オオムギ
オオムギ(大麦、学名 テンプレート:Snamei)はイネ科の穀物。中央アジア原産で、世界でもっとも古くから栽培されていた作物の一つである。
名称
「オオムギ」は漢名の「大麦(だいばく)」を訓読みしたものである。「大」は、小麦(コムギ)に対する穀粒や草姿の大小ではなく、大=本物・品質の良いもの・用途の範囲の広いもの、小=代用品・品格の劣るものという意味の接辞によるものである。大豆(ダイズ)、小豆(アズキ、ショウズ)、大麻(タイマ)の大・小も同様である。
伝来当時の漢字圏では、比較的容易に殻・フスマ層(種皮、胚芽など)を除去し粒のまま飯・粥として食べることができたオオムギを上質と考えたことを反映している。
品種
穂の形状の違いから、主に二条オオムギ(二条大麦、H. vulgare f. distichon、テンプレート:Lang-en-short))、四条オオムギ(四条大麦、H. vulgare subsp. vulgare、テンプレート:Lang-en-short)、六条オオムギ(六条大麦、H. vulgare f. hexastichon、テンプレート:Lang-en-short)、ハダカムギ(裸オオムギ、裸麦、Hordeum vulgare var. nudum Hook. f.、テンプレート:Lang-en-short)、野生オオムギ(H. vulgare subsp. spontaneum、テンプレート:Lang-en-short) に分かれる(但し、四条オオムギ、野生オオムギについては品種ではなく亜種)。特に日本で生産されるのは二条オオムギ、六条オオムギ、ハダカムギが多い。二条オオムギは明治時代以後にヨーロッパより導入され、ビールなどの醸造用の需要が多くビールムギとも呼ばれる。六条オオムギとハダカムギは古来より日本で栽培されてきた品種で、押し麦や引き割り麦などにして米に混ぜるなど雑穀としての使用のほか、麦茶の原料ともなる。
栽培
大麦は、本来は、後述のように冬季に比較的降水量が多い地域を原産とする作物であり、秋に発芽して冬を越し、春に大きく生長し、初夏に結実して枯れる、いわゆる冬草の一種にあたる。そのため、種を秋に蒔き、苗の状態で冬越しさせ、春に出穂(開花)・結実させて初夏に収穫する(秋蒔き)。しかし、春に積算温度の足りない寒冷地向けの品種として、発芽に低温を必要とせず、種を春にまいて、盛夏に収穫可能な春蒔き品種が開発され、日本では、北海道で主に栽培されている。これに対して、本州以南の、特に関東から九州にかけての地方では、この性質を利用して、夏草の性質を持つ稲の裏作として栽培が拡大した。この場合、稲の収穫が終わった秋に播種し、田植え前の初夏に収穫することになる。麦の穂が実る初夏の麦畑は、淡い茶色に染まって秋の稲田に似た光景となるため、麦の結実期のことを、麦秋と呼ぶ。東日本・西日本では、梅雨入り直前の、5月下旬から6月上旬(グレゴリオ暦)にあたる。なお、収穫後に乾燥状態を維持していないと、梅雨時などは土壌になくても穂先から簡単に芽吹き出すので注意が必要である。また初夏に芽吹いたとしても日本の夏の気候下ではうまく育たない。
歴史
現在栽培されている品種は、現在イラク周辺に生えている二条オオムギに似た野生種ホルデウム・スポンタネウム(テンプレート:Snamei) が改良されたものともいわれる[3]。新石器時代である1万年前にはすでに、シリアからユーフラテス川にかけての肥沃な三日月地帯で栽培が開始されていた。
古代エジプトでも主食のパンを焼くのに使われており、ヒエログリフにも描かれている。その後も長くヨーロッパなど世界各地で重要な穀物であったが、グルテンがないためにコムギに比べて使用法が限定されるため、次第に主食の座から転落し、醸造や飼料用が中心となっていった[4]。
日本には弥生時代の3世紀ごろ中国大陸を経て伝来し、奈良時代にはすでに広く栽培されていた。『類聚三代格』には、弘仁11年(820年)の太政官符として「麦は(米の)絶えたるを継ぎ、乏しきを救うこと穀の尤も良きものなり」との記述がある。
二毛作が普及すると、寒冷と乾燥を好む大麦は米の裏作として適していたため、栽培はさらに拡大した。製粉する必要のあるコムギに比べ、オオムギは粒のままで食べるために手間がかからず、コムギよりも熟すのが早いため米の裏作として適していたうえ、不足しがちな米の増量用としても適していたため、このころはコムギより重視され、栽培面積も広かった。明治時代には、小麦の45~47万町歩に対し、大麦の作付面積は130万町歩と、3倍近くにまで達していた。しかしその後、米の収量が増えるに連れてより用途の広い小麦栽培に取って代わられ、大麦の作付けは減っていった。
用途
食品
- 主食として
- メソポタミアでは小麦より塩害に強いため、南部のバビロニアで多く栽培された。ヨーロッパでは粗く挽いた大麦を煮た粥状のものが食べられていた。古代ローマでは粗挽きの大麦の粥はプルスと呼ばれ、主食として重要なものであった。その後パンが普及し、15〜16世紀にかけて寒冷な地でも生産性が高く、茹でただけでも比較的美味なジャガイモがアメリカ大陸からもたらされたため、現在では主として飼料用および醸造用の穀物とされるようになった。
