賃金

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賃金(ちんぎん)とは、労力を提供したものが、報酬として受け取るお金のことをいう[1]。なお、賃金には「賃銀」という別表記もある。昔は賃銀が使われていたが、1950年(昭和25年)以降、賃金との表記が一般化した[2]

賃金の定義

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  • 本項で労働基準法について以下では条数のみを挙げる。

労働基準法(労基法)では「この法律で賃金とは、賃金、給料手当賞与(ボーナス)その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者(雇用主)が労働者に支払うすべてのものをいう。」と定義されている(11条)。

賃金に該当するかどうかは、主として「労働の対償」といえるかどうかで決まるが、休業手当通勤手当、スト妥結一時金、税金や社会保険料の補助は賃金に含まれる。特に税金など、必ず支払わなければならないものを使用者が補助又は立替払いすると、賃金になる。

以下のものは賃金には含まれない。

  • 恩恵的・任意的給付
退職金、病気見舞金、死亡弔慰金、災害見舞金など。ただし、労働契約就業規則労働協約などであらかじめ支給条件が明確になっているものは賃金とみなされる(昭和22年9月13日労働省労働基準局関係次官通達発基17号)。
  • 福利厚生的給付・企業設備(現物給付)
住宅の貸与や食事の供与、あるいは支給される制服作業服、作業用品などの現物給付は福利厚生的給付であり、原則として賃金にはあたらない(昭和63年3月14日労働省労働基準局長通達基発150号)。ただし、住宅を貸与する場合に、住宅の貸与を受けない者に均衡上一定額の手当を支給している場合には、その均衡給与相当額は賃金とされる。
ストックオプションの付与は、賃金に当たらない。オプション保有者たる労働者が権利の行使について任意であるため、制度として実施するには就業規則に記載すべきとされる(平成9年6月1日基発412号)。
  • 解雇予告手当
解雇予告手当は賃金ではないが、解雇の申渡しと同時に通貨で直接支払わなければならない。
  • 休業補償(法定超過額を含む)
休業補償として、平均賃金の60%を超える制度を設けている場合であっても、その全額が休業補償であり、賃金とはならない。
休業手当(26条)は賃金に含まれる。
  • 出張旅費、宿泊費
  • 生命保険料の補助、財産形成貯蓄奨励金の支給
  • 顧客から受け取るチップ
使用者がサービス料として一定率を定めて客に請求し、収納したものを集計し労働者に分配する場合は賃金となる。
労働の対価を明らかに逸脱して過大に支払われる賃金
公序良俗に反する契約(殺し屋の代金など)

他法による定義

労働保険の保険料の徴収等に関する法律(労働保険徴収法)では「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称のいかんを問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの(通貨以外のもので支払われるものであって、厚生労働省令で定める範囲外のものを除く)をいう。」と定義されている(労働保険徴収法2条2項)。

  • 労働基準法による「賃金」との相違点としては、
    • 労働協約等によって支給条件の明確な見舞金、結婚祝い金等は賃金とはしない。
    • 住宅を貸与する場合に、住宅の貸与を受けない者に均衡上一定額の手当を支給している場合には、その均衡給与相当額は賃金となるが、社宅入居者から賃貸料として3分の1を超える額を徴収している場合は、福利厚生とみなされ、賃金とは認められない。
    • 通貨以外のもので支払われるものの範囲は、食事、被服及び住居の利益のほか、所轄公共職業安定所長・所轄労働基準監督署長が定める。評価に関する事項は厚生労働大臣が定める。

健康保険法では、「この法律において「報酬」とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのものをいう。ただし、臨時に受けるもの及び3月を超える期間ごとに受けるものは、この限りでない。」と定義されている(健康保険法3条5項)。また、「この法律において「賞与」とは、賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が、労働の対償として受けるすべてのもののうち、3月を超える期間ごとに受けるものをいう。」とも定義されている(健康保険法3条6項)。

  • 労働基準法による「賃金」との相違点としては、
    • 被保険者の在職時に、退職金相当額の全部または一部を給与に上乗せする等前払いされる場合は、報酬に該当する。
    • 臨時に支払われたもの、3月を超える期間ごとに受けるもの(賞与等)は、報酬に含まない。ただし、年4回以上の賞与等は、報酬に含める。
    • 報酬又は賞与の全部又は一部が、通貨以外のものによって支払われる場合においては、その価額は、その地方の時価によって、厚生労働大臣が定める。

