北区 (名古屋市)
テンプレート:混同 テンプレート:Pathnav テンプレート:日本の行政区 北区(きたく)は、名古屋市を構成する16区のうちの一つ。1944年(昭和19年)に当時の東区と西区のそれぞれ一部を併せる形で成立したテンプレート:Sfn。区名は、当地が区制施行時における名古屋市の北部に位置する地域であったことに由来するテンプレート:Sfn。
目次
概要
名古屋市の北部に位置し、JR中央線、地下鉄名城線、名鉄瀬戸線や名鉄小牧線などの鉄道、名古屋高速1号楠線、国道19号、41号などの幹線道路が南北に走っているテンプレート:Sfn。
以前は区内に工場が多く見られたが、現在は撤退しテンプレート:Sfn、その跡地に大規模な公営住宅やマンションが多く見られ、緑区、中川区に次いで、市内の区では3番目の人口を有するテンプレート:Sfn。
「北区」の区名を持つ現存の行政区のうちでは最も古い(現存しない区では大阪市旧北区(現北区の主要部分)が最古)。
地理
隣接する自治体・行政区
歴史
西志賀町の西志賀遺跡からは弥生時代前期、平手町の志賀公園遺跡は弥生時代から中世期の遺物が出土しておりテンプレート:Sfn、少なくとも弥生時代には当地に生活する人々がいたようである。また、式内社として区内には綿神社・多奈波太神社・羊神社・別小江神社・大井神社・味鋺神社と6社があり、神社を中心に居住者があったようであるテンプレート:Sfn。
中世期には現在の志賀公園にあたる地に織田信長家老として知られる平手政秀の邸宅がありテンプレート:Sfn、付近を治めていたという。
江戸時代当地は尾張藩に属し、成願寺村・中切村・福徳村・光音寺村・喜惣治新田・大蒲新田・如意村・味鋺村・味鋺原新田・志水蓮池新田・杉村・大曽根村・矢田村・山田村・辻村・上飯田村・安井村・東志賀村・西志賀村・田幡村の20村が所在し、主に農業により生計を立てていたテンプレート:Sfn。明治時代に入り、市制町村制が施行されると、金城村・杉村・六郷村・萩野村・川中村・如意村・味鋺村の7村に集約されたテンプレート:Sfn。その後も合併が進み、1906年(明治39年)には如意・味鋺両村が楠村、1933年(昭和8年)には萩野・川中両村が萩野村となったテンプレート:Sfn。
沿革
- 1944年(昭和19年) - 東区と西区の一部地域を併せる形で北区が設置されるテンプレート:Sfn。
- 1946年(昭和21年) - 東区六郷学区を編入するテンプレート:Sfn。
- 1951年(昭和26年) - 中区上名古屋町字北野を編入するテンプレート:Sfn。
- 1955年(昭和30年) - 西春日井郡楠村を編入するテンプレート:Sfn。
- 1988年(昭和63年) - 市制百周年を記念し、公募により「北」を象った区のシンボルマーク制定テンプレート:Sfn。
歴代区長
代 | 氏名 | 就任期間 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 山谷 健一テンプレート:Sfn | 1944年2月11日 - 1945年10月1日テンプレート:Sfn | |
2 | 柴田 喜太郎テンプレート:Sfn | 1945年10月2日 - 1946年10月30日テンプレート:Sfn | |
3 | 西山 健テンプレート:Sfn | 1946年10月31日 - 1950年8月18日テンプレート:Sfn | |
4 | 角南 登三太テンプレート:Sfn | 1950年8月19日 - 1955年9月30日テンプレート:Sfn | |
5 | 塩田 実男テンプレート:Sfn | 1955年10月1日 - 1958年9月24日テンプレート:Sfn | |
6 | 服部 一夫テンプレート:Sfn | 1958年9月25日 - 1961年6月4日テンプレート:Sfn | |
7 | 井上 瀧雄テンプレート:Sfn | 1961年6月5日 - 1965年6月15日テンプレート:Sfn | |
