朝日杯フューチュリティステークス

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テンプレート:競馬の競走 朝日杯フューチュリティステークス(あさひはいフューチュリティステークス、Asahi Hai Futurity Stakes)とは日本中央競馬会(JRA)が阪神競馬場1600メートルで施行する中央競馬重賞GI競走である。正賞は朝日新聞社賞、日本馬主協会連合会会長賞、日本軽種馬協会会長賞[1]

2歳馬による競走。2001年競走馬の年齢表記を国際基準に合わせたことにともない[2]、競走名が朝日杯3歳ステークスから変更された。フューチュリティ(Futurity)には英語で「未来・将来・前途」という意味がある[3]

概要

かつては関東所属の2歳(旧表記3歳)競走馬のチャンピオン決定戦として関西の阪神3歳ステークスと対をなしていたが1991年に阪神3歳ステークスが牝馬限定戦の阪神3歳牝馬ステークス(現在の阪神ジュベナイルフィリーズ)に衣替えするのに合わせて出走条件が変更され、中央競馬全体における2歳牡馬のチャンピオン決定戦の位置付けとして施行されるようになった。規定はないがそれ以降は毎年本競走の優勝馬が、同時期に行われるラジオNIKKEI杯2歳ステークス(2014年からはホープフルステークスに名称変更)や全日本2歳優駿といった競走の優勝馬を抑えてJRA賞最優秀2歳牡馬に選出されている[注 1]

1984年のGI昇格後から10年間はメリーナイスサクラチヨノオーアイネスフウジンミホノブルボンナリタブライアンと5頭の東京優駿優勝馬を輩出[4]したため「クラシックへの登龍門」とも言われた。1994年以降も本競走の優勝馬から数多くのGI馬や種牡馬が出ているが、ことクラシック競走に限ると2013年の皐月賞ロゴタイプが勝つまで20年近く優勝馬が出なかった。

近年の2歳馬競走のローテーションの多様化や後述の事情などもあり、2014年より施行競馬場を阪神競馬場、芝外回りコース・1600mへ競走条件を変更することとなった[5]

出走資格

地方競馬所属馬の出走権獲得要件
競走名 格付 施行競馬場 施行距離 必要な着順 備考
京王杯2歳ステークス テンプレート:Color テンプレート:Flagicon東京競馬場 芝1400m 1・2着 本競走のステップ競走指定
デイリー杯2歳ステークス テンプレート:Color テンプレート:Flagicon京都競馬場 芝・外1600m
東京スポーツ杯2歳ステークス テンプレート:Color テンプレート:Flagicon東京競馬場 芝1800m
中央競馬におけるいずれかの芝の2歳重賞競走 1着 当競走ないし阪神ジュベナイルフィリーズへの出走権を付与(2014年より)[6][7]

負担重量

負担重量は馬齢で牡馬は55キログラム、牝馬は54キログラムである。

  • 第1回は別定重量51キログラムで第2回から第8回は52キログラム、第9回から第18回および第20回、第21回は牡馬52キログラム・牝馬51キログラム、第19回のみ牡馬51キログラム・牝馬50キログラム、第22回は牡馬53キログラム・牝馬52キログラム。
  • 第23回から第42回は馬齢重量となり牡馬54キログラム・牝馬53キログラム、出走条件が牡馬・騸馬に変更された第43回から第52回は54キログラム、第53回から第55回は55キログラム。出走条件が牡馬・牝馬に戻った第56回より現行の負担重量で施行されている。