賃金の決定

賃金制度の体系・内容は、労働組合のある企業では労使の交渉によって合意されたうえ、労働協約・就業規則の賃金規定に定められ、また毎年の賃上げや賞与の額も労使交渉によって決せられる。この場合、使用者は労働組合との誠実な団体交渉に応じる義務がある(労働組合法7条)。労働組合のない企業では、使用者が賃金制度の内容を就業規則に定め、賃上げ・賞与の額は市場の動向に応じて使用者が決定する。いずれの場合においても、賃金の計算方法等賃金制度の内容は使用者が就業規則に記載しなければならない(89条)。

賃金を含め、労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである(2条1項)。使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならず(3条)、使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない(4条)。

また、使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならず、最低賃金の適用を受ける労働者と使用者との間の労働契約で最低賃金額に達しない賃金を定めるものは、その部分については無効となる。この場合において、無効となった部分は、最低賃金と同様の定めをしたものとみなされる(28条、最低賃金法4条)。

なお株式会社において取締役の「報酬」は定款の定めがない限り株主総会の決議に基づくことを要するが(会社法361条)、取締役が使用人を兼務している場合、使用人として受ける賃金はこの報酬に含まれない旨を定めることも適法である(シチズン時計事件、最判昭60.3.26)。

賃金支払五原則

24条は賃金の支払いについて、「通貨払いの原則」「直接払いの原則」「全額払いの原則」「毎月一回以上の原則」「一定期日払いの原則」を定める。これらは「賃金支払五原則」と呼ばれる。

通貨払いの原則

使用者は労働者に対して原則として通貨で賃金を支払わなければならない(24条1項)。これは現物給与の禁止が本旨である。労使協定で定めたとしても、賃金を通貨以外のもので支払うことはできない。

通貨払いの原則には次のような例外がある。労働基準法施行規則[3] 等に明記されている。

  • 法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合
    • 現在法令による定めはないので、現物給与を支払うには労働協約に定めることが必要になる。それが許されるのは、協約の適用を受ける労働者に限られる。
  • 厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合
    • 労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する労働者の預貯金への振込みによる方法(労基法施行規則第7条の2第1項第1号)
    • 労働者が指定する金融商品取引業者に対する労働者の預り金への払込みによる方法(労基法施行規則第7条の2第1項第2号)
    • 銀行その他の金融機関によって振り出された当該銀行その他の金融機関を支払人とする小切手の交付による方法(労基法施行規則第7条の2第2項第1号)※退職手当に限る
    • 銀行その他の金融機関が支払保証をした小切手の交付による方法(労基法施行規則第7条の2第2項第2号)※退職手当に限る
    • 郵政民営化法に規定するゆうちょ銀行がその行う為替取引に関し負担する債務に係る権利を表章する証書を交付する方法(労基法施行規則第7条の2第2項第3号)※退職手当に限る

口座振込等を行うには「労働者の個別の同意」が必要であり、労使協定の定めにより包括的に行うことはできない。

直接払いの原則

使用者は労働者に対して原則として直接賃金を支払わなければならない(24条1項)。代理人委任の受任者に支払うことはできない。未成年者であっても保護者に対して支払うことは許されず、本人に直接支払わなくてはならない(59条)[4]。労働者が賃金債権を譲渡(民法466条)した場合でも、譲受人に支払うことは許されない(小倉電話局事件、最判昭43.3.12)。

直接払いの原則には次のような例外がある。

  • 労働者の使者に対して支払う場合(これは、使者に払っても法律違反に問わないという程度のもので、使者に支払わないことが法律違反になるということではない)。
  • 賃金が労働者の指定する金融機関に対する労働者の預貯金・預り金へ振り込み又は払い込まれる場合(会社が一方的に振込先金融機関を指定することは24条違反となる)。

