韓国野球委員会
テンプレート:Infobox テンプレート:スポーツリーグ 韓国野球委員会(かんこくやきゅういいんかい)は、大韓民国のプロ野球の球界団体。韓国にプロ野球が生まれた1982年に設立されている。英名より韓国野球機構と訳されることもある。
2013年からNCダイノスが韓国野球委員会に加入し一軍は1リーグ制9球団で構成されている。なお、2015年からは新球団KTウィズ(2014年シーズンは二軍リーグに参加)が一軍リーグに参加し10球団制に拡大する予定。
構成球団
参加球団
球団名 | 縁故地 | 本拠地球場 | 収容人数 | 創設 |
---|---|---|---|---|
斗山ベアーズ (Doosan Bears) |
ソウル特別市 | 蚕室総合運動場野球場 | 26,000人 | 1982年1月15日 |
LGツインズ (LG Twins) |
ソウル特別市 | 蚕室総合運動場野球場 | 26,000人 | 1982年1月26日 |
起亜タイガース (Kia Tigers) |
光州広域市 | 光州起亜チャンピオンズフィールド | 22,000人 | 1982年1月30日 |
サムスン・ライオンズ (Samsung Lions) |
大邱広域市 | 大邱市民運動場野球場 | 10,000人 | 1982年2月3日 |
ロッテ・ジャイアンツ (Lotte Giants) |
釜山広域市 | 社稷野球場 | 27,500人 | 1982年2月12日 |
ハンファ・イーグルス (Hanwha Eagles) |
大田広域市 | 大田ハンバッ運動場野球場 | 13,000人 | 1985年3月11日 |
SKワイバーンズ (SK Wyverns) |
仁川広域市 | 文鶴野球場 | 27,600人 | 2000年3月31日 |
ネクセン・ヒーローズ (Nexen Heroes) |
ソウル特別市 | 木洞野球場 | 12,500人 | 2008年3月24日 |
NCダイノス (NC Dinos) |
慶尚南道昌原市 | 馬山総合運動場野球場 | 13,700人 | 2011年8月2日 |
KTウィズ (kt wiz) |
京畿道水原市 | 水原総合運動場野球場 | 25,000人 | 2013年5月7日 |
- この他、二軍リーグ(フューチャーズリーグ)には、後述するKTウィズの他に、尚武野球部(兵役軍隊のチーム)、韓国警察庁野球部、高陽ワンダーズの3チームが参加している。このうち、KT、尚武、警察の3チームは公式戦の記録として扱われるが、ワンダーズは日本のソフトバンク・三軍チームとともに、当面公式戦としては扱わず、招待チームとして練習試合と同等に扱われる。
参入予定球団
球団名 | 縁故地 | 本拠地球場 | 収容人数 | 創設 |
---|---|---|---|---|
KTウィズ (KT Wiz) |
京畿道水原市 | 水原総合運動場野球場 | 20,000人 | 2013年1月 |
過去に存在した球団
球団名 | 縁故地 | 本拠地球場 | 収容人数 | 創設 | 消滅 |
---|---|---|---|---|---|
サンバンウル・レイダース (Ssangbangwool Raiders) |
全羅北道全州市 | 全州公設運動場球場 | 10,000人 | 1990年3月31日 | 2000年1月6日 |
現代ユニコーンズ (Hyundai Unicorns) |
仁川広域市 →ソウル特別市 |
仁川公設運動場野球場→ 水原総合運動場野球場[1] |
14,000人 | 1982年2月5日 | 2008年3月10日 |
- いずれも解散時のデータ。
チーム名・本拠地の遍歴
- 消滅した球団は背景を灰色、新規参入球団は背景を水色にしている。
チーム名 | 遍歴 |
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斗山ベアーズ |
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LGツインズ |
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起亜タイガース | |
サムスン・ライオンズ | |
現代ユニコーンズ |
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ロッテ・ジャイアンツ | |
ハンファ・イーグルス | |
サンバンウル・レイダース | |
SKワイバーンズ |
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ネクセン・ヒーローズ |
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NCダイノス |
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KTウィズ |
概要
韓国は、1905年にキリスト教のアメリカ人宣教師の手により野球が伝わったとされる。同年に設立されたYMCA野球団は、1912年11月、朝鮮スポーツ史最初期の海外遠征として日本で試合を行っている(成績は1勝5敗1分)。1920年頃が野球ブームのピークとなった。
