ホシノインパル

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株式会社ホシノインパルテンプレート:Lang-en-short)は、東京都世田谷区に本社を置く、元レーシングドライバー星野一義が代表を務める日本の企業。社名の由来は英単語の「インパルス(impulse)」から。

概要

1980年6月、星野一義とモトクロス時代のチームメイトで義弟(星野の妹の夫)でもある金子豊と共に設立。設立の目的は、星野がレースで必要とするパーツの開発・製造を行うと同時に、それらを一般に販売することでレース活動の資金を得ることであった。

主に日産車向けのエアロパーツやチューニングパーツの開発・販売を行っているほか、チューニング済みのコンプリートカー(完成車)の販売も行っており、星野と共に「IMPUL」ブランドの知名度向上にも貢献している。

また、星野が総監督を務めるレーシングチームで関連会社である有限会社ホシノレーシングの運営母体でもある(詳細は下記「ホシノレーシング」の節を参照)。

ホシノインパル製品

ガレージインパルはもちろん、一部車種を除き、全国の日産ディーラーでも注文・取付が可能である。

野球MLBニューヨーク・ヤンキースイチロー外野手は、星野ファン・日産ファンであり、過去に、イチロー自身の愛車であるシーマやマーチのチューニングをIMPULにオーダーしたことがあり、現在在住しているアメリカにおいてもIMPULマーチを愛用している。

ホシノレーシング

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概要

1983年ヒーローズレーシングから独立した星野が、自らのレーシングチームとして有限会社ホシノレーシングを設立。全日本F2選手権全日本F3000選手権フォーミュラ・ニッポンスーパーフォーミュラと続く国内トップフォーミュラや全日本耐久選手権全日本ツーリングカー選手権全日本GT選手権SUPER GT等に参戦をしている。

現在、日本のレーシングチームの中で人気の高いチームのひとつである。SUPER GTにおいては前身の全日本GT選手権時代を含めて唯一全レースに出場し続けているチームでもある。

全日本F2選手権

  • 1983年
    No.2 LARK MILD 832/マーチ832・BMW 星野一義
  • 1984年
    No.1 LARK 842/マーチ842・BMW 星野一義
  • 1985年
    No.2 LARK 85J/マーチ85J・ホンダ 星野一義
  • 1986年
    No.2 BYZERO 86J HONDA/マーチ86J・ホンダ 星野一義

全日本F3000選手権

  • 1987年
    No.1 マーチ87B/ホンダローラT87/50/ホンダ 星野一義
  • 1988年
    No.1 ローラT88/50/無限 星野一義
  • 1989年
    No.1 ローラT89/50/無限 星野一義
  • 1990年
    No.19 ローラT90/50/無限 星野一義
  • 1991年
    No.1 ローラT91/50/無限 星野一義
  • 1992年
    No.19 ローラT92/50/無限 星野一義
  • 1993年
    No.19 ローラT92/50/フォード 星野一義
  • 1994年
    No.1 ローラT93/50/無限 星野一義
  • 1995年
    No.19 ローラT95/50/無限 星野一義
    No.15 ローラT94/50/無限 鈴木利男

全日本選手権フォーミュラ・ニッポン

かもめサービス RACING TEAM with IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #1 鈴木利男
カルソニック RACING TEAM with IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #19 星野一義
TEAM IMPUL (ローラT96/52・無限MF308) #19 黒澤琢弥/#20 影山正彦
MAZIORA TEAM IMPUL (ローラT98/52・無限MF308) #19 黒澤琢弥/#20 影山正彦
BE BRIDES IMPUL (ローラB99/51→レイナード99L・無限MF308) #19 影山正美/#20 野田英樹
TEAM IMPUL (レイナード99L・無限MF308) #19 本山哲
excite TEAM IMPUL (レイナード01L/99L・無限MF308) #19 本山哲/#20 ナレイン・カーティケヤン
XBOX TEAM IMPUL (レイナード01L・無限MF308) #1 本山哲/#2 ミハエル・クルム(第1・2戦)
TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 本山哲/#20 ブノワ・トレルイエ
mobilecast TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 井出有治
mobilecast TEAM IMPUL (ローラB351・無限MF308) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 井出有治
arting RACING TEAM with IMPUL (ローラB351・無限MF308) #23 本山哲
arting RACING TEAM with IMPUL (FN06トヨタRV8J) #1 本山哲/#2 星野一樹
mobilecast TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #19 ブノワ・トレルイエ/#20 松田次生
mobilecast TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 ブノワ・トレルイエ/#2 松田次生
Arabian Oasis TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #19 本山哲/#20 ミハエル・クルム
LAWSON TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #1 松田次生/#2 ブノワ・トレルイエ
TP Checker TEAM IMPUL (FN06・トヨタRV8J) #20 平手晃平
LAWSON TEAM IMPUL (FN09トヨタRV8K) #1 松田次生/#2 ブノワ・トレルイエ
ahead TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #20 平手晃平
Mobil 1 TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 平手晃平
TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #1 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#2 平手晃平
TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生
TEAM IMPUL (FN09・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生

