霞が関
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
テンプレート:Pathnav テンプレート:Infobox Settlement
霞が関(かすみがせき)は、東京都千代田区の地名。現在の麹町は旧麹町区にあたる麹町地域内である。
目次
地理
麹町地域の南西側に位置し、港区(赤坂、虎ノ門、西新橋)との区境にあたる。日本の行政機関の庁舎が建ち並んでいることで知られる。
歴史
奥州街道の関所として中世から東国の名所として広く知られており、1364年(貞治3年)の『新拾遺和歌集』にも「徒らに名をのみとめてあづま路の霞の関も春ぞくれぬる」として詠まれているが、これが現在の千代田区霞が関にあたるかどうかについては異論もあり、具体的には新宿区霞岳町、狭山市下広瀬、多摩市関戸などが候補として挙がっている。
江戸時代までは大名屋敷が並ぶ地域であった。明治時代に大火があり、跡地に外務省や海軍省、有栖川宮邸などが置かれたことをきっかけに、官公庁施設の集積地(正式には中央官衙地区(ちゅうおうかんがちく)または霞が関一団地の官公庁施設と呼ばれる)としての計画的な整備が進められ、官庁街になる。
これが転じて、「霞が関」という語は、「日本の中央官界」の代名詞としても使われている。また、中でも最も古くから霞が関にある「外務省」の代名詞として、「官邸外交」に対する「霞が関外交」のように用いられることもある。
戦後は米軍の業務、住宅施設が存在していた時期もあった。
1967年4月1日に住居表示が施行され[1]、1968年に日本初の超高層オフィスビルである霞が関ビルディングが完成している。
町名の変遷
実施後 | 実施年月日 | 実施前(特記なければ各町名ともその一部) |
---|---|---|
霞が関一丁目 | 1967年4月1日 | 霞ケ関一丁目、霞ケ関二丁目、霞ケ関三丁目 |
霞が関二丁目 | 霞ケ関一丁目、霞ケ関二丁目 | |
霞が関三丁目 | 霞ケ関三丁目、三年町、永田町二丁目 | |
永田町一丁目 | 永田町一丁目(大部分)、三年町、霞ケ関一丁目、霞ケ関二丁目、霞ケ関三丁目 |
施設
霞が関一丁目
- 中央合同庁舎第1号館 - 農林水産省・林野庁・水産庁
- 中央合同庁舎第5号館
- 中央合同庁舎第6号館
- 東京高等・地方・簡易裁判所合同庁舎 - 東京高等裁判所本庁・知的財産高等裁判所・東京地方裁判所本庁(民事第8部・民事第20部・民事第21部を除く)・東京簡易裁判所(刑事)・東京第一~第六検察審査会
- 弁護士会館 - 日本弁護士連合会・日弁連法務研究財団・関東弁護士会連合会・東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会
- 経済産業省総合庁舎 - 経済産業省本省・中小企業庁・資源エネルギー庁
- 日本郵政ビル - 日本郵政株式会社・日本郵便株式会社・株式会社ゆうちょ銀行・株式会社かんぽ生命保険各社本社
- 大同生命霞が関ビル - ベトナム航空日本支社
霞が関二丁目
- 警視庁本部庁舎 - 警視庁本部
- 中央合同庁舎第2号館 - 内閣府(国会等移転審議会事務局)・総務省・消防庁・国家公安委員会・警察庁・運輸安全委員会・海難審判所
- 中央合同庁舎第3号館 - 国土交通省・海上保安庁・観光庁
- 外務省庁舎 - 外務省
霞が関三丁目
- 財務省庁舎 - 財務省本省・国税庁
- 中央合同庁舎第4号館 - 内閣府(大臣官房の一部・沖縄振興局・経済社会総合研究所・行政刷新会議事務局・北方対策本部・国際平和協力本部事務局等)・内閣法制局・総務省(公害等調整委員会)
- 霞が関コモンゲート
- 中央合同庁舎第7号館東館 - 文部科学省・会計検査院
- 同・西館 - 金融庁
- 旧文部省庁舎 - 文化庁
- アネックス - テナント店舗
- 霞が関ビルディング
- 特許庁総合庁舎 - 特許庁・独立行政法人工業所有権情報・研修館
- 日本興亜損害保険本社
- 新霞が関ビルディング - 東日本高速道路本社
交通
鉄道
バス
- 霞が関三丁目停留所(都営バス都01系統・RH01系統・深夜01系統)
- 霞が関停留所(都営バス橋63系統)
- 経済産業省前停留所(都営バス橋63系統・東急バス/東98系統)
- 霞が関停留所(JRバス関東)テンプレート:Smaller
首都高速道路
脚注
関連項目
外部リンク
テンプレート:千代田区の町名 テンプレート:東京23区の地域
テンプレート:中央省庁