委任
テンプレート:Ambox 委任(いにん、ラテン語:mandatum )とは、当事者の一方(委任者)が一定の行為をすることを相手方(受任者)に委託すること。
目次
民法上の委任
民法における委任(委任契約)は、当事者の一方(委任者)が法律行為をすることを相手方に委託し、相手方(受任者)がこれを承諾することを内容とする契約。日本の民法では典型契約の一種とされる(民法第643条)。委任の法的性質は諾成・無償・片務契約であるが、特約による有償委任の場合には諾成・有償・双務契約となる。
- 日本の民法は、以下で条数のみ記載する。
委任の意義
委任の内容は「法律行為をすること」であるが、それ以外の事務の委託も後に述べる準委任(第656条)として委任の規定が準用されるので両者の区別に実益はなく、委任は一般に他人を信頼して事務処理を委託する契約であると把握される[1][2][3]。
現代では診療契約、弁護士依頼契約、不動産取引仲介契約など委任契約の定型化が進んでいる[4]。
労務供給契約
委任は他人のために労務やサービスを提供する契約であるという点で、雇用、請負、寄託ならびに事務管理と共通する。しかし、以下の点で区別される。
- 雇用との相違点
- 請負との相違点
- 寄託との相違点
- 委託される事務の内容が物の保管に限定されていない点で区別される。
- 事務管理との相違点
- 双方の合意によって他人の事務処理を行う点で区別される。
ただ、実際の具体的な契約の類型化は難しい場合が多く、特に雇用と委任とは契約内容によってはその区別が困難で明確にできないことも多い[2][3]。また、寄託についても物の保管を内容とする事務処理を委託するものとみて、寄託は実質的には委任の一種であるとみる説もある[6]。
委任と寄託や事務管理とは類型的には差異があるものの、一定の類似性が認められることから寄託や事務管理には委任の規定が準用されている(寄託につき第665条、事務管理につき第701条)。
代理との関係
古くから代理は委任を内部契約として発生するものと理解され、民法もそれを想定している[4]。しかし、雇用・請負・組合など委任以外の契約にも代理権が授与されることがあり、また、問屋や仲買人のように委任関係にありながらも代理権授与のない法律関係も存在することから、現在では委任契約と代理権授与行為(授権行為)とは区別して捉えられている[7][1][4]。
復委任
委任は当事者の信頼関係を基礎とするものであり、受任者が自ら受けた仕事をさらに他者に委託すること(復委任)は委任者の信頼に反することになるが、通説は復代理に関する第104条・第105条の規定を類推適用し、委任者の許諾がある場合あるいはやむを得ない事由がある場合には復委任が認められるとし、原則として委任者は選任及び監督につき責任を負うと解する[8][4][9]。
ただし、復代理の権限に関する第107条の類推適用については学説に争いがあり、この点について判例によれば復委任が復代理となるときは類推適用されるが、復代理とならない場合には類推適用されないとする(最判昭31・10・12民集10巻10号1260頁)[10]。
委任の性質
- 諾成契約
- 無償契約
- 委任契約は原則として無償契約(無償委任)であり受任者が報酬を受け取るには特約を要する(第648条1項)。
- ローマ法以来、委任を受ける行為は高尚な知的労務の提供で名誉な行為であるとの認識のもと、それに対して報酬を請求することは不名誉な行為であるとされ無償が原則とされてきた[7][14]。しかし、社会的事実においてはローマでも委任の多くは有償であり[15]、特に現代社会において委任は特約で報酬を認める有償契約(有償委任)であることが多い[3](ただし、対価性のみとめられない多少の謝礼にとどまる場合は無償契約となる[16])。報酬について黙示の合意も認められる[9]。また、結果の達成を報酬の条件とすることもできる[9]。なお、商法512条に特則がある。
- 片務契約
公法上の制限
公法上、委任における契約自由の原則は一定の制約を受ける場合がある。
委任の効力
受任者の義務
委任事務処理義務
受任者は契約の本旨に従い、委任された事務を処理する義務を負う。受任者の中心的義務である。なお、商行為の委任(商事委任)の場合には商法に特則がある(後述)。
- 善管注意義務
- 自ら事務を処理する義務
付随的義務
上記の本質的な義務に対して、事務処理上必要となる付随的な事項について3つの義務が規定されている。
- 報告義務(顛末報告義務)
- 受取物等引渡義務
- 取得権利移転義務
- 受任者は委任者のために自分を主体として取得した権利も委任者に移転しなければならない(第646条2項)。
金銭消費の責任
受取物等引渡義務の対象となる金銭や委任者のために使うべき金銭を勝手に消費した場合には、消費した日からの利息支払と損害賠償をする責任が課せられる(第647条)。後段の損害賠償責任については、履行期前から法定利率以上の実損害についても責任を負うことになる点で第419条1項の特則である[18][19]。
委任者の義務
費用支払義務
- 費用前払義務
- 委任事務の処理に費用を要するときは、委任者は受任者の請求により費用を前払をしなければならない(第649条)。
- 費用償還義務