第二次世界大戦後も各級学校における野球や社会人野球などは続き、1981年12月11日、サムスン、ロッテ、MBC、OB、ヘテ、三美の6球団により、プロ野球創立総会が開かれ、翌年の1982年に6球団でプロリーグが開幕し人気を博した。人気が加熱するあまりに暴動も起きたが、その後も観客動員数は順調に伸びた。1986年にはピングレ、1991年にはサンバンウルが加盟し、8球団体制へと拡大した。1995年には、LGとロッテの2球団が年間100万人動員を超えるなど、観客動員数が540万人を記録、プロ野球の人気は絶頂に達した。
しかし、1990年代中盤にメジャーリーグで朴賛浩、日本プロ野球で宣銅烈など海外で活躍する選手たちが登場し始め、野球ファンの目がそちらに注がれるようになり、それに加えて1997年の経済危機の影響も受け、低迷に拍車がかかる。経営難に陥った球団も現れ、1999年限りでサンバンウルが解散(解散したサンバンウルの代わりに、2000年SKが創設される)し、2001年シーズン途中には9度の韓国シリーズ優勝を誇ったヘテが起亜自動車に売却された。2000年には5年前の半分にも満たない250万人、サッカーワールドカップが開催され6月はまったく観客が入らず、悪天候も重なった2002年はそれを下回る239万人台まで観客動員が落ちた。
人気復活の対策としてFA制度導入や、1999年に2リーグ制(「ドリームリーグ」と「マジックリーグ」)導入など行ったが、観客動員数減少は続き、2001年には1リーグに戻っている。また2007年は親会社から資金提供を打ち切られた現代の球団売却交渉が、KBOの不手際や他球団の反発なども重なり1年間で3度も失敗し、最終的には現代が解散する事態に発展した(解散した現代の代わりに、2008年にヒーローズが創設された)。
2005年頃から観客動員は復調を見せ、2006年は低迷したが2007年は動員数が11年ぶりに400万人を、2008年は13年ぶりに500万人を突破した。2009年は、前年の北京五輪優勝、開幕前のWBC準優勝など韓国代表の好成績もあり、新記録となる約592万5000人の観客動員数を記録した。2010年も観客動員は好調で、前年の観客動員数を若干上回り(約592万8000人)、2年連続で新記録を達成した。2011年も観客動員は伸び、シーズン中の9月前半に年間観客動員数が593万人を突破し、さらには史上初となる約680万人と600万人台を記録した。2012年は史上初の700万人台となる約710万人の観客動員となり、4年連続で新記録を更新した。
2011年、慶尚南道昌原市を本拠地とするNCソフトによる新球団NCダイノスが設立され、2013年より一軍リーグ戦に参加することとなった。10番目のプロ野球球団を設立する動きも起こり、2012年6月の臨時理事会で当面の間設立を見送ることとなったが後に方針転換し、同年12月の理事会で10球団制への拡張を決定した。2013年1月、京畿道水原市を本拠地とする韓国大手通信業者KTによる新球団の加盟を認めた。2013年5月、新球団名はKTウィズと発表され、2014年から二軍リーグに参加、2015年には一軍リーグの参加が予定されている。なお全羅北道を本拠地とする富栄グループも球団設立に名乗りを上げたが、審査により落選した。
2013年はNCダイノスの加入により9球団制となり、前年の532試合から576試合と公式戦の試合数は増加したが、年間観客動員数は約644万人で前年比約10%の減少と、2006年以来7年ぶりに前年を下回った。
外国人選手
創立年から在日韓国人および外国に帰化したもと韓国国籍の選手(韓国系日本人だけでなく、生まれながらアメリカの市民権を取得した韓国系アメリカ人も含む)に限って門戸を開放して、これらの選手が日本プロ野球においての外国人選手の役割を果たした。1983年の福士敬章(韓国名:張明夫)、1984年には新浦壽夫(韓国名:金日融)などが活躍して成功を収めた。これに刺激を受けて、その後もしばらくの間、日本プロ野球を経験した選手のスカウトが続いた。しかし、韓国プロ野球のレベルが上がるにつれ、日本で一定レベル以上の技量を持っていない選手は韓国でも通用しなくなり、韓国プロ野球で十分働ける選手は年俸の面で日本でプレイした方が得という状態になって、日本プロ野球出身者に対する関心は次第に落ちていった。
韓国プロ野球では設立以来長年にわたり、元韓国国籍以外の外国人選手を認めてこなかった。1998年より外国人枠が設定されたものの、2003年以降1チームにつき2名に限るなど厳しい制限があり(2014年より外国人選手枠は拡大された)、また上述のように韓国で通用しそうなレベルの選手は年俸の面でつり合わない(たとえば韓国で年俸2億ウォンだと高年俸者として認識されるが、2008年ごろからの円高が進んだ為替レートで日本円に換算すると2000万円前後で、韓国で通用する技量の日本プロ野球出身者を取るには物足りない金額である)ため、日本人選手が属することは少ない。そういった状況でも、2000年代末から日本プロ野球でそれなりに実績があるが、行き場がなくなった選手の選択肢の一つに韓国プロ野球進出が検討されるようにはなり、実際に入団テストを受けているケースはある(ただほとんど契約に至らない)。日本人は選手としてではなく、契約に制限のないコーチとしての需要が高く複数年にわたって活躍している指導者もいる。
また、2006年以降は在日韓国人やそれに類する選手も期待以下の働きで二軍暮らしが続いて1年で退団するケースが続いている。2012年シーズンから2013年シーズンにかけ、韓国野球委員会に登録された全選手のうち在日韓国人はいなかった(各球団2名ずつ、在日韓国人など在外同胞選手枠がある)。
