家畜
家畜(かちく)とは、人間が利用するために飼育する動物をさす言葉である。
目次
定義
家畜(かちく)とは、その生産物(乳、肉、卵、毛、皮、毛皮、労働力など)を人が利用するために馴致・飼育している動物を指す。類義語に益獣(えきじゅう)があり、また鳥類のみを指した場合は家禽(かきん)と呼ぶ。この用途の動物については、近年では「産業動物(経済動物)」という呼称が一般化しつつある。また、国の法令でも「産業動物の飼養及び保管に関する基準」[1]があり、ここでの産業動物の定義として「産業等の利用に供するため、飼養し、又は保管しているほ乳類及び鳥類に属する動物をいう。」としている。
この他の用途として愛玩動物があり、いわゆるペットや鑑賞用の動物を含める場合もある。例えば、定義を更に厳密にすると、単なる馴致や生産物の利用だけでなく、家畜化の過程で野生種と比較して体形をはじめとする外見が変化し、繁殖も含めた全ての生命維持活動を人の管理下に置かれるようになった動物が家畜である。
その見地からは、ハチやカイコなど一部の昆虫が定義の中に含まれている。一例として、家畜伝染病予防法の第2条(「家畜伝染病」の定義)で、伝染性疾病の種類「腐蛆病」・家畜の種類「ミツバチ」が含まれている。
ただし、「家畜」という言葉は一般的には、人間が利用する動物の中で、愛玩動物(金魚、セキセイインコなどのペット)を除く、動物が生み出す生産物を利用する事に特化した哺乳類や鳥類を指す。その限りにおいて一部の魚介類(マダイ、カキ、アコヤガイなど)や爬虫類(スッポン、ヘビ、ワニ)は、人が食用や薬用、皮革など工業用に利用するために養殖されており同義の動物ではあるが、これら変温動物や前述のハチを家畜と呼ぶ事は少ない。
英語での家畜を意味するDomesticated animalは人間が家庭で利用するために飼育する動物を意味し、家庭用に品種改良をされた動物も含まれ、ペットである犬、猫、錦鯉、金魚などは、人間が利用するために品種改良され、元来の野生種には存在していない個体が多いため家畜に含まれるが、家庭的にした動物と言う意味なので、けして悪い意味はなく、ペットや鑑賞用の動物も家畜に含まれる。
歴史
最も古い家畜は、イヌで、紀元前1万年頃に西南アジアで家畜化されたといわれる。その由来については不明な点も多いが、オオカミ系の動物が人間の残飯あさりから次第に共同的に活動するようになったなど、様々な説があるものの、人が文字を持つ以前の出来事であるため、詳細は不明である。中国や北アメリカでも独自に家畜化が行われた。
ヒツジ・ヤギ・ブタは紀元前8000年頃の西南アジアで、それぞれムフロン・パサン・イノシシから家畜化されたと言われる。ブタは中国でも独自に家畜化されている。ウシは紀元前6000年頃に西南アジア、インド、それにおそらく北アフリカでオーロックスから家畜化されている。ウマは紀元前4000年頃のウクライナで、ロバは同時期のエジプトで、スイギュウも同時期の中国で家畜化されている。ラマやアルパカは紀元前3500年頃のアンデスで、グアナコやビクーニャから家畜化された。ヒトコブラクダは紀元前2500年頃のアラビアで、フタコブラクダも同時期の中央アジアで家畜化されている。
大型の動物では、その他にトナカイ・ヤク・バンテン(バリ牛)・ガヤルが古代に家畜化をされている。現代でもイランドやシマウマを家畜化しようという試みはあるが、これら以降に(狭義の)家畜化がなされた大型の動物は存在しないのが実情である。
ネコに関しては、北アフリカでネズミを駆除する目的で飼い始めたと考えられている。
日本
『日本書紀』には「猪使連」という職が記述されており、古くは猪が飼育されていた。イヌ、ウマ、ウシ、ネコなどの動物は、先史時代にユーラシア大陸で家畜化され、列島に入ってきたと推定される。その家畜史は、沿海州、中国、朝鮮半島、台湾などと関連があったと推察できる[1]。屠児という言葉があり、これは屠殺業者も示していた(『和名類聚抄』:牛馬を屠り肉を取り鷹雞の餌とするの義なり)。
特徴
家畜動物には、野生のものには見られない、ある程度共通した特徴が見られる。
- 形質が非常に多様化すること。特に非適応的な形態のものが現れること。
- 繁殖期が延長すること。
- 病気等への耐性の低下。
- 繁殖等への人の手助けが必要になるなど、自立性の低下。
このような現象も家畜化と呼ばれる。
また、このような現象は、ある程度人間にも共通する。これは、人間が文明を築く内に、自らもその環境下での生活に適応した結果と考えられ、このことを自己家畜化という。
なお、ミツバチやカイコは昆虫であり、通念上これらを家畜と呼ぶ事は少ないが、上記の家畜の定義に叶い、この項に示される性質を共有する。その点では家畜であるといえる。
人間以外の家畜使用
一般に、家畜を使うのは人間だけと考えられているが、アリの仲間には、巣内で昆虫類を飼育し、生産物を採る種類が存在する。たとえばクロオオアリは2齢後期のクロシジミの幼虫を育て、アリはその蜜を摂取している。また、東南アジアのアリの1種に、巣内にササラダニの1種を育て、餌にするものがある。このササラダニは、自力では産卵できず、アリがそれを補助するという。
