名鉄100系電車
テンプレート:Otheruseslist テンプレート:複数の問題 テンプレート:ローレル賞 名鉄100系電車(めいてつ100けいでんしゃ)は、豊田線・犬山線と名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)鶴舞線との直通運転に用いられる、名古屋鉄道の通勤形電車。
なお本項では、用途や基本設計が100系(1991年、1993年製造車)と同様で、1編成のみ在籍する200系電車についても解説する。 テンプレート:-
目次
概要
100系・200系とも、1両の長さは20m、両開き4ドア車体で、座席は全席ロングシートである。名鉄では、終戦直後に国鉄から63系電車を譲り受けて使用した初代3700系以来の4扉車である。
各車共通の仕様
車体断面や前頭部形状は6000系の1次車 - 8次車に準ずるが、前面窓下部を一段へこませ、ステンレス板をエッチング加工した飾り帯を張り込み、この貫通扉部分に名鉄の社紋が入れられている。そのほか、前照灯周囲やステップ一体の尾灯・標識灯キセにもステンレスが使われている。乗務員扉は同時期の名鉄標準とは異なり、前ヒンジとなっている。
側窓は1枚の固定窓である。[1] また、名鉄の車両としては初めて側面にも種別・行き先表示器が設置されている。
客室内の座席はオールロングシートで、カーテンは横引き式である。
冷房装置は6000系と同じ10,500kcal/hの能力の集約分散式(RPU3004もしくはRPU3004AJ)を1両に3台搭載し、吹出し口の配置を変更のうえ補助送風装置を室内全長に亘って装備することで冷房効果を上げている。
保安装置は名鉄線用のM式ATSと地下鉄線用のCS-ATCを両方備える。また、地下鉄鶴舞線と名鉄線の両方に対応する自動放送装置と乗降促進ホーンを搭載している。 1978年から1993年にわたって製造され、主回路制御方式は3パターン存在する。このため、こちらについては後述する。全編成とも製造時点では4両固定編成を組んでいたが、1993年の5次車製造時より6両固定編成を組むようになり、現在に至っている。
100系
製造年次毎の相違点
抵抗制御車
- 1次車
- 1978年12月落成のグループで、111編成と112編成が該当する。
- 制御方式は抵抗制御・発電ブレーキ方式[2]で、冗長性と高い起動加速度を確保するため全車電動車 (オールM) の4両編成。110形と130形は直流駆動のC-1000型コンプレッサーと補助電源装置のMGを搭載する。3次車以降と比較すると側面種別・行先表示器は小型で、種別・行先ともに日本語のみの表記である。なお、種別・行先表示器には「普|猿投」、「普|知立」(これらは三河線での暫定運用時などで実際使用されていた)などの表示や、将来的に優等列車にも充当できるように、急行や準急の表示も用意されている。車側灯と尾灯、標識灯は電球式である。
- 床面高さは6000系3次車以前と同じ1150mm。側扉窓はHゴム支持方式で、運転室と客室の仕切り壁の窓形状が同時期に製造された6000系初期車と同じアルミ枠支持である。
- 客室内は化粧板が白色系のベージュ縦縞模様のもの、床材が薄茶色で中央を赤色としたもので、座席表皮は新製時は赤色のものであった。客室内の照明は6000系など本線用通勤形系列の標準仕様である40W蛍光灯(カバー無し)を、従来の1両当たり先頭車16本・中間車18本としたものとなっている。
- 1979年1月1日より営業運転を開始し、同年7月29日の豊田新線(現・豊田線)開業まで暫定的に三河線で運用されていた[3]。
- 2次車
- 1979年6月落成のグループで、113編成 - 115編成が該当する。
- 基本的な構成は1次車と同様であるが、運転室仕切りの窓が丸みを帯びた形状のHゴム支持のものに変更された。また、寸法がやや縮小されている。
界磁添加励磁制御車
- 3次車
- 1989年4月落成のグループで、116編成が該当する。10年ぶりの製造となったため、以下のような変更点が見られる。
- 制御方式を回生ブレーキ付き界磁添加励磁制御方式[4]に変更。ただし、編成はこれまでと同様である。
