NASCAR

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NASCAR(フロリダ州デイトナ、2004年)
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NASCARに出場中のシボレー・モンテカルロ

NASCAR(ナスカー、National Association for Stock Car Auto Racing, 全米自動車競争協会)は、アメリカ合衆国で最大のモータースポーツ統括団体であり(本部はノースカロライナ州シャーロット)、同団体が統括するストックカーレースの総称でもある。

統括団体としてのNASCARは、1948年ビル・フランス・シニアエド・オットーによって設立された。

概要

NASCARは、かつては四輪市販車をベースに改造を施した車両(ストックカー)で行われ、現在は市販車に似せた純レーシングカーを使用するレースであり、主に北米大陸で行われる独自のレースカテゴリーである。

カテゴリーはスプリントカップ2003年まではウィンストンカップ、2004年 - 2007年はネクステルカップ)を頂点とするピラミッド構造となっている。スプリントカップ、そしてスプリントカップの年式落ちの車を使用するネイションワイド・シリーズ(2007年まではブッシュシリーズ)、ピックアップトラックベースの車で争われるキャンピング・ワールド・トラック・シリーズ2008年まではクラフツマン・トラック・シリーズ)の3カテゴリーは特に「3大カップ戦」と呼ばれ最上級カテゴリーとして扱われる。

その下には「Dodge Weekly Racing Series」と呼ばれるカテゴリー(2005年現在はDivision I~IVの4つに分かれているが、各Divisionは同等のものという扱いであり、最もシリーズポイントを稼いだ者が全体のシリーズチャンピオンとなる)、「Regional Racing Series」と総称される各地域ごとのカテゴリー(2005年現在は8カテゴリーで構成)が存在する。なお使用される車の細かいレギュレーションはカテゴリーによって異なることが多い。またNASCAR以外の競技団体(ARCA等)が主催するストックカーレースも、その多くが実質的に3大カップ戦へのステップアップカテゴリーとして機能している。

通常NASCARに参戦するドライバーは各地域カテゴリーから徐々にステップアップするのが通例だが、中にはIRLチャンプカー(旧CART)など、フォーミュラカーからの転身組も存在する。2006年には、マクラーレン所属のF1ドライバーであるファン・パブロ・モントーヤがNASCARへの転向を発表したが、他にも複数のドライバーについてNASCARへの転向の可能性が報じられている。2007年のタラテガからは、元F1ドライバーのジャック・ヴィルヌーヴも参戦を開始。2008年には、2007年インディ500およびインディカー・シリーズチャンピオンになったダリオ・フランキッティも参戦した。

日本からは過去に福山英朗がウインストンカップに参戦し、2003年には日本人として初めてウインストンカップの決勝に進出している。また2005年からは服部茂章がクラフツマントラックシリーズへの参戦を開始し、2008年からはチームオーナーとして自らのチームを率いることとなった。

歴史

NASCARの誕生
NASCARのルーツは20世紀前半、主に広大な平地を有するアメリカ中部以南で行われていたアマチュアの自動車レースである(さらにルーツを辿れば禁酒法時代に取り締まる警察車両から逃れるため、速い車を必要とした当時の "ならず者" に行き着くという説もある[1])。そして直接の発祥となったのはフロリダ州デイトナ・ビーチにて互いの腕を競い合うため、各地の実力者達が集って催されたストックカー・レースであった。やがて競技ルールの平定が求められるようになり、1947年に同地で全米自動車競争協会(NASCAR)が発足。翌年には早速公式レースが開催され、数日後には同協会の法人化への手続きも完了して、その後は同地域を中心に競技が行われ続けた。
シーズンの形成と車体の進化
1959年デイトナ500初開催に多数の観客が詰め掛け、続く1960年代にはきわめて局所的ではあるがライブ中継が試みられていた。そして1969年1970年にかけて競技車両はストックボディ(市販車)からパイプフレームへと移った。これによって軽量・高剛性になったことはもちろん、大きな安全性も得られた。1970年代初頭には煙草ブランド(ウィンストン)が、NASCARのタイトルスポンサーへ付きシリーズも近代的な形へと改編が行われ、またレギュレーションの範囲内で車体も進化を重ねてパワフルなマシンが登場している。そして、そのモンスターマシンを駆るリチャード・ペティ達にいつしかアメリカ南部の若者は夢中となった。
デイトナ・ビーチからお茶の間へ
1980年代へ入ってもNASCARは "カントリー" なイメージを払拭できずにいたが、それでも惹かれたファン達はデイル・アーンハートらのレースを観客席、あるいはリビングで固唾を呑み見守った。その後1989年にはウィンストン・カップ全戦のテレビ放映が開始、完全に興業の主体がテレビ放映へと移行する。それに伴って以後は都市部での視聴者拡大に対して運営側の強い意識が向けられた。ドライバー達にも幾度目かの世代交代が起こり、"都会っ子" ドライバーは伝統的な開催地にて度々熱心な親子のファンからブーイングを浴びつつも、テレビカメラを通して視聴する者達の応援を期待しながら走行を続けた。
エンターテイメント性の追求
近年は同シリーズにとって目下のライバルであったオープンホイール競技団体の分裂もあり、最高峰シリーズの看板スポンサーが通信企業(スプリント)に変わった現代でもNASCARの人気は増加傾向である。そして南部を沸かせた英雄の息子はメディアの発達もあり全米の子供達のアイドルとなって、さらには3世代のファンとドライバー達も登場した。しかし今日では数千万人の視聴者を満足させ続けるレギュレーションが必要不可欠となり、2004年からはファンの納得できるチャンピオンの誕生と、シーズン後半の消化試合をなくす目的でチェイスプレーオフ制度)が導入されている。また安全面では2001年のデイトナ500以後、対策が積極的に思案されるようになった。