8 | 近藤 清長テンプレート:Sfn | 1965年6月16日 - 1967年6月30日テンプレート:Sfn | |
9 | 中西 長一テンプレート:Sfn | 1967年7月1日 - 1969年8月15日テンプレート:Sfn | |
10 | 秋月 智顕テンプレート:Sfn | 1969年8月16日 - 1972年7月31日テンプレート:Sfn | |
11 | 篠田 利弘テンプレート:Sfn | 1972年8月1日 - 1974年8月22日テンプレート:Sfn | |
12 | 片田 繁夫テンプレート:Sfn | 1974年8月23日 - 1976年5月14日テンプレート:Sfn | |
13 | 荒川 茂テンプレート:Sfn | 1976年5月15日 - 1977年8月9日テンプレート:Sfn | |
14 | 岩田 謙一郎テンプレート:Sfn | 1977年8月10日 - 1979年4月11日テンプレート:Sfn | |
15 | 片田 耕司テンプレート:Sfn | 1979年4月12日 - 1980年10月7日テンプレート:Sfn | |
16 | 三宅 磯二テンプレート:Sfn | 1980年10月8日 - 1982年5月6日テンプレート:Sfn | |
17 | 杉山 明テンプレート:Sfn | 1982年5月7日 - 1985年3月31日テンプレート:Sfn | |
18 | 吉田 謙藏テンプレート:Sfn | 1985年4月1日 - 1988年3月31日テンプレート:Sfn | |
19 | 白鳥 仁テンプレート:Sfn | 1988年4月1日 - 1991年3月31日テンプレート:Sfn | |
20 | 中村 勇テンプレート:Sfn | 1991年4月1日 - 1992年3月31日テンプレート:Sfn | |
21 | 井口 俊明テンプレート:Sfn | 1992年4月1日 -テンプレート:Sfn |
教育
大学
- 愛知学院大学名城公園キャンパス
- 2014年(平成26年)4月、商学部・経営学部・経済学部の3学部により発足。
専修学校
高等学校
中学校
小学校
1871年(明治4年)9月の名古屋県による「義校設立勧誘の達」に応じて、1872年(明治5年)・1873年(明治6年)の両年にかけて義校が開校したテンプレート:Sfn。このとき開校したのは、城北小学校の源流となった安井義校(明治6年10月開校、安井村字地蔵堂、現安井四丁目の清学禅寺付近)・清水小学校の源流となった杉村仮義校(明治5年9月開校、杉村久国寺境内、翌年1月に第七義校と改称)・六郷小学校の源流となった大壮義校(明治6年2月「大壮学校」と称する寺子屋より改組、大曽根村円満寺境内)・楠小学校の源流となった味鋺義校(明治6年3月開校、味鋺村天神の西方寺境内)・同じく楠小学校の源流となった如意義校(明治6年5月、如意村北浦の鶏足坊)の5校であったテンプレート:Sfn。
学制発布により、臨時的に設置されていた義校が新たな制度下の小学校として改組することとなったテンプレート:Sfn。大曽根村の大壮義校が1873年(明治6年)9月、第2中学区第47番小学大壮学校、さらに1876年(明治9年)1月に第1中学区第47番小学大曽根学校と改称テンプレート:Sfn。久国寺の第七義校は1874年(明治7年)、校地を寺の西に移し、第1中学区第71番小学含章学校と称し、1876年(明治9年)第1中学区第17番小学清水学校と改称したテンプレート:Sfn。通学区域は名古屋区清水町と杉村だったというテンプレート:Sfn。如意義校は1873年(明治6年)10月瑞応寺観音堂に移り、第2中学区第55番小学琢玉学校と称したが、1876年(明治9年)1月第3中学区第74番小学如意学校と改称し、如意村字山屋敷に移ったテンプレート:Sfn。通学区域は如意村および大蒲新田・喜惣治新田だったテンプレート:Sfn。味鋺義校は1874年(明治7年)3月、味鋺原村の興進学校と合併し、味鋺原村日輪寺において第2中学区第53番小学興進学校として開校したテンプレート:Sfn。さらに、1876年(明治9年)11月、味鋺村字伊勢山に校舎を新築し、第2中学区第53番小学興進学校味鋺分校と称し、翌年1月第3中学区第76番小学味鋺学校としたテンプレート:Sfn。通学区域は味鋺村・味鋺原新田だったテンプレート:Sfn。
