メフィスト賞

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メフィスト賞(メフィストしょう)とは、講談社発行の小説雑誌『メフィスト』から生まれた賞である。新人作家に与えられる。

沿革と概要

未発表の小説を対象とした新人賞である。特徴としては、応募期間が設けられていない[1]こと、『メフィスト』の編集者が下読みを介さず直接作品を読んだ上で選考を行うなど、既存の公募文学賞とは異なり持ち込みを制度化したような賞といえる。受賞に値する作品がなかった場合は、次作に持ち越しとなるため欠番は発生しない。

『メフィスト』には選考結果だけでなく、座談会形式で編集者が注目した作品が紹介され、かつては話題に上らない作品であっても1行程度の寸評が必ず掲載されてた[2]

創設当初から賞金は存在しないが、受賞することがそのまま出版につながるため、単行本の印税が賞金代わりとなる。受賞作は講談社ノベルスで出版されることが多いが、ハードカバーソフトカバーで出版されることもある。受賞者にはトロフィーの代わりとしてシャーロック・ホームズの像が進呈される[3]

なお、編集作業の都合で受賞順に出版されるとは限らない(第46回 - 第48回の受賞作は第45回の『図書館の魔女』よりも先に刊行された)。

究極のエンターテインメント」「面白ければ何でもあり」を売り文句にして作品を募集しており、第1回受賞者である森博嗣の『すべてがFになる』が、工学部の研究者や大学生が活躍するスタンダードな新本格ミステリであったのに対し、続く第2回受賞者清涼院流水の『コズミック 世紀末探偵神話』が、ミステリをベースに既存のジャンルに分類できない奇抜で長大な作品、第3回受賞者蘇部健一の『六枚のとんかつ』は下ネタやギャグが満載されたバカミスであるなど、「一作家一ジャンル」と呼べるほど個性的な作品が集まり、受賞作家は「メフィスト賞作家」と呼ばれることもある。奇抜な作品が注目される一方で、殊能将之古処誠二など、本格ミステリの書き手も多く受賞している。

2013 VOL.3 の巻末座談会で、次号より原稿規定が変更される旨が告知され、2014年4月2日の『メフィスト 2014 VOL.1』で、新しい応募要項が発表された。大きな変更点は、講談社BOX新人賞と統合されたこと、85 - 180枚[4]という原稿枚数の規定が設けられたことである[5]。それまでは、枚数の上限が設定されておらず[6]連作などで規定枚数に達すれば短編でも受け付けていた[7]。また、すべての投稿に寸評をつけるという慣例も取りやめを告知した[8]

受賞者の特徴

受賞した作家の特徴として、何らかの職に就きながらデビューするケース[9]や、地方に在住したまま活動を続けるケース[10]も多いことが挙げられる。

2012年までの最年少受賞者は浦賀和宏の19歳。他にも20歳で受賞した佐藤友哉西尾維新岡崎隼人、21歳で受賞した清涼院流水や、22歳で受賞した北山猛邦高里椎奈など、20代でデビューも多い。逆に最高年齢は丸山天寿の56歳。また、森博嗣の38歳、高田崇史の40歳でのデビューなど、比較的遅咲きの作家も多い。

賞の略歴

(座談会の後ろの年月は、該当の座談会が収録された『メフィスト』の刊行年月)

