熱力学
テンプレート:参照方法 テンプレート:統計力学 テンプレート:Sister 熱力学(ねつりきがく、テンプレート:Lang-en-short)は、物理学の一分野で、熱や物質の輸送現象やそれに伴う力学的な仕事についてを、系の巨視的性質から扱う学問。アボガドロ数個程度の分子から成る物質の巨視的な性質を巨視的な物理量(エネルギー、温度、エントロピー、圧力、体積、物質量または分子数、化学ポテンシャルなど)を用いて記述する。
なお、熱力学には大きく分けて「平衡系の熱力学」と「非平衡系の熱力学」がある。「非平衡系の熱力学」はまだ、限られた状況でしか成り立たないような理論しかできていないので、単に「熱力学」と言えば、普通は「平衡系の熱力学」のことを指す[1]。両者を区別する場合、平衡系の熱力学を平衡熱力学 (テンプレート:En)、非平衡系の熱力学を非平衡熱力学 (テンプレート:En) と呼ぶ。
ここでいう平衡 (テンプレート:En) とは熱力学的平衡を指す。ある系が熱力学的平衡にあるということは、系に働く力と力のモーメントが釣り合っていて、なおかつ系の内外への正味の物質やエネルギーの流れがないことを意味する。
平衡熱力学は(すなわち通常の熱力学は)、系の平衡状態とそれぞれの平衡状態を結ぶ過程とによって特徴付けられる。 平衡熱力学において扱う過程は、その始状態と終状態が平衡状態であるということを除いて、系の状態に制限を与えない。
熱力学と関係の深い物理学の分野として統計力学がある。統計力学は熱力学を古典力学や量子力学の立場から説明する試みであり、熱力学と統計力学は体系としては独立している。しかしながら、系の平衡状態を統計力学的に記述し、系の状態の遷移については熱力学によって記述するといったように、一つの現象や定理に対して両者の結果を援用するということはしばしば行われている。
目次
歴史
テンプレート:Main 18世紀後半から19世紀にかけて蒸気機関が発明・改良されたが、これらは学問的成果を応用したものでなく専ら経験的に進められたものであった。一方この頃気体の性質が研究され、19世紀初めにはボイル=シャルルの法則(理想気体の性質)としてまとめられたが (ボイルの法則は1662年にロバート・ボイルによって発表され、シャルルの法則は1787年頃にジャック・シャルルによって発見されているが、最初に発表されたのは1802年で、ゲイ=リュサックによる)、まだ熱を物質と考える熱素説が有力であった。
1820年代になると、サディ・カルノーが熱機関の科学的研究を目的として仮想熱機関としてカルノーサイクルによる研究を行い、ここに本格的な熱力学の研究が始まった。この研究結果は熱力学第二法則とエントロピー概念の重要性を示唆するものであったが、カルノーは熱素説に捉われたまま早世し、重要性が認識されるにはさらに時間がかかった。
なお同じ頃、ジョゼフ・フーリエが熱伝導の研究を発表したが、これは熱力学とは直接関係なく、むしろフーリエ変換など後世の数学の基礎から工学的な応用に至るまで多大な影響を及ぼすこととなった。また、熱伝導に関する研究はこれ以前にニュートンによる冷却の法則がある。
熱をエネルギーの一形態と捉えエネルギー保存の法則、つまり熱力学第一法則をはじめて提唱したのはロベルト・マイヤーである。彼の論文は1842年に発表されたが全く注目されなかった。しかしほぼ同時期にジュールが行った同様の研究はウィリアム・トムソン(ケルヴィン卿)の知るところとなり、彼らの共同研究から第一法則が明らかにされた。
さらにトムソンはカルノーの研究を知り、絶対温度の概念および熱力学第二法則に到達した。クラウジウスも独立に第一および第二法則に到達し、カルノーサイクルの数学的解析からエントロピーの概念の重要性を明らかにした。エントロピーの命名もクラウジウスによるものである。こうして1850年代には両法則が確立された。
19世紀後半になると、ヘルムホルツによって自由エネルギーが、またギブズによって化学ポテンシャルが導入され、化学平衡などを含む広い範囲の現象を熱力学で論じることが可能になった。
一方、ボルツマンやマクスウェルさらにはギブズによって、分子論の立場に立って、分子の挙動を平均化して扱い熱力学的なマクロの現象を説明する理論、統計力学が創始された。これにより、熱力学的諸概念と分子論をつなぎ合わせることを具体的に解釈できるようにした。 1905年のアインシュタインによるブラウン運動の定式化と、1908年のジャン・ペランの実験は、分子論の正当性を示し、また確率過程論や統計物理学の応用の発展にも寄与した。
