いちがいにどちらが正しいとはいえない。両者の言い分が反する場合には、原稿を描いている漫画家の言い分に理があるといえる。また、漫画の場合はアシスタントを使って背景などを描かせることがよくあるが、これらも通常はクレジットされない。ただし、最近は浦沢直樹や松田奈緒子や佐藤秀峰など一部の漫画家において、単行本で編集者も含めたスタッフ名をすべて表記する流れが見られる。
レアケースではあるが、文字を書くことが困難、あるいは翻訳作業などが必要な外国出身者が本を出版する際、事実上の代筆担当者としてゴーストライターが起用される事もある(口述筆記)。この場合には著者や出版社がゴーストライターの起用を自ら明かす事もある。著者が視覚障害者の場合は口述筆記でもなければ多くのケースで代筆担当者が存在し、点字などからの変換でも広義の意味で代筆に該当する作業となることがあるが、代筆担当の名前を出さない場合にはおのずからゴーストライターと同様の事になる。
ゴーストライターの契約と報酬の支払い形態はいろいろであり、著者印税の一部をもらう歩合制となることもあれば、原稿料で買い切り制のこともある[27]。長嶋茂雄や王貞治の本の場合には、本人が6でライターが4の印税比率だったという[28]。
2014年5月8日、米ニューヨーク・タイムズ紙の元東京支局長ヘンリー・スコット・ストークスによる著書『英国人記者が見た連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書)の「歴史の事実として『南京大虐殺』は、なかった。それは、中華民国政府が捏造したプロパガンダだった」との記述が、翻訳者の藤田裕行による「無断加筆」であったと共同通信によって報じられた。しかし、同書には翻訳者のクレジットはなく「大部分は同氏とのインタビューを基に藤田氏が日本語で書き下ろした」とのことで、ゴーストライターによる著書であることが明らかになった。報道によれば、出版社は「ストークス氏に同書の詳細な内容を説明しておらず、日本語を十分に読めないストークス氏は、取材を受けるまで問題の部分を承知していなかった」とされている[29]。なお、ストークス氏の妻は日本人であり、息子はハリー杉山として日本でタレントをしている。
放送業界
放送業界では、主にテレビドラマ・テレビアニメの脚本家についてゴーストライターにまつわる噂が少なからずある。
たとえば、以下の様な形である。
- 脚本家の身近に別の執筆家がいる場合にはその執筆家が実制作を担っている。
- ベテランの脚本家が、弟子筋に当たる若手脚本家や見習いの育成の一環として、自分名義の仕事を任せて実作業を行わせる。実際に名前が出る脚本家の方では品質・内容のチェックと修正を適宜行う。
- 番組企画をテレビ局のプレゼンに通すために脚本担当として名前を借りた著名な脚本家の名前を表に出して、実際には別の脚本家が執筆している。
実例としては、2008年のNHK大河ドラマ『篤姫』での、脚本家田渕久美子担当分の脚本についての件がある。実際には、シリーズ後半から「脚本協力」としてクレジットされた田渕の兄であるコピーライター田渕高志が、シリーズの当初から事実上のゴーストライターを務めていたのではないかという疑惑が存在している[30]。田渕久美子を巡る民事訴訟の法廷でも、田渕の元関係者が、高志が事実上のゴーストだったことを証言している[31]。
音楽業界
出版業界と同様に、音楽業界、特にテレビ番組の主題歌やCM音楽などでゴーストライターの存在が噂される事がある。これについては主に作詞の名義について言われる事が多いが(大黒摩季#ビーイングスタッフ表記問題を参照)、一部には作曲や編曲などでこの種の噂が発生する事もある。ニュースサイトTHE PAGEは「実在のシンガーソングライターでも実際には別の人物が詩や曲を書くケースは多数存在します」と断定的に語っている [32]。
レコードや書籍のなかった時代、芸術家は作品を大衆に届ける術を持たず、貴族などのパトロンを必要としていた。当時のパトロンは、題材や材料にまで口を出し、その作品を自分の名で発表することすらあったという。たとえばモーツァルトのレクイエムは、とある貴族が自分の亡くなった妻に捧げるために発注したもので、本来はこの貴族の名で公開されるはずだった曲が、モーツァルトの突然の死により遺作として公表されたものである。これらのゴーストライティングは仕事として普通に存在していた[33]。