球団数の増加(2013年よりNCダイノスが新規加盟、2015年よりKTウィズが加盟予定)もあり、2014年より各球団最大3名まで外国人選手と契約できるようになった。なお3名全員が投手あるいは野手であってはならず、試合出場は2名までとなっている。また、NCは2014年まで、KTは2015年から2016年まで外国人選手との契約が最大4名まで認められている(こちらも4名全員が投手ないし野手であってはならず、試合出場は3名まで)。これは2012年から2013年まで韓国の球団と契約した外国人選手がすべて投手だったという極端な事態になってしまったことも一因である。2013年まで外国人選手の年俸は上限30万ドルとなっていたが、実際はその何倍もの報酬を得ていた選手が複数いたとされ形骸化していたため、2014年より上限は撤廃された。
韓国プロ野球に所属した非韓国系日本人選手
選手名 | KBO | NPB |
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宮城弘明 | ピングレ(1988 - 1992) | ヤクルト(1981 - 1987) |
入来智 | 斗山(2003) | 近鉄(1990 - 1996途)広島(1996途 - 終了)近鉄(1997 - 1998)巨人(1999 - 2000)ヤクルト(2001 - 2002) |
森一馬 | ロッテ(2003) | 日本プロ野球選手経験なし |
塩谷和彦 | SK(2006) | 阪神(1993 - 2001)オリックス(2002 - 2005) |
高津臣吾 | ヒーローズ(2008) | ヤクルト(1991 - 2003・2006途 - 2007) |
門倉健 | SK(2009 - 2010)サムスン(2011) | 中日(1996 - 1999)近鉄(2000 - 2003)横浜(2004 - 2006)巨人(2007 - 2009) |
岡本真或 | LG(2010) | 中日(2001 - 2007)西武(2008 - 2009)楽天(2011) |
- 宮城が在籍していたのは外国人の登録が認められていなかった時期のため「本来韓国籍でもないにもかかわらず、知人の韓国人の協力で身分をごまかして入団、在籍したのではないか」という疑惑が後年持ち上がった。しかし当時登録上は韓国人選手となっていたため、現在も韓国では日本人ないし外国人選手として見なされていない。韓国では金弘明(キム・ホンミョン)という韓国式の登録名でプレーしていた。
- 高津はNPB・KOCの他に、メジャーリーグベースボール(MLB)・中華職業棒球大聯盟(CPBL)にも在籍経験があり、史上初の日米韓台全てのプロ野球リーグでセーブをあげる記録を樹立している。また、入来もCPBLに所属経験がある。
韓国と日本、両国のプロ野球に所属したことのある主な外国人選手
本節での外国人とは、日本国籍でも韓国籍でもない人物を指す。太字は2013年にNPB球団に在籍している選手。
選手名 | KBO | NPB |
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ホセ・パーラ | サムスン(1998)ハンファ(2002) | 巨人(1999)オリックス(2005) |
スコット・クールボー | 現代(1998) | 阪神(1995 - 1996) |
デリック・ホワイト | ロッテ(2000) | 阪神(2002) |
フリオ・フランコ | サムスン(2000) | ロッテ(1995・1998) |
トロイ・ニール | 斗山(2001) | オリックス(1995 - 1997・1998途 - 2000途) |
ベン・リベラ | サムスン(2001) | 阪神(1998 - 1999) |
ブライアン・ウォーレン | ハンファ(2001) | ロッテ(1998 - 2000) |
ゲーリー・ラス | 起亜(2001) 斗山(2002・2004・2008) | 巨人(2003)楽天(2005) |
ホセ・フェルナンデス | SK(2002) | ロッテ(2003途 - 終了)西武(2004 - 2005・2010途 - 2011)楽天 (2006 - 2008・2012)オリックス (2009・2013途 - 終了) |
タイロン・ウッズ | OB・斗山(1998 - 2002) | 横浜(2003 - 2004)中日(2005 - 2008) |
ナルシソ・エルビラ | サムスン(2002 - 2003途) | 近鉄(2000 - 2001) |
シェーン・バワーズ | 現代(2003) | 横浜(2001 - 2002) |
ライアン・グリン | サムスン(2003途 - 終了) | 楽天(2006途 - 終了)日本ハム(2007 - 2008)横浜(2009) |
クリフ・ブランボー | 現代(2003 - 2004・2007) ヒーローズ(2008 - 2009) | オリックス(2005 - 2006) |
セス・グライシンガー | 起亜(2005途 - 2006) | ヤクルト(2007)巨人(2008 - 2011)ロッテ(2012 - ) |
スコット・シーボル | 起亜(2006) | 広島 (2008 - 2009) |
