ジュゴン
ジュゴン(Dugong dugon)は、哺乳綱カイギュウ目(海牛目)ジュゴン科ジュゴン属に分類される哺乳類。本種のみでジュゴン属を構成し、現生種では本種のみでジュゴン科を構成する。
分布
北限は日本(沖縄諸島)[1]、南限はオーストラリア(南緯30度周辺)[2]
かつてはアフリカ東海岸から東シナ海、オーストラリア付近まで広く分布していたが、2007年現在はこのうちの限られた海域にしか分布していないといわれる。紀元前までは地中海にも棲息していたとされる。
オーストラリアには世界自然遺産指定のシャーク湾やモートン湾などに8万頭、他の36か国の沿岸域に2万頭、計10万頭と推定されている。オーストラリアではトレス海峡の木曜島周辺などで先住民族による狩猟が認められており(毎年1,000頭近くが狩られるとされる)、、それ以外の国でも十分な保護を受けているとはいえず、17か国では減少しつつあると見られる。
日本哺乳類学会のレッドリストでは、南西諸島のジュゴンを絶滅危惧種に指定しており[5]、水産庁のレッドデータブックでも「絶滅危惧種」となっている。沖縄の場合、漁網にひっかかる混獲と藻場の減少などがジュゴンを危機に追い込む大きな要因となっていると見られている。2000年10月10日には国際自然保護連合(IUCN)総会で、「沖縄のジュゴンとノグチゲラとヤンバルクイナの保護」の決議が採択された[6]。 近年では、たびたび沖縄本島の大浦湾や古宇利島周辺で目撃され、環境省等の推測では残る個体の生息域と考えられている。[7]。 なお、かつてはこれら以外の島々での目撃例も存在し、かつての通常生息域の北限である奄美大島の笠利湾や久高島等の沖縄本島周辺海域、久米島、かつて、南西諸島最大の生息数を誇っていたとされる八重山諸島では、石西礁湖一帯や新城島周辺、西表島の西側海域に少なくとも300頭以上が分布していたと思われる[8]。 石垣島、西部西表島で数例、新城島[9]等で確認がある。 2002年10月4日には熊本県牛深市沖天草灘で定置網にかかったジュゴンが発見された[10]。
形態
全長3メートル[3]。体重450キログラム[3]。体色は灰色で[4]、腹面は淡色[3]。全身は短い剛毛でまばらに被われる[2][3][4]。
鼻面は円盤状で、下方に向かう[2][3]。鼻腔は吻端前方に開口する[3]。眼は小型で[4]、頭部背面付近に位置する[3]。眼後部に耳孔が開口する[3]。15-20センチメートルの牙状の切歯が2本あるが[2]、骨の中に埋没している[3]。臼歯の数は6本[3]。胸鰭はしゃもじ形[3]。胸鰭に爪がない[1][2]。尾鰭は三角形[1]。尾鰭後縁には切れ込みが入る[2][3]。
出産直後の幼獣は6本の小臼歯があるが、生後1年以内に脱落し代わりに臼歯が萌出する[2][3]。オスの成獣は上顎第2切歯が1-2センチメートル萌出する[1][2][3]。乳頭は胸鰭基部の腹面に位置する[1][2]。
テンプレート:出典の明記 最高は908キロ・グラムとの記録が残されている。前肢は短く顔には届かない。繊維が多く、消化しにくい海草を食べるので、45メートルという長い腸を持っている。
生態
熱帯や亜熱帯にある浅海に生息する[3][4]。季節的な回遊は行わないが、数百キロメートルを移動することもある[3]。胸鰭を使って海底を徘徊し、速く泳ぐ際には尾鰭を使う[3]。潜水時間は最長13分[1]。人間による狩猟などがない地域では聴覚を頼りにダイバーやボートに興味を持って接近することもある[2][4]。
食性は植物食で、海草(アマモ、ウミジグサ、ウミヒルモ、リュウキュウスガモなど)を食べる[1][2][3][4]。昼間に採食を行うが、人間がいる地域では夜間に採食を行う[3]。1日あたり体重の10-16%の量の食物を摂取していると推定されている[1]。摂取した食物は144-168時間(6-7日)、体内に留まった後に排泄される[11]。飼育下での実験から食物の消化率は80%以上と推定され、植物食の陸棲哺乳類よりも高い[11]。
繁殖形態は胎生。妊娠期間は1年[1]。1回に1頭の幼獣を産む[3][4]。出産間隔は3-7年[4]。授乳期間は18か月[1][4]。幼獣は母親の胸鰭後方について泳ぎながら乳を飲む[2]。生後9-10年で性成熟する[1][4]。寿命は約70年[1]。