さらに教育令下において、1883年(明治16年)12月、安井学校が安井・辻・光音寺・福徳・下中切・成願寺の6村から成る組合立学校となったテンプレート:Sfn。また、1880年(明治13年)2月に如意学校が第29番小学如意学校、味鋺学校が第28番小学味鋺学校とそれぞれ改番したテンプレート:Sfn。
小学校令により、各学校の名称が「西春日井郡尋常小学」を冠するようになったテンプレート:Sfn。第47番小学大曽根学校は1886年(明治19年)4月、西春日井郡尋常小学大曽根学校となったテンプレート:Sfn。1887年(明治20年)4月、如意学校が味鋺学校を併合し、西春日井郡尋常小学如意学校となったテンプレート:Sfn。しかし、通学が不便になったため通学児童の減少し、翌年7月に如意学校味鋺分校として復活したテンプレート:Sfn。1887年(明治20年)第17番小学清水学校が西春日井郡尋常小学清水学校となったテンプレート:Sfn。
1892年(明治25年)、組合立安井学校が萩野村立安井尋常小学校、尋常小学如意学校が如意村立如意尋常小学校、如意学校味鋺分校が味鋺村立味鋺尋常小学校にそれぞれ改称し、川中村立川中尋常小学校が新設されたテンプレート:Sfn。翌年には尋常小学清水学校が清水尋常小学校に改称し、尋常小学大曽根学校が現校地である六郷村大字大曽根字野中に新築移転した上で六郷村立六郷尋常小学校と改称したテンプレート:Sfn。また、1892年(明治25年)10月、金城村字田幡の林泉寺境内に清水町・杉村・六郷村・萩野村・庄内村・川中村・味鋺村・金城村の組合立による東部高等小学校が成立し、戦前教育制度における小学校の原型がほぼ整うこととなったテンプレート:Sfn。
その後、1901年(明治34年)金城村田幡に金城尋常小学校が、1906年(明治39年)7月楠村成立に伴い、如意尋常小学校・味鋺尋常小学校を併せ楠村立楠尋常小学校が、1908年(明治41年)4月萩野村・川中村の組合立による城北尋常小学校が新設されたテンプレート:Sfn。
区成立直後の1945年(昭和20年)当時、国民学校として飯田・下飯田・杉村・大杉・城北・清水・金城の7校が所在していたテンプレート:Sfn。加えて、1946年(昭和21年)に区境界変更に伴い、六郷学区が東区より編入されたテンプレート:Sfn。新学制開始時には、この8校が北区の名古屋市立小学校として発足したが、下飯田小学校は1948年(昭和23年)9月、飯田小学校に統合され、同年12月に名北小学校として再度分離したテンプレート:Sfn。
昭和30年代に入ると第1次ベビーブーム世代が大量に入学し、1958年(昭和33年)9月、城北小学校より光城小学校が、1961年(昭和36年)4月、金城小学校より東志賀小学校、同年9月、楠小学校より味鋺小学校がそれぞれ独立したテンプレート:Sfn。
昭和40年代には1972年(昭和47年)4月、味鋺小学校から西味鋺小学校が、翌年4月には楠小学校から楠西小学校が、昭和50年代には1978年(昭和53年)4月、楠小学校から如意小学校が、1979年(昭和54年)4月、飯田小学校より宮前小学校が、1980年(昭和55年)4月、光城小学校より川中小学校が、1981年(昭和56年)4月、六郷小学校より六郷北小学校が、1983年(昭和58年)4月、名北・城北・東志賀小学校より辻小学校がそれぞれ毎年のごとく独立したテンプレート:Sfn。
以上の経緯により、現在は区内に以下の19校の小学校が所在する。
- 名古屋市立六郷小学校
- 名古屋市立六郷北小学校
- 名古屋市立飯田小学校
- 名古屋市立宮前小学校
- 名古屋市立名北小学校
- 名古屋市立辻小学校
- 名古屋市立杉村小学校
- 名古屋市立大杉小学校