家畜と環境
世界には、牛約14億頭、豚約10億頭、羊約10億頭、鶏190億羽の家畜がいる。それに対し人口は68億人である。人間2人に対し、家畜1頭と鶏5羽の比率である[2]。
国連食糧農業機関(FAO)は2006年に調査報告書「家畜の長い影」(Livestock’s long shadow) の中で「畜産業はもっとも深刻な環境問題の上位2.3番以内に入る」と発表した [3]。
現在、地表面積の42%が畜産業(家畜飼育の場所や家畜の飼料生産)に使われている。
地球温暖化
植物を食べる家畜(動物性たんぱく質)を育て、食肉生産する過程で使われる化石燃料(石炭・ガスなどで燃やすと二酸化炭素、窒素酸化物など発生させる)は、大豆などの植物性たんぱく質の生産過程使われる化石燃料より8倍多く必要とされる
[4]。
畜産業から排出される温室効果ガス(二酸化炭素、メタンなど)の総量は、車・飛行機などのあらゆる輸送手段から出される総量を超えている。
米国のワールドウォッチ研究所が2009年に発表した論文によると、畜産業からの二酸化炭素排出量は少なくとも年間326億トンで、世界の年間排出量の51%に上るとしている。
2010年にカナダのダルハウジー大学で発表された論文では、2050年までに1人当たりの肉の消費量を世界平均で19%から42%減らさなければ、温室効果を抑え、現状レベルの地球環境を維持することはできない、としている
[5]。
水の汚染
現在地球上の牛の68%・豚の50%・家禽の74%採卵鳥の68%は工業的畜産システムで飼養されている。
工業的畜産とは大量の家畜を密飼い・密閉飼いし、高度な機械を導入することで、家畜飼養にかかわるコストを抑える畜産方法である。
家畜が自由に動き回ることができないことや飼養密度の高さからなどから、家畜は病気になりやすく、また病原体が伝染しやすい。
そのため家畜にはさまざまな抗菌性物質やワクチンが投与される。そしてその家畜から出た排泄物は海へ流れ込む。
また家畜の飼料作物栽培に散布される農薬も海へ流れ込み、珊瑚礁を破壊する。
海洋生態系の破壊
国連環境計画(UNEP)は、地球温暖化や海洋汚染、乱獲などの影響で2050年頃には海の生態系の変化が顕著になり、世界のほぼすべての海域で漁獲量が減少し、小さい魚しかいなくなると発表した[6]。 現在、地球上の漁獲量の1/3が家畜の餌(フィッシュミール)に使われている。
水不足
家畜の飼料栽培に使われる灌漑(人工的に水を土地に供給すること)農業は水不足の大きな原因としてあげられる。 牛肉生産に必要とされる水消費量は米生産に必要とされる水消費量の20倍である。 2006年、国連環境計画(UNEP)国際地球水アセスメント(GIWA)は、2030年までに17億増える人口を養う水を確保するためには、天水に頼る作物栽培を増やすともに食肉消費も減らさねばならない、と発表した。
酸性雨
アンモニアは酸性雨の一因である。生物の活動で排出されるアンモニアの約65%が家畜から排出されている。
その他
- 家畜の飼料に抗生物質を使用していることも抗生物質に対する耐性菌を産み出す原因になっており、例えばアメリカ合衆国では1999年の時点でカンピロバクターの54%が耐性菌になっていたと言われている[7]。このように細菌への影響も起きている。
- 2050年までに肉・乳・卵需要は倍増すると予測され、家畜の増加に伴う環境破壊は2050年には今の倍以上に広がると警告されている[3]。
代表的な家畜
- イヌ
- ネコ
- ウマ
- ウシ
- ブタ
- ヒツジ
- ヤギ
- ロバ
- ラバ
- ラクダ
- ラマ
- アルパカ
- トナカイ(カリブー)
- コブウシ
- スイギュウ
- ヤク
- モルモット
- ウサギ(ラビット)
- ミンク
- アジアゾウ - 人為的な繁殖は難しく、野生個体を捕らえて使役している
- クマ - 熊胆を取るための熊農場が中国などに存在する。
家禽
飼育昆虫
脚注
- ↑ 松井章「狩猟と家畜」 上原真人・白石太一郎・吉川真司・吉村武彦編『暮らしと生業 ひと・もの・こと 2』岩波書店 2005年 181頁
- ↑ 総務省統計局2009年度データ
- ↑ 3.0 3.1 long shadow' 家畜の長い影
- ↑ 米コーネル大学研究
- ↑ ロイターニュース
- ↑ 共同通信より
- ↑ 栃内 新 『進化から見た病気 「ダーウィン医学」のすすめ』(ブルーバックス B-1626) p.65 講談社 2009年1月20日発行 ISBN 978-4-06-257626-0
関連項目
- 愛玩動物(ペット)
- 家畜伝染病予防法
- 家畜保健衛生所
- コンパニオンアニマル
- サービスアニマル
- 実験動物
- 獣医師
- 畜産
- 家畜商
- 酪農
- 養鶏
- 養豚
- 養蜂
- 養蚕
- マゴットセラピー
- 四大家魚
- 馬の家畜化
- 社畜
参考文献
- ジャレド・ダイアモンド、『銃・病原菌・鉄(上巻)-1万3000年にわたる人類史の謎-』、倉骨彰訳、草思社、2000年。
- ISBN 4-7942-1005-1