- 主電動機の冷却ファンを外扇型から内扇型に変更。これにより、騒音が大幅に低減された。
- コンプレッサーを交流駆動方式のものに変更。このため、1・2次車とは動作音が異なる。
- 側面種別・行先表示器の寸法が拡大され、行先表示が英字併記となった(種別表示は引き続き日本語のみ)。
- 車側灯と尾灯、標識灯がLED式に変更された。
- 床面高さが40mm低くなり、1110mmとなった。
- 冷房装置からの冷風をラインデリア直接吹き出しとした天井の造りが6500系と同様な平天井となった。
- 客室窓の内枠の部材がアルミ合金から5700系と同様のFRP製に変更された。
- 座席の座面形状は、6000系列の1988年以降のロングシートと同様に背もたれの傾斜が大きいタイプとなった。
- 室内照明が名古屋市営地下鉄3000形などと同等の先頭車20本・中間車22本へと増設されている。
- 補助電源装置を70kVAのGTO - SIV(静止型インバータ)に変更。
100系200番台
1991年4月落成のグループで、211編成 - 214編成が該当する。基本的な仕様は3次車と同様だが、以下のような仕様変更がなされている。主制御器の抵抗制御段数の変更。種別・行先表示器を60コマ対応に変更。その中には「急|新可児」(実際使われたことがある)や「準|犬山経由新岐阜」[5]などの表示も入っている。客室内の座席表皮、化粧板、床材を前年製造の6750系2次車と同様のものに変更。1991年4月から1993年8月にかけて犬山線、名古屋本線、常滑線、広見線、各務原線を中心に運行され、朝ラッシュ時の急行列車(黄色い急行の種別板を使用)にも導入され、その際には2本を併結した8両編成としても使用された。また、その後の2000年9月には同時期に発生した東海豪雨による車両不足のため、211編成が一時的に4両編成とされたうえで、新名古屋駅(現・名鉄名古屋駅)発着列車に用いられていた。8両組成での運用にあたり、対象となる駅ではホームの有効長が不足していたため、有効長を延長する工事が施された。
VVVFインバータ制御車
200系
1994年7月、輸送力増強用に215編成が製造された。編成番号は100系200番台の追い番であるが、各形式が変更されたため、通称200系と呼ばれている(名鉄部内では100系6次車という扱い。形式名は下記の編成表を参照。)。
6両編成すべてが前述したサ150形、モ160形で採用されたシステムであるが、100系200番台の編成とは異なり、奇数号車(1・3・5号車)が付随車となるなどの変化が見られる。6両編成1本のみが在籍している。
細かいところでは、車内に3500系と同じタイプのLED式車内案内表示器が設置され、運転席後方の座席2人分が車椅子スペースに変わったほか、1992年4月から名鉄では「MEITETSU」のCIマークを採用したため、前頭中央部には100系にあった社紋は掲出されていない。なお、車両番号が「2」から始まる車両でも、211編成 - 214編成は200系ではなく「100系200番台」に分類され、215編成が唯一の200系となる。
また、主電動機のメーカーも、100系の東洋電機製造に対し、200系では三菱電機を採用している。VVVFインバータ制御装置はモ160形・200系共に三菱電機製MAP型である。電動空気圧縮機は、従来の1組成当たりC-1000型×3台からC-2000型×2台に変更され、サ230とサ250に搭載する。
200系の編成は豊田市側からTc-M-T'-M'-T-Mcという構成であり、同じ路線を走る名古屋市交通局3050形電車とは逆向きになっている。また、3050形と違いLED式案内表示器のスペースは1行しかなく、地下鉄区間では英語と日本語の案内を交互に切り替えて表示するようになっている。表示器のデザインは本線用の3500系と似ているが、表示内容は違い、文字の色は名鉄区間でも交通局に合わせている。
主要諸元
- 最大長:20000mm
- 最大幅:2730mm
- 屋根高:3500mm
- 冷房装置上面:3880mm
- パンタグラフ折畳:4140mm
- 定員:先頭車130(48)、中間車140(54)
- 1993年以降製造車は先頭車138(46)、中間車148(54)
- 編成重量:220.5t