- 名古屋市立清水小学校
- 名古屋市立金城小学校
- 名古屋市立東志賀小学校
- 名古屋市立城北小学校
- 名古屋市立光城小学校
- 名古屋市立川中小学校
- 名古屋市立味鋺小学校
- 名古屋市立西味鋺小学校
- 名古屋市立楠小学校
- 名古屋市立如意小学校
- 名古屋市立楠西小学校
その他
かつて存在した学校
- 名古屋市立女子短期大学
- 1951年志賀町に設置されるが、1963年に中区に移転する。跡地は志賀中学校分校(現在の北陵中学校)となる。テンプレート:Sfn
- 名古屋市立第一工業学校
- 光音寺町にあったが、1948年に西区の名古屋市立西陵高等学校となるテンプレート:Sfn。
- 名古屋市立工芸高等学校
- 曹洞宗関西尼僧学林
- 愛知県警察学校テンプレート:Sfn
- 名古屋市警察学校(名古屋市警察訓練所)
- 1949年3月1日、萩野通1丁目の旧北区役所庁舎(初代)を改装し設置された名古屋市警察の研修機関テンプレート:Sfn。設置当初は名古屋市警察訓練所を名乗っていたが、同年7月1日、名古屋市警察学校と改称テンプレート:Sfn。1955年の名古屋市警察廃止に伴い廃止テンプレート:Sfn。
- 名古屋市消防学校テンプレート:Sfn
- 愛知朝鮮中高級学校
交通
鉄道
- ※1.地下鉄名城線の大曽根駅の東半分および瀬戸線大曽根駅、JR大曽根駅の所在地は東区だが、区界付近に所在している。
- ※ 城北線が国道302号・名古屋第二環状自動車道に沿って東西方向に横断しているが、駅はない。(最寄りは比良駅)
道路
凡例 : IC - インターチェンジ、JCT - ジャンクション、TB - 本線料金所。なお、番号は各施設の管理者により振られているもの。
自動車専用道路
一般国道
主要地方道
一般県道
幹線道路の道路通称名
南北の道路
東西の道路
公共施設
- 北警察署
- 北消防署
- 北消防署飯田出張所
- 北消防署楠出張所
- 北生涯学習センター
- 北スポーツセンター
- 名古屋市北図書館
- 名古屋市北文化小劇場
- 名古屋市楠図書館
- 名城水処理センター
- 名城庭球場(名城水処理センター上に整備されたテニスコート)
- 守山水処理センター
病院
テンプレート:Double image aside 区内に所在する救急指定病院に限って記載する。
- 大隈病院(大曽根2-9-34)
- 北病院(上飯田南町2-78)
- 総合上飯田第一病院(上飯田北町2-70)
- 名古屋市立西部医療センター(平手町1-1-1)
- 名春中央病院(東味鋺1-2401)
名所・旧跡・観光スポットなど
- 下水道科学館
- 名城公園
- 志賀公園(平手政秀邸址)
- 御用水跡街園(堀川始点)
- 名古屋空港
- ザ・シーン城北(1996年5月竣工の日本初の超高層マンション。高さ160m、地上45階地下2階。建築当初は日本一高いマンションであったが、現在では全国で40位以下となっている。)
宗教施設
『宗教法人名簿』(愛知県県民生活部学事振興課作成)[8]による。
神道
- 神社本庁所管
- 六所社(安井)テンプレート:Sfn
- 綿神社(元志賀町)テンプレート:Sfn
- 羊神社(辻町)テンプレート:Sfn
- 別小江神社(安井)テンプレート:Sfn
- 多奈波太神社(金城)テンプレート:Sfn
- 六所社(金城町)テンプレート:Sfn
- 神明社(中切町)テンプレート:Sfn
- 天神社(中切町)テンプレート:Sfn
- 山田天満宮(山田町)テンプレート:Sfn
- 六所宮(上飯田南町)テンプレート:Sfn
- 神明社八幡社合殿(中杉町)テンプレート:Sfn
- 八竜社(福徳町)テンプレート:Sfn
- 深島神社(柳原)テンプレート:Sfn
- 八幡社(志賀町)テンプレート:Sfn
- 六所社(下飯田町)テンプレート:Sfn
- 大我麻神社(楠町大字大蒲新田)テンプレート:Sfn
- 神明社(楠町大字喜惣治新田)テンプレート:Sfn
- 味鋺神社(楠味鋺)テンプレート:Sfn
