殿馬一人

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テンプレート:Pathnav テンプレート:特筆性 テンプレート:Infobox baseball player 殿馬 一人(とのま かずと)は、漫画ドカベン』シリーズに登場する架空の人物。アニメ版の声優は肝付兼太、実写版の俳優は川谷拓三

人物

  • 二塁手。右投右打。誕生日1月2日(『プロ野球篇』以降の設定では1977年生まれ)。高校・プロを通じて背が低く、高2秋時点で163cm。
  • 高校時代から不動の二番打者。音楽センスを生かしたリズム打法による打撃を得意とする。奇想天外な打法で放つ『秘打』が代名詞。
  • 俊足でバント成功率が高く、守備もリズムを刻みながらこなし、守備範囲が非常に広く上手い。勘の働きが鋭く、味方ですら読めない位置に守っていることが多く、幾多のピンチを救った。グラブ捌きも特筆もので、トスによる封殺が数多い。また、エラーをサッカーのシュートのようなキックによる『送球』で封殺してカバーしたこともある。本来は右投だが、一・二塁間程度なら左でも投球できる。プロ二年目の明訓五人衆の自主トレで岩鬼に「とんまは弱肩やさかい、30メートルで勘弁しとるで」と弱肩と発言されたが実際はほかの五人衆のメンバーが異常なのであり(岩鬼は遠投150メートルを誇り、殿馬と同じく小柄な里中も100メートル程度投げることができる)肩は普通で弱肩ではない。1999年1月の時点で背筋力は230キロと発言。
  • 口癖は語尾につける「づら」。そのため山田の妹・サチ子からは「ズラ」とあだ名されている。この「づら」という語尾は、主に静岡・山梨・長野県で使われるものであるが、実際に使われるのとは用法(意味合い)が異なる。
  • 学秀院中等科でピアノを弾いていた時、指が短いために弾けない曲(ショパン別れの曲)があったため、指のマタを広げる(いわゆる水掻き部分を切除する)手術を受ける。
  • 後に、街で学校へと急ぐ山田を見て圧倒的な存在感に驚愕し、追うように学秀院を中退して鷹丘中に転校し、野球部に入部。たぐいまれな野球センスの持ち主だが、決して表に出さない性格で、山田以外は誰も見抜けなかった。
  • 音楽の腕は超一流で、世界一のピアニスト指揮者、アルベルト・ギュンターの目に止まり楽団への招聘を受けたりするほど。改造して本格的な音が出るおもちゃのピアノを常に持ち歩いている。また山田は「殿馬の野球自体が音楽」とも言っている。
  • 親兄弟はいない。その名字から、「とんま」と呼ばれるが(特に岩鬼から)、実際は鷹丘中時代に期末試験で学年で2位になるほどの秀才(この時貼り出されていた「期末テストベスト20」の表の名前は「殿馬人」となっていた)。また登場初期は名前の読みは「かずひと」だった。
  • 初期ではユニフォームのシャツを外に出していたこともあった。また、ボタンが1つしかないユニフォームを着ていたが、いつの間にか普通タイプに戻していた。
  • 仙石線を走る「マンガッタンライナー」のあおば通方先頭車に、水島新司のサインと殿馬のイラストが書かれた色紙がある。殿馬の台詞は「秘打・マンガッタンライナー」。
  • 地面と足の間にボールをはさんでローラースケートのように移動する離れ業をしばしば行う。一輪車もうまい。

経歴

中学・高校時代

  • 中学2年時に鷹丘中に転入。明訓高校に進学後、さらに野球センスを開花させていくことになる。
  • 一年夏の県大会1回戦から、レギュラーとして試合に出場。明訓四天王(山田・岩鬼・里中・殿馬)のうち、一年目の最初の公式戦から先発出場選手だったのは殿馬だけである。
  • ポジションは二塁手だが、苦肉の策として投手として登板したことがある。投手の時は秘打ならぬ『秘投』を披露し、指を広げたために投げられるようになったフォークボールを決め球として打者を打ち取る。ただし投手としてはスタミナ不足が欠点。なお、「これ以上フォークを投げると、ピアノが弾けなくなる」という理由で、投手はこれが最後だとその時は発言している。
  • 野球部の活動が落ち着く時などにはピアノ発表会などに出場し、ピョートル・チャイコフスキー作曲の『白鳥の湖』を甲子園大会をモチーフに編曲した『秘打・白鳥の湖』で最優秀賞を受賞したり、世界一の指揮者・アルベルト・ギュンターの目に止まり楽団への招聘を受けたりするほどの腕の持ち主で、音楽か野球かの進路に迷う。しかし、高校の先輩であり監督でもあった土井垣将がプロ入り初打席でホームランを打ったことに心を動かされ、野球の道を選ぶ。
  • 野球の道を選んではいるが、ピアノの腕は衰えておらず、室戸学習塾戦の後、狂ってしまったリズムを戻す為に、ピアノを借りに行った高校で模範演奏をした際、暗譜で完璧な演奏を披露し、演奏を聴いたこの高校の音楽部員達から「上手すぎて参考にならない」と最大級の評価と、羨望の眼差しを受けている。
  • 2年夏時、ハイジャック事件に巻き込まれた時、銃弾を右肩に受け、しばらくは右腕を使って野球をするのに支障を来たしていた。2年夏県予選では左投げ(捕球後グラブをはずして送球)やグラブトスで送球するなどして二塁守備をこなしたが、2年夏の甲子園では右投げで全力投球をして肩を痛める描写があった。

