領空侵犯
領空侵犯(りょうくうしんぱん)とは、国家がその領空に対して有する権利を侵犯する行為のことであり、具体的には他国の航空機・飛行物体が当該国の許可を得ず、領空に侵入・通過する国際法上の不法行為を指す。領空侵犯に対して、当該国は対領空侵犯措置を取ることができる。対領空侵犯措置は以下のとおり段階的に定められている。
- 航空無線による警告
- 軍用機による警告
- 軍用機による威嚇射撃
- 強制着陸
- 撃墜(ただし無防備な民間機への攻撃は原則禁止)
目次
概要
国際法において、国家が領有している領土・領海の上に存在する大気の部分を領空(または空域)とし、領海と共にその国の海岸線から12海里までのエリアを領空と定義している。
1967年発行の「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約」(通称「宇宙条約」)第2条において、月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない。 としているため、領空は大気圏までとなっている[1]。領空侵犯とは、この領域を許可なく侵す行為であり、国際法違反の行為となる。ただし、領空の範囲は大気圏に限られるため、高度100km以上の宇宙空間(衛星軌道など)を移動する人工衛星や国際宇宙ステーションなどは領空侵犯に当たらない[2]。
領空侵犯機に対しては、その国の空軍などが対処する場合が多い。戦闘機で目視確認がとれるまでは、航空用語で未確認飛行物体(UFO)とされる。「領空を侵犯していると警告し、速やかに領空外への退去を促す」という対応が一般的である[3]。これに従わなかった場合は、強制着陸やミサイルなどによる撃墜といった措置が取られる。しかし、1983年の大韓航空機撃墜事件ではソ連軍機が適切な手順を踏まずに撃墜したことで、国際的な非難を浴びた[4]。この事件を契機に、国際民間航空機関(ICAO)はシカゴ条約の改正議定書を採択し、同条約に「第3条の2」を追加した。これにより、「民間航空機による領空侵犯に対する要撃に際しては、武器の使用を差し控え人命・航空機の安全を確保しなければならない」という義務が法的拘束力を有することとなった。
日本国に対する領空侵犯と対応
1958年から現在まで以下の通り日本国に対する領空侵犯が報告されている。これら不法行為に対し航空自衛隊が対応している。
なお、日本に対しては主に尖閣諸島周辺で、領海領空を主張し防空識別圏を設定(尖閣諸島問題)している中華人民共和国が行なっている[5]。
No | 年月日 | 領空侵犯された場所 | 侵犯国 | 機種・機数 |
01 | 1967年(昭和42)8.19 | 北海道礼文島上空 | ソ連 | 不明×1 |
02 | 1974年(昭和49)2.7 | 北海道礼文島上空 | ソ連 | 不明×1 |
03 | 1975年(昭和50)9.24 | 東京都式根島神津島上空 | ソ連 | Tu-95爆撃機×2 |
04 | 1976年(昭和51)9.6 | 北海道函館空港 | ソ連 | Mig-25戦闘機×1 |
05 | 1977年(昭和52)9.7 | 長崎県五島列島西方 | ソ連 | Tu-95爆撃機×2 |
06 | 1978年(昭和53)3.17 | 長崎県対馬東方 | ソ連 | Tu-95爆撃機×1 |
07 | 1978年(昭和53)12.5 | 北海道礼文島上空 | ソ連 | 不明×1 |
08 | 1979年(昭和54)11.15 | 沖縄県尖閣諸島南方 | ソ連 | Tu-95爆撃機×2 |
09 | 1980年(昭和55)6.29 | 石川県舳倉島北東 | ソ連 | Il-38哨戒機×2 |
10 | 1980年(昭和55)8.18 | 長崎県五島列島南東 | ソ連 | Il-62輸送機×1 |
11 | 1981年(昭和56)6.6 | 北海道礼文島上空 | ソ連 | Il-14哨戒機×1 |
12 | 1981年(昭和56)7.24 | 北海道礼文島上空 | ソ連 | 不明×1 |
13 | 1981年(昭和57)4.3 | 長崎県男女群島西方 | ソ連 | Il-62輸送機×1 |