- 西八竜社(中味鋺)テンプレート:Sfn
- 大井神社(如意)テンプレート:Sfn
- 山神社(安井)テンプレート:Sfn
- 八王子神社春日神社(清水)テンプレート:Sfn
- 神道大教
- 神道大教愛知御嶽永壽小教会(大杉)テンプレート:Sfn
- 扶桑教
- 扶桑教真心教会(深田町)テンプレート:Sfn
- 御嶽教
- 御嶽教覚明教会(柳原)テンプレート:Sfn
- 御嶽教中山教会(神明町)テンプレート:Sfn
- 金光教
- 金光教名城教会(敷島町)テンプレート:Sfn
- 金光教田幡教会(柳原)テンプレート:Sfn
- 神道系単立教会
- 宗教法人御山本部(東味鋺)テンプレート:Sfn
- 世界大和陽明教会(長喜町)テンプレート:Sfn
仏教
- 天台宗
- 長栄寺(柳原町)テンプレート:Sfn
- 成願寺(成願寺)テンプレート:Sfn
- 聖徳寺(福徳町)テンプレート:Sfn
- 真言宗(高野山真言宗)
- 六通寺(東大曽根町上)テンプレート:Sfn
- 真言宗醍醐派
- 大龍院(光音寺町)テンプレート:Sfn
- 真言宗智山派
- 常光院(山田町)テンプレート:Sfn
- 観音寺(下飯田町)テンプレート:Sfn
- 鶏足寺(如意)テンプレート:Sfn
- 西方寺(楠町大字味鋺)テンプレート:Sfn
- 護國院(楠味鋺)テンプレート:Sfn
- 金峯山修験本宗
- 名古屋教会(山田)テンプレート:Sfn
- 浄土宗
- 観音寺(生駒町)テンプレート:Sfn
- 阿弥陀院(大曽根)テンプレート:Sfn
- 真宗大谷派
- 有隣寺(辻町)テンプレート:Sfn
- 専念寺(川中町)テンプレート:Sfn
- 西光寺(駒止町)テンプレート:Sfn
- 開闢寺(清水)テンプレート:Sfn
- 顕宗寺(杉栄町)テンプレート:Sfn
- 法徳寺(平安)テンプレート:Sfn
- 浄明寺(金城)テンプレート:Sfn
- 法輪寺(城東町)テンプレート:Sfn
- 横超寺(楠)テンプレート:Sfn
- 真宗誠照寺院
- 専光寺(中味鋺)テンプレート:Sfn
- 臨済宗妙心寺派
- 解脱寺(清水)テンプレート:Sfn
- 霊光院(上飯田東町)テンプレート:Sfn
- 圓文寺(杉村)テンプレート:Sfn
- 瑞応寺(如意)テンプレート:Sfn
- 曹洞宗
- 修善寺(辻町)テンプレート:Sfn
- 光音寺(光音寺町)テンプレート:Sfn
- 西来寺(金城)テンプレート:Sfn
- 成福寺(瑠璃光町)テンプレート:Sfn
- 老松寺(清水)テンプレート:Sfn
- 安栄寺(志賀町)テンプレート:Sfn
- 松音寺(光音寺町)テンプレート:Sfn
- 霊源寺(元志賀町)テンプレート:Sfn
- 林泉寺(田幡)テンプレート:Sfn
- 東高寺(金城町)テンプレート:Sfn
- 普光寺(大杉)テンプレート:Sfn
- 清学寺(安井)テンプレート:Sfn
- 乗圓寺(中切町)テンプレート:Sfn
- 長昌寺(山田北町)テンプレート:Sfn
- 久國寺(大杉)テンプレート:Sfn
- 西光寺(清水)テンプレート:Sfn
- 岳桂院(如意)テンプレート:Sfn
- 長全寺(上飯田東町)テンプレート:Sfn
- 松徳院(東味鋺)テンプレート:Sfn
- 地蔵院(大杉)テンプレート:Sfn
- 黄檗宗
- 廣福寺(山田町)テンプレート:Sfn
- 清蓮寺(下飯田町)テンプレート:Sfn
- 法華宗陣門流
- 日観寺(中切町)テンプレート:Sfn
- 仏教系単立寺院
- 一願山不動院(大杉)テンプレート:Sfn
- 盛泉寺(神明町)テンプレート:Sfn
- 信徳寺(大曽根)テンプレート:Sfn
キリスト教
- 日本基督教団名古屋北教会(杉村)テンプレート:Sfn
- 日本長老教会志賀キリスト教会(西志賀町)テンプレート:Sfn
- カトリック名古屋教区城北橋カトリック教会(金城)
諸宗派
- 天理教媛神分教会(大杉町)テンプレート:Sfn
- 天理教夫婦橋分教会(大杉)テンプレート:Sfn