賞金

グレード制が施行された第36回(1984年)以降

回(施行年) 総額賞金 1着 2着 3着 4着 5着
第36回(1984年) 5,700万円 3,000万円 1,200万円 750万円 450万円 300万円
第37回(1985年)
第38回(1986年) 5,860万円 3,100万円 780万円 470万円 310万円
第39回(1987年) 6,260万円 3,300万円 1,300万円 830万円 500万円 330万円
第40回(1988年) 6,800万円 3,600万円 1,400万円 900万円 540万円 360万円
第41回(1989年) 7,600万円 4,000万円 1,600万円 1,000万円 600万円 400万円
第42回(1990年) 8,050万円 4,200万円 1,700万円 1,100万円 630万円 420万円
第43回(1991年) 8,980万円 4,700万円 1,900万円 1,200万円 710万円 470万円
第44回(1992年) 1億30万円 5,300万円 2,100万円 1,300万円 800万円 530万円
第45回(1993年)
第46回(1994年)
第47回(1995年)
第48回(1996年)
第49回(1997年)
第50回(1998年)
第51回(1999年)
第52回(2000年)
第53回(2001年) 1億1,400万円 6,000万円 2,400万円 1,500万円 900万円 600万円
第54回(2002年)
第55回(2003年)
第56回(2004年)
第57回(2005年)
第58回(2006年)
第59回(2007年)
第60回(2008年) 1億1,980万円 6,300万円 2,500万円 1,600万円 950万円 630万円
第61回(2009年)
第62回(2010年) 1億3,400万円 7,000万円 2,800万円 1,800万円 1,100万円 700万円
第63回(2011年)
第64回(2012年)

創設の経緯

テンプレート:Double image aside 本競走創設の発起人となったのは、馬主会の重鎮であった2代目中村勝五郎の息子・中村正行(3代目中村勝五郎)である。中村は当時騒擾事件が頻発していた競馬のイメージ改善を図るため、競馬ファンであった朝日新聞編集局長の信夫韓一郎に社賞の提供を持ちかけた[8]。当初は最高格競走である東京優駿(日本ダービー)への提供を企図していたが国営競馬(日本中央競馬会の前身)が一社のみに許可を出すことを良しとしなかったため、代わりに3歳馬のチャンピオン決定戦という性格を持つ特別競走を新設することになった[8]。朝日新聞記者で当時父親が同社企画部長を務めていた遠山彰によれば、当時は社内でも競馬を社会悪と見なす意見が多く、この件が諮られた部長会では激論が交わされたといい遠山は「父は当然賛成に回ったが、反対派を説き伏せ、決断を下したのは、役員でもあった信夫だったろう」と推測している[9]。「新聞社の名がつく競走ならば競馬の社会的信用も高められる」との考えから、競走名は「朝日盃三歳ステークス」とされた[8]

戦前から競馬を敵視しつづけた朝日新聞社が競馬を大衆娯楽・スポーツと認めたことは他の大手マスメディアを刺激し[8]、1955年までに読売カップ読売新聞社)、毎日王冠毎日新聞社)、東京新聞杯東京新聞社)、NHK杯NHK)、日本経済賞日本経済新聞社)、産経賞オールカマー産経新聞社)といった競走が次々と新設された[8][10]

なお、第二次世界大戦終結より間もない物資不足の時代であったことから優勝カップは中村が戦前に獲得していた「アラブ大ハンデ」という競走の優勝カップを彫金師の信田洋が仕立て直す形で製作された[8]。このカップは各年度優勝馬主の持ち回りという形で提供されている[8]。また、副賞には中村家の食客であった東山魁夷12号大の絵がたびたび提供された[10]

コースの傾向

テンプレート:独自研究 中山競馬場の芝1600メートルは第1コーナーのポケットの奥から発走する。このコースは最初の第2コーナーまでの直線距離が240メートルと短く直後に曲率半径の小さな急カーブがあるため、外枠発走の馬が大きな距離ロスを受けやすい。それ以外にもほかの競馬場の同じ距離での競走のコーナーの数が2つであるのに対し3つと多く[注 3]、最後の直線距離も310メートルと短く第4コーナーを一団となって曲がるためにそこで大きく膨らんで距離をロスする外枠や最後の追い込みが得意な馬にとっては厳しいコース形態となっている。特にスタート直後のコーナーでの混乱を防ぐ意味からフルゲートの頭数は阪神ジュベナイルフィリーズなどが18頭なのに対し16頭に減らされている[注 4]2012年にようやく7枠からの優勝馬(ロゴタイプ、7枠14番)が出たものの2011年までは7枠が、さらに8枠の馬については20年以上も優勝経験がなく、8枠に至っては3着以内も2003年の8枠15番メイショウボーラー2着、2011年の8枠15番レオアクティブ3着など少数となっている。テンプレート:Refnestロゴタイプの優勝まではGI昇格時にまでさかのぼっても7・8枠からの勝利は10頭以下での施行時に限られていた。

