新御三家
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テンプレート:大言壮語 テンプレート:出典の明記 新御三家(しんごさんけ)とは、1970年代にトップアイドル歌手として人気を得て活躍した、郷ひろみ・西城秀樹・野口五郎[1]の3人(ビッグスリー)を指す総称。それ以前に橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦が『御三家』と呼ばれていた事に倣った名称であり、略して『御三家』と呼ばれることもある。
目次
[非表示]概要
- 先輩である元祖『御三家』の3人は年齢やデビューの時期に隔たりがあるが、『新御三家』は1955年 - 1956年(昭和30年 - 昭和31年)生まれとほぼ同年齢(学年は3人とも同じ)で、デビューも1971年 - 1972年(昭和46年 - 昭和47年)とほぼ同時期のライバル同士である。
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- 俳優としてデビューした歌って踊れるジャニーズ・アイドル系の郷、ロック系のポピュラー音楽を中心にしたダイナミックなステージングの西城、演歌歌手としてデビューしたテンプレート:要出典ギタリストの野口と、スタイルも様々であった。
- レコードセールスでは常にチャート上位を3人の曲が占め、コンサートやテレビ、ラジオの音楽番組以外にも、テレビドラマ、CM、映画、舞台、各種(文化、スポーツ、娯楽)イベントなどでも活躍した。
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- オリコン集計における、デビューから現在までのすべてのシングルの総売上枚数は、郷がテンプレート:要出典、テンプレート:要出典、テンプレート:要出典となっている[2]。
代表曲
初のオリコン週間シングル・ベスト20入り曲
西城秀樹
- 恋の約束(1972年)
初のオリコン週間シングル・ベストテン入り曲
郷ひろみ
- 男の子女の子(1972年)
- 〜以降34曲がベストテン入り
野口五郎
- オレンジの雨(1973年)
- 〜以降21曲がベストテン入り
オリコン週間シングル・第1位獲得曲
ベストヒット10曲(1970年代 - 1980年代)
郷ひろみ
西城秀樹
- YOUNG MAN(1979年)
- 激しい恋(1974年)
- ちぎれた愛(1973年)
- ホップ・ステップ・ジャンプ(1979年)
- 愛の十字架(1973年)
- 恋の暴走(1975年)
- 傷だらけのローラ(1974年)
- 君よ抱かれて熱くなれ(1976年)
- 薔薇の鎖(1974年)
- 勇気があれば(1979年)
野口五郎
(※以上はオリコンチャートの調査による。)
受賞経歴(日本レコード大賞、日本歌謡大賞、日本有線大賞)
- 1972年
- 郷ひろみ:レコード大賞・新人賞(男の子女の子)
- 1973年
- 1974年
- 西城秀樹:レコード大賞・歌唱賞、歌謡大賞・放送音楽賞(傷だらけのローラ)、有線大賞・大衆賞(激しい恋)
- 1975年
- 野口五郎:レコード大賞・歌唱賞、歌謡大賞・放送音楽賞、有線大賞・大賞(私鉄沿線)
- 1976年
- 郷ひろみ:レコード大賞・大衆賞(あなたがいたから僕がいた)
- 西城秀樹:レコード大賞・歌唱賞(若き獅子たち)
- 野口五郎:レコード大賞・歌唱賞、歌謡大賞・放送音楽賞(針葉樹)、有線大賞・有線功労賞(むさし野詩人)
- 1977年
- 野口五郎:歌謡大賞・放送音楽賞(風の駅)
- 1978年
- 1979年
- 西城秀樹:レコード大賞・金賞(勇気があれば)、歌謡大賞・大賞、有線大賞・有線音楽賞(YOUNG MAN)
- 野口五郎:歌謡大賞・放送音楽賞(青春の一冊)
- 1980年
- 西城秀樹:レコード大賞・金賞、歌謡大賞・放送音楽賞(サンタマリアの祈り)
- 1981年