プロ時代

オリックス時代

  • 高校卒業後も、音楽の道に進むか迷うが、最後にはプロ野球をすることを決める。本人によると、「音楽はいつでも出来る。山田を敵に回してみたい」とのこと。シーズンオフにはチャリティーコンサートなどの音楽活動も行っている。
  • 三年の夏の甲子園終了後、プロ野球ドラフト会議オリックス・ブルーウェーブに5位指名され、入団。殿馬在籍時のオリックスは2回リーグ優勝し、1回日本一になっている。
  • 作者が殿馬をオリックスに入団させたのは、イチローの強い希望があってのこと。イチローは「殿馬が好きだから、絶対オリックスに入れてください! 僕が一番、殿馬が二番!」と打順まで要望し、願い叶って二人は作中で名コンビとして活躍した(『水島新司 夢の途中』より)。
  • イチロー在籍時のオリックスは、イチロー・殿馬の1、2番コンビの1番イチローが出塁すると2番殿馬は一死からでもバントという野球をしていた。この二人は、イチローが2000年メジャーリーグに挑戦するまで、プロ野球屈指のコンビ、そして毎年首位打者を争うライバルだった。
  • 1997年、オープン戦を全欠場して音楽留学する(このことは開幕戦の試合後のヒーローインタビューまで公表していなかったため、野球界の話題となっていた。開幕戦までに復帰する予定だったが、飛行機の遅延で試合開始に間に合わなかった)。開幕戦で抑え投手として登板し、坂田三吉を投ゴロ併殺にとり、プロ入り初登板初セーブをあげている。この年は岩鬼対策でダイエー戦に先発したこともあった。
  • 1999年日本シリーズ弟1戦当日、スポーツ紙の報道により、里中智とのトレードが持ち上がる。他のマスコミ各社もこれに追従し、両球団も同年のドラフト会議席上で二対一トレードを持ちかけたが、結局この報道はガセネタであり、トレード交渉自体もオフに破談となった。
  • 2001年は最終戦まで山田と首位打者を争った。翌2002年には初めて首位打者のタイトルを獲得。

東京時代

  • 2004年土井垣将率いる新球団・東京スーパースターズにFA移籍。
  • 四国アイアンドッグスマドンナとは恋人関係にあったが、2006年シーズン終了後に結婚。
  • 山田の祖父の畳屋が新装開店した時は、祝儀代わりに知り合いの旅館の畳の新調を依頼。
  • 2006年シーズン終了時の12年間の通算安打は2200本。
  • 2007年のオールスターでは、トレイ・ヒルマン監督の意向により、殿馬とマドンナのみ異例のフルイニング出場(監督曰く、婚約に対するプレゼント)。更に殿馬は決勝本塁打も放ち、この試合は2人の独擅場とも言える試合展開だった。
  • 2007年の日本シリーズ7戦目、故障の里中の代わりに土井垣監督の思いついた「1イニング1投手」案から3回を任され、3者凡退に抑える。
  • 2008年から、横浜市の岩鬼の新居の隣にあるマンションにマドンナと同居している。