規格

コース
NASCARはインディカーと同じようにアメリカ独自のレースであり、日本やヨーロッパのレースとは大きく異なっている。その主な理由は、多くのサーキットが、ヨーロピアンスタイルのロードコースではなく、アメリカンスタイルの楕円型をしたオーバルトラックであることから来ている(ロードコースでの開催は年間わずか2レースのみ)。1周0.5mileマイル(約0.8km)のショートオーバルから、2.66mile(約4.3km)のスーパースピードウェイのコースをひたすら超高速で走る。オーバルサーキットの場合、その速度は各マシンのドラフティング効果も相まって時速300km以上にも達する世界でも稀にみる超高速レースである。
車体
競技用四輪車としては非常に重く[2]、レギュレーションによって最低重量は3,450ポンド (≒1,560kg) と規定されている。要因はNASCARの方針によるものである。レースの成り立ちがアマチュアによる市販車レースであったため、NASCARはコスト高騰を極端に嫌う。そのため高価なチタンカーボンファイバーの使用を禁止しており、結果として軽量な車体を作ることができない。もちろん、レースのイコールコンディションにも大きく貢献している。また、一応車両は〝ストックカー〟という名前が付いているものの実際は市販車を模した金属板を貼りつけたものでシャシーはパイプフレーム、各ライトはスプレーやステッカーで塗装してそれらしく見えるようにしたもの・ドアはなく乗り降りは窓から行うなど同名の市販車とは全く共通点はないスペシャルマシンである。またタイヤもアルミホイールマグネシウムホイール等の軽量ホイールを使用せず、スチールホイール(ただし、NASCAR用スチールホイールは一般のアルミホイールよりも軽量に作られている)を使用し、なおかつレーシングカーによく見られるセンターロックホイールではなく、昔ながらの5穴ホイールである。装着を容易にするためにナットはあらかじめホイールに接着されている。車検の際には「テンプレート」を使用して空力チェックを行うユニークな場面が見られる。これはかつて「スモーキー・ヤニック」 (※:Henry "Smokey" Yunick (1923年5月25日 - 2001年5月9日))という規定違反すれすれの行為を繰り返していた悪名高いエンジニアが、他のマシンより空力的に勝る一回り小さいマシンを走らせ失格となったというエピソードから始まっている。各車輌ごとに決められたテンプレートをあてがう事によって、空力的な違反が無いか細かくチェックしている。
エンジン
エンジンは近年では珍しい存在となりつつあるOHVを使用している。しかし、358立方インチ (≒約5,866cc) のOHVエンジンを軽く10,000rpm近くまで回し、840馬力以上を搾り出す。これはDOHCエンジンを20,000rpm近くまで回るF1エンジンと同様に最先端の技術によって作られたレーシングエンジンであることを窺い知ることができる。ギアボックスは4速MTが組み合わされ、コースごとにギアレシオの変更を行う。
供給はGMフォードに加え、近年トヨタが積極的な参入姿勢を示しており、2001年からセリカで下位カテゴリーへの参入を開始したのを皮切りに(このセリカはNASCARマシンであるにも関わらずDOHCエンジン搭載車である)、2004年からはクラフツマン・トラック・シリーズにタンドラで参戦している(タンドラについては本来4カムOHCのV型エンジンをわざわざOHVに改造して参戦している)。また2007年からはカムリでスプリントカップ・シリーズ、ネイションワイド・シリーズの両シリーズに参戦している。
また2011年までは燃料供給にキャブレターを使用していたが、環境保護アピール等の要因から、スプリントカップシリーズでは2012年よりフリースケール・セミコンダクタマクラーレン・エレクトロニック・システムズ(F1のマクラーレンの関連会社)が開発した電子制御式の燃料噴射装置が導入された。ただしレース中にエンジンマッピングを書き換えるような行為は禁止されており、ドライバーの腕による燃費制御等の余地を残している[3]
2012年までは米ビッグスリーの一角であるクライスラーダッジブランドで供給を行ってきたが、有力チームのペンスキーを同年限りで失うなど近年勢力の衰退が著しく、結果的に同年限りでスプリントカップ・シリーズ及びネイションワイド・シリーズから撤退することになった[4]
安全対策
ファイル:Restrictor-Plate-Rendering.png
NASCARで使用されるリストリクタープレート
現在ではオーバルコースの外側に(トラックによっては内側にも)緩衝帯が設置されている。デイル・アーンハートの2001年のデイトナ500での死亡事故の後にはHANSの着用も義務付けられた。さらに2007年からは、カー・オブ・トゥモロー(CoT)と呼ばれる新型車がスプリントカップシリーズにおいて採用され(2008年より全面移行)、より安全性が強化された。
ルーフフラップによって、スピンの際に車体が浮き上がらないようになっている。
平均時速が高いコース(デイトナタラデガの二箇所)でレースが行われる場合、リストリクタープレートが装着される。これによって馬力は500馬力前後、レブリミットは7000rpm程度までに落ちる。