全額払いの原則

使用者は労働者に対して原則として全額賃金を支払わなければならない(24条1項)。

全額払いの原則には次のような例外があり、以下の場合には賃金の一部を控除して支払うことができる。

  • 法令に別段の定めがある場合
    • 税の源泉徴収、社会保険料の源泉控除等がある。
  • 労使協定がある場合
    • この協定は免罰的効力を有する。実際に賃金から控除するには就業規則、労働協約等でその旨を定める必要がある。なお、当該協定を行政官庁(所轄労働基準監督署長)に届出る必要はない。チェック・オフ協定などがある。
  • 以下のような端数処理を行う場合は、労働基準法違反とはしない。
    • 1ヶ月における時間外労働、休日労働及び深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数が生じた場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること。
    • 1時間当たりの賃金額及び割増賃金額の1円未満の端数を四捨五入すること。
    • 1ヶ月における時間外労働、休日労働及び深夜業の各々の割増賃金の総額の1円未満の端数を四捨五入すること。
    • 1ヶ月の賃金支払額(賃金の一部を控除して支払う場合には控除した額)の100円未満の端数を四捨五入すること。
    • 1ヶ月の賃金支払額(賃金の一部を控除して支払う場合には控除した額)の1000円未満の端数を翌月の賃金支払日に繰り越して支払うこと。

会社が振込先金融機関への振込手数料を差し引いて支払うことは、全額払いをしたことにならず、24条違反になる。

労働者が退職に際し、自らの自由な意思に基づいて賃金債権を放棄することは、全額払いの原則をもってしても否定できず、有効である(シンガー・ソーイング・メシーン事件、最判昭48.1.19)。

「控除」には相殺を含み、労使間合意により使用者が労働者に対して有する債権と労働者の賃金債権とを相殺することは、それが労働者の完全な自由意思によるものである限り、全額払の原則に違反しない(日新製鋼事件、最判平2.11.26)。過払い賃金との相殺は、労働者の生活の安定を脅かさない限り有効である(最判昭44.12.18)。

関連判例:群馬県教職員給与減額支払等請求[5](最判昭45.10.30)

給与過払による不当利得返還請求権を自働債権としその後に支払われる給与の支払請求権を受働債権としてした相殺が規定に違反し許されないとされた。

毎月一回以上・一定期日払いの原則

使用者は労働者に対して原則として毎月一回以上・一定期日に賃金を支払わなければならない(24条2項)。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので臨時の賃金等については、この限りでない。たとえ年俸制であっても、この原則は適用される。

「臨時の賃金等」に含まれるものとしては、以下のものがある。

  • 1ヵ月を超える期間の出勤成績によって支給される精勤手当
  • 1ヵ月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
  • 1ヵ月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給又は能率手当

「一定期日払いが末日になること」に関しては、「毎月最終日と決まっているので一定期日と考えられる」という立場と「毎月最終日が28日から31日の間で一定しておらず、一定期日とは言い難い」という立場があるが、労働者が「次回の支払日を特定できる決め方」であれば、実務上、問題とはされていない。所定の支払日が休日に当たる場合には、その前日に払うこととしても翌日に払うこととしても差し支えない。

使用者は、労働者が出産疾病災害その他厚生労働省令で定める「非常の場合の費用」に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない(25条)。「非常の場合」にあたるのは、労働者またはその収入によって生計を維持するものが出産、疾病、災害、結婚、死亡、やむをえない事由による1週間以上の帰郷に該当する場合である。最低限の生活費(家賃、食費、水道光熱費通信費など)は、「非常の場合の費用」に含まれない。賃金の支払時期については定めがないが、非常時払ということの性質上、当然に、遅滞なく支払わなければならないと解される。25条は不時の出費を必要とするような事態が起きた場合に、例外的に「既往の労働」に対して賃金の繰上支払いを使用者に義務付けているものであり、いまだ労務の提供のない期間に対する賃金の「前借り」を認める趣旨ではない。もちろん25条における賃金の支払いについても、通貨払いの原則、直接払いの原則、全額払いの原則は適用される。