テンプレート:出典の明記 単独で、または数頭の少群で暮らす。つがいで行動することはなく、群で行動するのは授乳中の母子のみともいう。遊泳速度は時速3キロ・メートルほど、潜水の深度は深くて12メートルほど。音には敏感で、船のエンジン音を聞くと一目散に逃げるという。ウミガメとは食性が似ていることから、一緒に遊泳したり、時にはジュゴンがウミガメと遊んでいるかのような光景が見られることがある。
極端な偏食であるため、餌場であるアマモの藻場(もば)がなくなれば、その地域では絶滅する。海草のほか、ゴカイ、カニ、ホヤなどを補助栄養とすることがある。鳥羽水族館のジュゴンを例にとると、1日に体重の約8-10パーセントの海草を食べる。くちびるや頬は大きく発達し、大量の海草を食べるのに適する。また植物のセルロース(細胞壁)を消化するため発達した盲腸をもつ。
前肢を海底につきながら、顎の周りにある髭のような毛で、食べられる海草を選り分け、口で海草を根元から掘り起こし、食べながら前進する。その後には、一定の幅で「フィーディング・トレンチ(トレイル)」と呼ばれる不定形に蛇行した浅い溝状の「はみ跡」が残される。食後に腹部を上にして、伸びをするような格好を行うが、これは食べた海草を胃などの消化器官に送り込んでいる。フィーディング・トレンチ(トレイル)の長さは、海草の種類や植生の密度などによって一定していないが、フィリピンの場合は3-10メートルのものが多く、紅海でジュゴンを撮影したカメラマンによると、1-3メートルであるという。おそらく、個体ごとの1回の潜水時間に関係するものと思われる。
仔は1メートルほどの大きさで生まれ、1週間ほど経つと自分で海草を食べるようになるが、それでも1年半ほどは母親の乳を飲む。個体の増加率は低く、5パーセント以下と言われる。種を維持するためには、捕獲できるのは全個体数の2パーセント以下とされる。
人間との関係
有史以前から狩猟の対象とされた[3]。薬用や媚薬になると信じられている[4]。
食用や油用、皮革用、牙の狩猟、海洋汚染、漁業やサメ避け用の網による混獲などにより生息数は減少している[1][2][3][4]。オーストラリアではトレス海峡諸島の先住民には狩猟が許可されているが、他地域も含めて密猟されることもある[3]。
絶滅危惧IA類(CR)(環境省レッドリスト)[a 1]飼育
神経質で飼育は非常に難しいとされており、世界の4か所の施設で5頭だけが飼育されている。 1頭は鳥羽水族館、1頭はシンガポールのアンダーウォーターワールド、1頭はインドネシアのジャカルタにあるシーワールドで飼育されている。 残る2頭はオーストラリアのゴールドコーストにあるシーワールドで飼育されていたが、2008年12月にシドニー水族館に移された。 鳥羽水族館ではかつて2頭が飼育されていたが、オスの「じゅんいち」が2011年2月10日午前8時25分に死亡した。じゅんいちは鳥羽水族館で約31年間にわたって飼育され、世界最長飼育記録を更新していたが、それも11,475日目で途絶えた[12][13]。これにより日本国内での飼育は同水族館のメス「セレナ」1頭だけとなった。
名称
属名、英名はマレー語 duyung がフィリピンで使われているタガログ語経由で入ったもので、「海の貴婦人」(lady of the sea)の意味だという[14]。 「儒艮」は当て字。
日本では、生息地域である奄美群島から琉球諸島にかけての方言で、「ザン」「ザンヌイユー(ザンの魚)」などと呼ばれる[15][16][17]。なお、後者を大和言葉化した「ざんのいを」の語形もあって、「犀魚」の字をあてることもあるとされる[16]。「中日春秋」[18]によれば、沖縄の人々はジャン、ザン、ヨナタマなど、さまざまな名で呼んできた。漁師の間では、「アカングヮーイュー」とも呼ばれるそうだ。アカングヮーは赤ちゃんで、イューは魚という意味だという。
伝承とイメージ
