粉ミルク
粉ミルク(こなミルク)は、粉乳(ふんにゅう)とも呼ばれ、乳製品の一つで、生乳の水分をほとんど除去して、粉末に加工した食品。
概要
乳はタンパク質、ミネラルなどの栄養価に富む食品であるが、生乳の状態では腐敗が早く、また体積が大きいため移送、保管は非常に困難である。粉乳は生乳の水分を除去し、粉末にすることで保存性、移送性を高めるために製造される。 水分を除去することで水分活性が低下し細菌が繁殖不可能な状態となるため保存性は飛躍的に向上する。 また、生乳と比較して体積も減少するため、保管、移送にも利便性が高くなる。
工業的には殺菌、均一化、濃縮などの工程を経た後、ドライヤーと呼ばれる設備で熱風による噴霧乾燥を行って製造される。
粉ミルクの種類
- 全粉乳
- 原乳を乾燥し、粉末にしたもの。脱脂粉乳と比べて脂質含有が多いため、脂質の酸化による風味劣化が早く長期保存には向かない。主にカフェオレを含むミルク入りブレンドタイプの缶コーヒー等のコーヒー飲料、およびミルクティータイプの紅茶飲料の原料として使用されている。
- 脱脂粉乳
- 生乳から乳脂肪を除いてから乾燥させたもの。全粉乳と比較して保存性に優れるため工業的にも広く用いられる。湯を加えて飲用することができ、その用途としても販売されているが、現在では加工乳、加工食品の原料、料理の風味付けに使う方が多い。かつては学校給食においても幅広く飲用された。身近な物では入浴剤の白濁成分としても使用されている。
- 調整粉乳
- 脱脂粉乳から糖分を減らすなどの成分調整をおこなったもの。
- 乳児用調製粉乳
- 特別用途食品のひとつで、主に出生から離乳期までの赤ちゃんの育児用として適するように乳の成分を調整したもの(現在、各メーカーはインファント・フォミュラーの授乳目安期間を0~9ヶ月としている)。単に「粉ミルク」というと、この育児用の粉ミルクのイメージが強い。規格の制改定は厚生労働省が管轄しており、食品衛生法の付則である乳等省令にて決定されている。また特別用途食品であることから、その表示項目、内容などは健康増進法の規制を受け、消費者庁の管理下にある。母乳の成分を研究して概ね以下の様な改良が為されている。
- 生後9ヶ月以降の離乳期に与えるのに適した成分にしたフォローアップミルクも乳幼児用調製粉乳の一種。フォローアップミルクには、従来の離乳食や一般的に与えられる牛乳では不足しがちなビタミン、ミネラルを強化してある。基本的には乳児用調製粉乳とほぼ同じ製法であるが、脂質:タンパク質:炭水化物の比は成人の食事によるものに近づけてある。前者を専門的にはレーベンスミルク、インファントフォーミュラーと呼ぶ。
- 上記の他にアレルギーに配慮し、乳タンパクを大豆タンパクに置き換えた物、乳タンパクをペプチドに酵素分解してアレルギー性を抑えた物も販売されている。
- また一般に市販はされないが、産婦人科で用いられる低出生体重児用ミルクも存在する。
- 妊産婦・授乳婦用粉乳
- これも特別用途食品のひとつで、出産前や授乳期間中の母親の栄養摂取を目的に成分を調整したもの。カルシウムや鉄分を増強し、母体および胎児の栄養補給に役立つように考えられている。
- その他
- 海外では高齢者向けに成分を調整した製品もある。
- コーヒーなどの嗜好品に加えるためのクリーマーとして、乳のみから作るものや、植物性脂肪の粉末等を混合した製品がある。
- 乾燥した大豆の粉末なども、豆乳をミルクと考えれば(海外では en:soymilk と呼ばれる)、粉ミルクの一種と見なせる。
粉ミルクの製法
主に乳牛から取った生乳を、ろ過、脱脂、加熱殺菌、成分調整、濃縮、噴霧乾燥、包装、検査などの工程を経て作る。なお、噴霧乾燥工程で出来上がった粉乳は粒子径が小さく、水和性が低いため溶けにくい。この欠点を補い消費者の利便性を高めるため、噴霧乾燥の後、粉乳に僅かな水分を与え粉末同士を顆粒状に結合させることで溶け易くするための造粒(アグロメレーション)という工程が付加される場合も多い。
原料
ウシ科の動物である、ウシの乳(牛乳)を原料とするものがほとんどであるが、ウシ科の水牛、ヤギ、羊などの乳を原料にするものも製造されている。また、粉末豆乳なども広義の粉ミルクと言える。
乳児用調製粉乳の原料としては、牛乳から乳脂肪を取り除いた脱脂粉乳、乳より分離された乳糖、乳精パウダー、乳脂肪よりも母乳に脂肪酸組成を近づけた調整油脂などを主原料に、ビタミン、カルシウム、マグネシウム、カリウム、銅、亜鉛、鉄などのミネラル、母乳オリゴ糖、タウリン、シアル酸、β-カロテン、γ-リノレン酸、ドコサヘキサエン酸、ヌクレオチドまたはRNA等の核酸関連物質、ポリアミンなど、赤ちゃんの発育や免疫調整に必要な各種栄養素が配合されている。また、欧米など諸外国ではアラキドン酸が添加されている。