1999年にテンプレート:仮リンクとテンプレート:仮リンクは、「断熱的到達可能性」という概念を導入して熱力学を再構築した[2][3]。 「状態 Y が状態 X から断熱操作で到達可能である」ことを<math>X \prec Y</math>と表記し、この「<math>\prec</math>」の性質からエントロピーの存在と一意性を示した。 この公理的に基礎付けされた熱力学によって、クラウジウスの方法で用いられていた「熱い・冷たい」「熱」のような直感的で無定義な概念を基礎から排除した。温度は無定義な量ではなくエントロピーから導出される。 このリーブとイングヴァソンによる再構築以来、他にも熱力学を再構築する試みがいくつか行われている[4]。
熱力学の様々な方法
熱力学には様々なスタイルがある[5].同じ内容の熱力学を得るのに、理論の出発地点となる基本的要請には様々な選び方がある。例えば多くの熱力学では、熱力学の法則を最も基本的な原理として採用している。しかし他の要請を選んで熱力学を展開していくスタイルもある。
さらに熱力学で用いるマクロ変数には示量性と示強性の 2 種類がある。例として、平衡状態の系を半分に分割することを考える。それぞれの系の温度は、分割する前後で変化しないが、体積や物質量、内部エネルギーはそれぞれ元の半分になる。簡単には、温度のように、分割に対して変化しないものを示強性、エネルギーのように分割した大きさに応じて変化するものを示量性と呼ぶ。
他のミクロな物理学との関係
- 古典力学などのミクロ系の物理学の知識を用いる方法。
- ミクロ系の物理学の知識を用いず、熱力学だけで閉じた理論体系として論じる方法。
基本的な変数の選び方
多くの熱力学では温度、圧力、体積、物質量を基本的な変数として出発点に用いている。しかし他にもエントロピーなどを出発点に用いて、温度や圧力は用いないスタイルもある[7]。 示量性変数だけを用いる必要性は、たとえば融点上の熱力学系の状態は、温度を用いる限り一対一で表すことができないことなどによる。
統計力学との関係
平衡状態の系が満たすべき性質から、マクロな熱力学の体系と整合するように、ミクロな(量子)力学の体系から要請される確率分布を導入したのが、平衡統計力学であると言って良い[8]。 このように熱力学は統計力学を基礎づけるもので、統計力学は熱力学を説明しない。熱力学的現象を徹底的に整理し、熱力学法則を確立したからこそ、物質の性質をよりミクロに捉えることが可能になった[9]。
統計力学と熱力学の関係についての誤解として、統計力学における等確率の原理と熱力学との対応関係がある。等確率の原理に基づく確率モデルは、あくまで平衡状態のマクロな性質を記述するための理論的な方便であり、現実の平衡状態が「確率によって用意されている」とか、「等確率の原理に正確に従っている」と考える必要はない。平衡状態を「マクロな物理量に対して定まった値を対応させる装置」と考えれば、等確率の原理に基づく確率モデルは、平衡状態のそのような側面だけを再現するように設計された「(理論的)装置」であると位置づけられる[10]。
平衡熱力学においては、非平衡状態そのものは扱えないものの、平衡状態から別の平衡状態への遷移については扱うことができる[11]。しかし (現在の) 平衡統計力学では、こうした状態間の遷移に言及することはできない[12]。
熱力学の法則
- 熱力学第零法則
- 系 A と B, B と C がそれぞれ熱平衡ならば、A と C も熱平衡にある。
- 熱力学第一法則(エネルギー保存則)
- 系(閉鎖系)の内部エネルギー テンプレート:Mvar の変化 テンプレート:Math は、外界から系に入った熱 テンプレート:Math と外界から系に対して行われた仕事テンプレート:Math の和に等しい。
- <math>dU=\delta{}Q+\delta{}W.</math>
- さらに一般に、外界と物質を交換しうる系(開放系)では、外界から系に物質が流入することによる系のエネルギーの増加量 テンプレート:Math も加わることになる。
- <math>dU=\delta{}Q+\delta{}W+\delta{}Z.</math>
- 系(閉鎖系)の内部エネルギー テンプレート:Mvar の変化 テンプレート:Math は、外界から系に入った熱 テンプレート:Math と外界から系に対して行われた仕事テンプレート:Math の和に等しい。