テンプレート:See also テンプレート:出典の明記 人魚の伝説のモデルとなったのは、このジュゴンであるとも言われる。西洋人ではじめてジュゴンを見たのは16世紀にインド洋を航海したポルトガルの探検家兼海賊であり、1560年に、7頭のジュゴンがヨーロッパへ持ち込まれたという。人魚と混同されたことから、(実際に高級牛肉のように霜降りで美味しいのも手伝って)ジュゴンの肉や歯にはさまざまな薬効があるとされ、乱獲されることになった。琉球でも、ジュゴンの肉が長寿の薬として珍重されていたという。
人魚になぞらえられるのは、一つには、ひれ状の前肢で子を抱いて、立った形で海上に浮くからだともいう[16]。また、ジュゴンにはヒトと同じく2つの乳頭が、胸びれの付け根にある。
参考資料
関連項目
外部リンク
- WWFジャパン ジュゴンのページ
- ジュゴン保護キャンペーンセンター
- ジュゴンキャンペーン大阪
- 『すべてのPCにジュゴンを!』プロジェクト
- ジュゴン保護基金委員会
- 北限のジュゴンを見守る会テンプレート:Link GA
- ↑ 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 内田詮三「ジュゴン」『沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物(レッドデータおきなわ)-動物編-』、沖縄県文化環境部自然保護課編 、2005年、27-29頁。
- ↑ 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 2.11 2.12 2.13 大隅清治監修 D.W.マクドナルド編 『動物大百科2 海生哺乳類』、平凡社、1986年、142、144、146、148-149頁。
- ↑ 3.00 3.01 3.02 3.03 3.04 3.05 3.06 3.07 3.08 3.09 3.10 3.11 3.12 3.13 3.14 3.15 3.16 3.17 3.18 3.19 3.20 3.21 3.22 3.23 小原秀雄・浦本昌紀・太田英利・松井正文編著 『レッド・データ・アニマルズ8 太平洋、インド洋』、講談社、2001年、21、170頁。
- ↑ 4.00 4.01 4.02 4.03 4.04 4.05 4.06 4.07 4.08 4.09 4.10 4.11 4.12 『絶滅危惧動物百科6 サイ(スマトラサイ)―セジマミソサザイ』 財団法人自然環境研究センター監訳、朝倉書店、2008年、60-61頁。
- ↑ テンプレート:リンク切れ日本哺乳類学会 日本産哺乳類のレッドリスト
- ↑ テンプレート:リンク切れIUCN日本委員会 沖縄のジュゴン保護に世界からメッセージ(2001年12月)
- ↑ 琉球朝日放送 報道部 独自 古宇利島沖にジュゴンの姿(2009年5月)
- ↑ http://www.esj.ne.jp/meeting/abst/61/T24-4.html
- ↑ 荒井修亮 ジュゴン Dugong dugong -沖縄におけるジュゴンの生態に関する文献等調査-(PDF)京都大学大学院情報学研究科、2013年12月20日閲覧
- ↑ http://www.env.go.jp/nature/yasei/jugon/h14/photo03.html
- ↑ 11.0 11.1 明田佳奈、浅野四郎、若井嘉人、河村章人 『アマモを摂取したジュゴンの消化率』「哺乳類科学」Vol.42 No.1、日本哺乳類学会、2001年、23-34頁。
- ↑ テンプレート:リンク切れテンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite news
- ↑ What's in a Name : Manatees and Dugongs (Smithsonian National Zoological Park)
- ↑ ジュゴンとは (北限のジュゴンを見守る会)
- ↑ 16.0 16.1 16.2 ザンヌっユー (奄美方言音声データベース)
- ↑ アカングヮーイユ (首里・那覇方言音声データベース)
- ↑ 中日新聞(2014年8月19日)による。
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