ダニエル・リオス | 起亜(2002 - 2005途)斗山(2005途 - 2007) | ヤクルト(2008 - 2008途) |
クリス・オクスプリング | LG(2007 - 2009)ロッテ(2013 - ) | 阪神 (2006) |
ウィルソン・バルデス | 起亜(2008 - 2008途) | ヤクルト(2008途 - 終了) |
カリーム・ガルシア | 起亜(2008 - 2010) ハンファ(2011途 - 終了) | オリックス(2005 - 2006) |
ロベルト・ペタジーニ | LG(2008途 - 2009) | ヤクルト(1999 - 2002)巨人(2003 - 2004)ソフトバンク (2010途 - 終了) |
クリストファー・ニコースキー | SK(2009 - 2009途)斗山(2009途 - 終了)ネクセン(2010) | ソフトバンク(2007 - 2008) |
ブランドン・ナイト | サムスン(2009途 - 2010途)ネクセン(2011 - 2014) | ダイエー(2003 - 2004)日本ハム(2005) |
ケルビン・ヒメネス | 斗山(2010) | 楽天(2011 - 2012) |
ビクトル・ディアス | ハンファ(2009) | 中日(2012- 2013途) |
ダグ・マシス | サムスン(2011途 - 終了) | ロッテ(2012途 - 終了) |
ケニー・レイ | SK(2008途 - 終了) | 楽天(2013途 - 終了) |
クリス・セドン | SK(2013) | 巨人(2014 - ) |
デニス・ホールトン | 起亜(2014) | ソフトバンク(2008 - 2011)巨人(2012 - 2013) |
ヴィニー・ロッティーノ | ネクセン(2014 - ) | オリックス(2013) |
※名前は日本球界での登録名
大会方式
公式戦
2013年より9チームによる16回総当りのリーグ戦を行うことになった(今後10チームへの拡大が決定している)。延長戦は、時間無制限12回まで。決着がつかなかった場合は引き分けとなる。その他は9回までと制限されているダブルヘッダーの第1試合、及びコールドゲームの場合も試合終了時点で決着がつかないと引き分けとなる。また、全ての試合で予告先発制と指名打者制が採用されている。
引き分けは消化試合数から差し引かれ、勝率は(勝利数)÷((勝利数)+(敗戦数))で計算する。
試合が雨天中止の場合は順延されて、9月以降に再編成。2009年は金曜日から日曜日までの3連戦のうち、1試合でも雨天で実施できなかった場合は月曜日に試合が実施されることになっていた。しかし、シーズン途中、選手たちの体力的な負担が大きく怪我続出の可能性が高まるとして各球団関係者からの不満が相次ぎ、規約を変更することになった。月曜日とダブルヘッダーの試合は9月以降の再編成された試合が天気などで順延になって再々編成される場合に組み込まれる。ダブルヘッダーの第2試合が第1試合終了から20分後に開始で行われ、第1試合は延長戦が行われないことになっている。2010年は、シーズン終盤の9月の下旬に、月曜日の試合とダブルヘッダーの試合がそれぞれ1度ずつ編成された。
ポストシーズンと順位決定
ポストシーズンのトーナメント表
試合方式
公式戦終了後、上表の要領で上位4チームだけでステップラダートーナメント方式(順位最上位のチームが決勝戦に進み、以下順位に応じて最初の試合の組み合わせが決まる)を取り入れたポストシーズンゲームを行い優勝チームを決める。まず4位と3位が5戦3勝制の準プレーオフを行い(2007年までは3戦2勝制、2005年シーズンだけ一時的に5戦3勝制)、その勝者が2位チームとの5戦3勝制によるプレーオフに進出(1995年と2008年は当時の制度が適用され7戦4勝制で行われた)。ここで勝ったチームと公式戦1位チームが7戦4勝制による「韓国シリーズ」を戦って優勝を決める。なお韓国シリーズは初年度の1982年のみ「コリアン・シリーズ」と称していた。
韓国シリーズの勝者を優勝とし、敗者が準優勝。3位以下の順位は残りのチームを準プレイオフ及びプレイオフの結果に関係なく勝率順で並べて決める。たとえば、公式戦4位のチームが韓国シリーズに進出して敗退すると、そのチームは準優勝になるが、準プレイオフで3位チームに勝って、プレイオフで2位のチームに敗退すると4位に戻される。
ポストシーズンの開催球場
準プレイオフ及びプレイオフ
準プレイオフ及びプレイオフの開催は第1、2、5戦を上位チームの本拠地球場、第3、4戦を下位チームの本拠地球場で行う。
韓国シリーズ
1989-1997年、2001年
第1、2戦を公式戦1位のチームの本拠地球場で行い、第3、4戦はプレイオフの勝者の本拠地で行って、第5戦以降は中立地域として蚕室球場で第5、6、7戦を開催。
しかしソウルを本拠地とするLGとOBがプレイオフ勝者として韓国シリーズ出場する場合、蚕室球場で5連戦が行われることになるため、1993年からソウルを本拠地とするチームが韓国シリーズに進出の場合、公式戦の順位に関係なく第1、2戦をソウルで、第3、4戦を相手チームのホームで行い、第5戦以降を蚕室球場に戻すように変更した。しかし、これでLGとOBは韓国シリーズ出場で公式戦の順位に関係なく実質的にホームで5試合を行うほか、シリーズの開幕権までもらう極端的に有利な立場に立つという地方球団の不満を受けて1998年から現在の制度に変更した。