このため他のGIと比較してもスタートのうまさや加速力などといった器用さがより大きな割合を占めることになり、加えて出馬投票でなるべく外枠を引かない「運」も重要となる。こうした要素を嫌って、実力のある有力馬でも本競走を回避しラジオNIKKEI杯2歳ステークス(現・ホープフルステークス)などの他の重賞を選ぶ場合や出走自体をせずに冬場を休養に充てる場合も珍しくなかった。

2014年からは開催場所が阪神競馬場に移動し、阪神ジュベナイルフィリーズと同じ場所で開催される。これにより、フルゲートが18頭に拡大される。

歴史

  • 1949年 - 中山競馬場の芝1100mの2歳(旧3歳)限定の別定重量の重賞競走朝日盃3歳ステークスとして創設。
  • 1950年 - 出走条件が別定重量51kgから別定重量52kgに変更。
  • 1953年 - 騎手谷岡敏行が死亡する事故が発生。
  • 1956年
  • 1957年 - 出走条件が別定重量、牡馬52kg・牝馬51kgに変更。
  • 1959年
    • 施行コースを芝1200mに変更。
    • この年の9月1日から日本競馬の時計表示が変更になったのにともない、時計が1/5秒表示から1/10秒表示に変更。
  • 1962年 - 施行コースを芝1600mに変更。
  • 1967年 - 出走条件が別定重量、牡馬51kg・牝馬50kgに変更。
  • 1968年 - 出走条件が別定重量、牡馬52kg・牝馬51kgに戻す。
  • 1970年
    • 競走名の「盃」の表記が変更され、朝日杯3歳ステークスとなる。
    • 出走条件が別定重量、牡馬53kg・牝馬52kgに変更。
  • 1971年
    • 出走条件が別定重量から馬齢重量、牡馬54kg・牝馬53kgに変更。
    • 混合競走に指定。
  • 1984年 - グレード制施行によりGIに格付け。
  • 1988年
    • 小島太が騎手として史上2人目の連覇。
    • 境勝太郎が調教師として史上2人目の連覇。
  • 1991年 - 出走条件が2歳(旧3歳)から2歳(旧3歳)牡馬・騸馬に変更。
  • 1993年 - 南井克巳が騎手として史上3人目の連覇。
  • 1995年 - 特別指定競走に指定。
  • 2001年
    • 馬齢表示の国際基準への変更にともない、出走資格が「3歳牡馬・騸馬」から「2歳牡馬・騸馬」に変更。
    • 名称を朝日杯フューチュリティステークスに変更。
    • 出走条件が馬齢重量54kgから定重量55kgに変更。
  • 2003年 - 出走条件が定重量55kgから馬齢重量55kgに変更。
  • 2004年 - 出走条件が2歳牡馬・騸馬から2歳牡馬・牝馬に変更(牝馬の負担重量は54kgに設定)。
  • 2007年 - 国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の勧告により、重賞格付け表記をJpnIに変更。
  • 2008年 - ジャパンカップダートの施行日の変更にともない、開催週が1週繰り下げ。
  • 2010年 - 混合競走から国際競走に変更され、外国調教馬は8頭まで出走可能となる。それにともない、重賞格付け表記をGIに戻す。
  • 2013年 - 川崎所属のプレイアンドリアルが出走(結果は7着)。
  • 2014年 - 開催場を阪神競馬場の芝外回り1600mに変更予定。

