名張駅

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

テンプレート:駅情報

ファイル:Nabari sta03s4592.jpg
地下道、名張市物産コーナーが設けられている

名張駅(なばりえき)は、三重県名張市平尾にある、近畿日本鉄道(近鉄)大阪線である。

駅構造

島式ホーム2面4線を持つ、待避可能な地上駅。ホーム有効長は10両。改札口は西口・東口の2ヶ所で、ホームとは地下道で連絡している。西口駅舎は古い木造建築。便所は東口が改札内、西口が改札外にあり、いずれも男女別の水洗式。

のりば

1・2 テンプレート:Color大阪線(下り) 青山町伊勢中川松阪宇治山田賢島名古屋方面
3・4 テンプレート:Color大阪線(上り) 榛原大和八木大阪上本町大阪難波神戸(三宮)方面
  • 構内では上記のように案内されているが、上り方向で当駅から出る列車は最遠でも大阪難波駅までの運行のため、神戸三宮駅まで行く場合は、大阪上本町行きの列車は鶴橋駅で、大阪難波駅行きの列車は鶴橋駅 - 大阪難波駅間で阪神なんば線直通列車に乗り継ぐ必要がある。
  • 内側2線(2番線と3番線)が主本線、外側2線(1番線と4番線)が待避線である。
  • 4番のりばからは伊勢中川方面への出発も可能である。

特徴

運行上の特徴

  • 名阪甲特急・阪伊ノンストップ特急、しまかぜ以外の全ての列車が停車する。
  • この駅で特急が急行などを追い抜くことが多い。
  • 大半の青山町以東発着(特急・一般列車ともに)の列車は乗務員交替を行う。
  • 当駅では列車の増解結を行っており、特に青山町駅以東発着の急行や朝夕のラッシュ時の特急・快速急行に多い(ただし快速急行の一部は当駅ではなく青山町駅で増解結を行っている)。
  • 深夜の特急で大阪方面から、平日夕方の急行で伊勢中川から当駅止まりの系統が存在する。
  • 日中は大阪方面からの一部の急行が当駅で折り返しており、朝夕の区間準急(下り終着列車は平日のみ)・準急の設定は当駅までだが、一部列車は折り返し運用の都合で、種別を普通に変えて青山町駅まで延長運転する。
  • 普通列車の系統はこの駅で分断されており、この駅を超えて運転される普通は存在しないが、一部列車は種別変更を行い延長運転を行うか、後続列車の増結車両として引き続き運転される。
  • 当駅始発の近鉄名古屋行き(伊勢中川駅に停車してスイッチバックを行う)、宇治山田行き、松阪行き(平日のみ)急行がそれぞれ朝1便に限りある。
  • 当駅では、唯一甲特急が停車中の(実際は車両の増解結を行っている間の)乙特急を追い抜き、私鉄の定期列車においても唯一の同格待避を見ることが出来る。

その他の特徴

  • 特急券は西口(機械対応)、東口(窓口対応)、及び各ホーム(各方面直近の列車のみ※一部の列車を除く※)で購入が可能。
  • 定期券は西口(機械対応)、東口(窓口対応)で購入が可能。なお、販売時間が異なっているので注意が必要である。
  • 自動改札機オムロン製が設置されている。赤い自動改札機は出場時2枚一括処理、PiTaPaICOCASuicaほか対応。
  • 自動精算機は、PiTaPaICOCA・高額紙幣対応のタッチパネル式のものが設置されている。
    • 自動精算機更新後も、ICカード入金機が設置されている(千円札のみ対応)。
  • 名張駅営業所が西口改札付近にある。
  • 西口には、現在ICカード入金機が設置されている柵付近にも、自動改札機が3台設置されていたが、撤去された(ここにあった赤い自動改札機が現在の改札に移設されている)。
  • 中部国際空港が開港した2005年2月17日より同年11月30日まで、この駅の西口と同空港をダイレクトに結ぶ高速バスが、三重交通によって1日3往復運行されていた。
  • 駅長が配置されており、赤目口駅 - 西青山駅間の各駅を管理している[1]

