心のノート
心のノート・こころのノートは、日本の文部科学省が2002年(平成14年)4月、全国の小・中学校に無償配布した道徳の副教材である。
概要
小学生向け3種類(1・2年生、3・4年生、5・6年生)と中学生向けの合計4種類がある。表題は小学校1・2年生向けは「こころのノート」、他は「心のノート」である。心理学者の河合隼雄を中心として制作された。
児童・生徒の発達段階に沿って程度に差はあるが、学習指導要領に示された道徳の内容項目をすべて充足したほぼ同じ構成を採っている。中学校版には愛国心や男女交際[1]に関する記述も見られる。
巻末には「ちきゅうにやさしい 文部科学省」の語句を外周部に配したエコマークが掲載されているが、教科書や他の副読本では奥付や背の部分に存在する出版社や執筆者等が掲載されていない。実際の著作権所有者は文部科学省、発行者は小学校1・2年用が文溪堂、同3・4年用が学習研究社、同5・6年用と中学用が廣済堂あかつき(旧・暁教育図書)である[2]。また、「新しい歴史教科書」のように市販本版としたものが、学研から全巻刊行されている(デザイン・内容は副読本とほぼ同一)。
国の位置付け
文部科学省は心のノートを全国配布にあたり、「『心のノート』について(依頼)」(2002年4月22日付)という文書の中で、教科書でも副読本でもない、「補助教材」であると発表した[3]。
また、心のノートの試作本を都道府県・政令指定都市の教育委員会宛てに送付した際に柴原弘志文部科学省初等中等教育局教育課程教科調査官名義で出した「『心のノート』の活用に当たって」(平成13年12月10日付)では結びの語で「人間として生きていく上での大いなるプレゼントになり、生かされるものとなるようにしていきたい」と表明した。この「大いなるプレゼント」という表現が心のノート批判で引用されることがある[4]。なお、同文書では「『心のノート』のみを使用して授業を展開するということではなく」とし、あくまで「理解を助けることができる冊子」と強調している。
議論
心のノートをめぐっては賛否が分かれている。ここでは主要な議論を示す。
肯定的意見
- 教師の負担が減少する
- 心の記録として保存できる
- 日々の生活・体験が書き込めるようになっていることから、心の成長を振り返ることができる[10]。
- 児童・生徒が主体となる道徳教育が展開できる
- 心のノートは児童・生徒(以下、「生徒」とする)への呼び掛け・問い掛け形式で記述されている。また扱う内容は生徒の現実から出発していることから、生徒自身が受け止めることが可能である。[11]
否定的意見
- 記述が誘導尋問的である
- 心のノートには多くの問いかけが設定されており、一見すると児童・生徒自身に考えさせて答えを出させようとしているように思える。しかし、問いのすぐ後に「答え」が示されている、あるいは暗示されており[13]、誘導尋問と言える。岩川直樹は著書『「心のノート」の方へは行かない』の中で、これを「思考停止装置」と名付けて批判している[13]。これが顕著に見られるものに、小学校1・2年版の「ないしょのはこ」(『こころのノート』26・27ページ)がある[13]。ここでは直前のページに「うそなんかつくもんか」という内容で嘘をついたことに罪悪感を覚えた男の子の話が掲載され、続いて「ないしょをこっそりしまっておくないしょのはこ」を持っていることを好きか嫌いか、と問うものである[13]。更に、問いの下に三本の毛が生えた男の子と思しきキャラクター[14]が「はこの中をのぞくとき、あなたはどんな気持ちかな」と投げかけ、「ないしょのはこ」を好きと言わせないような構成になっている[15]。更に、このような誘導尋問を経て導き出された答えを「自ら求め自覚したと思わせる」点も問題である[16]。
- 「いい子」であることを求め、ネガティブなものを排除する傾向がある。
- 「感じる」という面が強調され、「考える」面が少ない
- 検定を経ることなく、国からの上意下達で配布された
- 高額な税金がかかっている
経緯
心のノートの作成・配布には1997年(平成9年)の神戸連続児童殺傷事件や1999年(平成11年)栃木女性教師刺殺事件・光市母子殺害事件などの社会を揺るがすような少年犯罪が相次いで発生し、「心の教育」の必要性が強調されるようになってきたことが背景にある[27]。
国会では、1998年に中曽根弘文議員が参議院予算委員会において「副読本などに頼るのではなくて、やはりもっと子どもの心に響く教材を作るべき」と主張、町村信孝文部大臣も「教科書の必要性も含めてさらに検討する」と答弁している[28]。更に2000年(平成12年)3月15日の参議院文教科学委員会での自民党亀井郁夫議員が「道徳の教科書がない」ことを指摘し、道徳の冊子を作るべきではないかと提案し、中曽根弘文文部大臣も「研究して作ったらいいのではないか」と応じたことが作成の直接的な契機となったと日本会議は報告書の中で述べている[28]。
その後、心のノートの「作成協力者会議」が組織され、河合隼雄文化庁長官を座長とする10人の委員が作成に深く関与した。ほかにも大学教授4人、小中学校の校長及び教諭93人が編集協力者として参加している。著作権者である文部科学省の編集者は押谷由夫を筆頭とする12人である。[29]完成した心のノートについて押谷は「これで道徳教育が充実しなければ、打つ手はないのではないか、とさえ思ってしまう。」[30]と雑誌『道徳教育』2002年9月号にて述べている。
脚注
関連項目
参考文献
- 岩川直樹・船橋一男『「心のノート」の方へは行かない』(寺子屋新書004、子どもの未来社、2004年7月20日、ISBN 9784901330442)
- 小沢牧子・長谷川孝『「心のノート」を読み解く』(かもがわ出版、2003年2月1日、ISBN 4-87699-728-4 )
- 三宅晶子『「心のノート」を考える』(岩波ブックレットNo.595、岩波書店、2003年5月16日、ISBN 4-00-009295-2 )
- 金井肇・全国道徳授業実践研究会『構造化方式に基づく「心のノート」を生かす道徳授業 中学校』(明治図書出版、2003年2月、ISBN 4-18-806719-5 )
外部リンク
- 心のノート:文部科学省
- 室井修『「心のノート」の教育法・教育行政上の問題点』(『大阪教法研ニュース』第210号、大阪教育法研究会、2003年10月。)
- CEBc Educational Web資料室:「『心のノート』の活用に当たって」(平成13年12月10日付)の全文