14 | 1982年(昭和58)10.15 | 北海道知床岬北東 | ソ連 | 不明×2 |
15 | 1982年(昭和58)11.15 | 福岡県沖ノ島北西 | ソ連 | Tu-16爆撃機×1、TU-95爆撃機×1 |
16 | 1983年(昭和59)11.12 | 福岡県沖ノ島北西 | ソ連 | Tu-16爆撃機×1 |
17 | 1983年(昭和59)11.23 | 福岡県沖ノ島北西 | ソ連 | Tu-95爆撃機×1、Tu-142哨戒機×1 |
18 | 1985年(昭和61)2.6 | 北海道礼文島北方 | ソ連 | 不明×1 |
19 | 1986年(昭和62)8.27 | 北海道礼文島北方 | ソ連 | 不明×1 |
20 | 1986年(昭和62)12.9 | 沖縄本島 | ソ連 | Tu-16爆撃機×1 |
21 | 1989年(平成1)4.21 | 北海道礼文島北方 | ソ連 | 不明×1 |
22 | 1991年(平成3)7.6 | 北海道根室半島南方 | ソ連 | An-30×1 |
23 | 1991年(平成3)8.15 | 北海道礼文島北方 | ソ連 | Tu-95爆撃機×2 |
24 | 1992年(平成4)4.10 | 北海道礼文島、稚内北西 | ロシア | An-12輸送機×1 |
25 | 1992年(平成4)5.7 | 北海道枝幸沖 | ロシア | 不明×1 |
26 | 1992年(平成4)7.28 | 長崎県対馬東方 | ロシア | Tu-154輸送機×2 |
27 | 1993年(平成5)8.31 | 青森県久六島西方 | ロシア | Il-20輸送機×1 |
28 | 1994年(平成6)3.25 | 沖縄県尖閣諸島 | 台湾 | B-350輸送機×1 |
29 | 1995年(平成7)3.23 | 北海道礼文島上空 | ロシア | Mig-31戦闘機×1 |
30 | 2001年(平成13)2.14 | 北海道礼文島上空 | ロシア | Tu-22M爆撃機×2、不明×2 |
31 | 2001年(平成13)4.11 | 北海道礼文島北方 | ロシア | 不明×1 |
32 | 2001年(平成13)4.11 | 青森県久六島西方 | ロシア | Su-24戦闘爆撃機×1 |
33 | 2005年(平成18)1.25 | 北海道礼文島北方 | ロシア | An-72輸送機×1 |
34 | 2007年(平成20)2.9 | 東京都伊豆諸島孀婦岩 | ロシア | Tu-95爆撃機×1 |
35 | 2012年(平成24)12.13 | 沖縄県魚釣島 | 中国 | Y-12輸送機×1 |
36 | 2013年(平成25)2.7 | 北海道利尻島南西 | ロシア | Su-27戦闘機×2 |
36 | 2013年(平成25)8.22 | 福岡県沖ノ島北西 | ロシア | Tu-95爆撃機×2 |
日本においては自衛隊法第84条に基づき、領空侵犯に対しては航空自衛隊が対応している。また、海上自衛隊のイージス艦や陸上自衛隊の中SAM対空ミサイル部隊も、対領空侵犯措置に連動している。
防空識別圏における識別不明機に対する対応手順は以下の順となっている。
- レーダーサイトが、防空識別圏に接近している識別不明機を探知する。
- 提出されている飛行計画との照合する。
- レーダーサイトが当該機に航空無線機の国際緊急周波数121.5MHzおよび243MHzで日本国航空自衛隊であることを名乗り、英語または当該国の言語で領空接近の通告を実施する。
- 戦闘機をスクランブル発進させて目視で識別する。
- 戦闘機からの無線通告をする。
- 「貴機は日本領空に接近しつつある。速やかに針路を変更せよ。」
- 領空侵犯の無線警告と、当該機に向けて自機の翼を振る「我に続け」の警告を見せる。
- 「警告。貴機は日本領空を侵犯している。速やかに領空から退去せよ。」
- 「警告。貴機は日本領空を侵犯している。我の指示に従え。」
- 「You're approching to Japan airdomein. Follow my guidance」
- 「トリィ チェピーリ ボジューノ イジーイズ ゾーナ イポーニ」(ロシア語)