使用
育児用粉ミルクは、母親の母乳の出が悪い場合、母親が母子感染のおそれがある疾病に感染している場合、就業、外出時、保育所に預けている場合など、母乳を与えることができない場合などに用いられる。
通常、湯冷ましで溶かして、哺乳瓶を使って赤ちゃんに哺乳させる。
2007年以前は摂氏40~60度程度の温度の湯で溶かすのが一般的であり、電気ポット等も調乳用として60度の設定を備えている物が多かった。しかし乾燥した粉ミルクの中でも細菌は生存できるので(繁殖は不可)、殺菌のため摂氏70度以上の湯で溶かすことを世界保健機関では推奨しており[1]、2008年より厚生労働省もそのように通達している。
なお、日本製の粉ミルクは日本の水道水の硬度(軟水)に合わせて成分が配合されているため、市販のミネラルウォーターは一部硬度の高い製品ではミネラル分が過剰となり、乳児に負担をかける。ミネラルウォーター#調乳に対する注意を参照。
マクガバンレポートの研究結果によると、1型糖尿病の遺伝子のある子もない子も、非常に早く離乳させ、牛乳(乳児用粉ミルク)を与えた子供は、1型糖尿病になるリスクが平均50~60%高いことがわかっている。(母乳育児に比べ、1.5~1.6倍のリスクの増加)
母乳との比較
赤ちゃんを粉ミルクで育てることについては、母子双方に与える心理的な作用や、粉ミルクにはない免疫機能などを考え、基本的には母乳での育児が推奨されている。 (「母乳栄養」の記事にも解説がある)
産業
WHOコードといわれる「母乳代替品のマーケティングに関する国際基準」において、「医療機関や保健施設に対する粉ミルクの無償提供の停止」「会社派遣の栄養士・看護師を使って販売促進活動の禁止」などがあり、世界121か国中日本も最後に条約を承認。しかし日本ではWHOコードを実効させる法律はない。
歴史
国際
- 1800年代に粉ミルクができるまで、母乳の飲めない状況にある乳児が生き延びることは困難であった[2]。しかし、その後は粉ミルクは母乳が出る母親にまで売り込まれることになっていく。
- 1970年後半には、発展途上国で、粉ミルクのメーカーが白衣を着た販売員や、粉ミルクが母乳より優れているかのような広告によって粉ミルクを販売することで乳児の死亡率が高まっていることに批判が集まり、粉ミルクの国際的なシェアが49%あったネスレ社の製品の不買運動へと発展した[3]。発展途上国では水や食品保存の衛生状態に問題があることが加わって、粉ミルクが乳児の死亡率を大きく高めた。
- 1981年、WHOとユニセフによって「母乳代替品の販売促進に関する国際基準」が策定された。母乳代替品を病院で販売することや、宣伝の禁止、粉ミルクを理想化したような表示、サンプルの配布などを禁止している。
- 1984年、ネスレが病院に粉ミルクを売り込むのをやめ、不買運動は終わる[4]。
- 1988年、ネスレが病院で粉ミルクを無料配布していることが分かり不買運動が再開する[4]。
日本
- 1917年に東京の和光堂薬局(現和光堂・(アサヒビール傘下))が加糖全脂粉乳の「キノミール」を製造したのが最初。
- 1921年には、日本練乳(現森永乳業)が「森永ドライミルク」を製造開始。
- 1928年には、極東練乳(後に明治乳業を経て、現在は「株式会社明治」)が「明治コナミルク」を製造開始。
- 1941年に『牛乳営業取締規則』に調整粉乳の品質規格を設定。普及し始めたのは、1950年代からと言われる。
- 1951年には、雪印乳業(現雪印メグミルク:育児用製品部門は、後にビーンスターク・スノー(大塚製薬との合弁会社)へ移管)が「雪印ビタミルク」(後の「雪印ネオミルク」)を製造開始。
- 1955年に粉ミルクにヒ素が混入される森永ヒ素ミルク中毒事件が起きた。
- 1959年に厚生省令に糖類等を加えて母乳組成に近づけた「特殊調製粉乳」の規格を追加。
- 1962年に日本ワイス(現アイクレオ・(江崎グリコ傘下))が日本で初めて母乳と同様乳糖100%にして、乳児にとって消化吸収の悪い牛乳脂肪を除去した「SMA」を発売。
- 1980年代からは母乳の成分分析結果をもとにして、各種微量成分が徐々に配合されるようになり、現在のようななるべく母乳に近い成分の製品が作られるようになった。
脚注
参考文献
- マリオン・ネスル 『フード・ポリティクス-肥満社会と食品産業』 三宅真季子・鈴木眞理子訳、新曜社、2005年。ISBN 978-4-7885-0931-3。 food politics, 2002 (広報活動を利用する-粉ミルクか母乳か、179~194頁)
関連項目
- 母乳栄養
- 森永ヒ素ミルク中毒事件
- ワンナイR&R(粉ミルク事件)