秘打

中学・高校時代

もっとも有名な秘打。白鳥の湖を踊るバレリーナを連想させる回転打法で、自身の非力を補うために速球投手、剛球投手を相手に多用した。変化球やチェンジアップに弱いという弱点を持ち、失敗例も多い。
ただし、殿馬の回転打法の類は、実際のルールでは反則扱いとなる打法である。
  • 秘打・白鳥の湖・編曲版
秘打・白鳥の湖の別バージョンで、回転しながらタイミングを図り打つ打法。
バットを地面に叩きつけながら打つ。すると打球が凄まじい回転を起こし、砂煙が花のように舞い上がる。野手が捕球しようとしてもその回転の凄まじさ故にすぐには捕球できず、その間に1塁へと駆け抜けてしまう。バットが必ず折れる。
  • 秘打・ポテトチップ
体を一旦キャッチャー側へ引き、勢いをつけてボールをカット。野手があと1歩というところで落ちるポテンヒット。
左打席に立って相手を攪乱し、右打席に戻ったところで相手の虚をつく絶妙なセーフティーバントを行い、相手が一塁へ送球する間に一気に二塁を陥れる。
犬飼小次郎のスローボールに対して使用。
バットのヘッドでカットするバント。剛速球投手のボールを強烈にカットするために打球が逆回転しバウンドが変わる。投球リズムが黒田節の曲調だったので命名。殿馬自身2.5の視力ゆえの秘打。
ファウルライン上にボールが停止する、絶妙のセーフティバント。原作では打球がライン上に制止した直後に殿馬がこの秘打名を言っただけだったが、アニメでは「野手が『じーっと線上』のボールを見る、そして、ボールが切れずに『ありゃ』」という語呂合わせとして殿馬がこの名を言った。2002年の最終戦で、プロ入り後初の首位打者獲得を決めた秘打でもある。プロ野球編でのルーキー時のオールスター戦で土門に対してこの秘打を使おうとしたがタイミングが合わず、逆に殿馬が「ありゃ」と言っている。
殿馬自身の使用は実は少ないが(失敗例としては多い)、「白鳥の湖」と並んで有名な秘打で、作中でも犬飼知三郎や山田が、あるいは狙ってあるいは偶然にファウルライン際の内野安打を放った時、「秘打・G線上のアリアだ」とおどける場面があった。
  • 秘打・なんもなし
その名の通り普通に打つ打法。
  • 秘打・不死鳥
大げさな名前に反して単なるバント。本来は見送ればファウルの打球で投手を欺き心を乱す効果がある。
  • 秘打・なすがまま
打席の一番後ろに立って投手のコントロールを乱し、四球を選ぶ。
  • 秘打・回転木馬
1度空振りしたバットが1周回ってきて左腕1本で打つもの。チェンジアップに対して有効な打法だが、小フライになるためにアウトになる可能性もある。ただしこの打法は実際の世界では認められず、空振りとなる。
また、大甲子園にて、準決勝の青田戦で同名の秘打を披露したが、こちらはバットを逆さに持ち、グリップで打った。グリップで打つことにより、強振・ジャストミートしても打球が飛ばず、セーフティバントのようなボテボテのゴロになる。
特注の長尺バットを短く持ち、またピッチャーに背を向けることでそれを隠す、独特のフォームからの長打狙いの秘打。土佐丸高校との決勝戦で、明訓高校の甲子園夏春連覇を決めるサヨナラ本塁打を放った。中学時代、指の短さ故に殿馬が弾くことができなかった因縁の曲であり、その際のエピソードが共に描かれている。
タイトルに象徴されるように、ここ一番での隠し技的な秘打であり、その後用いられたことはない。
  • 秘打・ハイジャック
独特のアッパースイングから打球にスライス回転を与え、平凡なショートフライと見えた打球が大きく変化してポテンヒットとなる。2年夏の白新高校戦で使用、自身が試合前にハイジャックに巻き込まれたことから命名。不知火守のノーヒットを破るとともに、有名な「ルールブックの盲点の1点」の伏線を演出した。
ただのバントであるが、不知火守の剛速球に押されて何度もファウルとなり、最後はピッチャーフライ。名前そのまま未完成に終わった秘打。
大甲子園』の室戸学習塾戦で使用。本来右打者だが左打席に立ち、さらに目一杯まで投手よりに立って構えることで、相手守備陣にはレフト方向へ流し打ちしてくると見せかけ、しかしその実裏をかいてライト方向へ打つのではないかと思わせて右寄りのシフトをしかせておいて、やはりレフトへ打つ、という秘打。
こう書くと訳がわからないが、室戸学習塾の監督がかつての明訓監督・徳川家康であることも踏まえて、裏の裏のその裏を狙った秘打、ともいえる。結局、室戸学習塾のエース・犬飼知三郎にもう一枚上手をいかれ、打席から足が踏み出していたために、反則打球でアウトとなる。
知三郎によれば、ツィゴイネルワイゼンを作曲したサラサーテはバイオリニストで、殿馬にはピアノ曲でなくてはやはり似合わない、とのこと。殿馬が一本とられる非常に珍しいシーンを見ることが出来る。この試合で殿馬は知三郎にことごとく裏をかかれ、完全にバッティングを狂わされてしまった。
打つ気無しの構えを見せてから、投球が来たところへバットを一瞬離し、グリップに当ててからまた掴む、実況でも「え」の文字が大きくなっていた、上手いバント。
高校生活最後の秘打。セカンド強襲の内野安打になり、山田の決勝ホームランを呼び込んだ。
  • 秘打・コシヒカリ
番外編「新潟明訓対神奈川明訓」で使用した秘打。「うまい」コシヒカリにかけた、「うまい」グリップバント。