- チベットで主食の中心となっているツァンパは、ハダカオオムギを乾煎りして粉砕した粉で、茶で練るなどして食べられている。
- 日本はチベット文化圏と並んで大麦を主食穀物として多く利用する地域であった。しかし明治時代までは今日のように、炊飯しやすい押麦にして白米と混炊することは行われていなかった。[5]。米や雑穀と比べて煮えにくいため、挽き割り粥にするか、炊飯に先立ち、あらかじめ煮て冷まして一晩置くえまし麦としてから、単独、あるいは米や雑穀と混炊して調理した。明治時代までは、えまし麦の茹で汁は、砂糖を混ぜて母乳の代用品として使われることもあった。近年までは麦飯として米と混炊して特に農村部では重要な主食とされた。しかし農村部では白米の飯が祭礼に際しての特別なご馳走であったこと、都市部で白米の飯が普及したことなどから、麦飯は白米の飯に対して農村的な格の低い洗練されない食品とされた。そのため臭くてまずいと考え、蔑んで貧民や囚人の食事とみなす者も少なくなかった(俗に言う「刑務所の臭い飯」のいわれである)。その一方で、白米の飯への憧れによって脚気は近代の日本で国民病と呼ばれるまでに蔓延した。
- 海軍ではこれへの対策としていち早く麦飯を導入し脚気患者を激減させたが、「死地に赴く兵士に白米を食べさせてやりたい」という情から白米にこだわった陸軍では日露戦争で著しい戦病死者を出した。さらに、麦が配給されていた海軍でも一部の兵士がこっそり麦を捨てていたために完全な克服には至らず、脚気禍が何度も再燃している。現在では精白技術の向上による食味の向上や、押し麦の普及による炊飯の容易化により、健康食として再び人気を博している。また、とろろには麦飯を使うものとされており、麦とろご飯は東海道の鞠子宿などで古くから名物となっていた。沖縄県においては、緑豆とオオムギを使ってあまがしというぜんざいの一種が作られ、夏の風物詩となっている[6]。
- 飲み物
- カクテルのマイタイに用いられるオルジェーシロップやスペイン語圏で人気のある飲料オルチャータは、どちらもラテン語で「ホルデアタ」(hordeata、「オオムギから作られた」)と呼ばれるオオムギを原料とした飲料を祖先としている。
- 日本や朝鮮半島では種子を煎ったものを煎じて、麦茶として飲まれる。日本では冷やして主に夏に飲まれるが、朝鮮半島では温かくして年中飲まれる。日本でも江戸時代には麦湯と呼ばれ、温かくして飲むものであったが、新麦を使うものが美味であるため、季節はやはりオオムギの収穫期である夏のものであった。
- 加工食品の材料
- 日本では麹を生やして醤油・味噌などの発酵食品の原料として使われる。ハダカムギから作られる麦味噌が、九州を中心に作られている。焼酎のような酒類の原料としても用いる。また、炒った大麦を挽いた粉をはったい粉、または麦焦がしと呼び、砂糖や湯などと合わせて練り、菓子の一種として食べていた。
- 麺やパンの材料としても用いることができるが、コムギと違い、グルテンをほとんど含まないので弾力性が必要な麺の原料とするには、小麦などと混合するかグルテンの添加が必要である。製粉してパンにした場合もグルテンに乏しいためあまり膨らまず、小麦のパンとは食感が異なるどっしりとした重い感じのパンができる。また大麦は小麦より粉に挽きにくいという問題があるが、発芽させることによって挽きやすくなる。下述の麦芽としての利用は、そこから偶然生み出されたものである。
- 麦芽
- 大麦の主な用途として麦芽の製造があげられる。麦芽にはアミラーゼ酵素が含まれ、デンプンを糖に分解する作用があり、水飴やシロップの原料ともなる。さらに糖からアルコールを作り、ビールやウィスキーなどの酒類を作る。一般的に、麦芽といえば大麦からのものをさす。
- その他
- 若葉を粉砕して粉末にしたものは青汁の一種として、健康食品として売られている。
- オオムギ穀皮抽出物は乳化剤などの用途で、かつて日本の既存食品添加物名簿に掲載されていたが、販売実績がないため、2005年に削除された。
項目 | 分量 |
---|---|
炭水化物 | 77.8 g |
食物繊維総量 | 9.6 g |
水溶性食物繊維 | 6.0 g |
不溶性食物繊維 | 3.6 g |
- 豊富な水溶性食物繊維と効果
- 大麦には豊富な水溶性食物繊維が含まれており、その大部分はβグルカンである。大麦の摂取による血中コレステロール値上昇抑制作用、血糖値上昇抑制作用、BMI値低減効果が報告されている[8]。テンプレート:Main
その他
その他の用途としては、家畜の飼料、漢方薬などがある。特に大生産国であるヨーロッパやアメリカにおいては、飼料用とビール・ウィスキー醸造用がオオムギの用途のほとんどを占め、そのまま食用とすることは少ない。