名前や顔の売れているタレントや若手アーティストに作詞や作曲をさせる場合には、商品化までにプロデューサーやディレクターやアレンジャーなどの専門家による「手直し」や「修正」が必要になる。それらの修正が多岐にわたり大幅になった場合、結果として修正にかかわった人間がゴーストライター化してしまうことがある。ポピュラー音楽界では、鼻歌や主旋律くらいしか作曲できないアーティストも多いという。音楽関係者によると「歌謡曲で多いのが、有名な作曲家や作詞家が弟子に作品を書かせるケース。アイデアが枯渇しているところに曲の注文がくると“キミ、こんな感じの曲を書いてくれ”と指示。出来上がった曲や歌詞を自分流にアレンジして完成させます。面倒見のいい師匠は、印税の何割かを与える。CDが100万枚売れたので弟子に100万円払ったという話も聞きますよ」という[34]。
作曲家の青島広志は、日本の音楽業界の現状について「ポピュラーでは旋律を書ければ良い方で、時には鼻歌を編曲者が楽譜に起こして編曲し、レコーディングまで持っていく。クラシック畑の作曲家も、一度ひとたび名が売れて、TVドラマや映画音楽の注文が来ると、まず絶対的に一人では楽譜が書けなくなる。初めの内はそれでも頑張っているのだが、締め切りに間に合わなくなるよりはいいので、誰かに助太刀を頼む。依頼主もその先生の名が欲しいので、余程質が落ちない限りは目をつぶるのだ」と書いている[35]。
音大の学生によると「音大では作曲科専攻の学生が恩師の代わりに作曲することは珍しくない」、「私の後輩は普通に先生のゴーストライターをしていた。1曲あたり5000円で引き受け、先生からアルバイト料をもらっていた。中には一人ではできない大曲もあり、同じ学科の学生が総出で、ゴーストした経験もある」、「実際の作曲者が無名の場合、世に知れた音楽家の名前で曲が売られることはよくある」そうだ。バッハやモーツァルトのような大作曲家ですら、本人が作曲したと確証の取れない“偽作疑惑”の曲が多くあるらしい[36]。
特に90年代以降のテレビアニメの世界などでは、主役級のキャラクターの声を演じる人気声優が番組主題歌を歌唱し、同時にその主題歌の作詞の担当者としてクレジットされる事が一部に見られる。これらの中にも「声優に対する報酬確保のため、主題歌の作詞者として声優の名義を設定し、実際には別の作詞家がゴーストとして作詞している」などという噂が、真偽は別としても発生する事がある。この様な噂が発生する背景には、大半の声優は、アニメ出演のギャラの金額決定に際して「ランク制」という声優業界特有の制度が用いられている、という事情がある。これにより、人気絶頂の声優であろうが、内外から演技力について高い評価を受けてる声優であろうが、一律金額的な上限が存在するため、出演に対してそれ以上の報酬を出す事が必要とされる場合には、主題歌の歌唱担当など以外にもこの様な「ランク制」の影響を受けない別の手段を講じる事が求められる場合がある。
1990年代、麻原彰晃は、自作と称する交響曲や管弦楽曲を多数制作し、オウム真理教の専属オーケストラであるキーレーンを自ら指揮して発表した。実際には、麻原にはこれらの曲を書く能力は無く、鎌田紳一郎をはじめとする専門的に音楽教育を受けた信者達が共同で制作したと言われている。
2014年、耳の聞こえない作曲家として売り出していた佐村河内守が、実際は自分で作曲していないこと、また言われるほどの聴覚障害がないことを、ゴーストライターである新垣隆が告発して、レコードと本が出荷停止された。この事件は、通常は表に出ないゴーストライターが公になったことでも大きな注目を集めた。作曲家の伊東乾は、この事件の解説で「日本の音楽業界では、映画やテレビドラマなどの『機会音楽』から、オペラのようなものに至るまで、トップの名前で仕事を取ってきて、時間がないためスタッフが手分けして作曲作業し、スタッフには買い取りでギャランティを払っておしまい、クレジットや著作権登録はトップの名前というケースは山のようにあります」としている。また、「ここから先は、すでに人口に膾炙したミュージシャンも多数関わっていることなので、一切の実名を避けてお話しせざるを得ません」と前置きした上で、「アンカーはずっとアンカー、つまり裏方のまま30歳、40歳と年を重ねてしまうこと、また、若い世代に人材が出ると古い人は仕事が減るといった、アシスタント食いつぶしの状況が見られる」と鋭く批判している[37]。
海外においては、1990年にグラミー賞の最優秀新人賞を受賞したアメリカのダンス・ユニット「ミリ・ヴァニリ」は、メンバーの二人が実際には歌わずに、ゴーストシンガーに歌わせていたことが発覚。グラミー賞は剥奪され、レコードも廃盤となった。
著作者名詐称罪
著作権法121条では、著作者でない者の実名もしくはペンネームを著作者としたり、二次的著作物において原著作物の著作者でない者を著作者として表示して頒布することに罰則を定めており、著作者や原作者を詐称することは罪となり[38]、1年以下の懲役刑もしくは100万円以下の罰金刑、またはこれを併科が規定されている。