1994年
この賞の創設には、持ち込みによってデビューした京極夏彦(1994年5月に原稿持ち込み、同年9月デビュー)の存在が大きい[11]
1995年-1996年
1995年8月、当初は誌上での「原稿募集」として開始されており、細かい応募規定[12]も無く、文芸賞の創設を目的[13]としたわけでもなかった。第2回座談会(1995年12月)までに3作品が集まったが、そのうちの1編が森博嗣の『冷たい密室と博士たち』に相当する作品で、これに興味を示した編集部が「森博嗣とコンタクトを取る」として座談会を終えた。
次の第3回座談会(1996年4月)で森が既に執筆を終えていた『すべてがFになる日』を改訂させ、デビュー作として決定[14]、誌面で森のデビューが発表された。また「メフィスト賞」という賞名が正式に決定した。第3回座談会では、清涼院流水が投稿した『1200年密室伝説』の特異な作風が話題になっており、森と同じくコンタクトを取る旨が記された。
1996年4月、綾辻行人我孫子武丸法月綸太郎有栖川有栖の推薦文が付された、第1回メフィスト賞受賞作『すべてがFになる』が講談社ノベルスから刊行された。
同年9月『1200年密室伝説』が『コズミック 世紀末探偵神話』と改題され、第2回受賞作として刊行された。
1997年-1998年
その後1年ほど受賞作がない期間が続くが、第7回座談会(1997年8月)で、蘇部健一が投稿した『FILE DARK L』が話題になり、翌月には第3回受賞作『六枚のとんかつ』として刊行された。また、同座談会で乾くるみが投稿した『失楽園J』の受賞も確定した。
この第7回座談会で、メフィスト賞の方針転換が発表された。立て続けにヒット作を発表した森博嗣や、奇抜な作風が話題を呼んだ清涼院流水の二人によって賞が注目され、それに続く才能が集まったことで、ペースや次の作品はどうなるのか、と編集部内で悩みがあったが、第7回座談会で「でも、あと書けなくても、この作品がいま目の前にあることだけでいいのではないか。だから、これから続々メフィスト賞は誕生していきます」とされた。この後、1998年から2002年までの5年間は、年に4 - 6作品の受賞作が刊行されることになる。
1998年2月には、受賞が確定していた乾くるみの『失楽園J』が第4回受賞作『Jの神話』として、第5回受賞作浦賀和宏『記憶の果て』、第6回受賞作積木鏡介『歪んだ創世記』が同時刊行された。
1999年-2000年
元々ミステリに限った賞ではなかったが、1999年7月の第12回受賞作霧舎巧ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』以来、第13回殊能将之、第14回古処誠二、第15回氷川透、第16回黒田研二、第17回古泉迦十、第18回石崎幸二と連続して本格ミステリの書き手集まった。
第13回受賞作『ハサミ男』(殊能将之)と第17回受賞作『火蛾』(古泉迦十)は、「本格ミステリ・ベスト10」の該当年度でそれぞれ2位となり、古処誠二、黒田研二も2作目以降がベスト10に入っている。
2001年-2010年
この時期には、後に三島由紀夫賞を受賞する舞城王太郎佐藤友哉や、受賞作を含むシリーズが「このライトノベルがすごい!」で1位を獲得した西尾維新など、ミステリの形式を借りてそれ以外の作品を書こうとする作家が多く受賞した。この3人は2003年創刊の『ファウスト』の中心執筆者となり、これ以降メフィスト賞でも、本格ミステリや実験的な作品以外にも、ライトノベルや新伝奇とミステリが融合したジャンルが多く受賞している。
2011年-
90年代後半から2000年代前半にデビューし、辻村深月舞城王太郎ら中堅となったメフィスト作家が芥川賞直木賞などの文芸賞を受賞、もしくは常連候補となることも増えている。
北夏輝の『恋都の狐さん』のようにミステリ要素が薄く、恋愛小説のようなエンターテインメント作品が受賞する一方で周木律のような本格ミステリを志向する作家も受賞するなど、ミステリ作家の登竜門としての側面も継承されている。
2014年に50回を迎えるにあたり、募集要項が変更された。

歴代受賞者一覧

※ 年は基本的に出版年。 ( )内は投稿時の題名。

1990年代

2000年代前半

2000年代後半

  • 2005年
    • 第32回 - 真梨幸子 - 『孤虫症』(パーフェクト・サイクル)
    • 第33回 - 森山赳志 - 『黙過の代償』(虎の尾を踏む者たち)
  • 2006年
    • 第34回 - 岡崎隼人 - 『少女は踊る暗い腹の中踊る』
  • 2007年
    • 第35回 - 古野まほろ - 『天帝のはしたなき果実』
    • 第36回 - 深水黎一郎 - 『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』(ウルチモ・トルッコ)
  • 2008年
    • 第37回 - 汀こるもの - 『パラダイス・クローズド TANATHOS』
    • 第38回 - 輪渡颯介- 『掘割で笑う女 浪人左門あやかし指南』(落ちる弦月の鎌)
    • 第39回 - 二郎遊真- 『マネーロード』
  • 2009年
    • 第40回 - 望月守宮- 『無貌伝 双児の子ら』(無貌伝 双子の子ら)
    • 第41回 - 赤星香一郎 - 『虫とりのうた』
    • 第42回 - 白河三兎 - 『プールの底に眠る』

2010年代前半

  • 2010年
    • 第43回 - 天祢涼 - 『キョウカンカク』[文庫化時に『キョウカンカク 美しき夜に』に改題]
    • 第44回 - 丸山天寿 - 『琅邪の鬼』
    • 第45回 - 高田大介 - 『図書館の魔女』[2010年Vol.3(2010年12月)の座談会で受賞が決定し、2013年8月に刊行された]
  • 2012年
    • 第46回 - 北夏輝 - 『恋都の狐さん』(如月の頃、狐と出逢うこと / 如月の狐さん)
  • 2013年
    • 第47回 - 周木律 - 『眼球堂の殺人 〜The Book〜』
    • 第48回 - 近本洋一 - 『愛の徴 ―天国の方角―』(黄金の蛇、緑の草原)
    • 第49回 - 風森章羽 - 『渦巻く回廊の鎮魂曲(レクイエム)』
  • 2014年
    • 第50回 - 早坂吝 - 『○○○○○○○○殺人事件』