また、オオムギ発酵エキスに白髪を黒くさせる作用のある成分が含まれ、育毛剤、シャンプーなどに応用が考えられている。
生産量
オオムギはイネ、コムギ、トウモロコシに次いで世界で4番目に多く栽培されている穀物である。2004年の世界の総生産量は1億5362万4393トンであった。FAOの 統計によれば、主要生産国の国別生産量は以下の通りであった。
2004年度
国 | トン | |
---|---|---|
テンプレート:01 | テンプレート:Flagicon ロシア | 1717万9740 |
テンプレート:02 | テンプレート:Flagicon カナダ | 1318万6400 |
テンプレート:03 | テンプレート:Flagicon ドイツ | 1299万3000 |
テンプレート:04 | テンプレート:Flagicon ウクライナ | 1106万8800 |
テンプレート:05 | テンプレート:Flagicon フランス | 1104万0214 |
テンプレート:06 | テンプレート:Flagicon スペイン | 1060万8700 |
テンプレート:07 | テンプレート:Flagicon トルコ | テンプレート:0900万0000 |
テンプレート:08 | テンプレート:Flagicon オーストラリア | テンプレート:0645万4000 |
テンプレート:09 | テンプレート:Flagicon アメリカ合衆国 | テンプレート:0608万0020 |
10 | テンプレート:Flagicon イギリス | テンプレート:0586万0000 |
参考:テンプレート:Flagicon 日本 19万5400トン(2007年度)
2009年度
Top ten barley producers — 2009 (million metric tonne) | |
---|---|
テンプレート:Flagicon ロシア | 17.9 |
テンプレート:Flagicon フランス | 12.9 |
テンプレート:GER | 12.3 |
テンプレート:Flagicon ウクライナ | 11.8 |
テンプレート:Flagicon カナダ | 9.5 |
テンプレート:Flagicon オーストラリア | 8.1 |
テンプレート:Flagicon トルコ | 7.3 |
テンプレート:Flagicon イギリス | 6.8 |
テンプレート:Flagicon アメリカ合衆国 | 4.9 |
テンプレート:Flagicon ポーランド | 4.0 |
World total | 152 |
Source: UN Food & Agriculture Organization (FAO)[9] |
また、日本国内においては、平成19年度で二条大麦が12万8,200トン、六条大麦が5万2,100トン、裸麦が1万4,300トンとなっている。二条大麦の生産量が最も多いのは佐賀県で、4万1,600トン、全国生産量の32.4%にのぼる。六条大麦の生産量が最も多いのは福井県で、1万7,100トン、全国生産量の32.8%にのぼる。裸麦の生産量が最も多いのは愛媛県で5,880トン、全国生産量の41.1%を占める。[10]自給率は8%前後である[11]。
関連項目
外部リンク
脚註
テンプレート:Reflist- ↑ http://www.nal.usda.gov/fnic/foodcomp/search/
- ↑ [『タンパク質・アミノ酸の必要量 WHO/FAO/UNU合同専門協議会報告』日本アミノ酸学会監訳、医歯薬出版、2009年05月。ISBN 978-4263705681 邦訳元 Protein and amino acid requirements in human nutrition, Report of a Joint WHO/FAO/UNU Expert Consultation, 2007]
- ↑ 『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典2 主要食物:栽培作物と飼養動物』 三輪睿太郎監訳 朝倉書店 2004年9月10日 第2版第1刷 p.17
- ↑ 「コムギの食文化を知る事典」p25 岡田哲 東京堂出版 平成13年7月15日初版発行
- ↑ 「飲食事典」本山荻舟 平凡社 p78 昭和33年12月25日発行
- ↑ 「保存版 沖縄ぬちぐすい事典」監修 尚弘子 pp20-21 2002年11月24日初版第1刷 プロジェクト・シュリ
- ↑ 五訂増補日本食品標準成分表
- ↑ 大麦の生理作用と健康強調表示の現況、荒木茂樹ほか、栄養学雑誌Vol.67 (2009) No.5
- ↑ FAOSTAT.fao.org
- ↑ グラフと絵で見る食料・農業 統計ダイジェスト 3 麦 農林水産省
- ↑ 「地域食材大百科第1巻 穀類・いも・豆類・種実」p127 社団法人 農山漁村文化協会 2010年3月10日第1刷