この規定は、例えば、読者が著名人の著書と期待して書籍を購入したが、実際には別人の著作である場合などの社会的法益の保護を目的としており、親告罪とはされていない。つまり真の著作者が別人の氏名表示に同意していて著作者人格権の氏名表示権が侵害を主張しなくても、著作権の保護規定とは関係なく適用されうるため、代作やゴーストライターもこの規定に抵触する恐れがある[38]。
著作権法第百二十一条 著作者でない者の実名又は周知の変名を著作者名として表示した著作物の複製物(原著作物の著作者でない者の実名又は周知の変名を原著作物の著作者名として表示した二次的著作物の複製物を含む。)を頒布した者は、一年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
ゴーストライター契約の有効性
実際に書いた人間の氏名表示を認める著作者人格権は一身専属性を有する権利であるため、他人に譲渡できない。著作者人格権は著作物を排他的に利用する財産権である著作権とは別物であり、たとえ著作物の権利を譲渡しても作者であることは主張できる。ゴーストライター契約の契約書作成を依頼されたことがあるという弁護士の福井健策は、人格権である氏名表示権は放棄できないため、別人の名前で公表するという内容の契約は、著作権法121条に抵触することになるため「契約書の強制力がどこまで及ぶかは疑問」との見解を示している[39]。
北海道大学の田村善之教授も、別人を著作者とする契約は公序良俗に反するため無効との見解である[40]。
2006年、ジョン万次郎銅像事件の控訴審判決で知的財産高等裁判所は、著作者名を他人名義にする合意は著作権法121条に触れることを根拠に無効と判断した[41][42][43]。
著作権法第十九条 著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。
ゴーストライターの例
- 池島信平 - 菊池寛の『日本武将譚』などの代作をした。
- 伊藤整 - 川端康成の『文章読本』の代作をした。
- 海江田万里 - 野末陳平の著書の代作をしていた。
- 梶山季之 - 川端康成の新聞小説『東京の人』の代作をした[44]。
- 川端康成 - 菊池寛『不壊の白珠』の代作をした[45]。
- 木村和久 - 学生時代にビートきよしの代作をした[46][47]。
- 小島政二郎 - 徳田秋声の童話のほか、『赤い鳥』で主催の鈴木三重吉ほか、多くの童話を代作した。
- 堺屋太一 - 趣味が高じてプロレス本『プロレス式 最強の経営 「好き」と「気迫」が組織を変える』を執筆。自分の名義ではなく『週刊プロレス』編集長のターザン山本を著者として立てて出版し、印税も受け取らなかった[48]。
- 佐々木俊尚 - 堀江貴文のビジネス本の代筆をしたことを公表している[49]。
- 佐藤碧子 - 菊池寛の『新道』などの代作をした。
- 重松清 - 岡田有希子をはじめ数多くの芸能人本、小説やドラマのノベライズを手掛け、ゴーストの帝王と呼ばれていた。
- 清水義範 - 下積みの頃にアルバイトでアン・ルイスなどのゴーストライターを行った[50]。
- 瀬沼茂樹 - 川端康成の『小説の研究』の代作をした。
- 津田信 - 小野田寛郎の手記のゴーストだったことを明かし、『週刊ポスト』で小野田を幻想の英雄だとする告発手記を発表して話題になった。『幻想の英雄』(図書出版)として書籍化もされた[51]。
- 豊田行二 - 糸山英太郎の『太陽への挑戦』のゴーストだったことを明かした[52]。
- 内藤三津子 - 神彰『怪物魂』のゴーストライター[53]。
- 中里恒子 - 川端康成の『花日記』を代作した。『乙女の港』は共同執筆とされている[54][55][56]。
- 新垣隆 - 佐村河内守の代表作交響曲第1番 (佐村河内守)のゴーストライターであることが、告発[57]により判明した。その結果佐村河内は評価を著しく低下させることとなった。
- 蓮見圭一 - 埼玉愛犬家連続殺人事件の共犯者の手記をゴーストライターとして執筆。同書は、1999年に犯人の実名の山崎永幸名義で『共犯者』(新潮社)として出版された後、2000年に志麻永幸名義で『愛犬家連続殺人』(角川書店)と改題されて文庫化。さらに2003年にゴーストライターだった蓮見圭一名義で『悪魔を憐れむ歌』(幻冬舎)として再出版された。
- 花田清輝 - 康芳夫『虚業家宣言』のゴーストライター[58]。
- 半藤一利 - 『日本のいちばん長い日』は当初大宅壮一の名義で発表された。ただし文春スタッフの共同作業ともみられる。
- 村島健一 - 堀江謙一『太平洋ひとりぼっち』のゴーストライターを担当。
- 横溝正史 - 江戸川乱歩の『あ・てる・てえる・ふいるむ』など3作品の代作をした。
- 横光利一 - 菊池寛『受難華』の代作をしたことがある[45]。
