村山内閣
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概要
- 1994年(平成6年)6月、前の羽田内閣が少数与党内閣となって総辞職した後、政権復帰を目指した自由民主党(河野洋平総裁)は、日本社会党(村山富市委員長)・新党さきがけ(武村正義代表)と連立政権を組むことに合意した(自社さ連立政権)。そこで、村山富市社会党委員長を内閣総理大臣として成立したのが、村山内閣である。1947年(昭和22年)5月から1948年(昭和23年)3月まで続いた片山内閣以来、46年ぶりの社会党委員長を首班とする内閣である。
- このときの内閣総理大臣指名選挙では、中曽根康弘・渡辺美智雄ら、一部議員を除く自由民主党議員の大半と日本社会党、新党さきがけの全議員が村山に投票し、新生党・公明党など、羽田内閣の与党側が推した海部俊樹を破った。
- この「自社さ」の枠組は、第2次橋本内閣改造内閣が終了する1998年(平成10年)半ばまで引き継がれる。
- 日本史に残る村山内閣時代の事件や災害としては次の2つが挙げられる。
与党
国務大臣等
- 内閣総理大臣(81代)
- 国務大臣【副総理・内閣総理大臣臨時代理】・外務大臣
- 法務大臣
- 大蔵大臣
- 文部大臣
- 厚生大臣
- 井出正一 ( 衆、 新党さきがけ )
- 農林水産大臣
- 通商産業大臣
- 運輸大臣
- 郵政大臣
- 大出俊 ( 衆、 日本社会党 )
- 労働大臣
- 建設大臣
- 野坂浩賢 ( 衆、 日本社会党 )
- 自治大臣
- 国家公安委員会委員長
- 野中広務 ( 衆、 自由民主党 小渕派 )
- 内閣官房長官
- 総務庁長官
- 山口鶴男 ( 衆、 日本社会党 )
- 北海道開発庁長官
- 防衛庁長官
- 経済企画庁長官
- 科学技術庁長官
- 田中真紀子 ( 衆、 自由民主党 無派閥 )
- 環境庁長官
- 沖縄開発庁長官
- 国土庁長官
- 国務大臣【震災対策担当大臣】
政務次官
1994年7月1日任命。
- 法務政務次官 - 角田義一
- 外務政務次官 - 柳澤伯夫
- 大蔵政務次官 - 萩山教嚴・石井智
- 文部政務次官 - 岡崎トミ子
- 厚生政務次官 - 狩野勝
- 農林水産政務次官 - 谷津義男・吉田達男
- 通商産業政務次官 - 真島一男・谷畑孝
- 運輸政務次官 - 細谷治通
- 郵政政務次官 - 鹿熊安正
- 労働政務次官 - 森英介
- 建設政務次官 - 簗瀬進
- 自治政務次官 - 小林守
- 総務政務次官 - 宮路和明
- 北海道開発政務次官 - 大島慶久
- 防衛政務次官 - 渡瀬憲明
- 経済企画政務次官 - 細田博之
- 科学技術政務次官 - 関根則之
- 環境政務次官 - 喜岡淳
- 沖縄開発政務次官 - 尾辻秀久
- 国土政務次官 - 久野統一郎