用語、レース上の特徴

フルコースコーション
基本的にはクラッシュ時やコース上に大きな物(マシンのパーツなど)が落ちた時に黄色い旗が振られ、ペースカーが導入され、レースをリードしている車両(その時点で1位の車)を先導する。レースがあまりにも単調な場合、観客が落とした紙コップなど些細な物でもコース清掃のためにフルコースコーションを出す。[5]これはリスタートの緊張感を含めたレースに変化を出すためである。逆にトップグループがアンダーグリーンピットし始めた場合では、相当鋭利でタイヤカットするような物が落ちなければ、混乱を避けるためにフルコースコーションを出さないという、レースの面白さを重視した出し方を行っている。
コンペディションイエロー
レースウィーク中に雨などのトラブルで走行周回が稼げない場合、決勝の序盤で提示されるフルコースコーション。ピットイン自体は任意であるが、タイヤの摩耗などを確認するため4本交換+シャーシーアジャストを行うのが通例。これもレース終盤の接戦を演出するための物。
ラッキードッグパス
NASCARでは単独走行でタイムを稼ぐのは非常に難しいことから導入された制度、フリーパスとも呼ばれる。フルコースコーションが入る際「周回遅れの最上位」のマシンは1周増やされ「トップと同一周回の最下位」へと戻される(その周回遅れの最上位が2周遅れの場合は1週遅れに戻る)。そのためトップの争いだけでなく、ラッキードッグパスを巡る争い、そしてラッキードッグパスを貰ってからの追い上げという3つの争いが激しくなり、エキサイティングなレース性に拍車をかけている。このルールを巧みに利用した例として、2009年夏開催のポコノがある。このレースで、トラブルを抱えたジミー・ジョンソンが3周遅れのほぼ最下位まで落ち込んだ。しかしその後のラッキードッグパスを全て取得し最後のリスタートまでに同一周回まで復帰、結果13位に入った。
ちなみに「ラッキードッグ」とは春のタラデガ冠スポンサー、Aaron'sのマスコットキャラクター。
リスタート
フルコースコーション明けのリスタートは「アウトラインにトップと同一周回、インラインに周回遅れのマシン」という整列で行われる(ただし残り周回数が1桁の時には全員順位関係無しに1列で整列)。リスタート直後は混乱からクラッシュ→再度フルコースコーションが起きやすい事から、インラインで(見た目上の)トップを押さえたままフルコースコーションが発動すれば周回遅れを挽回することができ、逆転のチャンスが生まれることになり、上記のラッキードッグパス同様にエキサイティングなレースを演出している。
2009年第14戦ポコノよりルールが変更になり「アウトラインに奇数順位、インラインに偶数順位、並び順はラップリード車→ラップダウン車へどの周回数でも整列し、1位のドライバーはアウトライン/インラインの選択が可能」というスタイルに変更になった。これにより特にレース終盤での上位によるデッドヒートを演出されるようになった。
ピット関連
コーション中、ピットレーン解放直後の周回はトップと同一周回、1周後に周回遅れのマシンが入れるようになる。が、序盤でのコーションではほぼ全車が入ることになり大混乱をきたす。そのためピットボックスへの入り方などドライバーサイド、ピットクルーの素早さなどクルーサイド両方の腕が要求される。また、コーションが出ないままでのピットイン(アンダーグリーンピット)ではピット戦略の他にもピットミスが大きな痛手となることから、さらにピットの重要さが増す。さらにピット内でも全てのタイヤを変える「4タイヤチェンジ」、左右いずれかの2本を変える「2タイヤチェンジ」、燃料補給のみ行う「スプラッシュ・ピット」など様々な作戦をとることができる。
グリーン・ホワイト・チェッカー
本来コーション中にゴールしてしまうタイミングでアクシデントによるフルコースコーションが入った場合でも、コーション中ゴールとはせず「グリーンフラッグでレースリスタート→次の周回でホワイトフラッグが振られファイナルラップへ→チェッカーフラッグでゴール」となるようレース自体が延長される。最後の最後の差し合いを演出するための処置。2009年までは延長は1度だけであったが、2010年からホワイトフラッグが振られる前に再度コーションになった場合3回まで再延長されることとなった。またキャンピングワールド・トラックシリーズでは3回という制限無しに、ホワイトフラッグが振られるまで再延長される。
ビッグ・ワン
レース中に発生するクラッシュの中でも、特に多数のマシンが巻き込まれる多重クラッシュを指す名称。この場合クラッシュした複数のマシンによりコースが完全に塞がれてしまうことが多く、フルコースコーションではなく赤旗中断となることも少なくない。またゴール間際でビッグ・ワンが発生した場合は、前述のグリーン・ホワイト・チェッカーを適用せず、クラッシュ直後の黄旗提示時点での順位を最終順位とすることがある[6]