両リーグ制から1リーグ制に復帰した2001年には一旦韓国シリーズの開催要綱が1989年のものに戻されたが、プレイオフの勝者がソウルを本拠地とする斗山だったので、上述の問題が浮き彫りになり、翌年から1998年の制度に変更された。
現行制度(1998-2000年、2002年以降)
韓国シリーズ開催球場は第1、2戦を公式戦1位のチームの本拠地球場で行い、第3、4戦はプレイオフの勝者の本拠地で行う。第5戦以降は出場チームの本拠地と本拠地球場の収容能力によって決められる。
ソウルを本拠地とするチーム[2]が韓国シリーズに進出した場合、あるいは収容能力が3万人を超える本拠地を持っているチーム[3]同士の韓国シリーズの場合は第5戦はプレーオフ勝者の本拠地で行われ、移動日を挟んで第6、7戦は再び公式戦1位のチームの本拠地で開かれる2-3-2方式で行われる。そのほかの場合は、第4戦の後、移動日を挟んで中立地域としてソウルの蚕室球場で第5、6、7戦を3連戦で行う2-2-3方式になる。
実例を元にたとえば、次のような例がある。
1) 出場球団の片側だけ3万人以上受容できる本拠地を持って、両チームともにソウルを本拠地としていない場合
- 1999年の韓国シリーズは社稷球場(当時の収容人員は3万450人)を本拠地とするロッテ・ジャイアンツと大田球場(当時の収容人員は1万2千人)を本拠地とするハンファ・イーグルスが進出した。この年はロッテ・ジャイアンツが上位だったため第1、2戦を3万人以上受容できる社稷球場で、第3、4戦を大田球場で開催して、第5戦は蚕室球場で行われた。
- 2003年の韓国シリーズも水原球場(収容人員1万4000人)を本拠地とする現代ユニコーンズと、文鶴球場(収容人員3万400人)を本拠地とするSKワイバーンズとの対戦となった。この時は現代が上位だったため、第1、2戦は水原球場、第3、4戦は受容人員3万人以上の文鶴球場で開催され、第5戦以降は蚕室球場(収容人員3万500人)で開催された。
- 2009年の韓国シリーズも光州・無等野球場(収容人員1万3872人)を本拠地とする起亜タイガースと、仁川・文鶴球場(収容人員3万400人)を本拠地とするSKワイバーンズとの対戦となった。この時は起亜が上位だったため、第1、2戦は光州、第3、4戦は受容人員3万人以上の文鶴球場で開催され、第5戦以降は蚕室球場(収容人員3万500人)で開催された。
2) ソウルを本拠地としている球団が上位の場合
- 現制度の下ではまだ実現されたことなし。
3) ソウルを本拠地としている球団が下位の場合
- LGツインズがプレイオフ勝者として出場した2002年の韓国シリーズでは第1、2、6戦を公式戦1位のサムスン・ライオンズの本拠地である大邱球場(収容人員1万2千人)で行い、第3、4、5戦をLGの本拠地である蚕室球場で行った。
- 斗山ベアーズがプレイオフ勝者として出場する2013年の韓国シリーズでは第1、2、6、7戦を公式戦1位のサムスン・ライオンズの本拠地である大邱球場(収容人員1万2千人)で行い、第3、4、5戦を斗山の本拠地である蚕室球場で行う。
4) 出場する両チームがソウルを本拠地としていないが、ともに3万人以上受容できる本拠地を持っている場合
- 2012年現在これに該当する事例は、ロッテ・ジャイアンツとSKワイバーンズが韓国シリーズに出場する場合のみであるが、まだ両チーム同士の韓国シリーズは実現されたことがない。
この制度は地方球団同士の対決の場合、公式戦1位チームはシリーズの開幕権をもらうものの、ホーム球場での胴上げが最初からできなく、またプレイオフ勝者の場合も4連勝での優勝でない限り胴上げができないため、地方球団の地元ファンの不満が問題点として予てから提起されていた。しかし、ソウルは各地方の出身者が集まる土地柄であることや蚕室球場は各チームの本拠地球場よりも観客動員で勝るため、地方球団同士の韓国シリーズでも蚕室球場で行うという、現在の制度を変更しないでいる。
また、2008年に新規参入したネクセン・ヒーローズは、本拠地はソウルであるものの専用球場の木洞野球場は収容人員が14000人にしかならないため、ヒーローズが韓国シリーズに出場する場合、開催球場をどこにするかも問題になっているが、2013年時点でまだヒーローズが韓国シリーズに進出したことがないため対策が先送りになっているのが現状である。
試合開始時刻
2014年の公式戦は2013年に続き2年連続で3月下旬に開幕。平日は18:30、土曜日は17:00開始。 日曜日と祝日は4月から5月、9月から10月まで14:00開始。夏場は日射の関係上、土日は全試合18:00。金曜・土曜・日曜日など週末の試合が雨天などにより実施できなかった場合は、次の月曜日に順延される。なお、週末・祝日の試合はテレビ中継の都合などにより変更されることもある。秋に開催されるポストシーズンゲームは準プレーオフ・プレーオフ・韓国シリーズの順番に行われ、それぞれの試合開始時刻は平日が18:30、土日祝祭日が14:00となっている。
韓国と日本の野球文化の違い
- 「SBO」の表示が違う(韓国はバランス型、日本は左揃え)日本のプロ野球チームのすべての本拠地球場、テレビ中継は「BSO」表記となっている。日本では2010年のシーズンから「ボール、ストライク」の順に球審がコールするようになり、2012年からは韓国のプロ野球中継も「BSO」表記に変更されたが、蚕室と仁川広域以外の野球場は未だ「SBO」表記のままである[4]。