賃金形態

賃金形態(賃金の算出・支払いの方法)は大きく定額制出来高払制に分けられる。

支払い単位

  • 定額制(労働時間を単位とする)
    • 時給制 - 時間単位の賃金で、最低賃金を定める基準になる。日本では非正規雇用の多くはこの方法である。
    • 日給制 - 一日単位の賃金。日払いや週払い、一月分をまとめて支払う。特に一月分をまとめて支払うものを日給月給制と呼ぶ場合もある。
    • 日給月給制 - 一日単位の賃金を一月分まとめて一定時期に支払うもの。この呼び名は、地域によって解釈が異なる場合もあり注意が必要である。
    • 週給制 - 週単位の賃金を定め、一定時期に支給するもの。又は、時間単位の賃金、又は一日単位の賃金を一週間分まとめて一定時期に支払うもの。アメリカの工場労働者に見られる方法である。
    • 月給制 - 月単位の賃金を定め、一定時期に支給するもの。日本の多くの企業において正社員の多くはこの方法である。
    • 完全月給制 - 月単位の賃金を定め、一定時期に支給するもので、欠勤控除を行わないもの。
    • 年俸制 - 一年間の賃金額を設定するもの。毎月一回払いの原則から、12回(または賞与も含めて13回〜14回)以上に分割して支払われる。日本では従来、プロ野球選手等年功賃金になじまない特別な雇用形態下での特殊な制度だったが、近年大企業の正社員を中心に業績重視の賃金制度へ転換する試みの一つとして導入が進んでいる。
  • 出来高払制(出来高を単位とする)
    • 出来高払制であっても、使用者は労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない(27条)。
    • 27条は、出来高が少ない労働者についても、労働させた以上は、その時間に応じて一定額の支払いを使用者に求めている。出来高が少なかった場合の損失を労働者に一方的に押し付けてはいけないが、労働者が労働していない場合は27条による保証給を払わなくてよい。
    • 27条による保証給は、少なくとも平均賃金の60%程度を保証することが妥当とされている。

支払い方法

  • 日払い
    • 労働日ごとに支払うもので、短期的な労働(日雇い労働など)で用いられる。
    • 早ければ労働日の終業時刻後ないし翌営業日に支払われるが、金融機関の休業日である祝日および年末年始には支払われない場合が多い。
  • 週払い
    • 一週間単位で支払われるもので、日払いと同じく短期的な労働で用いられる。
  • 月払い
    • 毎月一定期毎に支払われるもので、比較的長期的な労働で用いられる。なお、年俸制の場合でも分割して少なくとも毎月1回以上支払われる。

などがある。

締め日と支払日

月給制において1ヶ月の中での労働時間の過不足(時間外労働・休日労働、遅刻・早退・欠勤)をどう管理するかが問題となる。多くの企業の就業規則では毎月の一定の日を「締め日」とし、締め日までの過不足を算定し、締め日から一定の日数後に賃金を支払うよう規定している。もっとも「締め日」「支払日」および「締め日〜支払日の日数」は会社によって大きく異なる。また「締め日〜支払日の日数」は法令で明確に制限されていないため、実際に働いた分の賃金(既往の労働に対する賃金)を受け取ることができるようになるのが1ヶ月〜2ヶ月以上あとになることもままある。また、支払いは毎月1回以上は行わなければならないため、締め日と支払日が1ヶ月以上離れている事業所では、支払いがない月が発生するが、毎月一回以上払いの原則から既往の賃金の一部でも前払いする等の何らかの支払いを行わないと賃金不払いとなると解釈されている。

4月1日〜4月30日の1ヶ月分を例にすると、支払日は以下のようになる(支払日が土・日・祝日と重なる場合、翌営業日に持ち越しまたは前営業日に前倒しされる)。

  • 月末締めで、翌月末払いの場合
    • 5月末(5月31日)に支払われる。
  • 月末締めで、翌々月末払いの場合
    • 6月末(6月30日)に支払われることになるが、4月1日〜6月30日までの3ヶ月間は実質無収入の状態になることになり、毎月1回払いの原則から違法とされる。
  • 毎月15日締めで、当月末払いの場合
    • 4月1日〜4月15日までの半月分(約10日分)が4月30日に支払われる。4月16日〜4月30での半月分は翌月末(4月16日から5月15日までの1ヶ月分をまとめて支払う)ないし規定された日に払われる。

賃金体系

賃金は労働者の労働の対価であるが、賃金体系(各労働者の賃金に関する基本給や各種諸手当の構成)については、雇用する会社や労働内容によって大幅に異なる。一般には以下のように類型化されることが多い。

  • 所定内賃金-所定内労働に対する賃金
    • 基本給
    • 各種諸手当
      • 仕事手当(役職手当、技能手当、交替手当)
      • 生活手当(家族手当、住宅手当、通勤手当)
  • 所定外賃金-所定外労働に対する賃金
    • 時間外手当、休日手当、深夜手当、宿日直手当