その他

  • 数少ない海外開催の一例として、過去には1996年97年鈴鹿サーキットでロードレースが開催されたこともある。
  • また、ツインリンクもてぎでは、1998/11/20~22 に NASCAR THUNDER SPECIAL MOTEGI Coca−Cola 500, 1999/11/18~20 に NASCAR Winston West Series Coca-Cola 500が開催された。
  • 一人のドライバーに対して年間で十数台の車体が供給される(車体一台の値段は1500万円前後、これはレーシングカーとしては格安の値段)。
  • アメリカ陸軍の大型輸送ヘリCH-47が車両を運ぶこともある。
  • オーバルコース向けのセッティングはスタッガーと呼ばれる。左へ曲がりやすくするために車高・重心の左右バランスが大きくずれているため、直線部分でも常にハンドルを保持する必要がある。
  • 改造した市販車をベースとしたレース車両を使っていることから、スポンサー企業のロゴがレース車両のボンネットを飾っている。スプリントカップにエントリーしている中には、アメリカの陸軍州兵(Army National Guard名義)がメインスポンサーとなっている車両も存在する[7]。かつてはアメリカ軍の主要五軍全てがそれぞれメインスポンサーを務める車両が存在したが[8]海軍2008年[9]陸軍2012年[10]を最後にスポンサーを撤退するなど、撤退が相次いでいる。
  • 2009年のインディー500NASCARにおいてTOYOTAと日本政府観光局がスポンサーになりレーサー服部茂章がチームを発足させる。会場でのカー人気ランキングとカード売り上げランキング共に一位をとるも本題のレースはクラッシュに巻き込まれリタイア。チームカーデザインは日本人芸術家筒井はじめによるものである。

放送局(メディア)

日本国内
2012年現在は日テレG+が、スプリントカップシリーズ全戦の録画中継(一部生中継の場合もある)を行っている。
アメリカ本国
同国大手の放送局が持ち回りで放送を担当しており (FOXABCESPNTNTSPEEDCh)、近年ではスポーツニュース番組等でも連日話題に取りあげられる。また最高峰シリーズのメインスポンサーが通信企業のため、ウェブサイト携帯電話でも情報を得られるサービスが積極的に行われている。

脚注

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  1. イギリスの自動車番組トップ・ギアのシーズン15エピソード7にて、取材で発祥の地とされるノースカロライナ州ウィルケスボロにあるアメリカ初のオーバルコースを訪れたジェレミー・クラークソンが、市長らからそのような説明を受けている
  2. 参考として、F1では最低640kg(ドライバーの体重を含む)、SUPER GTでは最低1,100kg(ドライバーを含まない)となっている。
  3. EFI opens a wealth of possibilities to competitors - NASCAR・2012年2月7日
  4. NASCAR勢力図に異変。ダッジが今季限りの撤退 - オートスポーツ・2012年8月8日
  5. インディカーでも同様に採用されるルールだが、レース展開に応じてコーションが出されるのはNASCAR独自のものである。
  6. NASCARタラデガ:ゴール目前に“ビッグワン”発生 - オートスポーツ・2012年10月9日
  7. National Guard extends sponsorship of No. 88 - NASCAR・2012年8月17日
  8. Navy Cancels as a NASCAR Sponsor; With This Economy, Who's Next? - HuffingtonPost・2008年7月9日
  9. Navy puts brakes on NASCAR sponsorship - NavyTimes・2008年7月11日
  10. U.S. Army to discontinue NASCAR sponsorship in 2013 - USA Today・2012年7月10日

関連項目

外部リンク

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