- 警告射撃を実施する。
- 自機、僚機が攻撃された場合、国土や船舶が攻撃された場合は、自衛戦闘を行う。
ただし、自衛隊法第84条には「着陸させる」か「領空外へ退去させる」の二つしかなく、軍用機による侵犯行為であっても、それに対する攻撃について明確な記述はない[6][7]。ただし、自機や国土に対する正当防衛の観点から、スクランブルの際に2機編成で対処中に1機が攻撃を受けた場合、もう1機が目標に対して攻撃を加えることは可能である[8][9]。その一方で、侵犯機がスクランブル対処機以外の航空機や海上の護衛艦、地上の部隊等に攻撃を加えた場合、パイロットの判断でこれを撃墜することは難しい[10]。
スクランブル発進
冷戦下では一年間に944回スクランブル発進した年もあり、大半はソ連軍機であった。冷戦終結後は、200回前後まで減少したが、そのほとんどがロシア連邦軍機によるものである。2006年度には、ロシア軍機を原因としたスクランブル発進が196回、中国軍機を原因としたものが22回、台湾軍機を原因としたものが8回、その他、韓国軍機・米軍機などを原因としたものが13回行われている[11]冷戦期には自衛隊・在日米軍の迎撃能力や周波数等の情報収集のために、ソ連機が頻繁に日本領空に接近していたほか、現在でも中国軍機とみられる航空機が日本近海で情報収集を行っていた例がある。
なお、スクランブル発進は領空侵犯する虞れがある場合に行うため[12]、「スクランブルを行った回数 = すなわち領空侵犯の回数」とはならない。
対ソ連軍領空侵犯機警告射撃事件
テンプレート:Main 冷戦下のソ連軍機による領空侵犯は20回以上発生しているが、1987年(昭和62年)に発生したこの事例は陸・海・空の自衛隊が創設以来初めて警告射撃(信号射撃による警告)を行った事件として有名である。
中国機尖閣諸島領空侵犯事件
テンプレート:Main 2012年12月13日、尖閣諸島上空で領空侵犯した中国国家海洋局所属の航空機(Y-12)を、海上保安庁の巡視船が視認した。航空無線機にて国外退去を要求し、さらに防衛省へ通報した。この事件は、領空侵犯した航空機を海上保安庁の巡視船が国外退去を促した初の事例である。
その他の領空侵犯事件
- 軍用機による領空侵犯事件
- ベレンコ中尉亡命事件(ソ連軍戦闘機の日本侵入、着陸)
- U-2撃墜事件(米軍機のソ連侵入)
- 民間機による領空侵犯事件
- エル・アル航空機撃墜事件(1955年 エル・アル航空機の領空侵犯)
- リビア航空機撃墜事件(1973年 リビア航空機の領空侵犯)
- 大韓航空機銃撃事件 (1978年 韓国旅客機のソ連領空侵犯、銃撃事件)
- 大韓航空機撃墜事件 (1983年 韓国旅客機のソ連領空侵犯、撃墜事件)
関連項目
脚注
- ↑ マイコミ新書『日本人が知らない日本の安全保障』著:加藤ジェームズ、2011年P52
- ↑ もっとも、軍用のミサイルはこの限りではないが、高度200~300kmを高速飛行する物体に戦闘機を発進させて、目視確認することはできない。
- ↑ その国の情勢如何(戦乱など)では、即座に撃墜するなどの手段が行われる可能性もある。
- ↑ ただし、冷戦構造下という側面もあり、アメリカを中心とした西側諸国が特に強く非難した。
- ↑ 緊急発進対象は「日本機」 中国軍研究者、香港紙に 共同通信2014年2月2日
- ↑ 国際慣例上、軍用機に対しては退去を命じてもそれを無視され領空を侵犯する場合、これを攻撃しても問題はないとされる。
- ↑ 政治経済研究会『自衛隊史 祖国を護るとは』著:寺田晃夫 1997年 P443
- ↑ 政治経済研究会『自衛隊史 祖国を護るとは』著:寺田晃夫 1997年 P444
- ↑ 撃たれてからでは遅い現代の空中戦では、先手をとられる形になる。
- ↑ 政治経済研究会『自衛隊史 祖国を護るとは』著:寺田晃夫 1997年 P444
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 領空侵犯をしてから飛び立つと間に合わないので、実際は、領空の周囲に防空識別圏を設定して、実際に領空のラインを割るまでの余裕を持って発進するようにしている。