歴代優勝馬

馬齢は2001年以降の表記に統一する。国際競走となった2010年以降は優勝馬の国旗を表記する。

回数 施行日 優勝馬 性齢 勝時計 優勝騎手 管理調教師 馬主テンプレート:要出典
第1回 1949年[[12月3日|12月テンプレート:03日]] アヅマホマレ 牡2 1:07 3/5 八木沢勝美 尾形藤吉 岩崎新太郞
第2回 1950年12月10日 トキノミノル 牡2 1:06 3/5 岩下密政 田中和一郎 永田雅一
第3回 1951年[[12月9日|12月テンプレート:09日]] タカハタ 牝2 1:06 1/5 八木沢勝美 尾形藤吉 川内安忠
第4回 1952年12月21日 サンゲツ 牝2 1:07 0/5 古山良司 望月与一郎 新倉文郎
第5回 1953年12月13日 タカオー 牡2 1:07 4/5 高橋英夫 上村大治郎 高須銀次郎
第6回 1954年12月12日 メイヂヒカリ 牡2 1:07 3/5 蛯名武五郎 藤本冨良 新田新作
第7回 1955年12月11日 キタノオー 牡2 1:05 4/5 勝尾竹男 久保田金造 田中留治
第8回 1956年12月23日 キタノヒカリ 牝2 1:06 2/5 勝尾竹男 久保田金造 田中留治
第9回 1957年12月15日 カツラシユウホウ 牡2 1:09 0/5 蛯名武五郎 藤本冨良 牧市太郎
第10回 1958年12月14日 ウネビヒカリ 牡2 1:07 0/5 野平祐二 野平省三 山之内軍二
第11回 1959年12月13日 マツカゼオー 牡2 1:12.3 蛯名武五郎 藤本冨良 長山善武
第12回 1960年12月11日 ハクシヨウ 牡2 1:11.2 保田隆芳 尾形藤吉 西博
第13回 1961年12月17日 カネツセーキ 牡2 1:10.9 伊藤竹男 久保田金造 カネツ(株)
第14回 1962年12月16日 グレートヨルカ 牡2 1:38.7 保田隆芳 尾形藤吉 小野晃
第15回 1963年12月15日 ウメノチカラ 牡2 1:38.9 古賀一隆 古賀嘉蔵 梅野昇
第16回 1964年12月20日 リユウゲキ 牡2 1:38.8 油木宣夫 矢倉玉男 福井章哉
第17回 1965年12月19日 メジロボサツ 牝2 1:39.5 矢野一博 大久保末吉 北野俊雄
第18回 1966年12月18日 モンタサン 牡2 1:37.4 油木宣夫 矢野幸夫 古知政市
第19回 1967年12月17日 タケシバオー 牡2 1:38.4 中野渡清一 三井末太郎 小畑正雄
第20回 1968年12月15日 ミノル 牡2 1:40.8 保田隆芳 尾形藤吉 永田卓也
第21回 1969年12月14日 アローエクスプレス 牡2 1:36.2 加賀武見 高松三太 伊達秀和
第22回 1970年12月13日 オンワードガイ 牡2 1:39.8 蓑田早人 森末之助 (株)オンワード牧場
第23回 1971年12月12日 トクザクラ 牝2 1:36.2 田村正光 梶与四松 (有)徳間牧場
第24回 1972年12月10日 レッドイーグル 牡2 1:38.3 岡部幸雄 鈴木清 千屋レッド牧場(株)
第25回 1973年12月テンプレート:09日 ミホランザン 牡2 1:35.5 柴田政人 高松三太 堤勘時
第26回 1974年[[12月8日|12月テンプレート:08日]] マツフジエース 牝2 1:37.1 増田久 山岡寿恵次 (有)マツケン農場
第27回 1975年[[12月7日|12月テンプレート:07日]] ボールドシンボリ 牡2 1:38.6 柴田政人 高松三太 和田共弘
第28回 1976年12月12日 マルゼンスキー 牡2 テンプレート:Color 中野渡清一 本郷重彦 橋本善吉
第29回 1977年12月11日 ギャラントダンサー 牡2 1:35.7 吉永正人 松山康久 吉田照哉
第30回 1978年12月10日 ビンゴガルー 牡2 1:36.0 嶋田功 久保田彦之 水野剛
第31回 1979年12月テンプレート:09日 リンドタイヨー 牡2 1:36.7 横山富雄 見上恒芳 (株)デルマークラブ
第32回 1980年12月テンプレート:07日 テンモン 牝2 1:35.5 嶋田功 稲葉幸夫 原八衛
第33回 1981年[[12月6日|12月テンプレート:06日]] ホクトフラッグ 牡2 1:35.3 柴田政人 中野隆良 森滋