利用状況

「三重県統計書」によると、1日の平均乗車人員は以下の通りである。

年度 一日平均
乗車人員
1997年 10,138
1998年 9,977
1999年 10,031
2000年 9,951
2001年 9,823
2002年 9,439
2003年 9,270
2004年 9,070
2005年 8,798
2006年 8,463
2007年 8,238
2008年 7,923
2009年 7,525
2010年 7,100
2011年 6,838
2012年 6,821
  • 名張駅の利用状況の変遷を下表に示す。
    • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す。年度間の比較に適したデータである。
    • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
    • 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。
    • 2010年11月9日の乗降人員は13,677人[2]
年度別利用状況(名張駅)
年 度 当駅分輸送実績(乗車人員):人/年度 乗降人員調査結果
人/日
特 記 事 項
通勤定期 通学定期 定期外 合 計 調査日 調査結果
1950年(昭和25年) 927,150 ←←←← 431,737 1,358,887      
1951年(昭和26年) 1,150,830 ←←←← 444,593 1,595,423      
1952年(昭和27年) 1,117,980 ←←←← 465,313 1,583,293      
1953年(昭和28年) 1,029,600 ←←←← 473,876 1,503,476      
1954年(昭和29年) 1,031,520 ←←←← 513,696 1,545,216      
1955年(昭和30年) 1,065,450 ←←←← 515,836 1,581,286      
1956年(昭和31年) 1,121,040 ←←←← 526,885 1,647,925      
1957年(昭和32年) 1,183,620 ←←←← 562,059 1,745,679      
1958年(昭和33年) 1,224,780 ←←←← 552,868 1,777,648      
1959年(昭和34年) 1,270,140 ←←←← 552,143 1,822,283      
1960年(昭和35年) 1,430,940 ←←←← 585,152 2,016,092      
1961年(昭和36年) 1,482,840 ←←←← 602,031 2,084,871      
1962年(昭和37年) 1,567,170 ←←←← 639,391 2,206,561      
1963年(昭和38年) 1,601,040 ←←←← 636,894 2,237,934      
1964年(昭和39年) 1,600,660 ←←←← 701,991 2,302,651      
1965年(昭和40年) 1,925,100 ←←←← 705,844 2,630,944      
1966年(昭和41年) 1,899,250 ←←←← 679,504 2,578,754      
1967年(昭和42年) 1,847,910 ←←←← 695,106 2,543,016      
1968年(昭和43年) 1,741,260 ←←←← 702,296 2,443,556      
1969年(昭和44年) 1,738,230 ←←←← 699,078 2,437,308      
1970年(昭和45年) 1,591,200 ←←←← 707,701 2,298,901      
1971年(昭和46年) 1,511,820 ←←←← 706,311 2,218,131      
1972年(昭和47年) 1,475,880 ←←←← 751,009 2,226,889      
1973年(昭和48年) 1,407,840 ←←←← 810,443 2,218,283      
1974年(昭和49年) 1,432,620 ←←←← 813,344 2,245,964      
1975年(昭和50年) 1,445,730 ←←←← 793,650 2,239,380      
1976年(昭和51年) 1,419,630 ←←←← 792,118 2,211,748      
1977年(昭和52年) 1,416,600 ←←←← 820,087 2,236,687      
1978年(昭和53年) 1,469,130 ←←←← 826,517 2,295,647      
1979年(昭和54年) 1,576,260 ←←←← 841,080 2,417,340      
1980年(昭和55年) 1,696,080 ←←←← 872,254 2,568,334      
1981年(昭和56年) 1,826,100 ←←←← 882,930 2,709,030      
1982年(昭和57年) 1,874,670 ←←←← 904,333 2,779,003 11月16日 13,645  
1983年(昭和58年) 1,974,570 ←←←← 909,817 2,884,387 11月8日 14,326  
1984年(昭和59年) 1,945,440 ←←←← 875,318 2,820,758 11月6日 13,624  
1985年(昭和60年) 1,961,160 ←←←← 862,121 2,823,281 11月12日 13,841  
1986年(昭和61年) 2,004,990 ←←←← 872,013 2,877,003 11月11日 13,789  
1987年(昭和62年) 2,092,200 ←←←← 874,663 2,966,863 11月10日 14,784  
1988年(昭和63年) 2,259,330 ←←←← 895,193 3,154,523 11月8日 16,108  
1989年(平成元年) 2,418,390 ←←←← 950,715 3,369,105 11月14日 17,667  
1990年(平成2年) 2,632,560 ←←←← 1,009,816 3,642,376 11月6日 18,272  
1991年(平成3年) 2,753,220 ←←←← 1,026,636 3,779,856      
1992年(平成4年) 2,799,960 ←←←← 1,036,280 3,836,240 11月10日 19,217  
1993年(平成5年) 2,843,760 ←←←← 1,056,638 3,900,398      
1994年(平成6年) 2,890,860 ←←←← 1,049,902 3,940,762      
1995年(平成7年) 2,901,960 ←←←← 1,059,149 3,961,109 12月5日 18,967  
1996年(平成8年) 2,801,190 ←←←← 1,070,471 3,871,661      
1997年(平成9年) 2,687,400 ←←←← 1,013,111 3,700,511      
1998年(平成10年) 2,658,420 ←←←← 983,363 3,641,787      
1999年(平成11年) 2,711,370 ←←←← 959,850 3,671,220      
2000年(平成12年) 2,692,470 ←←←← 939,585 3,632,055      
2001年(平成13年) 2,652,480 ←←←← 932,826 3,585,306      
2002年(平成14年) 2,541,630 ←←←← 903,536 3,445,166      
2003年(平成15年) 2,522,250 ←←←← 870,680 3,392,930      
2004年(平成16年) 2,472,060 ←←←← 838,645 3,310,705      
2005年(平成17年) 2,396,040 ←←←← 815,371 3,211,411 11月8日 16,669  
2006年(平成18年) 2,292,390 ←←←← 796,610 3,089,000      
2007年(平成19年) 2,224,170 ←←←← 790,865 3,015,035      
2008年(平成20年) 2,131,350 ←←←← 760,399 2,891,749 11月18日 14,754  
2009年(平成21年) 2,009,940 ←←←← 736,543 2,746,483      
2010年(平成22年) 1,853,910 ←←←← 737,554 2,591,464 11月9日 13,677  
2011年(平成23年) 1,760,220 ←←←← 742,398 2,502,618      