- 龍胆寺雄 - 川端康成の「空の片仮名」が代作だと指摘した。当時の文壇の大御所菊池寛たちの実名を挙げて代作の横行など文壇の腐敗を攻撃し、このために文壇的地位を失ったと主張。
ゴーストライターを使った例
- 赤塚不二夫 - 漫画以外のエッセイなどの活字の仕事はほぼ全てが、長谷邦夫や高平哲郎や奥成達などのブレーンによる代筆[59][60][61]。
- 荒舩清十郎 - 『ロッキード問題と五一年度予算』(政財界出版)は小野田修二に書かせたとされる。
- 池田大作 - 志茂田景樹が創価学会で『人間革命』の代作者に選ばれた。実際に書いたかどうかは不明(『折伏鬼』)。また、元創価学会幹部原島嵩の証言によると、『人間革命』を実際に書いたのは篠原善太郎だという。
- 糸山英太郎 - ゴーストライターに暴露される。
- 岩瀬順三 - KKベストセラーズの創業者。ゴーストライターの手法を一般化したとされる。
- 江戸川乱歩 - 上記参照。
- 江本孟紀 - 春日原浩をゴーストライターにして『プロ野球を10倍楽しく見る方法』を作成[20][21]。
- 王貞治 - 自伝をゴーストに任せた[62]。
- 大黒摩季 - 作詞クレジットが後に「作詞:ビーイングスタッフ・大黒摩季」となっていた。詳しくは大黒摩季#ビーイングスタッフ表記問題を参照。
- 小野田寛郎 - 週刊誌の手記は津田信が執筆。虚構も含まれているとされる。
- 金田正一 - ゴーストライターとの印税の配分で金田9:ライター1を主張したとされる[63]。
- 川端康成 - 上記参照。
- 菊池寛 - 上記参照。
- 神吉晴夫 - カッパブックスの創業者。ゴーストライターを使って本を作ることを始めたとされる。
- 佐村河内守 - 2014年にゴーストライター新垣隆からすべての曲を代作しているとの告白があって大きな騒動になった。
- 竹村健一 - 1982年に著書の盗作が指摘された際、ゴーストライターが書いたもので自分の責任ではないとした[64]。
- 田中角栄 - 『日本列島改造論』など、官僚や秘書などをつかって書かせたとされる[65]。
- 長嶋茂雄 - 自伝『燃えた、打った、走った!』は新宮正春の聞き書きである[66]。
- 長門裕之 - 『洋子へ』が暴露本として騒がれると、ゴーストライターが書いたもので、原稿チェックもできずに勝手に暴露本にされたと説明した[67]。
- ビッグダディ - 講演会で、著書は「自分で書いていない」と発言[68]。
- ひろゆき(西村博之) - 『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』は2ちゃんねる創設者のひろゆき(西村博之)名義で出されているが、あとがきでひろゆき自身が「ほとんど文章を書いてない」、「この本のほとんどを書いた杉原さんに感謝です」などとゴーストライターの存在を暴露している。ちなみにライターの杉原光徳の名前は目次の最後に「構成・撮影」の名目で記載されている。
- 藤原和博 - 上坂徹の著書で、ゴーストライターの例として藤原の『坂の上の坂』があげられている。藤原が公開を許可したらしい。
- 堀江貴文 - 小説「拝金」と「成金」はゴーストライターの代筆である、と表紙絵を描いた佐藤秀峰が暴露。担当編集者や本人の口から聞いた事実で「小説の世界ではよくある制作手法で、何ら恥ずべきことだとは思っておりません」と編集者は言っていたらしい[69]。堀江が最初に1000字程度の指示書を書き、それをもとにゴーストライターがあらすじを作り、お互いに意見を交わすかたちで作業が進められた。テーマやあらすじや人物などには堀江のアイデアが入っているが、文章はすべてライターが書いた。印税の取り分は当初、堀江6:ライター4が予定されていたが、堀江が「しっかり宣伝するから」と主張して7:3になった[70]。
- 松本伊代 - 自分の本が出た後に、テレビで「まだ読んでない」と発言[5]。
脚注
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 2.0 2.1 2.2 塩沢実信『出版最前線』彩流社、1983年、pp.147-149
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 伊藤寿男『編集者ほど面白い仕事はない 体験47年出版の全内幕を明かす』テーミス、2004年、p.102
- ↑ 5.0 5.1 テンプレート:Cite web
- ↑ 『ゴースト・ライター』エフプロ出版、p.17
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 8.0 8.1 『Business Media 誠』吉田典史 吉田典史の時事日想:約9割のビジネス書は、ゴーストライターが書いている