職種別賃金

いわゆる職務給。企業の枠を超えて職種ごとに設定された労働市場で横断的な賃金である。営業や研究などといった職種ごとに、賃金体系が異なる形態。そのため、人事考課で「一律な基準では職種ごとの特性を反映することができない」といった不満を解消したり、競争力の高い職種の賃金を上げたりすることによって優秀な人材を確保することができる。米国欧州などでは一般的な制度で、日本でも花王富士電機などが導入している[6]

賃金の支払い場所

労働基準法では賃金の支払い場所についての規定はなく、民法の一般原則に従い特段の意思表示がない限りは持参債務になり、労働者の自宅において支払いを行わなければならない(民法484条)[7]。特約を設ければ、就業場所以外の場所(例えば、就業場所が大阪で、支払場所が東京にある賃金計算センターなど就業場所から遠く離れていても可能。この場合でも労働者が東京に賃金を取りに行く交通費を会社が負担する義務は法律上はない)で賃金の支払いをすることも可能である。また、最後の給料だけ本社支払いにするなど、支払時期ごとに支払場所を変更することも可能である。

なお、賃金を口座振込にした場合、支払い場所は銀行口座のある銀行の本支店の住所地になるが、海外の銀行を指定した場合には賃金不払いの犯罪の発生地点は海外となり、属地主義である労働基準法の適用はなくなる。

賃金の確保

賃金収入は、労働者の生活の根幹を成すものであり、労働者は賃金が得られなれば生活を営むことができない。ゆえに賃金には一般の債権より優先される先取特権がある(民法306条、民法308条。破産時には財団債権となる)。したがって労働者は使用者の全財産に対して担保権を実行することができるが、税金や社会保険料よりは劣後する(国税徴収法8条、地方税法14条)。実務上は、残業代等の未払い等かなり明確な証拠が無い限り、一般先取特権の担保権執行が認められることは難しく、実際には、先取特権を用いて賃金の回収ができる場合は限定されている。

「資金繰りに苦慮している」「取引先への支払いを優先させる」などの理由であっても、労働者への賃金の支払いを滞らせる行為は許されない[8]。また、如何なる理由があろうとも、賃金の支払い遅延は遅延損害金請求の対象となる(賃金の支払い遅延による損害金を参照)。

賃金の未払い

賃金の不払いは犯罪として処罰される(24条1項本文、120条1号)。ただし、天変地異など真にやむを得ないと判断される場合には違法性は阻却される。労働法上は賃金の未払いがあれば労働基準監督署がその支払を督促できるが、企業に支払能力がなければそれ以上の強制は困難となる。

企業(個人企業含む)が倒産した場合、未払いとなっている賃金の一部については、一定の要件を満たした場合には、労災保険による社会復帰促進等事業の一つとして行われる未払賃金の立替払事業によって、独立行政法人労働者健康福祉機構に支払を請求することができる(詳しくは、未払賃金の立替払事業を参照)。

賃金の未払いとなる特殊な例

年次有給休暇は、文字通り「有給の休暇」である。労働者が年次有給休暇の時季指定をした労働日について、これを欠勤と見なし当日分の賃金(各種手当含む)を支払わない場合、その分につき賃金の未払いとなる[9][10]。ただし、これに伴う皆勤手当の不支給については、労働者の受ける不利益がごく少ない範囲である場合は年次有給休暇を取得する権利を阻害せず有効であると判断されている(沼津交通事件、最判平5.6.25)。また、年次有給休暇取得日の通勤手当など実費弁償的な手当の不支給については、有効とされている。

サービス残業は、割増賃金(37条)を支払わない残業であるから、その分においては賃金の未払いとなる[11]

労働組合活動と賃金

ストライキなど争議行為に参加した労働者、労働組合の業務に専従している者は、その期間中は労務の提供がないので賃金請求権を有しない。またこの場合に使用者が賃金を支払うことは労働組合に対する支配介入に当たり、不当労働行為とされる(労働組合法7条)。労働条件の不利益変更が問題となる余地もない。

労働者の一部によるストライキが原因でストライキ不参加労働者の労働義務の履行が不能となった場合でも、当該不参加労働者は賃金請求権を失う(ノースウェスト航空事件、最判昭62.7.17)。通常、ストライキは団体交渉決裂の結果行われるので、当該ストライキは「債権者の責めに帰すべき事由」(民法536条2項)には当たらない。もっとも、不参加者の所属する組合とは異なる組合が行ったストライキでは、会社側に起因する経営、管理上の障害によって就労できなかったと評価することが可能であり、不参加者には休業手当を請求することが認められうる。