駅周辺

バス路線

三重交通

  • 西口・1番のりば
    • 20 曽爾香落渓線 曽爾高原
    • 21 曽爾香落渓線 山粕西
    • 31 奥津線 敷津・奥津駅
    • 33 奥津線 滝之原下出・比奈知学校前
    • 52 名張山添線 毛原神社前・葛尾(土休日運休)
    • 71 上野名張線 伊賀上野駅前・上野産業会館
  • 西口・2番のりば
  • 東口・1番のりば
    • 25 28 つつじが丘線 北まわり つつじが丘
    • 26 27 つつじが丘線 南まわり つつじが丘
    • 27 つつじが丘線 名張市役所
    • 07 百合が丘線 桔梗が丘駅前
  • 東口・2番のりば
    • 05 百合が丘線 東まわり・西まわり 百合が丘循環
    • 07 百合が丘線 東まわり病院経由 百合が丘循環
    • 28 つつじが丘線 市立病院
  • 東口・3番のりば
    • 25 26 つつじが丘線 名張産業会館

月ヶ瀬梅林の観梅時期には桔梗が丘駅を経由し、月ヶ瀬へと向かう臨時バスが走るが、2往復のみの設定である。

歴史

  • 1930年昭和5年)10月10日 - 参宮急行電鉄の榛原 - 伊賀神戸間開通時に開業。
  • 1941年(昭和16年)3月15日 - 大阪電気軌道との会社合併により、関西急行鉄道の駅となる。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 会社合併により近畿日本鉄道の駅となる。
    • なお、JR東海名松線は名張と松阪を結ぶ計画からこの名称がついたが、参宮急行電鉄が先に開通したため名張まで延伸される事はなかった。
    • また、この名張駅に先んじて1922年から名張の中心部、現在の西名張郵便局付近に伊賀鉄道→近鉄伊賀線の名張駅が設置されていた。こちらは参宮急行電鉄名張駅の開設時に西名張駅と改称し、1964年に西名張 - 伊賀神戸間を廃止したため、廃駅となった。
    • 当初は参宮急行電鉄もこの伊賀線の名張駅を経由する予定であったが、新線建設を聞き付けた利権屋による周辺の土地の買い占めなどの問題が発生したため、市街地の南を迂回する路線となり、このルート上に現在の名張駅が建設されたと言われている。テンプレート:要出典
  • 2007年平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始。

隣の駅

近畿日本鉄道
大阪線
テンプレート:Color快速急行・テンプレート:Color急行・テンプレート:Color普通
赤目口駅 - 名張駅 - 桔梗が丘駅
テンプレート:Color準急・テンプレート:Color区間準急
赤目口駅 - 名張駅

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ

  1. 『HAND BOOK 2010』、近畿日本鉄道総合企画部編、2010年9月
  2. 駅別乗降人員 近鉄大阪線 - 近畿日本鉄道

関連項目

外部リンク

テンプレート:Sister

テンプレート:Navbox