- 天理教浪城浦分教会(城東町)テンプレート:Sfn
- 天理教愛里分教会(楠)テンプレート:Sfn
- 天理教名島光分教会(喜惣治)テンプレート:Sfn
- 天理教鈴名分教会(東長田町)テンプレート:Sfn
- 天理教忠愛分教会(田幡)テンプレート:Sfn
- 天理教金都分教会(水切町)テンプレート:Sfn
- 天理教西花分教会(中切町)テンプレート:Sfn
- 天理教京兵分教会(新堀町)テンプレート:Sfn
- 天理教幸福分教会(安井)テンプレート:Sfn
- 天理教天治分教会(福徳町)テンプレート:Sfn
- 天理教名古屋明倫分教会(平安)テンプレート:Sfn
- 天理教岐保分教会(六が池町)テンプレート:Sfn
- 天理教北名分教会(大杉)テンプレート:Sfn
- 天理教名母分教会(金城)テンプレート:Sfn
- 天理教磐名分教会(上飯田南町)テンプレート:Sfn
- 天理教明快分教会(駒止町)テンプレート:Sfn
- 天理教中敬分教会(上飯田南町)テンプレート:Sfn
- 天理教枇杷島分教会(城東町)テンプレート:Sfn
- 天理教本耀分教会(北久手町)テンプレート:Sfn
- 天理教愛美好分教会(萩野通)テンプレート:Sfn
- 天理教本實愛分教会(上飯田南町)テンプレート:Sfn
- 天理教愛昭華分教会(東水切町)テンプレート:Sfn
- 天理教白愛分教会(鳩岡町)テンプレート:Sfn
- 天理教本順愛分教会(中切町)テンプレート:Sfn
- 天理教幡名神分教会(安井)テンプレート:Sfn
- 天理教愛美名分教会(五反田町)テンプレート:Sfn
- 天理教不破越分教会(喜惣治)テンプレート:Sfn
- 天理教藤宮分教会(福徳町)テンプレート:Sfn
- 天理教若名分教会(大野町)テンプレート:Sfn
祭事・催事
- 全国選抜名古屋大花火(矢田川花火大会)
- 東海ラジオ放送が1964年8月1日に開始した花火大会。1989年8月5日に開催されたものは「東海ラジオ放送創立30周年記念事業」の一環として行われた。2004年を最後に開催されていない。
主な地域
区内各町については記事末尾の「名古屋市北区の町・字」参照
- 味鋺(あじま)
- 黒川(くろかわ)
- 辻町(つじまち)
- 上飯田(かみいいだ)
- 平安通(へいあんどおり)
- 大曽根(おおぞね)
- 楠(くすのき)
- 如意(にょい)
- 会所町(かいしょちょう)
- 中丸町(ちゅうまるちょう)
- 清水(しみず)
- 安井(やすい)
- 成願寺(じょうがんじ)
- 米が瀬町(こめがせちょう)
出身有名人
- 赤田龍一郎(プロ野球選手)
- いしいすぐる(俳優)
- 金田正一(元プロ野球選手・元プロ野球ロッテ監督。出生は稲沢市。金田高義、金田留広、金田星雄の兄)
- 金田高義(元プロ野球選手)
- 金田留広(元プロ野球選手)
- 金田星雄(元プロ野球選手)
- 小島一宏(フリーアナウンサー)
- 杉浦未幸(タレント、モデル)
- 相馬裕子(シンガーソングライター)
- 松原敬生(フリーアナウンサー) - 出生は東京都
- 丸山貴史(元プロ野球選手)
参考文献
脚注
外部リンク
テンプレート:Sister テンプレート:Geographic Location テンプレート:Navbox テンプレート:名古屋市北区の町・字
- ↑ 『西枇杷島郡誌』西枇杷島郡教育会、1923年、637頁。
- ↑ 「関西僧尼学校」とも称していたようである(北区役所教育課編『北区誌』北区役所総務課、1964年、52頁)。
- ↑ 郷土誌かすがい第31号2013年7月14日閲覧。
- ↑ 『愛知県警察風土誌』愛知県警察本部警務部教養課、1981年、35頁。
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ テンプレート:Cite web
- ↑ 7.0 7.1 引用エラー: 無効な
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