一方、労働組合の争議に対する使用者の対抗手段としてのロックアウトによって使用者が賃金支払義務を免れるためには、諸事情を勘案してロックアウトが衡平の見地から労働者の争議行為に対する対抗手段として相当であると認められることが必要となる(丸島水門製作所事件、最判昭50.4.25)。

賃金の支払い遅延による損害金

賃金の支払いが遅延(未払い)した場合、労働者は使用者に対し、本来支払われるべき日の翌日から遅延している期間の利息に相当する遅延損害金を請求することができる。遅延損害金は、営利企業の場合は商事法定利率の年利6%(商法514条)、財団法人や学校法人など営利企業以外の場合は年利5%(民法419条、404条)となる。

労働者が既に退職している場合、支払期日までに支払われていない分の賃金(退職金は含まれない)については、賃金の支払の確保等に関する法律(賃確法)6条を根拠に年利14.6%の遅延損害金を使用者に対して請求することができる。

賃金の未払いによる退職

一定額以上の賃金の未払いがあったために労働者が離職した場合、雇用保険における基本手当の受給において「特定受給資格者」(倒産・解雇等により離職した者)として扱われ、一般の受給権者よりも所定給付日数が多くなる(雇用保険法23条)。具体的には以下の例による離職である(雇用保険法施行規則36条3号・4号イ・4号ロ)。

  • 賃金(退職手当を除く)の額を3で除して得た額を上回る額が支払期日までに支払われなかった月が引き続き2ヶ月以上となったこと。
  • 予期し得ず、離職の日の属する月以後6月のうちいずれかの月に支払われる賃金(臨時に支払われる賃金を除く)の額が当該月の前6月のうちいずれかの月の賃金の額の85%を下回ると見込まれることとなったこと。
  • 予期し得ず、離職の日の属する月の6月前から離職した日の属する月までのいずれかの月の賃金(臨時に支払われる賃金を除く)の額が当該月の前6月のうちいずれかの月の賃金の額の85%を下回ったこと。

制裁規定の制限

就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が1賃金支払い期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない(91条、昭23.9.20基収1789号)。

出勤率規定・在籍規定

賞与の支給日に在籍することを賞与の支給要件とした就業規則の規定内容は、合理性を有するものとして有効である(大和銀行事件、最判昭57.10.7)。任意退職者は退職時期を任意に選択できるためである。

賞与の支給・昇給について一定率以上の出勤率・稼働率であることを要件とする場合に、労働基準法・労働組合法等において保障されている各種の権利に基づく不就労(年次有給休暇、生理休暇、産前産後の休業、育児時間、労働災害による休業ないし通院、ストライキ等)を出勤率・稼働率算定の基礎とすることは、当該権利の行使を抑制し、各法が労働者にそれぞれ権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものと認められる場合、公序良俗に反し無効である(最判平元.12.14、最判平15.12.4等)。

賃金台帳

使用者は、各事業場ごとに賃金台帳を調製し、賃金計算の基礎となる事項及び賃金の額その他厚生労働省令で定める事項を賃金支払の都度遅滞なく記入しなければならない(108条)。そしてその記録を3年間保存しておかなければならない(109条)。労働基準法としては労働者に対し、賃金(給料)に関する明細書(いわゆる給料明細(書))を発行する義務は規定されていない。ただし、銀行振込を行う場合には、通達により給料明細を発行するよう求められているが(平成10年9月10日基発第530号)、所詮通達なので法令上の交付義務はない。もっとも、健康保険厚生年金保険・労働保険の各保険料を控除したときは、使用者は計算書を発行する義務があるが(健康保険法167条3項、厚生年金保険法84条3項、労働保険料徴収法31条1項)、これらは、保険料の計算額を記載する義務があるだけで、賃金台帳に記載すべき事項として定められている労働時間数時間外労働時間数時間外労働に対する手当などを記載する計算書を作成する義務を定めたものではない。しかし、実際には多くの場合給与明細にある程度の項目を記載して発行することが慣行となっている。