- 受任者が委任事務の処理に必要と認められる費用を支出したときは、委任者に対してその立替費用及び支出日以後の利息の償還を請求することができる(第650条1項)。
- 債務代弁済義務
- 受任者が委任事務の処理するのに必要と認められる債務を負担したときは、委任者に対して自己に代わってその弁済をすることを請求することができる(第650条2項前段)。
- 担保供与義務
- 上の債務の代弁済の場合において、当該債務が弁済期にないときは、委任者に対して相当の担保を供させることができる(第650条2項後段)。
損害賠償義務
受任者が事務処理にあたって損害を被った場合、受任者に過失がなければ委任者に対してその賠償を請求することができる(第650条3項)。この責任は無過失責任であり、委任者は自己に過失がなくても損害賠償義務を負う[20]。
有償委任の報酬支払義務
- 報酬支払義務の生じる場合
- 報酬の支払時期
- 中途終了の場合
委任の終了
終了原因
任意解除権
- 任意解除権の意義
- 任意解除の効果
- 任意解除権の放棄
- 任意解除の制限
- 以下の場合には、契約の性質上、任意解除は制限される[28]。
- 委任がいわゆる従たる契約の場合(大判大6・1・20民録23輯68頁)
- 委任を含む混合契約の場合(最判昭56・2・5判時996号63頁)
- 委任の趣旨が受任者の利益を含む場合
- 債権の取り立て委任のように委任の趣旨が受任者の利益にもあるような場合に、委任者が黙示に解除権を放棄したものとみられる事情が認められるときには、委任者の任意解除権が制限されることがある(大判大9・4・24民録26輯562頁ほか)。ただし、この場合でも受任者に信頼関係を損なうような著しく不誠実な事情が認められるときは委任者は任意解除権を行使できる(最判昭和43年9月20日判時536号51頁)。さらに、判例によれば、当該契約において委任者が解除権自体を放棄したものとは解されない事情がある場合には委任者はやむをえない事由がなくても651条により解除することができるとする(最判昭56・1・19民集35巻1号1頁)。
- 委任が三面契約の一部となっている場合[28]。
死亡・破産・受任者後見開始
委任は当事者の死亡、破産、および受任者の後見開始(成年後見制度を参照)によっても終了する(653条)。
- 当事者の死亡
- 当事者の破産手続開始
- 破産手続開始は当事者間の信頼関係を破壊する事由となるとみることができるためである[30]。
- 受任者の後見開始
その他の終了原因
その他、契約期限の到来や事務の完了、債務不履行による解除によっても委任は終了する[33]。
終了後の処分
委任が終了した場合において、急迫の事情があるときは、受任者(その相続人、法定代理人を含む)は、委任者(その相続人、法定代理人を含む)が委任事務を処理することができるに至るまで、必要な処分をしなければならない(654条)。契約の余後効の効果とされる[15]。
対抗要件
委任の終了事由は、これを相手方に通知したとき、又は相手方がこれを知っていたときでなければ、その相手方に対抗することができない(655条)。委任が終了していることを知らないことにより、当事者が損害を受ける可能性があるためである[34]。なお、任意解除権(651条)の行使の場合には、相手方への意思表示によって契約終了を知りうることになるので本条の適用はない[34]。
準委任
準委任(じゅんいにん)とは、法律行為ではない事実行為の事務の委託することをいう。準委任にも、委任の規定が準用される(第656条)。
商行為の委任
商行為に関する委任関係を商事委任といい、商事委任における受任者は委任の本旨に反しない範囲内で委任を受けていない行為もすることができる(商法第505条)。
行政法上の委任
- 権限の委任(事務の委任)
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- 行政庁が他の行政機関にその権限の一部を委任すること。
- 委任行政庁は、権限を失い、受任行政庁が自己の名において権限を行使する。
- 法律の根拠が必要であり、全部の権限を委任することは出来ない。
- 法律の委任(立法の委任)
- 憲法や法律が、自ら規定すべき事項を他の法形式で制定できるとすること。
- 政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない(憲法第73条6項)。
- 委任立法
- 法律の委任に基づいて制定される法規。
- 委任命令
- 法律の個別具体的な委任に基づいて法律の内容を補充・具体化する規定を定める。法規命令に含まれる。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 近江幸治著 『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』 成文堂、2006年10月、260頁
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、303頁
- ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 大島俊之・下村正明・久保宏之・青野博之著 『プリメール民法4 第2版』 法律文化社〈αブックス〉、2003年3月、131頁