- イニング開始時からスコアボードにまず、「0」が入る(日本では攻撃結果が確定しなければブランク)。
- 日本ではすべてのチームのベースコーチがヘルメットを着用しているが、韓国では一部のチームのベースコーチのみが着用している。2011年からは韓国でもすべてのチームのベースコーチがヘルメットを着用している。
- 球場のスコアボードに表示される審判名の球審はプレートアンパイアの「PL」ではなく、チーフアンパイアの「CH」で表示される。
歴代の試合方式
年度 | 試合方式 |
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1982年 |
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1983年-1984年 |
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1985年 |
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1986年-1988年 |
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1989年-1990年 |
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1991年-1992年 |
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1993年-1998年 |
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1999年-2000年 |
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2001年-2002年 |
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2003年-2004年 |
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2005年-2007年 |
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2008年 | |
2009年-2010年 |
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2011年-2012年 |
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2013年- |
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歴代冠スポンサー
- 2000年 - 2004年:サムスン証券
- 2005年 - 2008年:サムスン電子(大会名:サムスンPAVVプロ野球)
- 2009年 - 2010年:CJインターネット(大会名:CJ魔球魔球プロ野球)
- 2011年:ロッテカード(大会名:ロッテカードプロ野球)
- 2012年:八道(大会名:八道プロ野球)
- 2013年 - :韓国ヤクルト(大会名:韓国ヤクルトセブンプロ野球)
年度別順位
韓国プロ野球での順位は、韓国シリーズの勝者を優勝、敗者を準優勝とし、3位以下は残りチームを準プレイオフおよびプレイオフの結果に関係なく、公式戦の勝率順に並べて決める。従って、勝率の低いチームが上位にランクされることもある。
*は公式戦での年間成績の勝率は低いながら、ルールによって上位にされたチームを示すもので、カッコ内の数字は年間勝率あるいは公式戦での順位を示す。
年度 | 優勝 | 準優勝 | 3位 | 4位 | 5位 | 6位 | 7位 | 8位 | 9位 |
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1982 | OB | サムスン | MBC | ヘテ | ロッテ | 三美 | |||
1983 | ヘテ(2)* | MBC | 三美 | サムスン | OB | ロッテ | |||
1984 | ロッテ(4)* | サムスン(2)* | OB | MBC | ヘテ | 三美 | |||
1985(※1) | サムスン | ロッテ | ヘテ | OB | MBC | 三美 / 青宝 | |||
1986 | ヘテ(2)* | サムスン | MBC | OB | ロッテ | 青宝 | ピングレ | ||
1987 | ヘテ(2)* | サムスン | ロッテ | OB | MBC | ピングレ | 青宝 | ||
1988 | ヘテ | ピングレ | ロッテ | サムスン | OB | MBC | 太平洋 | ||
1989 | ヘテ(2)* | ピングレ | 太平洋 | サムスン | OB | MBC | ロッテ | ||
1990 | LG | サムスン(4)* | ヘテ | ピングレ | 太平洋 | ロッテ | OB | ||
1991 | ヘテ | ピングレ | サムスン | ロッテ | 太平洋 | LG ・ サンバンウル | OB | ||
1992 | ロッテ(3)* | ピングレ | ヘテ | サムスン | OB | 太平洋 | LG | サンバンウル | |