  • 記載事項(労働基準法施行規則第54条)
  1. 氏名
  2. 性別
  3. 賃金計算期間
    • 日々雇い入れられる者(1ヶ月を超えて引続き使用される者を除く)については、第3号は記入するを要しない。
  4. 労働日数
  5. 労働時間数
  6. 時間外労働・休日労働・深夜労働をさせた場合には、その延長時間数、休日労働時間数及び深夜労働時間数
    • 41条各号の一に該当する労働者については第5号及び第6号は、これを記入することを要しない。
    • 第6号の労働時間数は当該事業場の就業規則において法の規定に異なる所定労働時間又は休日の定をした場合には、その就業規則に基いて算定する労働時間数を以てこれに代えることができる。
  7. 基本給、手当その他賃金の種類毎にその額
    • 第7号の賃金の種類中に通貨以外のもので支払われる賃金がある場合には、その評価総額を記入しなければならない。
  8. 24条1項の規定によって賃金の一部を控除した場合には、その額

公務員の賃金

公務員の場合、職種やその身分によって「級」「号」が設定されている。なお、公務員の場合は賃金(給料)については、必ず法律・条例に基づいて支給される。

教育職の場合、1級は臨時職員(常勤)・実習助手、2級は教諭、3級は教頭、4級は校長といったように分類され、各級の中で複数の号が設定されている。同じ「級」でも「号」が高いほど金額が高くなる。級が上がれば昇給となる。

また給与には、職種ごとに手当が加算される。

賃金に関する統計

主要な統計には以下のものがある。

  • 厚生労働省毎月勤労統計』…給与額、労働時間、労働者数等に関する統計、速報的な内容
  • 厚生労働省『賃金構造基本統計調査(賃金センサス)』…職種別産業別、事業所規模別等の賃金、最も大規模で代表的な指標と言われている
  • 厚生労働省『賃金引上げ等の実態に関する調査』…賃上げの水準について
  • 国税庁『民間給与実態調査』…個人への調査が対象
  • 人事院『職種別民間給与実態調査』…人事院勧告の基礎資料

平均年収

職業別平均年収   統計:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」、総務省「地方公務員給与実態調査」、国税庁「民間給与実態統計調査結果」

なお、これらはいずれも「給与」なので、事業主としての所得すなわち事業所得は含まれない(例:開業医、開業弁護士、開業公認会計士など)。

平均時給

各職業の平均時給 厚生労働省「平成20年賃金構造基本統計調査」

  • 医師----------------5079円
  • 弁護士--------------3179円
  • 公認会計士-----------3116円
  • 不動産鑑定士---------3078円
  • 歯科医師-------------3033円
  • 一級建築士-----------2428円
  • 獣医師--------------2104円
  • 放射線技師-----------2056円
  • 薬剤師--------------2050円
  • 技術士--------------1995円
  • 看護師--------------1916円
  • 測量士--------------1752円
  • 准看護師------------1679円
  • ホームヘルパー-------1202円

未来時給

各国の仕事の業務内容が同じであれば、将来的には時給が同一水準になっていくという仮説。

各国の職業別時給を基に「未来時給」を独自算出 (週間東洋経済2007年5月19日号より引用)

職業  騰落率(%) 未来時給(円)の順に記載

アメリカ合衆国の賃金

賃金、給与のことを一般的に「ペイ(pay)」と呼ぶ。給与計算業務及びその部署を「ペイロール(payroll)」と呼ぶのは、歴史的に賃金支払い台帳が巻物(roll)であったことから。

支払時期

法定時期(ペイデイ、payday)はエグゼンプト(裁量労働制を含むホワイトカラー)の労働者は月1回以上、ノンエグゼンプト(ブルーカラー)は月2回以上であり、政府職員や公立学校教師などの月1回、日雇いに近い工事労務者などの週1回もあるが、主流はエグゼンプト、ノンエグゼンプトを問わず隔週(年間26回)、次いで月2回(年間24回)が圧倒的に多い。月2回の場合は毎月15日と月末日、隔週の場合は金曜日(まれに木曜日)が支払日で、当日が会社および金融機関の休業日の場合は、その日より後にならない営業日となる。隔週払いは、労働者にとって支払頻度が若干高く、月給制の場合大小の月の不公平感がないことなどのメリットがあるが、光熱費や家賃などの月極め支払日との関係が不定になるデメリットもある。