全日本選手権スーパーフォーミュラ

Lenovo TEAM IMPUL (SF13・トヨタRV8K) #19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/#20 松田次生

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富士GC

  • 1983年
    No.1MCSⅣ(マーチ822)/BMW 星野一義
  • 1984年
    No.19MCSV(マーチ832)/BMW 星野一義
  • 1985年
    No.1MCSⅥ(マーチ842)/BMW 星野一義
  • 1986年
    No.1MCS7(マーチ85J)/BMW 星野一義
  • 1987年
    No.1MCS7改(マーチ86B)/フォード 星野一義
  • 1988年
    No.1MCS8(マーチ88GC)/無限MCS8(ローラT88/50)/無限 星野一義
  • 1989年
    No.19セルモ89Ge(ローラT89/50)/無限 星野一義

全日本F3選手権

  • 1985年
    No.22 ラルトRT30/日産 佐野和志
  • 1988年
    No.30 ラルトRT32/日産 近藤真彦
  • 1989年
    No.30 ラルトRT32/日産 近藤真彦
  • 1990年
    No.30 ラルトRT33/無限 近藤真彦
  • 1991年
    No.19 ラルトRT35/無限 金石勝智
  • 1992年
    No.19 ラルトRT35/無限 高村一明

全日本耐久選手権・全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)

  • 1983年
    No.23 マーチ83G/日産 星野一義/萩原光
  • 1984年
    No.23 マーチ83G/日産 星野一義/萩原光
  • 1985年
    No.28 マーチ83G/日産マーチ85G/日産 星野一義/松本恵二/萩原光
  • 1986年
    No.23 マーチ86G/日産 星野一義/萩原光/中子修
  • 1987年
    No.23 マーチ87G/日産マーチ86G/日産 星野一義/高橋健二

全日本ツーリングカー選手権(JTC)

  • 1987年
    No.6 R30スカイラインRSターボ 北野元/影山正彦
  • 1988年
    No.12 R31スカイラインGTS-R 和田孝夫/北野元
  • 1989年
    No.12 R31スカイラインGTS-R 星野一義/北野元
  • 1990年
    No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/鈴木利男
  • 1991年
    No.1 R32スカイラインGT-R 星野一義/鈴木利男
  • 1992年
    No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦
  • 1993年
    No.12 R32スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦

全日本ツーリングカー選手権(JTCC)

  • 1994年
    No.12 P10プリメーラ 星野一義
  • 1995年
    No.12 P10プリメーラ 星野一義
  • 1996年
    No.12 P11プリメーラ 星野一義
  • 1997年
    No.12 P11プリメーラ 星野一義

全日本GT選手権(JGTC)

  • 1994年
    No.12 R32スカイラインGT-R 影山正彦
  • 1995年
    No.1 R33スカイラインGT-R 影山正彦
  • 1996年
    No.1 R33スカイラインGT-R 星野一義/影山正彦
    No.12 S14シルビア 本山哲/水野文則
  • 1997年
    No.12 R33スカイラインGT-R 星野一義/本山哲
  • 1998年
    No.12 R33スカイラインGT-R 星野一義/黒澤琢弥
  • 1999年
    No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/影山正美
  • 2000年
    No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/本山哲
  • 2001年
    No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/本山哲/服部尚貴
  • 2002年
    No.12 R34スカイラインGT-R 星野一義/田中哲也/ブノワ・トレルイエ
  • 2003年
    No.12 R34スカイラインGT-R ブノワ・トレルイエ/井出有治
  • 2004年
    No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/井出有治