- 200系:199.1t
- 起動加速度:3.0km/h/s
- 減速度:3.5km/h/s(常用)4.0km/h/s(非常)
- 設計最高速度:110km/h
- 営業最高速度:
- 自社線内普通列車:100km/h
- 鶴舞線ATC区間内:75km/h
- 定格速度:
- 抵抗制御車および界磁添加励磁制御車=全界磁35km/h、30%弱界磁77km/h
- 主電動機:
- 歯車比:抵抗制御車および界磁添加励磁制御車=6.07、VVVFインバータ制御車=7.07
- 台車:ボルスタ付きSミンデン式空気ばね(サ150・モ160形および200系はボルスタレスSUミンデン式空気ばね)
編成
テンプレート:TrainDirection | |||||
100系 | |||||
モ110 (Mc1) |
モ120 (M2) |
サ150 (T) |
モ160 (M) |
モ130 (M1) |
モ140 (Mc2) |
100系200番台 | |||||
モ210 (Mc1) |
モ220 (M2) |
サ250 (T) |
モ260 (M) |
モ230 (M1) |
モ240 (Mc2) |
200系(VVVFインバータ車) | |||||
ク210 (Tc) |
モ220 (M) |
サ250 (T') |
モ260 (M') |
サ230 (T) |
モ240 (Mc) |
100系(VVVF化改造車) | |||||
ク110 (Tc) |
モ120 (M) |
サ150 (T') |
モ160 (M') |
サ130 (T) |
モ140 (Mc) |
製造後の改造など
転落防止幌の設置
2001年より転落防止幌の設置が開始され、2004年までに全車の取り付けが完了している。他系列ではステップ付のタイプのものが採用されていたが、本系列では折り畳みが可能なタイプのものが採用され、後に他系列でも本系列と同様なものが採用されるようになった。
台車改造
2001年から2002年にかけて5次車以降の電動車に用いられているSS126D形ボルスタレス台車の補強工事が行われた。その後、2004年から2005年にかけて前述の改造済みSS126D形台車が、さらに許容荷重を高めたSS165D形へ交換された。
VVVF制御化改造
テンプレート:出典の明記 2011年から2013年にかけて100系5編成がVVVF化されることが設備投資計画によって発表され、2012年3月に111F、9月に112F、2013年3月に113F、9月に114F、2014年3月に115FがVVVFインバータ制御に改造の上、運用に復帰した。以下のような改造がなされている。
- モ120形とモ140形の抵抗器などを撤去の上、新たに三菱電機製のIPM(IGBT素子)によるVVVF装置を設置。また、主電動機を三相交流誘導電動機に変更。
- モ110形とモ130形の電装を解除し、形式をそれぞれク110形とサ130形に変更。これにより、編成は200系と同じ3M3T組成となった。
- 中間に組み込まれている5次車を除き、客室リニューアルも実施。化粧板、床材をGTO - VVVFインバータ制御車と同一品に交換。ただし、6500系客室リニューアル車と同様、出入り口部分の床が黄色に着色されている。今回は側扉と貫通扉の室内側も化粧板を張り替えた。天井も3500系と同様にクリーム色の化粧板となり、100系200番台やGTO - VVVFインバータ制御車の白色天井板とは異なる。また、吊手は三角形のものに交換され、優先席部分はオレンジ色となっている。先頭車の一角には座席2名分を撤去して車椅子スペースを新設。このほか、ドアチャイム(音はJR東海313系などと同一)の設置と妻面鴨居部への号車表示のステッカーの貼付(デザインは2200系のものと同一で、ク110形が1号車)、ATCの更新などがなされている。
- 車側灯が3次車と同様のLED式に変更された(尾灯と標識灯は従来どおりの電球式のまま)。
- ブレーキ装置を発電ブレーキから3次車以降と同様の回生ブレーキ付きに変更。ブレーキの緩解音が変化している。