- ↑ 竹中労『芸能人別帳』ちくま文庫、2001年、p.504
- ↑ 上阪徹『職業、ブックライター。』講談社、2013年
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ でっちあげ冒険譚でヒーローになったアメリカの「偽ベートーベン」大ベストセラーの“黒子”ライターは自殺
- ↑ 『ゴースト・ライター』エフプロ出版、p.35
- ↑ 16.0 16.1 塩沢実信『出版最前線』彩流社、1983年、p.145
- ↑ 17.0 17.1 17.2 櫻井秀勲『戦後名編集者列伝』編書房、2003年、p.78
- ↑ 18.0 18.1 18.2 情報紙『有鄰』No.422 P3 - 有隣堂
- ↑ 塩沢 実信 氏より (書籍「ベストセラー感覚」より)
- ↑ 20.0 20.1 犯された蜜獣
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- ↑ [『カッパ・ブックスの時代』(新海均・著、河出書房新社)]
- ↑ 戦後のベストセラー史どうしてあの本は売れたのか - 神田雑学大学
- ↑ 堀江氏小説ゴースト問題、出版業界の慣習としてもルール違反のワケ~透ける出版不況の深さ
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- ↑ 伊藤寿男『編集者ほど面白い仕事はない 体験47年出版の全内幕を明かす』テーミス、2004年、p.101
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- ↑ NHK大河ドラマ脚本家、「替え玉」だった - Ameba News 2011年5月18日
- ↑ 「元秘書は見た! 『江』『篤姫』の田渕久美子さんを巡って飛び出した“仰天供述”NHK大河・脚本家は「替え玉」だ 衝撃裁判!」『FLASH』2011年5月31日号
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- ↑ 偽ベートーベン事件、罪深い大メディアと業界の悪習慣 あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏(3)
- ↑ 38.0 38.1 吉田大輔『全改訂版著作権が明快になる10章』出版ニュース社、2009年、pp.345-347
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- ↑ 本訴 平成17年(ネ)第10100号 著作者人格権確認等請求控訴事件 裁判所公式サイト内
- ↑ 2審も「制作者は西氏」 万次郎像めぐり知財高裁 47NEWS(共同通信) 2006年2月27日
- ↑ 「ジョン万次郎銅像事件」控訴審判決~著作者人格権確認等請求控訴事件(知財判決速報)~ 駒沢公園行政書士事務所日記 2006年3月2日
- ↑ 矢崎泰久『口きかん わが心の菊池寛』
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- ↑ 書籍のゴーストライターというエコシステム
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- ↑ 「現代のベートーベン」佐村河内守氏のゴーストライターが語った!(週刊文春)
- ↑ 『薔薇十字社とその軌跡』p.35
- ↑ 高平哲郎『今夜は最高な日々』新潮社、2010年、p.193
- ↑ 長谷邦夫『漫画に愛を叫んだ男たち』清流出版、2004年、p.231
- ↑ 「著者インタビュー 奥成達」『サンデー毎日』2009年8月9日号、p.102
- ↑ 伊藤寿男『編集者ほど面白い仕事はない 体験47年出版の全内幕を明かす』テーミス、2004年、p.101
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- ↑ 吉田豪『新人間コク宝』コアマガジン、2010年、pp.133、151。長門裕之インタビュー。
- ↑ ビッグダディ 最新刊「ダディから君へ」でゴーストライター使っていた!
- ↑ 堀江貴文氏「拝金」の代筆問題について
- ↑ 週刊文春 2014年4月3日 55周年特大号「佐村河内と同じく指示書を(笑) ホリエモン小説のゴーストを直撃」
参考文献
- 猪野健治 『ゴースト・ライター―“影”の大作者たち』(エフプロ出版、1978年)
- 平山城児『川端康成余白を埋める』(研文選書、2003年)
- 櫻井秀勲『戦後名編集者列伝』(編書房)
- 上坂徹『職業、ブックライター。』(講談社)
- 北尾トロ 『怪しいお仕事!―儲けたいなら、頭を使え。』 ISBN 4102901086