関連書籍・作家

受賞には至らなかったが、講談社からデビューした作家
  • 立原伸行 - 1996年4月増刊号の座談会で取り上げられた『法廷の伝書鳩』をきっかけに担当編集者がつき、その後執筆した『社会部長が死んだ夜』(1997年9月増刊号座談会)が『事件記者が死んだ夜』と改題されて1997年10月に出版された。本名の広岩近広名義でノンフィクションの著作もある。
  • 鳥羽森 - 『密閉都市のトリニティ』(2009年Vol.2[2009年8月]座談会 / 2010年3月刊行) - 投稿時タイトル『欲望=トリニティ』
  • 鏑矢竜 - 『ファミ・コン!』(2011年Vol.2[2011年8月]座談会 / 2012年4月刊行) - 投稿時タイトル『イン ロウ ハビット』
受賞はしなかったが、講談社から刊行された投稿作
  • 山口芳宏 - 『妖精島の殺人』(2006年5月増刊号座談会 / 2009年9・10月刊行) - 2007年に『雲上都市の大冒険』で第17回鮎川哲也賞を受賞してデビューし、その後、かつて座談会で取り上げられた『妖精島の殺人』が講談社ノベルスで上下巻で刊行された。
  • 早見江堂 - 『本格ミステリ館焼失』(2007年9月増刊号座談会 / 2007年12月刊行) - 1991年4月に講談社ノベルス『かぐや姫連続殺人事件』で「谷口敦子」名義でデビューしていた矢口敦子の投稿作。「早見江堂」というペンネームで刊行された。
別の出版社から刊行された投稿作
  • 門前典之 - 『啞吼の輪廻(あくのりんね)』(1996年12月増刊号座談会) - 第7回(1996年)鮎川哲也賞最終候補作。メフィスト賞に応募後、『死の命題』に改題して新風舎より自費出版(1997年9月)。その後門前典之は別作品で第11回(2001年)鮎川哲也賞を受賞してデビュー。2010年2月には『死の命題』を改題改稿した『屍(し)の命題』を原書房から刊行した。
  • 柄刀一 - 『サタンの僧院』(1998年5月増刊号座談会 / 原書房、1999年4月) - 1998年7月、その前年の鮎川哲也賞の最終候補作になった『3000年の密室』で原書房からデビュー。
  • 川口祐海 - 『ナゼアライブ』(2009年Vol.1[2009年4月]座談会 / 文芸社、2011年8月[川口愉快名義] / 『イシュタム・コード』に改題、文芸社文庫、2012年10月[川口祐海名義])
メフィスト賞に投稿歴のある作家
  • 城戸光子 - 『ユリス』[1]をメフィスト賞に投稿(2005年1月増刊号座談会)。座談会で取り上げられ「出版できるレベル」と評されたが、規定違反(他社でデビュー済み)だったこともあり、出版はされなかった。
  • 詠坂雄二 - メフィスト賞の常連投稿者だったが、メフィストが休刊(2006年春 - 、1年間)になったため別の賞に目標を変え、2007年8月、『リロ・グラ・シスタ』で光文社KAPPA-ONEからデビュー[15]

脚注

テンプレート:Reflist

関連項目

編集者が応募作を審査するという共通点を持つ新人賞

参考文献

  • 毎日は笑わない工学博士たち―I Say Essay Everyday (幻冬舎文庫) ISBN 4344402766
森博嗣が公開していたブログの書籍版。賞の設立経緯、初期の受賞者や編集者などについて記述がある。
  • 密室本 メフィスト巻末編集者座談会
2003年までの「巻末編集者座談会」がまとめられたノベルスサイズのファンブック。講談社ノベルス20周年記念の読者プレゼントであるため非売品。
  • 密室本2 メフィスト巻末編集者座談会
2004年以降の「巻末編集者座談会」がまとめられたノベルスサイズのファンブック。講談社ノベルス30周年記念の応募者全員サービス。

外部リンク

テンプレート:推理小説の公募新人賞

テンプレート:講談社
  1. 原稿の到着が選考に間に合わなかった場合は次回の選考に回されるため、実質的に通年募集状態である
  2. 受け付けないと明記していた手書き原稿にも寸評が掲載されていた。
  3. 森博嗣の書籍化された日記によると、ロンドンにあるシャーロック・ホームズ博物館の土産物であるという。現在は不明
  4. メフィスト賞では、A4に縦書き、1段組、1行40字×40行(講談社文庫の2ページ分に相当)のフォーマット
  5. 講談社ノベルス講談社BOX 原稿募集!|webメフィスト
  6. 清涼院の「コズミック」は原稿用紙換算で約1400枚
  7. 第3回受賞の『六枚のとんかつ』
  8. 『メフィスト 2014 VOL.1』 座談会結び
  9. 石崎幸二は化学メーカー勤務、石黒耀は現役の医師、森博嗣は大学の教員
  10. 森博嗣は名古屋市、丸山天寿は北九州市、小路幸也は江別市など
  11. このため、しばしば京極夏彦を「第0回メフィスト賞受賞者」とすることがある
  12. 第2回座談会では応募者の性別が不明だったことに対し、「応募規定に性別の記入欄があったか覚えていない」という編集者の発言が記録されている。現在では性別の記入が求められる
  13. 第2回座談会の時点
  14. 当初はシリーズ最終作だったが『孤島で殺人事件が起きる』という大まかなプロットを電話で聞いた宇山秀雄(当時の講談社文芸第三部長でメフィスト編集長)が、原稿を見ずにデビュー作に決定したという。しかし森が出版した日記と座談会の記述には一部食い違いがある。
  15. 早川書房『ミステリマガジン』2010年1月号のインタビュー参照