- ↑ 4.0 4.1 4.2 4.3 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、304頁
- ↑ 5.0 5.1 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、289頁
- ↑ 遠藤浩・原島重義・水本浩・川井健・広中俊雄・山本進一著 『民法6 契約各論 第4版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、1997年4月、251頁
- ↑ 7.0 7.1 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、290頁
- ↑ 8.0 8.1 8.2 近江幸治著 『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』 成文堂、2006年10月、263頁
- ↑ 9.0 9.1 9.2 大島俊之・下村正明・久保宏之・青野博之著 『プリメール民法4 第2版』 法律文化社〈αブックス〉、2003年3月、133頁
- ↑ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、306頁
- ↑ 11.0 11.1 11.2 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、291頁
- ↑ 12.0 12.1 近江幸治著 『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』 成文堂、2006年10月、261頁
- ↑ 13.0 13.1 13.2 13.3 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、305頁
- ↑ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、309頁
- ↑ 15.0 15.1 15.2 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、300頁
- ↑ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、309頁
- ↑ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、307-308頁
- ↑ 18.0 18.1 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、293頁
- ↑ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、308頁
- ↑ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、314頁
- ↑ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、312頁
- ↑ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、293-294頁
- ↑ 近江幸治著 『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』 成文堂、2006年10月、264-265頁
- ↑ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、294頁
- ↑ 25.0 25.1 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、315頁
- ↑ 26.0 26.1 近江幸治著 『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』 成文堂、2006年10月、265頁
- ↑ 27.0 27.1 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、316頁
- ↑ 28.0 28.1 28.2 28.3 大島俊之・下村正明・久保宏之・青野博之著 『プリメール民法4 第2版』 法律文化社〈αブックス〉、2003年3月、134頁
- ↑ 近江幸治著 『民法講義Ⅴ 契約法 第3版』 成文堂、2006年10月、270頁
- ↑ 30.0 30.1 30.2 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、317頁
- ↑ 内田貴著 『民法Ⅱ 第3版 債権各論』 東京大学出版会、2011年2月、299頁
- ↑ 大島俊之・下村正明・久保宏之・青野博之著 『プリメール民法4 第2版』 法律文化社〈αブックス〉、2003年3月、138頁
- ↑ 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、314頁
- ↑ 34.0 34.1 川井健著 『民法概論4 債権各論 補訂版』 有斐閣、2010年12月、318頁