SUPER GT

  • 2005年
    No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/井出有治
  • 2006年
    No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/星野一樹/ジェレミー・デュフォア
  • 2007年
    No.12 Z33フェアレディZ ブノワ・トレルイエ/星野一樹/ジェレミー・デュフォア
  • 2008年
    No.12 R35GT-R 松田次生/セバスチャン・フィリップ
  • 2009年
    No.12 R35GT-R 松田次生/セバスチャン・フィリップ
  • 2010年
    No.12 R35GT-R 松田次生/ロニー・クインタレッリ

主なメインスポンサー

カルソニックスカイライン

青のスカイラインとして星野一義/ホシノレーシングを、そして日本のレース界を象徴する存在と言える。初登場は1988年の全日本ツーリングカー選手権の日産・スカイラインGTS-R(R31型)。当時は星野はドライブしてなかった。翌89年から星野自身もドライブ。1990年には前年に発売されたスカイラインGT-R(R32型)を投入し、星野一義/鈴木利男組でシリーズチャンピオンに輝く。

1993年に全日本GT選手権が発足すると、R32スカイラインで影山正彦をドライバーとし、1995年シーズンまで3年連続チャンピオン(1993年シーズンはニスモからのエントリー。95年からR33スカイラインに)に輝く。レギュレーションの変更により、95年途中からはそれまで監督だった星野一義もドライブするようになった。

星野と組んだドライバーは1989年が北野元、1990、91年が鈴木利男、1992年、93年(グループA)、1995,96年(GT)は影山正彦、1997、2000、2001年は本山哲、1998年は黒澤琢弥、1999年は影山正美がドライブしている。2002年には田中哲也と組んでいたが、シーズン途中に星野が引退表明し、田中哲也/ブノワ・トレルイエのコンビとなった。

翌2003年はトレルイエに井出有治を加え、シーズン2勝をあげる。2レース制が導入された富士と最終戦鈴鹿で勝ち、前年に販売終了となった関係で、この年限りで参戦終了となったスカイラインGT-Rの有終の美を飾った。

全日本GT選手権参戦時のカーナンバーは、1993年に2番をつけてチャンピオンを獲ったため、1994年から2年間は1番をつけていたが、1996年にタイトルを逃すと、グループA時代からつけていた12番をつけている。

カルソニックインパルZ

NISMOは、2003年限りで参戦終了となったスカイラインGT-Rの後継車種として、全日本GT選手権(SUPER GT)・GT500クラスのベースマシンをZ33型フェアレディZに変更した。その中のマシンの一台である。

2004年は井出有治、ブノワ・トレルイエのコンビで参戦し、前半は不運で泣くが、最終戦で優勝を飾る。2005年もこのコンビで参戦。2006年は井出有治がF1に進出。ブノワ・トレルイエのチームメイトに星野一義の息子である星野一樹がGT300からステップアップした。2006年はこの年からシリーズ戦に組み込まれた「Pokka鈴鹿1000km」でポールtoウィンを飾っている。2007年もブノワ・トレルイエ/星野一樹のコンビで参戦。2006年、2007年の鈴鹿1000kmレースでは第3ドライバーとしてジェレミー・デュフォアを登録した。

カルソニックIMPUL GT-R

2007年限りで参戦を終了したフェアレディZの後継車両として、また、日本のレース界を象徴する存在であるカルソニックスカイラインの再来として、R35型GT-Rが2008年開幕戦より参戦している。 鈴鹿の開幕戦でスタート直後に第2コーナーで接触されスピンしリヤを大破させてしまうもなんとかコース復帰し松田はファステストラップを叩き出しポテンシャルの高さを見せ付けた。 続く第2戦の岡山ではセミウエットとウエットの間のような難しいコンディションの中2位でゴールし鈴鹿の因縁を晴らすことに成功した。 第6戦鈴鹿1000kmと最終戦富士を制し、シリーズ4位で2008年シーズンを終えた。

2009年シーズンはメインスポンサーから一時撤退したが、2010年には再び復帰、カルソニックブルーのGT-Rがサーキットを疾走し、レースを盛り上げている。

関連項目

外部リンク

テンプレート:2014年スーパーフォーミュラ出走ドライバー テンプレート:2014年NISSAN・SUPER GTチーム テンプレート:Motorsport-stub