1993 | ヘテ | サムスン | OB | LG | ピングレ | ロッテ | サンバンウル | 太平洋 | |
1994(※2) | LG | 太平洋 | ハンファ | ヘテ | サムスン | ロッテ | OB | サンバンウル | |
1995 | OB | ロッテ(3)* | LG | ヘテ | サムスン | ハンファ | 太平洋 | サンバンウル | |
1996 | ヘテ | 現代(4)* | サンバンウル | ハンファ | ロッテ | サムスン | LG | OB | |
1997 | ヘテ | LG | サンバンウル | サムスン | OB | 現代 | ハンファ | ロッテ | |
1998 | 現代 | LG(3)* | サムスン | OB | ヘテ | サンバンウル | ハンファ | ロッテ | |
1999 | ハンファ(4)* | ロッテ(2)* | 斗山 | サムスン | 現代 | LG | ヘテ | サンバンウル | |
2000 | 現代 | 斗山 | サムスン | LG | ロッテ | ヘテ | ハンファ | SK | |
2001(※3) | 斗山(3)* | サムスン | 現代 | ハンファ | ヘテ / 起亜 | LG | SK | ロッテ | |
2002 | サムスン | LG(4)* | 起亜 | 現代 | 斗山 | SK | ハンファ | ロッテ | |
2003 | 現代 | SK(4)* | 起亜 | サムスン | ハンファ | LG | 斗山 | ロッテ | |
2004 | 現代 | サムスン | 斗山 | 起亜 | SK | LG | ハンファ | ロッテ | |
2005 | サムスン | 斗山 | SK | ハンファ | ロッテ | LG | 現代 | 起亜 | |
2006 | サムスン | ハンファ(3)* | 現代 | 起亜 | 斗山 | SK | ロッテ | LG | |
2007 | SK | 斗山 | ハンファ | サムスン | LG | 現代 | ロッテ | 起亜 | |
2008 | SK | 斗山 | ロッテ | サムスン | ハンファ | 起亜 | ヒーローズ | LG | |
2009 | 起亜 | SK | 斗山 | ロッテ | サムスン | ヒーローズ | LG | ハンファ | |
2010 | SK | サムスン | 斗山 | ロッテ | 起亜 | LG | ネクセン | ハンファ | |
2011 | サムスン | SK(3)* | ロッテ | 起亜 | 斗山 | LG ・ハンファ | ネクセン | ||
2012 | サムスン | SK | 斗山 | ロッテ | 起亜 | ネクセン | LG | ハンファ | |
2013 | サムスン | 斗山(4)* | LG | ネクセン | ロッテ | SK | NC | 起亜 | ハンファ |
- ※1:三美は後期より青宝に身売り。
- ※2:1994年の公式戦はハンファとヘテがまったく同じ成績で同率3位だった。それまでのルールでは、どのチームも韓国シリーズに進出できなかったため共同3位になるべきだったが、臨時ルールを設けて準プレイオフでヘテを下したハンファが3位、ヘテが4位とされた。
- ※3:ヘテは8月より起亜に身売り。
各種記録
(2013年シーズン終了時現在、所属は最終)
打者
通算記録
所属は現役最後のチーム
項目 | 選手名 | 所属 | 記録 |
---|---|---|---|
最多出場 | 梁埈赫(ヤン・ジュニョク) | サムスン | 2135試合 |
最高打率(3000打数以上) | 張孝祚(チャン・ヒョジョ) | ロッテ | .331 |
最多安打 | 梁埈赫(ヤン・ジュニョク) | サムスン | 2318本 |
最多二塁打 | 梁埈赫 | サムスン | 458本 |
最多三塁打 | 田埈昊(チョン・ジュンホ) | ヒーローズ | 100本 |
最多本塁打 | 李承燁 | サムスン | 358本 |
最多打点 | 梁埈赫 | サムスン | 1389打点 |
最多三振 | 朴勍完(パク・キョンワン) | SK | 1605個 |
最多四球 | 梁埈赫 | サムスン | 1278個 |
最多死球 | 朴勍完(パク・キョンワン) | SK | 166個 |
最多併殺打 | 安庚鉉(アン・ギョンヒョン) | SK | 172本 |
最多盗塁 | 田埈昊 | ヒーローズ | 550盗塁 |
シーズン記録
(所属は記録したシーズン当時のチーム)
項目 | 選手名 | 所属 | 記録 | 達成年度 |
---|---|---|---|---|
最多安打 | 李鍾範(イ・ジョンボム) | ヘテ | 193本 | 1994年 |
最高打率(規定打席以上) | 白仁天(ペク・インチョン) | MBC | .412 | 1982年 |
最多二塁打 | 朴正泰(パク・ジョンテ) | ロッテ | 43本 | 1992年 |
李炳圭(イ・ビョンギュ) | LG | 1999年 | ||
李鍾範 | 起亜 | 2003年 | ||
最多三塁打 | 李鍾雲(イ・ジョンウン) | ロッテ | 14本 | 1992年 |
最多本塁打 | 李承燁(イ・スンヨプ) | サムスン | 56本 | 2003年 |
最多打点 | 李承燁 | サムスン | 144打点 | 2003年 |
最多得点 | 李承燁 | サムスン | 128得点 | 1999年 |
最高長打率 | 白仁天 | MBC | .740 | 1982年 |