- 郷ひろみ:有線大賞・有線音楽賞(お嫁サンバ)
- 西城秀樹:レコード大賞・金賞、歌謡大賞・放送音楽賞(センチメンタルガール)
- 1982年
- 西城秀樹:レコード大賞・金賞(聖・少女)
- 1983年
- 西城秀樹:レコード大賞・金賞(ギャランドゥ)
- 1994年
- 郷ひろみ:有線大賞・有線音楽優秀賞(言えないよ)
- 1995年
- 郷ひろみ:有線大賞・有線音楽優秀賞(逢いたくてしかたない)
- 1999年
- 郷ひろみ:レコード大賞・最優秀歌唱賞、有線大賞・有線音楽優秀賞(GOLDFINGER '99)
NHK紅白歌合戦出場曲
郷ひろみ
- 男の子女の子(1973年)
- 花とみつばち(1974年)
- 花のように鳥のように(1975年)
- あなたがいたから僕がいた(1976年)
- 悲しきメモリー(1977年)
- バイブレーション(1978年)
- マイレディー(1979年)
- How many いい顔(1980年)
- お嫁サンバ(1981年)
- 哀愁のカサブランカ(1982年)
- 素敵にシンデレラ・コンプレックス(1983年)
- 2億4千万の瞳(1984年)
- Cool(1985年)
- Wブッキング(1990年)
- 言えないよ(1994年)
- 逢いたくてしかたない(1995年)
- 2億4千万の瞳(1996年)
- お嫁サンバ(1997年)
- セクシーユー(1998年)
- GOLDFINGER '99(1999年)
- なかったコトにして(2000年)
- この世界のどこかに(2001年)
- 紅白スペシャルメドレー(2010年)
- Go Smile Japan!!(2011年)
- デンジャラー☆(2012年)
- Bang Bang(2013年)
西城秀樹
野口五郎
出演番組
夜のヒットスタジオ
- 1970年代後半 - 1980年代前半にかけては、原則として3人のうち最低でも誰か1人が毎週『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)にゲスト出演した。
- この3人の中でもっとも出演回数が多いのは西城の188回(これは五木ひろしの222回、森進一の204回に続き歴代出演歌手全体を通じても3位に位置する多さである)で、次いで郷が175回であり、最も早く初出演した野口は123回となっている。
- 最多マンスリー歌手は郷の3回になっている。
NTV紅白歌のベストテン
- 『NTV紅白歌のベストテン』(日本テレビ系)には同様に3人が毎週交代で出演し、野口が番組の歴代最多回数出演歌手になっている。
ザ・ベストテン
- 『ザ・ベストテン』(TBS系)には第1回から3人が揃って登場し、最初(第10位)の登場歌手は野口だった。
- 西城は「ブーツをぬいで朝食を」以降22曲(154週)登場し、ついで郷が「禁猟区」以降15曲(117週)、野口は「風の駅」以降9曲(41週)登場した。ちなみに同じ期間(1978年1月19日から1989年9月28日まで)のオリコンチャートには、西城は17曲、郷は10曲、野口は3曲がトップ10入りしている。
関連人物
- 後続の男性アイドルが続々とデビューし、テンプレート:要出典城みちる・あいざき進也・豊川誕(もしくは荒川務)による『新・新御三家』、更にテンプレート:要出典草川祐馬・加納竜・山本明による『新新・新御三家』が登場した。
- 1980年代に登場したアイドル、たのきんトリオは、テンプレート:要出典
- 『新御三家』と同学年(1955年4月〜1956年3月生)の男性有名人は多い。
関連項目
脚注
- 元の位置に戻る ↑ 五十音順に列挙
- 元の位置に戻る ↑ 1988年10月8日発刊『20周年記念・オリコンチャート・ブック』の「1987年までの歌手別シングルのトータル売上記録」は、西城が1118万枚(57枚目の「New York Girl」まで)、郷が1081万枚(57枚目の「千年の孤独」まで)、野口が783万枚(51枚目の「涙のチケット」まで)となっている。