給与計算の「締日」は、

  • 前回の給与支払日
  • 支払日の1週間(5日、3日、…)前
  • 支払日まで所定就業時間皆勤と仮定して支払い、実績との差は次回支払で精算

など、会社によってまちまちである。

支払方法

安全上の理由もあり、伝統的に会社振出の小切手(給与小切手、ペイチェック、paycheck)で行われ、現金支払いは日雇いのアルバイトでもない限りあり得ない。小切手を入れた封筒が手渡されるかまたは自宅に郵送される。支払実務を専門会社に委託(後述)している場合は、給与明細(ペイスタブ、paystub)と一緒に一枚の紙に印刷された小切手を、ミシン目で切り離す形式がほとんど。

給与小切手を現金化するには、労働者が自分の預金口座を持つ銀行に取り立てを依頼しなければならない。このため、小切手を受け取ってから銀行に持参するまでの間の紛失の危険や時間的遅れが生じるだけでなく、銀行や預金者の信用状況によっては小切手の額面のうち最初の数百ドルしか現金として引き出せず、残りは数日待たなければならないなどの不都合もある。また銀行口座を持っていない労働者は、街の金融屋に手数料を払って代わりに取立てにまわしてもらう(その場で手数料を差し引いた現金が渡される)が、そのような業者は本質的に高利貸し業者である。

近年は、給与支払業務の効率化のために日本と同じような直接銀行振込みが増えてきており、銀行側もこの資金を狙って、通常月5~10ドル徴収する口座維持手数料を、給与振込み契約をすれば口座残高の多寡に関わらず免除するなどして囲い込みを図っている。銀行振込みになっても、給与明細書は従前のとおり(小切手の部分に「NON-NEGOTIABLE」(支払不可)と印刷されたもの)が渡されていたが、最近は給与明細をウェブで閲覧させ、完全ペーパーレス化を成し遂げているところが多い。

源泉徴収

給与総支払額から、連邦・州所得税社会保障税などの法定のものや、401(k)拠出金や健康保険料などの福利厚生費が差し引かれるのは日本と同じだが、アメリカでは年末調整はなく、各個人が翌年の4月15日(当日が土曜日または日曜日の場合はその後の一番早い月曜日)までに確定申告をしなければならない。給与支払者(会社)の義務は、労働者が提出するW-4という内国歳入庁の書式に記載された扶養人数などの数字を基に税金を源泉徴収し内国歳入庁と州の徴税機関に納付することと、翌年の1月末までにW-2という書式の源泉徴収証明書(労働者が確定申告書に添付)を発行することだけである。

給与事務の外部委託

従業員10人程度の零細事業所から10万人以上の超大企業までのほとんどは、効率化のために給与事務をADPなどの専門会社に外部委託している。社内のペイロールの仕事は従業員から提出される紙の書類の処理(給与計算会社のコンピュータへの入力)や個別相談に限られ、給与計算会社は給与小切手の発行や振込みの実施から源泉徴収証明書の発行まで一切の実務を代行する。近年は、給与支払いだけでなく、ウェブサイトで従業員が直接W-4を入力できたり出欠勤や休暇の申請までできるなど、労務管理の代行まで行うことが増えている。

通常、労働者は、新規雇用開始時や家族構成に変化のあったとき(結婚出産養子死亡など)、および年一度の「オープンエンロール」時(通常年末)にだけ健康保険(種類、カバーする家族の範囲)などの福利厚生の申告・変更が認められるが、近年はこれも労働者が専門代行会社のウェブから直接入力できるようにすることが一般的になってきている。

脚注

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関連項目

外部リンク

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  1. 三省堂「新明解国語辞典 第六版」
  2. 岩波 国語辞典 第六版
  3. [1]
  4. モデルや子役として報酬を受け取る児童も例外ではないが、実際には直接手渡しされることはまずなく、(紛失や盗難のリスクを回避するため)当人名義の銀行口座への振込になる。
  5. [2]
  6. 財団法人 社会経済生産性本部の日本的人事制度の変容に関する調査も参照されたい。
  7. 「わかりやすい賃金の法律実務」厚生労働省労働基準局賃金時間課編著
  8. 福岡労働局 監督課:Q&A(Q7およびA7を参照)
  9. 横浜地方裁判所判決 昭和51年3月4日 大瀬工業事件
  10. 昭和22年9月13日 基発第17号
  11. テンプレート:Cite web