最多四球 | フェリックス・ホセ | ロッテ | 127個 | 2001年 |
最多死球 | 朴鍾皓(パク・ジョンホ) | 現代 | 31個 | 1999年 |
最高出塁率 | フェリックス・ホセ | ロッテ | .503 | 2001年 |
最多三振 | トム・クィンラン | 現代 | 173個 | 2000年 |
最多犠打 | 趙東和(チョ・ドンファ) | SK | 41本 | 2005年 |
最多犠飛 | 金東柱(キム・ドンジュ) | 斗山 | 16本 | 1998年 |
最多併殺打 | 金翰秀(キム・ハンス) | サムスン | 23本 | 2004年 |
最多盗塁 | 李鍾範 | ヘテ | 84盗塁 | 1994年 |
投手
通算記録
(所属は現役最終のチーム)
項目 | 選手名 | 所属 | 記録 |
---|---|---|---|
最多登板 | 柳澤鉉(リュ・テッキョン) | LG | 899試合 |
最多投球回数 | 宋津宇(ソン・ジヌ) | ハンファ | 3003回 |
最多勝利 | 宋津宇 | ハンファ | 210勝 |
最優秀防御率(投球回1500以上) | 宣銅烈(ソン・ドンヨル) | ヘテ | 1.20 |
WHIP(投球回1500以上) | 宣銅烈(ソン・ドンヨル) | ヘテ | 0.80 |
最多奪三振 | 宋津宇 | ハンファ | 2048個 |
最多完投 | 尹学吉(ユン・ハッキル) | ロッテ | 100試合 |
最多完投勝利 | 尹学吉 | ロッテ | 74勝 |
最多完封 | 宣銅烈(ソン・ドンヨル) | ヘテ | 29勝 |
最多敗戦 | 宋津宇 | ハンファ | 153敗 |
最多被安打 | 宋津宇 | ハンファ | 2718本 |
最多被本塁打 | 宋津宇 | ハンファ | 272本 |
最多与四球 | 宋津宇 | ハンファ | 1155個 |
最多与死球 | 李強喆(イ・ガンチョル) | 起亜 | 189個 |
最多セーブ | 呉昇桓(オ・スンファン) | サムスン | 277セーブ |
シーズン記録
(所属は記録したシーズン当時のチーム)
項目 | 選手名 | 所属 | 記録 | 達成年度 |
---|---|---|---|---|
最多登板 | 柳澤鉉(リュ・テクヒョン) | LG | 85試合 | 2004年 |
鄭ウラム(チョン・ウラム) | SK | 2008年 | ||
最多投球回数 | 張明夫(チャン・ミョンブ) | 三美 | 427回1/3 | 1983年 |
最多勝利 | 張明夫 | 三美 | 30勝 | 1983年 |
最優秀防御率(規定投球回以上) | 宣銅烈(ソン・ドンヨル) | ヘテ | 0.78 | 1993年 |
WHIP(規定投球回以上) | 宣銅烈(ソン・ドンヨル) | ヘテ | 0.54 | 1993年 |
最多奪三振 | 崔東原(チェ・ドンウォン) | ロッテ | 223個 | 1984年 |
最多完投 | 張明夫 | 三美 | 36試合 | 1983年 |
最多完投勝 | 張明夫 | 三美 | 26勝 | 1983年 |
最多完封 | 宣銅烈 | ヘテ | 8勝 | 1986年 |
金尚珍(キム・サンジン) | OB | 1995年 | ||
最多敗戦 | 張明夫 | 三美/青宝 | 25敗 | 1985年 |
最多失点 | 張明夫 | 三美/青宝 | 175点 | 1985年 |
最多自責点 | 張明夫 | 三美/青宝 | 145点 | 1985年 |
最多被安打 | 張明夫 | 三美 | 388本 | 1983年 |
最多被本塁打 | 安永明(アン・ヨンミョン) | ハンファ | 34本 | 2009年 |
最多与四球 | フェルナンド・ヘルナンデス | SK | 134個 | 2001年 |
最多与死球 | ダニエル・リオス | 起亜 | 28個 | 2003年 |
最多セーブ | 呉昇桓(オ・スンファン) | サムスン | 47セーブ | 2006,2011年 |
脚注
- ↑ 新本拠地となったソウル市内に適当な球場がなく、またソウルを本拠地としているLGや斗山にフランチャイズ補償金を払えなかったため、実際はソウル郊外の京畿道水原市で試合を行ってきた。
- ↑ 2012年現在はLGツインズ、斗山ベアーズとネクセンヒーローズがこれにあたる。
- ↑ 2008年までは、前述のLGツインズと斗山ベアーズのほか、ロッテ・ジャイアンツとSKワイバーンズがこれに当ったが、2009年現在は本拠地球場の改修のため、受容能力は3万人を下回っている。しかし、開場当時の本来の受容能力に基づいて、これらのチームの本拠地は3万人受容とみなされる。
- ↑ サムスンと起亜は2015年までに新球場を建設して、それぞれ本拠地スタジアムを移転。スコアボードのボールカウントも『BSO』表示に変更されて、柿落しとなる予定。また、2013年から新規参入するNCの本拠地スタジアム『馬山』も既に『BSO』表示に改修済み。
関連項目
- 大韓野球協会 - アマチュアの統括団体
- アジアシリーズ
- 日韓プロ野球スーパーゲーム
- 日韓クラブチャンピオンシップ
- 野球大韓民国代表
外部リンク
- 韓国野球委員会(韓国語)
- 韓国野球委員会(英語)
- 韓国野球委員会 公式 Fackbook ページ(韓国語)
- 韓国プロ野球応援サイト ストライク・ゾーン(日本語)
- DAILY KOREAN PRO BASEBALL(日本語)