第34回 1982年12月12日 ニシノスキー 牡2 1:35.8 安田富男 元石孝昭 西島清
第35回 1983年12月11日 ハーディービジョン 牡2 1:36.3 的場均 柄崎義信 鈴木健司
第36回 1984年12月16日 スクラムダイナ 牡2 1:35.0 柴田政人 矢野進 (有)社台レースホース
第37回 1985年12月15日 ダイシンフブキ 牡2 1:35.4 菅原泰夫 柴田寛 高橋金次
第38回 1986年12月14日 メリーナイス 牡2 1:35.6 根本康広 橋本輝雄 浦房子
第39回 1987年12月20日 サクラチヨノオー 牡2 1:35.6 小島太 境勝太郎 (株)さくらコマース
第40回 1988年12月18日 サクラホクトオー 牡2 1:35.5 小島太 境勝太郎 (株)さくらコマース
第41回 1989年12月17日 アイネスフウジン 牡2 1:34.4 中野栄治 加藤修甫 小林正明
第42回 1990年12月テンプレート:09日 リンドシェーバー 牡2 テンプレート:Color 的場均 元石孝昭 (株)デルマークラブ
第43回 1991年12月テンプレート:08日 ミホノブルボン 牡2 1:34.5 小島貞博 戸山為夫 (有)ミホノインターナショナル
第44回 1992年12月13日 エルウェーウィン 牡2 1:35.5 南井克巳 坪憲章 雑古隆夫
第45回 1993年12月12日 ナリタブライアン 牡2 1:34.4 南井克巳 大久保正陽 山路秀則
第46回 1994年12月11日 フジキセキ 牡2 1:34.7 角田晃一 渡辺栄 齊藤四方司
第47回 1995年12月10日 バブルガムフェロー 牡2 1:34.2 岡部幸雄 藤沢和雄 (有)社台レースホース
第48回 1996年12月テンプレート:08日 マイネルマックス 牡2 1:36.3 佐藤哲三 中村均 (株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
第49回 1997年12月テンプレート:07日 グラスワンダー 牡2 テンプレート:Color 的場均 尾形充弘 半沢(有)
第50回 1998年12月13日 アドマイヤコジーン 牡2 1:35.3 M.ロバーツ 橋田満 近藤利一
第51回 1999年12月12日 エイシンプレストン 牡2 1:34.7 福永祐一 北橋修二 平井豊光
第52回 2000年12月10日 メジロベイリー 牡2 1:34.5 横山典弘 武邦彦 (有)メジロ牧場
第53回 2001年12月テンプレート:09日 アドマイヤドン 牡2 1:33.8 藤田伸二 松田博資 近藤利一
第54回 2002年12月8日 エイシンチャンプ 牡2 テンプレート:Color 福永祐一 瀬戸口勉 平井豊光
第55回 2003年12月14日 コスモサンビーム 牡2 1:33.7 D.バルジュー 佐々木晶三 岡田美佐子
第56回 2004年12月12日 マイネルレコルト 牡2 テンプレート:Color 後藤浩輝 堀井雅広 (株)サラブレッドクラブ・ラフィアン
第57回 2005年12月11日 フサイチリシャール 牡2 1:33.7 福永祐一 松田国英 関口房朗
第58回 2006年12月10日 ドリームジャーニー 牡2 1:34.4 蛯名正義 池江泰寿 (有)サンデーレーシング
第59回 2007年12月テンプレート:09日 ゴスホークケン 牡2 1:33.5 勝浦正樹 斎藤誠 藤田与志男
第60回 2008年12月21日 セイウンワンダー 牡2 1:35.1 岩田康誠 領家政蔵 大谷高雄
第61回 2009年12月20日 ローズキングダム 牡2 1:34.0 小牧太 橋口弘次郎 (有)サンデーレーシング
第62回 2010年12月19日 テンプレート:Flagiconグランプリボス 牡2 1:33.9 M.デムーロ 矢作芳人 (株)グランプリ
第63回 2011年12月18日 テンプレート:Flagiconアルフレード 牡2 1:33.4 C.ウィリアムズ 手塚貴久 (有)キャロットファーム
第64回 2012年12月16日 テンプレート:Flagiconロゴタイプ 牡2 1:33.4 M.デムーロ 田中剛 吉田照哉
第65回 2013年12月15日 テンプレート:Flagiconアジアエクスプレス 牡2 1:34.7 R.ムーア 手塚貴久 馬場幸夫