- 熱力学第二法則
- 熱を低温の物体から高温の物体へ移動させ、それ以外に何の変化も起こさないような過程は実現不可能である。(クラウジウスの原理)
- 温度の一様な一つの物体から取った熱を全て仕事に変換し、それ以外に何の変化も起こさないような過程は実現不可能である。(トムソン(ケルヴィン)の原理)
- 第二種永久機関は実現不可能である。(オストヴァルトの原理)
- 厳密には第三法則(絶対零度の到達不可能)が必要。
- 第二法則は第二種永久機関が実現するためには低温熱源が絶対零度である必要があると述べているだけで、第二種永久機関が実現不可能とまでは言っていない。
- 断熱系で不可逆変化が起こるとき、エントロピーは必ず増加する。可逆的な変化ではエントロピーの増加はゼロとなる。(エントロピー増大の原理・クラウジウスの不等式)
- 熱力学第三法則(ネルンスト・プランクの仮説)
- 絶対零度でエントロピーはゼロになる。
- <math>\lim_{T\to{}0} S = 0.</math>
- 絶対零度でエントロピーはゼロになる。
第一法則及び第二法則は、ルドルフ・クラウジウスによって定式化された。
より百科事典的な説明
第零法則は、温度が一意に定まることを示している。
第一法則は、閉鎖された空間では外部との物質や熱、仕事のやり取りがない限り、熱(そしてエネルギー)の総量に変化はないということを示している。
第二法則は、エネルギーを他の種類のエネルギーに変換する際、必ず一部分が熱エネルギーに変換されるということ、そして、熱エネルギーを完全に他の種類のエネルギーに変換することは不可能であるということを示している。つまり、どんな種類のエネルギーも最終的には熱エネルギーに変換され、どの種類のエネルギーにも変換できずに再利用が不可能になるということを示している。なお、エントロピーの意味は熱力学の枠内では理解しにくいが、微視的な乱雑さの尺度であるということが統計力学から明らかにされる。
第三法則は、絶対零度よりも低い温度はありえないことを示している。
熱力学的系
テンプレート:Main 熱力学的系とは考えている世界の一部である。現実あるいは仮想の境界が系と残りの世界を分離する。その残りの世界は外界と呼ばれる。熱力学的系は境界の特徴により分類される。
- 孤立系 - 外界から完全に独立した系。たとえば宇宙はその全体で一つの孤立系である。
- 閉鎖系 - 系と外界との間で熱の移動は許されるが、物質の移動は許されない。温室がその例である。
- 開放系 - 系と外界との間で熱と物質ともに移動が許される。
基本法則からの発展と応用
内部エネルギーのうち仕事として取り出すことのできる分として「自由エネルギー」(条件によってギブズエネルギーあるいはヘルムホルツエネルギーを用いる)が定義される。熱力学第一法則から、
- 「自発的変化は自由エネルギーが減少する方向へ進む」
- 「自由エネルギーが一定であれば系は平衡状態にある」
ことが導かれる。このことは特に化学反応にも適用され、化学平衡定数 テンプレート:Mvar は基準状態での自由エネルギー変化 テンプレート:Math と以下の関係にあることが示される。
- <math>\Delta G = -RT\ln K.</math>
テンプレート:Mvar:気体定数、テンプレート:Mvar:熱力学温度
なお、化学反応の時間的変化については別分野「反応速度論」として発展しているのでその項目を参照のこと。
非平衡熱力学
テンプレート:Main 平衡熱力学は、温度やエントロピーなど平衡状態の系を特徴付ける量を用いて系の状態を記述した。非平衡系においてもこのような特徴を持つ系が存在し、平衡系で与えられる量を用いて非平衡系を記述する方法が試みられた。 このような非平衡系の熱力学や統計力学は、その発展の初期には個別の現象に対してそれぞれ研究がなされていた。特に有名なものは、ブラウン運動に関するアルベルト・アインシュタインの研究や、熱雑音に関するハリー・ナイキストの仕事である。 非平衡熱力学が統一的な体系として整理されはじめたのは1930年代ごろのことで、ラルス・オンサーガー、イリヤ・プリゴジンなどの仕事が有名である。
線形応答理論
テンプレート:Main 基礎的な理論として線形非平衡熱力学がある。ここでは、「局所的平衡」(局所的には上記の平衡熱力学の理論と熱力学変数の関係式が成り立つ)を仮定する。また、時間的変化を示す流れと、流れの原因となる熱力学的力(あるポテンシャルの空間的勾配)という概念を導入する。具体的には次のようなものである:
流れるもの | 「力」の原因 |
---|---|
電気(電荷) | 電位 |
密度(質量) | 圧力(物質全体) 化学ポテンシャル(各物質) |
熱 | 温度 |
ここで熱力学的力は、流れと力の積が局所エントロピー生成(エントロピー密度の時間微分)となるようにとるものとする。すると各流れ テンプレート:Mvar と力 テンプレート:Mvar の間には次の比例関係が成り立つ[13]。
- <math>\boldsymbol{J} = \mathrm{L}\boldsymbol{X}.</math>
これは各成分について書き下せば次のようになる。
- <math>J_i = \sum_j L_{ij}X_j\,.</math>
系の微視的な状態について、時間反転対称性が成り立ち状態の遷移が「可逆」であるならば、すなわち順方向の遷移とその逆方向の遷移の確率が等しいならば、係数行列 テンプレート:Math は対称になる[13]。
- <math>L_{ij}=L_{ji} \quad (\mathrm{L} = \mathrm{L}^\mathrm{T}).</math>
これをオンサーガーの相反定理という。微視的可逆性の原理は、外部磁場やコリオリ力がある系に対しては成り立たなくなるため、同様に相反定理も外部磁場中の系や回転系に対しては成立しない[13]。
なお、化学反応(流れ)と親和力(反応前後での化学ポテンシャル差)の間も上記と同様の流れ・力の関係が書けるが、これはスカラーであるため、ベクトルである上記の流れ・力とは一般には交差しない(キュリーの原理)。ただし非等方的な系ではこの限りでなく、生体膜(化学反応と物質移動の共役)や界面などの例がある。
このような流れの様子が時間変化しないのが定常状態であるが、その条件として「流れによるエントロピー生成が極小である」ということがイリヤ・プリゴジンにより示されている。
その後さらにプリゴジンの『散逸構造論』など、非線形の領域に拡張された非平衡熱力学が研究されている。
脚注
参考文献
- 論文
- 書籍
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関連書籍
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外部リンク
- 熱力学基礎知識 (技術者Web学習システム)
- ↑ 清水 (2007)
- ↑ Lieb and Yngvason (1999)
- ↑ エリオット・リーブ, ヤコブ・イングヴァソン:「エントロピー再考」,田崎晴明訳,「パリティ」,丸善, Vol.16, No.08, pp.4-12, (2001)
- ↑ 佐々 (2000)、清水 (2007)、田崎 (2000)などを参照。
- ↑ 清水 (2007)
- ↑ 清水 (2007)
- ↑ 清水 (2007)やLieb and Yngvason (1999)を参照
- ↑ 田崎 (2008)
- ↑ 佐々 (2000)
- ↑ 田崎 (2008)
- ↑ 田崎 (2000), p.112, "何度か強調してきたことだが, 熱力学では平衡状態を結ぶ操作の途中に, 系が平衡状態にあることはいっさい仮定しない。ときに熱力学は平衡状態にしか適用できないという誤解があるが, はじめと終わりの状態が平衡状態でありさえすれば, それらを結ぶ断熱操作がどれほど荒々しいものだろうと, エントロピー増大則は厳密に成立する。しかし, エントロピーという量が, 平衡状態についてしか定義されないことを忘れてはいけない。 "
- ↑ 田崎(2000), p.14, "(前略) 現在までにある程度の一般性をもって確立しているのは, 平衡統計物理学の一般的な形式である。 (中略) 単純に考えると, このような理論形式から熱力学が完全に導出できるような気がする。しかし, これは正しくない。 (中略) 操作の前後が平衡でありさえすれば, 途中でいかに荒々しい非平衡の時間変化がおきても, 熱力学は定量的に厳密に適用できる。しかし, 現在完成している統計物理学では, このような荒々しい時間変化を含む問題には手も足も出ない。つまり, 統計物理学から「導出」されるのは, 熱力学のごく限られた一側面だけなのである。 "
- ↑ 13.0 13.1 13.2 テンプレート:Cite web