プロ時代

『プロ野球編』以降で初使用した秘打。

  • 秘打・鑑賞
プロ野球編で初めての秘打。ただロッテ伊良部秀輝の剛速球を見るだけ。四球を呼び込んだ。 
  • 秘打・美しき青きブルーウェーブ
前述の「秘打・鑑賞」の次打席で使った打法。打球がセカンドへ、ライトへ、さらにはファーストへと方向が変わり、またライトへ戻っていく。結果は三塁打。
実戦での使用はない。片腕だけでバットを振ることでボテボテの当たりになるが、強振することで守備の出足を遅らせる。1996年の明訓五人衆の自主トレで広仲に教えていた。広仲はそれをアレンジし、「秘投・フォルティシモ」を見せた。
  • 秘打・引き潮
1996年の練習時に使用。グリップエンドにボールを当て、投手の方にボールを転がす。この際強烈な回転がかかっているらしく、「へいへいピーゴロや」と余裕だった平井正史の前で打球方向を変え、捕手の前に転がった。これを処理する間に殿馬が一塁に到達するという秘打。
  • 秘打・ロケットバント
右打席に立ちながら、左打者であるイチローの「振り子打法」の様に右足をプラプラ浮かせて構える。そして、投球と同時に浮かせた右足を一塁方向に踏み出しながらセーフティーバントを決め、一塁への到達をより速くする。
  • 秘打・ブルーマウンテンチェーン
青い山脈」の英訳。投球前からバントの構えをしておき、ジャンプしてバントをする。小フライとなった打球が、バントシフトからダッシュしてきた三塁手の頭上を越えポトリと落ちる。走者がいるとき内野安打を狙うもの。この秘打で、1998年にオリックスの1試合11二塁打の日本記録を達成した。
1998年のオールスター戦で使用。
  • 秘打・チャイコフスキー作・組曲「くるみ割り人形」第三楽章「花のワルツ」
1999年使用。
1999年使用。
2000年のオールスターにおいて犬神了との対戦で使用。東京ドームの空調の風に乗り打球がグングン伸びていく…という秘打。しかし微笑三太郎に好捕されてしまう。
  • 秘打・グリップバント
バットのグリップエンドでバントをする。奇襲作戦として使われるが、相手に見破られることも多い。なお、山田は高校時代とプロ野球編において意図的なグリップエンド打法でヒットを打っている。
三塁ベースへ打球を命中させてヒットにする秘打。一塁手福浦和也から「お前の秘打はクラシック音楽じゃないのか?」と問われた殿馬は「最近は浜崎あゆみ宇多田ヒカルに凝ってる」とうそぶいていた。またこれに似た打法に「秘打・こんぺいとうの踊り」がある。
  • 秘打・皇帝円舞曲
2005年の日本シリーズで使用。高校時代のものとは別。形はグリップバントと同じだが、ボールに強烈なバックスピンをかけ内野安打を狙う。
スーパースターズ編で使用。しかしこの打席は日本ハム小笠原道大に好捕され、ファーストライナーだった。
  • 秘打・マドンナ
スーパースターズ編で使用。つま先立ちをすることで、低くなった球道を腕を目いっぱい伸ばした状態でさらに、バレエの回転で打つことにより驚異的な飛距離を出すことができる秘打。恋人であるアイアンドッグスマドンナのバレエを見て思いついたことが名前の由来。
スーパースターズ編において使用。スタンドを真っ二つに「割る」ように打球が飛ぶことから命名。しかしこれはホームランを打つだけのことであって、他に意味はないと思われる。この秘打を使った3つの成功例のうち、1つは、岩鬼のバットを借りたものである。

主な記録

背番号

  • 04(1995年 - 2003年)
  • 4(2004年 - )

脚注

  1. 1997年は史実通り松井稼頭央が盗塁王となり、1998年は「殿馬は(タイトルが)何もなかった」とのナレーションがなされたにもかかわらず、殿馬が盗塁王を獲得した1999年には「3年連続の盗塁王」とナレーションされた。

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