朝日杯フューチュリティステークスの記録

  • レースレコード - 1:33.4(第56回優勝馬マイネルレコルト)
  • 2着との最大着差 - 大差(約13馬身差)(第28回優勝馬マルゼンスキー)

父子制覇

過去に3組の例がある。

父馬名 優勝回 仔馬名 優勝回
1組目 マルゼンスキー 第28回 ニシノスキー 第34回
2組目 マルゼンスキー 第28回 サクラチヨノオー 第39回
3組目 グラスワンダー 第49回 セイウンワンダー 第60回

兄弟制覇

過去に2組の兄弟(姉妹)制覇の例がある。以下は母馬から見た兄弟に限る。

兄馬名 優勝回 弟馬名 優勝回 母馬名
1組目 キタノオー 第7回 キタノヒカリ 第8回 バウアーヌソル(サラ系
2組目 サクラチヨノオー 第39回 サクラホクトオー 第40回 サクラセダン

キタノオーとキタノヒカリは父馬も同じ(トサミドリ)全兄妹である。

その他

  • 本競走は有馬記念と同じ開催で行われており、2013年までは中山競馬場以外で開催されたことは一度もなかった。
  • 武豊は本競走で3度2着を記録しているものの、中央競馬のGIのなかでこの競走のみ未勝利である[11](2013年12月現在)。
  • 2013年までは日没の関係上、発走時刻が15時25分と早い。有馬記念も同時刻である。
  • 2014年より開催地が中山から阪神に移ることに伴い朝日新聞社はそれまで関西で社杯の寄贈を行っていた朝日チャレンジカップから撤退し、関東で新たにセントライト記念に社杯を提供することになった。

参考文献

  • 中央競馬ピーアール・センター(編)『日本の騎手』(日本中央競馬会、1981年)
  • 中村勝五郎『親子3代馬主80年』(中央競馬ピーアール・センター、1984年)ISBN 978-4924426122
  • 遠山彰『日本ダービー物語』(丸善ライブラリー、1993年)ISBN 978-4621050972

脚注

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注釈

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出典

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各回競走結果の出典

  • 『日本の競馬 総合ハンドブック2013』 62頁 発行:一般社団法人中央競馬振興会(1984年 - 2012年、馬主名義除く)

関連項目

外部リンク

テンプレート:中央競馬の重賞競走 テンプレート:朝日新聞社

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  1. テンプレート:Cite web
  2. テンプレート:Cite journal
  3. テンプレート:Cite web
  4. テンプレート:Cite journal
  5. テンプレート:Cite web
  6. テンプレート:Cite web
  7. テンプレート:Cite web
  8. 8.0 8.1 8.2 8.3 8.4 8.5 8.6 中村(1984)pp.61-63
  9. 遠山(1992)p.46
  10. 10.0 10.1 『日本の騎手』p.153
  11. 中山競馬場での開催時は未勝利。


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