中間に組み込まれている5次車については大きな改造はなされていないものの、交換された吊手は111Fのみ優先席部分のオレンジ色の丸型で、その他は三角形のもので、112Fは出入り口部分の床が黄色への着色で、113Fは冷房装置が1台当り能力12,500kcal/hのものへの換装で、全車は妻面鴨居部への号車表示ステッカーの貼付がなされている。また、編成ごとの変化として111Fはク111号にLED照明が試験搭載され、112F、115Fは冷房装置が1台当り能力12,500kcal/hのものに換装され、113Fは座席表皮が他の編成と同一品に交換されている。ただし、補助電源装置は従来のMG(電動発電機)のまま存置されている。
運用
100系・200系が地下鉄鶴舞線との直通列車として定期運行するのは、豊田線と三河線の赤池駅 -梅坪駅 - 豊田市駅間と、犬山線の上小田井駅 - 犬山駅間で、2012年時点では普通列車のみの運用[6]である。この他に三河線では豊田市駅と留置線のある土橋駅間を営業[7]または回送で、豊田市駅と猿投検車区のある猿投駅間を回送で、犬山線と各務原線では犬山駅 - 新鵜沼駅 - 三柿野駅間を回送[8]として運行する[9]。さらに、車両検査の時は名古屋本線など他の路線を回送や試運転で走行する。また、他の車両が故障した時などの突発的な代走として、まれに各務原線名鉄岐阜駅や広見線新可児駅まで営業運行されることもある(通常種別・行先表示器は使用しない。これは行先表示幕と自動放送装置の放送が連動しているため)。
2000年9月11日、東海豪雨により各線で被害が発生し、新川工場の水没等で車両不足となった影響で100系を4連化(2000年9月25日~9月29日)して本線で運用された。
当時のダイヤは三柿野6:21発神宮前行として運用され、神宮前到着後鳴海まで回送。その後、鳴海発岩倉行となり、岩倉から犬山まで回送され、犬山と豊明の間を4往復した後、三柿野まで回送された。 その時は、4両用停車位置の移動が行われた。
脚注
関連項目
- 名古屋市交通局3000形 - 鶴舞線の共通運用車両
- 名古屋市交通局3050形 - 同上
- 名古屋市交通局N3000形 - 同上
- めいちゃん 5掲載
外部リンク
テンプレート:名古屋鉄道の車両- ↑ 4扉通勤形車両で扉間を横長の1枚窓とした構造は当時の日本では珍しかったが、1990年代に入ってJR西日本207系や営団06系・07系、JR東日本209系などの他事業者車両にも普及していった。京急新1000形のような扉間の長い3扉車でも増備途中から1枚窓を採用した例もある。なお、本系列の場合窓幅は扉間で1700mmあるが、下辺と両側の支持部分が広く上辺も低いため、天地寸法は後発の上記各車に比べて小さい。
- ↑ 三菱電機製1C8M電動カム軸制御器で、制御段数は6000系と同じ力行29段・発電ブレーキ17段。地下鉄線内では弱め界磁最終段 (30%) を使用しない。主抵抗器の放熱・伝熱対策として後年遮熱板を交換している。京成3500形や阪急3300系などと同様、2011年時点では数少ない抵抗制御・発電ブレーキを有する地下鉄直通車である。
- ↑ 1ユニット(2両)カットのMT比2M2Tとして運用された
- ↑ 三菱電機製1C8Mで5300系と同型(CB16)。ただし、主電動機の相違により弱界磁率や限流値の設定が異なる。
- ↑ 1998年以降使用の名鉄標準の英字付きには更新されておらず「岐阜」ではない。また、「経」の文字は糸偏がない。
- ↑ 因みに、乗り入れ相手の名古屋市交通局側の車両には平日の朝のみ、犬山線内での急行運用が下りのみ5本設定されている。
- ↑ 早朝の豊田市行きのみ。この運用では種別・行先表示器は無表示とし、前面に行先票を掲出する。
- ↑ 各務原線内の回送運用は2011年12月より土休日に設定。毎年8月10日の日本ライン夏まつり納涼花火大会時には営業運転も行われる。
- ↑ 犬山遊園 - 新鵜沼間にある犬山橋では、1991年より2000年まで「道路上」を行く100系・200系(=「地下鉄直通用車両」)を見ることができた。2000年の犬山橋の鉄道・自動車分離化後は、1997年に登場した京都市営地下鉄東西線直通車両で、京津線上栄町駅 - 浜大津駅間の併用軌道を営業運転している京阪電気鉄道800系が、道路上の併用軌道を走る地下鉄車両として日本で唯一の存在である。